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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第四章

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女の子が空から降ってきた、但し娘


 見渡す限りの青。

 空は地平の彼方まで晴れ渡り、太陽の光は燦々と降り注ぐ。しかし、決して暑すぎるということはなく、気候は穏やかで過ごしやすい。時折、優しく吹くそよ風は何とも心地いい。ただ、周囲をどれだけ見渡しても、何一つ“物”がないのは少々寂しいところだ。

 もっとも、それも仕方のないことだろう。なにせ、ここは大海原のど真ん中なのだから。

 そんな大海のド真ん中で、ぷかぷか、ゆらゆらと波間に漂うのは一隻の船だ。いや、それを船と表現していいものか。少なくとも、この世界の人には“船”だと認識は出来ないだろう。

 なぜなら、それは黒く光沢のある流線形のボディをしており、通常の船のように外側に乗り込む場所がないからである。本来なら、更に、そのボディの左右に小さな翼のようなものがVの字型についており、後部はスクリューのようなものと尾に見せかけた舵がついているのだが……今は見るも無残な感じで残骸が引っかかっているだけだった。それさえきちんとついていれば、少し平べったいシャチに見えなくもない、そんな形だ。

 船というより新種の魔物と言われた方が、きっとこの世界の人々は納得するだろう。このシャチ型の船の正体は潜水艇だ。言わずもがな、【グリューエン大火山】のマグマの中を逞しく流されて、搭乗者に九死に一生を得させたハジメのアーティファクトである。代償に、ほとんど大破といってもいいレベルで壊れていたが。

 そんな波間に浮かぶ潜水艇の上で両手を頭の後ろで組んで寝転びながら、大自然を目一杯堪能しているのはハジメだ。極光の一撃で融解してしまい、まともに動かなかった左の義手は、潜水艇に使われていた素材を流用して修繕を施してあり、見た目は元に戻っている。中身のギミックは、そのほとんどが使用不可状態だが。

「……ハジメ、具合はどう?」

 ハジメが、暖かな日差しとゆりかごのような小波にうとうとしていると、突如、背後のハッチが開いた。そこからひょっこりと顔を覗かせたユエが、心配そうに容態を尋ねる。ハジメは極光によるダメージをかなり受けていたため、その毒素のせいで傷の治りが悪いのだ。

「問題ないぞ。傷は全部塞がった。完治にはまだ一日くらいかかりそうだが……それより、ユエの方はどうなんだ? 相当、疲弊していただろ?」
「ん……平気。シアにも血を分けてもらったから」

 ハジメの気遣う言葉に、嬉しそうに返事をしながらいそいそとハッチから出て来たユエは、そのまま、四つん這いで船体を進むと寝転ぶハジメの傍にやって来た。そして、極々自然な動きで、スっとハジメの上に跨った。柔らかな臀部が、ハジメにとって非常に危険な位置をふにふにと刺激している。

「……ユエさんや、なぜ乗るんです?」
「……そこにハジメがいるから」

 どこぞの登山家のような返事が返ってきたが、ユエの眼差しは割かし真面目だ。ハジメを襲う時の妖艶さは鳴りを潜めており、「……そのまま」と呟きながら体を倒すと、ハジメの首筋に舌を這わせ、小さく牙を突き立てた。そして、プクリと浮き上がった血をペロリと舐めとる。

「……ん、毒素はほとんど抜けてる。大丈夫そう」

 どうやら、ハジメの血を舐めることで極光の毒素がどの程度残っているのか確かめたようだ。

「だから、問題ないって言ったろ?」
「……ん。でも、心配なものは心配。場所は問題あるけど……ゆっくり休めそうでよかった」
「まぁな。まさに、怒涛の展開だったしな。幸運なんだか不運なんだか……」

 苦笑いするハジメに、ユエも困ったように眉を八の字にした。二人して、【グリューエン大火山】でマグマに呑み込まれところから、大海原に漂っている現在に至るまでの経緯を思い出し、見舞われた事態の数々を不運だと嘆くべきが、それでも助かったことを幸運だと喜ぶべきか、微妙な心境になったのだ。

 ハジメ達は、マグマ溜りから何処かの地下に流されていったあと、ほぼ丸一日激流にさらされ続けた。いつまでもユエの“絶禍”に吸い寄せられた状態で体を固定しているわけにもいかず、荒れる船内で試行錯誤した末、ハジメは、何とか生成魔法で重力石を生成し浮遊する座席を作成した。相変わらず、ゴガンッゴガンッ! とあちこちの壁にぶつかる音を響かせ玩具のように振り回される潜水艇だったが、この浮遊座席により、ある程度シェイクされるのは防ぐことができた。

