深淵卿第三章 それでも俺はやってないっ
この深淵卿第三章で出てくる陰陽関係の用語や歴史は実際とは関係のない創作です。いろいろ調べたんですが、奥深さが半端なくて結局よく分からなかったんです(涙目)。すみませんが、よろしくお願いします!
「おう?」
気が付けば、浩介は再び山の中に立っていた。
近くに朱色の小さな鳥居がある。狐の石像もちらほらと。伏見稲荷でよく見る光景だ。
空は明るく、太陽は中天をかなり過ぎた位置にある。空気も慣れ親しんだものに感じる。
「もしかして、戻ってきた?」
まるで白昼夢だ。まさか本当に夢でも見ていただけなのか、と疑ってしまう。
だが、そうでないことは直ぐに分かった。
「んうぅ~」
足下から聞こえてきた可愛らしい声にハッとして視線を下げれば、そこには確かに、異界で出会った少女の姿があった。横たわって、気を失っている様子だ。
「陽晴ちゃん!」
慌てて膝を突き、お姫様抱っこをするように横抱きにする。
髪は元の黒色だ。狐耳や尻尾もない。一応、頭を撫でるようにして確かめてみるが、痕も残ってはいなかった。これまた狐にでも化かされたような気分になる。
怪我の有無もざっと確認してみるが、着物が汚れてくたくたになっているのはそのまま、ほかに外傷らしきものは見当たらない。
「あの白狐は……」
周囲を見回すが、それらしき姿はなかった。
と、その時、少し離れた場所から十数人の団体の気配が近寄ってくるのを感じた。ガヤガヤと人の声も聞こえてくる。愉しげな老若男女の声。キャキャッとテンションの高そうな子供の声も。
「本当に戻ってきたのか……」
そうだ、と思い立ちポケットからスマホを取り出す。アンテナが一本だけだが立っていた。
ついでに地図アプリを起動し現在位置を確認してみれば、きちんと反応してくれる。どうやら、伏見稲荷大社の山頂〝稲荷山〟の少し北側へ入り込んだ辺りにいるらしい。
やはりあの儀式らしきものが白狐の目的だったのだろう。それが果たされたから戻してもらえたに違いない。と安堵の吐息をもらしつつ、
「放り出すとか、お狐様さぁ、ちょっと乱暴じゃない? 陽晴ちゃんだって、こんな有様で……」
と愚痴を一つ。が、直ぐに、自分の言葉でハッとした。
十メートルほど向こう側、木々のベールを抜けた先には幾人もの観光客。
そして、自分の腕の中には汚れ乱れた着物姿の少女。ここは山中で、明らかに山道から意図的に入り込んだような場所……
まずい。非常にまずい。
もし、観光場には大抵出没するお調子者が、うぇ~いと山道を外れて入ってきたら? そこで、今の状態を見られたら?
完全に事案である。擬人化された事案君が、不埒者に天誅を下さんとデスサイズを振りかぶって駆け寄ってくる姿が幻視できる!
「ひ、陽晴ちゃん! 起きて! 陽晴ちゃん!」
念のため、制服の上を脱いで〝宝物庫〟にしまっておく。制服なんて身元特定の素材として最たる物だから。が、そんなことを考えている自分の犯罪臭が凄くて逆に心が折れそう。
「うぅ? えん……えんどぅ様?」
「嘘だろ? 俺のこと曖昧なの? 勘弁してよ! 遠藤だよ! 陽晴ちゃんの証言がなかったら、誰かに見られた瞬間、俺、アウトだからね? 通報から逮捕まで流れる水のように滑らかに実行されちゃうから! 社会的地位が奈落の底に叩き込まれる危機だからね!」
「お、落ち着いてください、遠藤様! 少し呆けていただけです!」
嘆く浩介に陽晴も覚醒できたらしい。めちゃくちゃ不安そうな浩介に苦笑いを浮かべつつ、自分を抱きかかえる腕に手を添えてポンポンとなだめる。
そして周囲をキョロキョロ。空を見上げ、木漏れ日を確認。微かに届くガヤガヤした人のざわめきを耳にし、直ぐに察する。
「戻ってきたのですね?」
「そうらしい。お狐様は約束を守ってくれたみたいだな」
こくりと頷き、浩介の手を借りながら立ち上がる陽晴。
そして自分の頭に手を置いてなでりなでり。上半身を捻って腰元を確認。胸元に手を添えて、何かを確かめるように瞑目する。
「わたくし……確か、お狐様に体をお貸して……それで……」
「気が付いたら、ここにいたんだ。俺も何がどうなったのか分からない。陽晴ちゃんが強烈な光を放って直ぐに、俺も意識が飛んだから……陽晴ちゃんは何があったか分かるか? 記憶はどう?」
