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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第三章

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再び、ブルックより

プロローグ的なものです
「ふふっ、あなた達の痴態、今日こそじっくりねっとり見せてもらうわ!」

 上弦の月が時折雲に隠れながらも健気に夜の闇を照らす。今もまた、風にさらわれた雲の上から顔を覗かせその輝きを魅せていた。その光は、地上のとある建物を照らし出す。もっと具体的に言えば、その建物の屋根からロープを垂らし、それにしがみつきながら何処かの特殊部隊員のように華麗な下降を見せる一人の少女を照らし出していた。

 スルスルと三階にある角部屋の窓まで降りると、そこで反転し、逆さまになりながら窓の上部よりそっと顔を覗かせる。

「この日のためにクリスタベルさんに教わったクライムミング技術その他! まさかこんな場所にいるとは思うまい、ククク。さぁ、どんなアブノーマルなプレイをしているのか、ばっちり確認してあげる!」

 ハァハァと興奮したような気持ちの悪い荒い呼吸をしながら室内に目を凝らすこの少女、何を隠そう、ブルックの町“マサカの宿”の看板娘ソーナちゃんである。明るく元気で、ハキハキしたしゃべりに、くるくると動き回る働き者、美人というわけではないが野に咲く一輪の花のように素朴な可愛さがある看板娘だ。町の中にも彼女を狙っている独身男は結構いる。

 そんな彼女は、現在、持てる技術の全てを駆使して、とある客室の“覗き”に全力を費やしていた。その表情は、彼女に惚れている男連中が見れば一瞬で幻滅するであろう……エロオヤジのそれだった。

「くっ、やはり暗い。よく見えないわ。もう少し角度をずらして……」
「こうか?」
「そうそう、この角度なら……それにしても静かね? もう少し嬌声が聞こえるかと思ったのに……」
「魔法使えば遮音くらいは出来るだろ?」
「はっ!? その手があったか! くぅう、小賢しい! でも私は諦めない! その痴態だけでもこの眼に焼き付け………………」

 繰り返すが、ここは三階の窓の外。ソーナのようにアホなことでもしない限り、間近に声が聞こえることなど有り得ない。ソーナは一瞬で滝のような汗を流すと、ギギギという油を差し忘れた機械の様にぎこちない動きで振り返った。そこには……

 空中に仁王立ちする薄ら寒い笑みを浮かべたハジメがいた。

「ち、ちなうんですよ? お客様。これは、その、あの、そう! 宿の定期点検です!」
「ほぅ~、こんな夜中に?」
「そ、そうなんですよ~。ほら、夜中にちゃちゃっとやってしまえば、昼に補修しているところ見られずに済むじゃないですか。宿屋だからガタが来てると思われるのは、ね?」
「なるほど、評判は大事だな?」
「そ、そうそう! 評判は大事です!」
「ところで、この宿な、どうやら覗き魔が出るみたいなんだよ。そこんとこどう思う?」
「そ、それは由々しき事態ですね! の、覗きだなんて、ゆ、許せません、よ?」
「ああ、その通りだ。覗きは許せないな?」
「え、ええ、許せませんとも……」

 ハジメとソーナは顔を見合わせると「ははは」「ふふふ」とお互いに笑い始めた。但し、ハジメは眼が笑っておらず、ソーナは小刻みに震えながら汗をポタポタ垂らしているという何とも対照的な笑いだったが。

「死ね」
「ひぃーー、ごめんざぁ~い」

 突然真顔に戻ったハジメが、ソーナの顔面をアイアンクローする。メリメリという音を立ててめり込むハジメの指。空中でジタバタともがきながらソーナは悲鳴を上げ、必死に許しを請う。ソーナは一般人の女の子だ。それに対するお仕置きにしては少々やりすぎなのではと思うレベルで力を入れるハジメ。これが初犯なら、まだもう少し手加減くらいしただろう。しかし、ライセン大迷宮から帰還した次の日に、再び宿に泊まった夜から毎晩、あの手この手で覗きをされればいい加減、手加減の配慮も薄くなるというものだ。ちなみに、それでもこの宿を利用しているのは、飯が美味いからである。

