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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第三章

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先生のお話



 魔力駆動四輪が、行きよりもなお速い速度で帰り道を爆走し、整地機能が追いつかないために、天井に磔にしたティオには引切り無い衝撃を、荷台の男子生徒にはミキサーの如きシェイクを与えていた。

 と、その時、ウルの町と北の山脈地帯のちょうど中間辺りの場所で完全武装した護衛隊の騎士達が猛然と馬を走らせている姿を発見した。ハジメの“遠見”には、先頭を鬼の形相で突っ走るデビッドやその横を焦燥感の隠せていない表情で併走するチェイスの表情がはっきりと見えていた。

 しばらく走り、彼等も前方から爆走してくる黒い物体を発見したのかにわかに騒がしくなる。彼等から見ればどう見ても魔物にしか見えないだろうから当然だろう。武器を取り出し、隊列が横隊へと組み変わる。対応の速さは、流石、超重要人物の護衛隊と賞賛できる鮮やかさだった。

 別に、攻撃されたところで、ハジメとしては突っ切ればいいので問題なかったが、愛子はそんな風に思える訳もなく、天井で妙に艶のある悲鳴を上げるティオや青い顔で荷台の端にしがみつく男子生徒達が攻撃に晒されたら一大事だと、サンルーフから顔を出して必死に両手を振り、大声を出してデビッドに自分の存在を主張する。

 いよいよ以て、魔法を発動しようとしていたデビッドは、高速で向かってくる黒い物体の上からニョッキリ生えている人らしきものに目を細めた。普通なら、それでも問答無用で先制攻撃を仕掛けるところだが、デビッドの中の何かがストップをかける。言うなれば、高感度愛子センサーともいうべき愛子専用の第六感だ。

 手を水平に伸ばし、攻撃中断の合図を部下達に送る。怪訝そうな部下達だったが、やがて近づいてきた黒い物体の上部から生えている人型から聞き覚えのある声が響いてきて目を丸くする。デビッドは既に、信じられないという表情で「愛子?」と呟いている。

 一瞬、まさか愛子の下半身が魔物に食われているのでは!? と顔を青ざめさせるデビッド達だったが、当の愛子が元気に手をブンブンと振り、「デビッドさーん、私ですー! 攻撃しないでくださーい!」張りのある声が聞こえてくると、どうも危惧していた事態ではないようだと悟り、黒い物体には疑問を覚えるものの愛しい人との再会に喜びを表にした。シチュエーションに酔っているのか恍惚とした表情で「さぁ! 飛び込んでおいで!」とでも言うように、両手を大きく広げている。隣ではチェイス達も、自分の胸に! と両手を広げていた。

 騎士達が、恍惚とした表情で両手を広げて待ち構えている姿に、ハジメは嫌そうな顔をする。なので、愛子達は当然デビッド達の手前でハジメが止まってくれるものと思っていたのだが……ハジメは魔力を思いっきり注ぎ込み、更に加速した。

 距離的に明らかに減速が必要な距離で、更に加速した黒い物体に騎士達がギョッとし、慌てて進路上から退避する。

 ハジメの魔力駆動四輪は、笑顔で手を広げるデビッド達の横を問答無用に素通りした。愛子の「なんでぇ~」という悲鳴じみた声がドップラーしながら後方へと流れていき、デビッド達は笑顔のまま固まった。そして、次の瞬間には、「愛子ぉ~!」と、まるで恋人と無理やり引き裂かれたかのような悲鳴を上げて、猛然と四輪を追いかけ始めるのだった。

「南雲君! どうして、あんな危ないことを!」

 愛子がプンスカと怒りながら、車中に戻り、ハジメに猛然と抗議した。

「止まる理由がないだろ、先生。止まれば事情説明を求められるに決まってる。そんな時間あるのかよ? どうせ町で事情説明するのに二度手間になるだろ?」
「うっ、た、確かにそうです……」

 若干、納得いってなさそうだが、確かに、勝手に抜け出てきた事やハジメの四輪の事も含めれば多大な時間が浪費されるのは目に見えているので口をつぐむ愛子。ハジメの隣の座席に返り咲いていたユエが、ハジメの耳元に顔を寄せ、そっと聞いた。

「……本音は?」
「笑顔の騎士達が気持ち悪かった」
「……ん、同感」

 ちなみに、サンルーフから顔を出した愛子の直ぐ後ろでは車体に括りつけられたティオが、ダメージの深い体を更に車体の振動で刺激され続け恍惚の表情を浮かべていたのだが、愛子も騎士達も見なかったことにしたらしい。

