第百十九 樹霊討伐後
樹霊を倒した。
長く苦しい戦いだった。これでオワの大森林に平和が、という話ではない。
むしろ長く苦しく大変なことになるのはこれからだ。
まず負傷者が非常に多い。最も被害が大きい豚人は戦闘が終わってすぐに倒れてしまった。疲労や怪我の具合から見ても目を覚ましたところで満足に歩けるかも怪しい。今回の戦闘の主戦力として常に前に出ていた所為だろう。
次に被害が大きいのが鳥人と蛇人だ。鳥人は唯一の空中戦力と言うことで上空からの攻撃を敢行するも、木人からすれば枝の攻撃最適範囲を飛び回る的であり、あえなく迎撃されている。そのため重症と言う程の怪我は負っていないものの、全員が怪我を負っている。蛇人も木人に突撃し、攻撃しつつも反撃されて怪我を負っている。
この二種族については、戦闘能力を含めて能力を正確に把握していないことも負傷者を増やした原因の一つだろう。ダンジョンに帰ったら色々と調べた方が良いかもな。
ランら蜘蛛人達は怪我こそあまり負っていないものの、連戦の影響か疲労の色が濃い。今は勝利に喜んでいるが、しばらくして落ち着けば疲れから倒れる者が続出するだろう。
そんな負傷者をどうにかするのが、元気な小悪鬼と粘液生物だ。小悪鬼は多少怪我を負っているが、大事になりそうな者はおらず、むしろ目の前の新しい素材に夢中になっている。木人、森人、樹霊それぞれの木材の材質が異なるらしく、ヒデを中心に大喜びで集めている。ただ、量が膨大なために全部持って帰るには何度か往復する必要がありそうだが。そして今回はほとんど持っていけないだろう。
そしてほぼ無傷、ただ食事をしていただけの粘液生物は通常よりも元気であり、多少の無理は平然とこなせそうだ。
オルギアも種族的に頑強なおかげか、まだまだ無理が利きそうではある。ただ、あまり頼り過ぎて倒れられると運ぶのが一番大変なので、その辺りは見極めないといけない。
イフリーナとセルミナは怪我こそないが元気もない。ただ身体の内側、主に胃袋の問題だけなので時間が解決してくれる。元気になったら扱き使えば良い。
扱き使う、と言えばライルだが気絶していた。頭を強打したらしくとりあえず目を覚まさないと分からない状況だ。大丈夫だったら扱き使うとしよう。
トドンも出来れば扱き使いたい。怪我と言う怪我も負っておらず、樹霊を下した所為かやや元気だ。足は遅いものの力はあるし、色々と役に立つはず。
そして最大の負傷者。重傷を越えて重体、瀕死に近いアリスだ。全身はボロボロ、足の腱は切れて、ダンジョンで回復しない限り何も出来ないだろう。その所為か、さっきからずっと寝ている。……死にかけのはずなのに、平然と寝ている。
そしてもう一つの問題。
「あ、あの。私たちはどうすれば?」
樹霊が悪足掻きとして生み出した木人の存在だ。生まれてすぐに樹霊が倒されたために命令を受けていない。ただの一階位の魔族だ。
……どれから手を付けて行くべきか?
