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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第三章

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北の山脈地帯

長くてすみません
 夜明け。

 月が輝きを薄れさせ、東の空がしらみ始めた頃、ハジメ、ユエ、シアの三人はすっかり旅支度を終えて、“水妖精の宿”の直ぐ外にいた。手には、移動しながら食べられるようにと握り飯が入った包みを持っている。極めて早い時間でありながら、嫌な顔一つせず、朝食にとフォスが用意してくれたものだ。流石は高級宿、粋な計らいだと感心しながらハジメ達は遠慮なく感謝と共に受け取った。

 朝靄が立ち込める中、ハジメ達はウルの町の北門に向かう。そこから北の山脈地帯に続く街道が伸びているのだ。馬で丸一日くらいだというから、魔力駆動二輪で飛ばせば三、四時間くらいで着くだろう。

 ウィル・クデタ達が、北の山脈地帯に調査に入り消息を絶ってから既に五日。生存は絶望的だ。ハジメも、ウィル達が生きている可能性は低いと考えているが、万一ということもある。生きて帰せば、イルワのハジメ達に対する心象は限りなく良くなるだろうから、出来るだけ急いで捜索するつもりだ。幸いなことに天気は快晴。搜索にはもってこいの日だ。

 幾つかの建物から人が活動し始める音が響く中、表通りを北に進み、やがて北門が見えてきた。と、ハジメはその北門の傍に複数の人の気配を感じ目を細める。特に動くわけでもなくたむろしているようだ。

 朝靄をかきわけ見えたその姿は……愛子と生徒六人の姿だった。

「……何となく想像つくけど一応聞こう……何してんの?」

 ハジメ達が半眼になって愛子に視線を向ける。一瞬、気圧されたようにビクッとする愛子だったが、毅然とした態度を取るとハジメと正面から向き合った。ばらけて駄弁っていた生徒達、園部優花、菅原妙子、宮崎奈々、玉井淳史、相川昇、仁村明人も愛子の傍に寄ってくる。

「私達も行きます。行方不明者の捜索ですよね? 人数は多いほうがいいです」
「却下だ。行きたきゃ勝手に行けばいい。が、一緒は断る」
「な、なぜですか?」
「単純に足の速さが違う。先生達に合わせてチンタラ進んでなんていられないんだ」

 見れば、愛子達の背後には馬が人数分用意されていた。一瞬、こいつ等乗馬出来るのか? と疑問に思ったハジメだが、至極どうでもいいことなのでスルーする。乗れようが乗れまいが、どちらにしろ魔力駆動車の速度に敵うはずがないのだ。だが、ハジメの物言いにカチンと来たのか愛ちゃん大好き娘、親衛隊の実質的リーダー園部優花が食ってかかる。どうやら、昨日のハジメの威圧感や負い目を一時的に忘れるくらい愛ちゃん愛が強いらしい。

「ちょっと、そんな言い方ないでしょ? 南雲が私達のことよく思ってないからって、愛ちゃん先生にまで当たらないでよ」

 何とも的外れな物言いに、ハジメは「はぁ?」と呆れた表情になった。ハジメは説明するのも面倒くさいと、無言で“宝物庫”から魔力駆動二輪を取り出す。

 突然、虚空から大型のバイクが出現し、ギョッとなる愛子達。

「理解したか? お前等の事は昨日も言ったが心底どうでもいい。だから、八つ当たりをする理由もない。そのままの意味で、移動速度が違うと言っているんだ」

 魔力駆動二輪の重厚なフォルムと、異世界には似つかわしくない存在感に度肝を抜かれているのか、マジマジと見つめたまま答えない愛子達。そこへ、クラスの中でもバイク好きの相川が若干興奮したようにハジメに尋ねた。

「こ、これも昨日の銃みたいに南雲が作ったのか?」
「まぁな。それじゃあ俺等は行くから、そこどいてくれ」

 おざなりに返事をして出発しようとするハジメに、それでもなお愛子が食い下がる。愛子としては、是が非でもハジメ達に着いて行きたかったのだ。理由は二つ。一つは、昨夜のハジメの発言の真偽を探るためだ。“クラスメイトに殺されかけた”という愛子にとって看過できないその言葉が、本当にハジメの勘違いでなく真実なのか、そして真実だとしてハジメは相手に心当たりはないのか。もしかするとこの先起こるかもしれない不幸な出来事を回避するためにもハジメからもっと詳しい話を聞きたかった。捜索が終わった後、もう一度ハジメ達と会えるかはわからない以上、この時を逃すわけには行かなかったのだ。

