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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第三章

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湖畔の町での再会


 広大な平原のど真ん中に、北へ向けて真っ直ぐに伸びる街道がある。街道と言っても、何度も踏みしめられることで自然と雑草が禿げて道となっただけのものだ。この世界の馬車にはサスペンションなどというものはないので、きっとこの道を通る馬車の乗員は、目的地に着いた途端、自らの尻を慰めることになるのだろう。

 そんな、整備されていない道を有り得ない速度で爆走する影がある。黒塗りの車体に二つの車輪だけで凸凹の道を苦もせず突き進むそれの上には、三人の人影があった。

 ハジメ、ユエ、シアだ。かつてライセン大峡谷の谷底で走らせた時とは比べものにならないほどの速度で街道を疾走している。時速八十キロは出ているだろう。魔力を阻害するものがないので、魔力駆動二輪も本来のスペックを十全に発揮している。座席順は、いつもの通り、ハジメの腕の中にユエ、背中にシアという形だ。風にさらわれてシアのウサミミがパタパタとなびいている。

 天気は快晴で暖かな日差しが降り注ぎ、ユエの魔法で風圧も調整されているので絶好のツーリング日和と言える。実際、ユエもシアも、ポカポカの日差しと心地よい風を全身に感じて、実に気持ちよさそうに目を細めていた。

「はぅ~、気持ちいいですぅ~、ユエさぁ~ん。帰りは場所交換しませんかぁ~」
「……ダメ。ここは私の場所」
「え~、そんなこと言わずに交換しましょうよ~、後ろも気持ちいですよ?」

 シアが実に間延びした緩々の声音でユエに座席の交換を強請る。ハジメは、肩越しに緩んだシアの顔を見やると嫌なそうな顔をしてユエの代わりに答えた。

「あのなぁ、お前じゃ前には座れないだろ? 邪魔でしょうがねぇよ。特にそのウサミミ。風になびいて目に突き刺さるだろうが」
「あ~、そうですねぇ~」
「……ダメ、ほとんど寝てる」

 どうやら、あまりの心地よさにシアは半分夢の住人になっているようだ。ハジメの肩に頭を乗せ全体重を掛けてもたれ掛かっている。ユエに話しかけたのも半分寝言のようだ。

「まぁ、このペースなら後一日ってところだ。ノンストップで行くし、休める内に休ませておこう」

 ハジメの言葉通り、ハジメ達は、ウィル一行が引き受けた調査依頼の範囲である北の山脈地帯に一番近い町まで後一日ほどの場所まで来ていた。このまま休憩を挟まず一気に進み、おそらく日が沈む頃に到着するだろうから、町で一泊して明朝から捜索を始めるつもりだ。急ぐ理由はもちろん、時間が経てば経つほど、ウィル一行の生存率が下がっていくからだ。しかし、いつになく他人のためなのに積極的なハジメに、ユエが、上目遣いで疑問顔をする。

 ハジメは、腕の中から可愛らしく首を傾げて自分を見上げるユエに苦笑いを返す。

「……積極的?」
「ああ、生きているに越したことはないからな。その方が、感じる恩はでかい。これから先、国やら教会やらとの面倒事は嫌ってくらい待ってそうだからな。盾は多いほうがいいだろう? いちいちまともに相手なんかしたくないし」
「……なるほど」

 実際、イルワという盾が、どの程度機能するかはわからないし、どちらかといえば役に立たない可能性の方が大きいが保険は多いほうがいい。まして、ほんの少しの労力で獲得できるなら、その労力は惜しむべきではないだろう。

「それに聞いたんだがな、これから行く町は湖畔の町で水源が豊かなんだと。そのせいか町の近郊は大陸一の稲作地帯なんだそうだ」
「……稲作?」
「おう、つまり米だ米。俺の故郷、日本の主食だ。こっち来てから一度も食べてないからな。同じものかどうかは分からないが、早く行って食べてみたい」
「……ん、私も食べたい……町の名前は?」

 遠い目をして米料理に思いを馳せるハジメに、微笑ましそうな眼差しを向けていたユエは、そう言えば町の名前を聞いてなかったとハジメに尋ねる。ハッと我に返ったハジメは、ユエの眼差しに気がついて少し恥ずかしそうにすると、誤魔化すように若干大きめの声で答えた。

「湖畔の町ウルだ」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「はぁ、今日も手掛かりはなしですか……清水君、一体どこに行ってしまったんですか……」

