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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第三章

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望まぬ結果


 清水幸利にとって、異世界召喚とは、まさに憧れであり夢であった。ありえないと分かっていながら、その手の本、Web小説を読んでは夢想する毎日。夢の中で、何度世界を救い、ヒロインの女の子達とハッピーエンドを迎えたかわからない。清水の部屋は、壁が見えなくなるほどに美少女のポスターで埋め尽くされており、壁の一面にあるガラス製のラックには、お気に入りの美少女フュギュアがあられもない姿で所狭しと並べられている。本棚は、漫画やライトノベル、薄い本やエロゲーの類で埋め尽くされていて、入りきらない分が部屋のあちこちにタワーを築いていた。

 そう、清水幸利は真性のオタクである。但し、その事実を知る者は、クラスメイトの中にはいない。それは、清水自身が徹底的に隠したからだ。理由は、言わずもがなだろう。ハジメに対するクラスメイトの言動を間近で見て、なお、オタクであることをオープンにできるような者はそうはいない。

 クラスでの清水は、彼のよく知る言葉で表すなら、まさにモブだ。特別親しい友人もおらず、いつも自分の席で大人しく本を読む。話しかけられれば、モソモソと最低限の受け答えはするが自分から話すことはない。元々、性格的に控えめで大人しく、それが原因なのか中学時代はイジメに合っていた。当然の流れか登校拒否となり自室に引きこもる毎日で、時間を潰すために本やゲームなど創作物の類に手を出すのは必然の流れだった。親はずっと心配していたが、日々、オタクグッズで埋め尽くされていく部屋に、兄や弟は煩わしかったようで、それを態度や言葉で表すようになると、清水自身、家の居心地が悪くなり居場所というものを失いつつあった。鬱屈した環境は、表には出さないが内心では他者を扱き下ろすという陰湿さを清水にもたらした。そして、ますます、創作物や妄想に傾倒していった。

 そんな清水であるから、異世界召喚の事実を理解したときの脳内は、まさに「キターー!!」という状態だった。愛子がイシュタルに猛然と抗議している時も、光輝が人間族の勝利と元の世界への帰還を決意し息巻いている時も、清水の頭の中は、何度も妄想した異世界で華々しく活躍する自分の姿一色だ。ありえないと思っていた妄想が現実化したことに舞い上がって、異世界召喚の後に主人公を理不尽が襲うパターンは頭から追いやられている。

 そして実際、清水が期待したものと、現実の異世界ライフには齟齬が生じていた。まず、清水は確かにチート的なスペックを秘めていたが、それは他のクラスメイトも同じであり、更に、“勇者”は自分ではなく光輝であること、その為か、女が寄って行くのは光輝ばかりで、自分は“その他大勢の一人”に過ぎなかった事だ。これでは、日本にいた時と何も変わらない。念願が叶ったにもかかわらず、望んだ通りではない現実に陰湿さを増す清水は、内心で不満を募らせていった。

 なぜ、自分が勇者ではないのか。なぜ、光輝ばかりが女に囲まれていい思いをするのか。なぜ、自分ではなく光輝ばかり特別扱いするのか。自分が勇者ならもっと上手くやるのに。自分に言い寄るなら全員受け入れてやるのに……そんな、都合の悪いことは全て他者のせい、自分だけは特別という自己中心的な考えが清水の心を蝕んでいった。

 そんな折だ。あの【オルクス大迷宮】への実戦訓練が催されたのは。清水は、チャンスだと思った。誰も気にしない。居ても居なくても同じ。そんな背景のような扱いをしてきたクラスメイト達も、遂には自分の有能さに気がつくだろうと、そんな何処までもご都合主義な清水は……しかし、ようやく気がつくことになる。

 自分が決して特別な存在などではなく、ましてご都合主義な展開などもなく、ふと気を抜けば次の瞬間には確かに“死ぬ”存在なのだと。トラウムソルジャーに殺されかけて、遠くでより凶悪な怪物と戦う“勇者”を見て、抱いていた異世界への幻想がガラガラと音を立てて崩れた。

 そして、奈落へと落ちて“死んだ”クラスメイトを目の当たりにし、心が折れた。自分に都合のいい解釈ばかりして、他者を内心で下に見ることで保ってきた心の耐久度は当然の如く強くはなかったのだ。

 清水は、王宮に戻ると再び自室に引き篭ることになった。だが、日本の部屋のように清水の心を慰めてくれる創作物は、ここにはない。当然の流れとして、清水は自分の天職“闇術師”に関する技能・魔法に関する本を読んで過ごすことになった。

 闇系統の魔法は、相手の精神や意識に作用する系統の魔法で、実戦などでは基本的に対象にバッドステータスを与える魔法と認識されている。清水の適性もそういったところにあり、相手の認識をズラしたり、幻覚を見せたり、魔法へのイメージ補完に干渉して行使しにくくしたり、更に極めれば、思い込みだけで身体に障害を発生させたりということができる。

 そして、浮かれた気分などすっかり吹き飛んだ陰鬱な心で読んだ本から、清水は、ふとあることを思いついた。闇系統魔法は、極めれば対象を洗脳支配できるのではないか? というものだ。清水は興奮した。自分の考えが正しければ、誰でも好きなように出来るのだ。そう、好きなように。清水の心に暗く澱んだものがはびこる。その日から一心不乱に修練に励んだ。

