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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第四章

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劣等感


「けほっ、けほっ、うっ」
「はぁはぁ、無事か、香織?」
「う、うん。何とか……皆は……」

 結構な量の海水を飲んでしまい、むせながら周囲を見渡す香織の目には、自分の腰に手を回して抱きしめるハジメの姿と、真っ白な砂浜が映っていた。周囲にはそれ以外何もなく、ずっと遠くに木々が鬱蒼と茂った雑木林のような場所が見えていて、頭上一面には水面がたゆたっていた。結界のようなもので海水の侵入を防いでいるようだ。広大な空間である。

「はぐれたな……まぁ、全員に小さな倉庫レベルとはいえ“宝物庫”を渡してあるし、あいつ等なら自分でどうにでもするさ」
「……うん」

 香織の腰から手を離して髪をかき上げながら軽く言うハジメだったが、香織はどこか沈んだ表情だ。

 香織は、隣で立ち上がり堂々と服を着替え始めたハジメの姿を見ながら、つい先ほどの出来事を思い出していた。

 巨大クリオネから戦略的撤退を図ったハジメ達。

 彼等が落ちた場所は巨大な球体状の空間で、何十箇所にも穴が空いており、その全てから凄まじい勢いで海水が噴き出し、あるいは流れ込んでいて、まるで嵐のような滅茶苦茶な潮流となっている場所だった。

 その激流に翻弄されながらも何とか近くにいる仲間の傍に行こうとするハジメ達だったが、潮流は容赦なくハジメ達を引き離していった。ユエが、魔法で水流操作を行うが、流れがランダム過ぎて思うようにいかない。シアが、体重操作とドリュッケンの重さを利用して何とかティオと合流したのはファインプレーと言えるだろう。

 本当なら潜水艇を取り出して乗り込みたいところなのだが、激流の中では無理があった。ハジメは歯噛みしつつ“宝物庫”から超重量の圧縮鉱石を取り出しシアと同じように重さで潮流を乗り切ろうとした。

 その矢先、運良くユエが流れてくるのが見えた。このまま行けば、ハジメとかち合い合流することが出来るだろう。既に、シアとティオは、どこかの穴に流されたようで空間内に姿が見えない。

 これ以上、はぐれる前にと、ユエに手を伸ばしたハジメだったが、その視界に、下方を流れていこうとしている香織の姿を捉えた。苦しげな香織の視線とハジメの視線が絡む。前方には手を伸ばした先にユエがいて、やはり、ハジメと視線が絡んだ。

 二択だ。

 ユエを捕まえれば、香織はおそらく一人で、どこかの穴に流されるだろう。そして、香織を捕まえた場合もしかり。今のハジメには、どちらかの手しか掴むことが出来ない。ハジメは、一瞬とも永遠とも言えるような時間、ユエと視線を交わし、そして決断した。

 ハジメは、“宝物庫”から超重量の圧縮鉱石を取り出すと、その重さを利用して一気に下降する。そして、流れてきた香織を、しっかりとキャッチした。香織が驚いたように目を見開くが、直ぐに、そんな事をしていられない程の激流にさらされ、二人は一緒に、一つの穴に吸い込まれるように流されていった。

 流されている間、ハジメは、腕の中に香織を庇いつつ“金剛”を発動して、岩壁に叩きつけられながらもひたすら耐え抜いた。そして、水流が弱まったところで上方に光が見えたので一気に浮上した。

 するとそこは、今現在いる真っ白な砂浜が広がるこの海岸線だったというわけだ。

「……ねぇ、ハジメくん。どうして……私を助けたの?」
「は?」

 背を向けて着替えるハジメに香織がポツリと疑問をこぼす。ハジメは、いきなり何だ? と首を傾げた。

「どうして、ユエじゃなくて私を助けたの?」
「そりゃあ、香織は死にそうだけど、ユエは自分でどうとでも出来るからだ。ユエも、香織を助けろって眼で訴えてきたしな」
「……信頼してるんだね」
「当たり前だろ? パートナーだぞ?」
「……」

