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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅣ
399/530

トータス旅行記㉘ 増殖する仮面ピンク



 帝都には、かつて大陸最大規模の闘技場があった。


 帝国の実力至上主義を象徴するものであったが、かつての魔人族の襲撃――巨大な魔物により粉砕され、その後、亜人奴隷もいなくなったため、結局、ハジメ達が帰郷するまで再建の目途が立っていなかった場所だ。


 その広大な更地となっていた場所は、現在、再び帝国の象徴たる威容を取り戻し始めていた。完成度は七割といったところで、後は荘厳さを出すための彫刻や細かい設備、周辺環境を整えるのみというところまで来ている。


 そんな、そびえる円形闘技場の外壁を、ハジメ達は、とある裏路地から遠目に眺めていた。


「んんっーーっ!! んっむぅ~~~!?」

「すて~い、すて~い、ぐっどが~る……」


 傍らで、仰向けに倒れるユエと、そのユエの上半身を頭の方から覆い被さるようにして押さえ込んでいる雫の方を極力見ないようにしながら。


 いわゆる、上四方固めというやつである。


 ニーソに包まれたユエの細い足がジッタンバッタンッと暴れ、ミニスカートは完全にまくれ上がっている。


 だが揺らがない。据わった目をしている雫さんの冴え渡る技は完璧にユエを押さえ込み、まるで、やんちゃなワンコを躾けるかのような言葉をかけながら大人しくなるのを待っている。


 たぶん、おっきな雫の胸が、ユエの呼吸を完全に止めているから苦しくてもがいているのだと思うが……


「し、雫ちゃん? そろそろユエの息の根が止まりそうだよ?」


 言外に、もう離してあげても……と、珍しくもユエを擁護する香織。その理由はきっと、親友の目に怯えているから。


 そう、ユエを押さえつつも、雫の据わった目はず~っと香織を見ていたのだ。監視でもするみたいに。


「ユエの味方をするだなんて……香織、私を裏切る気なのね?」

「滅相もございません」

「嘘よッ!!!! 私の黒歴史を公開する気なんでしょう? そうなんでしょう!?」

「ダメだぁ、ハジメくん! 雫ちゃんが完全に疑心暗鬼に陥ってるよ!」

「ひぐら○みたいだな。末期の」

「しゃれにならない例えはやめてぇっ」


 さて、なぜ香織が裏切り者扱いされたり、ユエが寝技をかけられたあげく、転移なり重力操作なりで逃げようとしても、その度にはだけたブラウスから覗く素肌に噛み付かれ、「んっ!? んぅ!?」と反応してしまって阻止され、いろんな意味で見ることをハジメが禁じるような状況になっているのかと言うと……


 仮面ピンクだ。


 仮面ピンクこそが、全ての元凶だった。


 この場所は、かつて雫達が仮面戦隊として公の場に初めて姿を見せた兵士宿舎の近くなのである。


 当然、光輝達以外、ハジメ達の中に当時の晴れ舞台(笑)を知っている者はいない。


 なので、帝城内を散々騒がせた後ということもあって、ほとぼりを冷ますためにも帝都に出てきたハジメ達は、それならやはり始まりの仮面レンジャーを見ておかなければ! と思ったわけである。