 既にビクンビクンしているソーナに溜息を吐きながら脇に抱え直すハジメ。ソーナは、漸く解放されたとホッと安堵の息を吐く。しかし、ふと見た下には……鬼がいた。満面の笑みだが、ハジメと同じく眼が笑っていない母親という鬼が。

「ひぃ!!」

 ソーナが気がついたことに気がついたのだろう。ゆっくり手を掲げると、おいでおいでをする母親。まるで地獄への誘いだった。

「今回は、尻叩き百発じゃあきかないかもな」
「いやぁああーーー!」

 ハジメがポツリとこぼした言葉に、今までのお仕置きを思い出して悲鳴を上げるソーナ。きっと、翌の朝食時には、お尻をパンパンに腫らした涙目のソーナを見ることができるだろう。毎晩毎朝の出来事に溜息を吐くハジメであった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ソーナを母親に引渡し、宿の部屋に戻ったハジメは、そのままベッドにドサッと倒れ込んだ。

「……お疲れ様」
「おかえりなさいです」

 そんなハジメに声を掛けたのは、もちろんユエとシアだ。窓から差し込む月明かりだけが部屋の中を照らし、二人の姿を淡く浮かび上がらせる。対面のベッドの上で女の子座りしているユエ、浅く腰掛けたシア。二人共ネグリジェだけという何とも扇情的な姿だ。二人の美貌と相まって、一枚の絵画として描かれたのなら、それが二流の書き手でも名作と謳われそうである。

「おう。にしても一体何があの子を駆り立てるんだか……屋根から降りてくるとか尋常じゃないだろ? 流石に、いくら飯が美味くても別の宿を探すべきかもな」

 呆れたような口調でそう話すハジメに、シアはクスリと笑って立ち上がりハジメのベッドに腰掛ける。ユエも、いそいそと立ち上がるとハジメのベッドに移動し、横たわるハジメの頭の下に自らの膝を入れた。所為、膝枕である。

「きっと、私達の関係がソーナちゃんの女の子な部分に火を付けちゃったんですね。気になってしょうがないんですよ。可愛いじゃないですか」
「……でも、手口がどんどん巧妙になってるのは……心配」
「昨日なんか、シュノーケル自作して湯船の底に張り込んでたからな……水中から爛々と輝く眼を見つけたときは、流石にゾッとしたぞ」
「う~ん、確かに、宿の娘としてはマズイですよね…一応、私達以外にはしてないようですが……」

 ソーナの奇行について雑談しながら、シアが、そっとハジメに体を寄せる。自然と伸びた手がハジメの手と重なり自分の胸元へと誘導していく。シアの表情は紅潮していて、これから起こることに緊張しているようだ。

 ハジメは握られたシアの手をそっと握り返す。キュッと力を込めてやるとそれだけでピクンッと体を反応させるシア。嬉しそうに握り返す手にも力が入る。ハジメは、更に力を込めてやる。

キュッ…ピクンッ、ギュッ…ビクンッ、ギリッ…ビクビク、ミシッ…ガクブル

「ちょっ! ハジメさん! 潰れます! 私の手が潰れちゃいますぅ!」

メキャッ!

「ひぃーー! すみません、すみませんでしたぁ! ちょっと調子に乗りましたぁ! だから離してぇ! 壊れちゃう! それ以上は壊れちゃいますからぁ!」
「何さりげなくいい雰囲気作ろうとしてんだ? そもそも、お前の部屋隣だろうが。何でいるんだよ?」

