第十話 職業
「魔王っぽい名前ですか?」
「ええ、オルギアさんと話していて気づいたのですが、私を呼ぶとき大変ですよね。それに名前は欲しいんですよ。今まで話し相手がおらず、オルギアさんに出会って名前を決めていなかったことに気づいたくらいですが」
「なるほど、それで魔王っぽい名前ですか。しかし難しいですね。魔王らしい魔王となると上位魔王になりますがほとんどが現役ですから。その前の魔王でも最期は必ず人族の勇者たちに討たれておりますから、良き名とは言い難い」
「そうですか。オルギアさんの名前はご両親に付けてもらったもので?」
「いえいえ! 恥ずかしながら私の親は両方とも小悪鬼でしたから、名前を付ける知性など持ち合わせておりませんでした。私がこの名を手に入れたのは中悪鬼の頃に殺した冒険者が名乗っていた名前です。意味などは知りませんが、音が気に入りましてその頃からこの名を名乗っております」
「他人から名前を貰うのもありですか、後で考えてみますか。しかし気になったのですが小悪鬼に知性ないのですか? 私が初めて見たときは集団で狩りをしていましたが」
「ない、というわけではないのですが非常に低いと思ってください。言葉も一応使えますがほとんどが本能で行動していますから。大体の魔族は一階位の時は知性がほぼないと考えてください。まあ、私のように好奇心が強く知性の目覚めが早い者もいるかもしれませんが。ほとんどは二階位に進化してから知性に目覚め一目で相手の階位を見抜けるようになります」
「そんな法則があったのか。オルギアさんはそのように私に敬意を払ってくれているようですが、初めて会った群犬には槍を向けられましたからね」
あの時は本気で死ぬかと思った。でも今考えると雑魚にビビる魔王の図だったのか。
「はっは、そういう身の程知らずは大抵すぐに死にますからな。槍を持っていたことを考えると職業を得て増長していたのでしょう」
「止めて欲しいものです」
寿命が縮むから。
「職業と言えばオルギアさんも職業をお持ちで?」
「ええ、偶然得た者ですが。そうですね、丁度昼時でしょうし外に行って狩りでも行きませんか。どうせなら見せた方が分かりやすいでしょう」
それは良い。何せオルギアと一緒なら外の危険度など皆無になる。ついにで果実も大量に回収しよう。
「では見ていて下さい」
丘から少し離れた場所でオルギアは足を止め、拳を顔の位置まで上げ構えを取った。
敵でもいるのかと探してみるが見えるのは木々と木の実くらい。怪しい所さえ分からない。
「武器はどこに?」
「言い忘れましたが私の持つ職業は『拳闘士』です。条件が拳で戦うことなので武器を持つと職業が使用できなくなるんです」
「ああ、そうだったんですか」
職業を使用するのに条件が必要なのか。
「はい。まずこれは下級で覚えた技能『フリックパンチ』」
オルギアは足元にあった石を蹴りあげて、殴って前に飛ばした。そして少し遅れて。
フギィ!
木の向こうから何かの悲鳴が聞こえた。
「やはり『拳闘士』などは間合いが短いですかこういう飛び道具的なスキルもあるんです。使えば狙ったところに飛ばせるので意外に重宝しますよ。次に見せるのが」
グギィィ! と咆哮と共に辺りに響く怒涛の足音。前の木々がなぎ倒されて、何かがこちらに向かってくるのが分かる。
そんなこと気にすることではない、とばかりにオルギアはまた構え、今度は何もせずそのまま拳を繰り出した。しかしその拳の届く範囲には何もない。
「今のが中級の技能『ソニックパンチ』です」
まるで何をしたのか分からなかったが、一つだけ言えることは先程までの足音が途絶え、木々も揺れるだけで倒れなくなっていた。
少しすると前から顔から血を流しながらも敵意をまき散らす大猪が姿を見せた。
「どうですか? 拳圧を飛ばして遠くの相手を殴るスキルです。実はこういう戦術の幅が増えそうなスキルは好きなんです」
目の前の大猪など気にした様子もなく、笑顔で説明してくれるオルギア。その様に大猪は激昂し、突撃する。
それをオルギアは大猪の顎を正確にとらえて蹴りあげる。そして無防備に見せる腹に容赦のなく幾度も拳を叩きこんでいく。
口から血を吐き出して絶命する大猪。対してオルギアは軽い運動が終わったとばかりに、額の汗をぬぐう。
「本当なら上級の技で仕留めて見せたかったのですが、私はまだ『下級拳闘士』と『中級拳闘士』しか取得していなくて』
「いえいえ、十分見させていただきました。ありがとうございます」
オルギアさんが敵じゃなくて本当に良かった、俺は心の底から過去の俺に感謝した。