第百十二話 セルミナ&ライルVS森人 後半
森人が氷漬けの状態から自力で復活した。
しかも怒っている様子。そりゃそうだ、氷漬けにされたら首謀者を見つけ出してぶん殴りたいだろう。
そしてその首謀者が。
(行け!)
何故か俺に突撃の指示を送ってくる。
確かに、戦闘前に話した内容ではセルミナが一発ぶちこんでそれでも倒れなかったら、俺が突っ込んで時間を稼ぐ予定だったが。
あれを相手に? しかも時間を稼ぐってどれくらい? 二秒?
冗談、と言いたいが冗談ではない様子。これは腹を括って挑むしかない。時間を稼ぐくらいなら出来る、はず。
武器はある、いざというときの守りもある。大丈夫だ。いや、何で大丈夫なんだ。大丈夫じゃなければそれを理由に逃げられたのに。
いっそ逃げる? どこに? この混乱に乗じて王国方面に逃げればどうだ? 運次第? いや、旦那が逃がすとは思えないし、アリスの姐さんとか一切躊躇わずに斬ってくるだろう。無理無理。
目の前には木の化け物、後ろにはハニワの魔王と剣の狂人。あれ、木の化け物とかまるで怖くねえな。
木風情が調子に乗んな!
「かかってこ、いやー!」
姿を見せた途端飛んでくる刃物と化した葉。それを避ければ追尾してくる枝の数々。
時間を稼ぐ? どうやって? 全力で逃げる以外に出来ることがねえ!
「お前か!」「殺す!」「……うーん」
「違いますううぅぅ!」
ただひたすらに走る。普通であればあっさり捕まったかもしれないが、セルミナの魔法が効いているのか枝の動きが遅く、葉も凍っていた影響かあまり飛ばずに当たる前に落ちるのが大半だ。
これはもしや、好機?
「怖がらせてくれたな、バーカ! 『ダブルエッジ』」
枝の動きは遅く簡単に斬り落とせ、葉も想定よりも恐ろしくはない。葉に警戒しつつ、枝を斬り落として一気に接近する。
発動するは職業『短剣使い』の下級技能の『ダブルエッジ』だ。素早く相手を二度切るだけの小技。ただこれを斧で行う。
「……っ!」
適正武器での使用ではないため腕に異常な負荷が掛かる。骨まで痺れるような痛みが走るが、その程度。武器を手放さないように我慢すれば何とか耐えられる。もう一回と言われると躊躇うが。
しかし効果はあった。木の皮が剥がれて中身も僅かに削れた。三階位の部位だ、貴重そうだし貰って行こう。
「むかつく!」「やっちゃいましょー!」「……うぇ」
湿っている木の皮を回収すると同時にその場を飛び退く。すぐ後に木の枝が突き刺さる。危なかった、森人の攻撃をまともに受ければ一巻の終わりだ。
ただ、さっきから妙な感じがする。森人の様子がおかしいのだ。
逃げながら観察すれば、三つの顔の内元気なのは二つ。一つだけ何故か黙って視線も下に向けている。
下? そういえば根を使った攻撃もあるって聞いていたけど……。
とっ! 危ねえ!
僅かに地面から根が出て足を引っかけようとしていた。今まで直接的な攻撃しか来ないから避けやすかったが、補助的な動きをされると逃げ続けるのも辛……い?
…………いや、まさか?
追いかけてくる枝に注意しながら技能の『投擲』を発動させ、斧を根に向かって投げる。すると根は斧が当たるとあっさりと砕けた。
刺さるでも斬れるでもない。砕けたのだ。
根が凍っているのか?
巨大な幹はその大きさゆえに全身が氷で包まれても中まで凍らずに済んだ。枝も上の方までは凍っていなかったから耐えられた。しかし幹より細い根は寒さに耐えきれずに凍ってしまったのでは?