 悄然と肩を落とし、ウルの町の表通りをトボトボと歩くのは召喚組の一人にして教師、畑山愛子だ。普段の快活な様子がなりを潜め、今は、不安と心配に苛まれて陰鬱な雰囲気を漂わせている。心なしか、表通りを彩る街灯の灯りすら、いつもより薄暗い気がする。

「愛子、あまり気を落とすな。まだ、何も分かっていないんだ。無事という可能性は十分にある。お前が信じなくてどうするんだ」
「そうですよ、愛ちゃん先生。清水君の部屋だって荒らされた様子はなかったんです。自分で何処かに行った可能性だって高いんですよ? 悪い方にばかり考えないでください」

 元気のない愛子に、そう声をかけたのは愛子専属護衛隊隊長のデビッドと生徒の園部優花だ。周りには他にも、毎度お馴染みに騎士達と生徒達がいる。彼等も口々に愛子を気遣うような言葉をかけた。

 クラスメイトの一人、清水幸利が失踪してから既に二週間と少し。愛子達は、八方手を尽くして清水を探したが、その行方はようとして知れなかった。町中に目撃情報はなく、近隣の町や村にも使いを出して目撃情報を求めたが、全て空振りだった。

 当初は事件に巻き込まれのではと騒然となったのだが、清水の部屋が荒らされていなかったこと、清水自身が“闇術師”という闇系魔法に特別才能を持つ天職を所持しており、他の系統魔法についても高い適性を持っていたことから、そうそう、その辺のゴロツキにやられるとは思えず、今では自発的な失踪と考える者が多かった。

 元々、清水は、大人しいインドアタイプの人間で社交性もあまり高くなかった。クラスメイトとも、特別親しい友人はおらず、愛ちゃん護衛隊に参加したことも驚かれたぐらいだ。そんなわけで、既に愛子以外の生徒は、清水の安否より、それを憂いて日に日に元気がなくなっていく愛子の方が心配だった。護衛隊の騎士達に至っては言わずもがなである。

 ちなみに、王国と教会には報告済みであり、捜索隊を編成して応援に来るようだ。清水も、魔法の才能に関しては召喚された者らしく極めて優秀なので、ハジメの時のように、上層部は楽観視していない。捜索隊が到着するまで、あと二、三日といったところだ。

 次々とかけられる気遣いの言葉に、愛子は内心で自分を殴りつけた。事件に巻き込まれようが、自発的な失踪であろうが心配であることに変わりはない。しかし、それを表に出して、今、傍にいる生徒達を不安にさせるどころか、気遣わせてどうするのだと。それでも、自分はこの子達の教師なのか! と。愛子は、一度深呼吸するとペシッと両手で頬を叩き気持ちを立て直した。

「皆さん、心配かけてごめんなさい。そうですよね。悩んでばかりいても解決しません。清水君は優秀な魔法使いです。きっと大丈夫。今は、無事を信じて出来ることをしましょう。取り敢えずは、本日の晩御飯です! お腹いっぱい食べて、明日に備えましょう!」

 無理しているのは丸分かりだが、気合の入った掛け声に生徒達も「は~い」と素直に返事をする。騎士達は、その様子を微笑ましげに眺めた。

カランッカランッ

 そんな音を立てて、愛子達は、自分達が宿泊している宿の扉を開いた。ウルの町で一番の高級宿だ。名を“水妖精の宿”という。昔、ウルディア湖から現れた妖精を一組の夫婦が泊めたことが由来だそうだ。ウルディア湖は、ウルの町の近郊にある大陸一の大きさを誇る湖だ。大きさは日本の琵琶湖の四倍程である。

 “水妖精の宿”は、一階部分がレストランになっており、ウルの町の名物である米料理が数多く揃えられている。内装は、落ち着きがあって、目立ちはしないが細部までこだわりが見て取れる装飾の施された重厚なテーブルやバーカウンターがある。また、天井には派手すぎないシャンデリアがあり、落ち着いた空気に花を添えていた。“老舗”そんな言葉が自然と湧き上がる、歴史を感じさせる宿だった。

 当初、愛子達は、高級すぎては落ち着かないと他の宿を希望したのだが、“神の使徒”あるいは“豊穣の女神”とまで呼ばれ始めている愛子や生徒達を普通の宿に止めるのは外聞的に有り得ないので、騎士達の説得の末、ウルの町における滞在場所として目出度く確定した。

