第百四話 木人
見上げるだけで首が痛くなるほどの巨木。首領悪鬼より大きいと言う問題じゃない。大きさが明らかに違う。
そんな巨木が、腕を振り上げるように枝を動かす。ただの枝なのに、その太さはそこらに生えている木に匹敵する。
「全員下がれ!」
その直後、その枝は虫でも払うかのように薙ぎ払われた。
ガッ! と鈍く低い音が響く。
……助かった。
幸い枝は俺たちと黒い木の間にあったただの大きな木に阻まれた。余程大きな衝撃だったのか大きな木は揺れるも折れる気配はない。
知能はあまり高くはないな。
あの時、相手は薙ぎ払いではなく振り下ろしをすべきだった。そうすれば俺の配下全てを倒すのは無理でも、一部の配下を潰せただろう。
知能が低いのはあの種族だからか。それともあの声が言っていた通り生まれたて、だからなのか。いや、そもそも。
「あれは何だ!」
「木人の類でしょう。しかし、見たことがないほど大きい。いきなり現れましたし、魔王ですかね?」
「剣聖の話でも出てきたことはないな。木人は知っているが。あんなバカでかいのがただの魔族とは思えないしな」
木人。オワの大森林におらず、国家群の隅の方に生息するらしい。分かりやすく言えば動く木。攻撃方法は枝や根、葉や実など多岐にわたる。
その魔王。普通に考えれば恐ろしいはずだが、アリスとオルギアは冷静な態度で相手を観察していた。
「全員、あれの攻撃範囲から急いで離れるように――リン、下がれと言っている!」
流石に他の者たちは突然の状況に浮き足立つか、全体の動きが悪い。更に負傷者も共に居たため怪我の具合で移動に差が出ている。ランとヴィらは何とか負傷者と共に下がろうとしているが、手が足りていない。それに豚人などは巨体のため運ぶのに複数の手が居る。
更に一部の魔族、リンなどは迎撃しようと武器を持ちこちらに来ようとしている。自分の怪我の具合も分からんのか。
「ラン! お前が指揮を執り全員を安全圏まで下がらせろ!」
すぐに全員を下げるのは不可能、となれば誰かが殿をするしかない。ランに後ろを任せ、俺が前に出る。
「アリス、オルギア。付き合え。あいつらが下がるまであいつの攻撃を食い止める。……ていうかあいつの種族名って何だ?」
ただ俺単体だと怖いので二名ほど追加する。まあ、死にはしないだろう。
「あれは未発見だろうからなあ。名乗れるようには見えないし、ノブナガが名付ければ?」
ええ、そんな適当なの? 新種とか第一発見者に命名権があるとかそんな感じ?
あれが木人の魔王なのだろう。ならそれっぽいの。
「樹霊?」
直後、反対とばかりに樹霊は葉に刃物のような切れ味を持たせて飛ばしてくる。
一枚一枚は大したことがなくとも数は膨大。咄嗟に『守りの戦闘態勢』になり身を守る。
しばらくして、葉の嵐が止む。地面に無数の葉が突き刺さっているがこの身は無傷。アリスは何とか攻撃を凌いだ様子、オルギアは一部防ぎきれなかったのか腕にうっすらと切り傷が見えるが浅く、すぐに治る。
では、反撃。とは進まない。
樹霊が巨大な枝で突きを放ってきた。枝の先は一気に枝分かれし、こちらを囲むように広がる。
アリスとオルギアはすぐに左右に別れ回避するも、中央に居た俺は避けられない。そもそも広がる範囲が広すぎて避けようがない。
大小さまざまな枝が俺に絡みつく。枝に呑まれるような気分だ。
視界が枝で覆い尽くされる。その直後、左右から何か大きな音が聞こえた。
枝が俺の身体を締め付けようと頑張っている。しかし枝程度で潰れるような『守りの戦闘態勢』ではない。逆に無理に締め付けようとする負荷で枝がへし折れている。
このままいけば脱出できる、と淡い期待を抱くもすぐに壊される。
浮遊感。首領悪鬼に殴り飛ばされた時とは明らかに違う、足元がおぼつかない感じ。
この身体を持ち上げるか。抵抗したいが枝が複雑に絡みついているので動くことすら出来ない。
さて、どうしたものか。持ち上げられ移動している気がする。良い予感はしないが、この状況を打破する手段がない。
頼りになるとすればアリスとオルギアだが、後ろの方から戦闘音が聞こえてくるだけで近寄ってくる気配はない。こちらを助ける余裕はないと見て良いだろう。
多少無理をしないといけないか。
覚悟を決めるとじんわりと体温が上がる。そう、近くに火があるかのように。……って、マジで燃えとる!
何で燃えているのか分からないが好機! このまま樹霊を燃やし尽くせ、と思ったがそう簡単に進まない。
俺に絡みついていた枝が切り離された。尾を切り離すようにあっさりと。
そしてそのまま地面に落下。周りにあるのは燃えている枝とこれから燃える枝。その中心には俺。
う、うおお! 別に燃えはしないが火の中で待機は嫌だ。助けて。
そんな思いが通じたのか、地面が盛り上がる。……地面?
その正体は樹霊の根だった。根は下から一気に突き上げてきて、周囲の枝を吹き飛ばす。これにより、燃えている枝は延焼する先がなくなり燃え尽きる。
そして中心に居た俺は見事に跳ね飛ばされた。空中に居る間に火の所為で上がった体温を『体温調節』を使って元に戻す。
…………?
何とも言えない違和感。何かが抜け出ているような不思議な感じ。
ガッ、と頭から着地して一つ、嫌な予想が浮かぶ。
周囲の安全を確認して『守りの戦闘態勢』を解除。そして目の前に居た樹霊を指差し。
「『重力』五倍」
地面が僅かに揺れた。しかし樹霊に堪えた様子はない。そりゃそうだ、根を広げた木に上から多少の負荷をかけた所で効くわけがない。動かせる根を持っていれば奴なんて効かなくて当たり前だ。
しかし、『重力』を使った感覚で分かった。俺は樹霊と相性が悪すぎる。
「うううおおおお!」
だから全力で反転。樹霊から逃走する。
根による攻撃は地面が僅かに動くので察知しやすい。横に飛べば何とかなる。その後、根が薙ぎ払いでも使って来たら避けようがないが、樹霊は根を使って下から上への突き上げしかしてこない。まだ戦闘経験が足りないおかげだ。
その間にアリスとオルギアの下まで逃げ延びる。……ていうか、アリスとオルギアは樹霊と戦わず誰と戦っているんだ。
とにかく、盾になる大きな木の下へ。樹霊からの追撃を避けるために。
最大限の安心と安全な場所へ、飛び込もうとすると。
大きな木に亀裂が走り、ガバッと裂ける。三つの顔が現れた。
「「「クキャキャキャ!」」」
「ノブナガ様! こいつは木人の三階位、森人です!」
もう嫌だああ!