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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第三章

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ハジメ、〇〇になる 後編



 シアから念話をもらったハジメとユエは、情報の場所に急行していた。ミュウがオークションに出される以上、命の心配はないだろうが精神的な負担は相当なもののはずだ。奪還は早いに越したことはない。

 目的の場所に到着すると、その入口には二人の黒服に身を包んだ巨漢が待ち構えていた。ハジメは、騒ぎを起こしてまたミュウが移送されては堪らないと思い、裏路地に移動すると錬成を使って地下へと侵入した。

 ユエと共に、気配遮断を使いながら素早く移動していく。ダンボールが無いのは非常に残念だ。あれさえあれば、気配遮断のスキルすらいらないというのに……

 やがて、地下深くに無数の牢獄を見つけた。入口に監視が一人おり居眠りをしている。その監視の前を素通りして行くと、中には、人間の子供達が十人ほどいて、冷たい石畳の上で身を寄せ合って蹲っていた。十中八九、今日のオークションで売りに出される子供達だろう。

 基本的に、人間族のほとんどは聖教教会の信者であることから、そのような人間を奴隷や売り物にすることは禁じられている。人間族でもそのような売買の対象となるのは犯罪者だけだ。彼等は、神を裏切った者として、奴隷扱いや売り物とすることが許されるのである。そして、眼前で震えている子供達が、そろってそのような境遇に落とされべき犯罪者とは到底思えない。そもそも、正規の手続きで奴隷にされる人間は表のオークションに出されるのだ。ここにいる時点で、違法に捕らえられ、売り物にされていることは確定だろう。

 ハジメは、突然入ってきた人影に怯える子供達と鉄格子越しに屈んで視線を合わせると、静かな声音で尋ねた。

「ここに、海人族の女の子はこなかったか?」

 てっきり、自分達の順番だと怯えていた子供達は、予想外の質問に戸惑ったように顔を見合わせる。牢屋の中にはミュウの姿はなかった。そのため、ハジメは、他にも牢屋があるのか、それとも既に連れ出された後なのか、子供達に尋ねてみたのだ。

 しばらく沈黙していた子供達だが、ハジメの隣りにユエがしゃがみ込み優しげな瞳で「……大丈夫」と呟くと、少し安心したのか、一人の七、八歳くらいの少年がおずおずとハジメの質問に答えた。

「えっと、海人族の子なら少し前に連れて行かれたよ……お兄さん達は誰なの?」

 やはり、既に連れて行かれたあとかと内心舌打ちしたハジメは、不安そうな少年に向かって簡潔に返した。

「助けに来たんだよ」
「えっ!? 助けてくれるの!」

 ハジメの言葉に、驚愕と喜色を浮かべて、つい大声を出してしまう少年。その声は薄暗い地下牢によく響き渡った。慌てて口を両手で抑える少年だったが、監視にはばっちり聞こえていたようで「何騒いでんだ!」と目を覚ましてドタドタと地下牢に入ってきた。

 そして、ハジメ達を見つけて、一瞬硬直するものの「てめぇら何者だ!」と叫びながら短剣を抜いて襲いかかる。それを見て、子供達は、刺されて倒れるハジメとユエの姿を幻視し悲鳴を上げた。

 だが、そんな事はありえない。ハジメは、突き出された刃物を左手で無造作に掴み取ると、そのまま力を込めて短剣の刃を粉々に砕いてしまった。ハジメが、手を広げるとバラバラとこぼれ落ちる刃の欠片。監視の男は、それが何なのか一瞬理解出来なかったようでキョトンとした表情をすると、手元の短剣に目を落とした。そして、柄だけになっている姿を見て、漸く何が起こったのか理解し、「なっ、なっ」と言葉を詰まらせながら顔を青ざめさせて一歩後退った。

 ハジメは、問答無用で一歩詰めると男の頭を鷲掴みにし、そのまま地面に叩きつけた。

グシャ!

