小話 二十三話 魔王と剣聖
クエストについて。
ご質問にありましたクエスト、人族の集落を襲撃しようなどは達成されているのではないかということですが、これは未だ未達成です。
おそらくこの質問は魔王がばら撒いた寄生虫が国一つを滅ぼし、国家群に多大な損害を出したため、達成条件を満たしたのではないかということでしょう。
クエストは魔王、もしくは魔王の配下が直接行うことで達成されます。寄生虫は魔王が集めただけで配下ではなく、魔王の行動は寄生虫をばら撒いただけなのでクエスト達成条件を満たしておりません。このようにしないと風が吹けば桶屋が儲かる、といった具合でもクエストの達成条件を満たしてしまうためです。
また、皇帝に会った、帝都に入ったなどはクエストにはありません。
クエストは大半は討伐、敵の排除となっております。残りはダンジョンについてなどで、クエストは魔王の行動を残虐にするためのゴフン、ゴフン。
それではこれからもダンジョンを造ろうをよろしくお願いします。
帝国からの長旅を終え、誰よりも俺を熱く迎えてくれたのはヴォルトだった。
何でいるんだお前。
軍犬から来ていると話を聞いて、わざと時間をかけてゆっくりと帰ろうとしたのに向こうからやってくるとは。
おかげで大急ぎで帰らなければならなくなった。ヴォルトがやる気満々で鬱陶しいのだ。
ヴォルトと一戦交えないとならないなら、オワの大森林よりダンジョンの中の方がまだ安全だ。
大急ぎなので俺はヴォルトに変身する。俺やライルでは二日はかかる距離をヴォルトはすぐだからな。勿論ついて来られないだろうライルは見捨てることはせず、ヴォルトに運搬させる。
これで少しでも速度が落ちてくれたら、と思ったが、まるで重さを感じさせることなく走り、あまりの速度にライルが体調を崩すも休むことなくダンジョンに到着した。
「ま、前にもこんなことが……うええ」
「おお、あの時はすぐに気を失いおったからな。随分と耐えたではないか」
そういえばライルはこいつが連れて来たんだったな。当初は面倒事を、と思っていたが今考えれば素晴らしい人材をくれたものだ。
何でも出来るし、意外に頑丈だし、他の人族に比べれば常識的な部類だ。
姿をハニワに戻しライルを引きずりながら帰還。出迎えてくれたのは驚いた様子の軍犬と蜥蜴隊長だ。
「これは魔王様、おかえりなさいませ。伝令の話ではゆったりしてくると聞いておりましたが」
「この爺、ヴォルトがうるさくてな。すまないがライルをスズリの所まで運んでおいてくれ」
とりあえず頑張ってくれたし、放置するよりはマシかと思い、ライルをスズリの所で休ませてやる。一人では帰れるか怪しいので門番のどちらかに介助を頼む。
後は……。
「何か変わったことなどはあったか?」
「私が知る限りでは、魔王様にご報告することは後ろの大先生が弟子を連れてきたことしかございません。細かな話はラン殿が集めていたはずですのでそちらに聞いて下さればと」
そうか。大きな問題はなかったか。精々ヴォルトが弟子を連れてきたくらいか。……弟子を連れてきた?
「おまえ一人で来たんじゃないのか。俺に敵意のあるような奴を」
「前に約束したじゃろ。それに大丈夫、儂の弟子じゃぞ? 勝手なことをする弟子がいたとして、儂が黙っておると思うか?」
お前が対処するから大丈夫と言われても、そもそもこちらはそんな事態にならないのが望みなのだが。
まあ、『剣聖』を敵に回したい奴が弟子に居ると思えないし大丈夫だろうけど。
「念のためにお前の弟子たちを確認しておきたい」
「当たり前じゃな。儂も今あ奴らが何をしているのか見たいし行こうかのう」
ついでに弟子の確認で時間食って今日の模擬戦は無しにしたい。
「ほう、中々に頑張っているではないか」
そこはまさに戦場だった。まあ、誰もが個人同士で戦い、集団で戦っている者はいないし、死人も居ない。ただ、誰もが相手を殺すつもりで武器を振るっている。
殺気立って武器を振るう集団が居れば、それは戦場と言えるはずだ。
「そうじゃ、すっかり忘れておった。弟子たちにジゲン流を教えてもらおうと思っておったんじゃ。良いじゃろ?」
良いじゃろ? じゃねえよ。そもそも示現流の技なんてそこまで知らねえよ。それに何でジゲン流に限定して……いや。勘違いしているのか、俺が使った剣術は全てジゲン流だと。
しかし教えろと言われても知識にあった剣術を使っただけだし、ヴォルトの身体でなければ多分出来ない。
「見せるだけなら良いだろう」
「十分じゃよ。全員括目!」
大気が震えるような咆哮。全員の意識がヴォルトに向き、先程まで満ち足りていた殺気が、戦意がヴォルトを見つけると共に萎んでいった。
「だ、大先生。も、もうですか……?」
先程まで対戦相手にこれでもかと猛攻を浴びせていたリンが、追いつめられた子ネズミのように震えている。はて、リンはヴォルトを敬っていたし怯えるとは思えないのだが。
「ノブナガが帰って来たからお前らの相手などせん! これより儂とノブナガの模擬戦を行うのでよく見て技を覚えろ! 特に華奢な奴……あれ? あいつどこだ? え? 来れなかった? 何じゃ、おらんか。まあ良い。誰かアリスを呼んで来い、アリスが来たら模擬戦を始めるぞ!」
はは、何だ皆が怯えているのはヴォルトと模擬戦をしていたからか。俺が来たからやらないと言った時全員が安堵していた。俺のことは気にせずにやれば良いのに。全員一斉に掛かれば希望が、ないとは言わない。
軽く現実逃避してから俺は手を合わせて念を送る。
お願いだ! アリス! 来ないでくれ!
