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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第三章

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モブだって、やる時はやる



 場所は八十九層の最奥付近の部屋。

 その正八角系の大きな部屋には四つの入口があるのだが、実は今、そのうちの二つの入口の間にはもう一つ通路があり、奥には隠し部屋が存在している。入口は、上手くカモフラージュされて閉じられており、隠し部屋は十畳ほどの大きさだ。

 そこでは、光輝達が思い思いに身を投げ出し休息をとっていた。だが、その表情は一様に暗い。深く沈んだ表情で顔を俯かせる者ばかりだ。皆、満身創痍であるが故に苦痛に表情を歪めている者も多い。

 いつもなら、そのカリスマを以て皆を鼓舞する光輝も、“限界突破”の副作用により全身をひどい倦怠感に襲われており壁に背を預けたまま口を真一文字に結んで黙り込んでいる。

 そして、こういう時、いい意味で空気を読まず場を盛り上げてくれるクラス一のムードメイカーは、血の気の引いた青白い顔で、やはり苦痛に眉根を寄せながら荒い息を吐いて眠ったままだった。その事実も、皆が顔を俯かせる理由の一つだろう。

 鈴の下半身は、膝から下がまだ石化しており、香織が継続して治療にあたっていた。太ももの貫通した痕は既に完治している。後は石化を解除するだけだ。しかし、運悪く、鈴が受けた触手の攻撃は彼女の体から大量の血を失わせた。おそらく、重要な血管を損傷したのだろう。香織だからこそ、治療が間に合ったと言える。

 もっとも、いくら香織でも鈴が失った大量の血を直ぐさま補充することは出来ない。精々、異世界製増血薬を飲ませるくらいが限界だ。なので、鈴の体調が直ぐに戻るということはないだろう。安静が必要である。

 香織が、鈴にかかりきりになっているため、他の者はまだ治療を受けていない。当然、オブジェの如く置かれている斎藤と近藤の石化した彫像もそのままだ。鈴の治療が終わっても、次は彼等の番なので、自分達が治療を受けられるのは、まだ先であると分かっているメンバーはごく一部を除いて特に文句を言う素振りはない。単に、その気力もないだけかもしれないが。

 薄暗い即席の空間に漂う重苦しい空気に、雫が眉間に皺を寄せながら何とか皆を鼓舞しなければと頭を捻る。元来、雫は寡黙な方なので鈴のように場を和ませるのは苦手だ。しかし、光輝が“限界突破”と敗戦の影響で弱体化して使い物にならない以上、自分が何とかしなければならないだろうと、生来の面倒見の良さから考えているのだ。本当に苦労人である。

 雫自身、肉体的にも精神的にも限界が近い事も有り、だんだん頭を捻るのも面倒になってきて、もういっその事空気を読まずに玉砕覚悟の一発ギャグでもかましてやろうかと、ちょっと壊れ気味なことを考えていると、即席通路の奥から野村と辻綾子が話しをしながら現れた。

「ふぅ、何とか上手くカモフラージュ出来たと思う。流石に、あんな繊細な魔法行使なんてしたことないから疲れたよ……もう限界」
「壁を違和感なく変形させるなんて領分違いだものね……一から魔法陣を構築してやったんだから無理もないよ。お疲れ様」
「そっちこそ、石化を完全に解くのは骨が折れたろ? お疲れ」

 二人の会話からわかるように、この空間を作成し、入口を周囲の壁と比べて違和感がないようにカモフラージュしたのは“土術師”の野村健太郎だ。

 “土術師”は土系統の魔法に対して高い適性を持つが、土属性の魔法は基本的に地面を直接操る魔法であり、“錬成”のように加工や造形のような繊細な作業は出来ない。例えば、地面を爆ぜさせたり、地中の岩を飛ばしたり、土を集束させて槍状の棘にして飛ばしたり、砂塵を操ったり、上級になれば石化やゴーレム(自立性のない完全な人形)を扱えるようになるが、様々な鉱物を分離したり掛け合わせたりして物を作り出すようなことは出来ないのだ。

 なので、手持ち魔法陣で大雑把に壁に穴を開ける事は出来るが、周囲と比べて違和感のない壁を“造形”することは完全に領分外であり、野村は一から魔法陣を構築しなければならなかったのである。