しばらく、う~んう~んと唸るように考え込んでいた陽晴だったが、やがて諦めたように肩を下げた。
「記憶は戻っておりません。ただ……」
「ただ?」
「お狐様がなさりたかったことは分かりました」
曰く、あの異界は攻撃を受けていたらしい。どういう目的で、誰が生み出したものかは分からないが、あの白狐は異界の管理者だったのだとか。
そして、外部からの攻撃により弱っていたため、その修復に陽晴が必要だったのだという。
「なんで陽晴ちゃんなんだ?」
「……分かりません。おそらく、わたくしの失われた記憶の中に、その答えはあるのでしょう。先の事情も、お狐様がお教えくださったわけではなく、一体となったおりに、そのような情報を感覚的に共有した、という表現が一番近いのです」
「なるほど。ちなみに、俺は陽晴ちゃんをあの場所へ連れて行くボディガード役として選ばれたんだろうけど、なんで俺だったのかは分かる?」
「いえ。護衛として喚んだのは間違いありませんが……」
「が?」
「ただ、その……強さに対する信頼と、相反するような感情――そう、例えるなら、まるで爆発物を前にしたような緊張を感じ取れました。そして……」
「そ、そして?」
めちゃくちゃ言いにくそうに、そっと視線を逸らしながら陽晴は言った。
「……〝同胞〟だから、という感じが伝わってきて……」
「それにしても異界への攻撃かぁ! なんとも不穏な話だなぁ!!」
浩介は全力で話を逸らしにかかった。死んだ目で。
陽晴の目が、ますます浩介の人間性を疑うものになっている。
咳払いを一つ。浩介は、気を取り直すようにして殊更に声音を明るくした。
「ま! なんにせよ戻ってこられたんだ。陽晴ちゃんの家族か知人でも見つければ、だいたい解決しそうだし、取り敢えず良しとしておこう!」
「そう、ですね……」
二人して顔を見合わせ、しばし。同時にホッと息を吐いて、笑い合う。
「遠藤様。これからどのように?」
「そうだな。取り敢えず、俺の仲間に連絡を――」
取ろう、と言う前に浩介はバッと視線を転じた。
「遠藤様?」
「……うへぇ、マジかよ。陽晴ちゃん、ちょっと移動しよう。大丈夫だと思うけど、万が一、この状態で見つかると面倒だからさ」
「え、あ、はい」
顔をしかめて観光客がたむろしている木々の向こうを見やる浩介の様子から、陽晴も察したらしい。懸念した〝お調子者〟が実際に出てしまったということを。
「まったく、旅行でテンションが上がるのは分かるけどマナーは守れよなぁ」
「わたくし達もまさに山道から外れていますよ?」
「あ、そう言われればそうか……」
「ふふふ」
ごく自然と片腕だっこして運んでくれる浩介に、陽晴は緊張もなく体から力を抜いて身を委ねた。笑顔を浮かべる余裕がある自分に少し驚く。
その理由は、もちろん現世に戻ってこられたからというのもあるが……
やはり一番は、この摩訶不思議な青年が傍にいてくれているからに違いなく。
「遠藤様」
「うん?」
「ありがとうございました」
きょとんとした眼差しを向けられて、またおかしさが込み上げる。
「遠足は帰るまでって言うだろ? だから、まだ早い」
「感謝の言葉は、いつ何時、何度口にしても良いものだと思います」
「そ、そうか……うん、じゃあまぁ、どういたしまして」
「……もしや、照れていらっしゃいますか?」
「いませんが?」
「ふふっ」
なにこのちびっ子、つよい……何がとは言えないが、そこはかとなく。と、浩介の頬が引き攣った。
そんなやり取りをしつつも、木々の密集した身を隠すにちょうどよい場所を見つけて隠形する。
「……んん?」
「どうされました?」
「……いや、偶然だろ」
どうやら、お調子者観光客がこちらに向かってきているようだ。
隠形状態の浩介なら、たとえ目の前に来られても一般人ならスルーしてしまうに違いないが、念のため移動して別の場所に身を隠す。
だが……
「は? え? ちょっと待って。なんで?」
はっきりと、浩介が動揺を見せた。
無理もない。山中に入り込んだお調子者らしき人物が進路を変えたのだから。正確に、浩介達の方へ。
更に、
「! 北側からもか!? いや、東と西からも!? 今日の観光客、お調子者多すぎない!?」
各方向から二人ずつ。計八人。まるでツーマンセルでの部隊行動。それも、一直線に浩介達の方へ、包囲するかのように。そんな偶然があるはずもない。