 沈んだ表情で先程までの回想をしつつ質問をして、更に沈んだ香織。不意に、俯く香織に影が差した。

 何だろうと香織が顔を上げると、間近い場所にハジメの顔があった。本当に目と鼻の先だ。もうちょっと近づけばキスが出来そうな距離である。香織が、吸い寄せられるようにハジメの瞳を見つめていると、突然、その両頬がグニィ~と引っ張られた。

「いふぁいよ! なにひゅるの!」

 香織が涙目で抗議の声を上げる。

 しかし、ハジメは、そんな香織の抗議をさくっと無視して、暫くの間、彼女の柔らかな頬を存分に弄んだ。ようやく解放され、赤くなった頬を両手でさすりながら恨めしげに見上げてくる香織に、ハジメは「フン」と鼻を鳴らす。

「落ち込んでいる暇があったら、行動を起こせ。ここは大迷宮だぞ? 何時まで、そのずぶ濡れの姿でいるつもりだ? それとも、同情でも引きたかったか?」

 ハジメの辛辣とも言える言葉に香織の顔が一瞬で真っ赤に染まる。それは、羞恥だ。言外に、やっぱりここにいるのは場違いじゃないか? と言われた気がしたのだ。

「そ、そんなわけないよ! ちょっとボーとしちゃっただけ。そ、そのすぐ着替えるから。ごめんね」
「……」

 香織は、急いで立ち上がり、エリセンを出る前にハジメから全員に贈られた小型版“宝物庫(極小さい家庭用倉庫程度)”から替えの衣服を取り出して服を脱ぎ始めた。さりげなく背を向けるハジメ。普段の香織なら、恥ずかしくはあるものの、「見てもいい」くらいのことは言ってアプローチするのだが、今は、何だかそんな気になれずそそくさと着替えを終える。

「で、出来たよ……それで、これからどうするの?」
「そうだな……このまま海底に戻っても、あいつらが何処に行ったのかなんて分からないし……深部目指して探索するしかないだろう。アイツ等もそうするだろうしな」

 遠くに見える密林を眺めながら、ハジメが振り返る。香織は、沈んだ心を悟られないように笑みを浮かべ頷いた。そんな香織の笑顔に、ハジメは少し目を細めたが、結局、何も言わずに歩き出した。

 真っ白な砂浜をシャクシャクと踏み鳴らしながら暫く進み、二人は密林に入る。鬱蒼と茂った木々や草を、ハジメがバッサバッサと切り裂いていく。香織は、その後ろをついていくだけだ。

 と、その時、ハジメが突然立ち止まり、くるりと香織に振り返ると、そっと抱きしめるように片手を香織の後頭部に伸ばした。

「ふぇ? あ、あのハジメくん? そ、そんな、いきなり……」

 赤面する香織だったが、スっと体を離し戻されたハジメの手に摘まれたものを見て、一瞬で青ざめた。

 それは蜘蛛だった。手の平にすっぽり収まる程度の大きさで、合計十二本の足をわしゃわしゃと動かし、紫の液体を滴らせている。足は、通常のものと背中から生えているものがあって、両面どちらでもいけます! と言いたげな構造だ。激しく気持ち悪い。

「油断するなよ? 大迷宮は、オルクスの表層とはわけが違う。同じような認識だと、痛い目みるぞ?」
「う、うん。ごめんね。もっと気をつける」
「……」

 ハジメが取り上げた蜘蛛は魔石を持っておらず、普通にキモくて毒を持っているだけの蜘蛛だった。魔物でもない生き物に殺されかけたという事実が、そして、その尻拭いをハジメにしてもらったということが、更に香織をへこませた。

 光輝達といた時は、それはもう八面六臂の活躍だったのに、ハジメ達のパーティーでは、まるで役に立てていない。それが、少しずつ香織の中に焦りを生んでいく。

 香織は、今まで以上に集中した様子で辺りを警戒し、そのせいか会話も少なく、二人は微妙な雰囲気で密林を抜けた。

 その先は……

「これは……船の墓場ってやつか?」
「すごい……帆船なのに、なんて大きさ……」

 密林を抜け先は岩石地帯となっており、そこにはおびただしい数の帆船が半ば朽ちた状態で横たわっていた。そのどれもが、最低でも百メートルはありそうな帆船ばかりで、遠目に見える一際大きな船は三百メートルくらいありそうだ。