 なお、辻綾子が野村について行ったのは、野村の石化を治療するためだ。

「お疲れ様、野村君。これで少しは時間が稼げそうね」
「……だといいんだけど。もう、ここまで来たら回復するまで見つからない事を祈るしかないな。浩介の方は……あっちも祈るしかないか」
「……浩介なら大丈夫だ。影の薄さでは誰にも負けない」
「いや、重吾。それ、聞いてるだけで悲しくなるから口にしてやるなよ……」

 隠れ家の安全性が増したという話に、僅かに沈んだ空気和らいだ気がして、とんだ黒歴史を作りそうになった雫は頬を綻ばせて野村を労った。

 それに対して、野村は苦笑いしながら、今はここにいないもう一人の親友の健闘を祈って遠い目をする。

 そう、今この場所には、仲間が一人いないのである。それは、遠藤浩介。“暗殺者”の天職を持つ、永山重吾と野村健太郎の親友である。特に、暗いわけでも口下手なわけでもなく、また存在を忘れられるわけでもない。誰とでも気さくに話せるごく普通の男子高校生なのだが、何故か“影が薄い”のだ。気がつけば、皆、彼の姿を見失い「あれ? アイツどこいった?」と周囲を意識して見渡すと、実はすぐ横にいて驚かせるという、本人が全く意図しない神出鬼没さを発揮するのである。もちろん、日本にいた頃の話だ。

 本人は、極めて不本意らしいのだが、今は、それが何よりも役に立つ。遠藤は、たった一人、パーティーを離れてメルド達に事の次第を伝えに行ったのである。本来なら、いくら異世界から召喚されたチートの一人でも、八十層代を単独で走破するなど自殺行為だ。光輝達が、少し余裕をもって攻略できたのも十五人という仲間と連携して来たからである。

 だが、遠藤なら、“影の薄さでは世界一ぃ!”と胸を晴れそうなあの男なら、隠密系の技能をフル活用して、魔物達に見つからずメルド団長達のいる七十層にたどり着ける可能性がある。そう考えて、光輝達は遠藤を送り出したのである。

 別れるとき、遠藤は少し涙目だったが……きっと、仲間を置いて一人撤退することに感じるものがあったに違いない。例え説得として「お前の影の薄さなら鋭敏な感覚をもつ魔物だって気づかない! 影の薄さでは誰にも負けないお前だけが、魔物にすら気づかれずに突破できるんだ!」と皆から口々に言われたからではないはずだ。

 本当なら、光輝達も直ぐにもっと浅い階層まで撤退したかったのだが、如何せん、それをなすだけの余力がなかった。満身創痍のメンバーに、戦闘不能が三人、弱体化中の光輝、とても八十層代を突破できるとは思えなかったのだ。

 もちろん、メルド団長達が救援に来られるとは思っていない。メルド団長を含め七十層で拠点を築ける実力を持つのは六人。彼等を中心にして、次ぐ実力をもつ騎士団員やギルドの高ランク冒険者達の助力を得て、安全マージンを考えなければ七十層代の後半くらいまでは行けるだろが、それ以上は無理だ。

 仮にそこまで来てくれたとしても、八十層代は光輝達が自力で突破しなければならない。つまり、遠藤を一人行かせたのは救援を呼ぶためではなく、自分達の現状と魔人族が率いる魔物の情報を伝えるためなのだ。

 光輝達は、確かに、聖教教会のイシュタル達から魔人族が魔物を多数、それも洗脳など既存の方法ではなく明確な意志を持たせて使役するという話を聞いていたが、あれほど強力な魔物とは聞いていなかった。驚異なのは個体の強さではなく“数”だったはずなのだ。

 にもかかわらず、実際、魔人族が率いていたのは前人未到の【オルクス大迷宮】九十層レベルの魔物を苦もなく一層し、光輝達チート持ちを圧倒出来る魔物達だった。そんな事が、そもそも可能ならもっと早く、人間族は滅ぼされていてもおかしくない。

 つまり、イシュタルの情報は、あの時点では間違っていなかったのであり、結論としては、魔人族の率いる魔物は“強力になっている”ということだ。“数”に加えて個体の“強さ”も驚異となった。この情報は、何が何でも確実に伝えなければならないと光輝達は判断したのである。

