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冒険家になろう! ~スキルボードでダンジョン攻略~ 作者:萩鵜アキ

3章 最凶の魔物を倒しても、影の薄さは治らない

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技術の頂に臨もう!

 幼い頃から居合を学んできた時雨は、第一次スタンピード直後より資格を得て冒険家になった。

 冒険家になったのはダンジョンで己の力を試すためではない。
 自らの技を、より一層磨くためだった。

 居合は藁や竹など、動かない標的が相手だ。
 それでは、居合の真とするところが極められない。

 刀を操り、心を操り、無となって標的を一閃する。
 より美しく。
 より華麗に。

 過去から現代に至るまで、多くの達人が求め続けた居合の真髄。
 それを、時雨も求め続ていた。

 動く的を斬る経験は勿論だが、ダンジョンに降りたのは肉体を強化する目的もあった。

 技術を高めるためには、重い刀を自在に扱えるようにならねばならない。
 魔物を倒してレベルアップすれば、これまで以上に刀を自在に操れるようになるだろう。

 肉体のレベルアップは技術を磨く上で、必要不可欠だった。

 本拠地である新宿から離れて遠征を行なっているのも、自らの技術に磨きをかけるためだ。

 より多くの敵と戦い、戦闘経験を得る。
 自由自在に刀を操るために。

 新潟、山形、秋田、青森と北上し北海道に上陸。
 そこから新しいダンジョンと、不気味な仮面の男の話を聞きつけて、時雨は車庫のダンジョンに足を運んだ。

 しかし、

「……いない」

 ボスを倒すと、ダンジョンが発光した。
 まだ仮面の男は、まだこの先には到達していないらしい。

 ダンジョンを進んで行くといずれ見つかると思っていただけに、しょんぼりだ。

 肩を落として地上に戻ろうとした時雨の目の前に、それは忽然と姿を現した。

 宙に浮かぶ謎の仮面。

 目をこらさなければ、首から下がよく見えない。
 時雨の目には仮面が宙に浮かんでいるように見えた。

 掲示板で散々魔物のように扱われている仮面の男。
 名前は不明。
 掲示板では『仮面さん』と呼ばれていたので、仮面がハンドルネームなのだろう。
 だが仮面で検索をかけても、情報が出てこない。

 現在は無名の男だ。
 だが、そんな男が『仮面さん』としてネット上で、密かに噂になっている。
 ――マサツグさえも気にかけた。その仮面に、時雨はようやっと出会うことができた。

 途端に時雨の体が熱くなる。
 歓喜が熱情が、体中を駆け巡る。

 一体何故『仮面さん』とやらはここまで噂されるような存在になり得たのか?
 どれほどの身体能力があるのか?

 気になって仮面の体をチェックするが、彼は至って“普通”――噂されているような、悪魔でも魔物でもなかった。
 ちょっと残念。

 だが、折角なので一度戦ってみよう。
 時雨は即座に試合を申し込んだ。

 戦闘の経験を積むことに関して、彼女はどこまでも貪欲だった。
 たとえ初対面の相手でも才を感じれば、空気を読まずに試合を申し込んでしまえるほどに……。

 仮面との勝負は、文字通り一瞬で終わった。

 時雨の刀が仮面の喉元に突き立てられる。
 試合ならば、それで終了。
 時雨の勝ちだ。

 だが時雨は、その結果が全く気にくわなかった。

 なぜならば、仮面は見えていたのだ。
 新宿のダンジョン40階で活動する時雨の、全力の縮地を。

 縮地は予備動作をゼロにし、相手に動いていると気づかれぬよう最速で接近する技だ。
 この技を習得するまで、時雨は優に3年はかかった。

 だが習得して以来、この技が初見で破られたことは一度もない。
 かのマサツグでさえ、縮地には一切反応が出来なかった。

 時雨が最も自信のある縮地を、仮面は反応するだけでなく、なんと避けようとさえした。
 それも、時雨が動くと同時にだ!