 もう一つの理由は、現在、行方不明になっている清水幸利の事だ。八方手を尽くして情報を集めているが、近隣の村や町でもそれらしい人物を見かけたという情報が上がってきていない。しかし、そもそも人がいない北の山脈地帯に関しては、まだ碌な情報収集をしていなかったと思い当たったのだ。事件にしろ自発的失踪にしろ、まさか北の山脈地帯に行くとは考えられなかったので当然ではある。なので、これを機に自ら赴いて、ハジメ達の捜索対象を探しながら清水の手がかりもないかを調べようと思ったのである。

 ちなみに、園部達がいるのは半ば偶然である。愛子が、ハジメより早く正門に行って待ち伏せするために夜明け前に起きだして宿を出ようとしたところを、トイレに行っていた園部優花に見つかったのだ。旅装を整えて有り得ない時間に宿を出ようとする愛子を、愛ちゃん護衛隊の園部は誤魔化しは許さないと問い詰めた。結果、愛ちゃんを、変貌したハジメに任せる訳にはいかないと、園部が生徒全員をたたき起こし全員で搜索に加わることになったのである。なお、騎士達は、ハジメ達がいるとまた諍いを起こしそうなので置き手紙で留守番を指示しておいた。聞くかどうかはわからないが……

 愛子はハジメに身を寄せると小声で決意を伝える。ハジメは、話の内容が内容だけに他に聞かれないよう顔を寄せた愛子の顔に、よく見れば化粧で隠してはいるが色濃い隈があることに気がついた。きっと、ハジメの話を聞いてからほとんど眠れなかったのだろう。

「南雲君、先生は先生として、どうしても南雲君からもっと詳しい話を聞かなければなりません。だから、きちんと話す時間を貰えるまでは離れませんし、逃げれば追いかけます。南雲君にとって、それは面倒なことではないですか? 移動時間とか捜索の合間の時間で構いませんから、時間を貰えませんか? そうすれば、南雲君の言う通り、この町でお別れできますよ……一先ずは」

 ハジメは、愛子の瞳が決意に光り輝いているのを見て、昨夜の最後の言葉は失敗だったかと少し後悔した。愛子の行動力(空回りが多いが)は理解している。誤魔化したり、逃げたりすれば、それこそ護衛騎士達も使って大々的に捜索するかもしれない。

 愛子から視線を逸らし天を仰げば、空はどんどん明るくなっていく。ウィルの生存の可能性を捨てないなら押し問答している時間も惜しい。ハジメは、一度深く溜息を吐くと、自業自得だと自分を納得させ、改めて愛子に向き直った。

「わかったよ。同行を許そう。といっても話せることなんて殆どないけどな……」
「構いません。ちゃんと南雲君の口から聞いておきたいだけですから」
「はぁ、全く、先生はブレないな。何処でも何があっても先生か」
「当然です!」

 ハジメが折れたことに喜色を浮かべ、むんっ! と胸を張る愛子。どうやら交渉が上手くいったようだと、生徒達もホッとした様子だ。

「……ハジメ、連れて行くの?」
「ああ、この人は、どこまでも“教師”なんでな。生徒の事に関しては妥協しねぇだろ。放置しておく方が、後で絶対面倒になる」
「ほぇ~、生徒さん想いのいい先生なのですねぇ~」

 ハジメが折れた事に、ユエとシアが驚いたように話しかけた。そして、ハジメの苦笑い混じりの言葉に、愛子を見る目が少し変わり、若干の敬意が含まれたようだ。ハジメ自身も、ブレずに自分達の“先生”であろうとする愛子の姿勢を悪く思っていなかった。例え、既に生徒やクラスメイトというカテゴリーに何の価値も見出していなかったとしても、数少ない敬意を払うべき貴重な大人の一人であるとは思っているのだ。

「でも、このバイクじゃ乗れても三人でしょ? どうするの?」

 園部がもっともな事実を指摘する。馬の速度に合わせるのは時間的に論外であるし、愛子を乗せて代わりにユエかシアを置いて行くなど有り得ない。仕方なく、ハジメは魔力駆動二輪を“宝物庫”しまうと、代わりに魔力駆動四輪を取り出した。

 ポンポンと大型の物体を消したり出現させたりするハジメに、おそらくアーティファクトを使っているのだろうとは察しつつも、やはり驚かずにはいられない愛子達。今のハジメを見て、一体誰が、かつて“無能”と呼ばれていたなどと想像できるのか。園部達は、「乗れない奴は荷台な」と言い残し、さっさと運転席に行くハジメに複雑な眼差しを向けるのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 前方に山脈地帯を見据えて真っ直ぐに伸びた道を、ハマーに似た魔力駆動四輪が爆走する。サスペンションがあるので、街道とは比べるべくもない酷い道ではあるが、大抵の衝撃は殺してくれる上、二輪と同じく錬成による整地機能が付いているので、車内は当然、車体後部についている硬い金属製の荷台に乗り込むことになった男子生徒も特に不自由さは感じていないようだった。

