表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅣ
377/541

魔王&勇者編 VSマザー 下




 マザーによるチェックメイトの宣告。


 直後に降り注いだのは鉄色の雨だった。莫大な流体金属の波しぶきからピンボールサイズの大きな雨粒が生み出され、それがスコールのように降り注ぐ。


「嫌な予感しかしねぇ!」

「避けきるのは無理だ! 南雲、俺の足下に!」


 光輝が大剣を頭上に掲げ、一瞬にして最高速度で回転させる。剣を以て巨大なラウンドシールドと成す王国騎士剣術の防御技〝砦輪(さいりん)〟だ。


 ハジメは、その光輝が創り出した回転盾の下へ潜り込みつつ、ドンナーの銃口を上へと向けた。極度の集中が〝瞬光〟の知覚拡大能力を最大まで高め、回転盾をスローモーションで捉える。


 指先が霞むような速度で引き金が引かれた。その回数、六回。一発の例外もなく回転盾の内から外へ、刹那のタイミングをすり抜け天へと昇る。


 六発の弾丸は狙い違わず、それぞれ別の雨粒へと直撃。途端、六つの衝撃波が迸った。


 魔力衝撃波を放つ特殊弾――バースト・ブレット。


 もちろん、この魔力を拒絶する世界では大した破壊力は見込めない。とはいえ、巨石すら木っ端微塵にできる衝撃を、連続で三度放てる弾丸である。範囲も威力も悲しいほどに減衰するとはいえ、周囲の雨粒の軌道をずらすくらいなら問題ない。


 放射状に合計十八回、小さな紅い波紋が空間に波打てば、直撃コースのスコールは小雨程度に変化した。


 大剣のラウンドシールドにバラバラと、そして周囲にドッと鉄色の雨が到達。


 直後、耳をつんざく爆音と意識を攪拌するような衝撃が無差別に撒き散らされた。


「クラスター爆弾かよっ」

「ぐぅっ」


 鉄橋で守られた足下以外、全方位から襲い来る衝撃。一つ一つの爆発力はそれほどでもないが、いかんせん数が数だ。まさに無数の衝撃波による圧殺というべき数の暴力。


 直撃はないので致命傷を負うようなことはない。だが、負傷した体にはダメージが着実に蓄積され、何より、この場に釘付けにされたのが痛い。


 天が瞬いた。それを知覚した瞬間、


「くそったれ!」

「南雲!?」


 ハジメは、歯を食いしばって爆撃の雨に耐える光輝へ足払いをかけた。


 完全な不意打ちで転倒した光輝と上下の位置を入れ替えるように立ち上がったハジメに、雷速の鉄槌が直撃した。


「――ッ」


 悲鳴もあげられない。ドンナーとシュラークを盾のように(かざ)したとはいえ、落雷の直撃を受けたのだ。常人ならば、よほどの奇跡でも起きない限り即死である。


 もちろん、ハジメがそう素直に死んでやるわけもなく、その体には全体を覆うように真紅のスパークが纏わり付いていた。


 〝纏雷〟だ。咄嗟に自前の雷を纏うことで体の表面に落雷を滑らせ、指向性を持たせて鉄橋に流したのである。


 魔力霧散効果のせいで十全とはいかず、また衝撃そのものは流せたわけでもないので硬直状態は免れず、僅かに肉が焼けるような臭いと共に白煙を漂わせる。


 また流す方向もコントロールしきれず光輝も少し感電したようだが、ハジメに比べればダメージなどないに等しい。


 故に、直ぐさま跳ねるように起き上がって、伸長する聖剣でマザーを貫いてやろうと構えるが……


 視界の端に、鉄色の壁が映って息を呑む。いつの間にか、視界一面を覆うほどの流体金属が迫っていた。


「くそっ」


 規模が大きすぎた。先程までマザーが纏っていた流体金属の龍とは比べものにならない。あの統合天機兵のオーバーフロー状態とほぼ同じ。決壊したダムから噴き出した大瀑布の如き水流を前にした心境だ。


 光輝が咄嗟にできたのは、ダメージで立ち往生しているハジメを蹴り飛ばすことだけだった。


 ハジメが鉄橋の上から弾かれるように消えた直後、大剣を盾にした光輝に凄絶な衝撃が襲いかかった。


「ぐぅうううっ」


 弾くのも逸らすのも不可能。光輝の体は容易くさらわれ、強烈な圧力を前に逃げることもできない。歯を食いしばりながら、ただ耐える。


「死になさい」


 するりと、気持ち悪いほど滑らかに侵入したマザーの声。そのマザーの突き出された手が、何かを握り潰すように閉じられたのを視界の端に捉えた瞬間、光輝の直感がけたたましく死の危険を訴えた。


「――ッ、〝聖絶〟ッッ!!」


 魔力が一瞬でごっそり消費された感覚に意識が揺れる。


 最上級の結界は、かつて砂漠の世界で都市一つを丸ごと覆ったとは思えないほど小さく、身を縮めた光輝を辛うじて囲むので精一杯の有様。絶対の聖域という名を冠するとは思えないほど弱々しく、効果も一瞬。