 そんな生々しい音共に、一瞬で男は絶命する。

「監視ならまず警笛鳴らせよ」

 呆れた表情でそんな事を言いながら、文字通り監視を瞬殺したハジメに、子供達は目を丸くして驚いている。そんな視線にもお構いなしにハジメは、錬成で鉄格子を分解してしまう。子供達の目には、一瞬で鉄格子を消し去ってしまったように見えたため更に驚いてポカン口を開いたまま硬直してしまった。

「ユエ、悪いが、こいつ等を頼めるか? 俺は、どうやらもうひと暴れしなきゃならないみたいだ」
「ん……任せて」
「おそらく、もうすぐ保安署の連中も駆けつけるだろうしな。そいつらに預ければいいだろう。イルワ支部長が色々手を回してくれるだろうし……細かい事は、あの人に丸投げしよう」

 ユエが、若干、同情するような眼差しで遠くを見た。それはギルド支部がある方角だった。実は、ここに来る前に、適当に捕まえた冒険者にイルワ宛の念話石を届けてもらい、事の次第をイルワに説明しておいたのだ。ステータスプレートの“金”はこういうとき非常に役に立つ。ハジメの色を見た瞬間の平冒険者のしゃちほこばった態度といったら……まるで日本人がハリウッドスターに街中で声を掛けられたようだった。敬礼までして快く頼みを聞いてくれたのだ。

 ちなみに、イルワの方から念話石を起動することは出来ないので、彼は一方的にハジメから、巨大裏組織と喧嘩しているという報告と事後処理もろもろ宜しくという話を聞かされ、執務室で真っ白になっていたりする。

 ハジメは、再び、地下牢から錬成で上階への通路を作ると子供達をユエに任せてオークション会場へ急ごうとした。と、その時、先ほどの少年がハジメを呼び止める。

「兄ちゃん! 助けてくれてありがとう! あの子も絶対助けてやってくれよ! すっげー怯えてたんだ。俺、なんも出来なくて……」

 どうやら、この少年、亜人族とか関係なく、ミュウを励まそうとしていたらしい。自分も捕まっていたというのに中々根性のある少年だ。自分の無力に悔しそうに俯く少年の頭を、ハジメはわしゃわしゃと撫で回した。

「わっ、な、なに?」
「ま、悔しいなら強くなればいい。つか、それしかないしな。今回は、俺がやっとくさ。次、何かあればお前がやればいい」

 それだけ言うと、ハジメはさっさと踵を返して地下牢を出て行った。呆然と両手で撫でられた頭を抑えていた少年は、次の瞬間には目をキラキラさせて少し男らしい顔つきでグッと握り拳を握った。ユエは、そんな少年に微笑ましげな眼差しを向けると、子供達を連れて地上へと向かった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~


 オークション会場は、一種異様な雰囲気に包まれていた。

 会場の客はおよそ百人ほど。その誰もが奇妙な仮面をつけており、物音一つ立てずに、ただ目当ての商品が出てくるたびに番号札を静かに上げるのだ。素性をバラしたくないがために、声を出すことも躊躇われるのだろう。

 そんな細心の注意を払っているはずの彼等ですら、その商品が出てきた瞬間、思わず驚愕の声を漏らした。

 出てきたのは二メートル四方の水槽に入れられた海人族の幼女ミュウだ。衣服は剥ぎ取られ裸で入れられており、水槽の隅で膝を抱えて縮こまっている。海人族は水中でも呼吸出来るので、本物の海人族であると証明するために入れられているのだろう。一度逃げ出したせいか、今度は手足に金属製の枷をはめられている。小さな手足には酷く痛々しい光景だ。

 多くの視線に晒され怯えるミュウを尻目に競りは進んでいく。ものすごい勢いで値段が上がっていくようだ。一度は人目に付いたというのに、彼等は海人族を買って隠し通せると思っているのだろうか。もしかすると、昼間の騒ぎをまだ知らないのかもしれない。

 ざわつく会場に、ますます縮こまるミュウは、その手に持っていた黒い布をギュッと握り締めた。それは、ハジメの眼帯だ。ミュウと別れる際、ミュウを宥めることに忙しくてすっかりその存在を忘れていたハジメは、後になって思い出し、現在は予備の眼帯を着けている。

