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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅤ
402/540

深淵卿第三章 プロローグ

深淵卿第三章・陰陽師編です。

実在する名称等が出てきますが実際のものとは関係なし、ということで一つお願いしたく。話の長さは白米のプロットがよわよわで蛍より儚いので本人にも分かりませんが、楽しんでいただければ嬉しいです。

よろしくお願いします!


 英国の北部に位置する、とある森の奥。


 以前は陰鬱としていて、ねっとりと絡みつくような悪意ある空気に侵されていたこの場所は、今、目が覚めるような澄んだ空気に満たされていた。


「ここに、千年を生きた魔女がいたのか……」


 そんな深い深い森の奥で、信じ難いと言いたげな表情と共に呟いたのは光輝だった。


 綺麗な真円の形にくり抜かれたような空き地の中心で、周囲をキョロキョロと見回している。


「まぁ、自称だけどな」

「でも、納得できるおぞましさと威圧感はありましたから、あながち嘘ではないと思いますよ」


 答えたのは、近くにいたハジメとシアだ。


 ハジメの足下にはアーティファクトが幾つか転がっていて、何やら作業をしている。シアは七色のスライムにまとわりつかれている……正確にはお手玉したりして戯れている。


「ねぇ、光輝。そんなに不思議なことなの?」


 と尋ねたのは、光輝と同じくキョロキョロしていたモアナだ。そして、


「ふっ、女王(笑)は無知ですね」


 嘲笑するのは、異世界――妖精界の天樹に宿る元女神アウラロッドである。


 地面に膝と手をついた四つん這い状態で淡い光を纏っている。その光は地面に浸透しているようで、こちらも何か作業しているらしい。


 つまり、あんまり動けない。


「ふんっ」

「ひぃっ!?」


 モアナのかかと落としが風切り音をあげた。アウラロッドの頭部と右手を掠めるようにして地面を陥没させる。


 流石は元戦士の国の戦女王。実にキレのある一撃だった。ヒットしていれば、常人の頭くらいトマトのように弾け飛ぶだろう威力だ。


 もちろん、脅しとしてギリギリ当たらないように放った……わけではなく、確実に仕留める気満々の一撃を、アウラロッドが必死に避けただけなので、その額からは滝のような汗が噴き出る。


「い、今、殺る気でしたね!?」

「まさかぁ。女神が私如きの蹴りで死ぬわけないじゃない? 重傷を負って悶え苦しめばいいと思っただけよ」

「光輝さん! 聞きました!? この女、とんだ野蛮人ですよ!」

「ちょっと! 光輝にふるのは卑怯よ! ねぇ、光輝! こいつ、とんだ性悪女よ!」


 光輝くんの視線がハジメに向けられる。目尻が下がっている。明らかに助けを求めていた。


 もちろん、無視する。


 シアにも向けられた。ウサミミの毛繕いをしていて気が付いていない、ということにしているらしい。


「え~とね、モアナ。俺達が地球の生まれだから実感が湧かないのかもしれないけれど、というか、まさに地球にもファンタジーがあった証の場所に来ているせいでもあると思うんだけど……」


 それでも、地球人にとって魔女という存在は、あくまでお伽噺の存在。魔法も、神話も、伝承も、想像の産物に過ぎない。少なくとも、光輝にとって少し前までは。


 だから、未だに信じ難いのだ。


 この場の過去映像も見せてもらったけれど。


 まさか、かつてハジメとシアが冒険旅行に来たこの場所に、本人曰く千年を生きる魔女が実在していて、おびただしい数の生贄を取り込んで呪われた森を形成していたなんて。


 それどころか、この直径五十~六十メートルはありそうなサークルの空き地に、地球の大樹――〝王樹〟が存在していたなんて。


「うぅん。光輝や魔王様の出身世界が、実は魔法を認知していない世界だなんて、なんだか冗談みたいな話ね?」

「魔力の類いもほとんどありませんから、無理のない話です」


 数秒前まで殺人未遂の加害者と被害者だったのに普通に会話している点、ナチュラルキルが二人にとっていかに自然なことか分かるというもの。


 光輝の目が遠い。もはや慌てて止めたり叱ったりすることもない。〝世界樹の枝葉〟復活の旅に出るにあたって受け取った数々のアーティファクトの中に、蘇生のアーティファクトもあるので、万が一、どちらかがうっかり相手を殺っちゃっても生き返らせればいいか……とか思っている。