「白崎さん。近藤君と斉藤君の石化解除は任せるね。私じゃ時間がかかりすぎるから。代わりに他の皆の治癒は私がするからさ」
「うん、わかった。無理しないでね、辻さん」
「平気平気。というかそれはこっちのセリフだって……ごめんね。私がもっと出来れば、白崎さんの負担も減らせるのに……」

 野村達が話している傍らで、魔力回復薬をゴクゴクと喉を鳴らしながら服用する綾子が鈴の治療を続ける香織にそんな事をいった。同じ“治癒師”でありながら、香織の比べると大きく技量の劣る綾子は、表面上は何でもないように装っているが、内心では自分への情けなさと香織にばかり負担をかけることへの申し訳なさでいっぱいだった。

 「そんな事はない」と言う香織に苦笑いを返しながら、仲間の治療に向かう綾子。彼女の治療により癒されていく仲間達の顔からは少しだけ暗さが消えた。そんな綾子を、何とも言えない表情で見つめている野村だったが、治療の邪魔になるか思いと声はかけなかった。

「……こんな状況だ。伝えたい事があるなら伝えておけ」
「……うっせぇよ」

 永山が、どこか面白がるような表情で野村にそんな事をいうが、本人は不貞腐れたように顔を背けるだけだった。

 それから、数十時間。光輝達は、交代で仮眠を取りながら少しずつ体と心を癒していった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 一方、一人、撤退と魔人族の情報伝達を託された遠藤浩介は、ただの一度も戦闘をせず全ての魔物をやり過ごしながらメルド団長達のいる七十層を目指して着実に歩みを進めていた。

 八十層代で、魔物に気づかれれば、一対一ならどうにかなるが複数体ならアウトだ。そのため、できる限り急ぎつつ、それでも細心の注意を払って進んでいた。そのおかげで、今も、魔物が眼前を通り過ぎていくのを見送ることができた。

 魔物が完全に見えなくなったあと、遠藤は張り付いていた天井からスタッと地に降り立った。“隠形”を最大限に生かすための全身黒装束姿は、まさに“暗殺者”だ。きっと、先程眼前を通り過ぎた魔物も、天井から奇襲をかければ気づかせることなく相当深いダメージを与えられただろう。内心、「……少しくらい気配を感じてくれても……」とか思っていない。全く気づかずに通り過ぎた魔物を見て、目の端に光るものが溢れたりもしていない。断じて。

「急がないと……」

 遠藤は、自分が課せられた役割を理解している。そして、光輝達が、情報の伝達以外にもそのまま生き延びろという意味合いを含めて送り出してくれたことも察していた。永山と野村の「戻ってくるなよ」という思いは言葉に出さずとも伝わっていたのだ。

 だが、それでも、役目を果たしたあと、遠藤は光輝達のもとに戻るつもりだった。なんと言われようと、このまま自分だけ安全圏に逃げて、のうのうとしていることなど出来なかったのだ。

 遠藤は、自分に気がつかない魔物に若干虚しさを覚えながらも、今は、それが最大の武器になっているのだと自分に言い聞かせつつ頭に叩き込んである帰還ルートをたどって、遂に七十層にたどり着いた。

 逸る気持ちを抑えながら、メルド団長達が拠点を構える転移陣のある部屋に向かう。暫くすると、遠藤の気配感知に六人分の気配が感知された。間違いなくメルド団長達だ。距離的に、“隠形”を解いたので向こうも気づいたはずである。

 遠藤は、最後の角を曲がり、メルド団長達のいる転移部屋に出た。しかし、既に完全に姿を見せているのに、メルド団長達は特に気がつく気配がない。遠藤は、死んだ魚みたいな目をしながらメルドに近づき、声をかけた

「団長! 俺です! 気づいてください! 大変なんです!」
「うおっ!? 何だ!? 敵襲かっ!?」

 遠藤が声を張り上げた瞬間、メルド団長がそんな事を言いながら剣を抜いて飛び退り、警戒心たっぷりに周囲を見渡した。他の騎士達も、一様にビクッと体を震わせて、戦闘態勢に入っている。

