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冒険家になろう! ~スキルボードでダンジョン攻略~ 作者:萩鵜アキ

1章 スキルツリーを駆使しても、影の薄さは治らない

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謎のプレハブに行ってみよう!

 ゲジゲジとムカデの甲殻を抱えて外に出ると、もうすっかり日は傾いていた。

 夕日が休耕中の畑の向こう側にゆっくりと沈む。
 茜色がなにもかもを、赤く染める。
 透明な空気さえ、どこかほんのり色づいて見える。

「わあ……素敵」

 その光景を見た火蓮が、熱を帯びた息を吐いた。
 火蓮とは対象的に晴輝は無感動。
 毎日同じ景色を眺めれば、そうそう感動することもなくなるものだ。

 ここに日本酒とつまみがあれば感動したかもしれない。
 感動も、環境次第なのだ。

 ――とそんなことはどうでも良い。
 晴輝は休耕中の畑の一角にある小さなプレハブに目を向ける。

「なんだあれ?」

 ここに帰って来るまで、あのようなプレハブは無かった。
 おそらくダンジョンに籠もっているあいだに運ばれたのだろう。

 プレハブは建設現場などでよく見るタイプのもの。
 雨風を凌ぐためのもので、快適さとは無縁の代物だ。

 一体誰がこんなところに、こんなものを運び込んだのだろう?

 晴輝は気になってそっと近づいていく。
 すると出入り口に設置された看板が目に止まる。

『一菱武具販売・素材買取所K町支店』

 なんと大手企業一菱のお店だった。

 いつかは出来るだろうと思っていたが、まさかダンジョンが出来てから一週間以内に開店するとは。

 通常なら下調べてをして、需要や供給がどの程度であるかマーケティングしてから出店するものである。

 でなければ――特にこんな僻地に出店しても、儲けが足りずにすぐに潰れてしまう。

 理由はどうあれ、この町に武具店と買取店が同時オープンしたのは非常に有り難い。
 晴輝は事情を気にせず、店にゲジゲジとムカデの甲殻を運び込んだ。


 店の中は、お通夜だった。
 いや、お通夜会場のように晴輝には思えた。

 なにもない店内にカウンターと、椅子が一つ。
 その椅子の上に、悲壮感を漂わせながら歌を口ずさむ女性が一人。

「ルルルルルールールルルー」

 目を真っ赤に腫らした赤毛の彼女は、誰あろう札幌にある武具店の店員だった。

「いらっしゃいませ。なにもない店内ですが、どうぞお好きなようにご覧ください」

 綺麗な顔してるだろ。こいつ、死んでるんだぜ……とでも云うような口調で、彼女はブツブツと呟いた。

 いやなにを見ろと?
 晴輝は顔を引きつらせながら、恐る恐る口を開く。

「……お前は札幌のお店で働いてたよな?」

 女性がゆっくりと死んだ目を晴輝に向けた。
 すると、

「アハーッハハアーン! こんな所に、こんな所になんであたしが来なきゃ行けなかったのよー!」

 突然カウンターを叩きながらジョバジョバ涙を流し始めた。

 これはいけない。
 非常に、いけない。
 すぐに撤退しよう。

 そう思い踵を返すが。

「待ちなさいよ。目の前で女の子が泣いてるんだから待ちなさいよ!!」

 ぐわし! っと肩を掴まれた。
 背後から、獰猛な気配を感じる。

 女性はまるで酔っ払いのように据えた目をしている。
 完全に絡み酒の勢いだ。

「せっかくアタシが会社のために、色々お客様に手を尽くしたっていうのに、こんな場所に飛ばすなんて、酷いと思わない!? ねえ思うでしょ? 思うわよね!?」
「は、はあ……」
「前年度よりも業績を伸ばしていたのに。アタシ、すごく頑張ってたのにぃー! たかが買取店で勝手に素材を買い取ったからって酷すぎる!」
「なるほど。左遷か」
「いやぁ!! その言葉だけは言わないでぇぇ!!」