 ハジメも香織も思わず足を止めてその一種異様な光景に見入ってしまった。しかし、いつまでもそうしているわけにも行かず、ハジメと香織は気を取り直すと、船の墓場へと足を踏み入れた。

 岩場の隙間を通り抜け、あるいは乗り越えて、時折、船の上も歩いて先へと進む。どの船も朽ちてはいるが、触っただけで崩壊するほどではなく、一体いつからあるのか判断が難しかった。

「それにしても……戦艦ばっかだな」
「うん。でも、あの一番大きな船だけは客船っぽいよね。装飾とか見ても豪華だし……」

 墓場にある船には、どれも地球の戦艦(帆船)のように横腹に砲門が付いているわけではなかった。しかし、それでもハジメが戦艦と断定したのは、どの船も激しい戦闘跡が残っていたからだ。見た目から言って、魔法による攻撃を受けたものだろう。スッパリ切断されたマストや、焼け焦げた甲板、石化したロープや網など残っていた。

 大砲というものがないなら、遠隔の敵を倒すには魔法しかなく、それらの跡から昔の戦闘方法が想像できた。

 そして、その推測は、ハジメ達が船の墓場のちょうど中腹に来たあたりで事実であると証明された。

――うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
――ワァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!

「ッ!? なんだ!?」
「ハジメくん! 周りがっ!」

 突然、大勢の人間の雄叫びが聞こえたかと思うと、周囲の風景がぐにゃりと歪み始めた。驚いて足を止めたハジメ達が何事かと周囲を見渡すが、そうしている間にも風景の歪みは一層激しくなり――気が付けば、ハジメ達は大海原の上に浮かぶ船の甲板に立っていた。

 そして、周囲に視線を巡らせば、そこには船の墓場などなく、何百隻という帆船が二組に分かれて相対し、その上で武器を手に雄叫びを上げる人々の姿があった。

「な、なんだこりゃ……」
「ハ、ハ、ハジメくん? 私、夢でも見てるのかな? ハジメくん、ちゃんとここにいるよね? ね?」

 ハジメも香織も度肝を抜かれてしまい、何とか混乱しそうな精神を落ち着かせながら周囲の様子を見ることしかできない。

 そうこうしている内に、大きな火花が上空に上がり、花火のように大きな音と共に弾けると、何百隻という船が一斉に進み出した。ハジメ達が乗る船と相対している側の船団も花火を打ち上げると一斉に進み出す。

 そして、一定の距離まで近づくと、そのまま体当たりでもする勢いで突貫しながら、両者とも魔法を撃ち合いだした。

ゴォオオオオオオオオ!!
ドォガァアアン!!
ドバァアアアア!!!

「おぉ!?」
「きゃあ!」

 轟音と共に火炎弾が飛び交い船体に穴を穿ち、巨大な竜巻がマストを狙って突き進み、海面が凍りついて航行を止め、着弾した灰色の球が即座に帆を石化させていく。

 ハジメ達の乗る船の甲板にも炎弾が着弾し、盛大に燃え上がり始めた。船員が直ちに、魔法を使って海水を汲み上げ消火にかかる。

 戦場――文字通り、このおびただしい船団と人々は戦争をしているのだ。放たれる魔法に込められた殺意の風が、ぬるりと肌を撫でていく。

 その様子を呆然と見ていたハジメ達の背後から再び炎弾が飛来した。放っておけばハジメ達に直撃コースだ。

 ハジメは、なぜいきなり戦場に紛れ込んだのか? などと疑問で頭の中を埋め尽くしながらも、とにかく攻撃を受けた以上皆殺しOKの精神でドンナーを抜き、炎弾を迎撃すべくレールガンを撃ち放った。

 炸裂音と共に一条の閃光となって飛翔した弾丸は、しかし、全く予想外なことに炎弾を迎撃するどころか直撃したにも関わらず、そのまますり抜けて空の彼方へと消えていってしまった。