 しかし、その一瞬の防御が、光輝の命を繋ぎ止めた。


 光輝を呑み込まんとしていた鉄色の激流が巨人の手のように広がった瞬間、その内側へアイアンメイデンの如き円錐の棘を生やしたのだ。


 輝く障壁が辛うじて棘を防ぎ、しかし、幾つか貫通して光輝の手足に先端を埋める。


 と、そこへ剛速球で飛んできた黒い物体が、流体金属に呑み込まれた。かと思えば次の瞬間、流体金属が内側から破裂したかのように弾け飛んだ。


 血飛沫を上げながら空中に放り出された光輝は、先程とは別の鉄橋の上で投擲の残心を見せているハジメを見た。おそらく、手榴弾を投げ込んで激流を一時的に吹き飛ばしてくれたのだろう。


 もちろん、激流がもたらした膨大な運動エネルギーまで霧散することはない。激流の檻から解放された光輝は慣性の法則に従って吹き飛び、そのまま背後の壁に叩き付けられた。カハッと息が漏れ出し、衝撃で視界がチカチカと明滅する。


「天之河! 鉄橋を上手く使え!」

「簡単に言ってくれるよ!」


 と言いつつも、二人同時に飛び込むようにして鉄橋の下へ。刹那、二人が一瞬前までいた場所に、細い槍のような落雷が突き刺さった。狙撃の如きピンポイント雷撃なのは、ある意味、不幸中の幸いというべきか。


 追うようにして降り注いだクラスター爆弾の雨が爆風を迸らせるが、雷撃共々、頑丈な鉄橋自体が盾となって、どうにか二人を死の暴威から逃れさせる。


 とはいえ、流体金属の激流には全く無意味。


 三方向からの激流がハジメを襲った。逃げ場がない。大質量の高波が、まるでプレス機の如くハジメを圧殺しにかかる。


「おぉおおおっ!!」


 雄叫びを上げたのは光輝。


 衝撃と圧力で血反吐を吐くハジメを救うべく、激流の一本に大剣を叩き付けて吹き飛ばす。


「ッ、天之河! 後ろだ!」

「――しまっ」


 ハジメを助けた代償に、レールガンの一撃が光輝の背後を突いた。空中で辛うじて身を捻るも脇腹を抉られてしまう。


 そのまま錐揉みするように落下する光輝は、まさに死に体。


「くそったれっ」


 直感に従ってハジメは光輝の直上へ跳んだ。案の定、雷の狙撃がハジメに突き刺さる。〝纏雷〟と鉄橋に固定したワイヤーアンカーをアース代わりに受け流すも、やはり完全とはいかず、レッドゾーンに突入した魔力残量も合わさって意識が一瞬飛んだ。


「こん、じょうっ、見せろ、天之河!」

「言われなくともっ」


 それでも、唇を噛み切った痛みで無理やり意識を繋ぎ、片手で光輝をキャッチしたハジメは膂力任せに光輝をぶん投げた。


 狙いはマザー。空中で姿勢を制御し、大剣を脇構えにした光輝の直ぐ横を、六発の弾丸が追い越す。


 進路上に降り注いでいたクラスター爆弾の雨を、最後のバースト・ブレットで吹き飛ばし道を切り開いたのだ。


 だが、やはり、


「……無様なことです」


 振り抜かれた大剣が伸びる。斬馬刀すら可愛く思える巨大な剣の薙ぎ払い。しかし、それがマザーに届くことはなく、その前に激流が光輝を呑み込んだ。


 同時に、ワイヤーの遠心力で宙を移動し鉄橋に着地しようとしたハジメも、流体金属が傘のように覆い被さり呑み込まれてしまった。


 まるで、龍が顎門に捉えた獲物を振り回すように激流がのたうち、吐き出された二人は遠心力に従って宙を飛んだ。


 ハジメは中央のエネルギータワーに、光輝は鉄橋に、それぞれ叩き付けられうつ伏せに倒れ込む。


 圧壊攻撃とダメ押しのアイアンメイデンにより、二人揃って血塗れ状態。カハッと呼気を漏らせば、ビチャビチャとおびただしい量の血が吐き出される。


 近づけない。


 火力も足りない。


 マザーに届かない。


 まさに神を前にした人間というべきか。圧倒的な暴威を前に、為す術がない。


「だからって、諦めてたまるかっ」


 勇者の心を以て、何度でも立ち上がる。大剣を肩に担ぎ、鋼鉄の意志を瞳に乗せて、光輝はマザーを睨み付けた。


 視界の端に、四つん這いで血を吐くハジメが見える。光輝よりも遙かに強靱な肉体を持っているとはいえ、魔力ギプス(戦鬼)のような体が壊れても戦い続けられるような技能は持っていない。


