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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第三章

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愛子の悩み

 散々、愛子が吠えた後、他の客の目もあるからとVIP席の方へ案内されたハジメ達。そこで、愛子や園部優花達生徒から怒涛の質問を投げかけられつつも、ハジメは、目の前の今日限りというニルシッシル(異世界版カレー)。に夢中で端折りに端折った答えをおざなりに返していく。

Q、橋から落ちた後、どうしたのか?
A、超頑張った
Q、なぜ白髪なのか
A、超頑張った結果
Q、その目はどうしたのか
A、超超頑張った結果
Q、なぜ、直ぐに戻らなかったのか
A、戻る理由がない

 そこまで聞いて愛子が、「真面目に答えなさい!」と頬を膨らませて怒る。全く、迫力がないのが物悲しい。案の定、ハジメには柳に風といった様子だ。目を合わせることもなく、美味そうに、時折ユエやシアと感想を言い合いながらニルシッシルに舌鼓を打つ。表情は非常に満足そうである。

 その様子にキレたのは、愛子専属護衛隊隊長のデビッドだ。愛する女性が蔑ろにされていることに耐えられなかったのだろう。拳をテーブルに叩きつけながら大声を上げた。

「おい、お前! 愛子が質問しているのだぞ! 真面目に答えろ!」

 ハジメは、チラリとデビッドを見ると、はぁと溜息を吐いた。

「食事中だぞ? 行儀よくしろよ」

 全く相手にされていないことが丸分かりの物言いに、元々、神殿騎士にして重要人物の護衛隊長を任されているということから自然とプライドも高くなっているデビッドは、我慢ならないと顔を真っ赤にした。そして、何を言ってものらりくらりとして明確な答えを返さないハジメから矛先を変え、その視線がシアに向く。

「ふん、行儀だと? その言葉、そっくりそのまま返してやる。薄汚い獣風情を人間と同じテーブルに着かせるなど、お前の方が礼儀がなってないな。せめてその醜い耳を切り落としたらどうだ? 少しは人間らしくなるだろう」

 侮蔑をたっぷりと含んだ眼で睨まれたシアはビクッと体を震わせた。ブルックの町では、宿屋での第一印象や、キャサリンと親しくしていたこと、ハジメの存在もあって、むしろ友好的な人達が多かったし、フューレンでも蔑む目は多かったが、奴隷と認識されていたからか直接的な言葉を浴びせかけられる事はなかった。

 つまり、ハジメと旅に出てから初めて、亜人族に対する直接的な差別的言葉の暴力を受けたのである。有象無象の事など気にしないと割り切ったはずだったが、少し、外の世界に慣れてきていたところへの不意打ちだったので、思いの他ダメージがあった。シュンと顔を俯かせるシア。

 よく見れば、デビッドだけでなく、チェイス達他の騎士達も同じような目でシアを見ている。彼等がいくら愛子達と親しくなろうと、神殿騎士と近衛騎士である。聖教教会や国の中枢に近い人間であり、それは取りも直さず、亜人族に対する差別意識が強いということでもある。何せ、差別的価値観の発信源は、その聖教教会と国なのだから。デビッド達が愛子と関わるようになって、それなりに柔軟な思考が出来るようになったといっても、ほんの数ヶ月程度で変わる程、根の浅い価値観ではないのである。

 あんまりと言えばあんまりな物言いに、思わず愛子が注意をしようとするが、その前に俯くシアの手を握ったユエが、絶対零度の視線をデビッドに向ける。最高級ビスクドールのような美貌の少女に体の芯まで凍りつきそうな冷ややかな眼を向けられて、デビッドは一瞬たじろぐも、見た目幼さを残す少女に気圧されたことに逆上する。普段ならここまでキレやすい人間ではないのだが、思わず言ってしまった言葉に、愛しい愛子からも非難がましい視線を向けられて軽く我を失っているようだった。