 ハジメに握られた手を、プルプルと震えながら何とか解こうとするシアだが、万力のような力で握られたそれは全く解けそうにない。

「そ、それは、なし崩し的にベッドイン☆出来ないかなぁ~と。ていうか、一度は口付けした仲なんですからぁ。ちょっとくらいいいじゃないですかぁ」
「いいわけあるか。あれは救命措置だと言っただろうが」
「いいえ、私の勘では、ハジメさんはデレ始めてます! 最初の頃に比べれば大分優しいですもの! このまま既成事実でも作ってやれば…グヘヘ『メキョバキッ』らめぇーー! 壊れるぅーー!」

 聞くに耐えないシアのお粗末な計画に、つい力を込めすぎたハジメ。シアは、解放された手を抱え込みながらうずくまりベッドの端でブルブルと痛みに耐えていた。そんな、シアを放置して、ハジメはユエに視線を転じる。膝枕されているので見上げる形だ。ユエは、真っ直ぐハジメを見つめていた。

「ていうかユエ。最近、あんまり止めないよな? どういう心境の変化だ?」

 ハジメの疑問にユエは少し考えるように首を傾げた。ハジメの言う通り、ライセンの大迷宮から脱出してからというもの、ユエのシアに対する態度が寛容なのだ。以前は、ハジメにくっつこうものなら問答無用に弾き飛ばしていたのだが、最近は多少のスキンシップなら特に何も言わなくなった。それでも、過剰な…例えばキスを迫ったりすると不機嫌そうになるのだが……

「……シアは、頑張った。これからも頑張る。ハジメと私が好きだから」
「ん? まぁ、そうだろうな……」
「……私も……嫌いじゃない」
「何だかんだでお前等仲いいもんな。そりゃ見ててわかる。ん~」

 ハジメは、ユエの少ない言葉から、要は、ユエがシアを気に入っているというレベルを超えて大切に思いつつあるということを察した。

 それは事実だ。ライセンの大迷宮では、峡谷よりも遥かに強力な魔法分解作用が働いていたせいで、ユエは十全に力を発揮できなかった。それはハジメも同じだ。二人だけなら相当苦労したと推測している。きっと、ハジメは例え一人であってもクリアは出来ただろうが、その場合、あるいは神水の一つや二つは使わさせれた可能性が高い。実質的に、ほとんど消耗なく攻略出来たのは、シアのおかげとも言えるのだ。

 シアは、ほんの少し前まで争いとは無縁の存在だった。無縁どころか苦手ですらあった。そんな彼女が、恐怖も不安もあっただろうに、唯の一度も弱音を吐くことなくハジメとユエに付いて来た。大迷宮という地獄へ。そして、歯を食いしばり、遂には上々の結果まで叩き出した。

 それはひとえに、ハジメに対する恋情とユエに対する友情のためだ。二人と一緒にいたいからこそ、シアは己を変え全身全霊を以て前へ進んだ。

 ユエにも独占欲や嫉妬心は当然ある。故に、シアのハジメに対する気持ちは認め難い。だからこそ、当初は、それなりにキツイ対応をして来たのだが……どれだけ邪険にしても真っ直ぐ飛び込んでくるシアに、何度も伝えられる友愛に、そして大迷宮攻略という形でそれらを証明したことに……有り体に言えばほだされた。

 思えば、ユエには友人というものがいたという記憶がない。封印される前は、勉学に政務にと忙しく、立場的にも対等な友人というもはいなかった。つまり、ボッチだった。そこへ、「仲間ですぅ~!」と裏表なく真っ直ぐぶつかってきてくれるシアの存在は、ハジメのことを除けば、実は元々悪い気はしていなかったのだ。

 そんなわけで、最近はハジメの事に関しても、「まぁ、シアなら少しくらい……」という寛容さが示されているのである。

「……それに」
「ん?」

 言葉を続けるユエを見上げるハジメ。その瞳には、自信と妖艶さと覚悟と誠意と、その他の全てが詰まったような煌くユエの微笑みが映った。あまりに可憐で、あまりに魅力的で、ハジメは思わず息を詰める。それ自体が引力を持っているかのように、ハジメの視線は吸い寄せられ身動き一つ取れず見惚れた。ハジメもまた、ユエを見つめ返す。