「だから、俺ですって! マジそういうの勘弁して下さい!」
「えっ? って、浩介じゃないか。驚かせるなよ。ていうか他の連中はどうした? それに、何かお前ボロボロじゃないか?」
「ですから、大変なんです!」

 メルド団長達は相手が遠藤だとわかると、彼の影の薄さは知っていたのでフッと肩の力を抜いた。しかし、戻ってくるには少々予定より早いことと、遠藤が一人であること、そして、その遠藤が、満身創痍といってもいいくらいボロボロであることから、直ぐさま何かがあったと察して険しい表情になった。

 遠藤は、王国最精鋭の騎士達にすら、声をかけないとやっぱり気づかれないという事実に地味に傷つきながら、そんな場合ではないと思い直し、事の次第を早口で語り始めた。

 最初は、訝しげな表情をしていたメルド達だったが、遠藤の話が進むにつれて表情が険しさを増していく。そして、たった一人逃がされたことに、話しながら次第に心を締め付けられたのか、涙をこぼす遠藤の頭をグシャグシャと撫で回した。

「泣くな、浩介。お前は、お前にしか出来ないことをやり遂げんたんだ。他の誰が、そんな短時間で一度も戦わずに二十層も走破できる? お前はよくやった。よく伝えてくれた」
「団長……俺、俺はこのまま戻ります。あいつらは自力で戻るっていってたけど……今度は負けないっていってたけど……天之河が“限界突破”を使っても倒しきれなかったんだ。逃げるので精一杯だったんだ。みんな、かなり消耗してるし、傷が治っても……今度、襲われたら……あのクソったれな魔物だってあれで全部かはわからないし……だから、先に地上に戻って、このことを伝えて下さい」

 泣いたことを恥じるように、袖で目元ぐしぐしとこすると、遠藤は決然とした表情でメルドに告げた。

 メルド団長は、悔しそうに唇を噛むと、自分のもつ最高級の回復薬全てを、それの入った道具袋ごと遠藤に手渡した。他の団員達もメルドと同じく、悔しそうに表情を歪めて自らの道具袋を遠藤に託した。

「すまないな、浩介。一緒に、助けに行きたいのは山々だが……私達じゃあ、足でまといにしかならない……」
「あ、いや、気にしないで下さいよ。大分、薬系も少なくなってるだろうし、これだけでも助かります」

 そう言って、回復薬の類が入った道具袋を振りながら苦笑いする遠藤だったが、メルド団長の表情は、むしろ険しさを増した。それは、助けに行けない悔しさだけでなく、苦渋の滲む表情だった。

「……浩介。私は今から、最低なことを言う。軽蔑してくれて構わないし、それが当然だ。だが、どうか聞いて欲しい」
「えっ? いきないり何を……」
「……何があっても、“光輝”だけは連れ帰ってくれ」
「え?」

 メルド団長の言葉に、遠藤がキョトンとした表情をする。

「浩介。今のお前達ですら窮地に追い込まれるほど魔物が強力になっているというのなら…光輝を失った人間族に未来はない。もちろん、お前達全員が切り抜けて再会できると信じているし、そうあって欲しい……だが、それでも私は、ハイリヒ王国騎士団団長として言わねばならない。万一の時は、“光輝”を生かしてくれ」
「……」

 ようやく、メルド団長の意図を察した遠藤が唖然とした表情をする。それは、より重要な何かを生かすための犠牲の発想、上に立つ者がやらなければならない“選択”だ。遠藤にできる考え方ではなかった。それ故に、遠藤の表情はひどく暗いものになっていく。

「……俺達は、天之河のおまけですか?」
「断じて、違う。私とて、全員に生き残って欲しいと思っているのは本当だ。いや、こんな言葉に力はないな……浩介、せめて今の言葉を雫と龍太郎には伝えて欲しい」
「……」

 遠藤は、メルド団長の言葉に暗く澱んだ気持ちになった。メルド団長と遠藤達が過ごした時間は長く濃密だ。右も左もわからない頃から常に傍らにいて、ずっと共に戦ってきたのだ。特に、前線に出ている生徒達からすればメルドは兄貴的な存在で、この世界の者では誰よりも信頼している人物だった。だからこそ、遠藤は、自分を切り捨てるような事をいうメルド団長に裏切られたような気持ちになったのだ。