なるほど、それに関連して顔の一つに元気がないのか。それは良かった。
根からの攻撃はないと見て良い。ただ事態を好転させる材料ではない。ただ今まで通り根と葉から逃げ続ければセルミナが何とかしてくれるはず。
森人相手に希望が見えて来た。俺でも何とかなる。
そう確信した矢先。
「あっ!」
足元に根が出ていた。
そう、根は今見た通りほとんど動かせていないだけで動かないわけじゃない。苦しみながらも解凍しようと地面から出ようとしている。
あってはならない油断。根は見事に足を引っかけて砕けた。俺を転ばせるには十分な働きをして。
霜が降りた冷たい地面に倒れ込む。すぐに体勢を整えようとするも目に映るのは無数の枝という絶望。
「ぬああああ!」
咄嗟に防御の要として持ってきた秘密兵器を使う。
こっそりとアリスの姐さんを解放して切り取ってもらった首領悪鬼の皮。これを自分の上に広げて自らを覆う。
あんだけでかい皮なら少しくらい貰ってもばれないと思い、切り取ろうとしたが自分のナイフでは切り取れずアリスの姐さんに頼った。だから旦那にも内緒の品だ。
大悪鬼の皮といえば並の刃物を通さないことで有名だ。その魔王、首領悪鬼の皮なら森人の弱体化した攻撃など容易に防げる。
と、思っていた。
「いてえ! いて!」
確かに枝による突き刺しや、刃物と化した葉から身を防ぐことは出来た。しかし根本的な問題。攻撃による衝撃が防ぎきれていない。
大悪鬼や首領悪鬼であれば筋力で相殺など容易いだろうが、非力な俺には厳し過ぎた。
「ぐええ。止めろ!」
無限に続くかと思う程の地獄。何とか脱出しようと外を見れば、セルミナが木の陰に隠れながら水の球を森人に当て続けていた。
あんなに顔色が悪いのに頑張って俺の為に攻撃を、と思ったが明らかに違う。攻撃と言う威力じゃない。ただ水の球を当てているだけだ。
どこに当てているのかと思えば俺が調子に乗って攻撃した時に木の皮を剥いだ所だ。何か狙いがあるのだろうが分からない。ただ森人を倒そうとはしているのだとは分かる。
早くしてくれ。俺が潰れちまう。
それからしばらく生きてきたことを後悔する程度攻撃を受け続け、次第に攻撃の頻度も少なくなっていき。
……お、攻撃が止んだ。逃げるなら今しかないか。しかし注意がこちらに向いている状態で首領悪鬼の皮から出れば、葉に切り刻まれてしまう。回収するような余裕もないだろう。
ならば仕方がない。人族の底力を見せてやる。
両手両足に力を込め、身体を浮かせる。後はこのまま。
走る! 四足走行だ! このまま木人化していない木まで逃げる。
「げっ!」「まだ生きてやがった!」「…………」
森人が気づいたようだがもう遅い。すでにこちらは――。
ダンッ! と勢い良く首領悪鬼の皮が叩かれる。それが何度も。まるで虫を潰すように執拗に。
正しい攻撃だ。枝で突き刺せず、葉で切り裂けないなら叩くのが一番だ。それが一番辛い。
ただそれは俺が首領悪鬼の皮の下に居ればの話。すでに木の陰へと移り、そこから森人の視界に入らないように移動している最中。
同じネタは二度使わない。生き残る鉄則だ。
そこから木から木へと移り、森人に気付かれないようにしてセルミナの下へ向かう。
「『ウォーターボール』、『ウォーターボール』、『ウォーターボール』」
ひたすらに森人に水の球をぶつけ続けている。……ちょっと怖い。
「お疲れ。何してんの?」
こっそりと音を立てずに近づいて声をかけたが。
「ようやく来ましたか。もう一度森人の気を引けますか?」
気付かれていたようであっさりと返された。
「驚かそうと思ったのに。それで、何したいの?」
「今度こそ森人を凍らせます。最初にちゃんと凍らせられなかったのは多分木の皮が大量に水を吸い取って中まで水を浸透させなかったから。だから木の皮を剥いだところに『ウォーターボール』を当てて中まで浸透させれば芯まで凍るはず」
今やっているのは下準備と言うことか。そういえば森人から取れた木の皮は濡れていたな。言っていることは正しそうだ。
それとは別に、驚いたと言えば首領悪鬼の皮を隠し持っていたことに驚いたと言われた。