「……ハジメの心は、もう私が持ってる」
「……」

 例え誰がハジメを好きになろうと、例えハジメが誰を懐へ入れようと、一番は、特別は……この私である。それは、そういう宣言だ。ユエの宣戦布告だ。今まで出会った人達への、そしてこれから出会うであろう人達への宣戦布告である。

 もう何も言えないハジメ。そのまま吸い込まれそうな輝きを放つユエの瞳を見つめ、ユエもまた、まるで絡め取るようにハジメの視線を受け止める。そして、ハジメの手がそっとユエの頬に添えられ、ユエがうっとりと自分の手を重ねた。月明かりが部屋の壁に二人のシルエットを映し、その影がゆっくりと近づいていく。そして、いざ重なるという瞬間……

「ぐすっ、あの、せめて私の存在を忘れるのだけは止めてもらえませんか? 虚しさとか寂しさが半端なくて……ぐすっ」

 シアが、ベッドの隅で三角座りをし泣きべそを掻きながら、二人の世界を作るハジメとユエを見つめていた。

 あまりに哀れな姿に、若干バツが悪そうなハジメと、おいでおいでをするユエ。「ユエざぁ~ん!」と叫びながら、シアは、ユエの胸に飛び込みスンスンと鼻を鳴らす。よしよしと頭を撫でられる感触が気持ちよくて次第にトロンとした眼になり、そのまま寝息を立てるシア。

 ハジメは、そんな様子を見て苦笑いしながらポツリとこぼす。

「友というより母じゃないか?」
「……子供ならハジメの子がいい」
「……」
「……シアにも少し優しくしてあげて?」
「……色々、善処しよう」
「ん……大好き」
「……おう」

 結局、シアが左側に、ユエが右側に添い寝した状態で三人で寝ることになった。この日以降、シアが同室を許可され狂喜乱舞した後、調子に乗って毎晩ハジメに特攻しては手痛いお仕置きをされるということが繰り返されることになる。

 ちなみに、手を握られた時のシアの悲鳴でソーナちゃんの誤解とか好奇心とか妄想とかたが更に深まり、やたらと高い潜入スキルを持つ宿屋の看板娘が爆誕するのだが……これはまた別の話。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


カラン、カラン

 そんな音を立てて冒険者ギルド:ブルック支部の扉は開いた。入ってきたのは三人の人影、ここ数日ですっかり有名人となったハジメ、ユエ、シアである。ギルド内のカフェには、何時もの如く何組かの冒険者達が思い思いの時を過ごしており、ハジメ達の姿に気がつくと片手を上げて挨拶してくる者もいる。男は相変わらずユエとシアに見蕩れ、ついでハジメに羨望と嫉妬の視線を向けるが、そこに陰湿なものはない。

 ブルックに滞在して一週間、その間にユエかシアを手に入れようと決闘騒ぎを起こした者は数知れず。かつて、“股間スマッシュ”という世にも恐ろしい所業をなしたユエ本人を直接口説く事は出来ないが、外堀を埋めるようにハジメから攻略してやろうという輩がそれなりにいたのである。

 もちろん、ハジメがそんな面倒事をまともに受けるわけがない。最終的には、決闘しろ! というセリフの“け”の部分で既に発砲、非致死性のゴム弾が哀れな挑戦者の頭部に炸裂し三回転ひねりを披露して地面とキスするというのが常だった。

 そんなわけで、この町では、“股間スマッシャー”たるユエと、そんな彼女が心底惚れており、決闘が始まる前に相手を瞬殺する“決闘スマッシャー”たるハジメのコンビは有名であり一目置かれる存在なのである。ギルドでパーティー名の申請等していないのに“スマッシュ・ラヴァーズ”というパーティー名が浸透しており、自分の二つ名と共にそれを知ったハジメが暫く遠い目をしていたのは記憶に新しい。