 ちなみに、“宝物庫”があるのに、わざわざ荷台を取り付けたのは、荷台にガトリングをセットし走行しながらぶっ放すという行為に、ちょっと憧れがあったからだ。ハジメのささやかなこだわりである。

 車内はベンチシートになっており、運転席には当然ハジメが乗り、隣の席には愛子が、その隣にユエが乗っている。愛子がハジメの隣なのは例の話をするためだ。愛子としては、まだ他の生徒には聞かれたくないらしく、直ぐ傍で話せるようにしたかったらしい。

 本来、ハジメの隣はユエのものなのだが、ユエは、愛子の話の内容をハジメに聞かされて知っているので、渋々、愛子に隣を譲った。愛子もユエも小柄なので、スペースには結構余裕が有る。

 逆に、後部座席に座っているシア達は少々窮屈を感じている様子だ。シアは言わずもがな、園部や菅原は肉感的な女子なので、それなりに場所をとっている。スレンダーな宮崎が物凄く居心地が悪そうだ。

 だが、一番、居心地が悪いのはシアだろう。先程から、園部と菅原に挟まれて、ハジメとの関係を根掘り葉掘り聞かれている。異世界での異種族間恋愛など花の女子高生としては聞き逃せない出来事なのだろう。興味津々といった感じでシアに質問を繰り返しており、シアがオロオロしながら頑張って質問に答えている。

 一方、ハジメと愛子の話も佳境を迎えていた。

 ハジメから当時の状況を詳しく聞く限り、やはり故意に魔法が撃ち込まれた可能性は高そうだとは思いつつ、やはり信じたくない愛子は頭を悩ませる。心当たりを聞けば、ハジメは鼻で笑いつつ全員等と答える始末。

 一応、檜山あたりがやりそうだなっと、ニアピンどころか大正解を言い当てたハジメだが、この時点では可能性の一つとして愛子に伝えられただけだった。愛子もそれだけで断定など出来ないし、仮に犯人を特定出来たとしても、人殺しで歪んでしまったであろう心をどうすれば元に戻せるのか、どうやって償いをさせるのかということに、また頭を悩ませた。

 うんうんと頭を唸って悩むうちに、走行による揺れと柔らかいシートが眠りを誘い、愛子はいつの間にか夢の世界に旅立った。ズルズルと背もたれを滑りコテンと倒れ込んだ先はハジメの膝である。

 普通なら、邪魔だと跳ね飛ばすところだが、ハジメとしても愛子を乱暴に扱うのは何となく気が引けたので、どうしたものかと迷った挙句、そのままにすることにした。何せ、愛子の寝不足の原因は、自分の都合で多大な情報を受け取らせたハジメにもあるのだ。これくらいは、まぁ仕方ないかと珍しく寛容を示した。

「……ハジメ、愛子に優しい」
「……まぁ、色々世話になった人だし、これくらいはな」
「……ふ~ん」
「ユエ?」
「……」
「ユエさんや~い、無視は勘弁」
「……今度、私にも膝枕」
「……わかったよ」

 愛子を膝枕しながら、それでもいつの間にか二人の世界を作るハジメとユエ。そんな二人を後部座席からキャッキャと見つめる女子高生、そして不貞腐れるウサミミ少女。これから、正体不明の異変が起きている危険地帯に行くとは思えない騒がしさだった。


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 北の山脈地帯

 標高千メートルから八千メートル級の山々が連なるそこは、どういうわけか生えている木々や植物、環境がバラバラという不思議な場所だ。日本の秋の山のような色彩が見られたかと思ったら、次のエリアでは真夏の木のように青々とした葉を広げていたり、逆に枯れ木ばかりという場所もある。

 また、普段見えている山脈を超えても、その向こう側には更に山脈が広がっており、北へ北へと幾重にも重なっている。現在確認されているのは四つ目の山脈までで、その向こうは完全に未知の領域である。何処まで続いているのかと、とある冒険者が五つ目の山脈越えを狙ったことがあるそうだが、山を一つ超えるたびに生息する魔物が強力になっていくので、結局、成功はしなかった。

 ちなみに、第一の山脈で最も標高が高いのは、かの【神山】である。今回、ハジメ達が訪れた場所は、神山から東に千六百キロメートルほど離れた場所だ。紅や黄といった色鮮やかな葉をつけた木々が目を楽しませ、知識あるものが目を凝らせば、そこかしこに香辛料の素材や山菜を発見することができる。ウルの町が潤うはずで、実に実りの多い山である。

