第九十七話 アリス対オルギア
恐ろしい。
今まで様々な者と戦ってきたが、そんな印象を抱いたのは初めてかもしれない。
当たれば即死の剛腕を、アリスは紙一重で回避しつつ剣を振ることは決して辞めない。
頭がおかしい。いかれている。
身体に小さな切り傷を作りながら、アリスをそう評価する。
まだ戦って数分ほどだが、アリスの異常性は理解できた。
今まで一度も防御を行っていない。回避行動も首や身体を捻るだけで下がることはなく、前に進み続けている。
普通なら身に危険が迫れば守るだろう、避けるだろう。しかしアリスにその行動はない。回避するのも最低限の動きのみ、一つの失敗が死に直結するのに一切の躊躇いがない。
恐怖に打ち勝ち、勇気をもって。そのような者ならいくらでも見てきた。死を覚悟した者は強かった。
しかしアリスにそれはない。アリスが進み続ける理由はたった一つ。
「スラッシュ!」
剣の間合いに自分を入れる為。
寸前で飛び退いて斬撃を避けるが、また僅かに切り傷が生まれた。しかも、ほんの少しながら段々と傷が深くなってきている。
おそらく、まともに食らえば自慢の胴体も二つに別れるだろう。三階位に至り、何十年と鍛えた自慢の身体だが、アリスの前では少々不足と言った所か。
やはり、おかしい。
本来であれば、高火力、高耐久であるこちらが攻め、アリスが回避に徹しつつも僅かな隙を突いてこちらを攻撃してくるものではないのだろうか。
現実は高火力、高耐久のこちらが守りを主体とした戦い方をし、超火力のアリスが押して来ている。
身体能力ではこちらが上。防御などの技術もこちらが上。しかし、攻撃面。こちらの剛腕に対して、アリスの斬撃は何段階も上に居る。まるで斬撃だけを鍛えていたかのようだ。
おかげで滅多にない防御を主体とした戦いをしているが、別に苦手という訳でもない!
振り下ろされてくる剣の腹を叩いて軌道をずらし、そのまま綺麗な顔に肘を叩き込もうとしたが、寸前の所で仰け反られて避けられる。そこで終わらせる訳もなく、追撃の後ろ回し蹴りを放つが、跳んで避けられ、そのまま無防備な脇を斬りつけてきたが、不安定な体勢なのでほとんど斬られていない。
アリスが地面に着地する前に大きく飛び退いて距離を取る。三メートルと言う巨体は間合いが広いと言う武器がある。ただ相手の回避能力が高いためにその武器が今回は輝いていないが。
今まで戦った中でもかなりの強敵。いや、最強だろう。こんなのと何度も戦っていたら生きていられた自信がない。
五体満足で勝つというのは我儘か。
一気に距離を詰めて連打の数で圧倒する!
その瞬間。
「おっと、失礼」
黒く長い服を着たハニワ、多分ノブナガ様が飛んできてアリスと自分の間に落ちてきた。
止めに来た、と思ったが、どうやらあちらの戦闘の反動でこちらに飛んできただけの様子。しかしその逡巡が命取り。
アリスは一切迷うことなく斬りつけてきた。しかも間に立っているノブナガ様と言う障害物が生む死角を上手く使いこちらの対処が遅れるように。
連打を持って応酬するが、出遅れた分こちらが不利。このまま押されてなるものか、と拳に更に力を入れた瞬間。
「邪魔!」
その剛腕を、アリスは剣の腹で叩いて軌道をずらした。その先に居るのはノブナガ様。
驚愕だった。
ノブナガ様の異様なまでの硬さや、配下であるアリスが、主であるノブナガ様に当たるようにずらしたことに僅かな驚きがあったが、それ以上に今まで防御を行っていなかったアリスが初めて防御したことに驚いた。
それも先程自分が見せた攻撃に対して横から力を加えることで軌道をずらす方法で。
隠していたのか、それとも自分の防御を一度見ただけで覚えてしまったのか。もし、後者だとすれば、自分の死に場所はここになるだろう。
回避するにはただ一つ、強くなる前に潰すしかない。短期決戦だ。
だというのに。
「お前ら、邪魔だ!」
首領悪鬼がノブナガ様に攻撃するために割り込んできた。
一気に決めようとした矢先に、周りが見えていないとは邪魔な奴だ。
倒れているノブナガ様を殴り、その衝撃で小石が無数に飛んでくる。
この程度の礫でも速度があれば脅威、というのは人族の話。自分からすればこの程度の礫で怪我はおろか傷一つ付かない自信がある。
だから自分に当たる礫を無視して、確実にアリスに向かって打ち返せる礫だけを殴っていく。
『フリックパンチ』の連打だ。
自分目掛けて飛来する礫が増える中、アリスは最小限の動きで避け、避けきれない物だけを斬っている。
賞賛する動きだ。やれと言われても自分では出来ないだろう。しかし。
拳に力を入れ、腰を落として構え。そして放つ。
『ソニックパンチ』
数多の礫の相手をする中で、見えぬ衝撃波。見切れるものか。
必中。そう思った一撃を、アリスは気づいた。衝撃波が礫より早く、アリスに届く前にいくつか礫を砕いてしまったのが原因だろう。
だがもう遅い。避けきれる距離ではない。
苦し紛れにアリスは衝撃波に剣を振るうが、斬れるものではない。しかし僅かに軌道をずらしたのか、衝撃波は身体ではなく太ももに直撃した。
致命傷にはならないが、攻撃としては十分。アリスは体勢を崩し、更に足に攻撃を加えたことにより機動力も下がっているはず。
絶好の好機。一気に攻勢に出たいが、首領悪鬼が先程から地面に連打を続けている所為で距離を詰めるにもやや遠回りになってしまう。
本当に邪魔な奴だ、と思ったら何故か後ろに倒れ始めた。良く分からないが邪魔者は消えた。
ならば、と足を踏み出した瞬間。
パッ、と何かが斬れた音がした。遅れて胸から肩にかけて鋭く熱い痛みが走った。
見れば斬られていた。致命傷になるほど深くもないが、血が止めどなく流れているため浅くもない。
いつの間に? 思い出すのはアリスが苦し紛れに剣を振った時。違う、苦し紛れではない。避けきれぬと分かったから、斬撃を飛ばしてきたのだ。
あの状況下で、選択肢がそれしかないとしても、斬ることを選んだ。普通、選べるものではない。
恐ろしい。
今すぐ、今すぐ決着を付けねばならない。これ以上相手をするのは危険だ。
この一撃で決める。
半身を前に。肩を突き出して頭を出来るだけ低くする。
『ショルダータックル』
ノブナガ様の下を去った後で『上級拳闘士』になり、得た技能。
隙は大きいが、急激な加速と全身の硬質化もする。例え転がってくる大岩を相手しても無傷で済むだろう。
対するアリスはこちらが仕掛けてくる気配に気付きつつも変わった様子はなく、ただ静かに構えている。
信ずるは己の肉体。
「ショルダータックル!」
「スラッシュ!」
アリスは吹き飛び、自分の腕も宙を舞う。
そして。
ノブナガ様が頭で地面を抉りながら滑って来た。
次回はノブナガに戻ります。