第百七話 木人の侵攻
本当に嫌になる。
前面に広がる木人の群れ。
「左はヴィ達が押し込んでいます。中央はそれを頼りに木人を抑え込んでください。右はアリスを下げてオルギアに交代を――」
「アリス先生が倒れました!」
「オルギアに長丁場になると伝えなさい。アリスが倒れた理由は!」
「疲労、もしくは傷が開いたものかと!」
「蜘蛛人の糸で縛って休ませなさい!」
誰もが忙しなく動いている。この場を見る限り余裕のある者なんていない。カイら豚人は中央で木人の侵攻を抑えてくれている。負傷している身で戦線に立ち、しばらくすれば倒れ後方に運ばれ目を覚ませば前線に戻る。心身ともに限界を超えて戦っている。
ヴィら粘液生物はこちらの予想を遥かに超える大健闘を果たしている。左から木人を抑えるどころか押し込んでいるのだ。というのも木人の攻撃は枝や根、葉と果実など物理的なものばかりであり粘液生物には効かない。そして粘液生物は相手に張り付き枝や葉を取り込んで消化するだけ。最後に残る幹も数の暴力で呑みこむだけ。ヴィらがここまで押し込まなければ中央はすでに戦線が崩壊していただろう。
そして右はアリスとオルギアの二名で抑えてもらっていた。中央から支援もなく交代で頑張ってくれていたが、ついにアリスが倒れた。オルギアだけでもそれなりに持ちこたえられるだろうが、どれほど持つか。いずれは休んでもらわないとならないが回せる人材となると……。
私たち蜘蛛人と鳥人は後方支援として動いている。倒れた者を後ろに下げて手当にもならない気休め程度の行為を行っている。出来るなら中央などで戦いたいが、非力なため木人には相性が悪い。木人に有効な攻撃手段はヴィら粘液生物などの特殊な例を除けば火か力技しかない。
火なら私の魔法を火種として配れば良いが、木人はすでに火を危険と学習してしまい、火を持って近寄れば即座に叩き落とされる。鳥人も同様、高く飛べば落下させる際にばらついてしまい、低く飛べば枝を伸ばせる木人に掴まってしまう。運良く火が当たっても樹霊、もしくは側近の如く近くを固めている森人が燃えた木人ごと叩き潰して鎮火させてしまう。
そのため有効なのは純粋な力。しかし私たち蜘蛛人や鳥人にそこまでの力はない。それに木人に有効な武器の斧も豚人分しかない。
そして首領悪鬼の所からこちらの配下になった魔族たちは戦力にならず、特技もないらしいので戦闘地域外で食糧の確保に専念してもらっている。ここに樹霊がいるとはいえ、ここはオワの大森林中央。魔物も生息しているため集団で行動させている。今のところは従順に働いており、何とか全員に行き渡る程度には調達は出来ている。
全員が限界まで動いてようやく抑え込めるような極限の戦場。
だからこそ嫌になる。
自分が何の役にも立てないという事実に。
全体の指揮のようなことをしているが、こんなこと誰でも出来る。シバだったらもっと上手く出来るだろう。
魔法を使い戦闘に参加できるが、『ファイアボール』数回使っただけで魔力が底を尽く。ワリの実を食べれば魔力を回復できるが、調達数は少なく身体能力強化を維持のためアリスも食べており、残った少しを食べても木人を少し焼いてもすぐに魔力が尽きる。
私に出来ることは今行っているように運ばれて来たアリスを蜘蛛人の糸で縛るくらいだ。
そもそも前線に出ている輩は倒れた時点で下がるべきなんだ。倒れてもまだ戦える、と無理をするから運んで縛って一度寝させてから自発的に目を覚ますまでは起こさないようにしている。
「私はまだ戦えるぞ」
そう、こんな風にだ。
足元に転がるアリスが、オルギアから戦闘続行不可能と断言された癖に戯言を。
「戦えません。だから倒れたのでしょう。一度寝てからそういうことは言ってください」
「くかー、寝た。良し、解け」
解くわけないでしょうが。誰がそんな下手くそな演技に引っかかるのやら。
「全く、それならノブナガ様と共にダンジョンに戻れば木人を簡単に斬れる程度に回復できたでしょうに」
それだけの力があるのに……。
「……お前、と言うかノブナガを含めて勘違いしすぎだ。剣を使えば何でも斬れる、なんてことが出来るのは師匠くらいだ。私では回復したところで木人は斬れても、樹霊はおろか森人すら両断できない」