 ハジメ達は、その麓に四輪を止めると、暫く見事な色彩を見せる自然の芸術に見蕩れた。女性陣の誰かが「ほぅ」と溜息を吐く。先程まで、生徒の膝枕で爆睡するという失態を犯し、真っ赤になって謝罪していた愛子も、鮮やかな景色を前に、彼女的黒歴史を頭の奥へ追いやることに成功したようである。

 ハジメは、もっとゆっくり鑑賞したい気持ちを押さえて、四輪を“宝物庫”に戻すと、代わりにとある物を取り出した。

 それは、全長三十センチ程の鳥型の模型と小さな石が嵌め込まれた指輪だった。模型の方は灰色で頭部にあたる部分には水晶が埋め込まれている。

 ハジメは、指輪を自らの指に嵌めると、同型の模型を四機取り出し、おもむろに空中へ放り投げた。そのまま、重力に引かれ地に落ちるかと思われた偽物の鳥達は、しかし、その場でふわりと浮く。愛子達が「あっ」と声を上げた。

 四機の鳥は、その場で少し旋回すると山の方へ滑るように飛んでいった。

「あの、あれは……」

 音もなく飛んでいった鳥の模型を遠くに見ながら愛子が代表して聞く。

 それに対するハジメの答えは“無人偵察機”という自動車や銃よりも、ある意味異世界に似つかわしくないものだった。

 ハジメが“無人偵察機”と呼んだ鳥型の模型は、ライセンの大迷宮で遠隔操作されていたゴーレム騎士達を参考に、貰った材料から作り出したものだ。生成魔法により、そのままでは適性がないために使い物にならない重力魔法を鉱物に付与して、重力を中和して浮く鉱物:重力石を生成した。それに、ゴーレム騎士を操る元になっていた感応石を組み込み、更に、遠透石を頭部に組み込んだのだ。遠透石とは、ゴーレム騎士達の目の部分に使われていた鉱物で、感応石と同じように、同質の魔力を注ぐと遠隔にあっても片割れの鉱物に映る景色をもう片方の鉱物に映すことができるというものだ。ミレディは、これでハジメ達の細かい位置を把握していたらしい。ハジメは、魔眼石に、この遠透石を組み込み、“無人偵察機”の映す光景を魔眼で見ることが出来るようになったのである。

 もっとも、人の脳の処理能力には限界があるので、単純に上空を旋回させるという用途でも四機の同時操作が限界である。一体、ミレディがどうやって五十騎ものゴーレムを操作していたのか全くもって不思議だ。

 一応、“瞬光”に覚醒してから脳の処理能力は上がっているようで、一機までなら自ら十全に動きつつ、精密操作することが可能である。また、“瞬光”使用状態では、タイムリミット付きではあるが同時に七機を精密操作することも可能だ。

 今回は、捜索範囲が広いので上空から確認出来る範囲だけでも無人偵察機で確認しておくのは有用だろうと取り出したのである。既に彼方へと飛んでいった無人偵察機を遠くに見つめながら、愛子達は、もういちいちハジメのすることに驚くのは止めようと、おそらく叶うことのない誓いを立てるのだった。

 ハジメ達は、冒険者達も通ったであろう山道を進む。魔物の目撃情報があったのは、山道の中腹より少し上、六合目から七号目の辺りだ。ならば、ウィル達冒険者パーティーも、その辺りを調査したはずである。そう考えて、ハジメは無人偵察機をその辺りに先行させながら、ハイペースで山道を進んだ。

 おおよそ一時間と少しくらいで六合目に到着したハジメ達は、一度そこで立ち止まった。理由は、そろそろ辺りに痕跡がないか調べる必要があったのと……

「はぁはぁ、きゅ、休憩ですか……けほっ、はぁはぁ」
「ぜぇー、ぜぇー、大丈夫ですか……愛ちゃん先生、ぜぇーぜぇー」
「うぇっぷ、もう休んでいいのか? はぁはぁ、いいよな? 休むぞ?」
「……ひゅぅーひゅぅー」
「ゲホゲホ、南雲達は化け物か……」

 予想以上に愛子達の体力がなく、休む必要があったからである。もちろん、本来、愛子達のステータスは、この世界の一般人の数倍を誇るので、六合目までの登山ごときでここまで疲弊することはない。ただ、ハジメ達の移動速度が早すぎて、殆ど全力疾走しながらの登山となり、気がつけば体力を消耗しきってフラフラになっていたのである。