 しかし、そう簡単に行く訳もなかった。まず、人のように強い自我のある者には、十数時間という長時間に渡って術を施し続けなければ到底洗脳支配など出来ない。当然、無抵抗の場合の話だ。流石に、術をかけられて反応しないものなど普通はいない。それこそ強制的手段で眠らせるか何かする必要がある。人間相手に、隠れて洗脳支配するのは環境的にも時間的にも厳しく、ばれた時のことを考えると非常にリスクが高いと清水は断念せざるを得なかった。

 肩を落とす清水だったが、ふと召喚の原因である魔人族による魔物の使役を思い出す。人とは比べるべくもなく本能的で自我の薄い魔物ならば洗脳支配できるのではないか。清水は、それを確かめるために夜な夜な王都外に出て雑魚魔物相手に実験を繰り返した。その結果、人に比べて遥かに容易に洗脳支配できることが実証できた。もっとも、それは既に闇系統魔法に極めて高い才能を持っていたチートの一人である清水だから出来た事だ。以前、イシュタルの言ったように、この世界の者では長い時間をかけてせいぜい一、二匹程度を操るのが限度である。

 王都近郊での実験を終えた清水は、どうせ支配下に置くなら強い魔物がいいと考えた。ただ、光輝達について迷宮の最前線に行くのは気が引けた。そして、どうすべきかと悩んでいたとき、愛子の護衛隊の話を耳にしたのだ。それに付いて行き遠出をすれば、ちょうどいい魔物とも遭遇出来るだろうと考えて。

 結果、愛子達とウルの町に来ることになり、北の山脈地帯というちょうどいい魔物達がいる場所で配下の魔物を集めるため姿を眩ませたのだ。次に再会した時は、誰もが自分のなした偉業に畏怖と尊敬の念を抱いて、特別扱いすることを夢想して。

 本来なら、僅か二週間と少しという短い期間では、いくら清水が闇系統に特化した天才でも、そして群れのリーダーだけを洗脳するという効率的な方法をとったとしても精々千に届くか否かという群れを従えるので限界だっただろう。それも、おそらく二つ目の山脈にいるブルタールレベルを従えるのが精々だ。

 だが、ここでとある存在の助力と、偶然支配できたティオの存在が、効率的で四つ目の山脈の魔物まで従える力を清水に与えた。と、同時に、そのとある存在との契約と日々増強していく魔物の軍勢に、清水の心のタガは完全に外れてしまった。そして遂に、やはり自分は特別だったと悦に浸りながら、満を持して大群を町に差し向けたのだった。

 そして、その結果は……

 見るも無残な姿に成り果てて、愛子達の前に跪かされるというものだった。ちなみに、敗残兵の様な姿になっている理由は、ハジメに魔物の血肉や土埃の舞う大地を魔力駆動二輪で引き摺られて来たからである。白目を向いて意識を喪失している清水が、なお、頭をゴンゴンと地面に打つけながら眼前に連れて来られたのを見て、愛子達の表情が引き攣っていたのは仕様がないことだろう。

 ちなみに、場所は町外れに移しており、この場にいるのは、愛子と生徒達の他、護衛隊の騎士達と町の重鎮達が幾人か、それにウィルとハジメ達だけである。流石に、町中に今回の襲撃の首謀者を連れて行っては、騒ぎが大きくなり過ぎるだろうし、そうなれば対話も難しいだろうという理由だ。町の残った重鎮達が、現在、事後処理に東奔西走している。

 未だ白目を向いて倒れている清水に、愛子が歩み寄った。黒いローブを着ている姿が、そして何より戦場から直接連行して来られたという事実が、動かぬ証拠として彼を襲撃の犯人だと示している。信じたくなかった事実に、愛子は悲しそうに表情を歪めつつ、清水の目を覚まそうと揺り動かした。

 デビッド達が、危険だと止めようとするが愛子は首を振って拒否する。拘束も同様だ。それでは、きちんと清水と対話できないからと。愛子はあくまで先生と生徒として話をするつもりなのだろう。

 やがて、愛子の呼びかけに清水の意識が覚醒し始めた。ボーっとした目で周囲を見渡し、自分の置かれている状況を理解したのか、ハッとなって上体を起こす。咄嗟に、距離を取ろうして立ち上がりかけたのだが、まだ後頭部へのダメージが残っているのか、ふらついて尻餅をつき、そのままズリズリと後退りした。警戒心と卑屈さ、苛立ちがない交ぜになった表情で、目をギョロギョロと動かしている。

「清水君、落ち着いて下さい。誰もあなたに危害を加えるつもりはありません……先生は、清水君とお話がしたいのです。どうして、こんなことをしたのか……どんな事でも構いません。先生に、清水君の気持ちを聞かせてくれませんか?」

 膝立ちで清水に視線を合わせる愛子に、清水のギョロ目が動きを止める。そして、視線を逸らして顔を俯かせるとボソボソと聞き取りにくい声で話……というより悪態をつき始めた。

「なぜ? そんな事もわかんないのかよ。だから、どいつもこいつも無能だっつうんだよ。馬鹿にしやがって……勇者、勇者うるさいんだよ。俺の方がずっと上手く出来るのに……気付きもしないで、モブ扱いしやがって……ホント、馬鹿ばっかりだ……だから俺の価値を示してやろうと思っただけだろうが……」
「てめぇ……自分の立場わかってんのかよ! 危うく、町がめちゃくちゃになるところだったんだぞ!」
「そうよ! 馬鹿なのはアンタの方でしょ!」
「愛ちゃん先生がどんだけ心配してたと思ってるのよ!」