 それでも、頭の片隅ではメルド団長の言うことが必要なことだと理解もしており、衝動のまま罵ることは出来なかった。遠藤は、暗い表情のままコクリと頷くだけで踵を返した。

 が、その瞬間……

「浩介ッ!?」
「えっ!?」

 メルド団長が、突然、浩介を弾き飛ばすとギャリィイイ!! という金属同士が擦れ合うような音を響かせて、円を描くようにその手に持つ剣を振るった。そして、そのままくるりと一回転すると遠心力をたっぷりのせた見事な回し蹴りを揺らめく空間に(・・・・・・・)放った。

ドガッ!

 そんな音を響かせて、揺らめく空間は後方へと吹き飛ばされる。そして、五メートルほど先で地面に無数の爪痕が刻み込まれた。爪を立てて減速したのだろう。

 それを見て、地面に尻餅を付いていた遠藤は、顔を青ざめさせて呟く。

「そ、そんな。もう追いついて……」

 その言葉がまるで合図となったかのように、ぞろぞろと遠藤達を追い詰めた魔物達が現れた。遠藤は、予想外に早く追いつかれたことに動揺して尻餅を付いたままだ。ここに来るまでの間、“暗殺者”の技能を使って気配や臭い、魔力残滓などの痕跡を消しながら移動してきた。魔人族の女が光輝達を探しながら移動する以上、一直線に駆け抜けた遠藤にこんなに早く追いつくはずがなかったのだ。

 そんな遠藤の疑問は、続いて現れた悪夢のような女によって解消されることになった。

「チッ。一人だけか……逃げるなら転移陣のあるこの部屋まで来るかと思ったんだけど……様子から見て、どこかに隠れたようだね」

 髪を苛立たしげにかきあげながら、四つ目狼の背に乗って現れた魔人族の女に、メルド団長達が臨戦態勢になる。彼女の言葉からすると、どうやら、光輝達が一目散に転移陣へと逃げ込むと考えて、捜索せずに一直線にやって来たらしい。予想が外れて、光輝達を探さねばならないことに苛立っているようだ。

 それは同時に、光輝達がまだ無事であるということでもある。遠藤もメルド団長達も僅かではあるがホッとしたように頬を緩めた。それに目ざとく気がついた魔人族の女が、遠藤達をハンッと鼻で笑う。

「まぁ、任務もあるし……さっさとあんたら殺して探し出すかね」

 直後、一斉に魔物が襲いかかった。キメラが空間を揺らめかせながら突進し、黒猫が疾風となって距離を詰める。ブルタールモドキが、メイスを振りかぶりながら迫り、四つ目狼が後方より隙を覗う。

「円陣を組め! 転移陣を死守する! 浩介ッ !いつまで無様を晒している気だ! さっさと立ち上がって……逃げろ! 地上へ!」
「えっ!?」

 流石、王国の最精鋭と思わず称賛したくなるほど迅速な陣組みと連携で襲い来る魔物の攻撃を凌ぐメルド団長達。事前に遠藤から魔物の話を聞いていた事から、自分達では攻撃力不足だと割り切り、徹底的に防御と受け流しを行っている。

 遠藤は、メルド団長の「地上へ逃げろ」という言葉に思わず疑問の声を上げた。逃げるなら一緒に逃げればいいし、どうせこの場を離脱するなら地上ではなく光輝達のもとへ戻って団長の言葉を伝えると役目があると思ったからだ。

「ボサっとするな! 魔人族のことを地上に伝えろ!」
「で、でも、団長達は……」
「我らは……ここを死地とする! 浩介! 向こう側で転移陣を壊せ! なるべく時間は稼いでやる!」
「そ、そんな……」

 メルド団長の考えは明確だ。地上へ逃げるにしても、誰かが僅かでも時間を稼がねば直ぐに魔物達も転移してしまうだろう。そうなれば、追っ手を撒く方法がなくなってしまい、追いつかれて殺される可能性が高い。なので、一人を逃がして、残り全員で時間稼ぎをするのがベストなのだ。時間を稼げれば、対となる三十層の転移陣を一部破壊することで、完全に追っ手を撒ける。転移陣は、直接地面に掘り込んであるタイプなので、“錬成”で簡単に修復できる。逃げ切って、地上の駐屯部隊に事の顛末を伝えた後、再び、光輝達が使えるように修復すればいい。