「何だ、その眼は? 無礼だぞ! 神の使徒でもないのに、神殿騎士に逆らうのか!」

 思わず立ち上がるデビッドを、副隊長のチェイスは諌めようとするが、それよりも早く、ユエの言葉が騒然とする場にやけに明瞭に響き渡った。

「……小さい男」

 それは嘲りの言葉。たかが種族の違い如きで喚き立て、少女の視線一つに逆上する器の小ささを嗤う言葉だ。唯でさえ、怒りで冷静さを失っていたデビッドは、よりによって愛子の前で男としての器の小ささを嗤われ完全にキレた。

「……異教徒め。そこの獣風情と一緒に地獄へ送ってやる」

 無表情で静かに呟き、傍らの剣に手をかけるデビッド。突如現れた修羅場に、生徒達はオロオロし、愛子やチェイス達は止めようとする。だが、デビッドは周りの声も聞こえない様子で、遂に鞘から剣を僅かに引き抜いた。

 その瞬間、

ドパンッ!!

 乾いた破裂音が“水妖精の宿”全体に響きわたり、同時に、今にも飛び出しそうだったデビッドの頭部が弾かれたように後方へ吹き飛んだ。デビッドは、そのまま背後の壁に凄まじい音を立てながら後頭部を強打し、白目を向いてズルズルと崩れ落ちる。手から放り出されたデビッドの剣がカシャン! と派手な音を立てて床に転がった。

 誰もが、今起こった出来事を正しく認識できず硬直する。視線は、白目を向いて倒れるデビッドに向けられたままだ。と、そこへ、大きな破裂音に何事かと、フォスがカーテンを開けて飛び込んできた。そして、目の前の惨状に目を丸くして硬直する。

 代わりに、フォスが入ってきた事で愛子達が我を取り戻した。デビッドに向けられていた視線は、破裂音の源へと自然に引き寄せられる。

 其処には、愛子達にとって知識にはあるが、実際には見たことのない、異世界にあるはずのない物、騎士達にとっては完全に未知の物、“銃”を座席に座ったまま構えるハジメの姿があった。ドンナーからは白煙が上がっている。一応、撃ったのは非致死性のゴム弾だ。

 詳細は分からないが攻撃したのがハジメであると察した騎士達が、一斉に剣に手をかけて殺気を放つ。しかし、直後、騎士達の殺気などとは比べ物にならない凄絶な殺気が、まるで天から鉄槌となって襲ってきたかのように降り注ぎ、立ち上がりかけた騎士達を強制的に座席に座らせた。

 直接、殺気を浴びているわけではないが、ハジメから放たれる桁違いの威圧感に、愛子達も顔を青ざめさせてガクガクと震えている。

 ハジメは、ドンナーをゴトッとわざとらしく音を立てながらテーブルの上に置いた。威嚇のためだ。そして、自分の立ち位置と愛子達に求める立ち位置を明確に宣言する。

「俺は、あんたらに興味がない。関わりたいとも、関わって欲しいとも思わない。いちいち、今までの事とかこれからの事を報告するつもりもない。ここには仕事に来ただけで、終わればまた旅に出る。そこでお別れだ。あとは互いに不干渉でいこう。あんたらが、どこで何をしようと勝手だが、俺の邪魔だけはしないでくれ。今みたいに、敵意をもたれちゃ……つい殺っちまいそうになる」

 わかったか? そう眼で問いかけるハジメに、誰も何も言えなかった。直接、視線を向けられたチェイス達騎士は、かかるプレッシャーに必死に耐えながら、僅かに頷くので精一杯だった。

 ハジメは、続いて愛子達にも視線を転じる。愛子は、何も言わない。いや、言えないのだろう。迸る威圧感のせいだけでなく、ハジメの言葉を了承してしまったら何も分からぬまま変わってしまった教え子を放置してしまうことになる。それは、愛子の教師としての矜持が許さなかった。

 ハジメは、溜息を吐き肩を竦めると“威圧”を解いた。愛子から返事はなかったが、なんとなくその心情を察したハジメは、無理に返事を求めなかった。他の生徒達は、明らかに怯えた様子だったので、敢えて関わっては来ないだろうと推測した。

