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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第三章

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VS 魔人族 後編


 “限界突破”は、一時的に魔力を消費しながら基礎ステータスの三倍の力を得る技能である。ただし、文字通り限界を突破しているので、長時間の使用も常時使用もできないし、使用したあとは、使用時間に比例して弱体化してしまう。酷い倦怠感と本来の力の半分程度しか発揮できなくなるのだ。なので、ここぞという時の切り札として使用する時と場合を考えなければならない。

 光輝は、魔物の強力さと回復が可能という事実に、このままでは仲間の士気が下がり押し切られると判断し、“限界突破”を使用して一気に白鴉と魔人族の女を倒そうと考えた。

 光輝の“限界突破”の宣言と共に、その体を純白の光が包み込む。同時に、メイスの一撃を弾かれたブルタールモドキが光輝の変化など知ったことではないと、再び襲いかかった。

「刃の如き意志よ 光に宿りて敵を切り裂け “光刃”!」

 光輝は、ブルタールモドキにより振るわれたメイスを屈んで躱すと、聖剣に光の刃を付加させて下段より一気に切り上げた。

 先程も、“光刃”を使って袈裟斬りにしたのだが、その時は、深手を与えるにとどまり戦闘不能にすることはできなかった。しかし、今度は“限界突破”により三倍に引き上げられたステータスと、光の刃の相乗効果もあってか、まるでバターを切り取るようにブルタールモドキの胴体を斜めに両断した。

 一拍遅れて、ブルタールモドキの胴体が斜めにずれ、ドシャ! という生々しい音と共に崩れ落ちる。光輝は、踏み込んだ足をそのままに、一気に加速すると猛然と魔人族の女のもとへ突進した。

 光輝と魔人族の女を隔てるものは何もない。いくら魔人族が魔法に優れた種族といえど、今更何をしようとも遅い。このまま、白鴉ともども切り裂いて終わりだ。誰もがそう思った。

 その瞬間、

「「「「「グゥルァアアア!!!」」」」」

「なっ!?」

 空間の揺らめきが五つ。咆哮を上げながら光輝に襲いかかった。四方を囲むように同時攻撃を仕掛けてきたキメラに、光輝は思わず驚愕の声を上げ眼を大きく見開いた。

 咄嗟に、急ブレーキをかけつつ身をかがめ正面からの一撃を避けつつ右から襲い来るキメラを聖剣の一撃で切り伏せる。そして、身にまとった聖なる鎧の性能を信じて、背後からの攻撃を胴体部分で受けて死の凶撃を耐え凌ぐ。

 だが、出来たのはそこまでだった。左から迫っていたキメラの爪に肩口を抉られ、その衝撃に吹き飛ばされているところへ包囲の外にいた最後の一体が飛びかかり両足の爪を光輝の肩に食い込ませて押し倒した。

「ぐぅう!!」

 食いしばる歯の隙間から苦悶の声を漏らしながら、止めとばかりに首筋へ牙を突き立てようとするキメラの顎門を聖剣で辛うじて防ぐ。両肩に食い込む爪が、顎門を支える力を奪っていき、限界突破中であるにもかかわらず上手く力を乗せられず、徐々に押されていく。

「光の恩寵よ、癒しと戒めをここに“焦天”! “封縛”!」

 光輝のピンチを見た香織が、すかさず、光系の回復魔法を行使した。“焦天”一人用の中級回復魔法だ。先ほど使った複数人用の回復魔法“回天”より高い効果を発揮する。しかし、光輝の両肩にはキメラの爪が食い込んでおり、このままでは癒すことができない。

 なので、同時発動により、光系の中級捕縛魔法“封縛”を行使する。“封縛”は、対象を中心に光の檻を作り出して閉じ込める魔法だ。香織は、その魔法を光輝(・・)にかけた。光輝を中心に光の檻が瞬時に展開し、のしかかっていたキメラを弾き飛ばす。

