ダンジョンが出来たら通報しよう!
ダンジョンを発見した当日は営業時間を過ぎていたため、晴輝は翌日に役場に連絡を入れた。
「自宅の車庫がダンジョンになりましたので、登録をお願いします」
五年前にこの台詞を聞けば、頭がおかしくなったと思われるだろう。
――などと考えながら晴輝は耳に当てた受話器を意識する。
『了解いたしました。ではすぐに自衛団を伴ってご自宅にお伺いいたします』
声質から言って三十代から四十代くらいの男性職員だろう。
役場に入職した頃の自分が今の姿を見たらどう思うだろう? ……などという悩みを抱えていそうな、影のある声の持ち主だった。
実にまっとうな悩みだと思う。
朝食を食べ終えたころ、装甲車に改装されたパトカーと消防車が家の前に到着した。
晴輝は家の外に出て役場の担当者を出迎える。
「こんにちは」
「ここがダンジョンか。持ち主は空星さんと言う方だ」
「あのぅ」
「ん、遅いな。ちょっと呼び出してくる」
「すみません!」
「おう!?」
大声を出してようやっと役場職員が晴輝の存在に気づいてくれた。
まあ。いつもの事だからいいけどさ……。
いつものことながら、それでも少々傷つく晴輝である。
折角ど派手な赤いシャツを着て参上したというのに、目を引くこともない。
逆に気づかれてしまったあとでは「こいつセンス酷くね?」みたいに思われかねない。
実際、思われているだろう。
回りの視線が冷たい。
「大変失礼いたしました。空星さんでよろしいでしょうか?」
「はい」
「失礼ですが、空星さんは免許をお持ちですか?」
免許とは、冒険家資格のことだ。
晴輝は軽く顎を引く。
「ええ、今期に取得しました」
「なるほど。ではもうダンジョンに入られましたか?」
「いいえ。まず対応してもらってからの方が良いかと思いまして」
「それは良い判断です。では早速バリケードを設置させていただいてもよろしいでしょうか」
晴輝が頷くと、自衛団の4名が車内から土嚢や有刺鉄線を取り出して作業にかかった。
ダンジョンの出入り口は、基本的に塞いではいけない。もし塞げば別の場所に出入り口が発生してしまう。
それを塞ぐとまた別の場所。塞ぐと別の場所……といたちごっこを繰り返す。
またスタンピードを促す可能性も囁かれている。
スタンピードはダンジョンからモンスターが溢れかえる状態を指す。これのせいで国土のほとんどを魔物に蹂躙された国もある。それほど危険な現象である。
スタンピードが起きても、簡単に蹂躙されないよう土嚢と有刺鉄線でバリケードを作る。
そこで有事の際の足止めを行うのだ。
ただ魔物相手にバリケードを作っても時間稼ぎ程度にしかならない。
そのための、自衛団だ。
自衛団は警察と消防に所属している者から組織されている。
別名ダンジョン対策係。
彼らはダンジョンから溢れたモンスターを間引く役割を担っている。
もちろん自衛隊もそう。ただ日本に200以上あるダンジョンすべてに出動するには、自衛隊だけではいささか手が足りない。
なので警察と消防が自衛団として活動することで、防衛の手助けをしているというわけだ。
四人の男性がまるで重さを感じていないかのように土嚢を次々と設置していく。
きっと対魔物訓練を行っているのだろう。
恐ろしいスピードだ。
車庫を囲うように土嚢が設置され、その上に有刺鉄線が張り巡らされる。
ダンジョンの出入り口には腰の辺りに小さな扉と防犯カメラ、ICカード読み取り機と、その上に網膜認証のカメラが設置された。
スタンピード後の法改正で、ダンジョンの保有者が国と定められた。
つまり、資格なしに入れば不法侵入だ。
そうでもしなければ遊び感覚で入った者達が最悪の結末を迎える、などという事件が多発してしまう。
――実際多発した。
だから国は『俺の持ちもんだから入るなよ!』とお触れを出したわけだ。
苦肉の策というやつである。
ダンジョンゲート用のスペースを確保(かなり敷地入り口が狭くなってしまった)して、バリケード製作作業が終了。
「これで完了です」
早い。おそらく設置を開始してから一時間も経っていないだろう。そのあまりの速さにさすがの晴輝も驚いた。
一体彼らはどれくらい強いのだろう? と。
「ちなみに、ダンジョンになにか奪われたものはありますか?」
ダンジョンが出現する時、その直上にあるものをまるごと飲み込む性質がある。
晴輝の家の車庫のように、階段出現ポイントに直接触れていなければ呑まれないのだが、うっかり人間やペットがいた場合、ダンジョンに消し去られてしまうのだ。
まだ事例はないが、一軒家くらいなら丸々飲みまれてしまうだろう。