 元々、王宮の一室で過ごしていたこともあり、愛子も生徒達も次第に慣れ、今では、すっかりリラックス出来る場所になっていた。農地改善や清水の捜索に東奔西走し疲れた体で帰って来る愛子達にとって、この宿でとる米料理は毎日の楽しみになっていた。

 全員が一番奥の専用となりつつあるVIP席に座り、その日の夕食に舌鼓を打つ。

「ああ、相変わらず美味しいぃ~異世界に来てカレーが食べれるとは思わなかったよ」
「まぁ、見た目はシチューなんだけどな……いや、ホワイトカレーってあったけ?」
「いや、それよりも天丼だろ? このタレとか絶品だぞ? 日本負けてんじゃない?」
「それは、玉井君がちゃんとした天丼食べたことなかいらでしょ? ホカ弁の天丼と比べちゃだめだよ」
「いや、チャーハンモドキ一択で。これやめられないよ」

 極めて地球の料理に近い米料理に毎晩生徒達のテンションは上がりっぱなしだ。見た目や微妙な味の違いはあるのだが、料理の発想自体はとても似通っている。素材が豊富というのも、ウルの町の料理の質を押し上げている理由の一つだろう。米は言うに及ばず、ウルディア湖で取れる魚、山脈地帯の山菜や香辛料などもある。

 美味しい料理で一時の幸せを噛み締めている愛子達のもとへ、六十代くらいの口ひげが見事な男性がにこやかに近寄ってきた。

「皆様、本日のお食事はいかがですか? 何かございましたら、どうぞ、遠慮なくお申し付けください」
「あ、オーナーさん」

 愛子達に話しかけたのは、この“水妖精の宿”のオーナーであるフォス・セルオである。スっと伸びた背筋に、穏やかに細められた瞳、白髪交じりの髪をオールバックにしている。宿の落ち着いた雰囲気がよく似合う男性だ。

「いえ、今日もとてもおいしいですよ。毎日、癒されてます」

 愛子が代表してニッコリ笑いながら答えると、フォスも嬉しそうに「それはようございました」と微笑んだ。しかし、次の瞬間には、その表情を申し訳なさそうに曇らせた。何時も穏やかに微笑んでいるフォスには似つかわしくない表情だ。何事かと、食事の手を止めて皆がフォスに注目した。

「実は、大変申し訳ないのですが……香辛料を使った料理は今日限りとなります」
「えっ!? それって、もうこのニルシッシル(異世界版カレー)食べれないってことですか?」

 カレーが大好物の園部優花がショックを受けたように問い返した。

「はい、申し訳ございません。何分、材料が切れまして……いつもならこのような事がないように在庫を確保しているのですが……ここ一ヶ月ほど北山脈が不穏ということで採取に行くものが激減しております。つい先日も、調査に来た高ランク冒険者の一行が行方不明となりまして、ますます採取に行く者がいなくなりました。当店にも次にいつ入荷するかわかりかねる状況なのです」
「あの……不穏っていうのは具体的には?」
「何でも魔物の群れを見たとか……北山脈は山を超えなければ比較的安全な場所です。山を一つ超えるごとに強力な魔物がいるようですが、わざわざ山を越えてまでこちらには来ません。ですが、何人かの者がいるはずのない山向こうの魔物の群れを見たのだとか」
「それは、心配ですね……」

 愛子が眉をしかめる。他の皆も若干沈んだ様子で互いに顔を見合わせた。フォスは、「食事中にする話ではありませんでしたね」と申し訳なさそうな表情をすると、場の雰囲気を盛り返すように明るい口調で話を続けた。

「しかし、その異変ももしかするともう直ぐ収まるかもしれませんよ」
「どういうことですか?」
「実は、今日のちょうど日の入り位に新規のお客様が宿泊にいらしたのですが、何でも先の冒険者方の捜索のため北山脈へ行かれるらしいのです。フューレンのギルド支部長様の指名依頼らしく、相当な実力者のようですね。もしかしたら、異変の原因も突き止めてくれるやもしれません」

 愛子達はピンと来ないようだが、食事を共にしていたデビッド達護衛の騎士は一様に「ほぅ」と感心半分興味半分の声を上げた。フューレンの支部長と言えばギルド全体でも最上級クラスの幹部職員である。その支部長に指名依頼されるというのは、相当どころではない実力者のはずだ。同じ戦闘に通じる者としては好奇心をそそられるのである。騎士達の頭には、有名な“金”クラスの冒険者がリストアップされていた。