 そして、その逃げる一人に選ばれたのが遠藤なのだ。遠藤は、先程、光輝以外の自分達を切り捨てるような発言をしたメルド団長が、今度は、自分達を犠牲にして遠藤一人を逃がそうとしていることに戸惑い、それ故に行動を起こせずにいた。

 そんな遠藤に、激しいく戦闘を繰り広げながらメルド団長の心根と願いが雄叫びとなって届けられる。

「無力ですまない! 助けてやれなくてすまない! 選ぶことしか出来なくてすまない! 浩介! 不甲斐ない私だが最後の願いだ! 聞いてくれ!」

 戸惑う遠藤に、兄貴のように慕った男から最後だという願いが届く。

「生きろぉ!」

 その言葉に、遠藤は理解する。メルド団長が、本当は遠藤達の誰にも死んで欲しくないと思っていることを。誰かを犠牲にして誰かを生かすなら、自分達が犠牲となり、光輝に限らず生徒達全員を生かしたいと思っていたことを。自分に告げた“選択”が、どれだけ苦渋に満ちたものだったかを。

 遠藤は、グッと唇を噛むと全力で踵を返し転移陣へと向かった。ここで、メルド団長の思いと覚悟に応えられなければ男ではないと思ったからだ。

「させないよ!」

 魔人族の女が、黒猫を差し向けつつ自らも魔法を放った。黒猫が、背中の触手を弾丸のように豪速で射出し、更に石の槍が殺意の風に乗って空を疾駆する。

 遠藤は、何とか触手をショートソードで切り払い、身を捻りながら躱すが、続く石の槍までは躱しきれそうになかった。あらかじめ触手の位置を計算したように絶妙なタイミングと方向から連続して飛来したからだ。遠藤は、歯を食いしばって衝撃に備えた。例え、攻撃を食らっても、走り続けてそのまま転移陣に飛び込んでやるという気概をもって。

 だが、予想した衝撃はやって来なかった。騎士団員の一人が円陣から飛び出し、その身を盾にして遠藤を庇ったからだ。

「ア、アランさん!」
「ぐふっ……いいから気にせず行け!」

 腹部に石の槍を突き刺したまま、剣を振るって襲い来る魔物の攻撃を逸していくアランと呼ばれた騎士は、ニッと実に男臭い笑みを浮かべて遠藤にそう言った。遠藤は、噛み切るほど唇を強く噛み締めて、転移陣へと駆ける。

「チッ! 雑魚のくせに粘る! お前達、あの少年を集中して狙え!」

 魔人族の女が、少し焦ったように改めてそう命じるが……既に遅かった。

「ハッ、私達の勝ちだ! ハイリヒ王国の騎士を舐めるな!」

 メルド団長が不敵な笑みを浮かべながら、そう叫ぶと同時に遠藤が転移陣を起動し終え、その姿を消した。魔人族の女は、メルド団長の言葉を無視して魔物を突っ込ませる。魔物は直接魔力を操れるので、面倒な起動詠唱をすることもなく転移陣を起動出来き、それ故、今なら、まだ間に合うと考えたからだ。

 しかし、

「舐めるなと言っている!」

 メルド団長達が光輝達にはない巧みな技と連携、そして経験からくる動きで魔物達を妨害する。多勢に無勢でありながら、その防御能力と粘り強さは賞賛に値するものだった。

 もっとも、メルド団長達がいくら死力を尽くしたところで相対する魔物の数と強さは異常。腹を石の槍で貫かれていたアランが、遂に力尽きて、魔物の攻撃に踏ん張りきれずバランスを崩し膝を付いた。その綻びから、キメラの一体が防衛線を突破し転移陣に到達する。

