第十一話 オルギア旅立ち
「私が持っている唯一の技能は重力を操ります。目に見えるようにするのは少し難しいのですが」
帰る途中、今度は俺が見せる番になったがこれといった良い実験体がいない。何せ三階位と四階位がいるのだ。少しでも知性があれば逃げ出すだろう。
直接オルギアにかけて体験してもらうことも考えたが、まずは見せてからの方が安全と考え直す。
虫とかがいたら丁度良いんだが、今日は見ないなあ。
「キキィ!」
不意に上から何かの鳴き声が。声のする方を向くと異形の生物がいた。
全身から毛が生え、異常に長く発達した手足の中央に申し訳ない程度の小さな体を持つ、猿のような魔物。
猿は俺が驚いている隙に手足を巧みに使い俺の抱えていた木の実を奪い取った。
「キッキッキ!」
そのまま猿は枝から枝へと盗んだ果実を持って逃げようとした。
当然、俺が逃がすわけがない。果実は俺の主食だ、命の源だ。
「『重力』七倍」
「キ―――」
瞬間、猿は掴んでいた枝がへし折れ、地面に真っ赤な花を咲かせた。
「…………しまった」
盗まれた果実が猿の下敷きになり食えなくなってしまった。
怒りに任せるものじゃないな。
「な、なんと。い、今のが所持している技能で」
「え、ああそうです。今のはあの猿に七倍の重さをかけました。最大十倍まであげられると思いますよ」
「全く知らない技能です。その、私にもかけてみてくれませんか? 出来れば弱めで」
「良いですよ。それに体感してみないと分かりにくいと思いますから。では、『重力』二倍」
ずん、とオルギアの足場が少しだけ沈む。まあ、三メートルの巨体の重さが倍になったのだ。周りに被害がでないわけがない。
しかし受けているオルギアはどこか余裕を持っていた。
「これは、拘束系? いや、先程の見ると攻撃に使える。すごいですね、このスキルは。もう少し上げることは出来ますか?」
「ええ、大丈夫ですよ。危ないと思ったら言ってくださいね。『重力』四倍」
ずずん、とまた地面が沈む。今度はさすがのオルギアも少しは態勢を崩すがすぐに整える。
「よ、余裕そうですね。これでも普通に使う分には危険だと思いますが」
「え、ええ。そうでしょう。肉体がまるで自分の物じゃないかと思うほど重いです。しかし肉体をある程度強化していれば耐え切れそうですね。それに話を聞く限り元の重さを倍にしている様子。魔族には小型で力の強い種族もいますから、そういうのには効果が薄いかも知れません」
内心最強の力なんじゃないかと思っていたがそんな欠点が。まあ、自分を巻き込むことも出来ると言う最大の問題点もあるけど。
「ですがほとんどの相手には効くでしょう。見えないから避けようもありませんし、倒れるに至らなくても必ず動きが鈍ります。はっきり言って相手にしたくない技能だと言えるでしょう」
「そうですか! いや、そんな評価をしてくれるとは嬉しいですね」
戦う唯一の力が思っていた以上に好評価。つい声を張り上げてしまった。
狩りを終え、扉の前まで立つとオルギアは持っていた大猪を下ろした。
「それでは、私はこれくらいで失礼します」
「……え?」
突然の言葉に驚き言葉を返すのが遅れてしまう。
「命を救ってくださったお礼を言い、更においしい鍋まで作ってくださった。見たことのない技能も見せてもらいましたから。そろそろ旅に戻ろうかと思います」
「そ、そうですか。話す相手に出会えて嬉しかったんですが、仕方ないですね。旅人はあちこちを旅するものです。引き止めるわけにも行きません、ですが昼飯はどうしますか? 空腹のまま旅に出るのは」
「いえ、大丈夫です。オワの大森林は自然に恵まれていますから。少し探すだけで食べ物などどこにでもあります」
出来れば最後にもう少し話をしたかったが、行きたい者をこれ以上引き止めるような行為はしない。
「分かりました。オルギアさん、貴方のおかげで色々と知ることが出来ました。本当にありがとうございました。御達者で」
「私こそありがとうございました。次に会う時には名前を聞かせてください」
「一生懸命考えた名前を聞かせて見せますよ」
そうして、オルギアさんは旅に戻って行ってしまった。しかしいつか会えるような、そんな気がした。
「さて、この大猪を運ぶか」