 ちなみに、自分の存在感が薄いとシアが涙したのは余談である。

「おや、今日は三人一緒かい?」

 ハジメ達がカウンターに近づくと、いつも通り、おばちゃ……キャサリンがおり、先に声をかけた。キャサリンの声音に意外さが含まれているのは、この一週間でギルドにやって来たのは大抵、ハジメ一人かシアとユエの二人組だからだ。

「ああ。明日にでも町を出るんで、あんたには色々世話になったし、一応挨拶をとな。ついでに、目的地関連で依頼があれば受けておこうと思ってな」

 世話になったというのは、ハジメがギルドの一室を無償で借りていたことだ。せっかくの重力魔法なので生成魔法と組み合わせを試行錯誤するのに、それなりに広い部屋が欲しかったのである。キャサリンに心当たりを聞いたところ、それならギルドの部屋を使っていいと無償で提供してくれたのだ。

 なお、ユエとシアは郊外で重力魔法の鍛錬である。

「そうかい。行っちまうのかい。そりゃあ、寂しくなるねぇ。あんた達が戻ってから賑やかで良かったんだけどねぇ~」
「勘弁してくれよ。宿屋の変態といい、服飾店の変態といい、ユエとシアに踏まれたいとか言って町中で突然土下座してくる変態どもといい、“お姉さま”とか連呼しながら二人をストーキングする変態どもといい、決闘を申し込んでくる阿呆共といい……碌なヤツいねぇじゃねぇか。出会ったヤツの七割が変態で二割が阿呆とか……どうなってんだよこの町」

 苦々しい表情のハジメが愚痴をこぼすように語った内容は全て事実だ。ソーナは言わずもがな、クリスタベルは会う度にハジメに肉食獣の如き視線を向け舌なめずりをしてくるので、何度寒気を感じたかわからない。

 また、ブルックの町には三大派閥が出来ており、日々しのぎを削っている。一つは「ユエちゃんに踏まれ隊」、もう一つは「シアちゃんの奴隷になり隊」最後が「お姉さまと姉妹になり隊」である。それぞれ、文字通りの願望を抱え、実現を果たした隊員数で優劣を競っているらしい。

 あまりにぶっ飛んだネーミングと思考の集団にドン引きのハジメ達。町中でいきなり土下座するとユエに向かって「踏んで下さい!」とか絶叫するのだ。もはや恐怖である。シアに至ってはどういう思考過程を経てそんな結論に至ったのか理解不能だ。亜人族は被差別種族じゃなかったのかとか、お前らが奴隷になってどうするとかツッコミどころは満載だが、深く考えるのが嫌だったので出会えば即刻排除している。最後は女性のみで結成された集団で、ユエとシアに付き纏うか、ハジメの排除行動が主だ。一度は、「お姉さまに寄生する害虫が! 玉取ったらぁああーー!!」とか叫びながらナイフを片手に突っ込んで来た少女もいる。

 流石に町中で少女を殺害したとなると色々面倒そうなので、ハジメは、その少女を裸にひん剥いた後、亀甲縛りモドキ(知識がないので)をして一番高い建物に吊るした上げた挙句、“次は殺します”と書かれた張り紙を貼って放置した。あまりの所業と淡々と書かれた張り紙の内容に、少女達の過激な行動がなりを潜めたのはいい事である。

 そんな出来事を思い出し顔をしかめるハジメに、キャサリンは苦笑いだ。

「まぁまぁ、何だかんで活気があったのは事実さね」
「やな、活気だな」
「で、何処に行くんだい?」
「フューレンだ」

 そんな風に雑談しながらも、仕事はきっちりこなすキャサリン。早速、フューレン関連の依頼がないかを探し始める。

 フューレンとは、中立商業都市のことだ。ハジメ達の次の目的地は【グリューエン大砂漠】にある七大迷宮の一つ【グリューエン大火山】である。その為、大陸の西に向かわなければならないのだが、その途中に【中立商業都市フューレン】があるので、大陸一の商業都市に一度は寄ってみようという話になったのである。なお、【グリューエン大火山】の次は、大砂漠を超えた更に西にある海底に沈む大迷宮【メルジーネ海底遺跡】が目的地だ。