 反省どころから、周囲への罵倒と不満を口にする清水に、玉井や園部など生徒達が憤りをあらわにして次々と反論する。その勢いに押されたのか、ますます顔を俯かせ、だんまりを決め込む清水。

 愛子は、そんな清水が気に食わないのか更にヒートアップする生徒達を抑えると、なるべく声に温かみが宿るように意識しながら清水に質問する。

「そう、沢山不満があったのですね……でも、清水君。みんなを見返そうというのなら、なおさら、先生にはわかりません。どうして、町を襲おうとしたのですか? もし、あのまま町が襲われて……多くの人々が亡くなっていたら……多くの魔物を従えるだけならともかく、それでは君の“価値”を示せません」

 愛子のもっともな質問に、清水は少し顔を上げると薄汚れて垂れ下がった前髪の隙間から陰鬱で暗く澱んだ瞳を愛子に向け、薄らと笑みを浮かべた。

「……示せるさ……魔人族になら」
「なっ!?」

 清水の口から飛び出したまさかの言葉に愛子のみならず、ハジメ達を除いた、その場の全員が驚愕を表にする。清水は、その様子に満足気な表情となり、聞き取りにくさは相変わらずだが、先程までよりは力の篭った声で話し始めた。

「魔物を捕まえに、一人で北の山脈地帯に行ったんだ。その時、俺は一人の魔人族と出会った。最初は、もちろん警戒したけどな……その魔人族は、俺との話しを望んだ。そして、わかってくれたのさ。俺の本当の価値ってやつを。だから俺は、そいつと……魔人族側と契約したんだよ」
「契約……ですか? それは、どのような?」

 戦争の相手である魔人族とつながっていたという事実に愛子は動揺しながらも、きっとその魔人族が自分の生徒を誑かしたのだとフツフツと湧き上がる怒りを抑えながら聞き返す。

 そんな愛子に、一体何がおかしいのかニヤニヤしながら清水が衝撃の言葉を口にする。

「……畑山先生……あんたを殺す事だよ」 
「……え?」

 愛子は、一瞬何を言われたのかわからなかったようで思わず間抜けな声を漏らした。周囲の者達も同様で、一瞬ポカンとするものの、愛子よりは早く意味を理解し、激しい怒りを瞳に宿して清水を睨みつけた。

 清水は、生徒達や護衛隊の騎士達のあまりに強烈な怒りが宿った眼光に射抜かれて一瞬身を竦めるものの、半ばやけくそになっているのか視線を振り切るように話を続けた。

「何だよ、その間抜面。自分が魔人族から目を付けられていないとでも思ったのか? ある意味、勇者より厄介な存在を魔人族が放っておくわけないだろ……“豊穣の女神”……あんたを町の住人ごと殺せば、俺は、魔人族側の“勇者”として招かれる。そういう契約だった。俺の能力は素晴らしいってさ。勇者の下で燻っているのは勿体無いってさ。やっぱり、分かるやつには分かるんだよ。実際、超強い魔物も貸してくれたし、それで、想像以上の軍勢も作れたし……だから、だから絶対、あんたを殺せると思ったのに! 何だよ! 何なんだよっ! 何で、六万の軍勢が負けるんだよ! 何で異世界にあんな兵器があるんだよっ! お前は、お前は一体何なんだよっ!」

 最初は嘲笑するように、生徒から放たれた“殺す”という言葉に呆然とする愛子を見ていた清水だったが、話している内に興奮してきたのか、ハジメの方に視線を転じ喚き立て始めた。その眼は、陰鬱さや卑屈さ以上に、思い通りにいかない現実への苛立ちと、邪魔したハジメへの憎しみ、そして、その力への嫉妬などがない交ぜになってドロドロとヘドロのように濁っており狂気を宿していた。

 どうやら、清水は目の前の白髪眼帯の少年をクラスメイトの南雲ハジメだとは気がついていないらしい。元々、話したこともない関係なので仕方ないと言えば仕方ないが……

 清水は、今にも襲いかからんばかりの形相でハジメを睨み罵倒を続けるが、突然矛先を向けられたハジメはと言うと、清水の罵倒の中に入っていた「厨二キャラのくせに」という言葉に、実は結構深いダメージをくらい現実逃避気味に遠くを見る目をしていたので、その態度が「俺、お前とか眼中にないし」という態度に見えてしまい、更に清水を激高させる原因になっていた。

 ハジメの心情を察して、後ろから背中をポンポンしてくれているユエの優しさがまた泣けてくる。

 シリアスな空気を無視して自分の世界に入っているハジメのおかげ? で、衝撃から我を取り戻す時間が与えられた愛子は、一つ深呼吸をすると激昂しながらも立ち向かう勇気はないようでその場を動かない清水の片手を握り、静かに語りかけた。

「清水君。落ち着いて下さい」
「な、なんだよっ! 離せよっ!」

 突然触れられたことにビクッとして、咄嗟に振り払おうとする清水だったが、愛子は決して離さないと云わんばかりに更に力を込めてギュッと握り締める。清水は、愛子の真剣な眼差しと視線を合わせることが出来ないのか、徐々に落ち着きを取り戻しつつも再び俯き、前髪で表情を隠した。