「なにぃ!?」

 もう何度目かわからない驚愕の声を上げながら、傍の香織を抱いて回避行動に出ようとする。

「待って、防ぐから! “光絶”!」

 香織の詠唱と共に、光系初級防御魔法の障壁が出現した。

 ハジメとしては、確かに魔法の核を撃ち抜いたのにすり抜けた正体不明の攻撃など避けるに越したことはなかったのだが、香織が魔法を発動してその場に留まろうとしたので、仕方なく“金剛”を発動し炎弾に備える。

 しかし、ハジメの心配は杞憂に終わり、香織の障壁はしっかり炎弾を防いだ。ハジメは、訝しそうな表情となり、まさか射撃ミスか? と首を捻って、再度、飛来した炎弾に向かって発砲してみた。今度も、ハジメの魔眼石には、確かに魔法の核を撃ち抜いたように見えたのだが、やはり、弾丸は炎弾をすり抜けて明後日の方向へ飛んでいく。

「……そういう事か?」

 それを見て、攻撃の有効性についてある程度の推測を立てたハジメは、別の攻撃方法を試してみることにした。飛来する炎弾を防ぐため、香織が、もう一度障壁を張ろうとしたのを制止して、ハジメは、ドンナーに“風爪”を発動した。そして、回避と同時に“風爪”で炎弾を斬り付けると、今度は、炎弾をすり抜けることもなく真っ二つにすることが出来た。

「えっと、ハジメくん?」
「どうやら、ただの幻覚ってわけでもないが、現実というわけでもないようだ。実態のある攻撃は効かないが、魔力を伴った攻撃は有効らしい。全く、本当にどうなってんだか」

 ハジメが、厄介な状況に溜息を吐いていると、すぐ後ろで「ぐぁああ」と苦悶の声が上がった。何事かと振り返ると、年若い男がカットラスを片手に腹部を抑えて蹲っていた。見れば、足元に血だまりが出来ており、傍らには血濡れの氷柱が転がっている。おそらく、被弾したのだろう。

 咄嗟に、香織は、「大丈夫ですか!」と声を掛けながら近寄り、回復魔法を行使した。彼女の放つ純白の光が青年を包み込む。香織の“治癒師”としての腕なら瞬く間に治るはずだ……と思われたが、結果は予想外。青年は、香織の回復魔法をかけられた瞬間、淡い光となって霧散してしまった。

「え? えっ? ど、どうして……」

 混乱する香織に、ハジメは少し考えたあと、推測を話す。

「魔力さえ伴っていれば、魔法の属性や効果は関係ないってことじゃないか?」
「……それじゃあ、わ、私……あの人を殺し……」
「香織、これは現実じゃない。“直接作用できる幻覚”くらいに考えておけ。それに、回復魔法をかけられて消えるものを人間とは呼ばない」
「ハジメくん……うん、そうだね。ごめんなさい。ちょっと取り乱しちゃったけど、もう大丈夫」

 ハジメの淡々としながらも香織を気遣う言葉に、しかし、香織は、いつものように喜ぶでもなく、ただ申し訳なさそうに肩を落とした。そして、直ぐに笑顔を取り繕う。そんな香織に、ハジメは思わず先程から思っていた事をポツリと呟いた。

「……謝ってばっかだな」
「えっ? 何か言った?」
「いや、何でもない」

 ハジメが、香織から視線を外す。

 香織との間に微妙な空気が流れそうだったからではなく、不穏な気配を感じたからだ。周囲を見渡せば、雄叫びを上げながら、かなり近くまで迫ってきた相手の船団に攻撃する兵士達に紛れて、いつの間にか、かなりの数の男達が暗く澱んだ目でハジメと香織の方を見ていた。

 香織が、ハジメの視線に気がつき同じように視線を巡らせた直後、彼等はハジメ達に向かって一斉に襲いかかってきた。

「全ては神の御為にぃ!」
「エヒト様ぁ! 万歳ぃ!」
「異教徒めぇ! 我が神の為に死ねぇ!」

 そこにあったのは狂気だ。血走った眼に、唾液を撒き散らしながら絶叫を上げる口元。まともに見れたものではない。

 相対する船団は、明らかに何処かの国同士の戦争なのだろうと察することが出来るが、その理由もわかってしまった。これは宗教戦争なのだ。よく耳を澄ませば、相対する船団の兵士達からも同じような怒号と雄叫びが聞こえてくる。ただ、呼ぶ神の名が異なるだけだ。