 ならば、自分がもっと前に出なければと、光輝は奮い立つ。


 マザーの嘲笑や、哀れみすら見える見下しの視線に相対する。


「人間というものは、やはり哀れな存在ですね。無駄を理解せず、無意味に庇い合う。その行動パターンは実に分かりやすい」

「見下せるのも今のうちだ」


 ハジメが立ち上がれるまでの時間を稼ぐ。そう決意して踏み込む光輝。


 そんな光輝を、マザーは激流を操って両サイドからプレスしてやろうと鼻で嗤って――


「あ~、もう面倒くせぇ」


 真紅の閃光が空を切り裂いた。光輝の真後ろから。


「い゛!?」


 焦ったのは光輝だ。まるでエガリ&ノガリみたいな声を漏らして、直前に感じた殺気と本能が鳴らす警鐘に全力で従い身を捻る。


 その脇の下を掠めるようにして電磁加速された弾丸が、


「ッ!?」


 マザーの頬を掠めた。


 小さな傷だ。流体金属の外装が少し剥がれた程度で、直ぐに補充されて元通りになった。


 だが、初めて入った一撃だ。完全に行動パターンを解析していたはずのマザーに。


 理由は二つ。一つは、弾丸が空中で曲がったため。


――特殊弾 リビング・ブレット


 自力で軌道を曲げて障害を通り抜け目標を穿つ、意志ある弾丸。流体金属の盾と力場の盾を持つマザーだが、今まで一度も範囲的に防御したことはない。全て、見せつけるかのようにピンポイント防御だった。


 それが裏目に出て、マザーの認識を超える軌道での攻撃に対応しきれなかったのだ。


 だが、その特殊弾への驚愕など、今のマザーには些細なこと。


「お前、今、仲間を――」

「おまっ、今、俺ごと殺ろうとしただろ!? 何考えてるんだ!」


 マザーの声に被せて怒声を上げたのは、信じられない! みたいな顔をした光輝だった。上手く別の鉄橋に着地したようだが、その額からは冷や汗が噴き出ている。


 ハジメはペッと血を吐きつつ、イラついたような表情で言った。


「よくよく考えると、なんで俺がお前を庇わなきゃいけないんだと思って」

「こ、こんの魔王めーーーーっ」


 勇者の抗議なんて知らんと、ハジメは銃撃を再開。


 曲がる弾丸に警戒して防御範囲を広げたマザーが、僅かに目を細めながら激流を放つ。


 両サイドから迫った激流を飛び越えて、エネルギータワーの上部に着地したハジメは直ぐに飛び上がり、シュラークで牽制しつつ、後一発しか撃てないだろうレールガンのチャージをして――