 更に言えば、この後町に着いた際、ティオの醜態を知ったユエは、「……これ、竜人族?」と僅かにショックを受けたような表情になった。北の山脈地帯で初めて竜化を解いたティオを見たときから微妙な心境だったのだが、どうやら痛みで“感じている”らしいティオの姿に、竜人族に抱いていた憧れと尊敬の気持ちが幻想の如くサラサラと砕けて消えてしまったようである。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ウルの町に着くと、悠然と歩くとハジメ達とは異なり愛子達は足をもつれさせる勢いで町長のいる場所へ駆けていった。ハジメとしては、愛子達とここで分かれて、さっさとウィルを連れてフューレンに行ってしまおうと考えていたのだが、むしろ愛子達より先にウィルが飛び出していってしまったため仕方なく後を追いかけた。

 町の中は、活気に満ちている。料理が多彩で豊富、近くには湖もある町だ。自然と人も集う。まさか、一日後には、魔物の大群に蹂躙されるなどは夢にも思わないだろう。ハジメ達は、そんな町中を見ながら、そう言えば昨日から飯を喰っていなかったと、屋台の串焼きやら何やらに舌鼓を打ちながら町の役場へと向かった。

 ハジメ達が、漸く町の役場に到着した頃には既に場は騒然としていた。ウルの町のギルド支部長や町の幹部、教会の司祭達が集まっており、喧々囂々たる有様である。皆一様に、信じられない、信じたくないといった様相で、その原因たる情報をもたらした愛子達やウィルに掴みかからんばかりの勢いで問い詰めている。

 普通なら、明日にも町は滅びますと言われても狂人の戯言と切って捨てられるのがオチだろうが、何せ“神の使徒”にして“豊穣の女神”たる愛子の言葉である。そして最近、魔人族が魔物を操るというのは公然の事実であることからも、無視などできようはずもなかった。

 ちなみに、車中での話し合いで、愛子達は、報告内容からティオの正体と黒幕が清水幸利である可能性については伏せることで一致していた。ティオに関しては、竜人族の存在が公になるのは好ましくないので黙っていて欲しいと本人から頼まれたため、黒幕に関しては愛子が、未だ可能性の段階に過ぎないので不用意なことを言いたくないと譲らなかったためだ。

 愛子の方は兎も角、竜人族は聖教教会にとっても半ばタブー扱いであることから、混乱に拍車をかけるだけということと、ばれれば討伐隊が組まれてもおかしくないので面倒なことこの上ないと秘匿が了承された。

 そんな喧騒の中に、ウィルを迎えに来たハジメがやって来る。周囲の混乱などどこ吹く風だ。

「おい、ウィル。勝手に突っ走るなよ。自分が保護対象だって自覚してくれ。報告が済んだなら、さっさとフューレンに向かうぞ」

 そのハジメの言葉に、ウィル他、愛子達も驚いたようにハジメを見た。他の、重鎮達は「誰だ、こいつ?」と、危急の話し合いに横槍を入れたハジメに不愉快そうな眼差しを向けた。

「な、何を言っているのですか? ハジメ殿。今は、危急の時なのですよ? まさか、この町を見捨てて行くつもりでは……」

 信じられないと言った表情でハジメに言い募るウィルにハジメは、やはり面倒そうな表情で軽く返す。

「見捨てるもなにも、どの道、町は放棄して救援が来るまで避難するしかないだろ? 観光の町の防備なんてたかが知れているんだから……どうせ避難するなら、目的地がフューレンでも別にいいだろうが。ちょっと、人より早く避難するだけの話だ」
「そ、それは……そうかもしれませんが……でも、こんな大変な時に、自分だけ先に逃げるなんて出来ません! 私にも、手伝えることが何かあるはず。ハジメ殿も……」

 “ハジメ殿も協力して下さい”そう続けようとしたウィルの言葉は、ハジメの冷めきった眼差しと凍てついた言葉に遮られた。

「……はっきり言わないと分からないのか? 俺の仕事はお前をフューレンに連れ帰ること。この町の事なんて知ったことじゃない。いいか? お前の意見なんぞ聞いてないんだ。どうしても付いて来ないというなら……手足を砕いて引き摺ってでも連れて行く」
「なっ、そ、そんな……」