 そして、ユエとシアは、ハジメの左右にヒシッとしがみつきながら、緑光石の淡い光が照らす船内で眠れぬ時間を過ごしたのである。

 もしや、このままこの星のマントルまで行くんじゃないだろうな? とハジメが冷や汗と共に疑いを持ち始めた頃、遂に、先の知れない地下の旅にも終りが来た。これまでで最大の衝撃がハジメ達を襲ったのである。その衝撃は凄まじく“金剛”の防御を貫いて直接潜水艇にダメージを入れるほどだった。そして、その衝撃と共に、潜水艇は猛烈な勢いで吹き飛ばされた。

 激しい衝撃に、急いで“金剛”を張り直し、ハジメは、何事かとクロスビットにも搭載されている遠隔カメラの機能をもつ鉱石“遠透石”で周囲を確認した。そうして目に入った光景は、マグマで満たされた赤の世界ではなく、蛇のようにのたうつマグマと猛烈な勢いで湧き上がる気泡で荒れ狂った“海”だった。

 どうやらハジメ達は、何処かの海底火山の噴出口から、いわゆるマグマ水蒸気爆発に巻き込まれて盛大に吹き飛ばされたらしかった。その衝撃で、船体が著しく傷ついたわけだが、何とか浸水を免れたのは不幸中の幸いというべきか、それとも流石ハジメのアーティファクトと称えるべきか微妙なところだ。

 九死に一生を得て、何とか地上に戻れたことに安堵したハジメ達だったが、その後も、受難は続いた。

 噴火によりくるくると回りながら、海中へと放り出されたハジメ達は、少し呆然としつつも、直ぐに潜水艇の制御を取り戻し航行を開始した。両翼や船尾が大破していたが、魔力の放出による航行も出来るので、スクリューや両翼・船尾を使った航行に比べると圧倒的に燃費は悪いものの問題はなかった。

 再び、噴火に巻き込まれては堪らないと、急いでその場を離れたハジメ達だったが、そんなシャチ型の潜水艇を付け狙う巨大な影があった。それは、巨大なイカっぽい何か。体長三十メートルはあり、三十本以上の触手をうねうねさせている姿は、海の怪物クラーケンを彷彿とさせる。

 そんな怪物が、潜水艇に容赦なく襲い掛かった。触手に絡め取られ、あわや円形に並んだ鋭い牙に噛み砕かれるかという所で、潜水艇搭載の武装(魚雷など)とユエの魔法で撃退した。

 しかし、クラーケンモドキを退けても、まだ、終わらない。今度は、サメの群れに襲われたのだ。そのサメも魔物の一種で、連携を取りながら水の竜巻を放って来るという鬱陶しいことこの上ない敵だった。

 遂には、潜水艇に搭載していた武装も尽き、ユエの魔法頼りとなった。ユエも、魔晶石にストックした分の魔力すら使いきり、ハジメは出血多量だったため、シアから吸血するという状態だ。何とか撃退しながら逃げ切った頃には、先の【グリューエン大火山】での戦いもあり、流石のハジメ達も精魂尽き果てたといった有様だった。シアは、特に何もしてないが、“せめてこれくらいは”とユエに血を提供したので貧血でぶっ倒れた。

 ユエとシアを先に休ませ、ハジメは海面に出た。見渡す限り海しかない場所で天を仰ぎつつも、方角的に大陸があるであろう方向へ進んだ。そして、半日ほど進んで、気候も波も極めて穏やかになったことから、ちょいと休憩しようと潜水艇を停めて、船外で日向ぼっこと洒落込んだというわけである。

 【グリューエン大火山】攻略から現在まで、まさに怒涛の展開だった。どう考えてもハジメ達以外では生き残れる可能性はないと言える状況だった。思わず、ハジメが、某男女平等パンチの使い手の如く「不幸だー!」と叫びたくなったのも頷けるだろう。