 凄まじい圧迫感が消え去り、騎士達がドウッと崩れ落ちて大きく息を吐いた。愛子達も疲れたように椅子に深く座り込む。ハジメは、何事もなかったように食事を再開しながら、シュンとしているシアに話しかけた。

「おい、シア。これが“外”での普通なんだ。気にしていたらキリがないぞ?」
「はぃ、そうですよね……わかってはいるのですけど……やっぱり、人間の方には、この耳は気持ち悪いのでしょうね」

 自嘲気味に、自分のウサミミを手で撫でながら苦笑いをするシア。そんなシアに、ユエが真っ直ぐな瞳で慰めるように呟く。

「……シアのウサミミは可愛い」
「ユエさん……そうでしょうか」

 それでも自信なさげなシアに、今度はハジメが若干呆れた様子でフォローを入れる。ユエに「メッ!」されることが多くなってから、シアに対する態度が少しずつ柔らかくなっているハジメの、精一杯の慰めだ。

「あのな、こいつらは教会やら国の上層に洗脳じみた教育されてるから、忌避感が半端ないだけだ。兎人族は愛玩奴隷の需要では一番なんだろう? それはつまり、一般的には気持ち悪いとまでは思われちゃいないってことだ」
「そう……でしょうか……あ、あの、ちなみにハジメさんは……その……どう思いますか……私のウサミミ」

 ハジメの言葉が慰めであると察して、少し嬉しそうなシアは、頬を染めながら上目遣いでハジメに尋ねる。ウサミミは、「聞きたいけど聞きたくない!」というようにペタリと垂れたまま、時々、ピコピコとハジメの方に耳を向けている。

「……別にどうも……」

 そんなウサミミをチラリと見たハジメは、何かを誤魔化すように視線を食事に戻し、ぶっきらぼうに答えた。少し残念そうにふにゃりと垂れるウサミミ。しかし、つぐユエの言葉に、一気に元気を取り戻してヒュパ! と立ち上がった。

「……ハジメのお気に入り。シアが寝てる時にモフモフしてる」
「ユエッ!? それは言わない約束だろ!?」
「ハ、ハジメさん……私のウサミミお好きだったんですね……えへへ」

 シアが赤く染まった頬を両手で押さえイヤンイヤンし、頭上のウサミミは「わーい!」と喜びを表現する様にわっさわっさと動く。

 ついさっきまで下手をすれば皆殺しにされるのではと錯覚しそうな緊迫感が漂っていたのに、今は何故か桃色空間が広がっている不思議に、愛子達も騎士達も目を白黒させた。しばらく、ハジメ達のラブコメちっくなやり取りを見ていると、男子生徒の一人相川昇がポツリとこぼす。

「あれ? 不思議だな。さっきまで南雲のことマジで怖かったんだけど、今は殺意しか湧いてこないや……」
「お前もか。つーか、あの二人、ヤバイくらい可愛いんですけど……どストライクなんですけど……なのに、目の前にいちゃつかれるとか拷問なんですけど……」
「……南雲の言う通り、何をしていたか何てどうでもいい。だが、異世界の女の子と仲良くなる術だけは……聞き出したい! ……昇! 明人!」
「「へっ、地獄に行く時は一緒だぜ、淳!」」

 グツグツと煮えたぎる嫉妬を込めた眼で、ついさっき自分達を震え上がらせたハジメを睨みながら、一致団結する愛ちゃん護衛隊の男勢三人。すっかり、シリアスな雰囲気が吹き飛び、本来の調子を取り戻し始めた女生徒達が、そんな男子生徒達に物凄く冷めた目を向けていた。

 チェイスが、場の雰囲気が落ち着いたのを悟り、デビッドの治癒に当たらせる。同時に、警戒心と敵意を押し殺して、微笑と共にハジメに問い掛けた。ハジメの事情はともかく、どうしても聞かなければならない事があったのだ。

「南雲君でいいでしょうか? 先程は、隊長が失礼しました。何分、我々は愛子さんの護衛を務めておりますから、愛子さんに関することになると少々神経が過敏になってしまうのです。どうか、お許し願いたい」

