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第百二十二話 蛇長人の覚悟

 ダンジョン内は今、静かな熱気に包まれている。

 明日、ついに木人(トレント)がダンジョンに到着する。足、というか根が遅いのでそれなりに時間が掛かったが、ようやく到着の目途が立った。

 ちなみに警戒網を築いている軍犬(コボルトリーダー)からすれば目と鼻の距離でまごついているように見える為、かなり焦れている。

 木人(トレント)の到着と共に首領悪鬼(ドン・オーガ)の討伐、樹霊(コダマ)の討伐による論功行賞なるものを行うらしい。要は褒めることらしい。

 更に新しく配下に加わった私たちなどの紹介と族長の輩出。更に名付けが行われる。

 その後、種族ごとの役割を決める。それと大きな発表があるらしい。

 その所為でダンジョン内の魔族たちは今か今かと、木人(トレント)の到着を待ち望んでいる。


 ただ私、蛇長人(ナーガ)にとっては今こそが最も緊張する時であり、熱を秘める時なのだ。

 私は今、大悪鬼(オーガ)、オルギアを探してダンジョン内を回っている。

 彼とは一度、話し合う必要がある。そしてそれは、互いに立場が明確ではない今しかない。


 最初はヒデの所へ向かった。同種族なのでこちらに身を寄せているかと思ったが居なかった。新しくノブナガ様の配下に加わった私たちに住居はないので、どこかに身を寄せるか、そこらで寝るかのどちらかになる。

 まあ、よく考えればあの巨体を入れられる住居はまずない。となればどこかで寝ているのだろう。森とはいえダンジョンの中だ。安全は確保されている。洞窟などで眠る私たち蛇人(ラミア)からすれば開けた空間で眠るのはまだ慣れていないが、以前ほどの不安もない。

 

 こういうことはノブナガ様に尋ねればすぐに教えてくれそうだが、現在玉座の間に行くことは禁止されている。ノブナガ様と接触できるのは一日に数回だけ一層に来る時のみ。

 そんな貴重な機会に私が割って入るようなことをすれば、ラン辺りに睨まれて今後に影響する。まだ立場が確定していない以上、ここで先住者に睨まれたくない。


 それにヒデから情報は貰っている。ヒデを除く族長と名持ちがアリスの指示で集まっているらしい。

 オルギアも、ノブナガ様から与えられた名ではないとはいえ名持ちだ。いる可能性がある。場所も聞いている。


 ヒデから教えられた場所の近くまで来ると。


「グラアアァァ!」


 ダンジョンを震わせる程の咆哮が響いてきた。これは、オルギア?

 何らかの緊急事態かと思い、声のした方へと急げば。

 各種族の族長と名持ち達がオルギアを取り囲み、やや離れた所でアリスがその様子を見ていた。

 新人いびりだろうか。それにしては場が殺気立っている。一触即発の雰囲気だ。

 そしてそれは、私が不用意に前に進み枝を踏んだことで始まった。

 ペキリ、と乾いた音が響くと同時にリンとカイが同時に動いた。それに合わせるように他の者たちも動いた。

 不動を貫くのは包囲されているオルギアと、観戦しているアリスのみ。


「シャアアァァ!」


「プッギイイィィ!」


 前後からリンとカイの気迫の一撃がオルギアに襲いかかる。

 眼前にはリンの槍、背後からはカイの斧。普通ならば絶体絶命の状況を、隻腕だというのにオルギアはあっさりと覆して見せた。

 目の前に迫る槍を掴み、そのまま斧にひじ打ちをして相殺。

 武器ごと引っ張られたリンは宙に浮き、無防備になってしまう。それを救うべく、エナが果敢に攻撃をするも、オルギアの皮膚に阻まれ傷一つ付けられない。

 その隙にオルギアは掴んでいた槍を手放して、宙に浮くリンを掴み、そのまま魔法を放とうとしていたランに向かって投げつける。

 ランは魔法を使おうと集中していたためか、反応が遅れて直撃し、リン共々脱落。

 更にそれだけでは終わらず、不用意に接近していたエナをカイの方に突き飛ばす。

 警戒し、体重もあるカイは付き飛ばされたエナを受け止めるも、直後にオルギアが体勢を低くして頭から突っ込んだ。

 エナを受け止めた直後の為カイは動けない。だからこそ、カイは正面から受け止めるために重心を落とした。

 力もあり、体重もある。しっかりと身構えれば、そう易々とは負けないだろう、と思っていた。

 吹き飛んだ。カイとエナがまるで木の葉のようにあっさりと。直撃の瞬間、前進を強張らせて防ごうとしたカイだが、オルギアはあっさりと突き破って腹の奥へと頭を突っ込むと首を上げて、カイを上へと突き上げた。