「清水君……君の気持ちはよく分かりました。“特別”でありたい。そう思う君の気持ちは間違ってなどいません。人として自然な望みです。そして、君ならきっと“特別”になれます。だって、方法は間違えたけれど、これだけの事が実際にできるのですから……でも、魔人族側には行ってはいけません。君の話してくれたその魔人族の方は、そんな君の思いを利用したのです。そんな人に、先生は、大事な生徒を預けるつもりは一切ありません……清水君。もう一度やり直しましょう? みんなには戦って欲しくはありませんが、清水君が望むなら、先生は応援します。君なら絶対、天之河君達とも肩を並べて戦えます。そして、いつか、みんなで日本に帰る方法を見つけ出して、一緒に帰りましょう?」

 清水は、愛子の話しを黙って聞きながら、何時しか肩を震わせていた。生徒達も護衛隊の騎士達も、清水が愛子の言葉に心を震わせ泣いているのだと思った。実は、クラス一涙脆いと評判の園部優香が、既に涙ぐんで二人の様子を見つめている。

 が、そんなに簡単に行くほど甘くはなかった。肩を震わせ項垂れる清水の頭を優しい表情で撫でようと身を乗り出した愛子に対して、清水は突然、握られていた手を逆に握り返しグッと引き寄せ、愛子の首に腕を回してキツく締め上げたのだ。思わず呻き声を上げる愛子を後ろから羽交い絞めにし、何処に隠していたのか十センチ程の針を取り出すと、それを愛子の首筋に突きつけた。

「動くなぁ! ぶっ刺すぞぉ!」

 裏返ったヒステリックな声でそう叫ぶ清水。その表情は、ピクピクの痙攣しているように引き攣り、眼はハジメに向けていた時と同じ狂気を宿している。先程まで肩を震わせていたのは、どうやら嗤っていただけらしい。

 愛子が、苦しそうに自分の喉に食い込む清水の腕を掴んでいるが引き離せないようだ。周囲の者達が、清水の警告を受けて飛び出しそうな体を必死に押し止める。清水の様子から、やると言ったら本気で殺るということが分かったからだ。みな、口々に心配そうな、悔しそうな声音で愛子の名を呼び、清水を罵倒する。

 ちなみに、この時になって漸く、ハジメは現実に復帰した。今の今まで自分の見た目に対する現実逃避でトリップしていたので、いきなりの急展開に「おや? いつの間に…」という顔をしている。

「いいかぁ、この針は北の山脈の魔物から採った毒針だっ! 刺せば数分も持たずに苦しんで死ぬぞ! わかったら、全員、武器を捨てて手を上げろ!」

 清水の狂気を宿した言葉に、周囲の者達が顔を青ざめさせる。完全に動きを止めた生徒達や護衛隊の騎士達にニヤニヤと笑う清水は、その視線をハジメに向ける。

「おい、お前、厨二野郎、お前だ! 後ろじゃねぇよ! お前だっつってんだろっ! 馬鹿にしやがって、クソが! これ以上ふざけた態度とる気なら、マジで殺すからなっ! わかったら、銃を寄越せ! それと他の兵器もだ!」

 清水の余りに酷い呼び掛けに、つい後ろを振り返って「自分じゃない」アピールをしてみるが無駄に終わり、嫌そうな顔をするハジメ。緊迫した状況にもかかわらず、全く変わらない態度で平然としていることに、またもや馬鹿にされたと思い清水は癇癪を起こす。そして、ヒステリックに、ハジメの持つ重火器を渡せと要求した。

 ハジメは、それを聞いて非常に冷めた眼で清水を見返した。

「いや、お前、殺されたくなかったらって……そもそも、先生殺さないと魔人族側行けないんだから、どっちにしろ殺すんだろ? じゃあ、渡し損じゃねぇか」
「うるさい、うるさい、うるさい! いいから黙って全部渡しやがれ! お前らみたいな馬鹿どもは俺の言うこと聞いてればいいんだよぉ! そ、そうだ、へへ、おい、お前のその奴隷も貰ってやるよ。そいつに持ってこさせろ!」

 冷静に返されて、更に喚き散らす清水。追い詰められすぎて、既に正常な判断が出来なくなっているようだ。その清水に目を付けられたシアは、全身をブルリと震わせて嫌悪感丸出しの表情を見せた。

「お前が、うるさい三連発しても、ただひたすらキモイだけだろうに……ていうか、シア、気持ち悪いからって俺の後ろに隠れるなよ。アイツ凄い形相になってるだろうが」
「だって、ホントに気持ち悪くて……生理的に受け付けないというか……見て下さい、この鳥肌。有り得ない気持ち悪さですよぉ」
「まぁ、勇者願望あるのに、セリフが、最初期に出てきて主人公にあっさり殺られるゲスイ踏み台盗賊と同じだしなぁ」

 本人達は声を潜めているつもりなのかもしれないが、嫌悪感のせいで自然と声が大きくなり普通に全員に聞こえていた。清水は、口をパクパクさせながら次第に顔色を赤く染めていき、更に青色へと変化して、最後に白くなった。怒りが高くなり過ぎた場合の顔色変化がよくわかる例である。