 両肩から爪が抜けたことにより、“焦天”が効果を十全に発揮して、瞬時に光輝の傷を癒していった。

 同時に、鈴達を襲っていたキメラと多足亀の相手をしていた後衛組の何人かが、光輝を襲おうとしているキメラ達に向かって攻撃魔法を放った。ただ、それなりに距離があることと、香織の“周天”が施されていないために動いていても見えにくい事から狙いは甘く大したダメージは与えられなかった。

 それでも、光輝が体勢を立て直す時間は稼げたようで、聖剣を構え直すと、治癒されながら唱えていた詠唱を完成させ反撃に出た。

「“天翔剣四翼”!」

 振るわれた聖剣から曲線を描く光の斬撃が揺らめく空間四つに飛翔する。狙われたキメラ達は、“限界突破”により強化された光輝の十八番に危機感を抱いたのか、咄嗟にその場を飛び退いて回避しようとした。

 だが、そこで、

「捕らえよ “縛印”!」

 香織のほとんど無詠唱と言っていい程の短い詠唱により、光系中級捕縛魔法“縛印”が発動する。回避しようとしたキメラ達の足元から光の鎖が無数に飛び出し、首、足、胴体に絡みついた。キメラの力なら引きちぎることも難しくはないが、一瞬、動きを止められることは避けられない。

 結果、四体のキメラは、光輝の“天翔剣”の直撃を受けて血飛沫を撒き散らしながら絶命した。

 光輝は、魔人族の女に向き直ると聖剣を突きつけながら睨みつける。

「残念だったな。お前の切り札は俺達には通用しなかった。もう、お前を守るものは何もないぞ!」

 光輝の言葉を受けた魔人族の女は、そんな光輝に怪訝そうな、というか呆れたような表情を向けた。内心、「なぜ、今更、そんなこと宣言する必要がある? そのまま、即行で切りかかればいいじゃない」と思っていたからだ。

 光輝の方は、追い詰められているはずなのに、余裕の態度を崩さない魔人族の女に苛立っていた。最初のキメラ、次のブルタールモドキ、そして今のキメラ。その全てが奇襲であったことも、光輝を苛立たせる原因だ。「不意打ちばかり仕掛けて正々堂々と戦おうとしない。自分は高みの見物。何て卑怯なやつだ!」と。

「……別に、切り札ってわけじゃないんだけど」
「強がりを!」
「まぁ、強がりかどうかはこいつらを撃退してからにしたら? こっちは、“異教の使徒”とやらの力もある程度確認出来たから、もう用はないしね」
「なにをいっ『きゃぁああ!』ッ!?」

 魔人族の女が面倒そうに髪をかき上げながらそんな事をいい、それに対して光輝が問いただそうとしたその時、後方から悲鳴が響き渡った。

 思わず振り返った光輝の目に映ったのは、更に五体のブルタールモドキとキメラ、そして見たことのない黒い四つ目の狼、背中から四本の触手を生やした体長六十センチ程の黒猫が、一斉に仲間に襲いかかり、永山のパーティーの一人で彼の親友でもある野村健太郎が黒猫の触手に脇腹を貫かれている光景だった。悲鳴を上げたのは同じく永山のパーティーの一人である吉野真央だ。

「健太郎! くそっ、調子に乗るな!」
「真央、しっかりして! 私が回復するから!」

 同じパーティーメンバーである遠藤浩介が、野村を貫く触手をショートソードで切り裂き、怒りの炎を宿した眼で黒猫を睨み斬りかかる。

 野村が苦悶の声を上げながら崩れ落ちたことに茫然としている吉野に、やはり同じパーティーの辻綾子が叱咤の声を張り上げながら、直ぐさま治癒魔法を発動した。ちょうど、遠藤が受けた切り傷を癒そうと詠唱を完了していたのは幸いだった。

「なっ、まだあんなに!」

 後方を振り返って、いつの間にか現れた新手に光輝が驚愕の声を漏らす。

「キメラの固有魔法“迷彩”は、触れているものにも効果を発揮する。その可能性を考えなかった? ほら、追加いくよ」
「ッ!?」

 いきなり現れた大量の魔物に、劣勢を強いられる仲間。それを見て、光輝が急いで引き返そうとする。そんな光輝に、キメラの“迷彩”効果で隠れていただけだとタネ明かしをしながら、更に魔物をけしかける魔人族の女。彼女の背後から、四目狼と黒猫が十頭ずつ光輝目掛けて殺到する。

