第九十五話 最期
戦況はついに不利と言える状況まで来てしまったのだろうか。
猪豚人は棍棒を思いっ切り目の前の中悪鬼に叩き付ける。防ごうと中悪鬼は錆びた剣を盾にするが、力の差は歴然。盾にした剣がそのまま頭に刺さり、そして棍棒によって潰された。
ついに相手の本体と言える小悪鬼達が出てきた。今まで温存していた力を解放して潰しにかかる。
先程まで中列で前列の補助をしていた粘液生物達にも変化が出てきた。積極的に攻撃に加担してくれるようになった。代わりに多少の怪我では前列の者を下げなくなった。当然だ、もはや前列に怪我をしていない者などいない。余程の大怪我でない限り中列に戻されることはない。
しかし激戦と言えるのは中央の蜥蜴人が居るところだろう。突出して敵と当たり、更に補助となる粘液生物も付いていけていない。負傷者を人知れず戻すことが出来ないはずだ。
棍棒を横に薙いで小悪鬼達の首をへし折る。
このまま数に呑まれるのか、と思った時変化が起きた。
中央で突出していた蜥蜴人達が下がり始めた。
まさか押され出したのか、と驚いたがすぐにその意味が分かった。
頭の上を矢が飛んでいく。対鳥人用の弓矢を使用するために残しておいた矢だがここで使うらしい。そのために突出していた蜥蜴人を下げたのだ。
突然の弓矢に小悪鬼達は慌てふためく。これで僅かながら息を整える時間を得られた。この隙に中央の蜥蜴人達は怪我の重い者たちを粘液生物達に運ばせている。蜥蜴人の半数近くが入れ替わるが、それだけ頑張っていたということだろう。
「いらん! 俺はこのまま戦うぞ!」
……? どうやら血の気の多い輩がいるらしい。流血しても血の気が多いままとは。血が余っているのだろう。
さて、矢の雨も止む。矢は元々あまり作っておらず、持ってきた数は四桁に届かないほど少ない。ここで使い切ったのなら鳥人達への有効な手段が失われたということだが、仕方がない。
ただ力の限り暴れるとしよう。
「ブルアアァァ!」
「シバ!」
振り返ればシバが大悪鬼から少し離れた所で倒れていた。
攻撃を受けた!? いや、外傷は見られない。ただ立ち上がろうとしてもすぐに倒れてしまう。毒?
そんなシバに大悪鬼が勝ち誇るようにゆっくりと迫っている。イチは、頭を押さえながら動こうとしているがあまりに遅い。
救援を、と思ってももう一体の大悪鬼を抑えるので手一杯。動けるのは私だけだが、足の遅い私では追いつけない。魔法で牽制しようにも正面からでは避けられてしまう。ん?
……そうか。
「シバ!」
シバに駆け寄りながら蜘蛛人の糸を投げる。シバはすぐにその糸を掴み這いずるように逃げ、私も手繰り寄せるがあまりに遅い。というかシバが思ったより重い!
そんな必死な様子がおかしいとばかりに大悪鬼は悪意に満ちた笑みを浮かべ、走りながら拳を振り上げて。
転んだ。
理由は簡単。そこにヴィが居たからだ。
私が『ファイアボール』を使った際、火を恐れて逃げたヴィ達だが、どうやら二つの戦場の中間まで逃げていたようだ。
そして何らかの固有技能でシバがやられたのを見たヴィは、その場で罠となった。
偽装がほぼ完璧。下に居たと思われるセキが、その赤い粘液を出さなければ私でも気づけなかった。
しかし賢い選択だ。ヴィやセキでは身体が粘液のためシバを担げても速度が出ずにすぐに大悪鬼に捕まっただろう。私は駆け寄る振りをして隠れたヴィを正面にしてシバを引っ張るだけで救出は成功した。
しかしもう一名救出せねばならない者が居る。そのために。
「クスクス。馬鹿が」
転んだ大悪鬼を笑っておく。
何とか立ち上がれる程度まで治ったシバにも、大悪鬼の意識をこちらに向かせるように頑張ってもらう。
何せ現在イチは完全に孤立してしまっている。
シバは勿論、ヴィやセキも転ばせた後すぐにこちらに逃げてきた。そして私の後ろではリンやカイがもう一体の大悪鬼と決死の覚悟で戦っている。
もしここで転んだ大悪鬼が後ろを向けば、ただ一名取り残されたイチが狙われるだろう。そうなればもう大悪鬼を止める手段はない。
挑発のかいあり。
「笑ってんじゃねえ!」
大悪鬼は起き上がるとすぐにこちら目がけて突撃してきた。
すぐに私たちも後退。イチにすぐにこちらに合流するように目で伝え。
「合流します!」
リンとカイの場所まで逃げ込む。これで大悪鬼二体対族長と名持ちという最初の状態に戻った。
