第九十三話 格の違い
リンとエナに前列中央を任された元序列二位、現在三位の蜥蜴隊長は奮闘していた。
突き殺し、薙ぎ倒し、他を圧倒していた。
何度も勢いのまま前に進もうとしたが、全体の指揮を執っている軍犬に止められ、仕方なく全体に合わせ前進しつつ獲物を振るう。
しかしその前身も止められた。
同族、いや似た魔族が前線に出てきたのだ。蜥蜴人と同じ、手も足も尾も瓜二つ。ただ、その鱗は岩のような凹凸の硬さがあり、黒く枯れ果てた葉のような色をしていた。
槍を向けてすぐに察した。そこそこ出来る、と。小手調べと槍で突くが岩の鱗を突破できず僅かに突き刺さっただけ。その隙を逃すまい、と相手は攻撃してきたが遅く簡単に回避する。
鱗はこちらより硬い。ただ反応が鈍く、動きが全体的に固い。関節の可動域が狭いのだ。
それだけ判明すれば十分だった。
まずは尾を使い、足を払うと見せかけ、相手の視線が下がった瞬間に思いっきり槍を振り落した。
刺突が駄目なら打撃。
どうやらきっちり効いたようで、頭は思いっきり下がり反動で僅かに浮いた。その瞬間を見逃さず槍の穂先の逆、石突で最も鱗の弱い部分、首を狙った。
鱗が割れる感覚と共に相手は後ろに飛んでいき転がって行く。その穴を埋めるために新たに岩蜥蜴が立ち塞がるが。
「ガアアァァ!」
叫んだ。たった一体で俺を止められるのかと。この咆哮が聞こえる奴ら全員でかかってこいと。
自分はリンより弱い。更に名を得る機会の場ではエナに取られ、序列も下がった。だからこそ今まで以上に努力した。槍の扱いを、尾の使い方を、身体の柔らかさを手に入れた。
最強を名乗るために。ノブナガ様の配下の中で最強となり如何なる敵にも立ち向かうために。
そのためにこの場に居る敵全てを相手にする覚悟があった。
そんなときに敵陣のさらに奥、山の方から僅かな砂埃が経つのが見えた。
各族長と名持ち達だ。山を下り、二体の大悪鬼に襲いかかるのだろう。
うらやましい。
族長であれば、名持ちであれば、あの中に入れたのだろう。三階位という上位の存在に挑めたのだろう。最強に近づけたのだろう。
族長たちは三階位に挑む。自分は二階位や一階位の雑魚と戦っている。これでは今の差が縮まらない。広がる一方だ。
だから。
「グルゥアアァァ!」
相手を薙ぎ払って更に叫ぶ。こちらを向けと。こっちに来いと。誰も族長たちの邪魔をするなと。全員かかって来いと。
それくらい出来なければ追いつくことすらないのだから。
山を盾にするように回り込み、大悪鬼達の横まで移動してきた。
最善は背後を取ることだが、ここまでの移動で随分と掛かっている。これ以上時間を取られたくない。
それに、ここから先は姿を隠せない急斜面。横も背後も関係ない。
「駆け下り、一気に決めます」
全員に確認を含め伝えると皆黙って頷いた。
こちらは各族長と名持ちの精鋭揃い。例え三階位が二体いようと引けは取るまい。
先頭には蜥蜴隊長のリンとエナ。それと猪豚人カイとゴウが並ぶ。主力はこの四名、その後ろに軍犬のシバが牽制などを行う遊撃として働き、私たち女郎蜘蛛は補助として後ろに回る。
大粘液生物のヴィとセキはどう使えばいいのか分からないので、自由に動くようにする。
「突撃!」
一気に山を駆け下りる。途中私たちの配下の方に目を向けたが、向こうはまだまだ大丈夫そうだ。しかし遠目から見れば分かるように数が違う。さっさと仕留めないと。
駆け下る途中で大悪鬼達が私たちに気付いたが、驚くような様子もなく逆に笑っていた。まるで私たちなど脅威でもないとばかりに。
その様子が癇に障ったのか、リンが加速し、大悪鬼に突撃する。
大悪鬼の顔目がけて飛ぶ。槍が身体の一部になっているかのような見事な突きだ。躱せるものではない。
これで一体、と思ったが。
「調子にぃ、乗るなぁ!」
大悪鬼が片腕を犠牲に突きを防いだ。いや、犠牲になどしていない。穂先の半分も腕に刺さっていない。
そのまま大悪鬼は腕を横に振り払い、槍ごとリンは横に飛ばされ転がる。
その先に居るのは、もう一体の大悪鬼。
「二階位が、三階位に、勝てるわけねぇだろ!」
リンを踏み潰そうと足を上げ、前進を片足に乗せて落とす。しかし寸でのところでエナが庇いに入れた。
しかし力が圧倒的に違う。大悪鬼はエナ共々踏み潰そうと力を入れ。
「させません!」
カイとゴウが間に合い頭に全力の一撃を叩き込んだ。その一撃は軽く頭を破裂させることが出来る程度の威力があるのだが。
「いってえええ!」
大絶叫。しかし顔を抑える程度の痛みであり、どこがが潰れたり折れたようには見えない。
私とイチはその間もう一体の大悪鬼が動かないように蜘蛛人の糸を飛ばし動きを封じていた。いや、つもりだった。
「ベタベタと、邪魔ぁ!」
大悪鬼は糸を掴むと引き千切ろうとしたが切れず、ならばと糸をひっぱり私たちを投げた。
途中で糸を切り離すことで地面に叩き付けられるのを防ぎ、何とか着地する。
「雑魚がぁ! 群れた程度で勝てるわけねぇだろ!」
三階位と二階位。そこに差があると分かっていたが、ここまで差があるとは思わなかった。
力が、耐久が圧倒的に違いすぎる。リンやカイらの全力攻撃を受けて僅かな傷しか与えられない。
これは、少し相手を弱く考えすぎましたか。
「どうしたものか」
「どうするものない。攻撃は通る。それにアリス先生には程遠い」
少し、弱気になり過ぎていましたか。リンの言葉を受け気持ちを入れ替える。
そうだ、アリスなら攻撃など当たってくれないし、最初の攻撃で反撃して皆倒されている。それなのに相手は二体いるにも関わらず、攻撃を受け反撃も満足に出来なかった。
この程度、少し強い程度なのだ。もっと強いのを知っている。
「一体ずつ、仕留めて行きますよ」
「ああぁ! 雑魚が!」
叩き潰す、と大悪鬼が一歩前に出た瞬間。
見事に転んだ。