 清水は、虚ろな目で「俺が勇者だ、俺が特別なんだ、どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ、アイツ等が悪いんだ、問題ない、望んだ通り全部上手くいく、だって勇者だ、俺は特別だ」等とブツブツと呟き始め、そして、突然何かが振り切れたように奇声をあげて笑い出した。

「……し、清水君……どうか、話しを……大丈夫……ですから……」

 狂態を晒す清水に愛子は苦しそうにしながらも、なお言葉を投げかけるが、その声を聞いた瞬間、清水はピタリと笑いを止めて更に愛子を締め上げた。

「……うっさいよ。いい人ぶりやがって、この偽善者が。お前は黙って、ここから脱出するための道具になっていればいいんだ」

 暗く澱んだ声音でそう呟いた清水は、再びハジメに視線を向けた。興奮も何もなく、負の感情を煮詰めたような眼でハジメを見て、次いで太もものホルスターに収められた銃を見る。言葉はなくても言いたいことは伝わった。ここで渋れば、自分の生死を度外視して、いや、都合のいい未来を夢想して愛子を害しかねない。

 ハジメは溜息をつき、銃を渡す際にワイヤーを飛ばして愛子ごと“纏雷”でもしてやろうと考えつつ、清水を刺激しないようにゆっくりとドンナー・シュラークに手を伸ばした。愛子は体がちっこいので、ほとんど盾の役割を果たしておらず、ハジメの抜き撃ちの速度なら清水が認識する前にヒットさせることも出来るのだが、愛子も少し痛い目を見た方がいいだろうという意図だ。

 が、ハジメの手が下がり始めたその瞬間、事態は急変する。

「ッ!? ダメです! 避けて!」

 そう叫びながら、シアは、一瞬で完了した全力の身体強化で縮地並みの高速移動をし、愛子に飛びかかった。

 突然の事態に、清水が咄嗟に針を愛子に突き刺そうとする。シアが無理やり愛子を引き剥がし何かから庇うように身を捻ったのと、蒼色の水流が、清水の胸を貫通して、ついさっきまで愛子の頭があった場所をレーザーの如く通過したのはほぼ同時だった。

 射線上にいたハジメが、ドンナーで水のレーザー、おそらく水系攻撃魔法“破断”を打ち払う。そして、シアの方は、愛子を抱きしめ突進の勢いそのままに肩から地面にダイブし地を滑った。もうもうと砂埃を上げながら、漸く停止したシアは、「うぐっ」と苦しそうな呻き声を上げて横たわったままだ。

「シア!」

 突然の事態に誰もが硬直する中、ユエがシアの名を呼びながら全力で駆け寄る。そして、追撃に備えてシアと彼女が抱きしめる愛子を守るように陣取った。

 ハジメは、何も言わずとも望んだ通りの行動をしてくれたユエに内心で感謝と称賛を送りながら、ドンナーを両手で構え“遠見”で“破断”の射線を辿る。すると、遠くで黒い服を来た耳の尖ったオールバックの男が、大型の鳥のような魔物に乗り込む姿が見えた。

ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ!

 ハジメは、一瞬のタメの後、飛び立った魔物と人影にレールガンを連射する。オールバックの男は、攻撃されることを予期していたように、ハジメの方を確認しつつ鳥型の魔物をバレルロールさせながら必死に回避行動を行った。中々の機動力をもってかわしていた魔物だが、全ては回避しきれなかったようで、鳥型の魔物の片足が吹き飛び、オールバックの男の片腕も吹き飛んだようだ。それでも、落ちるどころか速度すら緩めず一目散に遁走を図る。攻撃してからの一連の引き際はいっそ見事という他ない。

 おそらく、あれが清水の言っていた魔人族なのだろうとハジメは推測した。既に低空で町を迂回し、町そのものを盾にするようにして視界から消えている。ハジメの攻撃手段を知っていたような逃走方法だったことから、魔人族側にハジメ達の情報が渡るだろうと苦い表情をするハジメ。逃走方向がウルディア湖の方だった事から、その手前にある林に逃げ込んだなら無人偵察機などによる追跡も難しいだろう。何より、今は優先しなければならないことがある。

「ハジメ!」

 ユエも敵の逃走を察したのだろう、普段の落ち着た声音とは異なる焦りを含んだ声でハジメを呼ぶ。

 ハジメは、ドンナーをホルスターにしまうと、近くで倒れている清水には目もくれずシアのもとへ駆け寄る。シアは、ユエに膝枕された状態で仰向けになり苦痛に顔を歪めていた。傍には愛子もおり同じく表情を歪めてユエに抱きしめられている。

「ハ、ハジメさん……うくっ……私は……大丈夫……です……は、早く、先生さんを……毒針が掠っていて……」

 シアの横腹には直径三センチ程の穴が空いていた。身体強化の応用によって出血自体は抑えられているようだが、顔を流れる脂汗に相当な激痛が走っている事がわかる。にもかかわらず、引き攣った微笑みを浮かべながら震える声で愛子を優先しろと言う。

 見れば、愛子の表情は真っ青になっており、手足が痙攣し始めている。愛子は、シアとハジメの会話が聞こえていたのか、必死で首を振り視線でシアを先にと訴えていた。言葉にしないのは、毒素が回っていて既に話せないのだろう。清水の言葉が正しければ、もって数分、いや、愛子の様子からすれば一分も持たないようだ。遅れれば遅れるほど障害も残るかもしれない。