 愛子達が、デビッド達騎士のざわめきに不思議そうな顔をしていると、二階へ通じる階段の方から声が聞こえ始めた。男の声と少女二人の声だ。何やら少女の一人が男に文句を言っているらしい。それに反応したのはフォスだ。

「おや、噂をすれば。彼等ですよ。騎士様、彼等は明朝にはここを出るそうなので、もしお話になるのでしたら、今のうちがよろしいかと」
「そうか、わかった。しかし、随分と若い声だ。“金”に、こんな若い者がいたか?」

 デビッド達騎士は、脳内でリストアップした有名な“金”クラスに、今聞こえているような若い声の持ち主がいないので、若干、困惑したように顔を見合わせた。

 そうこうしている内に、三人の男女は話ながら近づいてくる。

 愛子達のいる席は、三方を壁に囲まれた一番奥の席であり、店全体を見渡せる場所でもある。一応、カーテンを引くことで個室にすることもできる席だ。唯でさえ目立つ愛子達一行は、愛子が“豊穣の女神”と呼ばれるようになって更に目立つようになったため、食事の時はカーテンを閉めることが多い。今日も、例に漏れずカーテンは閉めてある。

 そのカーテン越しに若い男女の騒がしめの会話の内容が聞こえてきた。

「もうっ、何度言えばわかるんですか。私を放置してユエさんと二人の世界を作るのは止めて下さいよぉ。ホント凄く虚しいんですよ、あれ。聞いてます? “ハジメ”さん」
「聞いてる、聞いてる。見るのが嫌なら別室にしたらいいじゃねぇか」
「んまっ! 聞きました? ユエさん。“ハジメ”さんが冷たいこと言いますぅ」
「……“ハジメ”……メッ!」
「へいへい」

 その会話の内容に、そして少女の声が呼ぶ名前に、愛子の心臓が一瞬にして飛び跳ねる。彼女達は今何といった? 少年を何と呼んだ? 少年の声は、“あの少年”の声に似てはいないか? 愛子の脳内を一瞬で疑問が埋め尽くし、金縛りにあったように硬直しながら、カーテンを視線だけで貫こうとでも言うように凝視する。

 それは、傍らの園部優花や他の生徒達も同じだった。彼らの脳裏に、およそ四ヶ月前に奈落の底へと消えていった、とある少年が浮かび上がる。クラスメイト達に“異世界での死”というものを強く認識させた少年、消したい記憶の根幹となっている少年、良くも悪くも目立っていた少年。

 尋常でない様子の愛子と生徒達に、フォスや騎士達が訝しげな視線と共に声をかけるが、誰一人として反応しない。騎士達が、一体何事だと顔を見合わせていると、愛子がポツリとその名を零した。

「……南雲君?」

 無意識に出した自分の声で、有り得ない事態に硬直していた体が自由を取り戻す。愛子は、椅子を蹴倒しながら立ち上がり、転びそうになりながらカーテンを引きちぎる勢いで開け放った。

シャァァァ!!

 存外に大きく響いたカーテンの引かれる音に、ギョッとして思わず立ち止まる三人の少年少女。

 愛子は、相手を確認する余裕もなく叫んだ。大切な教え子の名前を。

「南雲君!」
「あぁ? ……………………………………………先生?」

 愛子の目の前にいたのは、片目を大きく見開き驚愕を表にする、眼帯をした白髪の少年だった。記憶の中にある南雲ハジメとは大きく異なった外見だ。外見だけでなく、雰囲気も大きく異なっている。愛子の知る南雲ハジメは、何時もどこかボーとした、穏やかな性格の大人しい少年だった。実は、苦笑いが一番似合う子と認識していたのは愛子の秘密である。だが、目の前の少年は鷹のように鋭い目と、どこか近寄りがたい鋭い雰囲気を纏っている。あまりに記憶と異なっており、普通に町ですれ違っただけなら、きっと目の前の少年を南雲ハジメだとは思わなかっただろう。

 だが、よくよく見れば顔立ちや声は記憶のものと一致する。そして何より……目の前の少年は自分を何と呼んだのか。そう、“先生”だ。愛子は確信した。外見も雰囲気も大きく変わってしまっているが、目の前の少年は、確かに自分の教え子である“南雲ハジメ”であると!