 キメラが消えるのと、魔法陣が輝きを失うのは同時だった。

「くっ、一体、送られてしまったか……浩介……死ぬなよ」

 メルド団長の呟きは魔物の咆哮にかき消された。遠藤を逃したことの腹いせに魔人族の女がメルド団長達に魔物達を一斉に差し向けたからだ。

「フッ、ここを死地と定めたのなら最後まで暴れるだけだ。お前達、ハイリヒ王国騎士団の意地を見せてやれ!」
「「「「「おう!」」」」」

 メルド団長の号令に、部下の騎士達が威勢のいい雄叫びを以て応える。その雄叫びに込められた気迫は、一瞬とはいえ、周囲の魔物達を怯ませる程のものだった。

 ……その十分後

 転移陣のある七十層の部屋に再び静寂が戻った。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「うわぁあああー!!」

 そんな悲鳴とも雄叫びとも付かない叫び声を上げながら、【オルクス大迷宮】三十層の転移陣から飛び出した遠藤は、直ぐさま、ショートソードを振りかぶり、眼下の魔法陣の破壊を試みた。

「な、何だ!? ってお前! 何をする気だ!」
「やめろ!」
「取り押さえろ!」

 転移陣から現れた黒装束の少年が、いきなり雄叫びを上げながら手に持つ剣で魔法陣を傷付け始めたことに、一瞬、呆然とするも、周囲の騎士団の正装をした者達が怒号を上げながら遠藤に飛びかかりその破壊活動を妨害する。

 彼等は、メルド団長の部下で三十層側の転移陣を保護する役目をおった者達だ。実力不足で、三十層での警備が限界な者達でもある。一撃で魔法陣を破壊できなかった遠藤が、二撃、三撃と加えあと一歩で陣の一部破壊できるというところで、辛くも魔法陣破壊を阻止する事ができた。

「は、放せ! 早く、壊さないと! 奴等が! 放せ!」
「なっ、君は勇者一行の!? なぜ、君が……」

 狂乱とも言える行為を行った人物が、よく見知った勇者の仲間の一人とわかると、驚愕の声を漏らしながら思わず手を緩める団員達。その隙に、再度、ショートソードを振りかぶって魔法陣の一部を破壊しようと遠藤だったが、一歩、遅かった。

 魔法陣が、再び輝き起動する。そして、次の瞬間には、遠藤達に揺らめく空間が襲いかかった。

「くそっ!」
「何がっ!ぐぅあああ!!」

 遠藤は、咄嗟に、その場を飛び退り辛くもキメラの一撃を回避する。だが、事態が飲み込めない団員の一人は回避などできるはずもなく無防備なままキメラの爪の一撃を受け、鎧ごとその胴体を深々と切り裂かれ事切れてしまった。

 いきなり、血飛沫を上げて絶命した同僚に、動揺をあらわにする団員達。そんな彼等に、遠藤は必死さと焦燥の滲む声音で叫んだ。

「敵だ! 揺らぐ空間に気をつけろ! 魔法陣を破壊しないと、どんどん出てくるぞ!」

 その絶叫とも言うべき遠藤の声に、団員達がハッと我を取り戻す。が、その時には更に一人が切り裂かれながら吹き飛ばされた。三十層の転移陣の警備をしている団員は全部で七名。既に二人も殺られてしまった。

 遠藤は、その事実に歯噛みしながら、“暗殺者”の技能“壁走”を利用して天井に駆け上がりながら頭上から魔法陣の破壊を狙う。しかし、それに気がついたキメラが跳躍して迎撃しようとした。

 団員達が、わけがわからないなりに、今やらねばならないことを察して遠藤に襲いかかるキメラに飛びかかった。しかし、彼等には、キメラが揺らぐ空間にしか見えておらず、当然、どのような攻撃方法を持っているのか、警戒すべきものは何なのか何も分かっていない。そのため、キメラの背後から飛びかかった者は、蛇の尾に首を噛み切られ、真横から挑んだ者は翼によって強かに打ち据えられて地面に叩きつけられた。

 それでも、全く無駄だったわけではなく、キメラが若干バランスを崩したため、遠藤は危ういところでその爪牙を交わすことが出来た。完全に回避は出来なくて肩と脇腹を抉られたが、交差するように蛇尾を切り裂いて地面に落下する。

 キメラが、翼をはためかせてバランスを取り戻し少し離れた地面に着地するのと、遠藤が肩から地面に叩きつけられつつも直ぐに起き上がり、先に傷つけた転移陣に向かってショートソードを振りかぶるのは同時だった。