「くっ、ぉおお!」

 黒猫の触手が途轍もない速度で伸長し、四方八方から光輝を襲った。光輝は、聖剣を風車のように回転させ襲い来る触手の尽くを切り裂き、接近してきた黒猫の一体目掛けて横凪の一撃を放った。光輝の顔面を狙ったせいか、空中に飛び上がっていた黒猫には避けるすべはないはずだった。光輝も「まず一体!」と魔物の絶命を確信していた。

 しかし、次の瞬間、その確信はあっさり覆される。何と、黒猫が空中を足場に宙返りし、光輝の一撃を避けたのだ。そして、その体格に似合わない鋭い爪で光輝の首を狙った一撃を放った。

 辛うじて頭を振り、ギリギリで回避した光輝だったが、体勢が崩れたため背後からの四つ目狼による強襲に対応できず、鎧の防御力と限界突破の影響で深手は負わなかったものの、勢いよく吹き飛ばされ元いた場所あたりまで戻されてしまった。

 それに合わせて、明らかに逸脱した強さを持つ魔物達が追い詰めるように光輝達を包囲していく。全員必死に応戦しているが、一体ですら厄介な敵だというのに、それが一気に増えた上、連携までとってくる。しかも、一撃で絶命させなければ、即座に白鴉が回復させてしまう。

 香織と、同じく“治癒師”の天職をもつ辻綾子と香織が二人がかりで味方を治癒し続けているからこそ何とか致命的な戦線の崩壊は避けられているが、状況を打開する決定打を打つことができない。

 光輝が“限界突破”の力をもって敵を蹴散らそうとするが、魔物達も光輝に対しては常に五体以上が連携してヒット&アウェイを繰り返し決して無理をしようとしないので攻めきることができない。

 雫の“無拍子”による高速移動も、速度に優れた黒猫と“先読”の固有能力をもつ四つ目狼の連携により対応され、手傷は負わせても致命傷を与えるには至らない。

 必死に応戦しながらも、次第に、クラスメイト達の表情に絶望の影がちらつき始めた。そして、その感情は、魔人族の女の参戦により更に大きくなる。

「地の底に眠りし金眼の蜥蜴 大地が産みし魔眼の主 宿るは暗闇見通し射抜く呪い   もたらすは永久不変の闇牢獄 恐怖も絶望も悲嘆もなく その(まなこ)を以て己が敵の全てを閉じる 残るは終焉 物言わぬ冷たき彫像 ならば ものみな砕いて大地に還せ! “落牢”!」

 その詠唱が完了した直後、魔人族の掲げた手に灰色の渦巻く球体が出来上がり、放物線を描いて光輝達の方へ飛来した。速度は決して早くはない。今の光輝達の中に回避できないものなどいない。一見、何の驚異も感じない攻撃魔法だったが、それを見た先ほど腹を触手で貫かれた野村健太郎が、血を失ったために青ざめている顔に更に焦りの表情を浮かべて叫んだ。

「ッ!? ヤバイッ! 谷口ィ!! あれを止めろぉ! バリア系を使え!」
「ふぇ!? りょ、了解! ここは聖域なりて 神敵を通さず! “聖絶”!」

 切羽詰った野村の指示に鈴が詠唱省略した光系の上級防御魔法を発動する。輝く障壁がドーム状となって光輝達全員を包み込んだ。もっとも、“聖絶”に敵味方の選別機能などないので、ドーム状の障壁の中には多くの魔物も取り込んでしまっている。“聖絶”は強力な魔法なだけあって消費魔力が大きい。なので、普段ならこんな無意味な使い方はしない。しかし、野村の叫びが、魔人族の女から放たれた魔法の危険性をこれでもかと伝えていたので、できる限り強力なバリア系の防御魔法として、咄嗟に“聖絶”を選んだのだ。