「南雲君……やっぱり南雲君なんですね? 生きて……本当に生きて…」
「いえ、人違いです。では」
「へ?」

 死んだと思っていた教え子と奇跡のような再会。感動して、涙腺が緩んだのか、涙目になる愛子。今まで何処にいたのか、一体何があったのか、本当に無事でよかった、と言いたいことは山ほどあるのに言葉にならない。それでも必死に言葉を紡ごうとする愛子に返ってきたのは、全くもって予想外の言葉だった。

 思わず間抜けな声を上げて、涙も引っ込む愛子。スタスタと宿の出口に向かって歩き始めたハジメを呆然と見ると、ハッと正気を取り戻し、慌てて追いかけ袖口を掴んだ。

「ちょっと待って下さい! 南雲君ですよね? 先生のこと先生と呼びましたよね? なぜ、人違いだなんて」
「いや、聞き間違いだ。あれは……そう、方言で“チッコイ”て意味だ。うん」
「それはそれで、物凄く失礼ですよ! ていうかそんな方言あるわけないでしょう。どうして誤魔化すんですか? それにその格好……何があったんですか? こんなところで何をしているんですか? 何故、直ぐに皆のところへ戻らなかったんですか? 南雲君! 答えなさい! 先生は誤魔化されませんよ!」

 愛子の怒声がレストランに響き渡る。幾人かいた客達も噂の“豊穣の女神”が男に掴みかかって怒鳴っている姿に、「すわっ、女神に男が!?」と愉快な勘違いと共に好奇心に目を輝かせている。生徒や護衛騎士達もぞろぞろと奥からやって来た。

 生徒達はハジメの姿を見て、信じられないと驚愕の表情を浮かべている。それは、生きていたこと自体が半分、外見と雰囲気の変貌が半分といったところだろう。だが、どうすればいいのか分からず、ただ呆然と愛子とハジメを見つめるに止どまっていた。

 一方で、ハジメはというと見た目冷静なように見えるが、内心ではプチパニックに襲われていた。まさか偶然知り合ったギルド支部長から持ち込まれた依頼で来た町で、偶然愛子やクラスメイトと再会するなどとは夢にも思っていなかったのだ。

 あまりに突発的な出来事だったため、つい“先生”などと呟いてしまい、挙句自分でも「ないわぁ~」と思うような誤魔化しをしてしまった。愛子の怒涛の質問攻めに内心でライフカードを探るが、“逃げる”“人違いで押し通す”“怪しげな外国人になる”“愛ちゃんを攫っていく”という禄でもないカードしか出てこない。特に最後のは意味不明だった。

 と、そこでハジメを救ったのは頼りになるパートナーの少女。もちろん残念キャラのウサミミではなく吸血姫の方である。ユエは、ツカツカとハジメと愛子の傍に歩み寄ると、ハジメの腕を掴む愛子の手を強引に振り払った。その際、護衛騎士達が僅かに殺気立つ。

「……離れて、ハジメが困ってる」
「な、何ですか、あなたは? 今、先生は南雲君と大事な話を……」
「……なら、少しは落ち着いて」

 冷めた目で自分を睨む美貌の少女に、愛子が僅かに怯む。二人の身長に大差はない。普通に見ればちみっ子同士の喧嘩に見えるだろう。しかし、常に実年齢より下に見られる愛子と見た目に反して妖艶な雰囲気を纏うユエでは、どうしても大人ユエに怒られる子供(愛子)という構図に見えてしまう。実際、注意しているのはユエの方で、彼女の言葉に自分が暴走気味だった事を自覚し頬を赤らめてハジメからそっと距離をとり、遅まきながら大人の威厳を見せようと背筋を正す愛子は……背伸びした子供のようだった。

「すいません、取り乱しました。改めて、南雲君ですよね?」

 今度は、静かな、しかし確信をもった声音で、真っ直ぐに視線を合わせながらハジメに問い直す愛子。そんな愛子を見て、ハジメは、どうせ確信を得ている以上誤魔化したところで何処までも追いかけて来るだろうと確信し、頭をガリガリと掻くと深い溜息と共に肯定した。