 四つん這いになり必死に息を整える愛子達に、ハジメは若干困った視線を向けつつも、どちらにしろ、詳しく周囲を探る必要があるので休憩がてら近くの川に行くことにした。ここに来るまでに、無人偵察機からの情報で位置は把握している。未だ荒い呼吸を繰り返す愛子達に場所だけ伝えて放置し、ハジメ達は先に川へと向かった。ウィル達も、休憩がてらに寄った可能性は高い。

 ユエとシアを連れて山道から逸れて山の中を進む。シャクシャクと落ち葉が立てる音を何げに楽しみつつ木々の間を歩いていると、やがて川のせせらぎが聞こえてきた。耳に心地良い音だ。シアの耳が嬉しそうにピッコピッコと跳ねている。

 そうしてハジメ達がたどり着いた川は、小川と呼ぶには少し大きい規模のものだった。索敵能力が一番高いシアが周囲を探り、ハジメも念のため無人偵察機で周囲を探るが魔物の気配はしない。取り敢えず息を抜いて、ハジメ達は川岸の岩に腰掛けつつ、今後の捜索方針を話し合った。途中、ユエが、「少しだけ」と靴を脱いで川に足を付けて楽しむというわがままをしたが、どちらにしろ愛子達が未だ来てすらいないので大目に見るハジメ。どこまでもユエには甘い男である。ついでにシアも便乗した。

 川沿いに上流へと移動した可能性も考えて、ハジメは無人偵察機を上流沿いに飛ばしつつ、ユエがパシャパシャと素足で川の水を弄ぶ姿を眺める。シアも素足となっているが、水につけているだけだ。川の流れに攫われる感触に擽ったそうにしている。

 と、そこへ漸く息を整えた愛子達がやって来た。置いていったことに思うところがあるのかジト目をしている。が、男子三人が、素足のユエとシアを見て歓声を上げると「ここは天国か」と目を輝かせ、女性陣の冷たい眼差しは矛先を彼等に変えた。身震いする男衆。玉井達の視線に気がつき、ユエ達も川から上がった。

 愛子達が川岸で腰を下ろし水分補給に勤しむ。先程から玉井達男衆のユエ達を見る目が鬱陶しいので軽く睨み返すとブルリと震えて視線を逸した。そんな様子を見て、愛子達がハジメに生暖かい眼差しを向ける。特に、園部達は、車中でシアから色々聞いたせいか、実にウザったらしい表情だ。

「ふふ、南雲君は、ホントにユエさんとシアさんを大事にしているんですね」

 愛子が微笑ましそうにそんな事を言う。何を言っても園部達が鬱陶しい反応をしそうなので肩を竦めるに留めるハジメ。すると、代わりにユエが行動で示した。当然だと言う様に、ハジメの膝の上にポスッと腰を落とす。

「……ん」

 満足そうにそのままハジメに寄りかかり全体重を預けた。それが信頼の証だとでも言うように。それを見て、シアが寂しくなったようで、ハジメの背後からヒシッと抱きつく。突如、発生した桃色空間に愛子は頬を赤らめ、園部達女生徒はキャーキャーと歓声を上げ、玉井達男子はギリギリと歯を噛み締めた。

 ハジメはハジメで、二人を振りほどくことなどなく、そっぽを向いている。照れているようだ。だが、そんなハジメの表情も次の瞬間には一気に険しくなった。

「……これは」
「ん……何か見つけた?」

 ハジメがどこか遠くを見るように茫洋とした目をして呟くのを聞き、ユエが確認する。その様子に、愛子達も何事かと目を瞬かせた。

「川の上流に……これは盾か? それに、鞄も……まだ新しいみたいだ。当たりかもしれない。ユエ、シア、行くぞ」
「ん……」
「はいです!」

 ハジメ達が、阿吽の呼吸で立ち上がり出発の準備を始めた。愛子達は本音で言えばまだまだ休んで言いたかったが、無理を言って付いて来た上、何か手がかりを見つけた様子となれば動かないわけには行かない。疲労が抜けきらない重い腰を上げて、再び猛スピードで上流へと登っていくハジメ達に必死になって追随した。

 ハジメ達が到着した場所には、ハジメが無人偵察機で確認した通り、小ぶりな金属製のラウンドシールドと鞄が散乱していた。ただし、ランドシールドは、ひしゃげて曲がっており、鞄の紐は半ばで引きちぎられた状態で、だ。

 ハジメ達は、注意深く周囲を見渡す。すると、近くの木の皮が禿げているのを発見した。高さは大体二メートル位の位置だ。何かが擦れた拍子に皮が剥がれた、そんな風に見える。高さからして人間の仕業ではないだろう。ハジメは、シアに全力の探知を指示しながら、自らも感知系の能力を全開にして、傷のある木の向こう側へと踏み込んでいった。