 そのハジメの眼帯が、ミュウの小さな拠り所だった。母親と引き離され、辛く長い旅を強いられ、暗く澱んだ牢屋に入れられて、汚水に身を浸し、必死に逃げて、もうダメだと思ったその時、温かいものに包まれた。何だかいい匂いがすると目を覚ますと、目の前には片目に黒い布を付けた白髪の少年がいる。驚いてジッと見つめていると、何故か逸らしてなるものかとでも言うように、相手も見つめ返してきた。ミュウも、何だか意地になって同じように見つめ返していると、鼻腔をくすぐる美味しそうな匂いに気が逸れる。

 その後は聞かれるままに名前を答え、次に綺麗な紅い光が迸ったかと思うと、温かいお湯に入れられ、少年に似た、しかし、少し青みがかった白髪のウサミミお姉さんに体を丸洗いされた、暖かなお風呂も優しく洗ってくれる感触もとても気持ちよくて気がつけばシアと名乗るお姉さんを“お姉ちゃん”と呼び完全に気を許していた。

 膝の上に抱っこされ、食べさせてもらった串焼きの美味しさを、ミュウは、きっと一生忘れないだろう。夢中になってあ~んされるままに食べていると、いつの間にかいなくなっていたハジメと名乗る少年が帰ってきた。少し警戒心が湧き上がったが、可愛らしい服を取り出すと丁寧に着せてくれて、温かい風を吹かせながら何度も髪を梳枯れているうちに気持ちよくなってすっかり警戒心も消えてしまった。

 だから、保安署というところに預けられてお別れしなければならないと聞かされた時には、とてもとても悲しかった。母親と引き離され、ずっと孤独と恐怖に耐えてきたミュウにとって、遠く離れた場所で出会った優しいお兄ちゃんとお姉ちゃんと離れ、再び一人になること耐え難かったのだ。

 故に、ミュウは全力で抗議した。ハジメの髪を引っ張ってやったし、頬を何度も叩いたし、目に付けた黒い布だって取ってやったのだ。返して欲しく ばミュウと一緒にいるがいい! と。しかし、ミュウが一緒にいたかったお兄ちゃんとお姉ちゃんは、結局、ミュウを置いて行ってしまった。

 ミュウは、身を縮こまらせながら考えた。やっぱり、痛いことしたから置いていかれたのだろうか? 黒い布を取ったから怒らせてしまったのだろうか? 自分は、お兄ちゃんとお姉ちゃんに嫌われてしまったのだろうか? そう思うと、悲しくて悲しくて、ホロリと涙が出てくる。もう一度会えたら、痛くしたことをゴメンなさいするから、黒い布も返すから、そうしたら今度こそ……どうか一緒にいて欲しい。

「お兄ちゃん……お姉ちゃん……」

 ミュウがそう呟いたとき、不意に大きな音と共に水槽に衝撃が走った。「ひぅ!」と怯えたように眉を八の字にして周囲を見渡すミュウ。すると、すぐ近くにタキシードを着て仮面をつけた男が、しきりに何か怒鳴りつけながら水槽を蹴っているようだと気が付く。どうやら更に値段を釣り上げるために泳ぐ姿でも客に見せたかったらしく、一向に動かないミュウに痺れを切らして水槽を蹴り飛ばしているらしい。

 しかし、ますます怯えるミュウは、むしろ更に縮こまり動かなくなる。ハジメの眼帯を握り締めたままギュウと体を縮めて、襲い来る衝撃音と水槽の揺れにひたすら耐える。

 フリートホーフの構成員の一人で裏オークションの司会をしているこの男は、余りに動かないミュウに、もしや病気なのではと疑われて値段を下げられるのを恐れて、係りの人間に棒を持ってこさせた。それで直接突いて動かそうというのだろう。ざわつく客に焦りを浮かべて思わず悪態をつく。

「全く、辛気臭いガキですね。人間様の手を煩わせているんじゃありませんよ。半端者の能無しのごときが!」

 そう言って、司会の男が脚立に登り上から棒をミュア目掛けて突き降ろそうとした。その光景にミュウはギュウと目を瞑り、衝撃に備える。

が、やってくるはずの衝撃の代わりに届いたのは……聞きたかった人の声だった。

「そのセリフ、そっくりそのまま返すぞ? クソ野郎」

 次の瞬間、天井より舞い降りた人影が、司会の男の頭を踏みつけると、そのまま脚立ごと猛烈な勢いで床に押しつぶした。ビシャアア! と司会の男から破裂したように血が飛び散る。まさに圧殺という有様だった。