「う~ん、おや。ちょうどいいのがあるよ。商隊の護衛依頼だね。ちょうど空きが後一人分あるよ……どうだい? 受けるかい?」

 キャサリンにより差し出された依頼書を受け取り内容を確認するハジメ。確かに、依頼内容は、商隊の護衛依頼のようだ。中規模な商隊のようで、十五人程の護衛を求めているらしい。ユエとシアは冒険者登録をしていないので、ハジメの分でちょうどだ。

「連れを同伴するのはOKなのか?」
「ああ、問題ないよ。あんまり大人数だと苦情も出るだろうけど、荷物持ちを個人で雇ったり、奴隷を連れている冒険者もいるからね。まして、ユエちゃん、シアちゃんも結構な実力者だ。一人分の料金でもう二人優秀な冒険者を雇えるようなもんだ。断る理由もないさね」
「そうか、ん~、どうすっかな?」

 ハジメは少し逡巡し、意見を求めるようにユエとシアの方を振り返った。正直な話、配達系の任務でもあればと思っていたのだ。というのも、ハジメ達だけなら魔力駆動車があるので、馬車の何倍も早くフューレンに着くことができる。わざわざ、護衛任務で他の者と足並みを揃えるのは手間と言えた。

「……急ぐ旅じゃない」
「そうですねぇ~、たまには他の冒険者方と一緒というのもいいかもしれません。ベテラン冒険者のノウハウというのもあるかもしれませんよ?」
「……そうだな、急いても仕方ないしたまにはいいか……」

 ハジメは二人の意見に「ふむ」と頷くとキャサリンに依頼を受けることを伝える。ユエの言う通り、七大迷宮の攻略にはまだまだ時間がかかるだろう。急いて事を仕損じては元も子もないというし、シアの言うように冒険者独自のノウハウがあれば今後の旅でも何か役に立つことがあるかもしれない。

「あいよ。先方には伝えとくから、明日の朝一で正面門に行っとくれ」
「了解した」

 ハジメが依頼書を受け取るのを確認すると、キャサリンがハジメの後ろのユエとシアに目を向けた。

「あんた達も体に気をつけて元気でおやりよ? この子に泣かされたら何時でも家においで。あたしがぶん殴ってやるからね」
「……ん、お世話になった。ありがとう」
「はい、キャサリンさん。良くしてくれて有難うございました!」

 キャサリンの人情味あふれる言葉にユエとシアの頬も緩む。特にシアは嬉しそうだ。この町に来てからというもの自分が亜人族であるということを忘れそうになる。もちろん全員が全員、シアに対して友好的というわけではないが、それでもキャサリンを筆頭にソーナやクリスタベル、ちょっと引いてしまうがファンだという人達はシアを亜人族という点で差別的扱いをしない。土地柄かそれともそう言う人達が自然と流れ着く町なのか、それはわからないが、いずれにしろシアにとっては故郷の樹海に近いくらい温かい場所であった。

「あんたも、こんないい子達泣かせんじゃないよ? 精一杯大事にしないと罰が当たるからね?」
「……ったく、世話焼きな人だな。言われなくても承知してるよ」

 キャサリンの言葉に苦笑いで返すハジメ。そんなハジメに、キャサリンが一通の手紙を差し出す。疑問顔で、それを受け取るハジメ。

「これは?」
「あんた達、色々厄介なもの抱えてそうだからね。町の連中が迷惑かけた詫びのようなものだよ。他の町でギルドと揉めた時は、その手紙をお偉いさんに見せな。少しは役に立つかもしれないからね」

 バッチリとウインクするキャサリンに、思わず頬が引き攣るハジメ。手紙一つでお偉いさんに影響を及ぼせるアンタは一体何者だ? という疑問がありありと表情に浮かんでいる。

「おや、詮索はなしだよ? いい女に秘密はつきものさね」
「……はぁ、わーたよ。これは有り難く貰っとく」
「素直でよろしい! 色々あるだろうけど、死なないようにね」