というか、陽晴を連れているとはいえ、本人ほどではないにしろ抱っこ状態ならある程度効果が及んでいるはずの〝隠形〟が効いていないとか、そんなもの一般人のわけがない。
「遠藤様。もしや、わたくしのことを知る人達なのでは……」
「今、俺もそう思ったところだ。家族が捜索隊を出してるのかもしれないな。ちょっと接触してみようか?」
「はい、お願い致します」
陽晴を地面に下ろし、二人して待つ。
しばらくすると人影が見えてきた。
二十代の青年と五十代くらいの男だ。服装など見た目は普通の観光客。
だが、観光客とは思えない点が一つ。張り詰めた雰囲気だ。お調子者からはほど遠い。
その視線が陽晴を捉えた瞬間、大きく見開かれた。
「見つけた! おひい様だ!」
「やはり伏見にお出になられたか!!」
男達の怒声じみた声が山中に響き渡った。まだ距離のあった三方向の二人組達が急速に距離を縮めてくる。
やはり、彼等の目的は陽晴だったらしい。
「おひい様?」
陽晴が小首を傾げる。その言葉には反応せず、青年の方がスマホでどこかに連絡を取り始めた。聞こえる内容からすると、どうやら伏見稲荷近辺には、まだ彼等の仲間がいるらしく、発見の報と集合をかけているのが分かる。
「あ、あの! あなた方はどちら様なのでしょうか。わたくしのことをご存じなのですか?」
陽晴が一歩を踏み出す。その様子は切実で、自分への呼び方から推測してか、きっと家族に近しい人に違いないと少しの希望も感じられた。
男達は一瞬、目を丸くする。直後、労るような優しい笑みを浮かべた。
「おひい様。記憶が定かではないのですね?」
「……」
直ぐに答えられなかったのは、きっと警戒心故。だって、見逃さなかったから。青年の方が、刹那の間、記憶がないことを喜ぶように喜悦の感情を瞳に浮かべたのを。
「警戒なされるのも無理はありません。しかし、どうかご安心を。我々は、おひい様を保護しにきたのです」
「保護……それは、わたくしの家族から頼まれて、ということでしょうか?」
「もちろんでございますとも」
「……それなら、父の名をご存じですね?」
「……ええ。大晴様です。しかし、おひい様、記憶がないのでは?」
年配の男性は感情を隠すのが上手い。ずっと労るような雰囲気だ。が、やはり青年は未熟なのだろう。僅かだが、揺れた。
なぜか、陽晴の記憶喪失に疑義が生じた瞬間に、畏怖にも似た感情が垣間見えた。
「父のことだけ、思い出したのです。僅かですが、夢で」
「……夢見。なるほど。その夢で、お父上は何を?」
穏やかなのに、年配の男と話せば話すほど陽晴の中にジリジリとした不安のようなものが湧き上がった。
「……趣味の話を」
自然と、〝ご老公〟の話は伏せてしまった。
「ああ……賭け事ですね。ご当主様は殊のほか競馬を好まれますから、そのことでは?」
「父の趣味は周知のことなのですか?」
「ええ。我々も一族のものですからね」
「一族……」
「はい。ご当主様は行方不明になられたおひい様を捜すために、警察だけでなく一族にも号令をお掛けになったのですよ」
年配の男性が一歩を踏み出した。
「さぁ、おひい様。帰りましょう。ご当主様が心待ちにしておりますよ」
優しげな笑みを浮かべたまま手を差し出す。
陽晴は、また一歩後退った。それに目を細める年配の男。
「一つ、お願いしても?」
「なんでしょう?」
「父と、話をさせてください。頼まれたというのなら、何も不都合はございませんよね?」
「……」
年配の男は笑顔のまま。しかし、目は笑っていない。何か考えを巡らせている。
にわかに緊迫した空気が流れ出した。
気が付けば、少し離れた三方向にそれぞれ二人組の姿が。やはり観光客にしか見えないが、誰も彼も、どこか緊張した様子で陽晴を見ている。
その時点で、行方不明の小学生を捜しにきた一族というには、あまりにおかしかった。
陽晴が後ろを振り返る。この場で、唯一信頼できる人を求めて。
だが、その仕草が張り詰めていた緊張の糸を断ち切ってしまったらしい。
「させるかっ」
青年の方がジャケットの懐へ手を入れた。
だから、そこが〝見守り〟の限界点だった。
「ぐぁ!?」
「なに!? がはっ」