 先へ進むと、次々と争いの形跡が発見できた。半ばで立ち折れた木や枝。踏みしめられた草木、更には、折れた剣や血が飛び散った後もあった。それらを発見する度に、特に愛子達の表情が強ばっていく。しばらく、争いの形跡を追っていくと、シアが前方に何か光るものを発見した。

「ハジメさん、これ、ペンダントでしょうか?」
「ん? ああ……遺留品かもな。確かめよう」

 シアからペンダントを受け取り汚れを落とすと、どうやら唯のペンダントではなくロケットのようだと気がつく。留め金を外して中を見ると、女性の写真が入っていた。おそらく、誰かの恋人か妻と言ったところか。大した手がかりではないが、古びた様子はないので最近のもの……冒険者一行の誰かのものかもしれない。なので、一応回収しておく。

 その後も、遺品と呼ぶべきものが散見され、身元特定に繋がりそうなものだけは回収していく。どれくらい探索したのか、既に日はだいぶ傾き、そろそろ野営の準備に入らねばならない時間に差し掛かっていた。

 未だ、野生の動物以外で生命反応はない。ウィル達を襲った魔物との遭遇も警戒していたのだが、それ以外の魔物すら感知されなかった。位置的には八合目と九合目の間と言ったところ。山は超えていないとは言え、普通なら、弱い魔物の一匹や二匹出てもおかしくないはずで、ハジメ達は逆に不気味さを感じていた。

 暫くすると、再び、無人偵察機が異常のあった場所を探し当てた。東に三百メートル程いったところに大規模な破壊の後があったのだ。ハジメは全員を促してその場所に急行した。

 そこは大きな川だった。上流に小さい滝が見え、水量が多く流れもそれなりに激しい。本来は真っ直ぐ麓に向かって流れていたのであろうが、現在、その川は途中で大きく抉れており、小さな支流が出来ていた。まるで、横合いからレーザーか何かに抉り飛ばされたようだ。

 そのような印象を持ったのは、抉れた部分が直線的であったとのと、周囲の木々や地面が焦げていたからである。更に、何か大きな衝撃を受けたように、何本もの木が半ばからへし折られて、何十メートルも遠くに横倒しになっていた。川辺のぬかるんだ場所には、三十センチ以上ある大きな足跡も残されている。

「ここで本格的な戦闘があったようだな……この足跡、大型で二足歩行する魔物……確か、山二つ向こうにはブルタールって魔物がいたな。だが、この抉れた地面は……」

 ハジメの言うブルタールとは、RPGで言うところのオークやオーガの事だ。大した知能は持っていないが、群れで行動することと、“金剛”の劣化版“剛壁”の固有魔法を持っているため、中々の強敵と認識されている。普段は二つ目の山脈の向こう側におり、それより町側には来ないはずの魔物だ。それに、川に支流を作るような攻撃手段は持っていないはずである。

 ハジメは、しゃがみ込みブルタールのものと思しき足跡を見て少し考えた後、上流と下流のどちらに向かうか逡巡した。ここまで上流に向かってウィル達は追い立てられるように逃げてきたようだが、これだけの戦闘をした後に更に上流へと逃げたとは考えにくい。体力的にも、精神的にも町から遠ざかるという思考ができるか疑問である。

 ハジメは、無人偵察機を上流に飛ばしながら自分達は下流へ向かうことにした。ブルタールの足跡が川縁にあるということは、川の中にウィル達が逃げ込んだ可能性が高いということだ。ならば、きっと体力的に厳しい状況にあった彼等は流された可能性が高いと考えたのだ。

 ハジメの推測に他の者も賛同し、今度は下流へ向かって川辺を下っていった。

 すると、今度は、先ほどのものとは比べ物にならないくらい立派な滝に出くわした。ハジメ達は、軽快に滝横の崖をひょいひょいと降りていき滝壺付近に着地する。滝の傍特有の清涼な風が一日中行っていた探索に疲れた心身を優しく癒してくれる。と、そこでハジメの“気配感知”に反応が出た。

「! これは……」
「……ハジメ?」

 ユエが直ぐ様反応し問いかける。ハジメは暫く、目を閉じて集中した。そして、おもむろに目を開けると、驚いたような声を上げた。

「おいおい、マジかよ。気配感知に掛かった。感じから言って人間だと思う。場所は……あの滝壺の奥だ」
「生きてる人がいるってことですか!」

 シアの驚きを含んだ確認の言葉にハジメは頷いた。人数を問うユエに「一人だ」と答える。愛子達も一様に驚いているようだ。それも当然だろう。生存の可能性はゼロではないとは言え、実際には期待などしていなかった。ウィル達が消息を絶ってから五日は経っているのである。もし生きているのが彼等のうちの一人なら奇跡だ。