 その狂気に気圧されて香織は呆然と立ち尽くす。

 ハジメは、香織を後ろから抱きしめつつ、その肩越しにドンナーを突き出し発砲した。ただし、飛び出したのは弾丸ではなく、純粋な魔力の塊だ。“魔力操作”の派生“魔力放射”と“魔力圧縮”によって放たれたそれは、通常であれば、対象への物理的作用は余りなく魔力そのものを吹き飛ばすという効果をもつ。魔力が枯渇すれば人も魔物も動けなくなるので、ある意味、無傷での無力化という意味では使える技術なのだが、相対した相手にそんな生温い方法をハジメが選ぶはずもなく、今まで御蔵入りしていた技である。

 だが今は、その生温い技が何より役に立つ。ドンナーによって撃ち放たれた紅色の弾丸は、一瞬で空を駆け抜けると、狂気を瞳に宿しカットラスを振り上げる兵士の眉間をぶち抜いた。それだけに留まらず、貫通して更に背後の兵士にも着弾し、その体を一瞬で霧散させる。

「香織! 飛ぶぞ! 舌を噛むなよ!」
「えっ? っきゃあああ!!」

 狭い甲板の上で四方から囲まれるのも面倒なので、ハジメは、香織を抱き上げて“空力”を使い一気に飛び上がった。余りの勢いに香織から悲鳴が上がる。

 ハジメは、先に物見台にいた兵士を蹴り落としつつ、四本あるマストの内の一本にある物見台に着地した。

 下方で、狂気に彩られた兵士達が血走った眼でハジメ達を見上げている。

 今の今まで敵国同士で殺意を向け合っていたというのに、どういうわけか一部の人間達がハジメと香織を標的にしているようだった。しかも、二人を狙う場合に限って敵味方の区別なく襲ってくるのだ。その数も、まるで質の悪い病原菌に感染でもしているかのように、次々と増加していく。

 一瞬前まで、目の前の敵と相対していたというのに、突然、動きを止めるとグリンッ! と首を捻ってハジメ達を凝視し、直後に群がって来る光景は軽くホラーだ。狂気に当てられた香織など、既に真っ青になっている。

「さて、どうすれば、この気持ち悪い空間から抜け出せるんだ?」
「……どこかに脱出口がある……とか?」
「海のど真ん中だぞ?」
「船のどれかが脱出口になっていたりしないかな? ……ほら、ど○でもドアみたいに」

 香織が例えに持ち出した真っ青な猫ロボの便利道具を思い出しつつ、周囲を見渡すハジメは、船の多さに眉をひそめて嫌そうに反論する。

「……見た感じ、ざっと六百隻くらいあるんだが……一つ一つ探すのは無理だろ。戦争が終わる方が早いと思うぞ?」
「う~ん、確かに、沈んじゃう船もあるだろうし……じゃあ、戦争を終わらせる……とかかな?」
「終わらせる……なるほど、取り敢えず皆殺せと? 香織も中々過激な事を言うじゃないか」
「えっ? えっと、そういう意味じゃ……」
「うん、きっとそうだな。それ以外思いつかないし、何より俺好みだし」

 ちょうど、マストのロープを使って振り子の要領で迫ってきた兵士数人を見もせず魔力弾で撃ち抜き霧散させたハジメは、こんなことなら魔力砲でも作っておけばよかったと思いつつ、撃ち放った紅色の弾丸を“魔力操作”の派生“遠隔操作”で誘導し、更に飛来した炎弾を迎撃していく。

「香織、お前は攻撃系の魔法は不得意だろうけど、ここでは回復魔法すら強力な攻撃になる。脱出方法はよく分からないが、襲われたのは事実なんだから、取り敢えず、全員ぶちのめすぞ」
「わ、わかったよ!」

 ハジメの言葉に、震える体を叱咤して決然とした表情で詠唱を始める香織。狂気が吹き荒れる戦場は、香織の精神を掘削機のように削り取っているのだろうが、隣にいる想い人に無様を見せたくない一心で気丈に振舞う。