 活動階層が5階違えば、戦闘能力に圧倒的な差が生まれる。
 10階以上離れれば、もう試合にならない。

 15階で狩りをする名もなき仮面が、40階で活動する時雨の攻撃に反応するなど、普通では決してあり得ない。

 だが、仮面は時雨の動きに反応した。

 この男は本当に、自分の動きに合せて避けたのだろうか?
 まぐれだったのでは?
 いやしかし……。

 時雨は、いま目の前で起った出来事を、うまく受け入れられずにいた。

 さらに恐るべきことに、仮面は攻撃を避けると同時に時雨の刀を受け止めようとまでしていた。

 咄嗟に刃の軌道を変更。
 コンマ1秒にも満たない刹那。

 だがその一瞬のみ、
 時雨は仮面に、反撃の動作を赦してしまった。

 先に刃がたどり着いたのは、時雨だった。
 時雨が先に、仮面の喉元に切っ先を突きつけた。

 だが彼の左手の短剣は、仮面と時雨の中間で停止していた。
 もし時雨が攻撃に僅かでも手間取ったら、先に刃を突きつけられたのは時雨のほうだった。

 勝負にイフはない。
 だがもし彼が15階ではなく30階で活動する冒険家であれば……。

(負けていたのは私の方だ)

 時雨は基礎レベルに圧倒的なアドバンテージがあったからこそ勝利出来た。
 その事実が――技術力ではなく基礎力での勝利が、時雨のプライドを大きく傷つけた。

 ……悔しい。

「……もう一回」
「へ?」
「もう一回やる」

 時雨の申し入れによほど驚いたのか。仮面の男の気配が一瞬消えかかった。
 危うく時雨でも、仮面の存在を見失いそうになった。

 時雨の目さえもすり抜けようとするとは。
 おそるべき練度の隠形である。
 もしこの隠形を戦闘中に用いていたなら、時雨はさらに手間取ることになる。

(まさか今の勝負、手を抜かれた!?)

 時雨はさらに意地になり、仮面に無理矢理構えさせた。

 次も、その次も、時雨は仮面を圧倒する。
 1度目で見せた仮面の反撃動作を、決して赦さぬよう細心の注意を払い、時雨は勝利していく。

 だが1度、2度と勝利するが、時雨は一切気を抜けなかった。
 一体いつ隠形を使う?
 こちらが隙を見せる瞬間を狙っているのか?
 時雨の胸中で、仮面への警戒感が益々高まっていく。

 3度目の試合で、流れが明らかに変化した。

 時雨は同じように、全力で刀を振るっている。

 冒険家の中では随一の技術。
 明鏡止水の一撃に、僅かに曇りが生じた。

 曇りを生じさせたのは、仮面の歩法。
 先ほどまでは素人のそれが、いまは時雨と同様の型となっている。

 時雨が支配していた場が、同様の型がぶつかり合ったことで歪んだ。

 そして仮面は、時雨の刀の流れを掴み始めていた。
 掴んだ上で、吸収し始めていた。

 ――あまりに早すぎる!

 当然ながら、太刀の型を短剣で行うのは不可能だ。
 真似をしようとしても無理が生じる。

 だが仮面は一切の無理を生じさせないよう、独自に改良を行っていた。
 それも、戦っている最中でだ!

 時雨と同様の型から動いた短剣が、途中でトリッキィに変化する。
 無骨だった2本の短剣が、急速に意思を宿していく。

 ――面白い。

 時雨の口元がニッと緩んだ。

 ――面白い。面白い!!

 目の前に、初めて見る戦いがある。
 技術の頂を目指す時雨が、これに夢中にならないはずがなかった。

          *

 晴輝は仰向けに倒れて、粗い呼吸を繰り返した。

 無理に動いたことで、筋肉と筋がボロボロだ。
 さらに時雨との戦闘で、何度か刀の峰が体に接触している。
 体中が痛い。

 結局晴輝は、一度たりとも時雨に一矢報いることが出来なかった。

(もう少しだと思ったんだけどなあ)

 何かが掴めそうだった。
 だが感覚とは裏腹に、体がまったく付いていかなかった。

 まるで社会人になってから、陸上部だったころを思い出して全力疾走したときのようだった。
 頭からの命令もイメージも完璧なのに、言う通りに体が動かない。
 結果、転んでしまう。

