挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第三章

69/249

ハジメ、〇〇になる 中編



 メアシュタット水族館を出て昼食も食べた後、ハジメとシアの二人は、迷路花壇や大道芸通りを散策していた。シアの腕には、露店で買った食べ物が入った包みが幾つも抱えられている。今は、バニラっぽいアイスクリームを攻略中だ。

「よく食べるな……そんなに美味いか?」
「あむっ……はい! とっても美味しいですよ。流石、フューレンです。唯の露店でもレベルが高いです」
「……食いすぎて太るなよ」
「……ハジメさん、それは女の子に言ってはいけないセリフです」

 ハジメの言葉に一瞬、食べる手が止まるものの、「後で運動するし……明日から少し制限するし……」などブツブツと言い訳しながら再度、露店の甘味を堪能するシア。そんなシアに苦笑いしながら横を歩くハジメは、突如、その表情を訝しげなものに変え足元を見下ろした。

 それに気がついたシアが、「ん?」と首を傾げてハジメに尋ねる。

「どうかしましたか、ハジメさん?」
「んー? いやな、気配感知で人の気配を感知したんだが……」
「気配感知なんて使っていたんですか?」
「基本は常時展開してる」
「う~ん? でも、何が気になるんです? 人の気配って言っても……」

 シアは周囲を見渡して「人だらけですよ?」と首を傾げた。

「いや、そうじゃなくてな……俺が感知したのは下だ」
「下? ……って下水道ですか? えっと、なら管理施設の職員とか?」
「だったら、気にしないんだがな。何か、気配がやたらと小さい上に弱い……多分、これ子供だぞ? しかも、弱っているな」
「ッ!? た、大変じゃないですか! もしかしたら、何処かの穴にでも落ちて流されているのかもしれませんよ! ハジメさん! 追いかけましょう! どっちですか!」

 ハジメの言葉を聞くなり既に駆け出しているシア。愛子に言われた“寂しい生き方”はしない様に心掛けているつもりだったのだが、動き出すのはシアの方が早いという事実に、ハジメは苦笑いする。やはり、シアの明るさや真っ直ぐさはハジメにとってもいい影響を与えているようだ。

 シアと二人で地下をそれなりの速度で流れていく気配を追うハジメ。町の構造的に、現在いるストリート沿いに下水が流れているのだろうと予想し、一気に気配を追い抜くと地面に手を付いて錬成を行った。紅いスパークが発生すると、直ちに、真下への穴が空く。

 ハジメとシアは、躊躇うことなくそのまま穴へと飛び降りた。そして、下方に流れる酷い匂いを放つ下水に落ちる前にシアを抱き寄せながら“空力”で跳躍し、水路の両サイドにある通路に着地する。

「ハジメさん、私にも気配が掴めました。私が飛び込んで引っ張り上げますね!」
「いや、大丈夫だから」

 服が汚れるなど気にした風もなく下水に飛び込もうとするシアの首根っこを掴んで止めたハジメは、再びに地面に手を付いて錬成を行った。紅いスパークと共に水路から格子がせり上がってくる。格子は斜めに設置されているので、流されてきた子供は格子に受け止められるとそのままハジメ達の方へと移動して来た。ハジメは、左腕のギミックを作動させ、その腕を伸長させると子供を掴み、そのまま通路へと引き上げた。

「この子は……」
「まぁ、息はあるし……取り敢えずここから離れよう。匂いが酷い」

 引き上げられたその子供を見て、シアが驚きに目を見開く。ハジメも、その容姿を見て知識だけはあったので、内心では結構驚いていた。しかし、場所が場所だけに、肉体的にも精神的にも衛生上良くないと場所を移動する事にする。

 何となく、子供の素性的に唯の事故で流されたとは思えないので、そのまま開けた穴からストリートに出ることが躊躇われたハジメは、穴を錬成で塞ぎ、代わりに地上の建物の配置を思い出しながら下水通路に錬成で横穴を開けた。そして、“宝物庫”から毛布を取り出すと小さな子供をくるみ、抱きかかえて移動を開始した。