実際、地下鉄駅構内がダンジョン化した事例は何件かあるので可能性は高い。
「実は……除雪機が」
「それは…………災難でしたね」
「はい……」
彼も除雪機を失った痛みをよくよく理解してくれたらしい。
場が一気にお通夜ムードになってしまった。
「これから中へ進まれますか?」
「その予定です」
「そうですか。くれぐれも気をつけてください。『冒険家は死ぬことと見つけたり』などと言われますが、生きのびることも大切ですから」
「ええ。ありがとうございます。自衛団さんも、いつもありがとうございます」
いつもこの街を守ってくれてありがとう。
その思いが伝わったのだろう。四人の男は一仕事終えた後だというのに、疲労も感じさせない機敏な動きで足を揃え、それぞれ敬礼姿勢となった。
しかしながら、彼らの視線はどこにも定まってはいない。
……うん、まだ俺が見えてなかったんだね。
もういいけどさ!
一旦自室に戻った晴輝はPCを起動し、いつもお世話になっているホームページを開いた。
『冒険家になろう!』
通称『なろう』は、冒険家御用達のホームページだ。
日々の攻略をアップするブログから、様々な会話を行える掲示板、魔物の素材の採取依頼や、魔物や攻略法が纏められたWIKIまで存在する。
特に初心者冒険家にとってこのサイトのWIKIは、一通り目を通しておくべきコンテンツである。
この魔物の倒し方はこうだ。弱点はこの武器だ。
○階層から集団行動を取る魔物がいる。
○○ダンジョンの○階には時々レアボスが湧く。
めちゃくちゃ強い、気をつけろなど。
どれほど過疎ダンジョンでも上層の情報は間違いなく載っている。
この情報があるかないかで、生存率が大幅に変化するだろう。晴輝もお世話になっている。
現在晴輝が『なろう』を開いたのはこの、攻略情報を見るためではない。
晴輝はサイドバーをクリックして、あるページを開いた。
そこは、冒険家ランキング。
ブログや依頼の達成率などからポイントを集計した、日間から年間までの個人・チームランキングが掲載されているページだ。
日間や年間で定義は微妙に異なるが、このランキングに載る者のことを一般的にランカーと呼ぶ。
ランカーになると、様々な企業から声がかかる確率が高まる。
企業と契約をすると、試作品の装備が無償提供されたり、新作装備のキックバッグが得られたりと、おいしい思いが出来る。
もちろん、それだけじゃない。
とにかく目立つ!
きっとランカーになれば、薄い存在感も濃く変化するだろう。
晴輝にとっては、企業からのオファよりむしろそっちの方が大事である。
存在感空気を脱出したい!
個人日間ランキングを下までスクロールした晴輝は、体が床に沈み込むほど大きくため息を吐き出した。
『新しいダンジョン発見!』
昨晩そんなタイトルでブログをアップしたのだが、ランキングには浮上しなかったようだ。
とても気になるタイトルのはずなんだけどなあ……。
一度でもランキングに載れば、PVが大量に回転する。
だから車庫にダンジョンが出来たという特殊な身の上話でポイントを稼ごうとしたのだが。
ああ無情……。
誰も記事を見やしない。
現実でもネットでも空気とは。
やっぱりランキングを上げるには、日記だけじゃダメなのかなあ。
がくっと落ち込むが、そうそうランカーになどなれるわけがない。
ランカーは、中層以降で活躍する冒険家ばかりなんだからと自分を慰め、晴輝はパソコンをシャットダウンした。
*
翌日、晴輝は丁寧に保管していた武具を装着して家を出た。
武器は2万円で購入した30センチほどのコンバットナイフ。大企業の一菱製作所が制作した、エントリーモデルだ。刀身にシリーズ名と共に、『一』のロゴが刻まれている。
防具は工事現場用のヘルメット(白)と、ややコンパクトな革の胴。
肘や膝にはサポーターと、安全靴。〆て1万円。
どれもダンジョン専用防具ではない。
武器とはずいぶんな格差だ。
もちろん、防具の値段が安いのは理由がある。
ケチったのではない。
良い防具を買うだけのお金がないのだ。
本当なら、せめて専用防具を購入したかった。
だが先立つものがないので仕方がない。
実のところ防具については、初心者ならどれも似たり寄ったりだ。
晴輝だけが酷く低品質な装備というわけではない。
ごく一部の高等遊民を除いて、初心者冒険家は概ね金欠。
ダンジョン用防具を買えないのが当たり前なのだ。
晴輝の装備で問題なのは武器だ。
短剣やナイフを装備する冒険家は限りなく少ない。
理由は単純。それでは魔物を殺し切れないからだ。
ダンジョンに潜って魔物と戦うということは、物理で熊を殺すようなものだ。
熊と戦うのにナイフを持つ奴がいるだろうか?