 ハジメの醸し出す雰囲気から、その言葉が本気であると察したウィルが顔を青ざめさせて後退りする。その表情は信じられないといった様がありありと浮かんでいた。ウィルにとって、ゲイル達ベテラン冒険者を苦もなく全滅させた黒龍すら圧倒したハジメは、ちょっとしたヒーローのように見えていた。なので、容赦のない性格であっても、町の人々の危急とあれば、何だかんだで手助けをしてくれるものと無条件に信じていたのだ。なので、ハジメから投げつけられた冷たい言葉に、ウィルは裏切られたような気持ちになったのである。

 言葉を失い、ハジメから無意識に距離を取るウィルにハジメが決断を迫るように歩み寄ろうとする。一種異様な雰囲気に、周囲の者達がウィルとハジメを交互に見ながら動けないでいると、ふとハジメの前に立ちふさがるように進み出た者がいた。

 愛子だ。彼女は、決然とした表情でハジメを真っ直ぐな眼差しで見上げる。

「南雲君。君なら……君なら魔物の大群をどうにかできますか? いえ……できますよね?」

 愛子は、どこか確信しているような声音で、ハジメなら魔物の大群をどうにかできる、すなわち、町を救うことができると断じた。その言葉に、周囲で様子を伺っている町の重鎮達が一斉に騒めく。

 愛子達が報告した襲い来る脅威をそのまま信じるなら、敵は数万規模の魔物なのだ。それも、複数の山脈地帯を跨いで集められた。それは、もう戦争規模である。そして、一個人が戦争に及ぼせる影響など無いに等しい。それが常識だ。それを覆す非常識は、異世界から召喚され者達の中でも更に特別な者、そう勇者だけだ。それでも、本当の意味で一人では軍には勝てない。人間族を率いて仲間と共にあらねば、単純な物量にいずれ呑み込まれるだろう。なので、勇者ですらない目の前の少年が、この危急をどうにかできるという愛子の言葉は、たとえ“豊穣の女神”の言葉であってもにわかには信じられなかった。

 ハジメは、愛子の強い眼差しを鬱陶しげに手で払う素振りを見せると、誤魔化すように否定する。

「いやいや、先生。無理に決まっているだろ? 見た感じ四万は超えているんだぞ? とてもとても……」
「でも、山にいた時、ウィルさんの南雲君なら何とかできるのではという質問に“できない”とは答えませんでした。それに“こんな起伏が激しい上に障害物だらけのところで殲滅戦なんてやりにくくてしょうがない”とも言ってましたよね? それは平原なら殲滅戦が可能という事ですよね? 違いますか?」
「……よく覚えてんな」

 愛子の記憶力の良さに、下手なこと言っちまったと顔を歪めるハジメ。後悔先に立たずである。愛子は、顔を逸らしたハジメに更に真剣な表情のまま頼みを伝える。

「南雲君。どうか力を貸してもらえませんか? このままでは、きっとこの美しい町が壊されるだけでなく、多くの人々の命が失われることになります」
「……意外だな。あんたは生徒の事が最優先なのだと思っていた。色々活動しているのも、それが結局、少しでも早く帰還できる可能性に繋がっているからじゃなかったのか? なのに、見ず知らずの人々のために、その生徒に死地へ赴けと? その意志もないのに? まるで、戦争に駆り立てる教会の連中みたいな考えだな?」

 ハジメの揶揄するような言葉に、しかし、愛子は動じない。その表情は、ついさっきまでの悩みに沈んだ表情ではなく、決然とした“先生”の表情だった。近くで愛子とハジメの会話を聞いていたウルの町の教会司祭が、ハジメの言葉に含まれる教会を侮蔑するような言葉に眉をしかめているのを尻目に、愛子はハジメに一歩も引かない姿勢で向き直る。

「……元の世界に帰る方法があるなら、直ぐにでも生徒達を連れて帰りたい、その気持ちは今でも変わりません。でも、それは出来ないから……なら、今、この世界で生きている以上、この世界で出会い、言葉を交わし、笑顔を向け合った人々を、少なくとも出来る範囲では見捨てたくない。そう思うことは、人として当然のことだと思います。もちろん、先生は先生ですから、いざという時の優先順位は変わりませんが……」

 愛子が一つ一つ確かめるように言葉を紡いでいく。

「南雲君、あんなに穏やかだった君が、そんな風になるには、きっと想像を絶する経験をしてきたのだと思います。そこでは、誰かを慮る余裕などなかったのだと思います。君が一番苦しい時に傍にいて力になれなかった先生の言葉など…南雲君には軽いかもしれません。でも、どうか聞いて下さい」