その数十秒後アリスはイフリーナとセルミナを連れてやってきた。
ちくしょう。
何で久々にダンジョンに帰って来て死ぬような思いをしなければならないのか。
俺の向かいには『剣聖』ヴォルト・カッシュがやる気満々で剣を向けている。俺も対抗するためにヴォルトに変身しているが心がすでに折れている。
何とか逃げられないかと周りを見るも、そこには配下と剣聖の弟子、アリスやイフリーナたちなど囲んでおり、逃げにくい。
この身体なら多分逃げることは容易い。ただほんの僅かでも手間取ればその瞬間ヴォルトにやられるだけ。
やはり進むべき道は前のみ。
呼吸を整え、これから先を想像する。
必要なのは猛攻。一気に攻め切るということ。見たことのない技を出しても避けられるし、隙を与えれば反撃が来る。
ならば見たことのない技の連続、対処の出来ない量の攻撃。
「チェストォオ!」
合図などない。互いが向き合った時から始まっている。
大上段の渾身の力を込めた一撃。これは俺が最初にヴォルトと戦った時に見せた一撃。その時の反応が同じならば。
やはり一歩引いて躱そうとするが、それは予測済み。振り下ろした剣をそのまま振り上げる。
しかし逆にこれを読まれたか、ヴォルトは剣で防ぐがあらん限りの力を込めてそのまま剣を弾く。
その隙を見逃さず、平突きで鎖骨の僅か、喉元を狙う。もし避けようとしても薙ぎ払いで追撃する。
――が。
「チッ!」
やはりヴォルトは化け物だった。戻すのが間に合わないと読み、柄の部分で剣先を受けた。僅かにずれれば死ぬというのに。
こうなればこちらの優位は消えた。剣を戻す間にヴォルトも体勢を立て直し、踏み込んで三段付きを繰り出すもあっさりと対処された。
これでも駄目か。
一度距離を取って息を整える。今の猛攻で仕留められないとは。何をしても無駄なんじゃないかと思ってしまう。
……? 何だこれは? 前とは違う。剣を振るって気づいた僅かな違和感。
「良し! これまで! 皆今の戦いをよく覚えて今後に生かせ。儂は少しノブナガと外に出ておる」
俺が違和感に気付いたのを察したのか、ヴォルトは模擬戦を終了して俺をダンジョンの外へと連れ出した。
ハニワの姿に戻り、ヴォルトに拉致られている間にも考えるのはあの違和感。
何か気持ち悪い、恐ろしく怖いものだった。
ダンジョンの外は、日が傾き始めそろそろ夕方になろうとしていた。
ヴォルトはその日に背を向け、丘に座る。
「その様子では気づいたじゃろう。儂の身体の異変に」
「ああ。何か違和感があった」
ヴォルトの身体に変身するのは今まで何度かあったが、あんな違和感は初めてだ。身体に何か影響があるわけでもない、本当に僅かな違和感。
普通なら気のせいで片づけられる問題だろうが、ヴォルトも気づいているということはある程度長くあの違和感を抱えているのだろう。
「儂はな、あれは老化じゃと考えておる」
……老化、老化か。確かに、それもあるだろう。
「まあ、今まで酷使し続けて何ともなかった身体じゃが、いつまでもとはいかんのじゃろう。これは儂の感覚じゃが、老いによる劣化は一気に来る気がする。今はそれを抑えられているような状況ではないかと思う」
今まで付き合ってきた身体の事だ。多分、ヴォルトの考えが通りになるだろう。そうなれば、今まで通りに剣を振れるかどうか。
俺としては非常に嬉しく歓喜の声をあげるようなことなのに、何故かそんな気持ちになれなかった。
だから、そんな気分を紛らわすためにちょっとだけ助言をしておく。
「今まで身体を酷使してきたなら、今度は頭を酷使するんだな。斬ることについて命一杯考え続ければ良い。砂は斬れるか、水は斬れるかとな」