 とある裏路地の突き当たりに突如紅いスパークが奔り地面にポッカリと穴が空く。そこからピョンと飛び出したのは、毛布に包まれた小さな子供を抱きかかえたハジメとシアだ。ハジメは、錬成で穴を塞ぐと、改めて自らが抱きかかえる子供に視線を向けた。

 その子供は、見た目三、四歳といったところだ。エメラルドグリーンの長い髪と幼い上に汚れているにも関わずわかるくらい整った可愛らしい顔立ちをしている。女の子だろう。だが何より特徴的なのは、その耳だ。通常の人間の耳の代わりに扇状のヒレが付いているのである。しかも、毛布からちょこんと覗く紅葉のような小さな手には、指の股に折りたたまれるようにして薄い膜がついている。

「この子、海人族の子ですね……どうして、こんな所に……」
「まぁ、まともな理由じゃないのは確かだな」

 海人族は、亜人族としてはかなり特殊な地位にある種族だ。西大陸の果、【グリューエン大砂漠】を超えた先の海、その沖合にある【海上の町エリセン】で生活している。彼等は、その種族の特性を生かして大陸に出回る海産物の八割を採って送り出しているのだ。そのため、亜人族でありながらハイリヒ王国から公に保護されている種族なのである。差別しておきながら使えるから保護するという何とも現金な話だ。

 そんな保護されているはずの海人族、それも子供が内陸にある大都市の下水を流れているなどありえない事だ。犯罪臭がぷんぷんしている。

 と、その時、海人族の幼女の鼻がピクピクと動いたかと思うと、パチクリと目を開いた。そして、その大きく真ん丸な瞳でジーとハジメを見つめ始める。ハジメも何となく目が合ったまま逸らさずジーと見つめ返した。意味不明な緊迫感が漂う中、シアが何をしているんだと呆れた表情で近づくと、海人族の幼女のお腹がクゥーと可愛らしい音を立てる。再び鼻をピクピクと動かし、ハジメから視線を逸らすと、その目が未だに持っていたシアの露店の包みをロックオンした。

 シアが、これ? と首を傾げながら、串焼きの入った包み右に左にと動かすと、まるで磁石のように幼女の視線も左右に揺れる。どうやら、相当空腹のようだ。シアが、包から串焼きを取り出そうとするのを制止して、ハジメは幼女に話しかけながら錬成を始めた。

「で? お前の名前は?」

 女の子は、シアの持つ串焼きに目を奪われていたところ、突如、地面から紅いスパークが走り始め、四角い箱状のものがせり上がってくる光景に驚いたように身を竦めた。そして、再度、ハジメから名前を聞かれて、視線を彷徨わせた後、ポツリと囁くような声で自身の名前を告げた。

「……ミュウ」
「そうか。俺はハジメで、そっちはシアだ。それでミュウ。あの串焼きが食べたいなら、まず、体の汚れを落とせ」

 ハジメは、完成した簡易の浴槽に“宝物庫”から綺麗な水を取り出し浴槽に貯め、更にフラム鉱石を利用した温石で水温を調整し即席のお風呂を作った。下水で汚れた体のまま食事をとるのは非常に危険だ。幾分か飲んでしまっているだろうから、解毒作用や殺菌作用のある薬(市販品)も飲ませておく必要がある。

 返事をする間もなく、毛布と下水をたっぷり含んだ汚れた衣服を脱がされ浴槽に落とされたミュウは、「ひぅ!」と怯えたように身を縮めたものの、体を包む暖かさに次第に目を細めだした。ハジメは、シアに薬やタオル、石鹸等を渡しミュウの世話を任せて、自らはミュウの衣服を買いに袋小路を出て行った。