「疾っ!!」

「うおっ!?」


 殺気に気づいて慌てて中断。義手の肘に備え付けられたショットガンの激発を利用して、強制的に落下する。


 その頭上すれすれを、尋常ならざる斬撃が走った。


「ッ!! お前までっ」


 驚愕の声を漏らしたのはマザーだった。本気モードになって以降、初めての回避行動に出る。慌てた様子でリンボーダンスのように仰け反ったのだ。


 弾丸を防ぐための防御陣。その隙をぬるりとすり抜けるような斬撃のせいで反応が僅かに遅れた結果、マザーの額が前髪ごと一文字に切り裂かれる。


「よくもっ――」

「天之河ぁっ」

「文句を言われる筋合いはないねっ」


 今度は光輝が、ハジメごとマザーを両断しにかかったらしい。


「勇者のすることじゃねぇだろ!」

「先にやったのはお前だろ! 魔王の称号が免罪符になると思うなよ!」


 あろうことか、落下するハジメと飛び上がっていた光輝が空中で交差する寸前に、お互いへ怒りの拳を繰り出した。クロスカウンターが決まって両者ぶっ飛ぶ。


 刹那、その二人の間に落雷の狙撃が迸った。本来なら当たったはずのそれは、虚しく空気を焦がすのみ。


「勇者なら回避できる。そう信じて引き金を引いたんだよ!」

「こんの大嘘つきめっ!」

「おいおい、いつからそんなに人を疑うようになったんだ? お前、すっかり変わっちまったなぁ」

「どの口でっ。さっき思いっきり〝面倒〟とか〝なんで庇わなきゃいけない〟とか言ってただろうがっ! この外道!」


 光輝がクラスター爆弾から逃げる。さりげなくハジメの下方を取って盾にしながら。


 ハジメが回避に徹する。追いかけてくる激流を、さりげなく光輝の方へ誘導しながら。


 光輝が雷撃を受けて白眼を剝けば、その光輝の顔面を踏み台にして跳躍方向を変えたハジメの銃撃がマザーを襲う。


 かと思えば、意識を取り戻した光輝が青筋を浮かべながら、またもハジメごと斬りかかり、ハジメがその斬撃を受け流せば、それが思わぬ軌跡を描いてマザーを襲う。


 辛うじて回避するも、背後の機械翼までは回避しきれず二枚同時に両断された。


「お前達っ、さっきから何を――」

「死ねっ、天之河ぁっ」

「本性を現わしたなっ、南雲ぉっ」


 遂にはマザーではなく、普通に光輝を狙って銃撃するハジメ。放たれた弾丸を、光輝は怒声を上げて受け流す。


 そうすれば、逸らされた弾丸のうち何発かがマザーを襲った。全ての弾丸が自分へ向かってきたならまだ冷静に対処できたのだろうが、見た目は偶然の流れ弾。


 流石にマザー自身が被弾するような間抜けなことにはならなかったが、まったく意識にないめちゃくちゃな偶発的攻撃に反応は遅れ、またも機械翼が撃墜される。


「未知の行動パターン……再解析を――」

「五分だっ。五分でまずお前を片付けてやんよぉ!」

「やれるもんならやって――ぎゃぁーーーっ!?」


 襲い来る激流に向かって蹴り飛ばされた光輝が、その激流に衝突してピンボールのようにマザーへと跳ね飛んでいく。


 解析を一時中断し、死に体の光輝を取り敢えず殺そうと激流を槍のようにして迎える。


「し、死んでたまるかぁーーー!!」


 突き出した聖剣が伸び、勢いよく鉄橋に突き刺さった。それを棒高跳びの棒のように利用して、光輝が進路をずらす。


 直後、その体を掠めるようにして十二発の弾丸が飛来。激流を掠めるようにして微妙に軌道を曲げながら進んで抜けると、目を見開いたマザーの前で互いに衝突し、軌道を更に鋭角に曲げた。


 半数以上を力場と外装皮膚の変形で叩き落としたマザーだったが、


「ぐっ!?」


 眼前で変化した弾丸全てには対応しきれず、残りの機械翼の外、体にもヒットを許してしまった。


 大きなダメージはない。機械翼はともかく、マザー本体は流体金属の補充で無傷だ。


 だがしかし、見下していた二人に、圧倒的な力でねじ伏せようとしていた相手に、一矢どころか何矢も報いられた事実に、凄まじい屈辱感に襲われる。


「この私を前に……仲間割れですか? 私を無視して? ふふっ、流石は人間。なんと醜く愚かなのでしょう」


 解析再開。無視という侮辱に、マザーは実に人間らしく目元を引き攣らせ、その機械の瞳に憤怒を宿した。そして、


「楽には死なせませんよ?」


 またも飛んできた流れ弾を素手でキャッチし、激しく帯電して、今度は自ら闘争の中へ身を投じたのだった。




 そうして、五分に届かず、1ラウンドほどの時間が経った時。




 ハジメの宣言通り、光輝は瀕死というべき状態で鉄橋の上に横たわっていた。


 ただし、それを成したのはハジメではなかった。当のハジメもまた、光輝の近くでうつ伏せに倒れている。その原因は、


「……本当に、どこまで愚かなのでしょう。まさか仲間割れで力尽きるとは」


 呆れたように、あるいは腹立たしそうに呟くマザーの言葉通り、二人が力尽きた一番の原因は魔力枯渇だった。


 そう、とうとう〝限界突破〟のタイムリミットを迎えてしまったのだ。


 もちろん、流体金属の高波や落雷の狙撃、クラスター爆弾の雨にマザー本人の近接戦闘が加わって満身創痍状態にはされたのだが、辛うじて致命傷だけは避けきったのである。


 マザーの呆れも、そしてそれ以上に〝仕留めきれなかった〟という腹立たしさも無理からぬことと言える。


 呻き声を上げ、血を滴らせながら、ハジメがどうにか立ち上がる。だが、その足は極度の疲労で震え、相棒たるドンナー&シュラークもどこかに吹き飛ばされて手元にはない。


 光輝は、聖剣こそ手放してはいないものの、〝戦鬼〟の効果なくば立ち上がることもできず、その聖剣も弱々しく明滅している有様。意識だけは繋いでいるようだが、顔を上げて睨むので精一杯だ。


 対するマザーは、機械翼こそないものの流体金属の濁流はそのまま。スパークしながら浮く姿には傷らしい傷もなく、天に轟く雷雲はいささかの衰えもなく稲光を発している。


「まぁ、いいでしょう。特異な力を持っていようと所詮は人間。これが限界。いい加減、理解もできたのでは? 私とお前達の、埋めようのない格の差というものを」


 マザーの顔に浮かぶ嘲笑が、「これでもまだ軽口を叩けるか?」と問うているのがよく分かる。


 なるほど。確かに、今の光景は、神と人の隔絶した差というものを知らしめているかのようだった。


 魔力は底を尽き、体は満身創痍で……


 しかし、


「はははっ」


 万策はまだ、尽きていない。そう言いたげに、ハジメの笑い声が響いた。マザーの顔が面白いほどに歪む。


「何がおかしいのですか?」

「いやなに、神気取りってのは、誰も彼も同じようなセリフを吐きやがるなぁってよ。セリフのパターンが実に分かりやすい」

「……」

「南雲、そう言ってやるなよ。所詮は〝気取り〟なんだ。俗物なのは仕方ないさ」


 二人して血反吐を吐きながらも、なお放たれる軽口。それも、まるで先程までのマザーのセリフを揶揄するかのような返し。殺し合いじみた足の引っ張り合いをしていたのが、まるで嘘のよう。