 衝撃的な登場をした人影、ハジメは、潰れて一瞬で絶命した男の事など目もくれず義手で水槽を殴りつけた。バリンッ! という破砕音と共に水槽が壊され中の水が流れ出す。

「ひゃう!」

 流れの勢いで、ミュウも外へと放り出された。思わず悲鳴を上げるミュウだったが、直後ふわりと温かいものに受け止められて、瞑っていた目を恐る恐る開ける。そこには、会いたいと思っていた人が、声が聞こえた瞬間どうしようもなく期待し思い浮かべた人が……確かにいた。自分を抱きとめてくれていた。ミュウは目をパチクリとし、初めて会った時のようにジッーとハジメを見つめる。

「よぉ、ミュウ。お前、会うたびにびしょ濡れだな?」

 冗談めかしてそんな事を言うハジメに、ミュウは、やはりジーと見つめたまま、ポツリと囁くように尋ねる。

「……お兄ちゃん?」
「お兄ちゃんかどうかは別として、お前に髪を引っ張られ、頬を引っ掻かれた挙句、眼帯を取られたハジメさんなら、確かに俺だ」

 ハジメが苦笑いしながらそう返すと、ミュウはまん丸の瞳をジワッと潤ませる。そして……

「お兄ちゃん!!」

 ハジメの首元にギュッウ~と抱きついてひっぐひっぐと嗚咽を漏らし始めた。ハジメは困った表情でミュウの背中をポンポンと叩く。そして、手早く毛布でくるんでやった。

 と、再会した二人に水を差すように、ドタドタと黒服を着た男達がハジメとミュウを取り囲んだ。客席は、どうせ逃げられるはずがないとでも思っているのか、ざわついてはいるものの、未だ逃げ出す様子はない。

「クソガキ、フリートホーフに手を出すとは相当頭が悪いようだな。その商品を置いていくなら、苦しまずに殺してやるぞ?」

 二十人近くの屈強そうな男に囲まれて、ミュウは、首元から顔を離し不安そうにハジメを見上げた。ハジメは、ミュウの耳元に顔を近づけると、煩くなるから耳を塞いで、目を閉じていろと囁き、小さなぷくぷくしたミュウの手を取って自分の耳に当てさせる。ミュウは不思議そうにしながらも、焦燥感も不安感もまるで感じさせない余裕の態度をとるハジメに安心したように頷くと、素直に両手で耳を塞いで目を瞑り、ハジメの胸元にギュッと顔を埋めた。

 完全に無視された形の黒服は額に青筋を浮かべて、商品に傷をつけるな! ガキは殺せ! と大声で命じた。その瞬間、

ドパンッ!!

 そんな乾いた破裂音と共に、リーダー格と思われる黒服の頭部が爆ぜた。誰もが「えっ?」と事態を理解できないように目を丸くして後頭部から脳髄を撒き散らして崩れ落ちる黒服を見つめる。その隙に、ハジメは更に発砲。誰もが何をされているのかわからず硬直している間に、連続した発砲音が響き渡り、彼等が正気を取り戻す頃には十二体の頭部を爆ぜさせた死体が出来上がった。

 その時になって漸く、目の前の少年を尋常ならざる相手だと悟ったのか、黒服たちは後退り、客達は悲鳴を上げて我先にと出口に殺到し始めた。

「お、お前、何者なんだ! 何が、何で……こんなっ!」

 混乱し、恐怖に戦きながらも、必死に虚勢を張って声を荒げる黒服の一人。奥から更に十人ほどやってきたがホールの惨状をみて尻込みしている。

 そんな彼等をハジメは鼻で笑う。

「何で? 見りゃわかるだろ? 奪われたもんを奪い返しに来ただけだ。あとは……唯の見せしめだな。俺の連れに手を出すとこうなるっていう。だから、終わりは派手にいかせてもらうぞ?」

 ハジメはそう言うと、“空力”を使ってホールの天井まで上がって行き、いつの間にか空いていた穴に飛び込んでそのまま建物の外まで空いた穴を通って地上へと出た。

“ユエ。ミュウは無事確保した。そっちはどうだ?”
“……ん、避難完了。後は、客がワラワラ出てくるところ”
“そうか、じゃあフィナーレは派手に行こう”
“んっ!”