 しばらくして、ハジメが、ミュウの服を揃えて袋小路に戻ってくると、ミュウは既に湯船から上がっており、新しい毛布にくるまれてシアに抱っこされているところだった。抱っこされながら、シアが「あ~ん」する串焼きをはぐはぐと小さな口を一生懸命動かして食べている。薄汚れていた髪は、本来のエメラルドグリーンの輝きを取り戻し、光を反射して天使の輪を作っていた。

「あっ、ハジメさん。お帰りなさい。素人判断ですけど、ミュウちゃんは問題ないみたいですよ」

 ハジメが帰ってきた事に気がついたシアが、ミュウのまだ湿り気のある髪を撫でながらハジメに報告をする。ミュウもそれでハジメの存在に気がついたのか、はぐはぐと口を動かしながら、再びジーとハジメを見つめ始めた。良い人か悪い人かの判断中なのだろう。

 ハジメは、シアの言葉に頷くと、買ってきた服を取り出した。シアの今着ている服に良く似た乳白色のフェミニンなワンピースだ。それに、グラディエーターサンダルっぽい履物、それと下着だ。子供用とは言え、店で買う時は店員の目が非常に気になった。

 ハジメは、ミュウの下へ歩み寄ると、毛布を剥ぎ取りポスッと上からワンピースを着せた。次いでに下着もさっさと履かせる。そして、ミュウの前に跪いて片方ずつ靴を履かせていった。更に、温風を出すアーティファクト、つまりドライヤーを“宝物庫”から取り出し、湿り気のあるミュウの髪を乾かしていく。ミュウはされるがままで、未だにジーとハジメを見ているが、温風の気持ちよさに次第に目を細めていった。

「……何気に、ハジメさんって面倒見いいですよね」
「何だ、藪から棒に……」

 ミュウの髪を乾かしながらシアの言葉に眉をしかめるハジメだったが、その姿こそ文字通り面倒見がいい証拠なので、シアは頬を緩めてニコニコと笑う。何となくばつが悪くなって、ハジメは話題を逸した。

「で、今後の事だが……」
「ミュウちゃんをどうするかですね……」

 二人が自分の事を話していると分かっているようで、上目遣いでシアとハジメを交互に見るミュウ。

 ハジメとシアは取り敢えず、ミュウの事情を聞いてみることにした。

 結果、たどたどしいながらも話された内容は、ハジメが予想したものに近かった。すなわち、ある日、海岸線の近くを母親と泳いでいたらはぐれてしまい、彷徨っているところを人間族の男に捕らえられたらしいということだ。

 そして、幾日もの辛い道程を経てフューレンに連れて来られたミュウは、薄暗い牢屋のような場所に入れられたのだという。そこには、他にも人間族(・・・)の幼子たちが多くいたのだとか。そこで幾日か過ごす内、一緒にいた子供達は、毎日数人ずつ連れ出され、戻ってくることはなかったという。少し年齢が上の少年が見世物になって客に値段をつけられて売られるのだと言っていたらしい。

 いよいよ、ミュウの番になったところで、その日たまたま下水施設の整備でもしていたのか、地下水路へと続く穴が開いており、懐かしき水音を聞いたミュウは咄嗟にそこへ飛び込んだ。三、四歳の幼女に何か出来るはずがないとタカをくくっていたのか、枷を付けられていなかったのは幸いだった。汚水への不快感を我慢して懸命に泳いだミュウ。幼いとは言え、海人族の子だ。通路をドタドタと走るしかない人間では流れに乗って逃げたミュウに追いつくことは出来なかった。

 だが、慣れない長旅に、誘拐されるという過度のストレス、慣れていない不味い食料しか与えられず、下水に長く浸かるという悪環境に、遂にミュアは肉体的にも精神的にも限界を迎え意識を喪失した。そして、身を包む暖かさに意識を薄ら取り戻し、気がつけばハジメの腕の中だったというわけだ。