 ハジメは黙ったまま、先を促すように愛子を見つめ返す。

「南雲君。君は昨夜、絶対日本に帰ると言いましたよね? では、南雲君、君は、日本に帰っても同じように大切な人達以外の一切を切り捨てて生きますか? 君の邪魔をする者は皆排除しますか? そんな生き方が日本で出来ますか? 日本に帰った途端、生き方を変えられますか? 先生が、生徒達に戦いへの積極性を持って欲しくないのは、帰ったとき日本で元の生活に戻れるのか心配だからです。殺すことに、力を振るうことに慣れて欲しくないのです」
「……」
「南雲君、君には君の価値観があり、君の未来への選択は常に君自身に委ねられています。それに、先生が口を出して強制するようなことはしません。ですが、君がどのような未来を選ぶにしろ、大切な人以外の一切を切り捨てるその生き方は……とても“寂しい事”だと、先生は思うのです。きっと、その生き方は、君にも君の大切な人にも幸せをもたらさない。幸せを望むなら、出来る範囲でいいから……他者を思い遣る気持ちを忘れないで下さい。元々、君が持っていた大切で尊いそれを……捨てないで下さい」

 一つ一つに思いを込めて紡がれた愛子の言葉が、向き合うハジメに余すことなく伝わってゆく。町の重鎮達や生徒達も、愛子の言葉を静かに聞いている。特に生徒達は、力を振るってはしゃいでいた事を叱られている様な気持ちになりバツの悪そうな表情で俯いている。それと同時に、愛子は今でも本気で自分達の帰還と、その後の生活まで考えてくれていたという事を改めて実感し、どこか嬉しそうな擽ったそうな表情も見せていた。

 ハジメは、例え世界を超えても、どんな状況であっても、生徒が変わり果てていても、全くブレずに“先生”であり続ける愛子に、内心苦笑いをせずにはいられなかった。それは、嘲りから来るものではない、感心から来るものだ。愛子が、その希少価値から特別待遇を受けおり、ハジメの様な苦難を経験していない以上、「何も知らないくせに!」とか「知った風な口を!」と反論するのは簡単だ。あるいは、愛子自身が言ったように、“軽い”言葉だと切り捨ててしまってもいいだろう。

 だが、ハジメには、そんな事は出来そうになかった。今も、真っ直ぐ自分を見つめる“先生”に、それこそそんな“軽い”反論をすることは、あまりに見苦しい気がしたのだ。それに、愛子は一度も“正しさ”を押し付けなかった。その言葉の全ては、ただハジメの未来と幸せを願うものだ。

 ハジメは、愛子からすぐ傍にいるユエへと視線を転じる。ユエは、どういうわけか懐かしいものを見るような目で愛子を見つめていた。しかし、ハジメの視線に気がつくと、真っ直ぐに静かな瞳を合わせてくる。その瞳には、ハジメがどんな答えを出そうとも付いていくという意志が見えた。

 奈落の底で、“堕ちる”寸前であったハジメの人間性をつなぎ止めてくれた愛しい彼女の幸せを、ハジメは確かに願っている。そう出来るのが自分であればいいと思っているが、愛子の言葉を信じるなら、ハジメの生き方ではユエを幸せにしきれないかもしれない。

 更に視線を転じると、そこにはハジメを心配そうに見やるウサミミ少女がいる。ユエとたった二人の狭い世界に、賑やかさをもたらした少女。何度ハジメに邪険にされても、物好きなことに必死に追いかけて、今ではむしろユエの方が、仲間として、友人として彼女を可愛がっている。それは、ハジメがシアを受け入れたことで、ユエにもたらした幸せの一つではないだろうか?

 ハジメにとって、この世界は牢獄だ。故郷への帰還を妨げる檻である。それ故に、この世界の人や物事に心を砕くようなことは極めて困難だ。奈落の底で、故郷へ帰るために他の全てを切り捨てて、邪魔するものには容赦しないと心に刻んだ価値観はそう簡単には変わらない。だが、“他者を思い遣る”ことは難しくとも、行動自体はとれる。その結果が、大切な者……ユエやシアに幸せをもたらすというのなら、一肌脱ぐのも吝かではない。