一瞬だ。青年と年配の男がもんどり打った。見れば、拳大の石が二人の腹にめり込んでいる。避ける余裕もない速球だったのだろう。きっとヘヴィ級ボクサーの一撃を食らった気分に違いない。
現場の空気が止まった。残り六人が唖然とした様子で白目を剥いている仲間二人を見て、直後、陽晴へ凄まじく剣呑な眼光を向けた。
陽晴の喉が引き攣り、ひっと声が漏れ出る。足下の小枝を踏んでバランスを崩し、後ろへ倒れそうになる。
「大丈夫」
「あ――」
温かな手が自分を支えたことに、真っ白になりかけていた陽晴は正気に戻った。
見上げれば、浩介の鋭い容貌が――そう、あの異界で魅せた妖刀の如き表情が正面を見据えていて。
「!? だ、誰だ貴様!」
「いったい何時からそこに!?」
「まさか……おひい様の式ッ」
「馬鹿な! 記憶のない身でそんなこと不可能だ!」
「なら、まさか妖怪変化の類いか!? お味方に付けられて!?」
「それだ! 人とは思えない気配の薄さがその証拠だ!」
「うるせぇ! なんで揃いも揃って俺を人外にしたいわけ!? 隠形していたのは俺だけどさ!!」
なんて文句を言ってる間にも、一筋の影が残り六人の背後を駆け抜けた。
次の瞬間、「がっ!?」「ぐぁ!?」と連続した悲鳴と殴打音が六連続で響き、気が付けば取り囲んでいた男達は地に倒れ伏していた。
「え? えぇ? あれ? 遠藤様?」
遠藤様は自分を支えてくれている。きちんと後ろにいる。なら、今、六人をあっと言う間に無力化した遠藤様っぽい人影は……
「俺は人間だからね?」
「遠藤様。わたくし、たとえ遠藤様が人でなくても一向に構いません!」
「人だって言ってるでしょ!」
ごほんっと咳払いを一つ。
「穏やかじゃあないが、なんにせよ、こいつらが陽晴ちゃんの事情を知っているのは確かだ。丁寧に聞いてみよう」
異界でも、あれだけの異形から逃げ切った身体能力は凄まじいと思っていたが、それでもまだ過小評価が過ぎたらしいと、もう陽晴的には唖然とするほかない心境だ。
「さて、誇り高き村人に――」
浩介が懐から――と見せかけて〝宝物庫〟から〝糸付きの五円玉〟を取り出す。
が、その怪しげなものを使う前に、カァッと鴉の鳴き声がやたらと明瞭に響いた。
浩介と陽晴がハッと頭上を仰ぎ見れば、そこには白い鴉が周回していた。
「あれは……」
「普通の生き物ではありませんね。異界で見た異形の物に似ているように思います」
僅かに透けて見える。瘴気のような禍々しさは感じないが、白く輝いているようにも見える靄をまとっている点も似通っている。
白鴉が、再度、カァッと強く大きく鳴き声を響かせた。
その直後、浩介の感覚が凄まじいざわめきを捉える。
「ッ。なんだこの数!?」
「遠藤様! 何かが来ます!」
「分かってる!」
現世に戻ってきたんじゃなかったのか! と盛大にツッコミを入れながら、浩介は陽晴を片腕抱っこの形で抱き上げた。
「どちらへ行かれるのですか!?」
「下山して人混みに紛れる!」
そう言って一気に駆け出す浩介。
「な、なぜ……」
「若い方が仲間に連絡してたろ。陽晴ちゃんがここに現われることも予想されてた」
つまり、彼等の仲間はまだまだいるわけで。
もちろん、浩介にとって彼等が百人いようと無力化することは容易い。
だが、あの異形に似た何かが、それこそ今感じているだけでも百体近くが四方八方から迫っている状況は、あまりよろしくない。
いつだって、数の暴力は脅威なのだから。まして、庇護対象がいる場合は。
「全部張っ倒す自信はあるけど、相手の戦力が分からない以上、あまり得策じゃあない」
「しかし、逃げてもッ、居場所は! 把握されて――んんっ。いるのではないですか!?」
先程、そうだったように。と、ジェットコースターのような高速の下山を体験中の陽晴が、浩介の首筋に必死にしがみつきながらも指摘する。
「ああ。なんでか分からないけどな。だからこそ、逃げない。交渉の場をこっちでセッティングするんだよ」
「どう、いうことでちょかっ!? し、舌かんじゃった……」
涙目の陽晴に苦笑いしつつ浩介が説明するに、彼等と白い異形の関係性は未だ断言はできないが、あるにしろ、ないにしろ、人混みこそが彼等を抑える最も有効なものになるはずだと言う。
「秘匿したいはずだ。秘匿してなきゃ、あんなファンタジー、もっと表に出てなきゃおかしいだろう?」