 そんな彼女を守るようにハジメは周囲を睥睨した。

 眼下を見れば、そこかしこで相手の船に乗り込み敵味方混じり合って殺し合いが行われていた。ハジメ達が攻撃した場合と異なり、幻想同士の殺し合いでは、きっちり流血するらしい。

 甲板の上には、誰の物とも知れない臓物や欠損した手足、あるいは頭部が撒き散らされ、かなりスプラッタな状態になっていた。どいつもこいつ、“神のため”“異教徒”“神罰”を連呼し、眼に狂気を宿して殺意を撒き散らしている。

 兵士達の鮮血が海風に乗って桜吹雪のように舞い散る中、マストの上の物見台にいるハジメ達にも、いや、むしろハジメ達を狙って双方の兵士が執拗に襲いかかった。

 その度に、紅色の弾丸が縦横無尽に飛び回り、敵の尽くを撃ち抜いていく。更には、ハジメと香織の周囲を衛生のようにヒュンヒュンと飛び回って、攻性防御の役割を果たす魔力弾もあった。

 それでも、狂気の兵士達は怯むどころか気にする様子もなく、特攻を繰り返して来た。飛翔の魔法で何十人という兵士達が頭上から、そして、隣のマストやマストにかかる網を伝って兵士達が迫って来る。見れば、ハジメ達の乗る船にやたらと攻撃が集中しており、ハジメの魔眼石には、ハジメ達に向かって手を掲げる術師達から最上級クラスの魔力の高まりが見えていた。

 ハジメが、何とか狙撃してやろうかと考えたその時、香織の詠唱が終わり、彼女の最上級魔法が発動する。

「――もの皆、そのかいなに抱きて、ここに聖母は微笑む “聖典”!」

 直後、香織を中心に光の波紋が一気に戦場を駆け抜けた。

 波紋は、脈動を打つように何度も何度も広がり、その範囲は半径一キロメートルに及んだ。そして、その波紋に触れた敵の一人一人を光で包み込んでいく。

 光系最上級回復魔法“聖典”。

 それは、超広範囲型の回復魔法で、領域内にいる者を全員まとめて回復させる効果を持つ。範囲は、術者の魔力量や技量にもよるが、最低でも半径五百メートル以内の者に効果がある魔法だ。また、あらかじめ“目印”を持たせておけば、領域内で対象を指定して回復させることも出来る。当然、普通は数十人掛りで行使する魔法であるし、長時間の詠唱と馬鹿デカイ魔法陣も必要だ。たった一、二分で、しかも一人で行使できるなど、チート以外の何者でもない。

 香織の放った“聖典”の光が戦場を包み込むと同時に、領域内の兵士達は敵味方の区別なく全てが体を霧散させて消え去った。魔法の効果が終わり、香織の体が魔力枯渇で傾ぐ。ハジメが、すかさず支えに入った。

「おぉ、メアリー・セレスト号の量産だな。やるじゃないか、香織。いや、流石というべきか?」
「あ、う、そ、そんなことないよ。ハジメくん達の方がずっと凄いし……」

 香織は、ハジメの素直な称賛に照れくさそうに頬を染めつつも、ユエなら、もっと早く、もっと強力な魔法が使えるのだろうなと思い、自嘲気味の笑みをこぼした。そして、「“補充”」と呟いてハジメから貰った魔晶石のペンダントより失った魔力を充填していく。香織は魔力の直接操作が出来ないので、ハジメが魔法陣を刻んで詠唱で取り出せるように改良したのだ。

 ハジメは、香織の表情を見て眉を少ししかめ何かを言いかけたが、新たな敵が迫ってきたのでそれに対処するため、一旦脇に置き、再び戦闘に入った。

 物理攻撃が一切通用せず、どのような攻撃にも怯まない狂戦士の大群と船の上で戦わなければならないという状況は、普通なら相当厳しいものなのだろうが、ここにいるのはチートと化け物。

 二国の大艦隊は、その後、一時間ほどでたった二人の人間に殲滅されたのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「……うっ、げほぉ、かふっ、ごめ゛……」
「いいから、我慢すんな」