 ハジメは、愛子の言葉の全てに納得したわけではなかった。だが、それでも、“自分の先生”の本気の“説教”だ。戯言と切って捨てるのは、少々子供が過ぎると言うものだろう。今回暴れることで、ハジメの存在は公のものとなり面倒事が降りかかる可能性は一気に大きくなるが、そこは生徒思いの“愛子先生”に頑張ってもらえばいい。どっちにしろ、遅かれ早かれ目を付けられるのは分かりきっていたことだ。面倒事に対する布石はいくつか打ってあるわけだし、この世界に対して自重しないとも決めている。なら、派手に力を示すのも悪くはない。

 そんな事を、ちょっと言い訳がましく考えながら、ハジメは愛子に再度向き合う。

「……先生は、この先何があっても、俺の先生か?」

 それは、言外に味方であり続けるのかと問うハジメ。

「当然です」

 それに、一瞬の躊躇いもなく答える愛子。

「……俺がどんな決断をしても? それが、先生の望まない結果でも?」
「言ったはずです。先生の役目は、生徒の未来を決めることではありません。より良い決断ができるようお手伝いすることです。南雲君が先生の話を聞いて、なお決断したことなら否定したりしません」

 ハジメは暫く、その言葉に偽りがないか確かめるように愛子と見つめ合う。わざわざ言質をとったのは、ハジメ自身、できれば愛子と敵対はしたくなかったからだ。ハジメは、愛子の瞳に偽りも誤魔化しもないことを確かめると、おもむろに踵を返し出入口へと向かった。ユエとシアも、すぐ後に続く。

「な、南雲君?」

 そんなハジメに、愛子が慌てたように声をかけた。ハジメは振り返ると、愛子の“先生ぶり”には参ったとでもいうように肩を竦めて言葉を返す。

「流石に、数万の大群を相手取るなら、ちょっと準備しておきたいからな。話し合いはそっちでやってくれ」
「南雲君!」

 ハジメの返答に顔をパァーと輝かせる愛子。そんな愛子にハジメは苦笑いする。

「俺の知る限り一番の“先生”からの忠告だ。まして、それがこいつ等の幸せにつながるかもってんなら……少し考えてみるよ。取り敢えず、今回は、奴らを蹴散らしおくことにする」

 そう言って、両隣のユエとシアの肩をポンっと叩くと再び踵を返して振り返らず部屋を出て行った。ユエとシアが、それはもう嬉しそうな雰囲気をホワホワと漂わせながら、小走りでハジメの後を追いかけてゆく。

 パタンと閉まった扉の音で、愛子とハジメの空気に呑まれて口をつぐんでいた町の重鎮達が、一斉に愛子事情説明を求めた。

 愛子は、肩を揺さぶられながら、ハジメが出て行った扉を見つめていた。その顔に、ハジメに気持ちが伝わった喜びは既にない。ハジメに語った事は、ハジメの生き方を悲しく感じた事は、まぎれもない愛子の本心だ。

 だが、結果、大切な生徒に魔物の大群へ立ち向かうことを決断させたことに変わりはない。力を振るうことに慣れて欲しくないと言いながら、戦いに赴かせるという矛盾を愛子は自覚している。ハジメに生き方を改めて考えて欲しいという思いと、ウルの町の人々もできれば助けたいという思い。結果的に、両方とも叶いそうではあるが……もっとやりようはなかったのかと、愛子は、内心、自分の先生としての至らなさや無力感に肩を落としていた。

 願わくば、生徒達が皆、元の心を失わないまま、お家に帰れますように……愛子のその願いは既に叶わぬものだ。愛子自身、昨夜のハジメの話を聞いて、その願いが既に幻想であると感じている。しかし、それでも願うことは止められない。

 重鎮達の喧騒と敬愛の眼差しを向ける生徒達に囲まれて、愛子は悟られない程度に溜息をつくのだった。

 ちなみに、ハジメ達と一緒に役場に来ていたティオは、「妾、重要参考人のはずじゃのに……こ、これが放置プレイ……流石、ご主ry」と火照った表情で呟いていたが、ごく自然にスルーされていた。
いつも読んで下さり有難うございます
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます

活動報告にも載せた通り、ハジメが少し変わるきっかけ第一弾として“先生の説教”を書いてみました。まぁ、イベントをスルーさせない理由付けに作者が必死なだけとも言えますが……

甘さと優しさの境界線はどこにあるのか
甘さはないが優しさまでないわけではない…そんなハジメを書ければと思います。賛否両論あると思いますが、これからもよろしくお願いします。

次回は 月曜日の18時更新予定です。
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