 鈴が“聖絶”展開した直後、灰色の渦巻く球体が障壁に衝突した。灰色の球体は、障壁を突破しようと見かけによらない凄まじい威力で圧力をかける。鈴は、突破させてなるものかと、自身の魔力がガリガリと削られていく感覚に歯を食いしばりながら必死に耐えた。

 と、魔人族の女から命令でも受けたのか、魔物の動きが変化する。複数体が一斉に鈴を狙い始めたのだ。

「鈴!」
「谷口を守れ!」

 恵里が鈴の名を呼びながら魔法を放って接近するブルタールモドキを妨害する。鈴を中心に恵里とは反対側でキメラや四つ目狼と戦っていた斎藤良樹と近藤礼一が、野村の呼びかけに応えて鈴の傍に駆けつけようとする。

 が、“聖絶”の維持で動けない鈴に、隙間を縫うようにして黒猫が一気に接近した。野村が、咄嗟に地面から石の槍を発動させて串刺しにしようとするが、黒猫は空中でジグザグに跳躍すると、身をひねりながら石の槍を躱し、触手を全本射出した。

「谷口ぃ!」
「あぐぅ!?」

 野村が鈴の名を呼んで警告するが、時すでに遅し。触手は、咄嗟に身をひねった鈴の腹と太もも、右腕を貫通した。更に捉えたまま横凪に振るって鈴の小柄な体を猛烈な勢いで投げ捨てた。

 鈴は、血飛沫を撒き散らしながら、背中から地面に叩きつけられて息を詰まらせる。そして、呼吸を取り戻すと同時に激痛に耐え兼ねて悲鳴を上げた。

「あぁああああ!!」

「鈴ちゃん!」
「鈴!」

 その苦悶の声を聞いて香織と恵里が、思わず悲鳴じみた声で鈴の名を呼ぶ。直ぐさま、香織が回復魔法を行使しようと精神を集中するが、それより鈴の施した光り輝く結界が消滅する方が早かった。

「全員、あの球体から離れろぉ!」

 野村が焦燥感に満ちた声で警告を発する。だが、鈴の鉄壁を誇った“聖絶”と今の今まで拮抗していた魔法だ。今更、その警告は遅すぎた。

 結界が消滅し、勢いよく飛び込んできた灰色の渦巻く球体は、そのまま地面に着弾すると音もなく破裂し猛烈な勢いで灰色の煙を周囲に撒き散らした。

 傍には、倒れて痛みにもがく鈴と駆けつけようとしていた斎藤と近藤、それに野村。灰色の煙は、一瞬で彼等を包み込む。魔物の影はない。着弾と同時に、一斉に距離をとったからだ。

 灰色の煙はなおも広がり、光輝達をも包み込もうとする。

「来たれ 風よ! “風爆”!」

 光輝が、咄嗟に、突風を放つ風系統の魔法で灰色の煙を部屋の外に押し出す。

 魔法で作り出された煙だからか、通常のものと違って簡単に吹き飛びはしなかったが、”限界突破”中の光輝の魔法は威力も上がっているので、僅かな拮抗の末、迷宮の通路へと排出することに成功した。

 だが、煙が晴れたその先には……

「そんな、鈴!」
「野村くん!」
「斎藤! 近藤!」

 完全に石化し物言わぬ彫像となった斎藤と近藤、下半身を石化された鈴、その鈴に覆いかぶさった状態で左半身を石化された野村の姿があった。

 斎藤と近藤は、何が起こったのかわからないという様なポカンとした表情のまま固まっている。鈴は、下半身を石化された事で更なる激痛に襲われたようで苦悶の表情を浮かべたまま意識を失っていた。

 一方、鈴を庇いながら、それでもなお一番被害が軽微だった野村だが、やはり激痛に襲われているらしく食いしばった歯の奥から痛みに耐えるうめき声が漏れていた。野村の被害が軽かったのは、彼が“土術師”の天職持ちだからだ。土属性に天賦の才を持っており、当然、土系魔法に対する高い耐性も持っている。