 あるのだが……


「しくったな。どうせ嫌がるだろうから、闘技場を見に行く建前で誘導してから辻過去再生する作戦だったわけだが……」

「完全に裏目に出ましたねぇ」

「妾も見たかったんじゃが――ヒッ、な、なんでもないぞっ、雫よ!」


 ギョロッと雫の目がティオを捉える。ティオも過去再生はできるので警戒していたらしい。


 なお、ユエは既に、陸揚げされた魚のようにビクビクッと痙攣状態に。


「う~む、雫よ。何がそんなに嫌なんだ?」

「お城への侵入作戦に対する陽動でしょう? 覆面くらい普通だと思うわ。お母さんも見てみたいのだけど……」

「なぁ、ミュウちゃん。ミュウちゃんも仮面レンジャーな雫、見たいよな?」

「はいなの!」


 鷲三、霧乃、虎一が揃って呆れた顔を見せている。虎一がミュウの無邪気さで雫の鎮静を図るが、雫はむしろ真っ赤になって目を吊り上げた。


 ミュウが「ひゃ!?」と飛び上がってレミアママの後ろに隠れる。


「まぁまぁ、雫様ったら情けない。帝都で今、一番人気の〝中の人〟ですのにねぇ?」

「それを言わないでちょうだい!」


 トレイシーの「困った人」みたいな表情に雫がキレて起き上がる。


 下から、既にピクリとも動かない白目を剥いたユエが出てきた。


 ズカズカッと迫ってくる雫から逃げる――ではなく、ユエを介抱すべく愛子とリリアーナが回り込む。「ああ、なんて酷い……」「帝都に来てから、ユエさん、本当によく気絶しますね……無敵の吸血姫様ですのに……」なんて青ざめた顔で話し合いながら。


 皇女殿下に歯を剥くようにして迫る雫と、「お? やんのか? お? 超嬉しいんですけど!?」と言っているかのように瞳孔を開き始めたトレイシーを見て、(すみれ)(しゅう)が慌てて間に割り込む。


「し、雫ちゃん、落ち着いて、ね? ハジメの中学生時代に比べれば、ぜんっぜん黒歴史じゃないわ!」

「人気なのは良いことじゃないか! お義父さんもね、昔から戦隊ものに憧れていたんだよ? 恥ずかしがることなんて何もない――」


 ピタッと立ち止まった雫は、真っ赤な顔のまま、


「んっ!!」


 と、ユエみたいな声を出しながらピッと指をさした。


 釣られるようにして全員の視線が転じられる。路地の曲がり角に。


「……」


 そこには、可愛らしいワンピースの幼女がいた。曲がり角から顔を半分だけ出してこちらを覗き見ている。


 ジッと、ジィ~と見ている。


――仮面ピンクを被った状態で。


 一拍。


「……わたしは〝かめんれんじゃーかめんぴんく〟。いつだって、おまえたちをみているぞっ」


 サッと曲がり角の向こうに消える幼女。


 しんっとした空気が漂い、直ぐに喧噪にぶち破られる。


「あっ、お前ずるいぞ! 今度は僕が仮面ピンク役だろ!」

「だめぇ! ぴんくはおんなのこなの!」

「そうよ、そうよ! あんたは大人しくレッドでもしてなさいよ!」

「やだよ! レッドってピンクに注意される役じゃん! 俺、暴走なんてしねぇもん!」

「ちょっと! レッドはどうでもいいのよ! そんなことより、ピンクのしゃべり方が違うわよ! わよって言うのよ! わよって!」

「見ているわよ!」

「もうっ、だから違うってば!」

「「「「「仮面を見ることになるわよっ!!」」」」」

「そう! それ!」


 路地の向こうのメインストリートを、仮面を被った子供達がそんな会話をしながら駆けていく。


 雫が両手で顔を覆って(うずくま)ってしまった。まさに、穴があったら入りたい人の図だ。


「雫の姐さん、すごいです。今や仮面レンジャーは、帝都で知らない者のいない正義のダークヒーロー。ただダークな怪異であるハウリアとは一線を画する人気――」

「ネアちゃん黙って!」

「アイアイマムッ」


 つまり、そういうことだった。


 かつて帝国兵を脅かした〝仮面レンジャー〟は、雫の情報操作(黒幕:ハジメ)により、当時、魔人族の精鋭部隊ということになっていた。


 そして、なぜかは分からないが、亜人奴隷に酷いことをすると、その精鋭部隊が「ああ!? 窓に! 窓に!」的な感じで、どこからともなく見てくる……という怪談が帝国兵の間に広がって、ハウリアと並ぶ恐怖へと彼等を叩き落とした。