「シアはどうだ?」

 遠い目をしていたハジメが、未だ、ハジメの腰の上に乗っているユエに尋ねた。

「……まだ寝てる。沢山貰ったから……もう暫くは起きないと思う」

 ユエ曰く、ハジメからの吸血とシアからの吸血では、魔力への変換効率が段違いらしい。“血盟契約”の相手であるハジメと、そうでないシアでは、同じ量でも数倍の差が出るようだ。“血盟契約”とは、吸血対象を特定の相手に定めることで、他の者から吸血効果は薄くなるが、逆に契約相手からは数倍の効果が現れるという“血力変換”の派生である。

「そうか。まぁ、ゆっくりすればいいさ。どの道、現在位置がわからない以上、どれくらい進めば陸にたどり着くかはわからないんだ。いつ何が起きるかわからないし、少しくらい回復も兼ねてのんびりしよう」
「……ん」

 海は大陸の西にあるので、ただ大陸にたどり着くだけなら東に向かえばいい。水は魔法で作り出せるし、魚を採れば食料も問題ない。潜水艇と魔法から逃れられる魚などいはしないのだから、一見すると大海原に遭難状態とはいえ、それほど焦る状況ではなかった。夜に星の位置を確認すれば、大陸が見えてからの進路も取れる。そんなわけで、休める時に休んでおこうというわけだ。

 暖かな日差しとそよ風に体の力を抜いてリラックスするハジメ。そんなハジメを、目を細めて見つめるユエは……

「……ユエさんや。何をしていらっしゃる?」
「……ハジメを元気づけてる」

 いつの間にか妖艶な雰囲気を醸し出しながら、ゆっくりと動いていた。元気づけているらしい。どこをとは言わないが。濡れた瞳で真っ直ぐハジメを見つめるユエに、ハジメは抵抗の“て”の字も思い浮かばない。

「んっ……ふふ、ハジメ、元気になった」
「……まさか、大海原のド真ん中で、とは……半年前の俺じゃあ想像もつかない」

 開放感が凄まじい場所で、互の生存を喜びつつ、それをお互いの体で示すハジメとユエ。しばらく、小波とは違う揺れが潜水艇を揺らしていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「随分とお楽しみでしたね……」

 色々リフレッシュして船内に戻ったハジメとユエを、ジト目のシアが、そんな言葉と共に出迎えた。

「ん? 起きたのか。具合はどうだ?」
「何事もなかったかのような、ごく自然な気遣い有難うございます。激しい揺れと、とても艶やかな声と、生々しい音のおかげで眠気は吹っ飛びました。体調も、虚しさと寂しさが転じて力となり、すこぶる快調です。ええ、このまま、襲ってやろうかと思えるくらい」
「そうか、そりゃよかった」

 悪びれた様子もなく、朗らかにシアの復調を喜ぶハジメに、シアが「うぅ~」と涙目で唸り声を上げる。その様子に、流石に素っ気無さ過ぎたかと苦笑いし、ハジメはシアをおいでおいでして隣に座らせた。

 目が覚めたら船内に誰もおらず、開いたハッチからはハジメとユエが愛し合っている声が聞こえるという状況に、相当寂しさを募らせていたようで座席に座るなりギュッとハジメに抱きつくシア。ユエも、ハジメの側ではなくシアの隣に座って頭を撫で慰めた。

 ハジメとユエの二人掛りでシアを慰めつつ、ハジメは、魔力を潜水艇に流し込み東に向けて発進させた。時折、魔物に襲われつつもユエが魔法で撃退し、進むこと丸一日。満天の星空の下を走り抜け、朝日が世界を照らす頃、遂に、ハジメの視界が陸地を捉えた。

 昨夜に見た星の位置からすれば、ハジメ達のいる場所は、エリセンの北である。なので、あとは陸地を左手側に南下すれば、少なくともエリセンと【グリューエン大砂漠】をつなぐ港が見えてくるはずだ。

 陸地が見えたことにホッとしつつ、南へ二日進む。

 その二日目の太陽が中天を越えた頃、ハジメ達は、お昼休憩のため潜水艇を停めて、その上で波に揺られながら昼食をとっていた。メニューは、当然、海で採った魚だ。“纏雷”で焼いて食べるという行為が、奈落にいたときのことを思い出させる。“宝物庫”をティオに預けてあるので、調理器具も調味料も何もないのだ。

 それでも、三人仲良く並んでボーと水平線を眺めながら食べる魚は、中々、美味しかった。場所補正、雰囲気補正もまた、調味料の一つである。海の家や祭りの屋台で料理を出す人達は皆、補正使いなのだ。