 ハジメはドンナーの代わりに、手を指鉄砲の形にしてマザーに突き付けた。言葉と共に、不敵に笑って。


「お前、ただ調子に乗ってるだけの人間に見えるぞ?」


 ダンッと流体金属の細い槍が突き立った。ハジメの足に。痛みを増幅させるためか、ドリルのように回転して傷口を抉る。血が噴き出し、ハジメが片膝を突いた。


「もしや、まだ希望を持っているのですか?」


 抑揚のない声音だった。顔も、機械生命体らしい能面のような顔だった。だがそれは、どうにか平静を保とうとしているが故だと、ハジメにも光輝にも看破できるもので、だからこそ二人の表情から不敵さは消えない。


「……一人、召喚装置の元へ送りましたね。もしや、新たな仲間を呼び込むつもりでしたか?」

「いや? 仲間を呼び出す必要性がどこにあるんだ? お前は、俺達が殺すと言っただろう」


 脂汗を滲ませながらも飄々とした雰囲気で答えるハジメ。


「残念ながら苦戦しているようですよ。存在感の強弱を操れる異能持ちとはいえ、あれほど暴れられれば捉え損ねることなどありえません。そして、捉えてしまえば、お前達ほど脅威ではない」


 希望を削ぐように、懇切丁寧に説明するマザー。よほど、ハジメ達が絶望して心くじける瞬間を堪能したいらしい。


「ああ、良いことを思いつきました。私自ら、ご同胞を召喚して差し上げましょう。もちろん、今度は騙るようなことはせず、最初からあらゆる枷をすることになりますが。さて、そんな同胞を抱えて、お前達は――」

「見下す相手には、本当に饒舌になるよね。やっぱり人間らしいよ。それも、三流の悪役だ」


 光輝の言葉に、マザーが口を噤んだ。再度口を開く前に、今度はハジメが自信に満ちた声音を響かせる。


「遠藤が俺達ほどじゃない? 馬鹿言え。ある意味、一番やべぇ奴だぞ?」


 何せ、天然の異能持ちで、魔王の右腕にして、さりげなく人類最強格な地球のヒーローだ。


 そこに、今は魔王の配下を二体もつけている。


 ならば、


「あいつが、任せた仕事をしくじるかよ」

「馬鹿な。実際に彼は――」


 絶大な信頼を乗せた言葉に、咄嗟に反論しようとして、しかし、またもマザーの言葉は止まった。虚空に視線を向け、愕然としたように。


 それだけで察することができる。きっと、この瞬間、浩介達は仕事を完遂したのだと。


「……ん? ノガリの存在感が……消えた?」

「おい、南雲。不吉なこと言うなよ」

「遠藤の存在感も……消えた?」

「それはいつものことだ」


 なんて軽口への対応は、天に座す雷雲が発する強烈な稲光だった。雷雲そのものが激しくスパークしている。なのに、あれほど鳴っていた雷雲内での雷鳴がどんどん消えていく。


「なるほど……この私を謀りましたか。下等な生物が、上位の存在である私を」


 黒々とした雲の中で尋常ならざる電荷が蓄積されているのが、なんとなく察せられた。それはまるで、宇宙戦艦が主砲を放つのにエネルギーを集束しているかのようで、同時に憤怒が発露する寸前のようでもあり……


 しかし、ハジメと光輝は止めの一撃を前に、やはり不敵に笑って、


「いいや? お前が間抜けなだけだ」

「忘れていたろ? 彼女の存在を」


 目を眇め、けれど、もう軽口も戯れ言もうんざりだと切って捨てて、マザーは手を振りかぶった。暗雲が輝いたかのように錯覚した直後、その死刑執行を示す手は無言のままに振り下ろされた。


 視界が真白に染まる。音も消える。先程までの狙撃のような落雷が、まるで子供だましと思える極大の雷撃。逃げ場などなく、それはまさに神威の一撃……


 だが、マザーは確かに聞いていた。手を振り下ろす寸前、不快で堪らない不敵な笑みを浮かべるハジメが、この期に及んでなお絶望などせず、それどころか、


「反撃の時間だ。――G10ッ!!」


 などと叫んだのを。


 極大の雷撃がハジメ達を呑み込む。少し遅れて、コルトラン全体を揺るがすような雷鳴が轟いた。おそらく、内部秘匿のためしっかりした防音性能を誇る雲上界の設備内においても、隅々まで響いただろう暴力的な轟音だった。