 どうやら図星らしい。
 また、アハーッハハアーンと泣き始める。
 彼女の涙がかかった背中がズブ濡れた。

「……はあ」

 晴輝はため息ひとつ付いて振り返る。

「買い取りは出来るか?」
「出来るわよ! それくらい出来るわよ! こんな僻地に飛ばされたからって、それくらいの能力はあるんだから!!」

 何故喧嘩腰なんだ?
 いい加減面倒くさくなり、晴輝は投げるように素材を突き出した。

「俺、客なんだけど?」
「あーはいはいいらっしゃいませー。で、これを買い取ればいいの?」

 水の元栓をキュっと閉めるように彼女の涙がぴたっと止まった。
 こいつ……。

 前回のように猫をかぶることさえしないとは……。
 しかし彼女の本性が判っているので、晴輝も始めから口調が雑である。

「ゲジゲジの素材に……うわ、なにムカデ? ちょっと待ってね」

 目の前に仕事が現われたからか、彼女は先ほどのような泥っぽいものとは違い、機敏に動き回る。

 カウンターの引き出しから使い捨ての手袋を取り出し填める。
 素材をカウンターに置き、ルーペで細かく素材を鑑定していく。

「うんうん。ゲジゲジは全部で96枚。傷無しだから1枚千円ね」
「おー」

 甲殻になるべく傷が付かないよう、頭だけを狙わせた甲斐があった。

「あとムカデだけど、これ買い取った方が良い?」
「……というと?」
「ムカデ素材の防具を発注した方が、いまの防具よりも良いものになるわよ」

 彼女が言うのだから、きっとそちらの方が良いのだろう。
 だが晴輝は首を振った。

「販売の方向で頼む」
「どうしてよ?」
「今回の戦闘はギリギリだったんだ」

 きっと装備に嫌われて使いこなせないだろう。
 ムカデの甲殻の防具が使いたいなら、もっとレベルを上げなければいけない。

「ふぅん。じゃあ甲殻二枚だけ残して後は買い取るわね」
「え?」
「あとあと使いたい時に、素材が手に入らなくて作れないなんてこともあるのよ」
「なるほど」

 ならばと彼女の提案を受諾した。
 こういう提案を当然のようにしてくるあたり、彼女が如何に優秀かが窺える。

 それが何故、こんな場所に来てしまったのやら……。

 おそらく彼女のことだ。
 相手のプライドやテリトリーを考えず、ずけずけと踏み込んで正しいことをしたのだろう。

 いくら正義の側に立っても、相手を立たせることが出来なければ疎まれるのだ。

 そうして新たに出来たダンジョンの情報を得た会社に、体よく飛ばされたと。

『どうせお前は優秀なんだから、僻地でも稼げるだろ?』とかなんとか言われて。
 ……うん、あり得るな。

 はっきり言って自業自得だ。
 だが通常、売り上げの見込めない地域に冒険家御用達の店は出来にくい。

 だからこの際、彼女の不幸を有り難く使わせてもらおうじゃないか。

「ムカデの甲殻が8枚で4万円。ゲジゲジのものと合せて138,000円。それでいい?」
「ああ。今回は5割分配で頼む」
「了解」
「ちょっと待ってください」

 決まりかけたところに、これまで黙っていた火蓮が割り込んだ。

「私よりも空星さんが多く貰うべきです!」
「今回ゲジゲジを狩ったのは火蓮だ。むしろ俺は監督しかしてない」
「ゲジゲジを狩れたのは空星さんのおかげなんです。私一人では戦えませんでした」