 謎多き、片田舎の町のギルド職員キャサリン。ハジメ達は、そんな彼女の愛嬌のある魅力的な笑みと共に送り出された。

 その後、ハジメ達は、クリスタベルの場所にも寄った。ハジメは断固拒否したが、ユエとシアがどうしてもというので仕方なく付き添った……だが、町を出ると聞いた瞬間、クリスタベルは最後のチャンスとばかりにハジメに襲いかかる巨漢の化物と化し、恐怖のあまり振動破砕を使って葬ろうとするハジメを、ユエとシアが必死に止めるという衝撃的な出来事があったが……詳しい話は割愛だ。

 最後の晩と聞き、遂には堂々と風呂場に乱入、そして部屋に突撃を敢行したソーナちゃんが、ブチギレた母親に本物の亀甲縛りをされて一晩中、宿の正面に吊るされるという事件の話も割愛だ。なぜ、母親が亀甲縛りを知っていたのかという話も割愛である。


 そして翌日明朝。

 そんな愉快? なブルックの町民達を思い出にしながら、正面門にやって来たハジメ達を迎えたのは商隊のまとめ役と他の護衛依頼を受けた冒険者達だった。どうやらハジメ達が最後のようで、まとめ役らしき人物と十四人の冒険者が、やって来たハジメ達を見て一斉にざわついた。

「お、おい、まさか残りの三人って“スマ・ラヴ”なのか!?」
「マジかよ! 嬉しさと恐怖が一緒くたに襲ってくるんですけど!」
「見ろよ、俺の手。さっきから震えが止まらないんだぜ?」
「いや、それはお前がアル中だからだろ?」

 ユエとシアの登場に喜びを表にする者、股間を両手で隠し涙目になる者、手の震えをハジメ達のせいにして仲間にツッコミを入れられる者など様々な反応だ。ハジメが、嫌そうな表情をしながら近寄ると、商隊のまとめ役らしき人物が声をかけた。

「君達が最後の護衛かね?」
「ああ、これが依頼書だ」

 ハジメは、懐から取り出した依頼書を見せる。それを確認して、まとめ役の男は納得したように頷き、自己紹介を始めた。

「私の名はモットー・ユンケル。この商隊のリーダーをしている。君達のランクは未だ青だそうだが、キャサリンさんからは大変優秀な冒険者と聞いている。道中の護衛は期待させてもらうよ」
「……もっとユンケル? ……商隊のリーダーって大変なんだな……」

 日本のとある栄養ドリンクを思い出させる名前に、ハジメの眼が同情を帯びる。なぜ、そんな眼を向けられるのか分からないモットーは首を傾げながら、「まぁ、大変だが慣れたものだよ」と苦笑い気味に返した。

「まぁ、期待は裏切らないと思うぞ。俺はハジメだ。こっちはユエとシア」
「それは頼もしいな……ところで、この兎人族……売るつもりはないかね? それなりの値段を付けさせてもらうが」

 モットーの視線が値踏みするようにシアを見た。兎人族で青みがかった白髪の超がつく美少女だ。商人の性として、珍しい商品に口を出さずにはいられないということか。首輪から奴隷と判断し、即効で所有者たるハジメに売買交渉を持ちかけるあたり、きっと優秀な商人なのだろう。

 その視線を受けて、シアが「うっ」と嫌そうに唸りハジメの背後にそそっと隠れる。ユエのモットーを見る視線が厳しい。だが、一般的な認識として樹海の外にいる亜人族とは、すなわち奴隷であり、珍しい奴隷の売買交渉を申し出るのは商人として当たり前のことだ。モットーが責められるいわれはない。

「ほぉ、随分と懐かれていますな…中々、大事にされているようだ。ならば、私の方もそれなりに勉強させてもらいますが、いかがです?」
「ま、あんたはそこそこ優秀な商人のようだし……答えはわかるだろ?」