 オルギアの衝突力、そして自身の重みの所為で腹の上、鳩尾にかなりの衝撃が通っただろう。もはや呼吸すらままならないほどの。カイはもう起き上がる気配はない。

 運よくカイが攻撃のほとんどを受けたおかげで吹き飛んだだけで済んだエナは、吹き飛ばされた先の木を蹴り再度突撃を敢行する。

 それに合わせてシバ、ゴウ、イチが四方向から襲いかかる。

 二方向からの同時攻撃で駄目なら四方向から。オルギアの手足を合わせた数よりも多いのだ。受けることも、回避も不可能。必中の攻撃。

 だが、そんなものは強者の前では幻想となる。


「グラララアアァ!」


 二度目の咆哮。しかも一度目の時より声量が大きい。

 その咆哮の所為で攻撃しようとしていたイチとゴウが怯んだ。飛び込んだエナは宙に居る為動きに変化はないが、僅かに戦いているのが分かる。

 咆哮を正面から打ち破れたのはシバのみ。誰よりも早くオルギアへと襲いかかる。

 しかしそれがいけなかった。四方向からの同時攻撃が、オルギアの咆哮によりずれてしまった。その歪みを、オルギアが見逃すはずがなかった。

 跳びかかってくるシバに、オルギアは上から拳を振り下ろし、一撃で意識を刈り取った。

 そして飛び込んでくるエナに下から上へ、拳を振り上げて迎撃。

 剣と盾の守りをあっさりと破ってエナを吹き飛ばした。

 もはや勝利、どころか一矢報いることも出来ない状態になった。しかしそれでもオルギアは油断せずにゴウに回し蹴りを繰り出し、イチの方へと蹴り飛ばした。

 これでエナとゴウが脱落。これで残るのは戦闘速度が速すぎて何も出来なかったヴィとセキのみ。


 僅かな沈黙の後に。


「無理~」


「降参~」


 あっさりと敗北を認めた。

 

「それまで! 良し、吹っ飛ばされた奴らを集めろ。ああ、寝てたら起こせよ。おい、そこの長蛇人(ナーガ)! 暇なら手伝え」


 どうやら新人いびりではなく、ただの戦闘訓練だったようだ。そして私が隠れてみていたことに気付いていたらしい。

 まあどのみち私の目的を達成するために姿を見せなければならない。

 



 気絶した者たちを起こすやり方はかなり乱暴であり、自分にされることは絶対に拒否するようなやり方だった。

 鼻と口を粘液生物(スライム)で覆い、呼吸できなくするだけ。起きなければ窒息確実。恐ろしい方法だ。


「全員起きたな、とりあえずそこに座れ。長蛇人(ナーガ)もついでだ。座ってろ」


 起きたというか、起こされたと言うか。多分殺されかけたが一番近いのだろう。その証拠に起こされた全員が喉を抑えている。違和感でも残っているのだろうか。


「さて、今回の一戦で分かったと思うが、お前らは徒党を組んでもオルギアに負ける程度に弱いんだ。大悪鬼(オーガ)を二体倒せたからと図に乗るな。その二体の大悪鬼(オーガ)は片腕のない大悪鬼(オーガ)にも劣るような雑魚だからな」


 ……何の話をしているのかさっぱり分からない。そもそも何でこんな戦闘訓練なんてしていたのか。そこから話してほしい。


「ですが! 確かに自分たちは力を合わせて首領悪鬼(ドン・オーガ)の所にいた三階位の大悪鬼(オーガ)を倒して――」


 直後、ビシッと硬い音が響くとリンが頭を押さえてうずくまる。どうやらアリスが手に持っていた石を弾いてリンの眉間に当てたようだ。


「馬鹿か? お前らの言う大悪鬼(オーガ)とは、オルギアじゃない奴だろう。あれとは戦っていないが、見るからに雑魚だったぞ。あれを大悪鬼(三階位)とは言いにくいな。でかいだけの小悪鬼(ゴブリン)というのが妥当だ。オルギアと比べて明らかに何もかも劣っていただろう。だからこそ、勘違いするな。お前らではまだ、三階位には勝てない。覚えておけ」


 ……良く分からないが、これは族長たちを諫めているのだろうか。三階位を倒せたと自信から、安易に三階位に挑まないように。

 確かに、三階位を倒せたと言う事実は大きな自信に繋がる。三階位とは一階位、二階位とはわけが違う。次が四階位(魔王)しかいない、普通に生まれてなれる最上位が三階位なのだ。それを二階位が群れて倒せたのなら気も大きくなる。

 だからこそ、アリスは勘違いするな、と言うのだろう。三階位とはいえ、当然強弱の差がある。目の前のオルギアは魔王(四階位)に近い三階位であり、先程から話に出ているのは二階位に近い三階位なのだろう。