「客が値段をつける……ね。オークションか。それも人間族の子や海人族の子を出すってんなら裏のオークションなんだろうな」
「……ハジメさん、どうしますか?」

 シアが辛そうに、ミュウを抱きしめる。その瞳は何とかしたいという光が宿っていた。亜人族は、捕らえて奴隷に落とされるのが常だ。その恐怖や辛さは、シアも家族を奪われていることからも分かるのだろう。

 だが、ハジメは首を振った。

「保安署に預けるのがベターだろ」
「そんなっ……この子や他の子達を見捨てるんですか……」

 ハジメの言葉にシアが噛み付く。ミュウをギュッと抱きしめてショックを受けたよう目でハジメを見た。ハジメの言う保安署とは、地球で言うところの警察機関のことだ。そこに預けるというのは、ミュウを公的機関に預けるということで、完全に自分達の手を離れるということでもある。なので、見捨てるというわけではなく迷子を見つけた時の正規の手順ではあるのだが、事が事だけにシアとしてはそういう気持ちになってしまうのだろう。

 ハジメは、そんなシアに噛んで含めるように説明する。

「あのな、シア。迷子を見つけたら保安署に送り届けるのは当然のことだ。まして、ミュウは海人族の子だ。必ず手厚く保護してくれるさ。それどころか、海人族をオークションに掛けようなんて大問題だ。正式に捜査が始まるだろうし、そうすれば他の子達も保護されるだろう。いいか? おそらくだが、これは大都市にはつきものの闇なんだ。ミュウが捕まっていたところだけでなく、公的機関の手が及ばない場所では普通にある事なんだろ。つまり、これはフューレンの問題だ。どっちにしろ、通報は必要だろう? ……お前の境遇を考えると、自分の手で何とかしたいという気持ちはわからんでもないがな……」
「そ、それは……そうですが……でも、せめてこの子だけでも私達が連れて行きませんか? どうせ、西の海には行くんですし……」
「はぁ~、あのな。その前に大火山に行かにゃならんだろうが。まさか、迷宮攻略に連れて行く気か? それとも、砂漠地帯に一人で留守番させるか? 大体、誘拐された海人族の子を勝手に連れて行ったら、俺等も誘拐犯の仲間入りだろうが。あんまり、無茶なこと言うな」
「……うぅ、はいです……」

 どうやら、シアはこの短い時間で相当ミュウに情が湧いてしまったようだ。自分の事で不穏な空気が流れていることを察したのか、ミュウはシアの体にギュウと抱きついている。ミュウの方もシアにはかなり気を許しているようだ。それがまた、手放すことに抵抗感を覚えさせるのだろう。

 しかし、ハジメの言っていることは当然の事なので、肩を落としながらも頷くシア。ハジメは、屈んでミュウに視線を合わせると、ミュウが理解出来るようにゆっくりと話し始めた。

「いいか、ミュウ。これから、お前を守ってくれる人達の所へ連れて行く。時間は掛かるだろうが、いつか西の海にも帰れるだろう」
「……お兄ちゃんとお姉ちゃんは?」

 ミュウが、ハジメの言葉に不安そうな声音で二人はどうするのかと尋ねる。

「悪いが、そこでお別れだ」
「やっ!」
「いや、やっ! じゃなくてな……」
「お兄ちゃんとお姉ちゃんがいいの! 二人といるの!」

 思いのほか強い拒絶が返ってきてハジメが若干たじろぐ。ミュウは、駄々っ子のようにシアの膝の上でジタバタと暴れ始めた。今まで、割りかし大人しい感じの子だと思っていたが、どうやらそれは、ハジメとシアの人柄を確認中だったからであり、信頼できる相手と判断したのか中々の駄々っ子ぶりを発揮している。元々は、結構明るい子なのかもしれない。

 ハジメとしても信頼してくれるのは悪い気はしないのだが、どっちにしろ公的機関への通報は必要であるし、途中で【大火山】という大迷宮の攻略にも行かなければならないのでミュウを連れて行くつもりはなかった。なので、「やっーー!!」と全力で不満を表にして、一向に納得しないミュウへの説得を諦めて、抱きかかえると強制的に保安署に連れて行くことにした。