 思考が魔王寄りになっている自覚は、まだない。気が付いたとき、勇者はきっと絶望するだろう。


「とはいえ、想念は膨大ですけれどね。まさに宝庫です。地球の大樹を復活させるだけで、天樹は随分と持ち直すでしょう。地球の伝承を源流に持つ妖魔の子達の多くも、正気を取り戻すに違いありません」


 アウラロッドが嬉しそうな笑みを浮かべている。女神を引退しても、その表情に浮かぶ慈愛は、まるで我が子を想う母のようだ。


 そう、今日この日、ハジメ達がここにやって来たのは地球の大樹を復活させるためだった。


 そのために、当然ながら他のメンバーも来ている。


「……ハジメ、こっちは終わった」

「ハジメくん、焼きすぎだよ! 森に火を放つとか正気の沙汰じゃないからね!」

「ここはハルツィナ大迷宮ではないんじゃぞ? 途中で地獄に飛ばされたせいか、ちょっと延焼しておったし」

「あぁ、悪い。流石に予想外でな……」


 ちょうど森の奥からユエ、香織、ティオの三人が帰ってきた。魔女ごと焼き払われた森の再生をしてくれていたのだ。


 更に、別の方向からも雫、愛子が。


「ハジメ、指示された場所へのアーティファクトの設置、完了したわよ」

「ガーディアン用のトレントモドキも配置できました」


 王樹が復活すれば、ここは地球の聖域だ。何より、地球上には存在し得ない巨大樹が突然出現することになる。


 当然ながら、王樹復活に当たっては大樹ウーア・アルトと同じ認識阻害のほか不可視化の隠蔽もかけ、衛星でも発見できないようにするが、地上側でも容易に辿り着けないようにする必要がある。


 そのためのアーティファクトや従魔の配備というわけだ。周囲一キロ以内には、常人では近づけなくなるだろう。


「ありがとよ、雫、愛子。と、ミュウ達も戻ってきたな」


 視線を転じれば、レミアとミュウの姿が見えた。ついでに、そのミュウを抱っこしているシャロン・マグダネス英国保安局局長の姿も。


 レミアが遠い目をしている。シャロンおばあちゃんはデレデレしている。


 この地は英国。不可侵領域を創るに当たっては、保安局長の認知があった方がいいだろうと話を通した結果、


――つまり、ミュウに会えるということね?


 と、目的をはき違えた返答と共に飛んできたわけである。


 国家と結婚した冷血にして鉄血の女と称されてきた局長様は、相変わらずミュウが関わった時だけポンコツと化してしまうようだ。


 が、レミアの反応は、どうにも娘を取られていることだけではないようだった。


「レミア? 何か問題でもあったか?」

「いいえ、あなた。アーティファクトは設置してきました。というか、べるふぇごーるさん達がやってくれたのですけれど……」

「けど?」

「……すみません、いつものことです。ちょっと目を離した隙に、また〝お友達〟を作ったようで」

「……どんな?」

「私は見てないので分からないのですが……近くにいたシャロンさん曰く、ケルピーという伝説の水棲馬ではないか、と」

「そうか……」

「はい……」


 シャロンおばあちゃんに抱きかかえられながら、きゃっきゃっとはしゃぐミュウ。うんうんっと頷くデレ顔のおばあちゃん。流石は鋼鉄の女。英国に伝わる怪異を目撃しても、まったく動じていない。


「そう言えば聞きたいことがあったんだが」


 光輝やユエ達が揃ってミュウの特性と局長の強心臓に微妙な顔をする中、ハジメの視線がアウラロッドを捉えた。


 アウラロッドが、王樹の残滓が少しでもないかと地下を探りつつ、「ん?」と小首を傾げる。


「うちのミュウな、この地球でも妙な存在を惹きつけるようなんだ」

「伝承の、ということでしょうか?」

「そう。よくよく考えるとおかしくないか? 想念の宝庫ではあっても、地球には具現化に必要な念素がない」


 ハジメの疑問はもっともなものだった。なるほど、と頷くアウラロッド。


「考えられる可能性は二つです」


 そもそも、伝承に語られる存在であっても幻想の存在ではなく、実在する生物である可能性。


 つまり悪魔と同じような存在ということだ。彼等は聖書などで語られる伝承の存在だが、実際は地獄という異世界の、実在する異界人だ。それと同じで、異形の生物であれば念素は関係ない。