 ハジメは、“空力”で更に上空に駆け上がりながら、ミュウに話しかけた。律儀にハジメの言いつけを守り耳を塞いでハジメの胸元に顔を埋めていたミュウは、ハジメの「もういいぞ、ミュウ」という言葉に目をパチクリさせながら周囲を見渡し……「ふわっ!?」という驚きの声を上げた。

 それはそうだろう。目を開けてみれば、周囲は町を一望できるほどの上空なのである。地平の彼方には、まさに沈もうとしている夕日が真っ赤に燃え上がりながら空を赤く染め上げており、地上には人口の光が転々と輝きだし、美しいイルミネーションを作り上げていた。その初めて見る雄大な光景にミュウは瞳を輝かせてワーキャー言いながらハジメの胸元を掴んではしゃいでいる。

「お兄ちゃん凄いの! お空飛んでるの!」
「飛んでるんじゃなくて跳んでるだけなんだが……まぁいいか。それより、ミュウ、ちょっと派手な花火が見れるぞ?」
「花火?」
「花火ってのは……爆発だ」
「爆発?」

 碌な説明が出来ていないが、これからやることに変わりはないのでハジメは気にしない。ミュウを片腕で抱っこしたまま、“空力”で上空に留まりつつ、“宝物庫”から一つの指輪を取り出す。それは、“感応石”を利用した爆弾の遠隔起爆装置だ。実は、ミュウを探すついでに、適当な場所にポンポンと投げ飛ばしておいたのである。

「んじゃ、行こうか。た~ま~や~」
「た~ま~や~?」

 間延びしたハジメとミュウの声が夕暮れの空に響いた瞬間、フューレン全体に轟くほどの轟音と共に周囲のフリートホーフの関連建物をも巻き込んで凄絶な衝撃が走った。裏オークションの会場となっていた美術館も、歴史的建造物? 芸術品? 何それ美味しいの? と言わんばかりに木っ端微塵に粉砕されていく。爆炎が猛烈な勢いで上空に上がり、夕日とは違った赤で周囲の建物と空を染め上げた。

「ふぇえええ!?」
「どうだ、ミュウ? 驚いたか?」
「花火コワイ」

 ミュウが爆発の壮絶さにふるふると震えて、ハジメにヒシッとしがみついていると、追い打ちをかけるように、少し離れた空に突然暗雲が立ち込め始めた。そして、雷鳴の咆吼と共に、四体の“雷龍”が出現する。一体の場合と比べると二回りほどサイズが縮小されているが手数は増えるようだ。

 ユエが生み出した“雷龍”四体は、それぞれ別方向に雷を迸らせながら赤く燃える空を悠然と突き進む。おそらく、フューレンにいるほとんどの人が、その偉容を目撃していることだろう。そして、四体の雷龍は、取り残していたフリートホーフの重要拠点四ヶ所に、雷鳴を轟かせながら同時に“落ちた”。稲光で更に周囲と空を染め上げて、轟音と共に建物が崩壊する音がフューレンに響き渡る。爆炎と粉塵が至るところから上がっており、夕日と炎に照らされて赤く染まる今のフューレンは、まるで空爆にでもあった戦時中の町のようだった。

 ちなみに、関係のない一般人には危害が及ばないように注意はしている。関連施設やその周辺にも、無人偵察機を飛ばして、しっかりフリートホーフと関係のない人がいないか確認済みだ。なので吹き飛んだり消し炭になっているのはフリートホーフの人間だけである。個人の人格までは知ったことではない。

“ハジメさん! ミュウちゃんは無事ですか!?”
“ちょ、待つのじゃシアよ。って早いのじゃ!”