まずは状況を整理しよう。現在の目的はダンジョンに帰ることだ。しかし負傷者多数で豚人についてはおそらく歩くことすら難しいだろう。となれば運ぶしかないが、負傷している鳥人や蛇人、疲労の色が濃い蜘蛛人には任せられない。逆に運ばれる側になりそうだ。
そして木人についてはどう扱っても問題はない。放置しても、敵として処理しても、味方として引き込んでも良い。ただ今は味方じゃない。
「お前たちは最後だ、待ってろ。ヒデ、ヴィ。お前達なら豚人を運ぶのに何名必要だ?」
まずは配下を優先しよう。敵でも味方でもない奴など後で十分。
「カイなどを基準に考えますと、最低でも四名、出来れば六名は必要になるかと」
「同じ~」
ヒデは倒れているカイに目をやり厳しい数字を述べる。ヴィもそれに乗っかる。
小悪鬼と豚人の数はほぼ同数。いや、首領悪鬼の所から連れて来ている分、豚人の方が多い。
ただ首領悪鬼の所から連れてきた連中については戦闘能力に疑問があったため、前線には送っておらず疲労はあっても怪我は少ない。おそらく歩く程度は出来るはず。
やはり問題は手が足りないことだ。置いて行くなど論外だが、全員を運ぶのは時間が掛かる。容体が急変しないとも限らないため迅速に運びたいが、どうにもならない問題もある。
「リヤカーなどを作って運ぶことは?」
「すぐには難しいかと。道具も簡単な武器の手入れが出来るものしか用意していませんので」
山のように負傷者を詰め込んで運搬、と考えていたのだが無理そうだ。
解決策は、ないな。地道にやっていくしかないか。
「ヒデ、足が速く持久力がある者を選びダンジョンに走らせろ。シバとリンにダンジョンに最低限の戦力を残してこちらを助けに来るように伝えろ。それまでは繰り返し運ぶとしよう。一日の移動距離がかなり短くなるが、仕方あるまい」
「はい、すぐに条件に合う者を選出して向かわせます」
「オルギアとトドンはこいつらの食料、魔物を仕留めてきてくれ。手伝いに首領悪鬼の所から連れて来た魔族を使ってくれ。疲れているだろうが、頑張ってくれ。イフリーナとセルミナも体調が回復し次第狩りに出かけてくれ。あ、でも食べるんだから灰にはするなよ」
動ける者は多少無理をしてでも動いてもらう。そうしないと、怪我ではなく飢えで死なせることになる。
五日だ。五日耐えながら進めばダンジョンからシバとリンらが来るはず。
「負傷者には今日はもう休むように伝えろ。ヒデとヴィももう休め。明日からは満足に休めないだろうからな。ランたちにも同じように伝えろ。ダンジョンに着くまでは、休めないからな」
今日は樹霊の所為で疲れたから明日から移動することにする。どうせ動ける者も少ない。
「ノブナガ様、持ち帰れない木人の素材を一か所に集めていてもよろしいでしょうか? 何度往復することになっても全て持ち帰りたいのですが」
「ああ、良いぞ。ただし、明日の行動に支障が出ない程度にしてすぐに休むように」
動ける者は少ない、はずなんだがなあ?
嬉々として素材集めに向かう小悪鬼達を見て首を傾げる。新素材にそこまで飢えていたのか。
「あ、あの。そろそろよろしいですか?」
「ん? ああ、木人共か」
今まで黙っていた木人達が、もう良いだろうと話しかけてきた。
すっかり忘れていた、とは言わないが、あまり意識していなかった。
「お前たちは何を望む?」
生みの親の樹霊の復讐を望むのならこの場で素材になってもらう。安全を求めるなら、手を出さないと約束してどこぞに消えてくれて構わない。もしも、配下になることを望むなら。
「えっと、どうしたら良いんでしょうか? 木の頃の記憶もありますから、ぼんやりをここで何があったかは理解していますが、どうすれば良いかなんて考えたことがなくて。他の木人も突然のことで混乱していまして。その、何を望むのが良いんでしょうか? どうすれば良いんですか?」
……何も決められないとは、その回答は予想していなかった。
元が木だからな。生えてからは日の光を浴び、雨を受け続けているだけだ。何かを決めたことなんてないのだろう。
疲れているから考えることなんてもうしたくないんだが。
「選択肢としては二つだ。生まれた場所であるここに残るか、私と共にダンジョンへ行くかだ。それくらいは選べるだろう?」
「はあ、えっと。ここに残るか、行くかですか。残るのは良いと思います。ああ、でも安全とか考えると付いて行った方が良いのかな。粘液生物には何にもできませんし。……えっと、どうしましょう?」
………………。
「良し、分かった。木人は配下に加わり明日から豚人を運ぶ手伝いをすること。分かったな?」
「え? あ、はい。分かりました。そう伝えます」
木人は命令されるとあっさりと受け入れて戻って行く。……待て、木人の移動速度が遅くないか。トドンの半分ほどだぞ?
まあ、とにかく新しく木人が配下に加わった。あれは命令しないと何も判断できない奴だな。
とりあえずは豚人の運搬の目途が立ったな。何十と言う枝があれば豚人を運ぶのは容易いだろう。ただ、移動速度に難がありそうだが。
まあ、当面の出来ることは終えた。後は、ダンジョンに戻るだけだ。
それから五日後、シバとリンが配下を引き連れて助けに来てくれた。
その背後にファース辺境伯と騎士団を連れて。