第百三話 新たなる魔王
行きはよいよい、帰りは面倒。
新顔を含め負傷者多数の軍勢だ。行きのような速さでは帰れない。一部の魔族だけならすぐに帰らせられるだろうが、道程の危険などを考えれば絶対に出来ない。
だからゆっくりと帰るしかない。
おかげで西の山脈からオワの大森林中央に来るまで十日もかかった。通常なら五日から七日程度で移動できるだろうに。
とはいえ、中央までくればあと少しだ。安住の地、ダンジョンはすぐそこだ。
早く帰りたい。首領悪鬼との戦闘で疲れた、という部分もあるが、道中でも色々あり疲れて、精神的にそろそろ限界だ。
例えば首領悪鬼とその手勢との戦闘の翌日、元々俺の配下だった全種族の一階位たちが進化した。騎士団との戦闘、首領悪鬼の手勢との戦闘、二度の大規模戦闘を経験し、日々狩りなどで経験値を得ていたのだろう。とはいえ、進化したとはいえ、負傷中の身。強くなった身体を試したがっていたが、そこは怪我の少ない者だけにさせた。別に進化しても怪我が治るわけじゃないしな。
更に俺たちを首領悪鬼のダンジョンまで案内した鳥人、あいつも進化し、妖鳥人になり身体が一回り大きくなり、羽も一部極彩色になるなど派手になった。ただこいつの進化は一昨日の出来事だ。
負傷者が多いため、食糧の確保は怪我の少ない者の仕事となり、鳥人には空を狩場に頑張ってもらっていた。
元々進化目前だったのだろう。運が良い。
他の者、今回の件で配下になった魔族たちの中に進化した者はいない。話を聞けば過酷な環境ゆえ年老いた者からどんどん倒れて行き、残ったのは若い者だけらしい。若い、つまりあまり経験値を得ていないのだ。
例外として岩蜥蜴がいるが、彼らは首領悪鬼の手勢だった時に蜥蜴人とまともにやり合い重傷者が多い。何でもこちらに寝返り小悪鬼たちの背後を強襲する時も真っ先に飛び出したらしく損害が一番大きいとか。ほとんどが重傷者だ。それに進化出来た個体もいない。
俺はこいつらが心配だよ。アリスは楽しそうに聞いていたが。
そう、アリスだが首領悪鬼との戦闘があった日の翌日に目を覚ました。怪我や疲労の関係だろう、かなり寝ていた。
目覚めてから元気に見えるが俺の目でも分かるほど動きが悪い。多分まだ傷が癒えていない、ほとんど治っていないのだろう。表面上だけ治っているだけで内部は未だに……とオルギアが教えてくれた。それでもリンたちを圧倒できる程度には動けるのだから恐ろしい。ダンジョンに帰ったらすぐに休ませないとな。
そしてアリスの代わりとして最大戦力として頑張ってくれているのがオルギアだ。片腕を失っているがそれ以外に怪我はなく、並の三階位なら勝てるのだから凄い。毎日山のように食糧を確保してくれる。オルギアが居なかったら確実に飢えと戦いつつ帰らなければならなかった。
食糧。これは首領悪鬼の死体が意外にも役に立った。何せ素材として使えそうなのは皮や骨、歯くらい。つまり中身、肉は食べる以外に使い道は無い。ヒデが居れば他にも使えそうな素材を見つけられたかもしれない。首領悪鬼の配下だった小悪鬼達は基本的に物を作ることはせず、他の種族から巻き上げていたので分からないらしい。帰ったらヒデの下で頑張って覚えてもらおう。
そんなわけでアリスによる雑な解体の後に肉は全員に配られた。固い、臭みは強い、それに味もほとんどしないと酷いものではあったが、巨体だったため一日分の食糧になってくれた。最も疲労の大きい初日に狩猟に出る必要がなかったのは大きかった。それに栄養だけはあったのか、次の日に皆が活力を取り戻していた。
俺はあまりの不味さに活力を失ってしまったが。
負傷者の管理に、食料の調達、配下全員に目を配りながらも周囲にも気を配らないといけない。食料の調達はオルギアとアリスを中心とした怪我の少ない配下たちに任せているから良いが、その他は全て俺が担当だ! 何故だ! 俺が無傷だからだ!
そりゃ健全な奴が色々やるしかないよな。いや、俺の精神の負担がそろそろ限界。代わってくれる奴、なんていないか。
「ノブナガ、戻ったぞ。飯だ、飯」
アリス、ラン、オルギアといった狩猟組が帰還した。
はっきり言ってアリスはまだ安静にすべきなのだが、言うことを聞かない。なのでオルギア監視の下で狩猟させている。
ランやヴィらは先の戦闘でもあまり怪我をしておらず、一日で全快していたので狩猟に参加している。
それにしてもまた大量に獲って来たな。アリスの後ろでせっせと獲物を運ぶ配下たち。
ん? 俺の分はいつも通りいらないよ。ワリの実を食べるから。
配下たちは必ず俺に渡そうとするが、まともに調理できず焼くだけの肉など美味しくないのだ。それなら多少飽きが来ている果実の方がまだ良い。
これは舌が肥えた俺だけであり、配下たちは普通に食べている。
空で狩りをしている鳥人、いや妖鳥人を呼んで昼飯とする。
これからまだまだ歩くので飯はしっかり取ってもらう。特に負傷者は多少食べてくれないと傷の治りにも関わる。ダンジョンに戻って休めばすぐに治るからといって、油断していれば戻る前に傷が悪化して死ぬ可能性もあるのだ。
周囲の安全を確認してからオワの大森林中央の名物と言えるでかい木の下で飯を取る。
「今は大体半分まで戻って来たって所か。方角はこのまま?」
「はい、それくらいかと。今の速度なら早ければ十日ほどで着くと思われます」
負傷者その一であるシバに現在のおおまかな場所を聞きつつ、目指すべき方向も確認しておく。太陽が出た方角などでおおまかに進む方向は分かるが、無駄なくまっすぐ進むにはシバ達に頼るしかない。しかし先の戦闘でそれなりに怪我を負っているので無理はさせたくない。なので俺が先頭に立ち進んでいる。そのため、シバには休憩中に必ず進む方角があっているか確認している。
しかしあと十日か。短いのか、長いのか。いや、良い意味で受け取ろう。帰れるのだ。無事に、何事もなく――。
(来るぞ、神の気配だ)
ふと、どこかで聞いたような声が頭に響いた。最近聞いたはずの声だ。どこだったか。
しかしそんなことを考える暇は無かった。直後、背後に落雷でも落ちたような衝撃が走った。
音は無い、振動もない。ただ、とてつもない威圧感が、存在感がすぐ背後に現れた。
反射的に振り返る。多分他の者たちも同じだろう。
しかし誰かが立っているなんてことはなかった。人族も魔族も、ましてや魔物もいなかった。
ただ、でかい木の後ろにバカでかくて、幹も葉も真っ黒な木がいつの間にか生えていた。
あんな不気味な木はなかった。あったら気づく。
(魔王を生んだか)
もはやその声について考える余裕などなかった。
黒い木に亀裂が入ったのかと思えば、そのまま割れて大きく。奥が見えず、まるで口のように。
「キィィィィィィェェェェェェ!」
その叫びが、友好を呼びかける声にはどうしても聞こえなかった。