第百十五話 ノブナガの秘密兵器
「うっわ、良くあのデカブツ相手に挑めるな、アリスの姐さん。そっちの姉さんもそうだけど、人の身で魔王を相手に正面から挑むとか頭おかしいと思うわ」
「その魔王の配下としてここにいるんですけど、自覚あります? それにあんなデカいだけの木なんて怖くはないですよ。本当の化け物、剣聖に比べればあの程度……。剣聖の相手は地獄でしたよ。……そういえば、あの時にあなたの姿が見えませんでしたね」
「危機管理は冒険者をする上で必須。こっちは剣聖に引きずられて一か月以上過ごしたんだからな。もう二度と関わりたくない」
「剣聖に二度と関わりたくないと言うのは同意しよう。しかし危機管理については今も注意すべきだったな。ライル、セルミナ」
心配して探しに来てみれば、ライルとセルミナは役目を終えたとばかりに木陰で休んでいた。
優雅に観戦とは良いご身分だ。俺だって動かなければならないこの状況で。
「げっ! 旦那……。いやいや、森人を倒しましたし、もう俺みたいな非力な奴はいらないッスよね? あ、セルミナは魔法があるから別ッスけどね」
「私を売る気かライル! 魔王陛下、私の魔力は底を尽き、腹が満たされて満足に動けない状態なのです。しかしライルは見ての通り元気で囮として動く程度の体力は十分にあるはず。なのにここで休んでおりました!」
目の前で醜い争いが行われるが、その争いの結果に関わらず、君たちの役割は決まっているんだ。残念だったな。
「セルミナは一度戻れ。そしてイフリーナの補助に、というか抑えに回れ。今は景気よくぶっ放しているが、いずれ魔力が尽きる。ワリの実がいくらあっても食い続けることは出来んだろう」
「……イフ姉ならワリの実さえあれば、標的を燃やさない限り意地でも食べて燃やすと思います」
「なら、なおさら行け。ここは俺のダンジョンではないんだ。腹が破裂しても治せないぞ」
それに現在の主力が戦えなくなるのは困るのだ。アリスは今でこそ暴れているが、少し前に倒れていたとランから聞いているし、オルギアは片腕だ。ここはイフリーナとセルミナに頑張ってもらわないと困る。
頑張って、注意を引いてもらわないと。
セルミナを送りだしたら今度はライルだ。
「ええっと、じゃあ俺はもういらないッスよね? 後ろで待機してて」
「当然、やってもらうことはあるから安心しろ」
そのままそろっと、逃げようとするライルを捕まえる。
お前は俺の手伝いだ。重要な役だぞ、良かったな。
ごそごそと今回の為に用意した秘密兵器を披露する。
「安心しろ、難しいことは要求しない。これを使うだけだ」
「蜘蛛人の糸で作られた袋ッスか?」
……まあ、間違ってはいない。容器なんてものはないから身近にあった袋に火薬を詰めて来ただけだからな。しかし重要なのは中身と、その結果何が出来たかだ。
「これはな、爆弾だ。火を付けることで強い衝撃を生み出すんだ」
「……それは凄いッスね。どこに火をつけるんッスか?」
……どこに?
手に持つ爆弾を見つめる。火薬が漏れたら困る、と口まで完全に閉じた袋だ。どこからか線が出ている、なんてことはない。
あれ、導火線なんてないぞ?