 ハジメは、神経過敏になっていきなり人殺しかよ? とツッコミを入れたくなったが、人殺しについては、自分も大きなことは言えないので黙って手をヒラヒラと振るに止めた。そのおざなりな態度に、チェイスの眉が一瞬ピクッとなるが、微笑というポーカーフェイスは崩れない。そして、頭の回転が早いチェイスの見立てでは到底放置できない、目の前のアーティファクトらしき物に目を向けハジメに切り込んだ。

「そのアーティファクト……でしょうか。寡聞にして存じないのですが、相当強力な物とお見受けします。弓より早く強力にもかかわらず、魔法のように詠唱も陣も必要ない。一体、何処で手に入れたのでしょう?」

 微笑んでいるが、目は笑っていないチェイス。先ほどのやり取りで、魔力が使われたような気配がないことから、弓のように純粋な物理な機構が用いられているなら量産が可能かもしれないと考える。そして、そうなれば、戦争の行く末すら左右しかねないため、自分達が束になってもハジメには敵わないかもしれないとは思いつつも、聞かずにはいられなかったのだ。

 ハジメが、チラリとチェイスを見る。そして、何かを言おうとして、興奮した声に遮られた。クラス男子の玉井淳史だ。

「そ、そうだよ、南雲。それ銃だろ!? 何で、そんなもん持ってんだよ!」

 玉井の叫びにチェイスが反応する。

「銃? 玉井は、あれが何か知っているのですか?」
「え? ああ、そりゃあ、知ってるよ。俺達の世界の武器だからな」

 玉井の言葉にチェイスの眼が光る。そして、ハジメをゆっくりと見据えた。

「ほぅ、つまり、この世界に元々あったアーティファクトではないと……とすると、異世界人によって作成されたもの……作成者は当然……」
「俺だな」

 ハジメは、あっさりと自分が創り出したと答えた。チェイスは、ハジメに秘密主義者という印象を抱いていたため、あっさり認めたことに意外感を表にする。

「あっさり認めるのですね。南雲君、その武器が持つ意味を理解していますか? それは……」
「この世界の戦争事情を一変させる……だろ? 量産できればな。大方、言いたいことはやはり戻ってこいとか、せめて作成方法を教えろとか、そんな感じだろ? 当然、全部却下だ。諦めろ」

 取り付く島もないハジメの言葉。あらかじめ用意していた言葉をそのまま伝えたようだ。だが、チェイスも食い下がる。銃はそれだけ魅力的だったのだ。

「ですが、それを量産できればレベルの低い兵達も高い攻撃力を得ることができます。そうすれば、来る戦争でも多くの者を生かし、勝率も大幅に上がることでしょう。あなたが協力する事で、お友達や先生の助けにもなるのですよ? ならば……」
「なんと言われようと、協力するつもりはない。奪おうというなら敵とみなす。その時は……戦争前に滅ぶ覚悟をしろ」

 ハジメの静かな言葉に全身を悪寒に襲われ口をつぐむチェイス。そこへ愛子が執り成すように口を挟む。

「チェイスさん。南雲君には南雲君の考えがあります。私の生徒に無理強いはしないで下さい。南雲君も、あまり過激な事は言わないで下さい。もっと穏便に……南雲君は、本当に戻ってこないつもり何ですか?」
「ああ、戻るつもりはない。明朝、仕事に出て依頼を果たしたら、そのままここを出る」
「どうして……」

 愛子が悲しそうにハジメを見やり、理由を聞こうとするが、それより早くハジメが席を立った。いつの間にか、ユエやシアも食事を終えている。愛子が引きとめようとするが、ハジメは無視してユエとシアを連れ二階への階段を登っていってしまった。

 後に残された愛子達の間には、何とも言えない微妙な空気が流れる。死んだと思っていたクラスメイトが生きていたのは嬉しい。だが、当の本人は、自分達の事などまるで眼中になかった。しかも、以前とは比べ物にならないほど強者となっており、“無能”と呼んで蔑んでいた頃のように上から目線で話すなど出来そうもない。