 ああ、面倒くさいなと晴輝は思った。
 パーティなんだから、役割の過多に拘わらず黙って5割貰っておけば良いのに。

 もちろん火蓮の言い分はわかる。
 こういうところできっちりしないと、後々禍根を残すだろうことは……。

 だが、面倒だった。

「で、どうすんのよ? 西日が暑くてたまんないんだから、早くしてくんない?」

 赤毛の店員が手で顔をひらひら仰いだ。
 お前は黙っててくれ……。

 しかしずいぶんと雑になったものだ。
 猫をかぶっていたときよりは自然だし、なにより面白いから良いけれど。

 あまりにおおっぴらな店員の態度に、晴輝はついつい苦笑を漏らした。

「今日は半分受け取れ。代わりに俺は火蓮に話を聞く。それでいいか?」
「…………わかりました」

 晴輝が口にした『話し』がなにかすぐに見当ついたのだろう。
 引き締まった顔で彼女は顎を僅かに引いた。

 納得したところで、晴輝らは69,000円をICカードにチャージする。

「ひとつ鑑定してほしいものがあるんだが、良いか?」
「簡易鑑定と詳細鑑定があるけど、どっちにする?」
「……どう違う?」

 晴輝は首を捻る。
 当然ながら、晴輝は簡易と詳細の意味の違いについては理解している。

 聞きたいのはそれぞれの鑑定がどこまで出来るかや価格などだ。
 それが店員にもわかったのだろう。
 彼女は綺麗な黒目を右上に上げながら口を開いた。

「えっと、簡易鑑定はアタシが見るわ。鑑定時間は1分から。料金は1000円ね。詳細鑑定は本部の鑑定人が見て、さらに検査機でも検査する。鑑定時間は依頼状況次第だけど、1ヶ月はかかるかもしれないわね。こっちの価格は10万円」
「10万!?」
「当然でしょ? 詳細鑑定は一菱本社の鑑定人が直々に見てくれるのよ?」

 確かに、と晴輝は無言で頷いた。
 ダンジョン用の物販を行う大企業は、必ず1人は鑑定人を確保している。

 鑑定人とはダンジョンで能力が開眼した者で、ダンジョンで獲得したアイテムの鑑定スキルを持っている。
 能力は某中島先生のダンジョン版のようなものだと『なろう』では言われている。

 鑑定スキル持ちは希少だし、本社への輸送費もかかるので、10万円も取られるのは仕方がない。
 むしろ、10万円で済むのなら安い方かもしれない。

 ただ、もしこれがマジックバッグなら、詳細鑑定までせずとも判別出来るだろう。

「じゃあ簡易鑑定で頼む」

 晴輝は鞄から、ムカデの胃の中から見つけたマジックバッグとおぼしきポーチを取り出した。
 さすがにねちょねちょは水筒の水で軽く洗い流している。

 多少濡れているが、胃から取り出したときほど酷い見た目ではない。
 しかし当時の記憶を思い出したのか、火蓮が「うっぷ」と隣で嘔吐いた。

「ふぅん。ポーチ型の……魔導具かしらね。ちょっと貸してくれる?」

 受け取ると、ふんふんと鼻を鳴らしながら店員が様々な角度でポーチを眺めていく。
 蓋を開いて中に手を入れる。

 するとスルリスルリ。
 なんと彼女の肩まで入り込んでしまった。

「おめでとう。これはマジックバッグで間違いないわね。口が狭いから、大体直径20センチまでしか入れられないけど、広さは学校の教室くらいあるから色々と使えるわよ。ちなみに、売る気はある?」
「悪いが販売は――」
「1億で買い取るわよ」
「いっ!?」

 いきなりぶっとんだ金額を聞いて晴輝が目を見開いた。
 その隣で火蓮がむせ込んでいる。

「驚くようなことでもないでしょ? これがあれば、小さいものなら沢山詰め込んで移動させられるんだから。輸送費が馬鹿みたいに高い現代だと、これひとつあるだけで大儲け出来るのよ」

 確かに、これがあれば輸送費がかからず、様々な面で得をする。
 1億円を投資しても、充分元が取れるだろう。

「1億は魅力だが……今後様々な面で使えるだろうから、自分達で使用する」
「そうね。その方が良いと思うわ。もしもの時のための薬は、備蓄してもし足りないなんてことはないしね」
「ああ、そういうことだ」

 しかし、いきなりとんでもないものが出たものだ。
 これはおそらく、火蓮に運のスキルを振ったからだろう。

 強い希少種と出会い、それでも生き残る悪運。
 魔物からレアアイテムがドロップする幸運。

 二つの運は、彼女が引きよせたに違いない。

 だからといって、さすがにこれ以上振ろうとは思えない。
 極振りすると毎日地下1階にムカデが出没しそうだし……。


 店を後にした晴輝は火蓮を伴って自宅に戻った。

「へえ、ここが空星さんの家ですか。はあー」

 なにが珍しいのか。普通の二階建て住宅に感心する火蓮。

「ソーラーパネルがあるんですね」
「ああ。これがないと自由に電気も使えないからな」

 スタンピード後から、電気料金が値上がりし、さらに一般家庭は常に電力制限がかかるようになった。

 最低限度の生活は出来るが、パソコンを使おうとするとどうしても自家発電設備が必要だ。

 晴輝の家はスタンピード以前に設置していたものだが、スタンピード後は原材料費が高騰し庶民では手に入れられない、貴重な設備になっている。

 スタンピード後の混乱に乗じてパネルの盗難が相次いだほどだ。
(おかげで晴輝はパネルが盗まれないよう、セキュリティを強化せねばならなかった)