 最後の兵士達を消滅させた直後、再び、周囲の景色がぐにゃりと歪み、気が付けば、ハジメ達は元の場所に戻っていた。

 やはり、殲滅で正解だったかと、安堵の吐息を漏らした直後、香織は近くの岩場に駆け込み、胃の中ものを吐き出し始めた。夕食は消化された後なので吐けるものがなく、一層苦しそうに嘔吐えづいている。

 目尻に涙を溜めながら、香織は、片手で「来ないで」とハジメに制止をかけた。

 しかし、ハジメはお構いなしに近寄り、香織の背をさする。思い人に無様を見られたくない香織だったが、背中に伝わる優しく温かい感触が心地よくて、次第に精神も吐き気も収まっていくのを感じた。

 ハジメが“宝物庫”から取り出し、差し出したリンゴジュースのような飲み物を、素直にコクコクと飲むと活力も戻ってきたようだ。甘く爽やかな味が、胃液の苦さを洗い流した。

「ごめんね……」

 面倒を掛けて申し訳ないと眉を八の字にして謝罪する香織に、ハジメは目を細める。

「まぁ、無理もないだろ。俺でも気持ち悪かった。人間ってのはあそこまで盲信的で狂気的になれるもんなんだなって思ったよ。……とにかく、少し休憩しよう。俺も相当魔力を使ったからな回復したい」
「……うん。ねぇ、ハジメくん。あれは何だったのかな? ここにある廃船と関係あるよね?」

 立ち上がり近くの岩場に腰掛けながら、香織が問いかける。ハジメは、少し考えたあと推測を話した。

「おそらくだが、昔あった戦争を幻術か何かで再現したんだろうな。……まぁ、迷宮の挑戦者を襲うという改良は加えられているみたいだが……あるいは、これがこの迷宮のコンセプトなのかかもしれない」
「コンセプト?」
「ああ。【グリューエン大火山】でティオが言ってたんだよ。大迷宮にはそれぞれ、“解放者”達が用意したコンセプトがあるんじゃないか? ってな。それが本当だとすれば、ここは……」
「……狂った神がもたらすものの悲惨さを知れ……かな?」
「ああ、そんな気がするよ」

 ハジメの言葉を引き継ぎ、答えを呟いた香織は、先程までの光景を思い出して再び、寒気に襲われたように体をぶるりと震わせながら顔を青ざめさせた。

 香織が吐き気を催すほど精神を苛んだのは、兵士達の狂気だ。“狂信者”という言葉がぴったり当てはまる彼等の言動が、思想が、そしてその果ての殺し合いが気持ち悪くて仕方なかったのだ。

 狂気の宿った瞳で体中から血を噴き出しながらも哄笑し続ける者や、死期を悟ったからか自らの心臓を抉り出し神に捧げようと天にかかげる者、ハジメ達を殺すために弟ごと刺し貫こうとした兄と、それを誇らしげに笑う弟。戦争は狂気が満ちる場所なのだろうが、それにしても余りに凄惨だった。その全て“神の御為”というのだから、尚更……

 口元を抑えて俯く香織を見かねて、ハジメは香織のすぐ隣に腰掛けると香織の手を取って握り締めた。狂気に呑まれそうになっている香織を放っておくことは出来ない。香織は、少し驚いたようにハジメを見ると、次いで、嬉しそうに頬を緩めてギュッと手を握り返した。

「ハジメくん、ありがと……」
「気にするな。狂気に呑まれそうになる辛さは……わかる。俺も、奈落の底で堕ちそうになったしな……」
「……そうならなかったのはどうして? ……って聞くまでもないか……ユエ……だよね?」
「ああ、そうだ。奈落の底で、あいつと出会わなければ……どうなっていたことやら」

 懐かしそうに、それでいて愛しそうに遠い目をするハジメ。きっと、ユエと出会った時のことを思い出しているのだろう。その表情を見て、香織の胸が締め付けられる。

「悔しいなぁ。ハジメくんをつなぎ止めるのも、守るのも……私でありたかったよ。って言っても、私じゃ何が出来たかわからないけどね……約束一つ守れなかったし。あ~、ユエは強敵だなぁ~」