 魔人族の女が発動した魔法を瞬時に看破したのも、あの魔法が土系統の魔法で野村も勉強していたからだ。土系の上級攻撃魔法“落牢”。石化する灰色の煙を撒き散らす厄介な魔法だ。ほんの僅かでも触れれば、そこから徐々に侵食され完全に石化してしまう魔法で、対処法としては、バリア系の結界で術の効果が終わるまで耐えるか、煙を強力な魔法で吹き飛ばすしかない。しかも、バリア系は上級レベルでなければ結界そのものが石化されてしまう上、煙も上級レベルの威力がなければ吹き飛ばすことが出来ないという強力なものだ。

「貴様! よくも!」

 光輝が、仲間の惨状に憤怒の表情を浮かべる。光輝を包む“限界突破”の輝きがより一層眩い光を放ち始めた。今にも、魔人族の女に突貫しそうだ。

 だが、そんな光輝をストッパーの雫が声を張り上げて諌める。そして、撤退に全力を注げと指示を出した。

「待ちなさい! 光輝! 撤退するわよ! 退路を切り開いて!」
「なっ!? あんなことされて、逃げろっていうのか!」

 しかし、仲間を傷つけられた事に激しい怒りを抱く光輝は、キッと雫を睨みつけて反論した。光輝から放たれるプレッシャーが雫にも降り注ぐが、雫は柳に風と受け流し、険しい表情のまま光輝を説得する。

「聞きなさい! 香織なら、きっと治せる。でも、それには時間がかかるわ。治療が遅くなれば、手遅れになる可能性もある。一度引いて態勢を立て直す必要があるのよ! それに、三人欠けた上に、今、あんたが飛び出したら、次の攻勢に皆はもう耐えられない! 本当に全滅するわよ!」
「ぐっ、だが……」
「それに、“限界突破”もそろそろヤバイでしょ? この状況で、光輝が弱体化したら、本当に終りよ! 冷静になりなさい! 悔しいのは皆一緒よ!」

 理路整然とした幼馴染の言葉に、光輝は、唇を噛んで逡巡するが、雫が唇の端から血を流していることに気がついて、茹だった頭がスっ冷えるのを感じた。雫も悔しいのだ。思わず、唇を噛み切ってしまう程に。大事な仲間をやられて、出来ることなら今すぐ敵をぶっ飛ばしてやりたいのだ。

「わかった! 全員、撤退するぞ! 雫、龍太郎! 少しだけ耐えてくれ!」
「任せなさい!」
「おうよ!」

 光輝は、聖剣を天に突き出すように構えると長い詠唱を始めた。今までは、詠唱時間が長い上に状況の打開にならないので使わなかったが、撤退のための道を切り開くにはちょうどいい魔法だ。

 ただし、詠唱中は完全に無防備になるので身の守りを雫と龍太郎に託さねばならない。それは、光輝が引き受けていた魔物も彼等が相手取らなければならないということだ。当然、雫と龍太郎の二人に対応しきれるはずもなく、必死に応戦しながらもかなりの勢いで傷ついていく。

「撤退なんてさせると思うかい?」

 そんなことを呟きながら、魔人族の女が光輝達の背後にある通路にも魔物を回し退路を塞いでいく。そして、何やら詠唱を始めた光輝を標的に自らも魔法を唱えだした。

 だが、そこで、始めて魔人族の女にとって不測の事態が起こる。

「「「「「ガァアア!!」」」」」
「ッ!? なぜ!」

 何と、味方のはずのキメラが五体、魔人族の女を襲ったのである。驚愕に目を見開きながら、咄嗟に、放とうとしていた魔法を詠唱省略して即時発動する。高密度の砂塵が魔人族の女を中心に渦巻き刃となって、襲い来るキメラ二体を切り裂いた。残りのキメラの攻撃は、砂塵に自らを吹き飛ばさせることで何とか回避する。

 魔人族の女は、「なぜ、あたしを!?」と動揺しながら襲いかかってきたキメラを凝視する。すると、あることに気がついた。それは、どのキメラも体が損壊しているということだ。あるキメラは頭がなかったし、またあるキメラは胴体に深い傷がついており、今もだらだら血を滴らせている。

