第八十九話 二正面作戦
皆酷いよ。鳥人を伝言すら出来ないアホ呼ばわりなんて。
あの時の鳥人の頭の中には『仲間を助けられる』『急がないと』『案内する』の三つの重要事項で頭を埋め尽くしていただけなんだ。
そこに『待て』という命令が来て、しばらくは飛ばずにいられる。ただ感情的に『急がないと』という気持ちの方が大きいのでしばらくすると『待て』という命令を押し潰して急いで案内しようとしてしまうだけなんだ。
伝言位は出来るんだ。一件くらいしか出来ないけど。
「この、アホ鳥がっ!」
山を一つ越え、奥の山の中腹。洞窟の前で休むように立っていた鳥人を捕まえ、必殺の裏投げを食らわせる。
こちらが見失わないように言っておいたにも関わらず、こっちのことは一切無視で最短で飛んでいきやがって。おかげで俺は全力疾走で体力が切れそうだ。
他の奴らだって、いや、余裕そうだな。
シバは元々走るのが得意で持久力もある。リンはアリスの訓練で体力がついたのだろう。カイはやや苦しそうだ。ランは多脚のおかげで坂と言う体勢が崩れやすい中を安定して昇れたので疲労は無い様子。ヴィは、体力なんてあるのか? 平地でも坂でも特に変わりようもなく移動していた。
アリスは見る意味がない。疲労などまるでないかのように、というか俺より早くここに辿り着いて洞窟の中を見て楽しそうにしていた。
……帰ったら持久力を鍛えようかな。ハッ、変身すれば良かった!
とりあえず鳥人には制裁を加えたので良し。どうやら投げた方向が悪かったらしく頭から岩に激突し気絶している。起こす、必要はないか。
「それで、この中にダンジョンがあるのか? 良い所に出来たんだな」
「……何を言っているノブナガ? この洞窟がダンジョンだぞ? どの魔王もお前のように扉型じゃないぞ?」
え? 何それ。初めて聞いた。
本当に、と一瞬疑うも配下たち全員も知っていた様子。
そんな俺の様子にアリスは呆れながら教えてくれた。
「良いか、ノブナガ。魔王の誕生と共にダンジョンは生まれるが、普通はこんな感じの洞窟型だぞ? 他にも発展する村型とか、既存の建物などをそのままダンジョン化させることもあるが。お前のような扉から入るダンジョンなどお前しか持っていないんじゃないか? 少なくとも扉型はお前しか知らない」
衝撃の新事実。魔王は誰もが扉から入るダンジョンじゃないのか。てっきりこの洞窟の中に扉がある、見つかりにくくて良いダンジョンだなと思ったのに。
しかし、そうすると困ったな。この洞窟、縦は五メートルほど、横は大人三人が並んでも余裕で歩けるほど広いが、軍勢を引き連れて入るとなると悩む。
縦に広い形なのは良いのだが、もし戦闘になった際にこの洞窟では先頭の者しか戦えない。それに横幅も大人三人が並ぶなら余裕な程度であり、先頭となれば一人から二人が限度。大人数で入る意味がない。
入るなら少数精鋭。ここまで連れて来ておいて悪いが、大半はここで待機と。
「しかしあれだな。ちょっと面倒だな」
確かに面倒だ。人数の利が消え、相手に地の利があり、その上迷路だったら下手すれば帰れなくもなる。
いっそ複数の組を作り、それぞれ攻略させ地図を作るか。それから攻略を。いや、この場合相手にオルギアや大悪鬼が出てきた際に対処が出来ない。無駄に死者を出す結果にもなりかねない。
ならば。
「ダンジョンからあまり気配を感じないな。代わりに隣の山の方に多くの気配がある」
…………?
「どういうことだアリス?」
「分からないのか? 向こうの山で首領悪鬼の軍勢が集まっている。肝心の首領悪鬼やオルギアとか言う大悪鬼はいないようだが。……ああ、でもオルギアに叩きのめされていた大悪鬼の気配はある」
何のために隣の山に集まっている? それに首領悪鬼がおらず、大悪鬼がいる理由があるとすれば。
「数は?」
「千に届くかどうかだな。こちらの二倍くらいだな」
「ダンジョン内には?」
「五十もいないんじゃないか? その代わり強そうな、オルギアと首領悪鬼と思われる気配はあるがな」
「…………」
ダンジョンは手薄、代わりに強力な守り手。近くに千に近い軍勢。現在の俺のダンジョンと似たような状況。さすがに察しが付く。
首領悪鬼はオワの大森林に侵攻を開始しようとしているのだ。こちらよりも随分と遅いのは数が多いためか。向こうは首領悪鬼とオルギアの最高戦力を残し、それ以外でこちらに仕掛けようとしているのだろう。
……なんと間の悪い時に来てしまった。
「普通に考えれば、向こうに集まっているのはこれからオワの大森林に向けて進む首領悪鬼の軍勢。おそらくダンジョンに入りきらないか、それとも入れたくないのか。何らかの理由で隣の山に集めたのだろう。そして目の前には手薄だが、強者が居るダンジョン。さて、どうするべきか」
「皆で首領悪鬼を倒し、その後、軍勢の方に襲いかかれば宜しいのではないでしょうか?」