 と、その時、見たこともない魚の丸焼きに舌鼓を打っていたシアのウサミミが、突如、ピコンッ! と跳ねたかと思うと、忙しなく動き始めた。次いで、ハジメも「ん?」と何かの気配を感じたようで、全長六十センチ近くある魚を頬張りながら、視線を動かした。

 直後、潜水艇を囲むようにして、先が三股になっている槍を突き出した複数の人が、ザバッ! と音を立てて海の中から一斉に現れた。数は、二十人ほど。その誰もが、エメラルドグリーンの髪と扇状のヒレのような耳を付けていた。どう見ても、海人族の集団だ。彼らの目はいずれも、警戒心に溢れ剣呑に細められている。

 そのうちの一人、ハジメの正面に位置する海人族の男が槍を突き出しながら、ハジメに問い掛けた。

「お前達は何者だ? なぜ、ここにいる? その乗っているものは何だ?」

 ハジメは、頬を膨らませながら目一杯詰め込んだ魚肉を咀嚼し飲み込むので忙しい。敵対するつもりはないので、早く返答しようと思うのだが、如何せん、今食べている魚は弾力があってずっしりとボリュームのある強敵。今しばらく飲み込むのに時間がかかる。

 ハジメとしては、至って真面目な態度を取っているつもりなのだが、どう見ても、槍を突きつけられ、包囲までされているのに余裕の態度で食事を優先しているふてぶてしい奴にしか見えなかった。

 尋問した男の額に青筋が浮かぶ。どうにも、ただ海にいる人間を見つけたにしては殺気立ち過ぎているようで、そのことに疑問を抱きつつも、一触即発の状況を打開しようと、ハジメの代わりにシアが答えようとした。

「あ、あの、落ち着いて下さい。私達はですね……」
「黙れ! 兎人族如きが勝手に口を開くな!」

 やはり兎人族の地位は、樹海の外の亜人族の中でも低いようだ。妙に殺気立っていることもあり、舐めた態度をとるハジメ(海人族にはそう見える)に答えさせたいという意地のようなものもあるのだろう。槍の矛先がシアの方を向き、勢いよく突き出された。

 身体強化したシアに、海人族の攻撃が通るわけがないのだが、突き出された槍はシアが躱さなければ、浅く頬に当たっている位置だ。おそらく、少し傷を付けてハジメに警告しようとしたのだろう。やはり、少々やりすぎ感がある。海人族はこれほど苛烈な種族ではなかったはずだ。

 だが、例えどんな事情があろうと、それは完全に悪手だった。ハジメが、例え警告でもシアを傷つけようとした相手に穏便であるはずがないのだ。

 一瞬にして、巨大な殺気と大瀑布の如きプレッシャーが降り注ぎ、海面が波紋を広げたように波立つ。

 目を見開いて、豹変したハジメを凝視する海人族の男は、次の瞬間、

ズバァアアアン!!

 そんな衝撃音と共に海中から吹き飛び、空中を錐揉みしながら飛翔して何度か海面をバウンドした挙句、海中へと沈んでいった。

 唖然とした表情で、吹き飛んでいった男からハジメに視線を戻した残りの海人族達の目には、なぜか、こんがり焼けた大きな魚の尾を掴んで、ゴルフのフルスイングをした後のようなポーズを決めるハジメの姿が飛び込んできた。

 跳ね飛んだ海水が太陽の光に反射してキラキラと光る。死んだ魚の白目も、心なし光っているように見える。

「なっ、なっ」

 狼狽する海人族達。

 食いかけの魚を肩に担いだハジメは、ジロリと吹き飛んだ男の隣にいた男を睨みつけた。ただでさえ、今まで感じたことのないプレッシャーに押し潰されそうになっていた海人族の男は、ハジメの眼光に恐慌を来たしたのか雄叫びを上げながら槍を突き出す。

「ゼェアア!!」

 男の人生の中でも、会心と言っていい程の一撃。死を予感して、本能が繰り出させた必殺一撃だった。しかし、その必殺は、白目を剥く魚の口にズボッと突き刺さると、いとも簡単に止められてしまった。

「え? え? な、なんで……」

 ハジメが魚を跳ね上げると、男が有り得ない光景に呆然としていたこともあり、槍はあっさり弾かれてしまった。遠心力により、再び、ズボッと音を立てて、口から吐き出された槍は他の海人族の顔面に直撃した。呻き声を上げて鼻血を撒き散らす海人族を尻目に、跳ね上げられた魚が一気にスイングされる。

 槍を投げ捨てられてしまった海人族の男は、何故か紅色に輝きながら、白目を剥いてポカンと口を開く魚が自らの顔面に迫ってきている非常識な光景に頬を引き攣らせた。

 直後、

ドギャ!!