 ミュウと二人で収まりつつある炎や噴煙を眺めていると、シアからの念話が入った。何をするのか詳細は伝えていなかったので、爆発やら“雷龍”やらに驚いて、慌てて連絡して来たらしい。

“ああ。無事だよ。奴等の拠点も大体潰したし……そうだな。多分、悲鳴を上げているだろうイルワ支部長のもとにでも集合しようか”
“うぅ~、良かったぁ~。支部長さんのところですね? 了解です。直ぐに向かいますから早くミュウちゃんに会わせて下さいね?”
“ああ。わかってるよ。じゃあ、向こうでな”
“はいです”

 突然、遠くを見つめて沈黙したハジメに、不思議そうな眼差しを向けるミュウ。ハジメが「お姉ちゃんと、もう直ぐ会えるぞ?」と伝えると、「お姉ちゃん!」と嬉しそうに頬を綻ばせた。

 と、地上に降りたハジメの下へ捕まっていた子供達を保安員に引き渡したユエがやって来た。ハジメに抱っこされるミュウをジーと見つめている。ミュウの方は、そわそわと視線を彷徨わせて、ハジメを見上げた。その目が、「この人誰なの?」と言っている。

「ミュウ、彼女の名前はユエ。俺の恋人だ」
「ふぇ? 恋人? ……シアお姉ちゃんは?」
「仲間だな」
「恋人じゃないの?」
「違うな」
「……といいつつも?」
「どんな返しだよ……恋人はこのユエだ」
「むぅ~」

 ユエを紹介されたミュウは、何やら不満そうな表情でユエに視線を向けた。ユエは未だにジーとミュウを見ている。ミュウもまた、見定めようとするかのようにユエを見つめ返した。しばらく見つめ合っていた二人だが、その均衡は不意に破られた。ユエがおもむろに進み出てきたのだ。

 「むっ」と警戒するミュウ。だが、ユエはそんなミュウの警戒心などお構いなしにハジメからミュウを奪い取ると、むぎゅ~と音がしそうなほどキツく抱きしめた。「むぅ~」と唸り声を上げながらジタバタもがくミュウだが、ユエは一向に離さない。そして一言、

「……可愛いすぐる」

 どうやらミュウの事が相当お気に召したらしい。漸くプハッと顔を上げて呼吸を確保したミュウは、至近距離でユエと見つめあった。

「……ミュウ。私はユエ。一人でよく頑張った。とっても偉い」

 ユエは、優しげに目元を和らげると、抱きしめたままミュウの頭をいい子いい子する。その優しい手つきと温かい雰囲気にミュウは自然と気が緩みホロホロと涙を流し始めた。そのまま、盛大にワッーと泣き始める。ハジメと再会した時は、まだ緊迫の中にあり、きちんと泣く事ができなかった。それが、今この瞬間、完全に気が緩んで今までの辛かった気持ちを全部吐き出したのだ。

 ハジメは、流石ユエだなと苦笑いし、ミュウが泣き止むのを待って冒険者ギルドの支部長のもとへ向かうのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~


「倒壊した建物二二棟、半壊した建物四四棟、消滅した建物五棟、死亡が確認されたフリートホーフの構成員九十八名、再起不能四十四名、重傷二十八名、行方不明者百十九名……で? 何か言い訳はあるかい?」
「カッとなったので計画的にやった。反省も後悔もない」
「はぁ~~~~~~~~~」

 冒険者ギルドの応接室で、報告書片手にジト目でハジメを睨むイルワだったが、出された茶菓子を膝に載せた海人族の幼女と分け合いながらモリモリ食べている姿と反省の欠片もない言葉に激しく脱力する。

「まさかと思うけど……メアシュタットの水槽やら壁やらを破壊してリーマンが空を飛んで逃げたという話し……関係ないよね?」
「……ミュウ、これも美味いぞ? 食ってみろ」
「あ~ん」

 ハジメは平然とミュウにお菓子を食べさせているが、隣に座るシアの目が一瞬泳いだのをイルワは見逃さなかった。再び、深い、それはもうとても深い溜息を吐く。片手が自然と胃の辺りを撫でさすり、傍らの秘書長ドットが、さり気なく胃薬を渡した。