「こいつら……」

 そう、魔人族の女が気がついたように、彼女を襲ったのは光輝に切り捨てられた五体のキメラだったのだ。絶命したはずのキメラが立ち上がり、生を感じさせない雰囲気で自分を襲ってくるという事態に、魔人族の女はとある魔法を思い出し「まさか……」と呟いた。

「あなたに光輝君の邪魔はさせない!」

 そんなことを叫びながら、手をタクトのように振るって死体のキメラに魔人族の女を包囲させたのは恵里だった。

「ちっ! 降霊術の使い手か! そんな情報なかったのに!」

 魔人族の女は、光輝達を待ち伏せる上で、一応、事前調査を行っていた。その中に、降霊術などと言う超高難度魔法を使う者がいるなどという情報はなかったため、完全に予想外の事態だった。恵里が、“降霊術師”という天職を持っていながら、降霊術を苦手として実戦では使っていなかった事が、ここに来ていい方向に働いたのである。

 恵里は、苦手なんて今、克服する! とでも言うように強い眼差しで魔人族の女を睨むと、実戦で始めて使うとは思えないほど巧みにキメラ達を操り、魔人族の女を倒すというより、時間を稼ぐように立ち回った。

 その間に、香織が鈴に向かって“焦点”と“万天”を行使する。メンバーの中で一番危険な状態なのは鈴だったため、まずは鈴に集中して治すことにしたのだ。“万天”は光系の中級回復魔のうち状態異常を解除する魔法だ。しかし、石化の魔法はかなり強力な魔法のようで、解除は遅々としている。腹と腕に空いた穴は直ぐに塞がったが、流した血の量は既に相当なものだ。今すぐ安静が必要な重体である。石化が解けた瞬間に改めて足の穴も塞がなければならない。

 左半身が石化している野村には、辻綾子がついて状態異常の解除に勤しんでいた。辻綾子の回復魔法適性が高い事ともあるが、野村の土系統魔法に対する耐性が高いことも相まって、かなりの速度で解除が進んでいる。既に足の石化は解除出来ていた。

 しかし、それでも、白杖を振るう香織をチラリと見やって辻綾子は唇を噛んだ。同じ、“治癒師”の天職なのに、術師としての技量は明らかに香織の方が上だった。香織は、野村より遥かに重傷の鈴を魔法の同時行使で治癒しながら、更に、光輝を守って戦う雫や龍太郎にも時折、回復魔法をかけているのだ。綾子には、とても真似できない芸当である。こんな状況で十全に味方を癒せない事に悔しい気持ちが湧き上がると同時に、自分が情けなかった。

 そんな綾子に、治癒される野村は何か言いたげな表情をしたが、今はそんな場合ではないと思い直し、痛みを堪えながらブツブツと詠唱を続ける。

 戦力の減少と光輝の戦闘中断により、相対する魔物が多すぎて満身創痍になりつつある檜山と中野、それに永山達と、恵里は二人の治癒師を守りながら、限界が近い事を悟っていた。このまま行けば数分で自分達は力尽きると。

 光輝の聖剣に集まる輝きがなければ、今にも泣きそうな中野あたりはパニックになって自殺行為に走っていたかもしれない。メンバーが、今か今かと待っていたその時は……遂に訪れた。

「行くぞ! “天落流雨”!」

 光輝の掲げた聖剣から、一条の閃光が打ち上げられたかと思うと、その光は天井付近で破裂するように飛び散り、周囲の魔物達に流星の如く降り注いだ。

 この“天落流雨”は、敵の直上からピンポイントで複数同時に攻撃するという光系の攻撃魔法だ。威力は分散しているため威力そこまで高くはなく、本来は多数の雑魚敵掃討に用いるものだが、それでも“限界突破”中に使えば、五十層クラスの魔物くらいなら十分効果を発揮する爆撃のような魔法である。

 ただ、やはり、異常な強さをもつ魔人族の魔物達には、さほどダメージにならなかったようで、精々吹き飛ばして仲間達から引き離すくらいの効果しか発揮しなかった。だが、光輝にとっては、それで十分だった。隙を作り、仲間が撤退出来る状況を作ることができれば。魔人族の女の方は、まだ、恵里が操るキメラに手間取っている。