「ユエ、頼む」
「……ん」

 ハジメは滝壺を見ながら、ユエに声をかける。ユエは、それだけでハジメの意図を察し、魔法のトリガーと共に右手を振り払った。

「“波城” “風壁”」

 すると、滝と滝壺の水が、紅海におけるモーセの伝説のように真っ二つに割れ始め、更に、飛び散る水滴は風の壁によって完璧に払われた。高圧縮した水の壁を作る水系魔法の“波城”と風系魔法の“風壁”である。

 詠唱をせず陣もなしに、二つの属性の魔法を同時に、応用して行使したことに愛子達は、もう何度目かわからない驚愕に口をポカンと開けた。きっと、かつてのヘブライ人達も同じような顔をしていたに違いない。

 魔力も無限ではないので、ハジメは、愛子達を促して滝壺から奥へ続く洞窟らしき場所を踏み込んだ。洞窟は入って直ぐに上方へ曲がっており、そこを抜けるとそれなりの広さがある空洞が出来ていた。天井からは水と光が降り注いでおり、落ちた水は下方の水溜りに流れ込んでいる。溢れないことから、きっと奥へと続いているのだろう。

 その空間の一番奥に横倒しになっている男を発見した。傍に寄って確認すると、二十歳くらいの青年とわかった。端正で育ちが良さそうな顔立ちだが、今は青ざめて死人のような顔色をしている。だが、大きな怪我はないし、鞄の中には未だ少量の食料も残っているので、単純に眠っているだけのようだ。顔色が悪いのは、彼がここに一人でいることと関係があるのだろう。

 気づかわしげに愛子が容態を見ているが、ハジメは手っ取り早く青年の正体を確認したいのでギリギリと力を込めた義手デコピンを眠る青年の額にぶち当てた。

バチコンッ!!

「ぐわっ!!」

 悲鳴を上げて目を覚まし、額を両手で抑えながらのたうつ青年。愛子達が、あまりに強力なデコピンと容赦のなさに戦慄の表情を浮かべた。ハジメは、そんな愛子達をスルーして、涙目になっている青年に近づくと端的に名前を確認する。

「お前が、ウィル・クデタか? クデタ伯爵家三男の」
「いっっ、えっ、君達は一体、どうしてここに……」

 状況を把握出来ていないようで目を白黒させる青年に、ハジメは再びデコピンの形を作って額にゆっくり照準を定めていく。

「質問に答えろ。答え以外の言葉を話す度に威力を二割増で上げていくからな」
「えっ、えっ!?」
「お前は、ウィル・クデタか?」
「えっと、うわっ、はい! そうです! 私がウィル・クデタです! はい!」

 一瞬、青年が答えに詰まると、ハジメの眼がキラリの剣呑な光を帯び、ぬっと左手が掲げられ、それに慌てた青年が自らの名を名乗った。どうやら、本当に本人のようだ。奇跡的に生きていたらしい。

「そうか。俺はハジメだ。南雲ハジメ。フューレンのギルド支部長イルワ・チャングからの依頼で捜索に来た。(俺の都合上)生きていてよかった」
「イルワさんが!? そうですか。あの人が……また借りができてしまったようだ……あの、あなたも有難うございます。イルワさんから依頼を受けるなんてよほどの凄腕なのですね」

 尊敬を含んだ眼差しと共に礼を言うウィル。先程、有り得ない威力のデコピンを受けたことは気にしていないらしい。もしかすると、案外大物なのかもしれない。いつかのブタとは大違いである。それから、各人の自己紹介と、何があったのかをウィルから聞いた。

 要約するとこうだ。

 ウィル達は五日前、ハジメ達と同じ山道に入り五合目の少し上辺りで、突然、十体のブルタールと遭遇したらしい。流石に、その数のブルタールと遭遇戦は勘弁だと、ウィル達は撤退に移ったらしいのだが、襲い来るブルタールを捌いているうちに数がどんどん増えていき、気がつけば六合目の例の川にいた。そこで、ブルタールの群れに囲まれ、包囲網を脱出するために、盾役と軽戦士の二人が犠牲になったのだという。それから、追い立てられながら大きな川に出たところで、前方に絶望が現れた。

 漆黒の竜だったらしい。その黒竜は、ウィル達が川沿いに出てくるや否や、特大のブレスを吐き、その攻撃でウィルは吹き飛ばされ川に転落。流されながら見た限りでは、そのブレスで一人が跡形もなく消え去り、残り二人も後門のブルタール、前門の竜に挟撃されていたという。