 また、蔑んでいた事、檜山達のイジメを見て見ぬふりをしていた事、そしてあの“誤爆”事件、その全てが負い目となってハジメに対する態度を曖昧にしていた。結果、誰もハジメに対して積極的な態度を取れなかった。

 愛子自身も、怒涛の展開と教え子の変貌に内心激しく動揺しており、離れていくハジメを引き止めることができなかった。

 チェイスは、傍らで治癒をかけられているデビッドの姿を見ながら、何かを深く考え込んでいる。

 食事はすっかり冷めてしまい、食欲も失せた。目の前の料理を何となしに眺めながら、誰もが、ハジメが退席した事で改めて“ハジメの生存”について深く考え始めた。

 一体何があれば人はああも変わるのか、あの時の“誤爆”をハジメはどう思っているのか、ハジメは今、自分達をどう思っているのか……もしや、恨んでいるのではないか。そんな考えが脳内をぐるぐると巡り、皆一様に沈んだ表情で、その日は解散となった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 夜中。深夜を周り、一日の活動とその後の予想外の展開に精神的にも肉体的にも疲れ果て、誰もが眠りついた頃、しかし、愛子は未だ寝付けずにいた。愛子の部屋は一人部屋で、それほど大きくはない。木製の猫脚ベッドとテーブルセット、それに小さな暖炉があり、その前には革張りのソファーが置かれている。冬場には、きっと揺らめく炎が部屋を照らし、視覚的にも体感的にも宿泊客を暖めてくれるのだろう。

 愛子は、今日の出来事に思いを馳せ、ソファーに深く身を預けながら火の入っていない暖炉を何となしに見つめる。愛子の頭の中は整理されていない本棚のように、あらゆる情報が無秩序に並んでいた。

 考えねばならないこと、考えたいこと、これからのこと、ぐるぐると回る頭は一向に建設的な意見を出してはくれない。大切な教え子が生きていたと知ったときの事を思い出し頬が緩むも、その後の非友好的ですらない無関心な態度に眉を八の字にする。

 デビッドの言動により垣間見たハジメの力に、そのように変貌しなければ生き残れなかったのかもしれないと、ハジメが経験したであろう苦難を思い、何の助けにもなれなかったことに溜息を吐く。しかし、その後の二人の少女との掛け合いを思い出し、信頼できる仲間を得ていたのだと思い、再び頬を緩める。

 と、そこへ、突如誰もいないはずの部屋の中から声が掛けられた。

「なに百面相してるんだ、先生?」
「ッ!?」

 ギョッとして声がした方へ振り向く愛子。そこには、入口の扉にもたれながら腕を組んで立つハジメの姿があった。驚愕のあまり舌がもつれながらも何とか言葉を発する愛子。

「な、南雲君? な、なんでここに、どうやって……」
「どうやってと言われると、普通にドアからと答えるしかないな」
「えっ、でも鍵が……」
「俺の天職は錬成師だぞ? 地球の鍵でもあるまいし、この程度の構造の鍵くらい開けられるさ」

 飄々と答えるハジメに、愛子は暫く呆然とした後、驚きでバクバクと煩い心臓を何とか落ち着かせながら、眉をしかめて咎めるような表情になった。

「こんな時間に、しかも女性の部屋にノックもなくいきなり侵入とは感心しませんよ。わざわざ鍵まで開けて……一体、どうしたんですか?」

 愛子の脳裏に一瞬、夜這いという言葉が過ぎったが即行で打ち消す。生徒相手に何を考えているのだと軽く頭を振った。ハジメは、そんな愛子のお叱りを柳に風と受け流し、非常識な来訪の目的を告げた。

「まぁ、そこは悪かったよ。他の連中に見られたくなかったんだ、この訪問を。先生には話しておきたい事があったんだが、さっきは、教会やら王国の奴等がいたから話せなかったんだよ。内容的に、アイツ等発狂でもして暴れそうだし」
「話ですか? 南雲君は、先生達のことはどうでもよかったんじゃ……」