 そしてもう一つの可能性は、〝王樹が滅ぶ前に、妖精界から渡ってきた存在が生きながらえている〟というものだ。


「念素がありませんから死ねばそれまで。妖精界のように復活はできませんが、想念自体はありますからね。外的要因がなければ、狂うことなく存在し続けることは可能でしょう」

「そう言えば、少し前に陰陽師ブームが来てたね」


 それで思い出したんだけど……と光輝が言う。


「平安時代とか、ほら、妖怪が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する時代だったって言うだろう? 案外、よく分からない事象を妖怪のせいにしていただけっていうわけじゃなくて……」

「実際に妖怪が溢れていたってことか? ……そう言えば、年代的には千年くらい前か……」


 ちょうど王樹が滅びた前後あたりの時代だ。


 香織と愛子が少し目を輝かせる。


「えぇ? それじゃあ、陰陽師とかも実在したってことかな?」

「エクソシストは実在するわけですし、そう考えたら日本に陰陽師がいてもおかしくないかも!」

「……う~ん、どうなのかしら? それだと今まで接触がないこととか、政府の、ほら、服部さんとかが何も言及していないの、おかしくない?」


 雫の指摘に、ああ、確かに……と、ちょっとわくわくしていた香織と愛子のテンションが下がる。


「そうとも限らないだろう」

「ハジメ?」

「だって、リアル忍者が実在して、表では警備会社とかしてるわけだし」

「!?」


 雫、盲点を突かれて「確かに!」となる。忍者は昔の諜報員であって、オカルトチックな存在ではないが……それでも、陰陽師も同じでないとは言い切れない。


「まぁ、エクソシストですら俺達のことを探っていたのに、同国の存在が帰還者と一切接触していない以上、たとえ昔は実在していたとしても絶えている可能性の方が高いけどな」

「悪魔憑きが日本に入り込んでも対処していないもんな……」


 というハジメと光輝の会話に、そのエクソシストが入ってきた。


「そうですね。私達オムニブスも、日本にそういう組織があるとは認識していません」


 最後の一組が戻ってきたようだ。答えたのはエクソシスト組織オムニブスの聖女クラウディアである。


 そして、彼女の豊かな胸に腕を埋没させているのは浩介。もう片方の手を埋没させられないのでめり込ませるが如くギリリッと抱き締めているのはエミリーだ。


 更に、その後ろには保安局のヴァネッサと、オムニブスの長官パトリック(浩介に『貴様を地獄に落とすッ!』みたいな悪魔的な目を向けている)が続き……


「あ、あのさ、二人共。そろそろ離して?」


 浩介がチラチラと気まずそうに視線を向ける相手、


「もう、コウくんったら。気にしなくていいって言ってるのに」

「むしろ気にしてほしいんだけど!」

「そんなんじゃあ、ボスのようなハーレムの主にはなれないわよ?」

「目指してませんが!?」

「ボス! ただいま帰還致しました! 任務完了です!」

「話を聞いて!?」


 ウサミミをぴょこぴょこ。正妻の貫禄でにっこり笑い、かと思えばハジメに歴戦の戦士を思わせる鋭い雰囲気で敬礼する美女――ラナ・ハウリアが先頭を歩いてくる。


「ボス、ここは中々に良い森ですね! 王樹守護の一族というのも素晴らしい響きです! ハウリア地球拠点の最有力候補にしたく思います!」


 エクソシスト組がここにいるのは、王樹復活に当たり、保安局と連携して裏の世界の組織に対応してもらうためだ。もちろん、伝説の世界樹――の枝葉であるが、その一端が復活顕現する瞬間に立ち会いたいから、という私的な理由もあるが。


 そして、なぜラナまでいるのかと言えば、どうせ不可侵領域の森にするなら、もともとこちらの拠点を探していたハウリアであるから、守護を兼ねさせる観点からも悪くないだろうと、下見に呼んだというわけである。


