第百八話 再び戦場へ
目を覚ますと日は天高く昇っていた。
ただ一つだけ言えることがある。
俺は悪くねえ!
結論から言えば、本当に俺は悪くなかった。
内心ビクビクしながら寝室を出れば、玉座の間に居るのはセルミナ一人。
これがイフリーナ辺りだったら怒髪天、とばかりに怒りを示していただろう。
話せる相手で良かった、と思い部屋を出れば。
「あの、申し訳ありません。イフ姉、そしてヒデら小悪鬼が未だに起きておりません」
俺よりも寝ている奴が居た。
話を聞けばヒデら小悪鬼は昨日の話の後、暗い中でも斧を作り続けていたらしく、寝たのが遅かったらしい。
そしてイフリーナは。
「その、イフ姉は、大規模な討伐や大物の討伐する前日は興奮して寝れなくなる人で。寝たのが、私が起きた後で、その」
ピクニック前日の子供かな。
咎めることはしなかった。何か言える立場ではないので。
それとトドンは先に出発したらしい。理由は足の遅さだ。ドワーフの足の遅さは豚人を凌駕する。なので少しでも先に進んでおきたいとのこと。
その辺りも一応考えはあったのだが、合流してから行えばいいか。
そしてシバとリン、帰還組は未だに起きる気配はないらしい。まあ、それくらい無茶をさせたからな。
蛇長人ら蛇人は、この時間を利用してライルに斧の使い方を習っているらしい。武器を使った経験があまりない? 不安にさせてくれる。
「ではヒデら小悪鬼達が起きたら出発とする。無茶をさせた以上ちゃんと休んでほしい。それまでにイフリーナが起きなければ無理やり起こせ」
準備だけは進めておくように指示して、俺も最終確認を行う。
ヒデら小悪鬼はその後しばらくして起床。イフリーナは強制的に叩き起こされることになった。
オワの大森林中央へ進軍中、意外なことが分かった。
蛇人は踏破能力が高い。木々が生い茂り、木の根により凹凸の激しい地面を蛇人は難なく歩き、長時間の進軍に耐えた。
持久力はなさそうだが、駆け足のヒデら小悪鬼と共について来れたのなら上々だ。
ヒデやライルは度々アリスに捕まり、蜥蜴人の訓練に付き合わされていたため持久力はある。
イフリーナとセルミナは馬に乗っての進軍だが、森の中と言うこともあり馬も速度を出せない。現状が最高速と言えるだろう。
トドンもすぐに拾ってこの速度だ。問題ないな。
「セルミナ、暇だ」
「暇、と言われても。まだ三日目ですよ?」
「もう三日だ! まだ着かないのか!」
チラリとセルミナがこちらを見てくるが無視する。どうせ今は答えられないし。
「確か、半分くらいと言っていたような」
「半分!? やだ! 今すぐ燃やしたい!」
駄々をこねる子供の用に馬の上で暴れるイフリーナ。同乗しているセルミナは勿論、馬も迷惑そうだ。
「おい、魔王! もっと早く着けないのか!」
「ブルヒン」
イフリーナの問に俺は気の抜けた返事。というか答えられるわけがない。
何せ今は馬になりトドンを乗せているのだから。ドワーフは本当に重い。肉質が違うのか、見た目以上の重さだ。まだイフリーナとセルミナの二名を乗せた方が軽い。ただイフリーナは暴れるので、その辺りを考慮するとまだトドンの方がマシだ。
「ぶるひん、で分かるか馬鹿」
「いや、イフ姉……。今回の相手は大物だから、我慢しよう? ね」
「うう……」
完全に子供をあやす親となったセルミナに、子供同然のイフリーナは唸りながらも頷く。
このやり取りは昨日から行われている。そして今日も行われたということはこれからも行われるのだろう。
巻き込まれないように進軍中は極力馬でいようと誓った。
「……いる!」
進軍六日目、そろそろ見えて来ても、と思っているとイフリーナが突如馬を降りて走り出した。
「イフ姉!」
セルミナも馬から降りて急いでその後を追った。
全員の視線が俺に集まる。
多分急いで追うのか、このペースのまま追いかけるのか知りたいのだろう。
「どうするんじゃ?」
俺に乗っているトドンが代表として聞いてきたので、分かりやすくセルミナが残していった馬を見て、ブルヒン、と鳴く。
は? とばかりに首を傾げるトドン。向こうに行け、って意味だよ!
すぐに意味を理解してトドンは俺から降りて残っていた馬に乗り換える。
これでようやく元の姿に戻れる。
「全員注目。そろそろ接敵するかと思っていたが、イフリーナの反応からして近いのだろう。手元の武器の確認、いつでも戦闘に入れるように心構えと準備を怠らないように」
俺も今まで消費していた魔力分を回復するためにワリの実を齧る。
イフリーナとセルミナを無理に追いかけるつもりはない。短時間であの二人がやられるとは思わないし、あの二人がやられるほどの相手なら俺はもう逃げるぞ。
集団として動けることを確認して慎重に進む。途中で前方が度々赤く光っていた。おそらくイフリーナが接敵したのだろう。
つまり、そこまでは安全に進めると言うことだ。
一気に進もう。
「ふははは! 何だアリス、その格好は」
「……うるさい。ラン、この糸を解け」
騒がしい方に向かえば簀巻き状態のアリスをイフリーナが笑いながら杖で突いていた。
うん、まあ。こいつらはどうでも良いや。
「ノブナガ様! 申し訳ありません。戦線を維持できず後退しております」
前方では交戦中の味方が徐々に後ろに下がっている。
カイら豚人達は俺がここを出る時よりも酷い姿になっている。ヴィら粘液生物に変わった様子は見られない。いや、若干元気になっているように見える。豚人を手伝いつつ徐々に下がってきている。
オルギアもセルミナと交代してこちらに向かって来ている。セルミナも敵の足元を泥にして進みにくくしており、足止めが完了すれば戻ってくるだろう。
アリスも様子を見れば分かるが限界を迎えていたのだろう。声や態度は元気そうに見えるが、暴れていない所を見れば無理は出来ないということだろう。
限界一歩手前だったと言えるだろう。間に合って良かった。
「ヒデ、蛇長人は豚人を援護して後退させろ。ラン、今までよくやった。反攻開始だ」