そうだな。ランの意見は中々に正しい。敵の魔王である首領悪鬼を倒せば誰が残ろうが烏合の衆。西の山脈からオワの大森林東部にある俺のダンジョンまで襲いに来ることはまずなくなるだろう。
それに脅威は排除され、首領悪鬼の残党が残ろうが俺には関係ないと言える。
ただそれには問題がある。
「もし、隣の山に集まっている連中がダンジョンを襲われていることに気付き戻って来た場合。数で負けているうえに挟み撃ちされればこちらの全滅は必至だ。可能性としては低いがこの山脈にはあまり身を隠せるところは少ない。オワの大森林に侵攻しようと山を越えている最中に気付かれる可能性もある」
全員がダンジョンに入るのにも時間が掛かるだろうし、このダンジョンを攻略し、オルギアや首領悪鬼を即座に倒して戻り、首領悪鬼の軍勢を背後から強襲する、など夢物語でも言えない。
「それでしたら、先にあちらの軍勢を相手にすれば宜しいのでは?」
そうだな、リンの言う通りそう考えるよな。あちらの戦力はこちらの倍だ。ただ強者は大悪鬼二名のみとなれば、アリスを酷使し、俺も出れば確実に勝利できるだろう。
問題はダンジョンにいる二名だ。皆が消耗したところをオルギアや首領悪鬼が出てきた場合。おそらくオルギアの相手になるのはアリスだけだ。しかし疲労しているアリスで万全のオルギアに勝てるかどうか。それに首領悪鬼もいる。
これが起きるのは誰か一名でも取り逃がし首領悪鬼のダンジョンに逃げられ報告された場合だ。そしてそれが起きる可能性は高い。相手はこちらの倍居るのだ。一名も逃さず、何て出来るはずがない。
「駄目だな。アリスや俺が出張れば数の差を押しのけて勝利できるだろう。しかし途中でダンジョンからオルギアや首領悪鬼が出てきた場合が問題だ。アリスが片方を、俺がもう片方を抑えたら残るはお前達だけ。お前たちを侮るわけではないが、倍以上の戦力差を覆せるとは思っていない」
アリスの下で訓練しているので多少の自信はあるのだろう。僅かに不満を見せるが、弁えているのか口にはしない。
ほんの、ほんの一日でもずれていればこんな風に悩むことはなかった。もっと容易にことは進んでいたはずだった。
早く着いていればまだ首領悪鬼の軍勢は集まっておらず、ダンジョンを攻略すればで終わっていた。それならあの狭さを利用して戦う者を交換しつつ前に進み、オルギアなどが出てくれば温存したアリスを投入するなど手はあった。
遅く着いていれば首領悪鬼の軍勢はオワの大森林に侵入しており、そこで撃退も出来た。例え取り逃がしダンジョンに逃げられても持ってくるのに時間が掛かる。その間に一度退き休みを取ったり、待ち構えることだって出来る。
本当に間の悪い時に辿り着いてしまった。
「それでは、如何いたしますか?」
「そんなものは決まっているだろう」
カイの問にアリスが自信満々に答えようとしている。
俺としてはこの場での最善は退くことだと考えている。オワの大森林西部まで退いてそこで待ち伏せ、首領悪鬼の軍勢を撃滅する。その後、休憩した後にダンジョンを攻略すればいい。もし負傷者が多いのなら一度退くことだって出来る。
問題はここまで案内してもらった鳥人には悪いが、奴隷の如く酷使されている魔族もまとめて撃滅することになるだろう。森の中で視界も安定しているとは言えない中だ。相手を選んでなどしている余裕はない。
そんな案を何故話せないのか。理由は非常に簡単。
「お前達だけで隣の山の軍勢を抑えれば良い。私とノブナガで首領悪鬼を斬ってくる」
このアリスが絶対に目の前の強敵を見逃さないからだ。後で相手を出来ると分かっていても、退くことはしないだろう。目の前にある好物を前に絶対に動かない子供のように。
しかしまさかの二か所同時攻略か。一番難しい案だな。
もしこれで配下の魔族の反応が悪ければ拒否することも出来るのだが。
「なるほど、その手がありましたね」
あっさりと受け入れてしまった。むしろどの案よりもやる気に見える。俺が戦力差を覆せるとは思わない、という言葉が煽りに聞こえたのか。
これで俺だけが駄目、などとは言えない。全員を信用していないと思われ、士気をへし折ることになる。
「じゃ、それで良いなノブナガ?」
「ああ、って待て。俺は配下の指揮をした方が良いのではないか? だって、必要か?」
何でそんな二名だけの危ない方に連れ込まれなければならんのだ。
「確かにオルギアに首領悪鬼の両方を斬れるのなら素晴らしいと思うが、さすがに私だけじゃ無理だ。師匠じゃないんだ、二体同時だったら私は死ぬな。だからノブナガがどっちか相手するべきだろう。他の奴では難しいからな」
うん、確かにそうだな。非常に認めたくないがアリスの言う通りだ。今回ばかりはアリスさえ居れば大丈夫、というわけではない。
非常に嫌だが、アリスに同行しよう。
「良し、それじゃあお前らは向こうの山で足止めだ。分かったな」
「分かりました。ですが、倒すつもりで挑ませてもらいます」
好きにしろ、アリスの言葉にやる気を見せる配下たち。
俺はその中でひっそりとため息を吐いた。