 おどけたように笑う香織に、ハジメは、また目を細めた。香織の笑顔が、いつもの温かな陽だまりのような笑みではなく、多分に自虐や自嘲が入ったものだったからだ。

「……ここに来てから、やたら謝ったり、そんな笑みばかり浮かべるな」
「え? えっと……」

 突然のハジメの言葉に、香織は頭に“?”を浮かべる。しかし、次ぐ、ハジメの言葉で笑みが崩れ一気に表情が強ばった

「……なぁ、香織。お前、なんで付いて来たんだ?」
「……それは……やっぱり邪魔だってことかな?」

 ハジメは、俯いてしまった香織に、溜息を吐くと質問には答えず話し出す。

「あの日、月明かりの下でマズイ紅茶を飲みながら話をしたこと、俺は覚えている。だから、正直、今の俺(・・・)に好意を寄せてくれることが不思議でならない」
「ハジメくん、私は……」
「だが、否定するつもりもない。きっと、香織には香織にしか見えないものがあって、それが心を動かしたんだろう。その上で決断したことを、他者が否定するなんて意味ないしな。俺は、俺の答えを示したし、“それでも”というんなら好きにすればいいと思う。シアなんか、全然めげないしな。むしろ、最近、寝込みを襲われないか割かしマジで心配なくらいだ」

 最近、身体能力がバグってきたウサミミ少女を思って、どこか恐ろしげな表情をするハジメ。そんなハジメを見て、香織は苦笑い気味に同意する。

「……うん、あのアグレッシブさとポジティブさはすごいと思う」
「最初の頃は、自分で言うのもなんだが相当雑な扱いだったんだ。俺は、ユエしか“特別”に思えそうになかったし……さっさと諦めてくれればそれに越したことはないだろうとも思っていたしな」
「……」
「でもあいつは、俺が、どんなに雑な扱いしても、ユエを特別扱いしても、いつも怒ったり笑ったり泣きべそ掻きながら、それでも、どこか楽しげなんだ。例え、適性が全くなくてユエのように魔法を使えなくても、模擬戦でユエにあしらわれても、前を向くことを止めたりはしない。劣等感に苛まれて、卑屈になったりはしない」
「わ、私、卑屈になんて……」

 ハジメの言葉を黙って聞いていた香織は、耐えかねたように反論するが、それも力はなく直ぐに尻すぼみになっていく。

「気がついているか? ここに来てから、事あるごとに謝ってばかりだってことに。笑い方が、前と全然違うことに」
「え?」
「なぁ、香織。下を向くな。顔を上げて俺の目を見ろ」

 そう言われて、香織は、自分がずっと俯いていたことに今更ながらに気が付いた。以前は、話をするときは、きちんと相手の目を見て話していたというのに……香織は、ハッとしてハジメと目を合わせた。

「いいか、もう一度いうぞ。俺は、ユエが好きだ。他の誰かを“大切”には思えても、“特別”がユエであることは変わらない。その事に、辛さしか感じないなら、ユエと自分を比べて卑屈にしかなれないなら……香織、お前は、俺から離れるべきだ」
「ッ……」

 はっきりと告げられた言葉に、香織は再び俯いてしまう。それを見ながら、ハジメは、言葉を重ねた。

「あの時、香織の同行を認めたのは、シアと同じで、俺の傍にいるという決断が香織にとって最善だと、香織自身が信じていたからだ。俺の気持ちを理解した上で、“それでも”と願い真っ直ぐ前を向いたからだ。それなら、好きなだけ傍にいればいいと、そう思ったんだ……だけど、今は、とてもそうは思えない」

 ハジメは、一度言葉を切ると、俯いてしまった香織の手を離し、最後の言葉を紡いだ。

「もう一度、よく考えてみてくれ。なぜ、付いて来たのか、これからも傍にいるべきなのか……香織はシアとは違う。シアは、ユエのことも好きだからな。……場合によっては、親友(八重樫)のもとに送り届けるくらいのことはするつもりだ」
「わ、私……」

 香織は、離された手を見つめながら何かを言おうとするが、やはり言葉にならなかった。

 気まずい雰囲気のまま、それでも前に進まねばならないと、ハジメは香織を促し、一番遠くに鎮座する最大級の帆船へと歩みを進めた。



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