 火蓮にはリビングの椅子に座って貰い、晴輝は水を用意する。

 水は庭にある井戸からくみ上げたものだ。
 さあどうぞと渡し、火蓮の反応をマジマジと眺めてから口を付けた。

「うぐ、うぐ……ふぅ!」

 よほど気に入ったのだろう。彼女は目に涙を浮かべながらコップ一杯の水を飲み干した。

 それもそうだ。
 人手も物資も電力も減って、浄水施設の整備が追いつかなくなった水道水は、ダンジョンが出現する前に比べてかなり品質が下がってしまっている。
 水道水が飲めない地域もあるほどに。

 こうした状況に陥って初めて、如何に自分達が恵まれた環境にいたかが判る。
 同時に、何故井戸が消えたか理解に苦しんでしまう。

 こんなにもおいしい水が手軽に手に入るというのに……。

「さて、じゃあ話を聞こうか」

 二杯目が欲しそうにコップを眺めていた火蓮の表情がぎゅっと引き締まる。

 晴輝がムカデに噛みつかれそうになったあのとき、何故かムカデが殴られたみたいに傾いだ。

 なにかがぶつかっただろうことは判る。
 だが、物質的なアタックではなかった。
 晴輝の目にはなにも捕らえられなかった。

 であれば、考えられる可能性は一つ。

「魔法、使えるでしょ?」
「……はい」

 ムカデを傾がせたのは、火蓮の魔法だったのだ。

 万が一を思いポイントを振っていたが、まさかこんなにも早くその万が一が訪れるとは。
 なかなか迅速なフラグ回収だった。

「あの……誰にも、言わないでください」
「バレたら危険な目に遭うのは判ってる。それは面白くないからな」
「面白い?」
「ああ。俺たちは冒険家だ。冒険は、出来るだけ楽しみたいだろ?」
「ゲーム脳ですか?」
「かもな」
「……ふふ」

 晴輝の答えに、火蓮がクスクスと鼻を鳴らす。
 音がくすぐったくて、恥ずかしくて、誤魔化すように晴輝はコップに口を付ける。

 ――が、途中でカツンとなにかが当たった。

「あ」

 仮面を付けたままだった。
 視界が開けているし、呼吸も苦しくない。装着感ゼロなのは良いが、どうにも付けていることを忘れていかんな。

 晴輝の小さな失態に、我慢出来なくなったように火蓮が小声で笑った。

「このダンジョンはまだ、俺たち以外の冒険家が訪れない。だから、好き勝手に魔法を使っても大丈夫だろう。攻撃の練度を上げていれば、今回みたいな事態に陥っても打開出来るようになる」
「そうですね……」
「明日からの冒険で、魔法は使うか?」
「使った方が、良いでしょうか?」

 火蓮は晴輝の機嫌を伺うように、上目遣いになった。

「やりたいようにやればいい」
「……わかりました。明日から、使っていこうと思います」

 火蓮は決意を秘めた目を、上下に動かした。

「他にも聞いていいか?」
「……はい、どうぞ」
「魔法の使用感ってどうなんだ? やっぱりマナが減る感覚はあるのか?」
「マナかどうかはわかりませんが……。なんというか、体の中に疲れが溜まります」
「体の中?」
「はい。精神疲労とも肉体疲労とも違う。しばらく動きたくないなーっていう感じになります」
「ふむ」

 さっぱりわからない。

「どうやって魔法が使えるようになった?」
「それがわからないんです。ダンジョンで狩りをしようとしたら『なんか使えそう?』って気持ちになって、試しに武器をかざしたら、先端からポーンと」
「武器から?」
「はい」
「棍棒装備なのは、だから?」
「ええ、この武器のほうが魔法の通りが良いんです」