――いや、いない。
ナイフで熊を殺せるのはセガールくらいなものだろう。
だがみんなはセガールではない。
なので、少しでも安全範囲から攻撃出来、さらに威力のある武器が好まれる。
『なろう』で行われた使用武器種調査では、
弓=大剣>長剣>>剣>>>>>その他
と、弓と大剣が半数以上を占めていた。
ちなみにナイフ・短剣・鈍器はその他扱いだ。
もちろんナイフで戦う冒険者もいる。
だがそれは上級冒険家が、遊びや修練で格下の魔物と戦うときくらいにしか使われない。
それくらい、短剣装備はデメリットが大きいのだ。
では何故それほどまでに不人気なナイフを何故晴輝は選んだか?
当然、目立つからだ。
存在が空気であれば、見栄えやスタイルで目立つしかない!
そう思ってナイフを選んだのだが……いまのところ効果は体感出来ていない。
晴輝はきっといつか、この苦労が報われるだろうと信じている。
それが称賛であれ嘲笑であれば罵倒であれ、
『あいつ、ナイフ装備して戦ってるぜ!』と言われれば勝ちなのだ。
改札機にICカードをかざし、網膜認証を行う。
ICに紐付けされたデータが読み取られ、網膜が合致して初めて改札機が開放される。
これを無理にくぐり抜けようとすれば、即座に警察に通報が行き、ガタイの良い怖いお兄さんがやってくるだろう。
ダンジョンの階段一段目に立って、晴輝は胸の前に手をかざす。
するとすぐに、タブレット型の石板が胸から飛び出した。
「やっぱりそうか」
昨日家に戻ってから、部屋の中で何度か石板を取りだそうとしたのだが上手くいかなかった。
おそらく外では取り出すことすら出来ないのだろう。
ダンジョンの中でしか使用出来ない、限定タイプの魔導具。
晴輝は魔導具を手にするどころか目にするのも初めてだ。
そも、魔導具は初心者冒険家が容易く手にできるものではない。
魔導具はダンジョンに出現する宝箱からごく希に排出されるアイテムだ。
種類は様々ある。
どれも見た目は違うが、共通するのは『人知を越えた効果を発揮する』ことだ。
魔導具で最も有名なのがマジックバックだろう。
人知を越えた効果――どう見てもスイカ1つ分しか入らないのに、それ以上の荷物を収納出来る。そんな鞄だ。
有名なだけあって、オークションに出されると目玉が飛び出すほどの値段が付けられる。
最近では30億という史上最高額を付けて細やかな話題を作った。
購入したのは大企業、川前工業傘下の武具販売店。
インタビューに答えた落札者は、
『これを店に飾ってお客様の目を楽しませようと考えております』
などと答えたらしい。
初物のメロンか。
次に有名なのは魔剣だ。
効果は不明。魔剣の存在は確認されているが、効果についての情報は出回らない。
きっと取得者が情報を制限しているのだろう。
盗難が怖いか、あるいはあまりにヤバすぎて口に出来ないか。
中には得体の知れない不気味な魔導具も出現する。
人類には早すぎるのか誰も使い方が判らず、大抵は捨て値で販売される。
コレクターさえ、呪いを恐れて手を出さない。
とにかく晴輝が手にしたスキルボードは、そういう魔導具の類いで間違いないだろう。
晴輝は階段に腰を下ろして石板を睨んだ。