「ああ。久しぶりだな、先生」
「やっぱり、やっぱり南雲君なんですね……生きていたんですね……」

 再び涙目になる愛子に、ハジメは特に感慨を抱いた様子もなく肩を竦めた。

「まぁな。色々あったが、何とか生き残ってるよ」
「よかった。本当によかったです」

 それ以上言葉が出ない様子の愛子を一瞥すると、ハジメは近くのテーブルに歩み寄りそのまま座席についた。それを見て、ユエとシアも席に着く。シアは困惑しながらだったが。ハジメの突然の行動にキョトンとする愛子達。ハジメは、完全に調子を取り戻したようで、周囲の事など知らんとばかりに、生徒達の後ろに佇んで事の成り行きを見守っているフォスを手招きする。

「ええと、ハジメさん。いいんですか? お知り合いですよね? 多分ですけど……元の世界の……」
「別に関係ないだろ。流石にいきなり現れた時は驚いたが、まぁ、それだけだ。元々晩飯食いに来たんだし、さっさと注文しよう。マジで楽しみだったんだよ。知ってるか? ここカレー……じゃわからないか。ニルシッシルっていうスパイシーな飯があるんだってよ。想像した通りの味なら嬉しいんだが……」
「……なら、私もそれにする。ハジメの好きな味知りたい」
「あっ、そういうところでさり気ないアピールを……流石ユエさん。というわけで私もそれにします。店員さぁ~ん、注文お願いしまぁ~す」

 最初は、愛子達をチラチラ見ながら、おずおずしていたシアも、ハジメがそう言うならいいかと意識を切り替えて、困った笑みで寄って来たフォスに注文を始めた。

 だが、当然、そこで待ったがかかる。ハジメがあまりにも自然にテーブルにつき何事もなかったように注文を始めたので再び呆然としていた愛子が息を吹き返し、ツカツカとハジメのテーブルに近寄ると「先生、怒ってます!」と実にわかりやすい表情でテーブルをペシッと叩いた。

「南雲君、まだ話は終わっていませんよ。なに、物凄く自然に注文しているんですか。大体、こちらの女性達はどちら様ですか?」

 愛子の言い分は、その場の全員の気持ちを代弁していたので、漸くハジメが四ヶ月前に亡くなったと聞いた愛子の教え子であると察した騎士達や、愛子の背後に控える生徒達も、皆一様に「うんうん」と頷き、ハジメの回答を待った。

 ハジメは少し面倒そうに眉をしかめるが、どうせ答えない限り愛子が持ち前の行動力を発揮して喰い下がり、落ち着いて食事も出来ないだろうと想い、仕方なさそうに視線を愛子に戻した。

「依頼のせいで一日以上ノンストップでここまで来たんだ。腹減ってるんだから、飯くらいじっくり食わせてくれ。それと、こいつらは……」

 ハジメが視線をユエとシアに向けると、二人は、ハジメが話す前に、愛子達にとって衝撃的な自己紹介した。

「……ユエ」
「シアです」
「「ハジメ(さん)のです」」
「お、女?」

 愛子が若干どもりながら「えっ? えっ?」とハジメと二人の美少女を交互に見る。上手く情報を処理出来ていないらしい。後ろの生徒達も困惑したように顔を見合わせている。いや、男子生徒は「まさか!」と言った表情でユエとシアを忙しなく交互に見ている。徐々に、その美貌に見蕩れ顔を赤く染めながら。

「おい、ユエはともかく、シア。お前は違うだろう?」
「そんなっ! 酷いですよハジメさん。私のファーストキスを奪っておいて!」
「いや、何時まで引っ張るんだよ。あれはきゅ『南雲君?』……何だ、先生?」

 シアの“ファーストキスを奪った”という発言で、遂に情報処理が追いついたらしく、愛子の声が一段低くなる。愛子の頭の中では、ハジメが二人の美少女を両手に侍らして高笑いしている光景が再生されているようだった。表情がそれを物語っている。

 顔を真っ赤にして、ハジメの言葉を遮る愛子。その顔は、非行に走る生徒を何としても正道に戻してみせるという決意に満ちていた。そして、“先生の怒り”という特大の雷が、ウルの町一番の高級宿に落ちる。

「女の子のファーストキスを奪った挙句、ふ、二股なんて! 直ぐに帰ってこなかったのは、遊び歩いていたからなんですか! もしそうなら……許しません! ええ、先生は絶対許しませんよ! お説教です! そこに直りなさい、南雲君!」

 きゃんきゃんと吠える愛子を尻目に、面倒な事になったとハジメは深い深い溜息を吐くのであった。
いつも読んで下さり有難うございます
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次回は、日曜日の18時更新予定です
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