「まぁ、やりすぎ感は否めないけど、私達も裏組織に関しては手を焼いていたからね……今回の件は正直助かったといえば助かったとも言える。彼等は明確な証拠を残さず、表向きはまっとうな商売をしているし、仮に違法な現場を検挙してもトカゲの尻尾切りでね……はっきりいって彼等の根絶なんて夢物語というのが現状だった……ただ、これで裏世界の均衡が大きく崩れたからね……はぁ、保安局と連携して冒険者も色々大変になりそうだよ」
「まぁ、元々、其の辺はフューレンの行政が何とかするところだろ。今回は、たまたま身内にまで手を出されそうだったから、反撃したまでだし……」
「唯の反撃で、フューレンにおける裏世界三大組織の一つを半日で殲滅かい? ホント、洒落にならないね」

 苦笑いするイルワは、何だか十年くらい一気に年をとったようだ。流石に、ちょっと可哀想なので、ハジメはイルワに提案してみる。

「一応、そういう犯罪者集団が二度と俺達に手を出さないように、見せしめを兼ねて盛大にやったんだ。支部長も、俺らの名前使ってくれていいんだぞ? 何なら、支部長お抱えの“金”だってことにすれば……相当抑止力になるんじゃないか?」
「おや、いいのかい? それは凄く助かるのだけど……そういう利用されるようなのは嫌うタイプだろう?」

 ハジメの言葉に、意外そうな表情を見せるイルワ。だが、その瞳は「えっ? マジで? 是非!」と雄弁に物語っている。ハジメは苦笑いしながら、肩を竦めた。

「まぁ、持ちつ持たれつってな。世話になるんだし、それくらいは構わねぇよ。支部長なら、そのへんの匙加減もわかるだろうし。俺らのせいで、フューレンで裏組織の戦争が置きました、一般人が巻き込まれましたってのは気分悪いしな」
「……ふむ。ハジメ君、少し変わったかい? 初めて会ったときの君は、仲間の事以外どうでもいいと考えているように見えたのだけど……ウルでいい事でも会ったのかな?」
「……まぁ、俺的には悪いことばかりじゃなかったよ」

 流石は大都市のギルド支部長、相手のことをよく見ている。ハジメの微妙な変化も気がついたようだ。その変化はイルワからしても好ましいものだったので、ハジメからの提案を有り難く受け取る。

 ちなみに、その後、フリートホーフの崩壊に乗じて勢力を伸ばそうと画策した他二つの組織だったが、イルワの「なまはげが来るぞ~」と言わんばかりの効果的なハジメ達の名の使い方のおかげで大きな混乱が起こることはなかった。この件で、ハジメは“フューレン支部長の懐刀”とか“白髪眼帯の爆炎使い”とか“幼女キラー”とか色々二つ名が付くことになったが……ハジメの知ったことではない。ないったらないのだ。

 大暴れしたハジメ達の処遇については、イルワが関係各所を奔走してくれたおかげと、意外にも治安を守るはずの保安局が、正当防衛的な理由で不問としてくれたので特に問題はなかった。どうやら、保安局としても、一度預かった子供を、保安署を爆破されて奪われたというのが相当頭に来ていたようだ。

 また、日頃自分達を馬鹿にするように違法行為を続ける裏組織は腹に据えかねていたようで、挨拶に来た還暦を超えているであろう局長は実に男臭い笑みを浮かべてハジメ達にサムズアップして帰っていった。心なし、足取りが「ランラン、ルンルン」といった感じに軽かったのがその心情を表している。

「それで、そのミュウ君についてだけど……」

 イルワがはむはむとクッキーを両手で持ってリスのように食べているミュウに視線を向ける。ミュウは、その視線にビクッとなると、またハジメ達と引き離されるのではないかと不安そうにハジメやユエ、シアを見上げた。ティオに視線がいかないのは……子供が有害なものを見ないようにするのは年長者の役目ということだ。

「こちらで預かって、正規の手続きでエリセンに送還するか、君達に預けて依頼という形で送還してもらうか……二つの方法がある。君達はどっちがいいかな?」

 誘拐された海人族の子を、公的機関に預けなくていいのかと首を傾げるハジメに、イルワが説明するところによると、ハジメの“金”と今回の暴れっぷりの原因がミュウの保護だったという点から、任せてもいいということになったらしい。