 シアの様子を興味深そうに見ていたモットーが更にハジメに交渉を持ちかけるが、ハジメの対応はあっさりしたものである。モットーも、実はハジメが手放さないだろうとは感じていたが、それでもシアが生み出すであろう利益は魅力的だったので、何か交渉材料はないかと会話を引き伸ばそうとする。

 だが、そんな意図もハジメは読んでいたのだろう。やはりあっさりしているが、揺るぎない意志を込めた言葉をモットーに告げる。

「例え、どこぞの神が欲しても手放す気はないな……理解してもらえたか?」
「…………えぇ、それはもう。仕方ありませんな。ここは引き下がりましょう。ですが、その気になったときは是非、我がユンケル商会をご贔屓に願いますよ。それと、もう間も無く出発です。護衛の詳細は、そちらのリーダーとお願いします」

 ハジメの発言は相当危険なものだった。下手をすれば聖教教会から異端の烙印を押されかねない発言だ。一応、魔人族は違う神を信仰しているし、歴史的に最高神たる“エヒト”以外にも崇められた神は存在するので、直接、聖教教会にケンカを売る言葉ではない。だが、それでもギリギリの発言であることに変わりはなく、それ故に、モットーはハジメがシアを手放すことはないと心底理解させられた。

 ハジメが、すごすごと商隊の方へ戻るモットーを見ていると、周囲が再びざわついている事に気がついた。

「すげぇ……女一人のために、あそこまで言うか……痺れるぜ!」
「流石、決闘スマッシャーと言ったところか。自分の女に手を出すやつには容赦しない……ふっ、漢だぜ」
「いいわねぇ~、私も一度くらい言われてみたいわ」
「いや、お前、男だろ? 誰が、そんなことッあ、すまん、謝るからっやめっアッーー!!」

 ハジメは、愉快? な護衛仲間の愉快な発言に頭痛を感じたように手で頭を抑えた。やっぱりブルックの町の奴らは阿呆ばっかりだと。そんな事を思っていると、背中に何やら“むにゅう”と柔らかい感触を感じ、更に腕が背後から回されハジメを抱きしめてくる。

 ハジメが肩越しに振り返ると、肩に顎を乗せたシアの顔が至近距離に見えた。その顔は真っ赤に染まっており、実に嬉しそうに緩んでいる。

「……いいか? 特別な意味はないからな? 勘違いするなよ?」
「うふふふ、わかってますよぉ~、うふふふ~」

 あくまで身内を捨てるような真似はしないという意味であって、周りで騒いでいるヤツ等のように“自分の女”だからという意味ではないとはっきり告げるハジメだったが、シアには、まるで伝わっていなかった。惚れた男から“神にだって渡さない”と宣言されたのだ。どのような意図で為された発言であれ、嬉しいものは嬉しいのだろう。

 手っ取り早く交渉を打ち切るための発言が、いろんな意味で“やりすぎ”だった事に、やっちまった感を出すハジメ。ユエは、トコトコと傍に寄って行くと、そんなハジメの袖をクイクイと引っぱった。

「? 何だユエ?」
「ん……カッコよかったから大丈夫」
「……慰めありがとよ」

 ハジメの心情を察し、慰めるユエに、ハジメは感謝の言葉を告げながら優しく頬を撫でた。気持ちよさそうに目を細めるユエ。

 早朝の正門前、多数の人間がいる中で、背中に幸せそうなウサミミ美少女をはりつけ、右手には金髪紅眼のこれまた美少女を纏わりつかせる男、南雲ハジメ。

 商隊の女性陣は生暖かい眼差しで、男性陣は死んだ魚のような眼差しでその光景を見つめる。ハジメに突き刺さる煩わしい視線や言葉は、きっと自業自得である。

いつも読んで下さり有難うございます
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます

次回は、火曜日の18時更新予定です

申し訳ないのですが、ちょっと二日更新が苦しくなってきました
これからは、三日更新が基本になりそうです
+注意+
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