「にゃるッ、なるほど」
「陽晴ちゃん。しゃべらなくていいから」
目撃者の一人もいない山中だからこそ、彼等はなんでもできるのだ。
なら、目撃者だらけの場所なら、もう少し話ができるはず。
そして、もしできなくても問題はないし、むしろ好都合なのだ。
「人混みの方が紛れやすいし、逃げやすい。たとえこちらの居場所を特定する手段が向こうにあるとしてもね」
こくっこくっと頷いて理解を示す陽晴に、浩介は内心で謝った。
手の内を隠して、この方法を取っていることを。
数の暴力に対し、浩介には数の暴力で対抗する手段がある。それこそ、異形の群れを分身体に相手させつつ、彼等を無力化することもできるだろう。
だが、それは陽晴を取り巻く事情に、その奥にいる明らかに組織力を持った正体不明の者達に、手の内を晒すということ。ひいては、帰還者の関与を疑われる危険性もあるということ。
帰還者が正式に陽晴に協力していると誤解されれば、仲間はともかく、その家族にも何か影響が出るかもしれない。
安全を考えれば、安易に〝帰還者の遠藤浩介〟が関わっているということは伝わらない方がいいのだ。
少なくとも、ある程度、連中の情報を入手するまでは。
「取り敢えず、南雲に連絡はしとかないとな。報連相は大事――っと、もう追いついてきたか!」
背後から肉薄する気配。
咄嗟に身を捻る浩介の脇を、長大な爪と巨体が通り抜けた。
「虎か!」
白鴉より曖昧な姿。煙を集束させて形作ったような、しかし、明確に〝虎〟と分かる異形が唸り声を上げながら併走してくる。
「陽晴ちゃん、しっかり掴まってろ!」
「はいっ」
陽晴が半ば目を瞑りながら、首筋に腕を回してしがみついたのを確認して、浩介は〝宝物庫〟を起動。指の間に、某頑なに忍者と認めないクラスメイトのご家族から頂いた棒手裏剣を数本挟み、再度襲来した白虎の眉間を撃ち抜く。
断末魔の悲鳴もなく、霧散するように消えていく白虎。
その白い靄を突き破るようにして更に、今度は白い犬が複数、牙を剥いてきた。
回避、回避、回避。木々を使ってパルクールの如く。
某忍者にしか思えないけど忍者ではないらしいご家族に貰った十字手裏剣でカウンター。
更に、頭上から降下強襲をかけてきた白鴉達を、やはり某忍者達に貰った卍型の手裏剣で迎撃。
いくらでもかかってこい! 手裏剣の貯蔵は十分である! 種類だって二十種はくだらない! 何せ、定期便で送ってくるからね! あの某八重樫さん家の手裏剣マニア達はね!
と、駆け降りること数分。
あっという間に麓まで降りた浩介は、千本鳥居の脇を駆け抜け、そのまま隠形全開で本殿のある広場へと躍り出た。
相変わらず大人気の観光地だ。どこもかしこも人だらけである。
しかし、全力の隠形のおかげか、浩介達に注目する人達はいない。やはり連中は何か特殊な追跡方法を持っているのだろう。
それを示すように、元々本殿辺りに待機していたらしい幾人かの男が、建物の陰からこちらを注目している。特に、千本鳥居の方角や正面の大鳥居など、とにもかくにも鳥居に近寄らせたくないのか、そちらの方向を固めている。
「話し合いができますでしょうか?」
「少なくとも、ここなら暴れられないはず――」
という浩介の予想は、信じ難いことに大外れだった。
轟ッと風がうねる。ハッと視線を上げれば、本殿の上に一度着地した白い大猿が、そのまま躊躇いなく飛び込んでくる光景が。
「うっそだろ!?」
慌ててバックステップで回避。直後、丸太のような腕と岩の如き拳が振り下ろされ、一瞬前まで浩介がいた場所に突き刺さった。
発生するの轟音と衝撃。石畳が粉砕され、地面に小さめのクレーターが発生する。
周囲にいた人達が突然の爆発じみた現象に悲鳴を上げて騒然となった。比較的に近い場所にいたカップルや家族連れが転倒している。
「囲め! なんとしても捕まえろ!」
「多少の無茶は許可が出ている! また異界へ逃げ込まれてはたまらないからな!」
人混みに紛れながら、襲撃者達が連絡を取り合っているのが浩介の耳に届いた。やはり、白い異形と彼等は関係があるらしい。
「あなた方! 正気なのですか!?」
陽晴が憤りもあらわに叫ぶ。
わらわらと、襲撃者の仲間らしき者達が集まってくる。合わせて、白い異形もそこかしこに。
(他の観光客には見えていない?)