 しかし、この〝仮面ピンクの恐怖~奴は常に君を見ている~〟と題されるようになった都市伝説は、決戦の後、おかしな方向へ転がったのである。


 というか、何者かによって転がされたのである。


 その原因が、これ。


「中々読み応えがあって悪くなくってよ? 雫様、自分が元ネタなのですから、お読みになってはいかが?」


 なんでも入っている胸の谷間ポケットから、ぷるんっすぽっと取り出されたのは一冊の本だった。


「あ、それ最新刊!? 発売日は来週のはずじゃあ!?」

「ふふ、甘いですわ、ネアシュタットルム。わたくしは皇女でしてよ! 三日前から行列に並ぶなんてことすると思って?」

「こいつっ、業者から直接!!」


 というトレイシーとネアの会話から分かる通り、今現在、帝都で大流行しているシリーズ物の小説こそが、雫の羞恥心にガソリンをぶち込んだ原因だった。


――仮面ピンクの○○シリーズ ~彼女はいつも貴方を見ている!~


 ○○には今のところ、〝憂鬱〟とか〝暴走〟とか、そんな感じの言葉が入っている。某ライトノベルのシリーズのように。


 内容は、いわゆるダークヒーローもので既に七巻まで出ている。毎回、どこかで凶悪な兎人族組織〝ヴォーパル・ラビッツ〟が登場し、時には彼等を打倒することもあるので、帝国兵の中には精神安定剤的な意味でバイブルにしている者も多いとか。


 これが市井の間にも爆発的に売れた結果、〝仮面レンジャーシリーズ〟は、都市伝説から大流行中の創作物――ひいては、そのメインキャラである〝仮面ピンク〟も、かっこいいヒーローに転じたのである。