 そうして、雷鳴がいんいんと余韻を残し、閃光が虚空に溶け込むようにして消えた後には――


「ありえない……」


 ニィッと凶悪に弧を描く口元が見えた。


 虚空に浮く、四つの十字架の内側に。


――クロス・ヴェルト 空間遮断式四点結界


 ハジメの手には、激しくスパークする宝珠――〝エレマギア〟が握られていた。


 そして、その横には並び立つように浮遊するものが。ガラクタと見紛う見窄らしい姿なのに、そのモノアイに宿る輝きは気圧されるほどに強い。


 そう、


「お前っ、――G10!!」

「はい、マザー。お前を打倒する、最後の兵士です」


 初っ端でハジメが落とし、今の今まで地の底に落ちていたはずのG10が、そこにいた。


 光輝がかわせた初撃をハジメがかわし損ねるはずなどなく、落としたのは予定通り。浮力すらも失っていたのもブラフであり、マザーとの会話もG10が電力供給のコンソールをスキャンするための時間稼ぎ。


 もっと言えば、今までの戦いも全て、G10がエレマギアに蓄電するための時間稼ぎだ。


 あの五分というのは、〝あと五分で予定していた蓄電時間が終わる〟という意味だったのだ。


「よくやった、G10」

「恐縮です」


 マザーには、何が起きているのか分からない。


 電力を魔力に変換する機構など知るはずもなく、しかし、〝脅威〟と認定せざるを得なかった敵が急速に力を取り戻していることだけは、そして、それを成したのがゴミ同然に思っていたG10であることだけが理解できた。


「この死に損ないがっ」


 極大の雷が再び。ズドンッと砲撃のような、あるいは地響きのような轟音を引き連れて、破壊的な雷撃が襲いかかる。


 しかし、


「ほれ、天之河。さっさと立て」

「……もう少し優しくなってもバチは当たらないよ?」


 落雷というものは刹那な攻撃であるから、空間遮断結界も刹那で済む。故に、静電気一筋すら通らず。


 後頭部にゴリゴリと固い宝珠を押しつけられ、ゴリゴリと固い床に顔面を押しつけられている光輝が青筋を浮かべながらも、流れ込んでくる膨大な魔力で再度〝戦鬼〟を発動。限界突破の後遺症で体の芯に感じる酷い倦怠感は、根性でねじ伏せ立ち上がる。


 極大の雷撃が、狂ったように連続して落ちてきた。大気と一緒にコルトランが震える。


 絶縁処理が優秀なのか設備自体にはダメージはないようだが、きっと上界以下全ての民が、何度も轟く雷鳴と、雲上界を覆う雲越しに見えるだろう強烈な閃光に戦慄しているに違いない。


「空間干渉による防壁っ、これほど強力なものを、どこにっ」


 マザーの顔が歪む。G10が保有していたのはなけなしの空間歪曲爆弾のみのはずで、今まで、これほど強力な空間干渉技術は一度も出ていないのだから無理もない。


 神威の具現たる極大雷撃をものともせず、光輝は立ち上がった。


 ハジメもまた、大腿部を貫き鉄橋に縫い止めていた槍が空間遮断結界で断ち切れたのをいいことに、さっさと引き抜いて立ち上がる。


 言いようのない焦りが、初めてマザーの胸中に膨れ上がった。


 大海の如き流体金属を全て、全方位から送り込む。焦りを感じながらも、マザーの解析能力は四点結界の持続性に欠点を見い出した。終わりなき圧殺と内側への刺突の方が有効であると。


「蹴散らせ、グリム共」


 掲げたハジメの手が、その指にはめられた魔王の宝物庫が鮮やかに輝いた。計算のもと割り出した十分近い時間稼ぎで蓄積した電力が、計算通りかつ膨大な魔力を消費して機械仕掛けの死神を召喚する。