 時雨の戦闘は、まさに千変万化だった。
 前の戦闘で覚えた動作に合せても、ひらりと刃が躱される。

 時雨の動きをどれほど積み重ねても、時雨は晴輝の動きのさらに先を行った。

 まったく勝てる気がしなかった。
 なのに、もう一歩のように思えてくる不思議。

 きっとただの錯覚だ。
 晴輝は首を振って、手にした感覚を振り払った。

「……ありがとう。楽しかった」
「い、いえ、こちらこそ!」

 礼を言うのはこちらのほうだ。
 晴輝は無理を押して立ち上がる。

 晴輝は時雨から、沢山の動きを学ばせてもらった。
 時雨との戦闘は、どんな敵と戦うよりもステップアップ出来た実感がある。

 この経験が今後、様々な面で役に立つはずだ。

「それじゃ」

 たった一言。
 時雨が踵を返す。

 その姿にほんの少しだけ見とれ、しかし晴輝はすぐに意識を取り戻す。

「あの、時雨さん。東京には戻られないんですか?」
「……ん。まだちかほにも行ってない」
「上級冒険家のほとんどが新宿奪還に動いてますけど、時雨さんも参加したほうがいいんじゃないですか?」

 晴輝の問いかけに、時雨が正面を向いて首を傾げた。

「…………なにそれ?」
「えぇえ」

 時雨の反応に、晴輝は言葉を失ってしまった。


 時雨は新宿で起ったあれこれを、本当になにも知らなかったようだ。
 表情の変化に乏しい人だが、僅かな瞳の変化から内心が見て取れる。

「……知らなかった」

 時雨の視線が定まらない。
 彼女はいま、ちょっとだけ、焦っている。
 晴輝の憶測を肯定するように、彼女の額に脂汗がじわじわ浮かんできた。

 いままで情報を得る機会は沢山あったはずだ。
 それでも彼女が新宿壊滅について知らなかったのは、ひとえに彼女の性格によるものだろう。

 彼女はおそらく、自らの技術を磨く以外のことにほとんど興味がない。
 晴輝が話しかけても、言葉が右から左に抜けていく様が見て取れるほどに。

 きっと彼女のチームメンバーは嘆いていることだろう。
 せめて連絡は取るよう、晴輝は時雨に提案しておいた。

「――マサツグさんがベーコンさんを救出したみたいです。いずれまた、新宿駅に乗り込むんじゃないでしょうか」
「……んん」

 虚ろな瞳を右上に向け、時雨が唇を僅かに突き出した。

「それで、時雨さんはどうされるんですか?」
「……とりあえず、ちかほに」
「えぇえ」
「その予定だったから」
「でも――」
「マサツグが動くなら、大丈夫」

 たしかに。マサツグが動くならば大丈夫かもしれない。
 しかし時雨もいたほうが、より万全な状態で攻略に臨めるのではないか?

 その思いが表情に表れていたのか。
 時雨が首を横に振る。

「マサツグは、魔物専門。私の出る幕はない」

 時雨がそう、きっぱりと言い放つ。

 時雨は練習試合でマサツグに勝利している。
 だがマサツグに勝利した彼女は、マサツグよりも先の階層を攻略出来ているわけではない。

 対人戦最強の時雨に、対魔物戦最強のマサツグ。
 これほどの強さを誇る時雨でも、対魔物戦においてはマサツグには勝てないのだ。

 それでもまだ晴輝は納得出来なかった。
 上位ランカーが奪還作戦に不要だとは、晴輝にはとても思えない。

 だが本人の時雨が不要だと断言している。
 晴輝では判らない理由があるのか。
 あるいは単に、ものすごく『ちかほ』に行きたいだけか……。

 いずれにせよ、中級冒険家の晴輝はこれ以上彼女に異見出来る立場にはない。
 口を噤む他なかった。


 ふわふわとした時雨との会話を終えると、タイミングを見計らったように朱音が晴輝に近づいてきた。
 満面の笑顔を浮かべて……。

「時雨にフルボッコにされた空気さん、ちょっといい?」
「…………さあ火蓮、食事の準備を始めるか」
「無視しないでよ! アタシが話しかけてるんだから無視しないでよ!」
「幻聴が聞こえるな。きっとフルボッコにされたせいだろう」
「アハーハハァーン! 悪かったから。アタシが悪かったから話を聞いてよお!!」
「…………」

 晴輝が無視をすると朱音がジャブジャブと涙を流して謝ってきた。

 無視をされる辛さを、晴輝は一番理解している。
 そのせいか、朱音の涙についつい辛い思い出が呼び起こされて晴輝まで涙目になってしまった。

 なんでこいつのせいで、俺まで悲しくならねばならんのだ……。

「……で、なんだ?」
「ふふぅん。空気に依頼があるのよ」
+注意+
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