浩介が内心で呟く。明らかに異常な生物らしき物が複数出現したのに、観光客は壊れた石畳を呆然と見ているだけで、異形には一切目を向けていない。
「おひい様。どうぞ大人しくなされませ!」
屋外なのに不思議と反響して居場所を眩ませる言葉が響いた。同時に、今度は白い大蛇が巻き付こうと滑り寄る。
それを跳躍して回避する浩介。と、その瞬間、トゥルルルとコール音が。
反射的に通話状態にすると……
『おい、遠藤。お前、今どこにいる――』
「南雲ぉ! お前って奴はなんでこうタイミング良いんだろうな!」
落下しながら大蛇の頭を蹴り飛ばし、同時に飛び込んできた大猿の豪腕を掻い潜る。
空振りした殴打が再び石畳を破壊。周囲から悲鳴が上がる。
『え? なんだって? なんかすげぇ騒音でよく聞こえない』
「今、絶賛襲撃され中だ! 正体不明の連中に!」
『は? 何を言って――』
説明中にも、
「ええい、ちょこまかと!」
「人間の動きではない! やはり、おひい様の力は健在なのでは!?」
「一般人の被害を慮っている場合ではないぞ!」
「なんとしても捕らえろ! もはや手段は選ぶな!」
「どうせ人ではない! あの男だけはなんとしても滅しろ!」
など不穏な発言を浩介の耳は捉えた。
どこからか不可視の力が降り注いで、空気がたわみ、破裂するのを間一髪避けながら、
「だからっ、今、正体不明の連中と交戦中なんだ! くそっ、なんなんだよ、こいつら!」
思わず悪態を吐く。陽晴の言う通り、正気とは思えない。
とにかく、連中が秘匿よりも陽晴の捕獲に躍起になっていることは理解した。
理解して、完全に読み違えたことに歯噛みする。
人混みから離れるべく、正面の鳥居から外へ出ようと走り出す。
スピーカーモードで状況が伝わり、クラスメイト達が「うわぁ」とドン引き顔になっているなんて思いもせずに。
「遠藤様! わたくしのことはもういいのです! 彼等の目的は、わたくしです! どうかお逃げください!」
堪らず、といった様子で陽晴が叫んだ。
異界の中で逃げないと言ったはずだ。そう思いを込めて陽晴を睨む。
だが、陽晴からも思いがけず強い眼差しが返ってきた。
諦めの言葉ではなかったのだ。言外に伝わるのは、異界でそうしたのと同じ。
虎穴に自ら飛び込み欲するものを得んとする気概。
そして、浩介が助けに来てくれるという信頼。
彼等の言葉から、少なくとも自分と彼等に強い関係性があることは明白。なら、これ以上逃げ回ることで、暴れる彼等の被害者が増えないよう、自ら捕まり、情報を得る。
けれど、彼等は浩介を殺す気でいるから、ひとまず逃げてくれ、と。
あの時のように、呼べばきっと助けに来てくださるでしょう? と。
とはいえ、だ。
「こんな状況で、はい分かりましたなんて言えないだろ!」
あまりに危険な選択だ。何をされるか分かったものじゃない。
だから、とにかく人気のない場所へ離脱するのだと、陽晴を強く抱き締めながら鳥居を潜ろうとして――
「って、なんだ? お札?」
鳥居の前に陣取った男達が、懐から紙切れを取り出した。紋様や漢字やらが描かれたそれは、どことなく見覚えがある。
「そんなもの取り出してどうする気――」
「「「オン・ハンドマダラ・アボキャジャヤニ・ソロソロ・ソワカ!!」」」
彼等の札――符が僅かに光を帯びた。途端、浩介に不可視の縄が纏わり付き、動きを阻害してくる。
浩介は目を剥いた。
「嘘だろ!? 陰陽師かっ、陰陽師なんですか!? 前に映画で見たよ、こんな光景! どわっ危ねぇ! てめぇ、ファンタジーなんて卑怯だぞ!」
横合いから掴みかかってきた大猿に、手首のスナップだけでクナイを投げつけぶち抜きつつ盛大に文句を垂れる。どこからか、「どの口で言うんだ」というツッコミが入れられていそうだ。
そこへわらわらと彼等の仲間が包囲するように集まってくる。白い異形も完全に浩介達を包囲した。
「くそっ、更に増援か!」
「遠藤さま、わたくしはもう……」
陽晴が辛そうに声を絞り出す。これ以上、ここで争うことは耐えられない、と。
日本人の悪癖というべきだろうか。石畳が粉砕され、爆音も響き、汚れた格好の青年と少女を、複数人の男達が取り囲み、明らかに殺気立っているというのに、危機意識を持って避難する人は驚くほどに少ない。
むしろ、「映画の撮影?」「マジ? 稲荷大社で?」「すごくね?」「知ってる俳優いる?」と好奇心に囚われて野次馬と化してしまっている。
なるほど。今のところ、浩介が考えながら完璧な位置で回避しているので怪我人らしい怪我人は出ていないが、これ以上続ければ被害が出る可能性は高いだろう。
優しい少女には、確かに耐え難いに違いない。
だから、
「いいから黙ってろ! びっくりしたけど、この程度なら問題ない」
浩介は決断する。
仲間や家族に迷惑をかけるかもしれないが、でもやっぱり、ここで一人、逃げるなんて選択は取れないから。
だから、
「ククッ、事情は分からんが、よってたかって子供を襲うその性根、実に気に入らん」
深淵卿ステンバ~イ! ステンバ~イ! 不可視の縄をキレッキレッのターンで振り解く!
「貴様等には、少々教育が必要なようだな」
「遠藤様?」
唖然としている襲撃者達。
心なしか、白い異形達も異様な空気に引いているご様子。
野次馬達も、なんだなんだと変じた空気を読み取って固唾を呑んで見守る中。
サングラスをスチャッとな!
「ふっ。遠藤ではない。俺のことはこう呼べ」
意味はないけど、もう一度ターンして!