 ウィルは、流されるまま滝壺に落ち、偶然見つけた洞窟に進み空洞に身を隠していたらしい。

 何となく、誰かさんの境遇に少し似ていると思わなくもない。

 ウィルは、話している内に、感情が高ぶったようですすり泣きを始めた。無理を言って同行したのに、冒険者のノウハウを嫌な顔一つせず教えてくれた面倒見のいい先輩冒険者達、そんな彼等の安否を確認することもせず、恐怖に震えてただ助けが来るのを待つことしか出来なかった情けない自分、救助が来たことで仲間が死んだのに安堵している最低な自分、様々な思いが駆け巡り涙となって溢れ出す。

「わ、わだじはさいでいだ。うぅ、みんなじんでしまったのに、何のやぐにもただない、ひっく、わたじだけ生き残っで……それを、ぐす……よろごんでる……わたじはっ!」

 洞窟の中にウィルの慟哭が木霊する。誰も何も言えなかった。顔をぐしゃぐしゃにして、自分を責めるウィルに、どう声をかければいいのか検討がつかなかった。生徒達は悲痛そうな表情でウィルを見つめ、愛子はウィルの背中を優しくさする。ユエは何時もの無表情、シアは困ったような表情だ。

 が、ウィルが言葉に詰まった瞬間、意外な人物が動いた。ハジメだ。ハジメは、ツカツカとウィルに歩み寄ると、その胸倉を掴み上げ人外の膂力で宙吊りにした。そして、息がつまり苦しそうなウィルに、意外なほど透き通った声で語りかけた。

「生きたいと願うことの何が悪い? 生き残ったことを喜んで何が悪い? その願いも感情も当然にして自然にして必然だ。お前は人間として、極めて正しい」
「だ、だが……私は……」
「それでも、死んだ奴らのことが気になるなら……生き続けろ。これから先も足掻いて足掻いて死ぬ気で生き続けろ。そうすりゃ、いつかは……今日、生き残った意味があったって、そう思える日が来るだろう」
「……生き続ける」

 涙を流しながらも、ハジメの言葉を呆然と繰り返すウィル。ハジメは、ウィルを乱暴に放り出し、自分に向けて「何やってんだ」とツッコミを入れる。先程のウィルへの言葉は、半分以上自分への言葉だった。少し似た境遇に置かれたウィルが、自らの生を卑下したことが、まるで「お前が生き残ったのは間違いだ」と言われているような気がして、つい熱くなってしまったのである。

 もちろん、完全なる被害妄想だ。半分以上八つ当たり、子供の癇癪と大差ない。色々達観したように見えて、ハジメもまだ十七歳の少年、学ぶべきことは多いということだ。その自覚があるハジメは軽く自己嫌悪に陥る。そんなハジメのもとにトコトコと傍に寄って来たユエは、ギュッとハジメの手を握った。

「……大丈夫、ハジメは間違ってない」
「……ユエ」
「……全力で生きて。生き続けて。ずっと一緒に。ね?」
「……ははっ、ああ当然だ。何が何でも生き残ってやるさ……一人にはしないよ」
「……ん」

 傍らでウィルが未だに自分の内面と語り合っているのを放置して、ハジメとユエは二人の世界を作る。ユエには敵わないなっと、ハジメは優しくユエの頬を撫で、ユエもまた甘えるように、その手に頬ずりする。何が何だか分からない怒涛の展開に、愛子達が目を瞬かせ、シアは半眼でハジメとユエを見つめる。

 暫くカオスな状況が続いたが(ハジメの暴走のせい)、何とか皆気を持ち直し、一行は早速下山することにした。日の入りまで、まだ一時間以上は残っているので、急げば、日が暮れるまでに麓に着けるだろう。

 ブルタールの群れや漆黒の竜の存在は気なるが、それはハジメ達の任務外だ。戦闘能力が低い保護対象を連れたまま調査などもってのほかである。ウィルも、足でまといになると理解しているようで、撤退を了承した。他の生徒達は、町の人達も困っているから調べるべきではと微妙な正義感からの主張をしたが、黒竜やらブルタールの群れという危険性の高さから愛子が頑として調査を認めなかったため、結局、下山することになった。

 だが、事はそう簡単には進まない。再度、ユエの魔法で滝壺から出てきた一行を熱烈に歓迎するものがいたからだ。

「グゥルルルル」

 低い唸り声を上げ、漆黒の鱗で全身を覆い、翼をはためかせながら空中より金の眼で睥睨する……それはまさしく“竜”だった。
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次回は、土曜日の18時更新予定です
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