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小話 二十二話 剣聖の弟子アリス

 魔王がどっかに行った。

 どこに行ったのか聞いた気がするが忘れてしまった。ただいつもと変わりのない日々は続いている。

 毎朝必ずイフリーナが模擬戦を挑んできて、準備運動代わりに相手をして最後には必ずセルミナが謝りながら回収してくれる。一度セルミナは模擬戦をしないのかと尋ねたが、まるで怖い者を見るかのように断られた。

 その後、蜥蜴人(リザードマン)と訓練をし、全員が気絶したら今度はダンジョンすぐ外で一人素振りする。

 相手はいつも通り黒い魔王。どう斬るか、どの角度から、この瞬間に――。


「だ、大先生が。ヴォルト大先生が来ました!」


 いきなりシバが飛び込んできた。危うく斬ることだったぞ。それに何を言って――?


「……師匠が?」


 何故今更師匠が来た? いや、理由などなく来たいから来た、と言われても納得する。それとも魔王を斬りに来たのだろうか? 今居ないのだけど。


「とりあえず、全員に知らせて。ライルに対応を任せれば……こいつも居ないんだ。ええっと、どうしよう」


 こういう場合どうすれば良いんだ? いつもなら魔王が歓待しているし、分からないことはライルが大抵知っている。一応留守を預かっているとはいえ、こういう対応は知らない。そういえば魔王が連れてきたちんちくりん、スズリだったか。あいつならこういうのは詳しそうだな。

 ……でも師匠だしなあ。とりあえず全員集めれば良いか。




「で、いきなり集めて何の用だ」


「イフ姉、喧嘩腰で話さない。すみません、アリスさん」


 突然の招集に私を含めて四人。私と、イフリーナとセルミナ、それとスズリだ。トドンは技術を教えている最中で手が離せず不参加とのこと。

 他にシバが現状の報告のために一緒にいる。本当なら他に何名か魔族を入れたかったのだが、ヒデはトドンの下で学んでいる最中、リンは師匠が来ると知り張り切って訓練中、カイはワリの実の生態を知るためとダンジョンの外に出ており、ヴィは論外。ランは師匠と接点がなく、普通に断られた。


「実はな、私の師匠が来ているからどう対応すれば良いのか分からなくてな」


「はあ、アリスさんのお師匠さんとなりますとかなり高名な方でしょうけど、どなたなのですか?」


 そう問うのは今回の話し合いでかなり期待しているスズリだ。もしここで答えが出なくても、とりあえずスズリとセルミナに任せれば良いか、と思っている。


「私の師匠はヴォルト・カッシュ。剣聖と呼ばれているな」


 わざわざ言うまでもないことだから誰にも言っていない。人族で知っていたのは師匠に連れて来られたライルだけだったな。

 まあそんなことは大した事でもなく、どう迎えれば良いのかが問題……、と続けようとしたが、周りの反応がおかしい。まるでこの世の終わりのような表情をしている。


「どうした?」


「どうしたじゃねえよ! 剣聖が攻めて来る? 無理無理無理! セルミナ、どうする」


「とりあえず魔王に捕まり強制的に働かされているという感じでいきましょう。いざとなれば奴隷云々や帝国のことを話せば理解してもらえると思います」


「……剣聖。タダラ鉱国の戦士長ですら戦いたがらないあの剣聖。皆さん、私の立場は魔王に連れ去られてきた姫君ということでお願いします。トドンは私を探しに来て捕まったという設定で」