 ミュウとしても、窮地を脱して奇跡的に見つけた信頼出来る相手から離れるのはどうしても嫌だったので、保安署への道中、ハジメの髪やら眼帯やら頬やらを盛大に引っ張り引っかき必死の抵抗を試みる。隣におめかしして愛想笑いを浮かべるシアがいなければ、ハジメこそ誘拐犯として通報されていたかもしれない。髪はボサボサ、眼帯は奪われて片目を閉じたまま、頬に引っかき傷を作って保安署に到着したハジメは、目を丸くする保安員に事情を説明した。

 事情を聞いた保安員は、表情を険しくすると、今後の捜査やミュウの送還手続きに本人が必要との事で、ミュウを手厚く保護する事を約束しつつ署で預かる旨を申し出た。ハジメの予想通り、やはり大きな問題らしく、直ぐに本部からも応援が来るそうで、自分達はお役目御免だろうと引き下がろうとした。が……

「お兄ちゃんは、ミュウが嫌いなの?」

 幼女にウルウルと潤んだ瞳で、しかも上目遣いでそんな事を言われて平常心を保てるヤツはそうはいない。流石のハジメも、「うっ」と唸り声を上げ、旅には連れて行けないこと、眼前の保安員のおっちゃんに任せておけば家に帰れる事を根気よく説明するが、ミュウの悲しそうな表情は一向に晴れなかった。

 見かねた保安員達が、ミュウを宥めつつ少し強引にハジメ達と引き離し、ミュウの悲しげな声に後ろ髪を引かれつつも、漸くハジメとシアは保安署を出たのだった。当然、そのままデートという気分ではなくなり、シアは心配そうに眉を八の字にして、何度も保安署を振り返っていた。

 やがて保安署も見えなくなり、かなり離れた場所に来たころ、未だに沈んだ表情のシアにハジメが何か声をかけようとした。と、その瞬間、

ドォガァアアアン!!!!

 背後で爆発が起き、黒煙が上がっているのが見えた。その場所は、

「ハ、ハジメさん。あそこって……」
「チッ、保安署か!」

 そう、黒煙の上がっている場所は、さっきまでハジメ達がいた保安署があった場所だった。二人は、互いに頷くと保安署へと駆け戻る。タイミング的に最悪の事態が脳裏をよぎった。すなわち、ミュウを誘拐していた組織が、情報漏えいを防ぐためにミュウごと保安署を爆破した等だ。

 焦る気持ちを抑えつけて保安署にたどり着くと、表通りに署の窓ガラスや扉が吹き飛んで散らばっている光景が目に入った。しかし、建物自体はさほどダメージを受けていないようで、倒壊の心配はなさそうだった。ハジメ達が、中に踏み込むと、対応してくれたおっちゃんの保安員がうつ伏せに倒れているのを発見する。

 両腕が折れて、気を失っているようだ。他の職員も同じような感じだ。幸い、命に関わる怪我をしている者は見た感じではいなさそうである。ハジメが、職員達を見ている間、ほかの場所を調べに行ったシアが、焦った表情で戻ってきた。

「ハジメさん! ミュウちゃんがいません! それにこんなものが!」

 シアが手渡してきたのは、一枚の紙。そこにはこう書かれていた。

“海人族の子を死なせたくなければ、白髪の兎人族を連れて○○に来い”

「ハジメさん、これって……」
「どうやら、あちらさんは欲をかいたらしいな……」

 ハジメは、メモ用紙をグシャと握り潰すと凶悪な笑みを浮かべた。おそらく、連中は保安署でのミュウとハジメ達のやり取りを何らかの方法で聞いていたのだろう。そして、ミュウが人質として役に立つと判断し、口封じに殺すよりも、どうせならレアな兎人族も手に入れてしまおうとでも考えたようだ。