ライル式収納術は技能に頼らない立派な技術だ。これだけで飯を食っていけると思っている。絶対に教えないがな。
「なるほど、了解。じゃあ十分に濡らしたらまたあのど派手な魔法で凍らせると」
「……無理、魔力の限界。もう食べれない」
ああ、だから顔色が悪いのか。しかしそうなると。
「じゃあどうやって? あの魔法以外にも方法が?」
「ある。魔力の消費は少ないけど威力はある。けど射程が短くて直接触らないと無理」
なるほど、話が見えて来た。
「森人を凍らせるには触れないと駄目。でも森人の攻撃を避けながら近づく能力はない。だから俺が気を引いてその間に凍らせると?」
「その通り」
なるほど、なるほど。
「それって危なくない? 俺はもう首領悪鬼の皮のような防御手段ないんだけど?」
「それはこっちも同じ。見つかれば私もやられる」
危険度はどっちも同じ。どっちかが安全なんてない。だからやるぞ、と。
かぁー、嫌だ。肝が据わった奴は嫌いだよ。絶対にやるという覚悟があるから。
重要なのは退路、逃げ道だ。生き残ることを念頭において、危ないことは極力避ける。今まではそう生きて来たし、これからもそうするつもりだ。
だからやろう。良く考えたら後ろに怖いのが控えているんだった。こいつを倒したら怪我をしたとか言って遠くに避難しよう。
「どれくらいだ?」
「あまりかからないと思う。触れればすぐに凍るはず」
了解。すぐに反対側に移動する。何せ相手の顔は三つ。いや、一つは沈黙しているから二つだ。かなり派手に注意を引かないと、周りを警戒されたらそれだけで詰む。
合図はない。俺が動いたら向こうが動くだけ。仲間の姿が見えないのは怖いなあ。
「オラァ! 森人如きが! 調子に、乗ってすんません!」
森人に木の皮を投げたところまでは良かったが、投げつけた瞬間二つの顔がこちらを向いて猛攻撃して来てまじで怖かった。死ぬかと思った。
「まだ生きてる!」「いい加減死ね!」「…………」
無数の枝と降り注ぐ刃物と化した葉。大丈夫だ、さっきは当たらなかった。地面も注意すれば根に足を取られることもない。
大丈夫、避けきれると思った瞬間。ピッ、と葉が顔のすぐ横を通り頬を切った。
……あれ? さっきより早くなってない?
持久戦を意識してそれなりに余力を残しながら逃げられたが、今は違う。後先考えずに全力で逃げないと攻撃に当たる。
そうだ、今までは凍っていたから動きが鈍かっただけで、時間が経てば氷も解けて動きも良くなる。
はっはっは、やばい。
セルミナはまだなのかと思うが姿が見えないから分からない。後どれだけ逃げれば良いのか、出口が見えないってのは辛い。
一度だけ危ない時があったが、奥の手の身体能力強化で難を逃れた。さすがに常時の発動は出来ないが、一動作程度なら何とかなる。
そしてようやく、待ちに待った時が来た。
「うん?」「あれ?」「…………」
突如森人が猛攻を止めて狼狽えだしたのだ。怒りが一瞬で覚めて狼狽えだしたのだ。
そして狼狽えだした森人はセルミナを見つけたらしく。
「「な、なにをした?」」
「さあ? 何でしょう?」
少し場所を変えればセルミナが背を向けて逃げて行く姿が見えた。……俺を見捨てて!?
俺もすぐにその場から逃げ出す。途中で首領悪鬼の皮を回収して、斧も拾う。そしてさっきはさんざんやってくれたな、と斧を森人に向けて投げる。
パリン、と見事に森人の幹の一部が割れた。本当に芯まで凍っているのだろう。
「「ああ……」」
森人の様子も変わった。先程までならすぐに怒り狂ったのに今は呆然としている。苦しむわけでも怖がるわけでもない。多分、人族には分からない感情なのかもしれない。
とりあえず森人は無力化出来た。反撃する様子もないし、幹を砕いて倒してやろうと、思ったが。
「……もういい」
樹霊が動いた。でかい枝を森人に巻き付けるとそのままへし折った。
その間に俺は首領悪鬼の皮を被って隠れた。
もう無理。怪我した。足とか背中とか。えっと、折れた。戦えない。
とりあえず目の前の恐怖から這いながら逃げた。