「ハジメさん……私、絶対、この子を守ってみせます。だから、一緒に……お願いします」

 シアが、ハジメに頭を下げる。どうしても、ミュウが家に帰るまで一緒にいたいようだ。ユエとティオは、ハジメの判断に任せるようで沈黙したままハジメを見つめている。

「お兄ちゃん……一緒……め?」

 自分の膝の上から上目遣いで「め?」とか反則である。というより、ミュウを取り返すと決めた時点で、本人が望むなら連れて行ってもいいかと考えていたので、結論は既に出ている。

「まぁ、最初からそうするつもりで助けたからな……ここまで情を抱かせておいて、はいさよならなんて真似は流石にしねぇよ」
「ハジメさん!」
「お兄ちゃん!」

 満面の笑みで喜びを表にするシアとミュウ。【海上の都市エリセン】に行く前に【大火山】の大迷宮を攻略しなければならないが、ハジメは「まぁ、何とかするさ」と内心覚悟を決めてミュウの同行を許す。

「ただな、ミュウ。そのお兄ちゃんってのは止めてくれないか? 普通にハジメでいい。何というかむず痒いんだよ、その呼び方」

 喜びを表に抱きついてくるミュウに、照れ隠し半分にそんな事を要求するハジメ。元オタクなだけに“お兄ちゃん”という呼び方は……色々とクルものがあるのだ。

 ハジメの要求に、ミュウは暫く首をかしげると、やがて何かに納得したように頷き……ハジメどころかその場の全員の予想を斜め上に行く答えを出した。

「……パパ」
「………………な、何だって? 悪い、ミュウ。よく聞こえなかったんだ。もう一度頼む」
「パパ」
「……そ、それはあれか? 海人族の言葉で“お兄ちゃん”とか“ハジメ”という意味か?」
「ううん。パパはパパなの」
「うん、ちょっと待とうか」

 ハジメが、目元を手で押さえ揉みほぐしている内に、シアがおずおずとミュウに何故“パパ”なのか聞いてみる。すると……

「ミュウね、パパいないの……ミュウが生まれる前に神様のところにいっちゃったの……キーちゃんにもルーちゃんもミーちゃんもいるのにミュウにはいないの……だからお兄ちゃんがパパなの」
「何となくわかったが、何が“だから”何だとツッコミたい。ミュウ。頼むからパパは勘弁してくれ。俺は、まだ十七なんだぞ?」
「やっ、パパなの!」
「わかった。もうお兄ちゃんでいい! 贅沢はいわないからパパは止めてくれ!」
「やっーー!! パパはミュウのパパなのー!」

 その後、あの手この手でミュウの“パパ”を撤回させようと試みるが、ミュウ的にお兄ちゃんよりしっくり来たようで意外なほどの強情さを見せて、結局、撤回には至らなかった。こうなったら、もう、エリセンに送り届けた時に母親に説得してもらうしかないと、奈落を出てから一番ダメージを受けたような表情で引き下がったハジメ。

 イルワとの話し合いを終え宿に戻ってからは、誰がミュウに“ママ”と呼ばせるかで紛争が勃発し、取り敢えず、ハジメはミュウに悪影響が出そうなティオだけは縛り付けて床に転がしておいた。当然、興奮していたが……

 結局、“ママ”は本物のママしかダメらしく、ユエもシアも一応ティオも“お姉ちゃん”で落ち着いた。

 そして夜、ミュウたっての希望で全員で川の字になって眠る事になり、ミュウがハジメと誰の間で寝るかで再び揉めて、精神的に疲れきったハジメが強引にミュウを間にしてユエを抱きしめ、そのことでシアが不満をたらたらと流すという出来事があったが、なんとか眠りに付き激動の一日を終えることが出来た。

 この日、ハジメは十七歳でパパになった……これより子連れの旅が始まる!


~~~~~~~~~~~~~~~~~
おまけ

ユエ「……ハジメ」
ハジ「ん? 何だ、ユエ?」
ユエ「……子供欲しい」
ハジ「……(ダラダラ)」
ユエ「……ジーー(無言で訴える瞳)」
ハジ「……いつかな」
ユエ「んっ」
シア「あのぉ~、ハジメさん……私も(モジモジ)」
ハジ「…………しないぞ」
テオ「ご主人様よ、わら『冗談は存在だけにしろ』……はぁはぁ、妾だけ即答……しかも容赦なし……はぁはぁ……たまらん!」


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次回は、日曜日の18時更新予定です
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