 ハジメは、視線を愛子から逸らすと、躊躇うことなくシアに頷き“宝物庫”から試験管型の容器を取り出した。その頃になって漸くハジメ達の元に駆けつけた周囲の者達が焦燥にかられた表情で口々に喚き出す。特に、生徒達やデビッド達の動揺が激しく、半ばパニックになっている。ハジメに対して口々に安否を聞いたり、様子を見せろと退かせようとしたり、効きもしない治癒魔法を掛けようとしたり……だが、そんな彼等も、ハジメの押し殺したような「黙れ」の一言に、気圧されて一歩後退って押し黙った。

 ハジメは、自分でも少し驚いていた。自分が、シアの負傷に想像以上の怒りを抱いていることに。どうやら、自分でも気がつかない内に、心底、大切な仲間だと認識していたようだ。それ故に、清水と接触した魔人族が、まだ近くにいるかもしれないという可能性を失念していた自分に腹が立って仕方がなかった。

 愛子達に対して何かをするつもりなら、ハジメ達が前線に出ている時に、どさくさに紛れて行う可能性が一番高かった。しかし、実際には、何もなかったので、もう直接手を出しては来ないだろうと何の根拠もなく思い込んでいたのである。

 実のところ、あの魔人族も清水が暴れている隙に愛子を暗殺しようと考えていたのだが、ハジメ達の規格外ぶりに茫然自失してしまい機会を逸していたのだ。その後、隙を探っていたところ、清水と愛子の対談が始まった。そして、清水が愛子を殺せるなら任せようと考えて遠方から様子を伺っていたのだが、ハジメの規格外ぶりから最後の瞬間に愛子を奪還されるだろうと察し、清水ごと愛子を貫通特化の魔法で射抜いたのである。

 ただ、機を見るに敏であるこの魔人であるが、一つ誤算があった。それは、あわよくば射線上にハジメ達を重ねて一緒くたに危険因子を葬ろうとしたがために、シアの固有魔法を発動させてしまったことである。そう、“未来視”だ。ハジメの後ろにいたシアは、当然射線上にいたために、清水、愛子、ハジメ、自分が一気に“破断”で貫かれる未来を見たのである。

 おかげで、愛子が頭を貫かれて即死する未来は避けられた。シアが、体を張って変えた未来だ。なぜ、大して親しくない愛子にまで体を張ったのかは疑問だったが、ハジメは、大切な仲間の頑張りを無下にするつもりは毛頭なかった。故に、躊躇いなく数少ない“神水”を愛子に使う。時間がない以上、それが一番確実だからだ。

 ハジメは、ユエに支えられた愛子を受け取り、その口に試験管を咥えさせ、少しずつ神水を流し込んだ。愛子が、シアを優先しなかったことに咎めるような眼差しをハジメにぶつけるが、ハジメは無視する。今は、愛子の意思より、自分の意志より、シアの意志を優先してやりたかった。なので、問答無用で神水を流し込んでいく。しかし、愛子の体は全体が痙攣を始めており思った通りに体が動かないようで、自分では上手く飲み込めないようだ。しまいには、気管に入ったようで激しくむせて吐き出してしまう。

 ハジメは、愛子が自力で神水を飲み込むことは無理だと判断し、残りの神水を自分の口に含むと、何の躊躇いもなく愛子に口付けして直接流し込んだ。

「ッ!?」

 愛子が大きく目を見開く。次いでに、ハジメの周囲で男女の悲鳴と怒声が上がった。しかし、ハジメは、その一切を無視して、愛子の口内に舌を侵入させるとその舌を絡めとり、無理やり神水を流し込んでいく。ハジメの表情には、羞恥や罪悪感の類は一切なく、ただすべきことをするという真剣さだけが浮かんでいた。

 やがて、愛子の喉がコクコクと動き、神水が体内に流れ込む。すると、体を襲っていた痛みや、生命が流れ出していくような倦怠感と寒気が吹き飛び、まるで体の中心に火を灯したような熱が全身を駆け巡った。愛子は、寒い冬場に冷え切った体で熱々の温泉にでも浸かった時のような快感を覚え、体を震わせる。流石、神水。魔物の血肉を摂取することによる肉体崩壊すら防ぐ奇跡の水だ。効果は抜群である。

 長いような、一瞬のような口付けが終わり、ハジメが愛子から口を離す。僅かに二人の間に銀色の糸が引かれた。ハジメは、愛子を観察するように見る。それは、確実に神水の効果で危機的状況を脱したのか見極めるためだ。一方、愛子の方は、未だボーとしたまま焦点の合わない瞳でハジメを見つめている。

「先生」
「……」
「先生?」
「……」
「おい! 先生!」
「ふぇ!?」

 ハジメは愛子に容態を聞くため呼びかけるが、ハジメを見つめたままボーとして動かない愛子。業を煮やしたハジメが、軽く頬を叩きながら強めに呼び掛けると何とも可愛らしい声を上げて正気を取り戻した。

「体に異変は? 違和感はないか?」
「へ? あ、えっと、その、あの、だだ、だ、大丈夫ですよ。違和感はありません、むしろ気持ちいいくらいで……って、い、今のは違います! 決して、その、あ、ああれが気持ち良かったということではなく、薬の効果がry」
「そうか。ならいい」