本来ならこうなるのは避けたかったのだが、贅沢は言っていられない。
今まで以上の苦戦は必至、と覚悟していたのだが。
「バカ野郎! 腕を振り回すな! 当たるだろうが!」
「てめえもあれを使うなよ! 俺まで巻き添えを食うからな!」
巨大化した腕が仲間であるはずの大悪鬼にまで当たっていた。そしてもう一体の大悪鬼の固有技能も敵味方を問わないのか、使えない様子。
何だか最初から合流させていた方が楽だった気がする。いや、それは考えないでおこう。
そこからは私たちは大悪鬼二体を囲んで叩く。私だけ少し離れ、好機を待つ。
情勢は五分。向こうは固有技能が使えず、こちらの連携を前に有効打を出せないでいる。
しかしこちらも似たような状況。囲んでいると言っても、相手が背中合わせで隙を見せないためこのような形になったに過ぎない。
大悪鬼に決定打を与えるには背中、もしくは顔。私が焼いた場所を攻撃するしかない。しかし背中合わせで戦われては背中を攻撃することは出来ず、顔も攻撃しようとしても守りが堅く触ることさえ出来ない。
更に相手がその場からあまり動かないため、ヴィが地面に偽装し『スリップ』を使おうと待っているが踏まない。セキが何度か体当たりをしているが、体勢を崩すには至らない。
ではこの状態を打破するには。
私の魔法しかない。
しかしそう簡単にはいかない。何せあの大悪鬼どちらかが常に私を視界にいれ、私が行動すると必ず反応する。これでは魔法を使っても簡単に避けられてしまう。
私の魔力は多くはない。無駄内は出来ず、必ず当てられる場面でなければ使えない。
……どうする。
「ちょっと、魔法は!?」
包囲に参加していたイチが、耐えきれなくなってか包囲を抜け出し文句を言って来た。
それを今考えているんです! というか、包囲に参加している族長に睨まれていますよ、貴女。
というか、私まで睨まれているじゃないですか。貴方と同じに見られたく……ふむ?
「非常に、非常に嫌な手ですが、良い手を思いつきました。協力しなさい」
勿論、拒否権はありません。
「ぞ、族長! ちゃんと当てなさいよ!」
勝手に包囲を抜け出したイチがランと何かを話し終えたのか戻って来た。
「勝手に抜けるな!」
いくら包囲して有利であり、現状では何も出来ない補助を担当とは言え、勝手に抜け出すことは許されない。
カイとシバも同様の怒りを……うん?
あまり怒っている様子ではない。むしろ何か探るようなを目を向けているが、分からない。それに無駄に考えを巡らせるよりも目の前の大悪鬼に集中したい。
二体の大悪鬼は顔か背中を焼かれている。そこなら俺の槍も届くのだが、残念ながら守りが堅い。
背中合わせで戦われているため背中を狙うことは出来ず、顔なんて尤も守りの堅い場所だ。そこ以外への攻撃で気を逸らすことも考えたが、そもそも効かないので気を逸らすことが出来ない。
もう一つ手があるとすればランの魔法だが、この大悪鬼は常にランの動きだけは常に警戒している。少しでも視線を逸らそうと俺とエナで連携攻撃を試したこともあったが、意味がなかった。
こんなに警戒された中では魔法を使っても避けられてしまう。では避けられないほど近づいてもらうか、と考えたがその場合、大悪鬼は無理をしてでもランを潰しにかかるだろう。それを止められるほどの技量は残念ながら俺達にない。
ならばどうするか。隙を見出し攻撃するしかない。そのため包囲し、攻撃し続けているのだが、どうしても大悪鬼の守りが堅く隙を見いだせない。
打つ手がない、と思ったその時。
「ファイアボール!」
背後から声が聞こえ、振り向けばランがこちらに手を向け魔法を放とうとしていた。
当然狙いは大悪鬼なのだろうが当たるとは思えない。警戒している所に何の策もなく行っても無意味。それに。
「……チッ!」
射線上に俺が入っていた。当てられては敵わん。その場を飛び退き伏せる。
大悪鬼もすぐに左右に分かれて回避行動を取る。包囲している俺たちなど無視だ。
そして魔法は二体の大悪鬼の間を通って行く、なんてことはなかった。
そもそも魔法は放たれなかった。
何故、と疑問を抱くと共に違和感も同時に抱いた。
魔法を放つはずだった女郎蜘蛛はランのはずだが、いつもよりも小さく見えた。まるで。
「ファイアボール」
すぐ近くから熱気と絶叫が届いた。
上を向けば回避したはずの背中に火傷を負っていた大悪鬼の横っ腹がブスブスと焼け、それを行ったのは包囲に参加していたイチ。