「そうか、そりゃよかった」

「ええ。富士の樹海と地下鉄も甲乙付けがたいので、最終候補三つで吟味したく思います」

「ぜひともここにしろ」


 樹海にはびこる、又は地下鉄に巣くう首刈りウサギとか、いったいどんな悪夢だと言いたいから。と、全員が満場一致と分かる真顔になる。


「話を戻すけどな」


 ハジメの視線がアウラロッドに戻った。


「失念していたんだが、王樹を復活させて妖精界との繋がりができた途端、現代に伝承の存在が溢れ返る……なんてことにはならないか?」

「なりませんよ」


 アウラロッドが、何か手応えを掴んだのか一息吐いて立ち上がった。


「妖魔の子達が世界を渡るというのは、言い換えればフッの人のように――」

「浩介だって言ってんだろう」

「分身を放つようなものなのです。儚く、実体がないので、見えない人や存在を感じられない人も多いでしょう」

「つまり、本体は妖精界から動いていないってことか」

「ええ。強い力を持つ子は、源流の想念を道標に自ら世界を渡ることもありましたし、自力で移動できない子でも例外的な事柄……そうですね、例えば勇者召喚のような儀式で呼び込まれることがあれば移動できました。ですが、そうでもしない限りは、本体の移動はないのです」


 そして、今、妖精界は全体が衰退している。故に、


「あの子達が自力で、大挙して押し寄せるなんてことはあり得ませんので、ご心配なく」

「そうか。それなら良かった」

「ええ。それに何かあっても、ブラウ・ニーベルが――」

「「「漢女神(おとめがみ)のことは口にするなっ」」」

「ひぃっ!? 光輝様まで!?」


 神々しい後光を放ち、濃厚な顔に慈愛を浮かべ、自称ぽっちゃりな筋肉を脈動させる半裸の新女神様のことは、男子三人にとって思い出すだけでも心の準備が必要なのだ。


 ある意味、傍若無人な魔王に対して特攻スキルを有する最強の女神かもしれない。


「魔王殿、そろそろ準備は整ったのではないかね?」


 伝説の復活が待ちきれないのだろう。保安局とは別に、裏の世界への対応で協力してもらうことになっているオムニブスの代表として、パトリックがそわそわと尋ねる。


 眼光だけは、『貴様を滅ぼし尽くすッ!!』と言ってそうな凶悪さだが、内心は子供のようにはしゃいでいるっぽい。


 もっぱら信仰心を踏みつけにしていると評判の長官だが、そこはやはり聖職者ということなのだろう。神話の存在が復活するという歴史的瞬間に立ち会えることに歓喜しているらしい。


「ああ、そうだな。アウラロッド、どうだ?」

「ええ、ほんの僅かですが、王樹の欠片を感じます。その魔女という存在は、ある意味、ここを保存してくれていたとも言えるようですね」


 そもそもの話、千年、あるいはそれ以上前に喪失したはずの王樹を復活させるなんて容易にできることではない。


 再生魔法は遡及する年月に比例して莫大な魔力が必要になる。


 この点、無限の魔力を手中に収めたハジメだが、光輝くん召喚されすぎぃ事件から帰還して、再び行方不明となったことで騒ぎ出した世間のゴタゴタを片付けて、二ヶ月ほど。当然ながら、まだまだ機工世界で手に入れた〝素子配列相互変換システム〟の小型化などできてはいないし、異世界のシステムであるから十全に使いこなすこともできてはいない。


 ならば、ゼロから復活させるより、欠片や残滓を起点に再生する方が難度が下がるのは当然。アウラロッドの力も及びやすい。


 つまるところ、今回のこれは、とにもかくにもまずは妖精界の当面の安定を早急に図る必要があることと、光輝が〝世界樹の枝葉復活の旅〟に出る前提としての実験的な意味合いが強かった。


「シア、そっちもOKか?」

「はい、大丈夫で――あ、こら! ソアレさん! どさくさに紛れてライラさんを亡き者にしようとしない!」


 王樹が復活した場合、当面、化身の役割を担うのは夜と闇を司る神霊ライラで決まっていた。神霊同士の壮絶な喧嘩があったようで、ヤンデレな火輪の神霊ソアレは未だに納得がいっていないらしい。


 ハウリアの拠点になるかもしれない。つまり、愛する親友であるシアの家族が住むかもしれない聖域の女神……わたし以外に適任などいなくってよ! ということらしい。


 だが、当のハウリアに意見を聞いてみたところ、


――夜と闇を司る!? そんなのライラ様一択でしょう!!