 ハジメは、非常にテンパった様子で、しどろもどろになりながら体調に異常はないことを伝える愛子に、実にあっさりした返事をすると、愛子を支えていた腕をこれまたあっさり外してシアの方へ向き直ってしまった。

 ハジメの態度に茫然としつつ、そんな場合ではないと気がつき愛子も急いでシアに向き合う。

 ハジメは、もう一つ取り出した神水の半分を直接シアの負傷した箇所にかけて、もう半分をシアに飲ませようと試験管型容器を口元に近づけた。負傷箇所がシュウーと小さな音を立てて急速に治癒していく中、何故かシアが、神水を飲もうとせずにイヤイヤと首を振った。

「ハ、ハジメさん……」
「シア、どうし……」
「私も……口移しぃ……ぐっ……がいいですぅ……」
「お、お前って奴は……」

 痛みで脂汗を流しながら、欲望をダダ漏れにするシア。転んでもタダでは起きないぜ! と言わんばかりの要求に、流石のハジメも呆れを通り越して感心する。流石に、必要もないのに公衆の面前でわざわざ口移しする気にもなれず、最近シアに甘いユエからの無言の訴えも無視して容器をシアの口に無理やり突っ込んだ。

「むぐっ!? ……コクコク……ぷはっ……うぅ~、ハジメさんのいけず……先生さんが羨ましいですぅ……」
「ハジメ……メッ」
「ふぇ!? シ、シアさん、私は、違いますよ! あれは救命活動です! シアさんが求めるものとは意味が違いますからね! 私、先生ですからっ!」

 シアからは拗ねたような視線と言葉を向けられ、ユエからは空気読めとでも言うようにお叱りを受け、何故か顔を赤くして分かりきった事をわざわざ弁解する愛子に、ハジメは「はぁ~」と安堵と呆れの両方を含んだ深い溜息をついた。

 そして、一段落着いたと察した外野が再び騒ぎ始める前に、おそらく全員が忘却しているであろう哀れな存在を思い出せることにした。特に、愛子にとっては重要なことだ。おそらく、愛子は、突然の出来事だったので忘却しているわけではなく理解していないのだろう。

 ハジメは、一番清水に近い場所にいた護衛騎士の一人に声をかけた。

「……あんた、清水はまだ生きているか?」

 その言葉に全員が「あっ」と今思い出したような表情をして清水の倒れている場所を振り返った。愛子だけが、「えっ? えっ?」と困惑したように表情をしてキョロキョロするが、自分がシアに庇われた時の状況を思い出したのだろう。顔色を変え、慌てた様子で清水がいた場所に駆け寄る。

「清水君! ああ、こんな……ひどい」

 清水の胸にはシアと同じサイズの穴がポッカリと空いていた。出血が激しく、大きな血溜まりが出来ている……おそらく、もって数分だろう。

「し、死にだくない……だ、だずけ……こんなはずじゃ……ウソだ……ありえない……」

 傍らで自分の手を握る愛子に、話しかけているのか、唯の独り言なのかわからない言葉をブツブツと呟く清水。愛子は、周囲に助けを求めるような目を向けるが誰もがスっと目を逸した。既に、どうしようもないということだろう。それに、助けたいと思っていないことが、ありありと表情に出ている。

 愛子は、藁にもすがる思いで振り返り、そこにいるハジメに叫んだ。

「南雲君! さっきの薬を! 今ならまだ! お願いします!」

 ハジメは、愛子の言葉を予想していたようで「やっぱりか……」と呟きながら溜息をつくと、愛子と清水の下へ向かった。そして、愛子に、どんな返答がなされるか分かっていながら質問する。

「助けたいのか、先生? 自分を殺そうとした相手だぞ? いくら何でも“先生”の域を超えていると思うけどな」

 自分を殺そうとした相手を、なお生徒だからと言う理由だけで庇うことのできる、必死になれる“先生”というものが、果たして何人いるのだろうか。それは、もう“先生”としても異常なレベルだと言えるのではないだろうか。そんな意味を含めて愛子にした質問の意図を愛子は正確に読み取ったようで、一瞬、瞳が揺らいだものの、毅然とした表情で答えた。

「確かに、そうかもしれません。いえ、きっとそうなのでしょう。でも、私が(・・)そういう先生でありたいのです。何があっても生徒の味方、そう誓って先生になったのです。だから、南雲君……」

 ハジメは、予想通りの答えに、ガリガリと頭を掻いて不機嫌そうにしながらも、これが愛子先生なんだよなぁと仕方なさそうに溜息をついた。そして、暫く何かを考えるように天を仰ぐと、一度目をつぶり深呼吸し、決然とした表情で清水の傍に歩み寄った。

「清水。聞こえているな? 俺にはお前を救う手立てがある」
「!」
「だが、その前に聞いておきたい」
「……」

 救えるという言葉に、反応して清水の呟きが止まりギョロ目がピタリとハジメを見据えた。ハジメは一拍おき、簡潔な質問をする。

「……お前は……敵か?」

 清水は、その質問に一瞬の躊躇いもなく首を振った。そして、卑屈な笑みを浮かべて、命乞いを始めた。

「て、敵じゃない……お、俺、どうかしてた……もう、しない……何でもする……助けてくれたら、あ、あんたの為に軍隊だって……作って……女だって洗脳して……ち、誓うよ……あんたに忠誠を誓う……何でもするから……助けて……」