「あぶぇ!?」

 先の男と同じように吹き飛んだ。

「モグモグ……ゴクンッ……さて、俺としては海人族とは極力争いたくないんだ。だから、ここは落ち着いて話し合いといかないか? 流石に、本気で仲間に手を出されたら黙っている訳にはいかないし……あ、ぶっ飛ばした奴は手加減したから死んでないぞ?」

 紅色の輝きを失い、くた~となった魚を片手に“威圧”を解いて、ハジメは、そう提案した。ハジメとしても、ミュウと同じ海人族とは、あまり争いたくなかった。さっくり殺してしまった相手が、実は近所のおじさんですとか言われたら目も当てられない。

 しかし、海人族の方は、提案を呑むつもりがないらしい。死んでいないとはいえ仲間を吹き飛ばされた挙句、海の上という人間にとって圧倒的に不利な状況で“お前達など相手にならない”という態度をとる(海人族にはそう見える)ハジメに自尊心を傷つけられたらしい。

 また、人間族に対する警戒が異常に高いようで、ハジメの言葉を全く信用していないようだ。油断させようとしてもそうはいかない! と、ハジメ達から距離を取りながら背中に括りつけた短いモリを、投擲するように構えだした。

「そうやって、あの子も攫ったのか? また、我らの子を攫いに来たのか!」
「もう魔法を使う隙など与えんぞ! 海は我らの領域。無事に帰れると思うな!」
「手足を切り落としてでも、あの子の居場所を吐かせてやる!」
「安心しろ。王国に引き渡すまで生かしてやる。状態は保障しないがな」

 何やら尋常でない様子だ。警戒心というより、その目には強烈な恨みが含まれているように見える。“我らの子を攫う”という言葉から、彼等が殺気立っている原因を何となく察するハジメ。もしかするとミュウ誘拐の犯人と勘違いされているのかもしれない。見たことのない乗り物に乗り、兎人族の奴隷を連れ、海人族の警戒範囲をうろつく人間……確かに誤解されてもおかしくないかもしれない。

 亜人族は、種族における結束や情が非常に強い。他種族間でもそうだが、特に同種族において、その傾向は顕著だ。シアのために一族総出で樹海を飛び出したハウリア族しかり、族長を傷つけられて長老会議の決定を無視してまで復讐に飛び出した熊人族しかり。海人族も例に漏れず、例え他人の子であっても自分の子と変わらないくらい大切なのだろう。

 ハジメは、内心、「わざわざ俺を父親扱いしなくても、父親っぽい奴等が沢山いるじゃねぇか」と少し拗ねの入った文句を、ここにはいないミュウに向けて苦笑い混じりに呟いた。そして、ハジメは、ミュウの名前を出して誤解を解こうとした。

「あ~、あのな、そのさらわれ…」
「やれぇ!!」

 しかし、それより早く、海人族はモリを次々と投擲し始めてしまった。下半身を海に付けて立ち泳ぎしながらだというのに、相当な速さで飛来するモリは、なるほど、確かに殺すつもりはないようで肩や足を狙ったものばかりだ。しかもご丁寧に、水中から船を突き上げているらしく、船体が激しく揺れている。

 普通の人間なら、バランスを崩して回避行動が間に合わずモリに射抜かれるか、海に落ちて海人族に制圧されるかが関の山だろう。あくまで、普通の人間なら。

「“波城”」

 ユエの呟き一つで海水が圧縮されながら盛り上がり全方位から飛んで来たモリを尽く阻んだ。そして、無詠唱で発動した魔法に海人族達が驚愕している間に、ユエは雷球を二十個ほど周囲に浮かべる。

 文字通り城壁と化していた海水がザバッと音を立てて元に戻ると同時に、海人族達は、ユエの周りに漂うバチバチと放電する雷球を目撃する。

「っ!? た、退避ぃいい!!」

 悲鳴じみた号令が響く。サッと青ざめさせた彼等は急いで逃げようと踵を返した。が、時すでに遅し。

ビィシャアアア!! バリバリバリッ!!