 今や仮面を筆頭にグッズ販売もなされており、闘技場の周りには専門店まで出てきている。


 帝都の子供は、今やみんな何色かの仮面を持っていて、それを被って仮面レンジャーごっこに興じることが大流行しているわけだ。


 で、当然ながら仮面ピンクが一番人気。


 ハジメ達が闘技場の近くに来た途端、大量の仮面ピンクキッズ達が出現し、ごっこ遊びを開始。もちろん、当時の仮面ピンクのセリフも忠実に再現。


 それで、雫の羞恥心は一瞬でオーバーフローしたのである。


 元より仮面レンジャーを見たかったハジメ達がさりげなく当時の場所に誘導した後、いざ過去再生しようとしたのだが。


 それに気が付いた雫は、断固拒否。


 けれど、帝都の盛り上がりと雫の有様で逆に好奇心を刺激されたユエ様は、己の欲望に抗えず……


 結果、過去再生を強行しようとして、上四方固め&噛みつきにより封じられた、というわけである。


「お抱えにしようと作者を調べているのですが、どうにも関係者の口が堅く、未だに正体不明なのですわ、困ったことに」

「トレイシー殿下! 作者を見つけたら、ぜひとも私に一報を! 人を勝手に金儲けの手段にするなんて……許さない。基本的人権のなんたるかを叩き込んでやるわっ」


 黒刀の鍔をキンキンッと鳴らしながら何度も出し入れする雫。


 その姿からは、作者を見つけた途端、むしろ、雫の方が相手の人権を無視する未来しか見えない。


「雫! 大丈夫ですよ! 実は、帝国には全く及びませんが、王国でも人気が出始めていて……」

「なんですって!? リリィ、なんで教えてくれなかったの!」


 ショックを受ける雫の手を取って、というか、抜かれかけている黒刀をさりげなくグッと鞘に押し戻しつつ、リリアーナは言う。


「あえて知る必要の無いことも、世の中にはあるのです」


 知らなければ、ないのと同じ。雫がこんな風に羞恥心で打ちひしがれることもなかった! と訴えるリリアーナ。楽しく旅行してもらいたかったのだと。


「リリィ……」

「ですが、もう一度言いますね、雫。大丈夫です。私自ら陣頭指揮を執り、王国としても作者を調査します」

「それは……いいの? リリィ、凄く忙しいじゃない。騎士団長さんが病むくらい」

「んんっ。それは改善します。このままだと転職されそうなので」


 取り敢えず、それは置いておいて。


「大丈夫ですよ。ちょっと調査するくらい手間ではありません。ただ、代わりと言ってはあれですが……一つ、約束してほしいのです」

「約束?」

「はい。もし、作者を見つけても、問答無用に叩き斬るようなことはせず、話をしてあげてほしいのです」

「……なんの話よ。印税に対する私の取り分とか?」

「んんっ。そういう現実的かつ具体的な話ではなく、なぜ、書こうと思ったのか。そういう事情を聞いてあげてほしいのです」

「むぅ」


 癇癪を起こした幼子を諭す母のような雰囲気で、とつとつと言葉を重ねるリリアーナ。


 不満そうな雫に、慈しみの表情で言う。


「雫にとっては恥ずかしいだけのことかもしれません。ですが、あの物語が人々の心を楽しませ、復興の活力になっているのもまた事実なのです」

「……そう、ね。納得はし難いけれど……楽しんでいる読者さん達にも、あの子供達にも罪はないものね……」

「ええっ! そうです! 雫なら分かってくれると信じていましたよ!」

「もう、リリィったら……分かったわ。分かりました! 私も、ちょっと過剰反応しすぎたわ」


 過去再生はやっぱり嫌だけど、観光の足を止めてしまってごめんなさい、と正気を取り戻した雫がハジメ達に頭を下げる。


「俺も不意打ちで黒歴史を開帳しようとしたのは悪かったよ」

「そこは……うん。拒否を予想してても、一応、説得する気くらいは見せてちょうだい」

「……ふん。そんなこと言って、香織がオルクス大迷宮の前で告白した時、香織のことをちゃんと見てほしいからって、ハジメを題材にした厨二小説を書いて流布してやると脅したのはどこの誰?」

「ユ、ユエ!?」


 復活したユエ様が、不機嫌そうな表情で言った。シア達が「あっ」と思い出す。他にも、勇者パーティーの影響力を使って、ハジメの厨二的な二つ名を広めてやる……とかなんとか脅していた、と。


「ママ、ママ、ミュウ知ってるの」

「? 何を?」

「こういうの、〝同じ穴のムジナ〟って言うの!」

「!!?」


 雫が再びしゃがみ込んでしまった。ポニーテールを顔に巻き巻き。実際にはやる気はなかったとはいえ、完全に自分のことを棚に上げていたと、今度は別の意味で羞恥心に襲われる。


 一部、厨二的黒歴史を持つ者達が、発想のえげつなさに戦慄の眼差しを雫へと向ける中、リリアーナが空気を変えるように柏手を二つ、パンッパンッと。


「さぁ、皆さん! 時間は有限ですよ! トレイシー殿下、私、再建中の闘技場を見てみたいです!」

「今日は何も催しがありませんけれど、それでもよろしくって?」

「もちろん!」


 この場所、この話題から離れられるなら! という副音声が聞こえたのは、果たして気のせいか。


 ハジメが何かに気が付いた様子でリリアーナにジト目を向けるが……やぶ蛇で観光時間が減るのを考慮して、肩を竦める。


 トレイシーの先導に従って路地を出て行く一行。


 そんな中、ごく自然と最後尾についたリリアーナは、路地を抜ける手前で……


「……許してくださいね、雫。王国は、お金を必要としているのです。売り上げはきちんと、復興資金に使われていますから!」


 なんてことを、冷や汗を拭いながら呟いたのだった。


 そう、大人気作家の正体はリリアーナ。


 かつて、雫からハジメに対する脅しの内容を聞いていたことから、復興資金充填のため、帝国から王国へ金を流す一つの手段として親友の黒歴史を商品に仕立て上げたのだ。


 親友のえげつない発想と、恋人の悪辣な手段をしっかりと吸収していた王女様は……


 曲がり角を曲がっていくハジメ達の背を見つつ、フッと黒い笑みを浮かべたのだった。


 小さな仮面ピンク達に見られているとも知らずに。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


※ネタ紹介

・嘘だ!!

 ⇒ひぐらしのあの方です。疑心暗鬼は恐ろしい……

・窓に! 窓に!

 ⇒クトゥルフより

・商売のためなら手段を選ばないリリアーナ姫

 ⇒香織達のグッズ販売を無許可でしている前科あり(書籍版10巻のドラマCDより)

※この場合、「またリリィか」と流石に香織達も気が付くはずなので、ドラマCDの内容を知っている方は別時空と捉えていただければ助かります。





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― 新着の感想 ―
仮面ピンクの無限増殖………。 彼女は気づけば後ろに、そばにいるのかも知れない。
[一言] 仮面ピンクこわっ!!増殖し続けてんね!
[気になる点] 仮面ピンクの〇〇シリーズ 憂鬱 暴走って元ネタハルヒじゃ・・・ 元ネタ紹介の一覧にないけど
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