 と満場一致だったので、結局、ライラが地球の女神(仮)となることになったのである。


 ちなみに、ここには宝物庫を設置し、将来的には宝物庫の中の世界を繋げて呼び出せばここから直ぐに移動できるようにする予定だ。そういう意味でもデメリットがないので、化身の座は未だに他の神霊達から狙われている。


 勝ち誇った顔をしているっぽい黒色スライムに、赤色スライムは怨念じみた気配を放ちながらも、シアに握り潰されるようにして宝物庫へ戻っていく。


「ユエ達もOKか?」

「……ん! 任せて」


 ユエ達も力強く頷いた。ミュウやシャロン、パトリック達が空き地の外へ退避する。


 そうして、始まった復活の儀式。


 結果は……


 その日、地球には不可視で不可侵だが、確かに存在するファンタジーの証――そびえる巨大樹が復活したのだった。















 それから数ヶ月後。


 修学旅行を翌朝に控えた、とある日の真夜中。


――……君。愛し……まだ……呼んではくれんね?


 遠藤家の一室に、「うぅ~んうぅ~ん」とうめくような声が響いていた。


 浩介だ。


 自室のベッドで、うなされている。悪い夢でも見ているのか。


 苦しそうな、それでいてちょっと嬉しそうな、なんとも言えない微妙な雰囲気。


 不意に、部屋の扉がスゥと開いた。


 人影が入ってくる。そろりそろりとベッドの脇へ。うなされている浩介を覗き込む。


 と、その瞬間、


「おっぱぁいっ!!」

「ひゃぁっ!?」


 浩介が飛び起きた。まるで窒息寸前だったみたいに荒い呼吸を吐きながら、目の前の人影に無意識で抱きつく。


「も、もう、やめてくれぇ~。俺にはラナがぁ~」

「ちょっ、ちょっとぉ! 離せぇっ」


 寝ぼけているらしい浩介は、しがみついた相手の胸元にグリグリと顔をこすりつけた。逃れたいのか、堪能したいのか……悲しい男の(さが)が垣間見える。


 だが、直ぐに異変を感じたようで。


「んん~、ん? 固い? おっぱいじゃない?」


 抱きつかれている人物の額に、ビキッと青筋が浮かんだ。


「まな板のようで悪かったね、こうにぃ」

「え? えぇ? あれぇ?」


 そろりそろりと、しがみついたまま顔を上げると、そこには妹である真実(まなみ)の姿が。実に良い笑顔である。


「またうなされてるみたいだったから、心配して様子を見に来てあげたのに随分な言い様だね。変態お兄ちゃん。いったい、なんの夢を見てたのかな?」


 妹の笑顔が恐ろしい。光源がないのに眼鏡が光を反射して瞳が隠れている点がなおさら。


 浩介は冷や汗をダラダラと流しながら視線を泳がせる。


「え、え~と、例の如く、覚えてないっす」


 実は、少し前から何か夢を見てうなされている浩介。ハジメ達にも相談したが異常は見当たらず、取り敢えず様子見をしているのだが……


 夢の内容は目覚めると綺麗さっぱり忘れており、なんとも判断の難しい状態だった。


 と、そこへ飛び込んでくる眼鏡の長男。


「おっぱいがどうした!?」


 普段、弟の存在を素で忘却することがあるのに、弟が女性関係の言葉を口にしただけで超人的な反応を見せる宗介(そうすけ)お兄さんが、血相を変えている。


 きっと、弟が女を連れ込んで、おっぱいしていると思ったのだろう。そんなの許せない! 絶対に邪魔してやるっ!! という鬼気迫る雰囲気を放っている。


 だが、現実はそんなうらやまけしからん光景ではなく、弟が妹にしがみつき、その胸元に顔を寄せているという光景で……


「こんのぉアビスゲートさんがぁっ!!」

「げはぁっ!?」


 抉り込むような拳が頬に突き刺さり、浩介はベッドから転がり落ちた。


「俺ぁよぉ、今日ほどお前さんの兄であることを恥ずかしく思ったことはねぇぜ」

「あ、兄貴、誤解だ……あと、口調、おかしぃ」

「そうにぃ! わたし、こうにぃに酷いことされてっ。うぅっ」

「ちょっと真実さぁん!?」


 浩介が頬を押さえながら抗議するが、真実ちゃんはべ~っと舌を出して知らんふり。


 宗介お兄さんの眼鏡が光る。クイッと押し上げられる。


「俺はな、長男だ。長男だから我慢できた。お前がクソハーレム野郎であろうとも、手出しはしなかった。きっと次男だったら我慢できなかっただろう」

「いや、普段から割とペチペチ叩いてくる気が……今、まさに殴ったし」

「それはお前が実の妹すらハーレムに加えようとするクソ野郎だからだ!」

「誤解だって言ってるでしょぉ!?」

「欲情していいのは〝妹キャラ〟か〝知り合いの妹〟までだ!」


 おや? 真実ちゃんの視線が……汚物を見るような目を長男に向けて? 