 なるほど。
 体から生み出した魔法は一度、武器に溜まって放出されるらしい。

 おそらく彼女は開眼したのだろう。
 だが話を聞いたところで参考になりそうもない。

「ちなみに、いま魔法を実演出来るか?」
「…………実は、ダンジョンの外では魔法が使い難いんです」

 晴輝の質問で、火蓮が物憂げな表情になった。
 どうやら彼女の魔法の源は、ダンジョンが担っているらしい。

 晴輝と境遇が似ているが、彼女の場合は戦闘力が落ちてしまうことが問題だ。
 もし悪意を向けられても、外では抵抗出来なくなる。

 魔法の情報が一切出回らないのは、きっとそのあたりが原因だろう。

「レベルを上げれば、外でも魔法が普通に打てるようになるかもしれない」
「だと良いんですけど……」

 重苦しい沈黙が二人のあいだに降りた。

「……確認したいというのは、それだけですか?」
「ああ。それだけだ」

 ひとまず、これ以上なにも聞くことはない。
 晴輝は小さく顎を引いた。

「――あ、いやまだ聞きたい事はあったな」
「はい」

 晴輝の言葉に、火蓮が背筋を伸ばした。

「今日、どこに泊まる?」
「……ここです」
「は?」
「ここです」
「いや――」
「部屋は余ってますよね?」
「余ってるけど――」
「じゃあ泊まります」

 火蓮の押しの強さに晴輝がたじたじになる。
 いやいや、相手は少女で、こっちはおっさんだぞ?

「何故そこまで嫌がるんですか。もしかして見られてはいけないなにかがあるんですか?」
「そんなものはない!」

 ……うん、無いぞ?
 無い無い!

「大丈夫ですよ。例え空星さんの部屋の壁に大量の仮面が飾られていても、私は今まで通り接しますから」
「おい待て。お前は一体俺のことを何だと思ってるんだ?」
「仮面マニア」
「絶対に違う!」

 防御力と存在感アップのために装備しているのであって、決して仮面が好きだというわけではない。

「火蓮は若い女の子なんだ。ホテルの方がなにかと良いだろ」
「目の前にダンジョンがあるこの家の方が良いです」
「しかしな」
「私は冒険家ですよ?」
「……うーん」

 一体、彼女のなにがそうさせるのだろう?
 まるで車に乗り込む前のように、彼女は頑なだった。

 晴輝はため息を吐き出す。

「とにかく、一泊5千円の宿を紹介するから、そこで寝泊まりしろ」
「…………」

 ぐぬぬ、と火蓮はもごもご口を動かす。
 晴輝を説得する算段でも付けているのかもしれない。

 家に泊めてくれなんて、昨日今日知った異性に頼むことではない。

 おまけに火蓮は18歳。
 対して晴輝は27歳だ。

 いままで一人暮らしだった晴輝の家に少女が出入りしてるとなれば……。
 間違いなく、悪目立ちする。

 晴輝は仮面を外し、一度水を飲んでから口を開いた。

「火蓮。ここがどこだかわかるか?」
「空星さんの家ですよね」
「間違いないが、それだと50点だな。付け加えると、ここはダンジョンの目の前だ。もしスタンピードが起こった場合、この家が真っ先に襲われる」
「……っ」

 晴輝に言われてようやく気づいたのだろう。
 ここが、どれほど危険な場所に建っているかを。

 札幌の『ちかほ』でまともに狩りが出来ず、欲求不満がたまっていた火蓮だから仕方が無いのかもしれない。
 だがダンジョンは人間を食い殺す魔物の生息地であることを、決して忘れてはいけない。

 そしてそのダンジョンの目の前。
 最前線に、晴輝の家がある。

「この町には、冒険家が俺しかいない。もし寝ているときにスタンピードが起こって家が襲われでもしたら、一体どこの誰が町の人を助けるんだ?」
「……でも、空星さんだって一人でここに暮らしてたじゃないですか」
「監視は必要だろ?」

 火蓮の弱々しい反論に晴輝は苦笑する。

「冒険家は一般人を助けるのも仕事だ。冒険家が2人いるなら、1人が入り口を監視して、もう1人が安全な場所で有事に備えることが出来る。だから火蓮は冒険家の仕事だと思って、町中にあるホテルに泊まってくれ」
「…………判りました」

 晴輝の説得に、火蓮はしぶしぶ頷いた。

 もちろん、晴輝の話はただの説得用のものだ。
 冒険家は町に1人しかいないが、自衛団は組織されている。
 晴輝ばかりが気を張る必要はない。

 嘘に近い言葉で火蓮を説得したのはやはり、18歳の少女を宿泊させる恐怖である。

 田舎は噂が広まるのが早い。
 一端妙な噂がされれば、尾ひれが何枚も付いていつの間にか犯罪者……なんて酷い目に遭いかねない。

 男は嫌疑だけで(社会的に)殺される。
 常在戦場なのだ。

 火蓮には悪いが、身を守るためなんだ。
 ホテル代は分配に上乗せするから、同居だけは諦めてくれ。
+注意+
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