「ま、雑魚とはいえ三階位を倒せたのは見事だ。いずれは三階位になれるかもな。それまで死なないように気を付けろ」


 結局は心配しての言葉なのだと分かった。アリスは言い終わると解散と言ってその場を去った。

 ……そういえばアリスは今どこで寝泊まりしているのか。玉座の間に戻れない以上、ここで寝泊まりしているはずだが、どこかに転がり込んでいるのだろうか。


 などと関係ないことを考えていると、族長たちがうな垂れながらも立ち上がり、それぞれの場所に戻って行く。

 オルギアもそれを見送るとどこかへ行こうとする。


 いや、待て。私はオルギアに用があるのだ。

 私は声をかける。


「オルギア、貴方に話があります」


 最悪、三階位に挑む覚悟で。




 私の覚悟を感じてか、オルギアは場所を変えようと提案し、玉座の間前まで移動した。

 いつもなら賑わうこの場所も、今は閑散としている。


「話を聞こう」


 誰も居ないことを確認するとオルギアはすぐに話を切り出した。前置きなどは一切ない。おおよそ私が何の用で話しかけてきたのか想像が付いているのだろう。


「では、単刀直入に尋ねます。首領悪鬼(ドン・オーガ)の下へ連れていかれた蛇人(ラミア)はどうなりました?」


「……そちらの話か。蛇頭人(メデューサ)を倒したことかと思ったが」


 それについては、確かに言いたいこともある。だがあれは、蛇頭人(メデューサ)が弱かったのだ。そしてそれ以上に、力にもなれない自分が弱かった結果だ。自分の弱さをオルギアの責任には出来ない。

 首領悪鬼(ドン・オーガ)に下へ連れて行かれた者たちは、弱い者たちだ。守れなかった者たちだ。暫定的にだが、族長の立場の私は知らなければならない。


「ノブナガ様が首領悪鬼(ドン・オーガ)の所から新たに配下にした魔族の中に蛇人(ラミア)はいませんでした。戦闘により全滅したのであれば仕方ありませんが、見たという話も聞いていません。オルギア、貴方なら知っているはずです。首領悪鬼(ドン・オーガ)の下へ連れていかれた蛇人(ラミア)はどうなりました?」


「……聞いたところで何も変わらないぞ」


「聞かねば変われないのです」


 もう族長の蛇頭人メデューサの下にいた蛇長人(ナーガ)ではいられないのです。族長の蛇長人(ナーガ)にならなければ。他の魔族の族長に並ぶ存在になるのだ。


「……そうか。少し、前置きとして話すが、首領悪鬼(ドン・オーガ)のダンジョンは食糧難だった。昔は西の山脈ももう少し緑があったのだが、首領悪鬼(ドン・オーガ)が考えなしに目につく物全てを使ったのだろう。獲物は狩り尽くし、植物を取り尽くし、木々を使い尽くした。その結果が、何もない西の山脈だ。どれほど深刻だったかと言えば、満足に食事が出来たのは首領悪鬼(ドン・オーガ)と自分を含めた三体の大悪鬼(オーガ)のみ。同種族の配下である中悪鬼(ホブゴブリン)にすら、満足な食事を与えられていなかった。当然、奴隷のように扱われている他種族については言わなくても分かるな」


「……餓死……ですか」


 弱者の末路としては真っ当なもの。獲物が取れねば衰弱し、死ぬしかない。環境が悪ければそうなるしかない――。


「いや、違う。さすがの首領悪鬼(ドン・オーガ)も便利に使える奴隷が勝手に消えるのは不満らしくな、僅かにだが死なない程度に食料を与えていた。だから、残念ながら餓死ではない」


 餓死、ではない? しかし戦闘に参加していない。では、どこに。……まさか!


「無論、生きてはいない。希望を持たせるような言い方をして悪かったな。はっきりと言おう。食った」


「……は?」


「食ったのだ。首領悪鬼(ドン・オーガ)が。ノブナガ様に戦争を仕掛ける前に、全配下を集めてその前で蛇人(ラミア)を生きたまま全て食らった。役に立たねばこうなるぞ、と脅すためにな」


 衝撃の余り思考が止まる。食った? 生きたまま? 全員?


「恐怖で従えるには十分なやり方だろうな」


「もしもそれに貴方が関与しているのであれば、例え負けると知っていても挑みます」


「あの手のやり方は好かん。命令でもされん限り誰が関わるか」


 もし、オルギアが頷けば本当に挑んだだろう。後先も考えずに。

 逆にオルギアが否定してくれたおかげで頭が冷えた。もう、過去の話でどうしようもない話なのだ。

 私は族長として未来の事を考えなければならない。


「分かりました。話してくれてありがとうございます。……まずは同胞を増やさねばなりませんね」


 私たち蛇人(ラミア)は他の魔族に比べると数が少ない。鳥人(ハーピー)木人(トレント)を除けばの話だが。

 まずは数を増やさねば。


「いや、それは待て。今食糧難の話をしただろう。ノブナガ様のダンジョンは畑などを作っているが、数が少ない。外に狩りに出て賄っているのかもしれないが、今回の件で配下が増えたのだ。ノブナガ様は首領悪鬼(ドン・オーガ)と違い、思慮深いお方だ。何をするにもお伺いした方が良いぞ」


「なるほど、そうですね。助言に感謝します」


 となると、明日ですね。

 全ては、明日。


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