「コウスケ・E・アビスゲートとな!!」
「あびすげーと」
陽晴ちゃんも戸惑いが最高潮。ターンのキレが良すぎて、三半規管にダメージ。ちょっと気持ち悪そう。
野次馬から「おぉ~」とまばらな拍手が届き、「やっぱ映画じゃん!」と納得の声が届く。カシャカシャと写真を撮っている音も!
「ふっ、すまんな我が盟友よ。そういうわけで我が深淵を解禁した――盟友? むむ、盟友よ、どうした……切れてる?」
スマホを見る。どう見ても切られていた。ふっ。
「我の邪魔をせぬように、か。相変わらず気の効く友だ」
絶対に違う、と陽晴は思った。冴え渡る直感、大正解。
「チッ、ふざけやがって! いいから奴を仕留めろ! おひい様を回収しろ!」
「死にさえしなければ最悪手足の一本や二本、構わないとのお達しだ!」
集まった襲撃者達が、一斉に符を抜き払った。
「ふっ。我が姫君よ。安心めされよ。民も敵も全て無傷にて終息させると約束しよう! 我が深淵卿の名にかけて!!」
「ア、ハイ。ドウゾヨシナニ」
クナイを取り出し、卿も身構えた。
野次馬から歓声が上がる。陽晴ちゃんが現実逃避気味なのか死んだ目で青い空を見上げる。
その直後、後にニュースでもネットでも〝迷惑系ユーチューバー集団現る!? 白昼の伏見稲荷で大立ち回り!!〟〝リアル分身の術? マジックか? 謎の超技術!!〟と話題になる戦いの火蓋が切られた。
結果はもちろん、襲撃者は全員が無力化され、白い異形は全滅。
だが、あまりにも騒ぎが大きくなり、お巡りさんが大量に押し寄せたので、浩介は陽晴のほかに襲撃者を一人担ぎ、大急ぎでその場を後にしたのだった。
そうして。
しっかりやらかした深淵卿のあれこれにより、路地裏でひとしきり心を痛めていた浩介が、苦笑い気味の陽晴に頭をナデナデされながら慰められること一時間ほど。
ようやく正気に戻り、しかし、なぜか着信拒否されてハジメやクラスメイト達と連絡がつかず(十中八九、修学旅行中なので面倒事を拒否したかったのだろうと予想できたが)、また落ち込むことしばし。
何はともあれ、一度、落ち着いた場所で誘拐してきた襲撃者の尋問や今後の話し合いをすべく、浩介は修学旅行初日に宿泊予定のホテルへとやって来ていた。
誘拐した襲撃犯はホテルに近い路地裏のゴミ箱の中に隠して、陽晴だけを連れている。
もう夕刻だ。もしかしたら、クラスメイト達は既にチェックインしているかもしれない。
そう思って、陽晴をロビーのソファーに座らせて、一人、フロントへ行く。
「あの、すみません」
もちろん、気が付いてもらえない。
ということを、陽晴ちゃんは予測していたのだろう。いつの間にか隣に来ていて、代わりにフロントスタッフさんへ声をかけてくれる。
それでようやく、浩介を認識してくれたスタッフさん。
「失礼しました。どのようなご用件で……」
対応してくれたのは若い女性のスタッフだった。
にこやかな笑顔が素敵である。だが、どんどん尻すぼみになっていった。
その目が、浩介の少し汚れた様子をなぞって、戸惑いに揺らぐ。
そして、隣に汚れ乱れた着物姿の少女がいるのを確認して、不審げに細められる。
「あ、すみません。今日宿泊予定の学校の生徒なんですが……。うちのクラス、もうチェックインしてますか?」
「はい?」
学生証を差し出しながらそう尋ねる浩介。学生証記載の学校名などを確認した女性スタッフさんの目が、不審を通り越して疑惑の眼差しに変化した。
女性スタッフさんの目が浩介と陽晴を高速で行き来する。チラッと年配のフロントスタッフさんに目配せも。
「あ、あの! ちょっとこれには事情がありまして!」
「事情、ですか……しかし……」
「いや、分かってます。どう見ても怪しいっていうのは! だからこそ、とにかく担任の畑山先生に連絡を取りたいんです!」
「いえ、あのですね……」
なんとも歯切れの悪い、というか益々以て不審者を見る目になっている。
確かに一見して怪しいが、身元を明らかにしているのだからチェックインの有無くらい教えてくれてもいいのに、と浩介が思っていると、予想の斜め上の返答が。
「大変失礼ですが、お客様。何か勘違いをされてはおられませんか?」
「はい? 勘違い、ですか?」
「はい。お客様のおっしゃる団体様には確かに当ホテルをご利用いただきましたが、三日前にチェックアウトされております」
「……ちょっと何を言ってるのか分からないっす」
ぽかんっと呆ける浩介。何をどう考えればいいのか。