「ぬ……。そうじゃな、今度は頭を使わんとな。身体が使えんからと言って、斬れん言い訳にでは出来ん」
十分出来ると思うが。しかし少しはやる気が戻ったようで良かった。
さて、じゃあ戻ろうかと思った時。
「む? 何かが居るな。ノブナガ、見に行くぞ」
首根っこを掴まれてそのままどこかへと連れ去られた。
と、思ったがすぐに止まった。しかしもう丘は見えない。どれだけ離れた場所なのか、少し分かりにくい。
「お主ら何者じゃ?」
誰か居るのか、そう思い振り向けばそこに居たのは。
「げっ! 剣聖!」
「何と、かの有名な剣聖か!」
六腕で、羊の頭をした紫色の骸骨と真っ黒な鎧が居た。こいつら人族じゃねえ。
「そのハニワは?」
「オワの大森林の魔王、ノブナガじゃ。お主ら三階位の魔族じゃろ。しかしノブナガの配下ではないな?」
うん、こんなお化けみたいな奴は知らん。勿論、配下に加わりたいと言うなら喜んで引き入れるけど。
「何で、剣聖と魔王が。いや、それよりも。これは失礼仕った。剣聖殿、オワの大森林魔王ノブナガ殿。某は、死霊王に仕えております、動く鎧です。後ろで怯えているのは悪魔骸骨です。昔剣聖殿に殺されたと聞いております」
「ああ。悪魔王の配下じゃったのか。で、なんでここに居るんじゃ? ノブナガと戦争でもするのか?」
え? 嫌だよ。そんなお化けっぽい奴と戦うなんて……。あれ? 今は剣聖が居る。その弟子も居る。……なら。
「やるのか? 別に構わんぞ。うちの先兵として剣聖を送り込んでやろう」
「め、滅相もない! こちらの目的は国家群で戦争が起きたという話を聞いて死体を回収に向かっている途中。
骸骨兵や腐乱死体を配下にするために死体が必要なのです。それで戦争なら集めるのが楽で、大量に手に入りますからこっそりと頂きたいと思っておりまして。
剣聖殿や、ノブナガ殿に対する敵意は一切ございません。まさかオワの大森林い魔王が誕生していたことも知らなかった身ですので。無許可で侵入してしていたことは謝罪いたします、ですからよろしければ通行許可を頂ければと思います。骸骨兵や腐乱死体が見つからないように移動したいのです。何卒、お願い申し上げます」
ヴォルトはこれを見逃しても良いのか、と思い目を向ければ明らかに興味を失った目をしていた。戦う口実が欲しかっただけかい。
しかし向こうにやる気がないならそれで良い。
「許可する。ただし、厄介ごとを持ち込まず、死体などは残さずに処理して帰ること。それと出る時も入る時もこちらに一報すること。オワの大森林東部なら、群犬が警戒網を構築しているので、そいつらに話せばいい」
「ありがとうございます! ほら、行くぞ」
「こええよお。剣聖、こええよお」
そう言って動く鎧とその後ろに隠れるように悪魔骸骨は東へと歩いて行った。
その後姿を見送っていると。
「儂もそろそろ戻るかのう」
ヴォルトが何か俺にとって非常に好ましいことを呟いていた。
「お、帰るのか」
「ノブナガが帰ってくるのが遅かっただけで、それなりに滞在して居ったしな。弟子に見せたい物は見せたし、アリスの様子も他の魔族の様子を十分に見れた。それに帰ったら頭の使い方を考えんといかんしな。やることが多い」
これからは老化の不安に怯えないといけないはずなのに、ヴォルトはニヤニヤと新しいことに挑戦できるのが楽しみで仕方がないとばかりに笑っていた。
本当に恐ろしい奴だ。
翌日、ヴォルトは弟子たちを引き連れて帰って行った。また来ると言い残して。
次回は区切りとしてキャラ紹介、設定などにしたいと考えております。