 光輝はそれを確認すると、馬鹿みたいに詠唱の長いこの魔法の本領を発揮させた。

「“収束”!」

 天より降り注ぎ、魔物達を一時的に後退させた光の雨は、光輝の詠唱によって再び聖剣に収束していく。流星が尾を引いて一点に集まる光景は中々に幻想的だった。光輝は、収束させた光を纏って輝く聖剣を、真っ直ぐ退路となる通路とその前に陣取る魔物達に向けて突き出し、裂帛の気合とともに一連の魔法の最後のトリガーを引いた。

「“天爪流雨”!」

 直後、突き出された聖剣から無数の流星が砲撃のごとく撃ち放たれる。同じ砲撃でも光輝の切り札である“神威”には遠く及ばない威力であり、当然、退路を塞ぐ魔物達を一掃することなど叶わない。

 本来なら、“神威”を使いたいところだが、詠唱が長すぎてとても盾となってくれている雫と龍太郎がもつとは思えなかったので仕方ない。

 しかし、それでも、“天爪流雨”は今の状況では最適の手だった。流星となって退路上の魔物達に直進した光の奔流は、着弾と同時に無数の爆発を引き起こした。砲撃を構成する無数の光弾がクラスター爆弾のように破裂したのだ。それによって衝撃が連続して発生し、魔物達は体勢を崩され大きく吹き飛ばされた。

「「「「ルァアアア!!」」」」

 魔物達がきつく目を閉じたまま悲鳴を上げる。“天爪流雨”の副次効果、閃光による視覚へのダメージだ。間近で発生した強烈な光によって眼を灼かれたのである。混乱したように目元を手でこすりながら、闇雲に暴れる魔物達。

 彼等は既に、退路上にはいない。通路に向かって一直線に道が開かれた。

「今だ! 撤退するぞ!」

 光輝の号令で、全員が一斉に動き出す。石化している近藤と斎藤は、永山が一人で肩に担ぎ、気絶している鈴は遠藤が背負った。野村は、まだ左腕が石化したままだったが、激痛を堪えながらも自力で立ち上がり、通路に向かって走り始める。

「チッ! 逃がすな! 一斉にかかりな!」

 魔人族の女が残り二体のキメラを相手取りながら、無事な魔物達にそう命令する。魔物達は、その命令に忠実に従い即座に追撃に移った。キメラといい、四つ目狼といい、黒猫といい、足の早い魔物が多く、光輝達が引き離した距離は瞬く間に詰められていく。

 と、そこで野村が身を翻し、痛みに顔をしかめながらも不敵な笑みを浮かべて右手を突き出した。

「土系統で負けるわけにゃあ行かねぇんだよ! お返しだ! “落牢”!」

 先程の魔人族の女と同じく灰色の渦巻く球体が野村の手より放たれる。石化の煙を孕んだ魔法球が迫り来る魔物達の手前に着弾した。先程の魔人族の“落牢”が放たれたとき、魔人族の女が何も言わなくても、魔物達は、即座に距離をとっていた。なので、野村は、この魔法の危険性を教え込まれているのではないかと考え、撤退時の追撃に備えて詠唱しておいたのだ。

 その、野村の推測は正しかった。灰色の球体が放たれた瞬間、突進して来ていた魔物達が一斉に急ブレーキをかけて、その場を飛び退き距離をとり始めたのだ。同時に、煙は煙幕にもなって撤退する光輝達の姿を隠した。

 それに合わせて、遠藤が魔力の残滓や臭いなどの痕跡を魔法で消していく。遠藤の天職は“暗殺者”であり、そういった工作系の魔法に天賦の才を持っているので、そうそう追跡は出来ないだろう。

 既に後方で小さくなった部屋の入口から、気のせいか悔しそうな魔物達の咆哮が響いた。

 光輝達は、ボロボロの体と目を覚まさない仲間に悔しさ半分、生き残った嬉しさ半分の気持ちで口数少なく逃げ続けた。

いつも読んで下さり有難うございます
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます

次回は、火曜日の18時更新予定です
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