三泊四日の修学旅行である。三日前にチェックアウトした? 自分がいなくなっていたのは半日と少しのはずだ。なのにもう修学旅行が終わっていることになっている。
混乱で二の句が継げない浩介に代わり、陽晴が女性スタッフに声をかけた。
「今日の日付を、お教えいただけますか?」
「日付、でございますか?」
戸惑いが深まる。女性スタッフさんは、むしろ、陽晴に質問したそうだ。が、そこはプロというべきか。一応、答えてくれる。
それによれば、
「やっぱり四日経ってる……俺はいつから浦島太郎さんに?」
浩介、またも呆然自失。想定外すぎる。
女性スタッフさんの目は完全に、なんらかの事件を疑う目だ。
陽晴は愛想を振りまいて、自分はぜんっぜん問題ありませんよぉとアピールしつつ、浩介をロビーの端っこへ連れて行った。
「遠藤様。どうやら、あの異界と現世は時間の流れが違うようです」
「うん。俺の修学旅行、終わってた」
「げ、元気だしてください。ああ、泣かないで、遠藤様っ」
陽晴は思った。まるで雨に濡れてしょぼくれたワンコのようだ……と。
「とにかく、今後の方針を決めませんと」
「そう、だな」
自分よりずっと年下の女の子の方がしっかりしている。と思えば、呆けている場合じゃないと気力も湧き上がってくる。
修学旅行がぶっ飛んだのは、かなりショックだが……
というか、あのハジメからの電話、絶対に帰りのバスでいないことにようやく気が付いて、確認の電話をしてきたに違いなく、今、示し合わせたように着信拒否しているのは、修学旅行の心地よい疲れや余韻を邪魔されたくないからに間違いない。
気持ちは分かるが、やっぱり泣きそうになっちゃう。だって、人間だもの。
「遠藤様。なんの保証もできませんが、きっとわたくしが埋め合わせを致しますので……」
「うぅ、ごめんよ、陽晴ちゃん。気を使わせて。でも大丈夫。言っただろう? 放置されたり、無視されるのは慣れてるからさ」
「そんな悲しいこと言わないでください」
陽晴が、またも良い子良い子と撫でてくれる。母性がヤバかった。かつて、これほどまでに浩介を気遣ってくれる子供がいただろうか? 悲しみの心に染み渡るようだった。
もちろん。
傍から見れば、実に〝あれ〟なわけで。
「君、ちょっといいかな?」
「ん? なんですか。今、ちょっと取り込んでる――」
肩を叩かれ、浩介は振り返った。そして、絶句した。硬直した。
だって、そこには、
「取り込んでる、か。そうかそうか。具体的に、何をしているのかな? そこの女の子との関係は?」
まったく笑っていない笑顔の、お巡りさん達がいたから。
フロントの向こうで、スタッフさん達が心配そうに陽晴を見ている。
なるほど。〝通報〟されたらしい。
お巡りさん、驚異の速度で駆けつけてくれたようだ。優秀じゃないか!
「ち、違うんです。これには深いわけが――」
「そうかそうか。深いわけがあるのか」
「そ、そうなんですよ! 決してやましいことがあるわけではなくて!」
「うんうん、そうなんだね」
お巡りさんが穏やかな雰囲気で頷いてくれる。だが、瞳の奥は反比例するように厳しさが増していく。
おや? お巡りさん達、どうして微妙に位置をずらすのかな?
どうして背後に回り込むの?
どうしてエントランスの方で立ち塞がるの?
「それじゃあ、その深いわけ、交番の方で教えてくれるかな?」
「そ、それはちょっと……」
「やましいこと、ないんだよね?」
浩介は、思った。
こえぇ。魔王とはまた違う怖さがある。やましいことは本当にないのに、なんかやましい存在になってしまった気分になる! お巡りさん、こえぇよ! と。
「あ、あの! 遠藤様はわたくしを助けてくださっただけです!」
陽晴ちゃん、ナイスアシスト! やっぱり出来る女の子だ!
「少し前に、伏見稲荷で大暴れした者達がいてね」
陽晴ちゃんは黙った。全力で視線を逸らす。
「うんうん、それじゃあ交番に――来てくれるね?」
陽晴ちゃんが、そっと腕を差し出した。両手を揃えて。「お巡りさん、わたくしです」と観念してお縄につく犯人のように。
「さぁ、君もね。この子の着物、随分と良い物に見えるけど、どうしてこんなに乱れて汚れているのか……その辺りも詳しく聞かせてくれるかな?」
目が笑っていないお巡りさん達からは、「この子供の敵が。絶対に逃がさねぇぞ」と言いたげな気迫が見えた。
フロントからは蔑むような目が浩介に注がれている。
浩介は天を仰いだ。
そして、泣き笑いの表情で言った。
「それでも、俺は何もやってません」
お巡りさん達の笑顔と眼光は、小揺るぎもしなかった。