 そんなハジメの横で、シアは、決然とした表情をする。

「ハジメさん! 私!」
「みなまでいうな。わーてるよ。こいつ等はもう俺の敵だ……御託を並べるのは終わりだ。全部ぶちのめして、ミュウを奪い返すぞ」
「はいです!」

 正直、危険な旅に同行させる気がない以上、さっさと別れるのがベターだとハジメは考えていた。精神的に追い詰められた幼子に、下手に情を抱かせると逆に辛い思いをさせることになるからだ。しかし、再度拐われたとなれば、放っておくわけには行かない。余裕があり出来るのに、窮地にある幼子を放置するのはきっと“寂しい生き方”だからだ。実際、自分には関係ないと見捨てる判断をすれば、確実にシアは悲しむだろう。

 それに、今回、相手はシアをも奪おうとしている。ハジメの“大切”に手を出そうというのだ。つまり、“敵”である。遠慮容赦一切無用。彼等は、ハジメの触れてはならない一線に触れてしまったのだ。

 ハジメとシアは武器を携え、化け物を呼び起こした愚か者達の指定場所へと一気に駆け出した。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「で、だ。指定された場所に行ってみれば、そこには武装したチンピラがうじゃうじゃいて、ミュウ自身はいなかったんだよ。たぶん、最初から俺を殺してシアだけ頂く気だったんだろうな。取り敢えず数人残して、皆殺しにした後、ミュウがどこか聞いてみたんだが……知らないらしくてな。拷問して他のアジトを聞き出して……それを繰り返しているところだ。」
「どうも、私だけじゃなくて、ユエさんとティオさんにも誘拐計画があったみたいですよ。それで、いっそのこと見せしめに今回関わった組織とその関連組織の全てを潰してしまおうということになりまして……」

 移動しながらハジメとシアの説明を聞いたユエとティオは、唯のデートに行って何故大都市の裏組織と事を構えることになるのかと、そのトラブル体質に呆れた表情を向けた。

「……それで、ミュウっていう子を探せばいいの?」
「ああ。聞き出したところによると、結構大きな組織みたいでな……関連施設の数も半端ないんだ。手伝ってくれるか?」
「ん……任せて」
「ふむ。ご主人様の頼みとあらば是非もないの」

 ユエとティオも躊躇うことなく了承する。ハジメは、現在判明している裏組織のアジトの場所を伝え、ハジメとユエ、シアとティオの二手に分かれてミュウ捜索兼組織潰しに動き出した。ちなみに、ハジメとシアで別れたのは、ミュウを発見した場合に顔見知りがいた方がいいと考えたからである。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 商業区の中でも外壁に近く、観光区からも職人区からも離れた場所。もっとも公的機関の目が届かない完全な裏世界。大都市の闇。昼間だというのに何故か薄暗く、道行く人々もどこか陰気な雰囲気を放っている。

 そんな場所の一角にある七階建ての大きな建物、表向きは人材派遣を商いとしているが、裏では人身売買の総元締をしている裏組織“フリートホーフ”の本拠地である。いつもは、静かで不気味な雰囲気を放っているフリートホーフの本拠地だが、今は、騒然とした雰囲気で激しく人が出入りしていた。おそらく伝令などに使われている下っ端であろうチンピラ風の男達の表情は、訳のわからない事態に困惑と焦燥、そして恐怖に歪んでいた。

 そんな普段の数十倍の激しい出入りの中、どさくさに紛れるように頭までスッポリとローブを纏った者が二人、フリートホーフの本拠地に難なく侵入した。バタバタと慌ただしく走り回る人ごみをスイスイと避けながら進み、遂には最上階の一際とある部屋の前に立つ。その扉からは男の野太い怒鳴り声が廊下まで漏れ出していた。それを聞いて、ローブを纏った者のフードが僅かに盛り上がりピコピコと動いている。