そこでようやく気付いた。イチがいつもより大きなことに。
そうか、入れ替わっていたのか。だからシバやカイは探るような目を。見慣れていない者はまず分からないだろう。
「クソッ! 貴様もか!」
焼かれた大悪鬼は腕を巨大化させ敵味方問わず一気に薙ぎ払った。
伏せていた俺以外は皆薙ぎ払われ、更に大悪鬼は追撃しようと一歩進んだ瞬間。
足を滑らせた。
ヴィだ。恐ろしかったであろう火の魔法にも逃げずに耐え、伏せていてくれたのだ。
巨体で、右腕だけ巨大化していたため体重が偏りっつ増加していたのだろう。ただ滑るよりも派手に、身体を浮かせて仰向けになって倒れようとしていた。
この瞬間が待ちに待った好機だと戦闘本能が教えてくれた。
立ち上がっている暇はない。獲物を手に大悪鬼が落ちてくる先に転がり、そして槍を突き立てる。
そこに大悪鬼が降ってくる。
「アアアァァァ!」
「くたばれ!」
突き立てた槍は大悪鬼の背中を貫通した。それで終わらせずに槍を抉るように回して傷口を広げると、上から雨のように血が降り、俺の上に落ちてきたが気にしてなどいられない。
ここで、ここで殺さないといけない。
ひたすら殺意を込めて槍を動かしていると、先程まで響き渡っていた絶叫が途絶えた。
巨大化していた右腕も元に戻り、苦しみ暴れていたはずの大悪鬼がピクリとも動かない。
……倒した。自分たちだけで三階位を倒した。
しかし込み上がってくるのは達成感ではなく恐怖。
「き、き……」
俺たち共に薙ぎ払われ、一体だけ残った大悪鬼がこちらを睨みつけていた。
拳は強く握り過ぎて血を流し、今にも破裂しそうなほどの怒りに震え、出してきたのが。
「貴様らああ!!」
大地が、大気が震えるほどの爆音。音が衝撃となり身体を貫く回避不可能の攻撃。
かつて、ノブナガ様が模擬戦で見せた大声とはまるで別物。
これが奴の固有技能か。
槍を手放し素手でも抵抗を、と立ち上がろうとしたが。
立てない。まるで地面が揺れているかのように、身体が真っ直ぐ立たず横に倒れてしまう。
ランやカイもふらふらして立てない様子。多脚のランでも無理なのか。
更に。
「この、糞がっ!」
地面に隠れていたヴィとセキが見つかり遠くに投げ飛ばされた。あれは、すぐに戻って来られる距離じゃない。
水面に風が吹いて揺れるように、あの咆哮で粘液が揺れたのが見られたのだろう。
ズシン、ズシンと怒りを込めた足並みでゆっくりと近づいてくる。
こちらは未だに立ち上がることすらままならず、頼りになるヴィやセキは投げ飛ばされてしまった。
目の前に迫る大悪鬼に対抗できる者は居ない、と思っていた。
「ガルルルウゥ!」
倒れていたはずのシバが突如起き上がり僅かな隙を突いて大悪鬼の背後に回った。そしてそのまま相手の唯一の弱点、顔へと刃物を突き刺し、爪で引っ掻き牙を突き立てた。
やられた振りをしていたのか。確かにシバは先程あの攻撃を受けたはず。予備動作でもあったのか、耳を塞いで耐えたようだ。
今こそ好機、だと分かっているのに身体が言うことを聞かない。
「ファイアボール!」
立ち上がろうと苦戦している間にランが飛び道具、魔法で大悪鬼の腹を焼いた。これで弱点が二か所。
しかし頭に引っ付いていたシバが捕まり叩き落とされた。
好機であり、危機である。
手元に槍があれば投げてやるのに、と悔やむが槍は死んだ大悪鬼に深く刺さっておりすぐに抜くことは出来ない。だが俺の心を読んだかのようにエナが剣を腹の焼けた場所に投げ、刺さった。
だが刺さりは浅く致命傷とは言い難い。大悪鬼はこちらの攻撃など無視して足元のシバを踏み殺そうとしている。
「「プギギィィ!」」
それを阻止せんとカイとゴウが立ち上がるが、まだ揺れが抜けておらずそのまま倒れそうなる。
そこでカイが選んだのは。
棍棒でゴウの背中を思いっきり殴った。倒れながらも全力で打たれたゴウは、そのまま大悪鬼の前まで飛ばされ。
剣の柄を殴った。思いっきり、打ち込むように。
剣は柄まで大悪鬼の腹に刺さり、叩いた角度がおかしかった所為か剣が縦に動く。
「ア、ガ、ク……」
亀裂のように腹が裂けた。致命傷だ。もはやあの大悪鬼も長くはない。
一歩、二歩と苦しそうに後退し最期を。
「全員、戻れ! ……こいつらを! 殺せええぇぇ!」
迎える前にその咆哮で厄介なことをしてくれた。
次回はノブナガ視点に戻ると思います。