 何を慌てているのだろう? 師匠が攻めて来る? 随分と前の話をする。……いや、こいつらは居ないな。

 それからしばらく、目の前の三人が慌てふためき謎の対策を練っているのをぼんやりと眺め、そこでようやく気付いた。


「師匠は別に攻めに来るわけじゃないぞ?」


 へ? と三人の視線がこちらに向く。


「師匠と魔王は知り合いだからな。魔王が悪いことをしない限り斬りには来ないだろう。シバ、師匠に変わった様子などは合ったか?」


「いえ。ですが、多くの人族を引き連れておりました」


「多くの人族? 師匠が弟子を連れてきた? 珍しいこともある」


 師匠だけでなく弟子も居るのか。私はほとんど師匠と修行していたので師匠の弟子とはほとんど関わりがない。何人か顔見知りは居るが、ほとんど名も顔も知らない他人だ。

 どうすべきか、と悩んでいるのに何故三人はこちらを見てぽかんとしているのか。私の代わりに真剣に考えて欲しい。


「ちょっと待ってください。魔王と剣聖が知り合い? 攻めてきたわけではない?」


「そうだが? 知らなかったのか? そもそも師匠が本気でここを攻めに来ればシバが報告に来る前に到着しているぞ。前回みたいに」


「はい。圧倒的な速さと威圧で、皆尻尾を丸め隠れていました。正直あの時は死を覚悟しました」


 うん、あの時は私もささやかな失敗をしていたからな。師匠が来た時は本当に……思い出したくもない。

 あの時は魔王が師匠と戦って……あれ? あの時魔王も師匠も一戦終えた後だったが、師匠は当たり前だが魔王も無傷だったぞ。魔王は師匠を相手にほぼ互角だったのか。

 だとすれば、師匠が来た理由は……。


「ま、まあ剣聖と魔王様が知り合いと言う驚くべきことですが、とりあえず置いておきましょう。今は剣聖が来ているのでどう出迎えれば良いのか、ということですよね。それならアリスさんがそのまま出迎えればよろしいのでは?」


「え、ええ。そうですね。剣聖と魔王がなぜ知り合えるのか分かりませんが、敵対関係ではないと分かっているなら友好的に接すれば問題は。……イフ姉、剣聖に喧嘩を吹っ掛けないでくださいよ」


「するか。剣聖だぞ、死にたくはない」


 先程までの雰囲気とは打って変わって、随分と落ち着いているようだが。もし私の考えが正しければ今こそ慌てふためくときだと思うぞ。

 多分、師匠は魔王と戦いに来たんだ。師匠の相手を出来る奴なんていなかった。私だって師匠と本気でやりあったことなんてない。だから、互角だったと思われる魔王と戦うために師匠は来たんだ。

 師匠が弟子の事を考えると言うのは珍しいが、育てるために連れてきたのだろう。ここなら魔王の他にも配下たちが居る。模擬戦でもやれば互いにいい経験になるだろう。

 

 ただ、問題は魔王が居ないことだ。魔王と戦えない師匠の鬱憤はどこへ行くのか。多分私だ。更に王国では高レベルの魔法使いは珍しいから、イフリーナとセルミナも巻き込まれるはずだ。師匠との訓練に。

 私は別に良いのだが、二人は耐えられるだろうか? ……よく考えたらライルも強行軍には耐えられたんだ。いつから意識を失っていたのか知らないが。それより高レベルの二人なら大丈夫だろう。


 まあ、死にはしないさ。




 師匠が来てから数週間が経った。

 師匠はやはり魔王と戦いたかったらしい。何かを確認したい様子だったが、良く分からない。いつも通りの師匠だと思うのだが。

 それとは別に、弟子に教えるために魔王の剣術を学びに来たとか。魔王の剣術? 何だそれは! 知らないぞ。アンダルに居た頃に一度誘った時は嫌がっていたのに。実は剣も扱えるなど卑怯だろう。

 帰ってきたら問いただそう、と思っていたのだが、師匠曰く私向きではないらしい。師匠に再現してもらったが、確かに私向きではなかった。

 

 魔王の剣術を教わろうと連れてきた弟子たちは、ここに来てからずっと魔王の配下たち、群犬(コボルト)蜥蜴人(リザードマン)豚人(オーク)と模擬戦をしている。

 負けたらダンジョン内を一周。最初の頃はほとんど魔族側が負けていたがここ最近は弟子が走る姿をちらちら見かけ始めた。

 別に実力が上がってきたわけじゃない。魔族は寝れば良く分からないがすぐに治る。それに対して弟子はダンジョン内とは言え野宿に近い状況で、訓練と狩りばかりの日々で徐々に疲労が出てきている。

 