「ふざんけてんじゃねぇぞ! アァ!? てめぇ、もう一度言ってみやがれ!」
「ひぃ! で、ですから、潰されたアジトは既に五十軒を超えました。襲ってきてるのは二人組が二組です!」
「じゃあ、何か? たった四人のクソ共にフリートホーフがいいように殺られてるってのか? あぁ?」
「そ、そうなりまッへぶ!?」

 室内で、怒鳴り声が止んだかと思うと、ドガッ! と何かがぶつかる音がして一瞬静かになる。どうやら報告していた男が、怒鳴っていた男に殴り倒されでもしたようだ。

「てめぇら、何としてでも、そのクソ共を生きて俺の前に連れて来い。生きてさえいれば状態は問わねぇ。このままじゃあ、フリートホーフのメンツは丸潰れだ。そいつらに生きたまま地獄を見せて、見せしめにする必要がある。連れてきたヤツには、報酬に五百万ルタを即金で出してやる! 一人につき、だ! 全ての構成員に伝えろ!」

 男の号令と共に、室内が慌ただしくなる。男の指示通り、組織の構成員全員に伝令するため部屋から出ていこうというのだろう。耳をそばだてていた二人のフードを着た者達は顔を見合わせ一つ頷くと、一人が背中から戦鎚を取り出し大きく振りかぶった。

 そして、室内の人間がドアノブに手をかけた瞬間を見計らって、超重量の戦鎚を遠心力と重力をたっぷり乗せて振り抜いた。

ドォガアアア!!

 爆音を響かせて、扉が木っ端微塵に粉砕される。ドアノブに手を掛けていた男は、その衝撃で右半身をひしゃげさせ、更に、その後ろの者達も散弾とかした木片に全身を貫かれるか殴打されて一瞬で満身創痍の有様となり反対側の壁に叩きつけられた。

「構成員に伝える必要はありませんよ。本人がここにますからね」
「ふむ、外の連中は引き受けよう。手っ取り早く、済ますのじゃぞ? シア」
「ありがとうございます、ティオさん」

 今しがた起こした惨劇などどこ吹く風という様子で室内に侵入して来たのはシアとティオだ。いきなり、扉が爆砕したかと思うと、部下が目の前で冗談みたいに吹き飛び反対側の壁でひしゃげている姿に、フリートホーフの頭、ハンセンは目を見開いたまま硬直していた。しかし、シアとティオの声に我に返ると、素早く武器を取り出し構えながらドスの利いた声で話しだした。

「……てめぇら、例の襲撃者の一味か……その容姿……チッ、リストに上がっていた奴らじゃねぇか。シアにティオだったか? あと、ユエとかいうちびっ子いのもいたな……なるほど見た目は極上だ。おい、今すぐ投降するなら、命だけは助けてやるぞ? まさか、フリートホーフの本拠地に手を出して生きて帰れるとは思ってッ!? 『ズドンッ!』グギャアアア!!!」

 好色そうな眼でシアとティオを見ながらペチャクチャと話し始めたハンセンに、シアは冷め切った眼差しを向けて問答無用にショットガンを撃ち放った。飛び出した無数の鉄球によりハンセンは右腕を吹き飛ばされた状態で錐揉みしながら背後の壁に激突し、絶叫を上げながら蹲った。

 騒ぎを聞きつけて本拠地にいた構成員達が一斉に駆けつけてくるが、ティオが炎系魔法で階段を灰に変え上階へと至る道を無くしたため立ち往生する。更に“ブレス”縮小版を横凪に打ち払い、七階をハンセンの部屋を除いて全て消し炭にした。風通しどころか、見通しも良くなったフリートホーフの本拠地、茫然と上階を見上げる構成員達に、ティオは、風刃や炎弾をマシンガンの如く撃ち放っていく。容赦の欠片もない攻撃に、構成員達は蜘蛛の子を散らすように逃走を図るが……それが叶うものは少ないだろう。