 雷球は、それぞれ別方向に飛び、海人族達を一人も逃さず……ほどよく感電させた。そこかしこで「アバババババババッ」という悲鳴が聞こえ、暫くすると、プカーと二十一人の海人族が浮かび上がった。

「ユエ、お疲れさん」
「ん……ハジメ、この人達が言っていたのって」
「まぁ、ミュウのことだろうな」
「エリセンに行っても色々ありそうですね。流石、ハジメさん。何の問題もなく過ごせた町が皆無という……」
「やめてくれよ、シア。実は、ちょっと気にしてたんだ……ちくしょう。ミュウがいれば何の心配もなかったのに……」

 ハジメは、頭を抱えながら溜息を吐き、取り敢えず、土左衛門になっている海人族達の回収に動き出した。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 潜水艇を即席で改造し作った荷台に、白目を剥いてアフロになっている海人族達を乗せ海原を進む。

 ユエが気をきかせて、一人だけ雷撃を弱くしておいたので直ぐに目を覚まさせ事情を説明し港に案内させた。

 ハジメが、当初、ミュウの名と特徴を知っていたことに、やはり貴様が犯人か! と暴れた海人族の男だったが、ハジメが、ついイラっとして大人しくなるまで無表情で往復ビンタを繰り返すと、改心してきちんと話を聞いてくれるようになった。

 そして、ミュウが現在、アンカジまで戻ってきていることを話すと、一度エリセンまで行き、そこで同行者を決めて一緒にアンカジまで行って欲しいと頼まれた。海人族としても、真偽の確かめようがないハジメの話を鵜呑みにしてミュウの手掛かりかもしれないハジメ達だけをアンカジに行かせるわけにはいかないのだろう。

 目の前でエリセンに案内している青年の他にも、先程、ハジメに吠えた者達は直接ミュウを知っている者達だったらしい。ミュウ誘拐の折、母親が負傷したこともあって余計感情的になっていたようだ。ミュウと再会した時に、そんな知り合い達をぶっ飛ばした挙句、適当に放置しましたというのも気が引けたので、ハジメは仕方なく青年の頼みを聞くことにした。

 そうして海の上を走ること数時間、

「あっ、ハジメさん! 見えてきましたよ! 町ですぅ! やっと人のいる場所ですよぉ!」
「ん? おぉ、ほんとに海のド真ん中にあるんだなぁ」

 シアが瞳を輝かせながら指を指し【エリセン】の存在を伝える。視線を向けたハジメの眼にも、確かに海上に浮かぶ大きな町が見え始めた。

 ハジメは、桟橋が数多く突き出た場所へ向かう。そして、見たこともない乗り物に乗ってやって来たハジメ達に目を丸くしている海人族達や観光やら商売でやって来たであろう人間達を尻目に、空いている場所に停泊した。

 すると、すぐ傍に来たことで、潜水艇の荷台に白目をむいて倒れる数十人の海人族達を目撃した海人族達が、大声で騒ぎ出した。ハジメは、事情説明をしてくれる青年がいるので、大丈夫だろうと考え、取り敢えず、青年と協力して桟橋に気絶中の彼等を降ろしていく。

 そうこうしているうちに、完全武装した海人族と人間の兵士が詰めかけてきた。青年が、事情を説明するため前に進み出て、何やらお偉いさんらしき人と話し始める。ハジメは、早く、アンカジに戻って香織達と合流したかったので、心の中で「さっさと同行者決めろや!」と多少イラつきながら、その様子を見守っていた。

 しかし、穏便にいってくれというハジメの思いは、やはりそう簡単に叶いはしないらしい。何やら慌てている青年を押しのけ、兵士達が押し寄せてきた。狭い桟橋の上なので逃げ場などなく、あっという間に包囲されるハジメ達。

「大人しくしろ。事の真偽がはっきりするまで、お前達を拘束させてもらう」
「おいおい、話はちゃんと聞いたのか?」
「もちろんだ。確認には我々の人員を行かせればいい。お前達が行く必要はない」