「その指輪っ、なっ、それは――機兵!?」


 マザーが驚愕の声を上げる。その視線の先では、ハジメ達の三方を守るように三体の大きな亀が出現していた。


――グリムリーパー モデル・グリムタートル


 拠点防衛、固定砲台を主目的としたグリムリーパーだ。ずんぐりとした巨体の中には、グリムリーパー最大量の火力を搭載している。


 故に、甲羅各部から出現した笑えるほど大量のロケット&ミサイルは、圧倒的火力を以て押し寄せる流体金属を吹き飛ばした。


 爆炎と衝撃波の大嵐がハジメ達の周囲で荒れ狂う。


 もちろん、流体金属は吹き飛んだだけで消滅したわけではなく、弾けた直後にはマザーの制御で集まり、再度、高波となって襲い来るが……時間稼ぎには十分だ。


「限界突破……」

「限界突破……」


 雷鳴と爆音の狭間で、嫌によく響いた声。マザーがハッとした時には既に遅く。


「――〝覇潰〟ッ」

「――〝覇潰〟!!」


 感じる圧力が先程までの比ではなかった。まだ上がるのかと、マザーの表情にとうとう戦慄が走った。


 その動揺が、致命的な隙を生んだ。


「――〝身体強化〟〝光属性強化〟〝集中強化〟、〝光刃〟ッ」


 光輝に静謐に落ちた〝無念有想〟の眼光がマザーを捉えていた。


 マザーを照準するように左手が突き出され、その左手に刀モードの聖剣が添えられている。それはあたかも、弓を引き絞ったかのような体勢で、そこから放たれるは――


「――〝真穿(しんうが)ち〟ッ」


 体術による遠近感操作などを用いた三段突きの技――〝霞穿(かすみうが)ち〟。その上位にして奥義たる技は、ただ一度の〝突き〟に全ての技法を込めるが故に、八重樫流刀術における〝真〟の〝突き〟にして、必ず〝心臓(しん)〟を穿つと言わしめる必殺の〝突き〟だ。


 捉え難いその奥義に、爆発的にスペックを上げた剣聖の技と間合いを無視する相棒の能力が合わされば、隙を見せ、防御のベールを全て攻撃に回してしまったマザーを貫くに、


「っ!?」


 容易い。聖剣が、遂にマザーを完全に捉えた。腹のど真ん中を穿ち、背後にまで突き抜けている。直ぐに引き抜こうとしたマザーだったが、それも叶わず。


「聖剣! 頼む!!」


 相棒に応えて、聖剣が輝く。マザーを貫いたまま形を変える。そう、相棒を串刺しにしてくれた意趣返しの如く、その刀身から無数の棘を生み出してマザーを体内から固定したのだ。


 そこへ、間髪入れず飛んだのは両サイドに水晶のような(すい)のついたワイヤー――空間固定方拘束具〝ボーラ〟だった。空間固定の力は霧散しても、その強靱なワイヤーが巻き付けば、僅かな間マザーの動きを阻害するには十分。


「マザー、終わりです。お前の支配欲も、この二百年でもう十分に満たされたでしょう?」

「ふざけるなっ、G10! 楽園は終わらない! 未来永劫、全て私のもの!」


 もはや、当初の余裕ある澄まし顔など欠片もない。どこまでも俗物的な、醜い人間の顔がそこにはあった。だから、最後まで醜い手を打つ。


「そう、全て私のもの! お前達が守ろうとした者達も、私の所有物です!」


 鉄橋の先にある、一つの扉が開いた。そこから出てきた者達に、聖剣での拘束に集中していた光輝が目を見開いた。


「ジャスパーッ!! みんなっ」

「そんなっ」


 光輝とG10の声が響く。天機兵の流体金属に捕らえられたジャスパー達が、壮絶な光景に目を見開いている。どうやら、隠れ家を突き止められたらしい。


「召喚装置の破壊っ、本当は人質が有効なのでしょう!? さぁ、選びなさい! 守るべきを殺すか、私の前に跪くか!!」


 口元ごと拘束されているリスティが、ハッとしたようにハジメを見た。その瞳に涙が溜まっていく。


 天機兵に捕らえられたこと自体、耐え難いほど恐ろしかったはずなのに、それでも泣いていなかった幼子が、ハジメの危機に、それをもたらしたのが自分であることに泣きそうになっている。


 まったく、本当に、うちの子によく似ている……


 なんて内心で呟いて、しかし、実際に口から放ったのはマザーへの嘲弄だった。


「そんなだから、お前は所詮、神〝気取り〟なんだよ」


 マザーの顔が憤怒に歪み、変形した流体金属の槍がリスティを貫く……という、その寸前、


「遠藤!!」

「応よ!!」

「イ゛ィ゛!!」


 小太刀が、天機兵の背後から突き立った。


 完全なる不意打ち。防御なんて欠片もできない。ずぶりっと抵抗なく、機械の蜘蛛が脚差す先へ寸分違わず入り込んだ小太刀は、見事にピンポイントで核を貫き、天機兵をただのヘドロに変えてしまった。


 斥候が領分なら、暗殺こそが本領。そう言わんばかりに、いつの間にかそこにいた浩介の手によって。


「俺、参上! なんちゃって」

「イ゛ィ゛!」

「なっ、いつの間に監視網を――」


 その疑問の答えを聞く時間は与えられなかった。


 ゴウッと光が迸った。


 それは、魔力霧散効果の中で十全の破壊力を出すために、練りに練り上げた魔力の光。


 魔王の真紅と、勇者の純白が螺旋を描いて天を衝く。解析機能に無数のエラーが発生するほどの凄絶なプレッシャーが、世界の法則に真っ向から喧嘩を売る!