 しかし一名だけ、どれだけ時間が経とうと僅かな疲れも見せない人が居る。そう師匠だ。

 予想通りと言うか、魔王と戦おうと来ていた師匠の鬱憤は私に来た。勿論、イフリーナとセルミナもすぐに師匠に見つかり私と共に付き合わされている。


「ふはは! やはり何度見ても面白いのう! 魔法と言うのは!」


 前で師匠が『手刀』で魔法を斬り裂いている。私だって剣を使わないと魔法は斬れないのに。

 『手刀』を使っているのは純粋な手加減だ。私だけなら師匠の攻撃を死なない程度に受けられるが、イフリーナとセルミナは難しいという理由でだ。


「ぬがが! ファイアバード!」


「イフ姉!」


 一応危ない、かも。という理由で魔法は中級までだったはずだが、イフリーナがあっさりと破り上級魔法を使った。

 まあ、気持ちは分かる。こちらの攻撃はあっさりと対応され、ぼこぼこにされる日々がここ最近ずっとなのだ。最大火力を撃ちたいって一矢報いたかったのだろう。

 しかしそれは。


「ほう! 面白い!」


 多分、師匠を楽しませるだけで終わる。

 飛んでくる火の鳥に師匠は臆することなく挑み、真っ直ぐ『手刀』を振り下ろす。

 触れれば瞬時に溶ける火の鳥を、師匠は見事に引き裂いた。最初からそのような形だったかのように一切の違和感なく。

 ……私が剣で斬った時より綺麗に、簡単に斬ってないか?


 しかし斬られたからと言ってイフリーナは諦めない。私の時のようにすぐに両方を操り師匠に差し向けようとしたが。

 師匠の方が早かった。動こうとする気配を感じたのか、二つになった火の鳥を更に斬る。それでも足りないと感じたのか、もはや火の塊にしか見えない四つに斬られた火の鳥を斬った。

 そこまで細かく斬られればイフリーナは何も出来ない。魔力だって尽きたはずだ。魔力を回復させない限りもうただの役立たず。


 しかし師匠は待ってくれない。少し面白い玩具だったと、笑みを浮かべてこちらに来る。

 私の役割は二人を守る前衛だ。しかし一度もまともに守れた記憶がない。

 セルミナが何とか対応しようとしているが、多分間に合わないだろうな。


 前に出て一撃。こちらが全力で挑んでようやく師匠にとって運動になる程度だ。殺す気で振り下ろす。

 師匠なら平然と『手刀』で受けるだろう。その直後が重要。相手がどう動くか、こちらがどう動くべきか。全神経を集中させる。


 予想は裏切られた。

 まるで私の心を読んでいたかのように、師匠は凶暴な笑みを浮かべて振り下ろされる剣の腹を叩いた。軌道が僅かにずれ、師匠の横を通り過ぎる。

 師匠の技じゃない。師匠は斬ることに関しては人族でも右に出る者はいない。しかし守ることに関しては不得手、いや身体能力が優れているため攻撃を簡単に避けたり、普通に受け止められるので技を磨く必要がなかったのだ。

 それに剣の腹を叩いて軌道をずらすなど、師匠が考えることでは絶対にない。そんな面倒なことを考える人じゃない。

 ならこれは。思い当たるのはたった一つ。師匠は魔王の剣術を教わるために来た。一部をすでに習得していた。

 そのうちの一つなのだろう。有効な守りの技だ。しかし恐ろしいのは、決して得手ではない技をここで見せる師匠の心だ。一つ間違えればその身が真っ二つになる剣だ。


 さすが、師匠。と思った時にはすでに終わっていた。

 私は軌道をずらされた所為で剣を振り下ろしたままで、戻すよりも早く師匠の『手刀』が動くだろう。

 その予想は当たった。


「ぐえっ!」


 両手が空いていたからとは言え、首と鳩尾を同時に突くのは止めて欲しかった。




 目を覚ませばイフリーナとセルミナ、私もぶっ倒れたまま放置されていた。師匠は多分弟子と魔族の下に行ったのだろう。今頃向こうでは師匠対その他の戦いが行われているのだろう。


「あ、起きられましたか」


 すぐ近くに軍犬(コボルトリーダー)が居た。どうやら連絡に来たらしいが気絶していたので起こさなかったようだ。……気絶して起きるまで訓練だと勘違いしていないか?


「どうした?」


「魔王様がお戻りになられました。ヴォルト大先生の来訪を伝えましたが、急ぐ理由もないのでゆったりと戻る、とのことでした」


 そうか、と返し一息吐く。

 私は主神教の言う神と言う者を信じない。帝国方面には精霊教なるものがあるが知らんし、信じるつもりはない。

 しかし今だけは、魔王と言う存在をそれに近い何かに見立てても良い。


「伝令、師匠に伝えろ! 魔王がすぐ近くまで戻って来たと! もし望むようなら道案内をしてやれ!」


 不思議と未だに気を失っているイフリーナとセルミナの顔が微笑んでいるように見えた。

 


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