ティトの王子さま
──ティト視点──
どういうきっかけからそれを見破ったのか、私には到底分かりませんでした。
あるいは、私が知らない魔法、あるいはそれに類する力が、この世には存在するのかもしれません。
いずれにせよカイルさんは、ジャイアントアントの出現と、その場所を言い当てました。
普段へらへらとしているけど、いざというときに頼れる──カイルさんはやっぱり、私が探し求めていた王子さまです。
壁の穴から現れたジャイアントアントは、全部で三体でした。
私は杖を握り、あれにどんな魔法が効くのか、頭の中で使う魔法を検討します。
「ひっ……!」
そうしていたら、ジャイアントアントと目が合ってしまいました。
私が持っている魔法の光が反射して、甲殻が黒光りする頭部。
そこには赤く光る瞳が二つあって、その視線は、私を獲物と定めたかのようでした。
その口と思しき部分には、ギチギチと、獰猛な顎がうごめいています。
あれに噛みつかれて、自分の脚やお腹の肉なんかが食いちぎられるかと想像するとゾッとして──私はカイルさんの後ろに隠れるように動いてしまいます。
……冒険者としては、失格です、多分。
私は私の王子さまに出会うために、冒険者になりました。
でも、生き物との命を懸けた戦いというのは、まだ慣れません。
慣れなければやっていけないと分かっていても、どうしても、体が震えてしまいます。
「──さて、それじゃバトルといこうか」
そんな私の不安を知ってか知らずか、剣を抜き、不敵に笑う私の王子さま。
すぐ目の前に命の脅威があるというのに、カイルさんの後ろにいると、どこか安心してしまう自分がいます。
──いや、いけないいけない!
せめてメイジとして、魔法でカイルさんの援護をしないと。
私が一番得意なのは風魔法。
でも、ジャイアントアントには、どの属性の魔法が効くのか──
「──キシャアアアアアア!」
私が迷っている間にも、三体のジャイアントアントは、私たちに向かって突撃してきました。
合計十八本の脚が規則的に動き、あっという間に最高速に乗って、襲い掛かってきて──
「…………」
私がそのとき、どうしてカイルさんの顔を見てしまったのか、自分でも分かりません。
しかし見てしまった彼の顔は、先ほどまでの不敵な笑みとは対照的な、ひどくつまらなさそうなものでした。
それからは、あっという間でした。
カイルさんが疾風のように目の前から消えたかと思うと、次には彼の姿がパッ、パッ、パッと稲妻のように三体のジャイアントアントの間を抜けて──
そして次の瞬間には、三体のジャイアントアントが、頭部から体液を噴き出して地面に崩れ落ち、動かなくなっていました。
……何が起こったのか分からない、というのが、私の率直な感想でした。
パメラちゃんも唖然とした様子で、カイルさんに聞きます。
「だ、ダーリン……? いま、何やったの……?」
「──ん? 何って、ジャイアントアント倒したんだけど……あっ、わりぃ、パメラとかティトにも、経験値やらないとか」
カイルさんはそう、とぼけたことを言います。
は、ははははは……。
援護……援護しなきゃって思ってましたけど、その発想自体、間違っていたような気がします。
あの動きに合わせた的確な援護なんてできる気がしないし、そもそも援護自体が必要とは思えないし……。
その後、私たちはカイルさんに連れられて、坑道をあちこち歩き回りました。
行く先々で分岐道だらけの坑道を、カイルさんが「あっち」とか適当に決めて、そっちに進む感じです。
そして、カイルさんが選んだ方向に進むと、かなり頻繁に、ジャイアントアントの群れに出会いました。
カイルさんは、出会うジャイアントアントを、ちぎっては投げ、ちぎっては投げというように、ポンポン倒していきます。
あるいは、ジャイアントアントを弱らせてから、私やパメラちゃんにトドメを刺させるという離れ業もやってのけます。
……確かに、私たちの経験値にはなるんですけど、いいんでしょうかこれ?
でも、せめてカイルさんの援護ぐらいはできるようになりたいので、遠慮せずに魔法で倒していきます。
そんな中、パメラちゃんが率直な疑問を口にしました。
「──あのさダーリン、今日、ジャイアントアントとの遭遇率おかしいんだけど」
「そうか?」
「普通、丸一日あちこち歩き回って、何回か遭遇するってぐらいだよ? 今日もう、この一時間で一日分ぐらい遭遇してるんだけど」
「運がいいんだよ、俺たち。──あ、戻ろう」
「……は? いま来た道、戻るの?」
「いいからいいから」
そう言って背中を押すカイルさんの言うとおりに進むと、またジャイアントアントの群れに出くわすのです。
……絶対これ、運の問題じゃないと思うんですけど、カイルさんが話したがらないのを無理に聞きたいとも思わないので、気にしないことにします。
──そんな風にして、私たちが五時間ぐらい歩き回った頃には、ジャイアントアントの討伐証明となる巨大蟻の大顎は、軽く百体分ぐらいたまっていました。
「さて、あらかた退治した感じかな……なあティト、パメラ、俺ちょっと寄っていきたいとこあるんだけど、いいか?」
カイルさんが、そう聞いてきます。
否やを言う理由もなく、私は首を縦に振ります。
パメラちゃんは「えー、もう疲れたよー」とか言いながら、実際は反対するつもりもないようで、カイルさんに付き従っていきます。
もうなんか私たち、カイルさんの従者っていう感じです。
……従者っていえば、あの豚のメイドは絶対嫌だけど、カイルさんのメイドさんとかなら、やってみたいなぁ。
身の回りのお世話して、服を脱がせたり着せたり、お食事あーんってしたり、膝枕に寝させて耳掃除したり、しまいにはお風呂でお背中御流ししまーす、なーんて──えへっえへへっ……ヤバい、よだれが出そうです。
呼び方は、ご主人さまかな?
それとも旦那さま?
あー、もう、ヤバいヤバいっ!
「うふっ……うふふふふっ……」
つい声が漏れてしまうと──カイルさんが可哀想なものを見る目で、私を見ていました。
私は何事もなかったかのようにすまし顔を作り、よだれを拭いて、先を急ぐことにします。
……メイド服は、可愛いのがいいなぁ、なんて思いながら。