 ハジメは、その言葉に無表情となる。そして、真意を確認するようにジッと清水の目を覗き込むように見つめた。清水は、心の奥底まで見透かされているような気がして咄嗟に目を逸らす。だが、ハジメはしっかりと確認していた。清水の目が、今まで以上に暗く濁っていたことに。憎しみと怒りと嫉妬と欲望とその他の様々な負の感情が飽和して、まるで光の届かない深海でも見ているかのようだった。

 ハジメは確信した。愛子の言葉は、もう決して清水の心には届かないといことを。そして、清水は必ず自分達の敵になると。故に決断した。一瞬、愛子に視線を合わせる。愛子もハジメを見ていたようで目が合う。そして、その一瞬で、愛子はハジメが何をするつもりなのか察したようだ。血相を変えてハジメを止めようと飛び出した。

「ダメェ!」

 が、ハジメの方が圧倒的に早かった。

ドパンッ! ドパンッ!

「ッ!?」

 息を呑む音。それは誰のものだったのか。頭に一発、心臓に一発。正確に撃ち込まれた弾丸は、清水の体を一瞬跳ねさせ、確実で覆しようのない死を与えた。

 乾いた銃声の余韻が響く中、誰も言葉を発せず、白煙を上げる銃を片手に黙って物言わぬ死体を見下ろすハジメを、唯々呆然と見つめた。静寂が辺りを支配し、誰もが動けない中、ポツリと言葉がこぼれ落ちた。

「……どうして?」

 それは愛子だった。呆然と、死出の旅に出た清水の亡骸を見つめながら、そんな疑問の声を出す。ハジメは、清水から視線を逸らして愛子を見た。同時に、愛子もまたハジメに視線を向ける。その瞳には、怒りや悲しみ、疑惑に逃避、あらゆる感情が浮かんでは消え、また浮かんでは消えていく。

「敵だからな」

 そんな愛子の疑問に対するハジメの答えは実に簡潔だった。

「そんな! 清水君は……」
「改心したって? 悪いけど、それを信じられるほど俺はお人好しではないし、何より自分の眼が曇っているとも思わない」

 最後の質問をしたときの清水の目は、何より雄弁に清水が“堕ちている”ことを物語っていた。死の淵で、殺そうとした愛子になお心を向けられて、あるいは生き方が少しでも変わるのではないか、かつて自分が堕ちそうになったとき、ユエの存在が自分を繋ぎ留めた様に……そう思ってハジメは清水に問うたのだ。もしそうなら、清水を愛子に預けて首輪付きではあるがチャンスを与える事も考えていた。しかし、死に際の清水の目に、そんな兆しは微塵もなかった。

 その事は、愛子も感じていたはずだ。ただ、愛子は“先生”であり、決して諦めるわけにはいかなかった。諦められなかっただけなのだ。

「だからって殺す事なんて! 王宮で預かってもらって、一緒に日本に帰れば、もしかしたら……可能性はいくらだって!」
「……どんな理由を並べても、先生が納得しないことは分かっている。俺は、先生の大事な生徒を殺したんだ。俺を、どうしたいのかは先生が決めればいい」
「……そんなこと」
「“寂しい生き方”。先生の言葉には色々考えさせられたよ。でも、人の命が酷く軽いこの世界で、敵対した者には容赦しないという考えは……変えられそうもない。変えたいとも思わない。俺に、そんな余裕はないんだ」
「南雲君……」
「これからも俺は、同じことをする。必要だと思ったその時は……いくらでも、何度でも引き金を引くよ。それが間違っていると思うなら……先生も自分の思った通りにすればいい……ただ、覚えておいてくれ。例え先生でも、クラスメイトでも……敵対するなら、俺は引き金を引けるんだってことを……」

 唇を噛み締め、俯く愛子。“自分の話を聞いて、なお決断したことなら否定しない”そう言ったのは他でもない愛子なのだ。言葉が続かない。ハジメは、そんな愛子を見て、ここでのやるべきことは終わったと踵を返した。静かに寄り添うユエとシア。ハジメの圧力を伴った視線に射抜かれて、ウィルも、愛子達の様子や町の事後処理の事で後ろ髪を引かれる様子ではあったが黙ってハジメに付いて行った。

 町の重鎮達や騎士達が、ハジメの持つアーティファクトやハジメ自身を目的に引き止めようとするが、途端に溢れ出す“威圧”感に、先の戦いでの化け物ぶりを思い出し、伸ばした手も、発しかけた言葉も引っ込めることになった。

「南雲君! ……先生は……先生は……」

 言葉は続かなくとも、“先生”の矜持がハジメの名を呼ぶ。ハジメは、少し立ち止まると肩越しに愛子に告げる。

「……先生の理想は既に幻想だ。ただ、世界が変わっても俺達の先生であろうとしてくれている事は嬉しく思う……出来れば、折れないでくれ」

 そして、今度こそ立ち止まらず周囲の輪を抜けると、魔力駆動四輪を取り出し全員を乗せて走り去ってしまった。

 後には、何とも言えない微妙な空気と生き残ったことを喜ぶ町の喧騒だけが残った。


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次回は、水曜日の18時更新予定です
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