そんな馬鹿な、と思い下を見るがアリスの顔は嘘を言っている顔ではない。というか、あまり嘘を得意とする人物ではない。
「貴女は魔王、首領悪鬼を斬ったのでしょう?」
「肉は斬れるさ。固かろうが、複雑だろうが、今まで斬って来た獲物のどこかに類似する部分があればそこから感覚で技術を応用して斬れば良い。だがな、木人は木だろう。木を斬るのは剣士じゃなくて木こりの仕事だろう。木はあまり斬ったことがないから斬り方が分からん」
森人を斬ろうとして斬り込みを入れるのが精一杯だった、と気弱に言っている姿を見れば嘘を言っていないことは分かる。
「回復してもたかが知れているんだ。ならば残って時間稼ぎをしている方がまだマシだ。だから、な。この糸を解け」
「解くわけないでしょう。ですがノブナガ様の役に立とうとする心意気は分かりました。なので本当に危なくなったら起こしますので、今は寝て体力を回復させなさい」
まさかノブナガ様に敬意をまるで払っていなかったアリスが、その身を挺しても役に立とうと考えていたとは。もしこの場でなければ涙を流していたかもしれない。
せめて寝やすい所に移動させて上げようと思い手を伸ばすと。
「……は? 何を言っているんだ? 何で私がノブナガの為に動くんだ? 私はここに居ても回復しても変わらんから、ここに残って斬りたいという話をしたんだぞ?」
労わろうと言う気持ちが吹き飛んだ。
こんなアホを手厚く扱ってやる必要はない。蜘蛛人の糸で目を塞いで強制的に暗闇にする。そしてとっとと寝ろとぞんざいに隅の方に転がしておく。
本当に嫌に――。
「タ、タイヘン!」
「ええい、今度はどうしました!」
後方で食糧の調達をしていた魔族が慌てた様子で帰って来た。その後ろにはやられたのか、顔や頭を抑え込んで運ばれてくる魔族たち。
魔物にでもやられたのでしょう。しかし数にも怯まずにこちらに怪我を負わせたとは、二階位でもかなり強い魔物だろう。三階位の魔物だったらこいつらが帰って来られると思えない。
「木人ニヤラレマシタ!」
………………!
「どこでやられた!」
「コ、コウホウ、ミギヨリノバショデス!」
まさか、回り込まれた! 確かに右を守っているのはアリスとオルギアのみ。アリスが抜けてしまった以上オルギアに負担がかかるだろうが、こんなにも早く突破されるだろうか。いや、突破されたという連絡もない。
「カジツヲカイシュウシタトオモッタラ木ガ《木人》トレントデ」
新入りが何か言っているがそちらに耳を貸している暇はない。早急に対策を……。
……いや、待て。今何と言った?
「果実を回収しようとしたらその木が木人だった?」
「ハイ、カジツニテヲノバシタラタタキツケラレ……」
ちょっと待て、それはつまり木人は潜伏していたんじゃないか? 気付かれないように回り込んで、不用意にこちらが近づいてきたから攻撃してしまったのでは。
右は戦っているのはオルギアかアリスのみ。攻撃を仕掛けずにゆっくりと回り込めば、容易に裏を取れるはず。
となると、すでに敵は裏を取りつつある? 包囲されかけている?
本当に、本当に嫌になる!
「動ける者は後方の安全の確認に向かえ! 木人が回り込んでいる可能性がある。見分ける方法はないので手当たり次第に攻撃して。最悪の場合、戦線を下げます!」
指示に従い後方で支援活動を行っていた蜘蛛人と鳥人が半数ずつ、いや鳥人はほとんどが出て行ってしまった。支援活動を投げ出すんじゃないと怒鳴りたい。
ただ怒鳴るよりも早く全員が帰って来た。
身の危険を感じて。
「アッハハハハ! 『ファイアランス』。燃えろ!」
炎の槍が、潜伏していた木人を次々と貫いていく。
最後にはついでとばかりに周囲を炎が薙ぎ払う。その中から現れたのは、待ちに待った援軍。
「このまま真っ直ぐ行けば良いのか! 燃やし尽くしてやる!」
「あーもう。イフ姉ずれてます! 真っ直ぐじゃないです、横です。というか魔力回復のためにワリの実を食べるのは分かりますが派手に齧りつかないでください。口元が汚い。ほら拭きますからこっちに来て―――そっちじゃない!」
……あれに頼らなければいけないのか?
本当に嫌になる。