「ちょっと、そうにぃ。聞き捨てならないんだけど。そう言えば、この前うちに遊びに来た美月ちゃんに妙な目を向けて……」

「!? は、はぁ? 何それ、意味わかんないし。変な言いがかりはやめてもらえます? そういうのが冤罪を生み出すんであって……」

「兄貴、マジかよ……動揺しまくりじゃん」

「キモッ! そうにぃもこうにぃもキモ!」

「キモいとか言うんじゃない! それは男の心を抉る悪い言葉だぞ!」


 ギャースギャースと騒ぐ遠藤家の子供達。


 叩き起こされたお父様とお母様の雷が落ちたのは言うまでもない。


 そんな騒がしい夜を越えて、翌日。


「お兄ちゃん、気を付けてね。お土産よろしく。また女の人を拾ってきちゃダメだからね」

「おう、浩介。行ってら~。お土産よろ。お前の義姉になりたいって女性がいたら連れ帰ってくれていいぞ」

「ただの修学旅行だよ。何もないよ、まったく……」


 修学旅行に行く前に疲れ果てたような様子で、浩介は家を出た。


 その後、集合場所でトイレに行っている間にバスが出発してしまったり。


 そのバスを追いかけている途中で、なぜか路上にうつ伏せで倒れていた後輩ちゃんを踏みつけてしまって、「ぐげぇっ!?」と女の子にあるまじき奇声を上げさせてしまったり。


 バスの屋根上で風を感じたり。


 車内に入れたはいいものの、座席についたあと寝不足でうたた寝してしまい、また「おっぱい!」と叫びながら起きてしまって笑いものになったり。


 とにもかくにも、初っ端から問題続きでちょっと鬱屈としていた浩介だったが、それも最初の観光地である伏見稲荷の千本鳥居をくぐれば吹き飛んだ。


 なんて荘厳で、言葉にできないほど綺麗な光景なんだろう、と感動に心が癒される。


 見惚れながら、ただぼへぇ~と感心しながら歩いて行く。


 と、不意に、


「いっ!?」


 首筋に痛みに近い熱を感じて、思わず立ち止まった。俯きながら、熱を感じた箇所へ手を当てる。


 虫にでも刺されたのかと指で探るが、そんな感触はなく、まるで気のせいだったみたいに熱も痛みも既にない。


「なんだったんだ?」


 観光を楽しんでいたのに水を差されたようで、若干、不機嫌な声が漏れた。


 とはいえ、気にしていても仕方ない。そう思って顔を上げて――


「…………あれ? みんなは?」


 クラスメイトが、いなかった。


 それどころか、誰もいなかった。あれほどいた観光客が一人も。


 しんっとした、冷たい空気が肌を撫でた。


 鳥居の通路の先が、よく見えない。周囲には、いつの間にか薄い霧が漂っている。


 明らかに尋常ではない状況だった。


 脳裏に、ふと過ぎったのは伏見稲荷にもある摩訶不思議な言い伝えの一つ。


 すなわち、〝神隠し〟。


「……ただ、修学旅行に来ただけなのに」


 ほろりと、浩介の目尻から悲しみの水滴が流れ落ちた。


 実は最初の観光地から速攻で行方不明になっていた浩介くん。


 自然よりも自然なフェードアウトは、まさに神がかり。


 当然ながら、そのことに気が付いた者は一人もいなかった……


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


※ネタ紹介

・長男だから ⇒鬼滅の長男より。


※今回と直接繋がりのあるお話の参照用に、一応。

・282~284話  ありふれた学生生活②~④

・344話&345話 その時の二人は 前編・後編

・382~389話  魔王&勇者編・後日談①~⑧

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― 新着の感想 ―
あ、修学旅行編ってアフターの大分後の話だったんや
深淵卿の嫁探しの旅はまだまだ始まったばかりなのだ。
[良い点] 修学旅行篇の裏スレ来た〜っというテンション高めになりました。ここに繋がるのですね。遠藤くん、頑張って! そしてちょびっとだけラナが現れたのも癒やされでした。もうちょっと出してくださることを…
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