 もしや、本当は戻ってくるつもりなのではと、期待に目を輝かせる愛子。生徒からの相談とあれば、まさに教師の役所である。しかし、ハジメは、その期待を即行で否定した。

「いや、戻るつもりはないからな? だから、そんな期待した目で見るのは止めてくれ……今から話す話は、先生が一番冷静に受け止められるだろうと思ったから話す。聞いた後、どうするかは先生の判断に任せるよ」

 そう言ってハジメは、オスカーから聞いた“解放者”と狂った神の遊戯の物語を話し始めた。

 ハジメが、愛子にこの話をしようと思ったのは、もちろん理由がある。神の意思に従って、勇者である光輝達が盤上で踊ったとしても、彼等の意図した通り神々が元の世界に帰してくれるとは思えなかった。魔人族から人間族を救う、すなわち起こるであろう戦争に勝利したとしても、それはそもそも神々が裏で糸を引いている結果だ。勇者などと言う面白い駒をそうそう手放す訳が無い。むしろ、勇者達を利用して新たなゲームを始めると考えた方が妥当である。

 ただ、ハジメとしては、その事を、わざわざ光輝達を探し出して伝えるつもりはなかった。クラスメイトの行く末には興味がなかったし、単純に面倒だったからだ。それに、仮に伝えたとしても、あの正義感と思い込みの塊のような男が、ハジメの言葉を信じるとは思えなかった。

 たった一人の、しかも変貌した少年の言葉と、大多数の救いを求める声、どちらを信じるかなど考えるまでもない。むしろ、大勢の人たちが信じ、崇める“エヒト様”を愚弄したとして非難されるのがオチだろう。そう言う意味からも、ハジメは光輝に関わるつもりは毛頭なかったのである。

 だが、偶然に偶然が重なって、何の因果か愛子と再会することになった。ハジメは、知っている。愛子の行動原理が常に生徒を中心にしていることを。つまり、異世界の事情に関わらず、生徒のために冷静な判断ができるということだ。そして、日本での慕われ具合と、今日のクラスメイト達の態度から、愛子が話したのなら、きっと彼女の言葉は光輝達にも影響を与えるだろう、とハジメは考えた。

 その結果、彼等の行動にどのような影響が出るのかはわからない。だが、この情報により、光輝達が神々の意図するところとは異なる動きをすれば、それだけ神の光輝達への注意が増すはずだ。ハジメは、大迷宮を攻略する旅中で自分が酷く目立つ存在になると推測しており、最終的には神々から何らかの干渉を受ける可能性を考えている。なので、間接的に信頼のある人物から情報を伝えてもらうことで、光輝達の行動を乱し、神から受ける注目を遅らせる、ないし分散させることを意図したのである。

 また、神に縋る以外で、更にハジメとも異なる帰還方法を探ってくれるのではという意図も僅かにある。更に言えば、かつて“解放者”がされたように、本来味方であるはずの人々を操り敵対させるという方法を光輝達で再現されないように、神への不信感を植えつけることで楔を打っておくという意図もある。

 もっとも、この考えは偶然愛子に再会したことからの単なる思いつきであり、ハジメ自身大して期待していない。ハジメとしては、クラスメイト達に対して恨みも憎しみもない。ただ、ひたすらに無関心である。利用できればそうするし、役に立ちそうになければ放置である。今回は、たまたま利用できそうなので情報を開示したに過ぎない。

 ハジメから、この世界の真実を聞かされ呆然とする愛子。どう受け止めていいか分からないようだ。情報を咀嚼し、自らの考えを持つに至るには、まだ時間が掛かりそうである。

「まぁ、そういうわけだ。俺が奈落の底で知った事はな。これを知ってどうするかは先生に任せるよ。戯言と切って捨てるもよし、真実として行動を起こすもよし。好きにしてくれ」
「な、南雲君は、もしかして、その“狂った神”をどうにかしようと……旅を?」
「ハッ、まさか。この世界がどうなろうが心底どうでもいい。俺は俺なりに帰還の方法を探るだけだ。旅はそのためのものだよ。教えたのは、その方が俺にとって都合が良さそうだから、それだけだ」

