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多すぎる晩餐
作:成無己


 猫は家に付いて、犬は人に付く。
 確かに犬って奴は大したものだと思う
 遥か南にある氷の大地に置き去りにされた犬が主人を信じて生き延びたり。もう帰らない主人を駅で、それも自分の半生をかけて待っていたり。
 たぶん、人と犬を繋いでいるのは絆。
 時間をかけて、お互いが作り上げるもの。
 吹く風気ままの野良猫やっている俺には一生わからない世界。たぶん、一生理解することもない。
 俺にとって人はエサをくれるか、襲ってくるかの存在。良くも悪くも有、だから自分から近づくことはない。
 人と猫を繋ぐのは縁。
 気がつけば繋がっていて、確認できるだけのもの。重さを感じることもない。
 そして、簡単に切ることができるもの。

 
 山と山の間の田舎町。猫屋敷と呼ばれていた一軒家があった。
 十を超える猫がそこには住んでいて、時には悪さをして近所の住民を怒らせていた。
 その度に、家主である老人は謝って回った。近所の人たちも老人の人柄、一人で暮らしていることなどを知っていたからそれ以上強く言うことはなかった。
 ある日老人が病に倒れた。
 親族の進めもあって、老人は遠く離れた町の病院で入院することになった。離れていく自宅を目に、その老人は最後まで猫達のことを心配していた。
 かわいそうに思った近所の人たちは代わる代わる、毎日猫にエサをやることにした。
 それでも、猫達は一匹、また一匹とその家を離れていった。
 一匹の野良猫がその家に辿り着いたのは、そんな時だった。全身曇りの無い黒の野良猫がその家に辿り着いた理由は一つだけ、そこからはあまり人の匂いがしなかったから。
 縁側に、一匹の三毛猫がいた。老いた雌の、少し太った猫だった。黒い野良猫に気がつくと警戒することなく声をかけてきた。
「飯ならまだ出てこないよ。ま、今日ちゃんと出るかどうかもわからないがね」
 黒い猫も遠慮することなく縁側に上がると腰を下ろした。 
「随分人気の無い家だな。だれもいないのか?」
 黒い猫の問いに、三毛猫はつまらなさそうに一つ欠伸をした。
「家主で飼い主の爺さんがいたが、ちょっと前にぶっ倒れちまってね。帰って来るのかどうかもわからんさね。しばらくは近所の人たちが飯持ってきてくれたんだが、最近はまちまちになってるよ」
 ふーん、と黒い猫は自分で聞いたにもかかわらず、興味などまるでないかのように一言だけ答えた。
 実際お互いにお互いのことなど興味もなく、会話はそこで途切れた。
 静かな時間だけが過ぎて行く。
 黒い猫はそこでエサにありつけると思ったからそこにいて、三毛猫はそれをわかっていたが拒絶することも無かった。
 やがて太陽が傾き、その色が紅く染まる頃、
「ごはんだよー」
 と元気な女の子の声がやって来た。
 高校生と思われる制服、急いできたのか着替えてもいなかった。
 驚いたのは黒猫だった。飛び跳ねるように起き上がって、慌てて距離を取る。
 野良猫として生きる性分、何かの気配を察知することには長けていると自負していた。特に人の気配には。が、今のはまったくわからなかった。
 そんな黒猫を見つけた女子高生も一瞬驚いた顔をするが、すぐに三毛猫の方を向きうれしそうに言った。
「よかったねー、ミケちゃん今日はお友達が来てるんだ。今日もあたしもたくさん持ってきたから、全然心配ないよ」
 そう言って両手で持つ皿を三毛猫の前に置く。その上には山盛りのエサ。
 三毛猫は立ち上がると一度黒猫の方を向いた。
「大丈夫だよ。確かに変ってるけど、意地悪するためにエサ持ってきてくれるほど頭が回る子でもないさ」
 しばらくの間エサを食べている三毛猫を眺めていた黒猫も、やがて恐る恐る近くによるとエサを食べ始めた。
 女の子はそれを少し離れたところで、満足そうに見ていた。
 黒猫にとって、だれかに、人に見られながら食事など初めてのことだった。


 食事の後、二匹は毛づくろいに勤しんでいた。皿の上のエサは半分ほどしか減っていない。
「いくらなんでも多いだろ?あんた、いつもあんなに食べるのか?」
 黒い猫が聞いた。しばらく動けないほどに食べた後だった。毛づくろいするために後ろ足を上げるのが辛い。
 三毛猫は然も興味なさげに答えた。
「ちょっと前まではさ、そのくらいの量じゃ足りなくらいたくさんのやつらがここに住んでたんだよ。それがさっき言ったように飼い主が倒れてエサもらえるのが不定期になると一匹、また一匹って離れて行っちまった。あの子はその頃を知っていて、もしかしたら今日は何匹か戻ってきてるかもしれない、そう思ってあたし一人じゃとても食べきれないくらいのエサを持ってくるのさ」
 まったく、迷惑な話だよ。三毛猫はそう言って笑った。
 ふと、黒猫は思った。
「あんたは行かないんだな」
 思った疑問は直に口から出た。
 やはり三毛猫は笑って答える。
「こんな年寄りに今更縄張り争いしろって?さすがに疲れるよ」
 そう言っただけで、三毛猫は毛づくろいをやめた。縁側の少し離れたところに座っていた女の子に近づくと、寄りかかるようにして体を丸めた。
 気がついた女の子がその頭を優しく撫でる。
 おじいさん早く帰ってくるといいねー、呟く女の子だったが答えるものは誰もいない。
 三毛猫は語らない。
 自分がかつて野良猫だったこと、出て行った猫の半分くらいが自分の子供や孫だったこと、この人間の女の子だけは一度も忘れずにエサを持ってきてくれたこと。
 年を取った分、いろいろ見てきたのは当たり前だと思っている。
 大きな欠伸を一つして、ゴムのように体を伸ばし、黒い猫が立ち上がる。
「どうだったい、人に出された飯の味は?」
 三毛猫が少し笑いながら聞いてきた。
 黒猫はほんの少しだけ考えてから、 
「……正直ゴミ捨て場でも、もう少しましな物が出てくる」
 散々食べといてなんだが感じたままを言った。
 三毛猫は楽しそうに笑った。
「ははは、まったくだよ。せめてもう少しうまければ、こんなに泣けるいい話は無いってのにさ」
 それがその三毛猫との最後の会話になった。
 夕日に体を染められて、黒い猫は歩き出す。音も無く縁側を下りる。
「ばいばーい。また来てねー」
 相変わらず元気な女の子の声。
 黒猫が振り返ることは無かったけれど、なんとなく女の子が手を振っていることはわかっていた。お腹一杯食べれたことには感謝はしているけれど、やはりもう少しなんとかしてほしかった。
 

 三ヵ月後、家に老人が帰ってきた。
 その日出された山盛りの猫のエサ、その日から再びきれいに無くなるようになった。
 
 


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