 ティオが、外の構成員を一手に引き受けている間に、シアは、ドリュッケンを肩に担いだまま、悲鳴を上げてのたうつハンセンにツカツカと歩み寄ると、ドリュッケンを腹に突き落とした。「ぐえぇ」と苦悶の声を上げて何とか大槌を退かせようとするが、超重量のドリュッケンを片腕でどうこうできる訳もなく、ハンセンに出来たことは、無様に命乞いをすることだけだった。

「た、たのむ。助けてくれぇ! 金なら好きに持っていっていい! もう、お前らに関わったりもしない! だからッゲフ!?」
「勝手に話さないで下さい。あなたは私の質問に答えればいいのです。わかりましたか? 分からなければ、その都度、重さが増していきますので……内臓が出ないうちに答える事をオススメします」
「……シアよ。お主、やっぱりご主人様の仲間じゃの……言動がよう似とる」

 後ろを振り返りながら、ツッコミを入れるティオの言葉はさらっと無視して、シアはハンセンにミュウの事を聞く。ミュウと言われて一瞬、訝しそうな表情を見せたハンセンだが、海人族の子と言われ思い至ったのか少しずつ重さを増していくドリュッケンに苦悶の表情を浮かべながら必死に答えた。どうやら、今日の夕方頃に行われる裏オークションの会場の地下に移送されたようだ。

 ちなみに、ハンセンはシアとミュウの関係を知らなかったようで、なぜ、海人族の子にこだわるのか疑問に思ったようだ。おそらく、シア達とミュウのやり取りを見ていたハンセンの部下が咄嗟に思いつきでシアの誘拐計画を練って実行したのだろう。元々、シアの誘拐はフリートホーフの誘拐リストの上位に載っていたわけであるから、自分で誘拐して組織内での株を上げようとでもしたに違いない。

 シアは、首のチョーカに手を触れて念話石を起動すると、ハジメに連絡をとった。

“ハジメさん、ハジメさん。聞こえますか? シアです”
“…………シア。ああ、聞こえる。どうした?”
“ミュウちゃんの居場所が分かりました。ハジメさんは今、観光区ですよね? そちらの方が近いので先に向かって下さい”
“了解した”

 シアは、ハジメに詳しい場所を伝えると念話を切った。既にドリュッケンの重さで呼吸もままならないのか、青紫っぽい顔色になっているハンセン。シアは、ドリュッケンにかけた重力魔法を解いて、通常の重さに戻すとハンセンの上から退かせて肩に担いだ。ドリュッケンの重さからは解放されたものの、既に出血多量で意識が朦朧とし始めているハンセンは、それでも必死にシアに手を伸ばし助けを求めた。

「た、助け……医者を……」
「子供の人生を食物にしておいて、それは都合が良すぎるというものですよ……それにあなたのような人間を逃したりしたら、ハジメさんとユエさんに怒られてしまいます。というわけで、さよならです」
「や、やめ!」

グシャ!

 シアは、振り下ろしたドリュッケンを勢いよく振り回して付着した血を吹き飛ばすと再び背中に背負い、ティオに向き直った。

「ティオさん。ここは手っ取り早く潰して、早くハジメさん達と合流しましょう!」
「う、うむ……シアも大概容赦ないの……ちょっとときめいてしもうた……」
「? ……何か言いました?」
「な、何でもないのじゃ」

 ボソッと呟かれた言葉に、何となく悪寒を感じたシア。ティオに尋ね返すが、妙に熱っぽい表情をしているだけで何でもないようなので、首を傾げつつもフリートホーフ本拠地の破壊活動に勤しむ。

 シアとティオが立ち去った後には、無数の屍と瓦礫の山だけが残った。“フリートホーフ”フューレンにおいて、裏世界では三本の指に入る巨大な組織は、この日、実にあっさりと壊滅したのだった。


いつも読んで下さり有難うございます
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます

幼女です
身内以外の一切を切り捨てるハジメの価値観に変化をもたらす出会い第二弾です
あと後編だけお付き合いください
そのあと、勇者サイドに移ります
某インなんとかさん並に出番のない不憫なあの子もでます

次回は、木曜日の18時更新です
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