 もしやと思ってした質問を鼻で笑われた愛子は何とも微妙な表情だ。無謀なことに首を突っ込まないという事には安心出来るが、躊躇いなく他者を切り捨てる発言には教師として眉をしかめざるを得ない。もっとも、自分もこの世界の事情より生徒達を優先しているので、人のことは言えず、結果、微妙な表情で話題を逸らすことになった。

「アテはあるんですか?」
「まぁな。大迷宮が鍵だ。興味があるなら探索したらいい。オルクスの百階を超えれば、めでたく本当の大迷宮だ。もっとも、今日の様子を見る限り、行っても直ぐに死ぬと思うけどな。あの程度の“威圧”に耐えられないようじゃ論外だよ」

 愛子は、夕食時のハジメから放たれたプレッシャーを思い出す。そして、どれだけ過酷な状況を生き抜いたのかと改めてハジメに同情やら称賛やら色々なものが詰まった複雑な目差しを向けた。

 暫く、沈黙が続く。静寂が部屋に満ちた。ハジメは、愛子の様子から与えるべき情報を確かに与えられたと悟り、もう用はないと、踵を返して扉へと手をかけた。その背中に、オルクス大迷宮という言葉で思い出したとある生徒の事を伝えようと愛子が話しかけた。

「白崎さんは諦めていませんでしたよ」
「……」

 愛子から掛けられた予想外の言葉にハジメの歩みが止まる。愛子は、背中を向けたままのハジメにそっと語りかけた。

「皆が君は死んだと言っても、彼女だけは諦めていませんでした。自分の目で確認するまで、君の生存を信じると。今も、オルクス大迷宮で戦っています。天之河君達は純粋に実戦訓練として潜っているようですが、彼女だけは君を探すことが目的のようです」
「…………白崎は無事か?」

 長い沈黙の後、ハジメは愛子に尋ねる。自分達に無関心な態度をとっていたハジメの初めての他者を心配するような言葉に、愛子は、まだハジメが以前の心を残していると思い喜色を浮かべた。

「は、はい。オルクス大迷宮は危険な場所ではありますが、順調に実力を伸ばして、攻略を進めているようです。時々届く手紙にはそうありますよ。やっぱり気になりますか? 南雲君と白崎さんは仲がよかったですもんね」

 にこやかに語る愛子に、しかしハジメは否定も肯定もせず無表情で肩越しに振り返った。

「そう言う意味じゃないんだが……手紙のやり取りがあるなら伝えとくといい。あいつが本当に注意すべきは迷宮の魔物じゃない。仲間の方だと」
「え? それはどういう……」
「先生、今日の玉井達の態度から大体の事情は察した。俺が奈落に落ちた原因はベヒモスとの戦闘、または事故・・って事にでもなっているんじゃないか?」
「そ、それは……はい。一部の魔法が制御を離れて誤爆したと……南雲君はやはり皆を恨んで……」
「そんなことはどうでもいい。肝心なのはそこだ。誤爆? 違うぞ。あれは明確に俺を狙って誘導された魔弾だった」
「え? 誘導? 狙って?」

 わけがわからないといった表情の愛子。だが、ハジメは、容赦なく愛子を更なる悩みに突き落とす言葉を残す。

「俺は、クラスメイトの誰かに殺されかけたって事だ」
「ッ!?」

 顔面を蒼白して硬直する愛子に、「原因は白崎との関係くらいしか思いつかないからな、嫉妬で人一人殺すようなヤツだ。まだ無事なら白崎に後ろから襲われないよう忠告しとくといい」と言い残し、ハジメは部屋を出ていった。

 シンとする部屋に冷気が吹き込んだように錯覚し、愛子は両腕で自らの体を抱きしめた。大切な生徒が仲間を殺そうとしたかもしれない。それも、死の瀬戸際で背中を狙うという卑劣な手段で。生徒が何より大切な愛子には、受け入れ難い話しだ。だが、否定すればハジメの言葉を理由もなく否定することになる。生徒を信じたい心がせめぎ合う。

 愛子の悩みは深くなり、普段に増して眠れぬ夜を過ごした。


いつも読んで下さり有難うございます
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます

次回は、水曜日の18時更新予定です
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