 キメラが、着地と同時に反転し、再び遠藤を殺そうと駆け出すが、その時には既に、遠藤のショートソードが渾身の力をもって魔法陣に突き刺さった。パァン! そんな澄んだ音が響き渡る。それは、魔法陣が破壊された証拠だ。魔法陣の転移の際に使われた魔力残滓が霧散したのだ。

「これでっ…っ……がぁ、あぁあああああ!!!」

 転移陣の破壊に成功し、これ以上の追っ手はないと思わず安堵の吐息を漏らす遠藤だったが、次の瞬間には右腕にキメラの牙が喰い込み、その激痛に絶叫を上げた。強靭な顎が、そのまま遠藤の右腕を噛みちぎろうとする。

 それを、駆けつけた騎士達が突進力をそのままに渾身の一撃を打ち込むことで阻止する。横腹を、何らかの強化を掛けられた短槍で貫かれ思わず顎の力が緩むキメラ。その瞬間に、遠藤は右腕を引き抜き、左の袖に隠してあったナイフを滑るように取り出して、キメラの眼を切り裂いた。

 暴れるキメラが、止めを刺そうと接近した騎士達を更に二人切り裂き絶命させる。遠藤は、手持ちのナイフを投げつけるが、キメラは眼を切り裂かれながらも野生の勘で回避した。

 と、その直後、いきなり騎士の一人が悲鳴を上げる。思わず、そちらに顔を向けると、先程地面位叩き落とされた騎士の首に蛇が噛み付いている光景が目に入った。騎士は、噛み口の皮膚を紫に変色させると苦しそうに身悶え、瞬く間に絶命した。

「ちくしょう!」

 それを見て、最後の騎士が、蛇を殺そうと駆け出すが、それは致命的なミスだ。キメラは、自分に背を向けた敵に気がついたようで直ぐさま襲いかかった。遠藤は、満身創痍になりながら、それでも最後の力を振り絞って、今まさに騎士に襲いかかろうとしているキメラの首目掛けて必殺の一撃を放つ。

「死ねぇええええ!!」

 仲間と引き離されたこと、メルド団長達を置き去りさせられたこと、知り合いの団員達を殺されたこと、その他に様々な怨嗟を込めた雄叫びと共に放たれた致命の一撃は、十全にその力を発揮して、キメラの首をうなじから切り裂き一瞬で絶命させた。

 慣性の法則に従い、絶命したキメラと横合いから飛びかかった遠藤はクロスしながら互いに通り過ぎ、地面に体を強かに叩きつけながらゴロゴロと転がった。肩、右腕、脇腹の痛みに耐えながら、左腕だけで上体を持ち上げた遠藤は、キメラの死を確認しようと目を凝らす。

 キメラは、首を半ばまで切り裂かれた状態で静かに横たわり完全に絶命しているようだった。だが、遠藤の表情は、喜びどころかむしろ泣きそうなほど弱々しく、「ちくしょう!」とやりきれない思いを口から漏らしていた。

 その視線の先には、飛び出していった最後の騎士の姿が映っている。彼はうつ伏せに倒れていた。右手に剣を握ったまま、顔を紫色に染めて。彼の傍らには真横に裂かれた蛇の姿。おそらく、キメラに襲われる寸前に、飛びかかってきた蛇を切り裂き、体内に含まれていた毒素を顔に浴びてしまったのだろう。結局、三十層の警備をしていた騎士達は全滅してしまった。

 一人も助けられなかったことに、何度も「ちくしょう!」と叫びながら涙を流す遠藤。しばらくそうしていた遠藤だが、このままでは、出血多量で死んでしまうと、メルド団長達から貰った道具袋から最高級の傷薬と回復薬を取り出し服用する。そして、応急セットで傷の手当をすると、無言のまま騎士達の骸を運び転移陣のある部屋の片隅に並べた。

 少しの間、遠藤は彼等の姿を見つめると、おもむろに踵を返し、地上に向けて歩を進めた。その顔は幽鬼のように青白く、目は虚ろで覇気がなかった。“また自分だけ生かされた”その思いが、遠藤の心を重く冷たい鎖で締め付ける。今はただ、託された役割だけを支えに機械的に体を動かして、ひたすら地上を目指すのだった。


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次回は、金曜日の18時更新予定です
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