 にべもない態度と言葉。ハジメはイラっとしつつも、ミュウの故郷だと自分に言い聞かせて自制する。

「あのな。俺達だって仲間が待っているんだ。直ぐにでもアンカジに向かいたいところを、わざわざ勘違いで襲って来た奴らを送り届けに来てやったんだぞ?」
「果たして勘違いかどうか……攫われた子がアンカジにいなければ、エリセンの管轄内で正体不明の船に乗ってうろついていた不審者ということになる。道中で逃げ出さないとも限らないだろう?」
「どんなタイミングだよ。逃げ出すなら、こいつらを全滅させた時点で逃げ出しているっつうの」
「その件もだ。お前達が無断で管轄内に入ったことに変わりはない。それを発見した自警団の団員を襲ったのだから、そう簡単に自由にさせるわけには行かないな」
「殺気立って話も聞かず、襲ってきたのはコイツ等だろうが。それとも、おとなしく手足を落とされていれば良かったってか?……いい加減にしとけよ」

 ハジメは剣呑に目を細めた。目の前の兵士達のリーダーらしき人間族の男は、ハジメから溢れ出る重い空気に眉をしかめる。

 彼の胸元のワッペンにはハイリヒ王国の紋章が入っており、国が保護の名目で送り込んでいる駐在部隊の隊長格であると推測できる。海人族側の、おそらく自警団と呼ばれた者達も、ハジメの雰囲気に及び腰になりながらも引かない様子だ。

 ハジメとしては、ミュウの故郷であるし、大迷宮の一つ【メルジーネ海底遺跡】の正確な場所を知らないので、しばらく探索に時間がかかる可能性を考えると拠点となるエリセンで問題を起こしたくはなかった。アンカジにミュウがいるのは確実であるし、そうすれば疑惑も解けると頭ではわかっている。しかし、この世界におけるあらゆる理不尽に対して、ハジメは、条件反射ともいえる敵愾心を持っている。なので、そう簡単に言うことは聞く気にはなれなかった。

 まさに、一触即発。

 緊張感が高まる中、ハジメが、やはりミュウの故郷で暴れまわるわけにはいかないかと、譲歩しようとしたその時、

「ん? 今なにか……」

 シアが、ウサミミをピコピコと動かしながらキョロキョロと空を見渡し始めた。ハジメは、隊長格の男から目を逸らさずに、「どうした?」と尋ねる。だが、それにシアが答える前に、ハジメにも薄らと声と気配が感じられた。

「――ッ」
「あ? なんだ?」
「――パッ!」
「おい、まさか!?」
「――パパぁー!!」

 ハジメが慌てて空を見上げると、何と、遥か上空から、小さな人影が落ちてきているところだった!

 両手を広げて、自由落下しているというのに満面の笑みを浮かべるその人影は……

「ミュウッ!?」

 そう、ミュウだ。ミュウがスカイダイビングしている。パラシュートなしで。よく見れば、その背後から、慌てたように落下してくる黒竜姿のティオとその背に乗った、やはり焦り顔の香織の姿が見えた。

 ハジメは、落ちてくる人影がミュウだと認識するや否や、“空力”と“縮地”を発動。その場から一気に跳躍した。その衝撃で桟橋が吹き飛び、兵士達が悲鳴を上げながら海に落ちたが知ったことではない。

 一気に百メートル以上跳んだハジメは、更に“空力”を使ってミュウが落下して来る場所へ跳躍し“瞬光”を発動。スローになった世界で、確実にミュウを腕の中に収めると、神業とも言うべき速度調整で落下し、衝撃の一切を完璧に殺した。

 そして、ミュウを抱きしめたまま、“空力”を使ってピョンピョンと跳ねながら地上へと戻る。内心、冷や汗を滝のように流しながら。

「パパッ!」

 そんなハジメの内心など露ほどにも知らず、満面の笑みでハジメの胸元に顔をスリスリと擦りつけるミュウ。おそらく、上空で真下にハジメがいるとティオ辺りにでも教えられたのだろう。

 そして、事故かあるいは故意かは分からないが、ハジメ目掛けて落下した。落下中の笑顔を見れば、ハジメが受け止めてくるということを微塵も疑っていなかったに違いない。

 だからといって、フリーフォールを満面の笑みで行うなど尋常な胆力ではない。そんな四歳児、いて堪るか! と内心ツッコミを入れながら、地上に降りたら盛大に叱ってやらねばなるまいと胸元のミュウを撫でながら、眉根を寄せるハジメであった。




いつも読んで下さり有難うございます
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます

次回、準ヒロイン候補(どうするか未定、少なくとも本編には関わらないが完結後のスピンオフ辺りで出るかも)が出ます

〇〇+〇〇

よければ、また属性を予想して見て下さい。まぁ、片方は状況的にすぐわかると思いますが。

次回は、水曜日の18時更新予定です
+注意+
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