どうやって使おうか。
爆弾を興味深そうに見ているライルに、やっぱりなし、とは言えない。それにこれを使わずに樹霊を倒せるのかと言われれば怪しい。
いつでも逃げられるが、折角樹霊の配下を全滅させたのだ。ここで倒さないと絶対に厄介なことになる。
「とりあえずどこに置くか決めてから考えるか」
「とりあえず? 考える? もう作戦は考えてあるんッスよね?」
何も考えずに爆弾で一発解決、だと思っていた。作戦なんて考えてもなかったわ。
だから何も言わずに誤魔化すようにライルの肩を叩いて先に進む。
誤魔化せなかったかもしれないがどうせライルに拒否権はない。気にしない、気にしない。
樹霊に気付かれないようにライルに先導してもらい、樹霊に一番近い木の陰に隠れている。それなりに近づけたが、これ以上の接近は身を隠す場所がないため隠れながらは不可能。全力で走るしかない。
俺の足では五秒はかかるか。
隠れながら様子を窺う。中央でアリスが暴れているが、前には進めていない。何本も細い根を斬っているが、斬るたびに新しく根が生えてくる。アリスの動きも段々と悪くなっているし、このままではじり貧だろう。
オルギアも戦っているが根を前に苦戦している。自力で突破して樹霊を攻撃する、というのは期待できない。
そして一番激しく攻撃しているイフリーナ。後方から残りの魔力など気にせずに景気よく炎の槍を飛ばしてくる。いくつかの根が迎撃に出ているが、アリスとオルギアに回している分どうしても根が足りず、いくつかの炎の槍が樹霊に突き刺さる。
しかしそのまま炎上とは行かず、樹霊は炎の槍が刺さった場所を枝で叩いて炎の槍と火を豪快に鎮火させる。やはり単に魔法が当たっただけでは倒せない。
「うっへ、怖っ。帰って良いッスか?」
「同じ気持ちだ、と言いたいが良い所を見つけてしまった。あそこに放り込んで火を。……火? ライル、火はあるか?」
「そりゃ、元冒険者ッスから。火はいつでも準備出来るッスよ? さっき火を使うって聞いたんで棒に布巻いて松明も用意したッス。でも油に付けてないッスからすぐに燃え尽きると思うんでそこは気を付けて欲しいッス」
おお、ライルは便利だな。これで火の心配はないな。
俺が見つけた良い場所は先程イフリーナが炎の槍で空けた穴だ。幹の下の方で俺でも何とか手が届き、穴の大きさも頭程度とそこそこ大きい。深さは分からないが、持ってきた五つの爆弾を全て入れることは出来るだろう。
作戦は樹霊に全力疾走して近づき穴に爆弾を全力投入。ライルから松明を受け取って穴に松明を投下して、全力で逃走する。理想は爆弾を投入後、穴を塞ぎたいのだが、そんな時間はないので諦める。
ライルに作戦を説明すると顔を白くして逃げようとしたが、すぐに『重力』を使って捕える。拒否権はないんだよ?
ライルが火を起こしている間、樹霊の視線がこちらに向かないかだけ注意する。
観察していれば樹霊は最も注意を払っているのはイフリーナの炎の槍だ。そしてたまにアリスを見ている。オルギアにはほとんど目もくれていない。
おそらく樹霊の中で危険度の高い順なのだろう。あれだけ集中して戦闘していれば端でこそこそと動いている存在には気づかないはず。
「旦那、準備出来ました」
振り向けばライルが火を起こしていつでも松明に移せる状態になっていた。
「良し、気づかれないようにこっそりと行こうと思ったが、あれなら全力で走った方がすぐに終わって安全そうだ。走るぞ」
了解、と返事と共に松明に火を灯す。
合図なんてない。頭をおかしい戦闘の光景を横目に全力で樹霊の下まで走った。
そして手際よく魔法の袋から爆弾を穴の中に放り込む。後は点火用の松明を放り込むだけ。持っているライルに寄こせと振り向けば。
こちらに背を向け、全力で逃走するライルの姿が。
……逃走するのはまだ早いよ? 松明をこの穴に放り込んでから――。
ゾッとした。ライルの背が、逃げ方があまりにも本気だった。あれは脅威から、敵から身を守るための逃走に思えた。
まさかと思い、振り向けば。
「…………」
俺の身長よりもはるかに大きな顔が、樹霊がこちらを向いていた。
そこから剣聖を相手にすることで得られた無意識が反応した。
足元が僅かに動いた。樹霊が根を動かしたためだろう。気づけば俺は守りの戦闘態勢』になっており、空高く打ち上げられていた。
あの一瞬で樹霊が根で俺を弾き、俺は攻撃を認識する前に守りの戦闘態勢』になることで空高く打ち上げられるだけで済んだようだ。
ああ、地面が遠い。俺を置き去りにして逃げたライルはどうなったのか。あいつことだからちゃんと逃げられた気がする。俺はどこに落ちるのだろうか。
いや、それよりももっと気になることがある。
回転するこの身体をどうやって止めようか。地面と空が混ざり合ってしまい、今どこを見ているのかまるで分からない。最悪頭から落ちることになるんじゃないか。
さて、どうしたものかとのんきに考えている間にドシンと鈍く強い衝撃が身体を襲った。
最悪は俺の想定を超えていた。
地面に埋まってしまったらしい。頭から落ちたらしく、足首だけ辛うじて出ている状況。身動きなど取れるはずもなく。
助けて―。
足首をばたばたさせるしかなかった。