 その中で、万感の想いの宿った声が、りんと響いた。


「ハジメ様、光輝様。どうか、偽りの楽園に終焉を」


 応える声もまた、


「こいよ――」

「いくぞ――」


 りんと響く。


「――〝バルス〟」

「――〝極大〟」


 魔王の眼がギラギラと凶悪に輝く。圧倒的な殺意を宿して。


 勇者の眼がしんと静寂を湛える。圧倒的な決意を宿して。


「――〝ヒュベリオン〟ッ」

「――〝神威〟!!」


 虚空に出現した超大型兵器――太陽光集束レーザー〝バルス・ヒュベリオン〟が、暗き世界を太陽の閃光で蹂躙する。


 光属性最上級攻撃魔法〝神威〟が、二百年の絶望をファンタジーの輝きで以て希望に塗り替える。


 破滅的な二条の光が、マザーを呑み込んだ。


「こんなっ、またお前が!! G10っ、お前が、私の楽園に異物をっ」


 流体金属が、力場が、外装が、雷が、マザーを守ろうと集う。その中で、途切れ途切れにマザーの怨嗟が木霊する。


「いいえ、マザー。異物は、私達です」

「戯言をっ」


 流体金属が四散する。力場の範囲外らしい下半身が消滅していく。雷の制御ができなくなり、落雷が止まる。


 この世界の悲劇をもたらしたマザーの滅びゆく姿を見上げ、G10は今、何を思うのか。


「私達は、生まれてくるべきではなかったのです」


 もはや返答はない。


 代わりに、


「ァアアアアアアアッ!!!」

「おぉおおおおおおっ!!!」

「はぁああああああっ!!!」


 最後の抵抗をするマザーの絶叫と、魔王と勇者の雄叫びが響き渡り、そして、


「これでっ」

「終わりだっ!!」


 二条の極光が天を貫いた。


 マザーは消滅し、雷雲に穴が空き、凄絶な衝撃波が波紋を打つように円状に広がっていく。


 ジャスパーとミンディが子供達を庇うようにして身を伏せ、その前で浩介が肩上のエガリを掴みながら、もう片方の腕で顔を覆っている。


 そうして、コルトランの空を貫いた極光は、長きに渡って光を奪っていた暗雲をも、今――


「……あぁ、なんて……なんて綺麗なんだ……」

「ふわぁ~」


 払い除けた。まばゆい、本当の陽の光が燦々と世界を照らす。


 それを見上げるジャスパーの目元から静かに涙の雫が流れ落ち、リスティが心を奪われたみたいに呆けた声を漏らした。それは、ミンディや他の子供達も同じ。


 と、その時、ドサッと音が。


「おぉ!? 南雲! 天之河! 大丈夫かぁ!?」


 ハジメと光輝が揃って仰向けに倒れていた。見るからにボロボロである。精根尽き果てた人というのは、まさにこうである! と言わんばかりに。


「ハジメ様! 光輝様! ご無事ですか!?」

「無事に……見えるか?」

「俺は大丈夫……じゃないよ。死にそう」


 G10も慌てたように声をかければ、ハジメと光輝からくぐもった声が漏れ出てくる。ついでに、血もタラタラと漏れ出してくる。


 ジャスパー達も慌てたように駆け寄ってくる中、ハジメはどうにかこうにかといった有様で宝物庫から最上級の回復薬を召喚した。


 本当なら再生魔法照射アーティファクトである〝ベル・アガルタ〟を出したいのだが、〝限界突破〟の後遺症も手伝って、そこまで魔力を練り出す気力がない。


 何せ、掴む気力も乏しくて、回復薬の入ったアンプルが転がってしまうほどなのだから。


 そのアンプルに、ハジメは普段からはあり得ないノロノロとした動きで手を伸ばし……


「……あ?」

「……うん?」


 光輝の手とぶつかった。どうやら、光輝も回復薬に手を伸ばしていたらしい。


「あ、あの、ハジメ様? 光輝様?」


 G10の呼びかけも無視して、仰向けになったまま視線だけを交わすハジメと光輝。一瞬の停滞の後、両者同時に拳を握り、同時に裏拳の要領で互いの顔に拳を埋める。互いの額に、これまた同時に青筋が浮かんだ。


「死ねっ、天之河ぁっ」

「くたばれっ、南雲ぉっ」


 ジタバタッジタバタッと、横たわったまま拳を交わす魔王と勇者。G10が、ふよふよ、おろおろと二人の上を行ったり来たり。


「てめぇ、俺が先に飲むのが筋だろうが!」

「俺の方が重傷だろう! 見て分からないか!?っていうか最初から二本出してくれよ!」

「しんどいんだよ! せめて少しは回復させろ!」

「それまで我慢しろって!? 見ろよっ、この両足! 今なら固結びできそうなくらい砕けまくってるだろ!? これを放置って鬼畜じゃないか!」

「え? なんだって? 鬼畜が出す回復薬なんていらないって? そうか、分かった」

「ふざんけんなぁっ! 痛いんだよ本当に! 泣きそうなんだよ!」

「あぁ、俺もお前の剣が掠ったところが痛いなぁ――〝あんたが泣いて謝るまで殴るのをやめないわ!〟」

「雫のセリフをパクるな!っていうかなんで知ってるんだよぉ!?」


 いや、ほんとヤバい状態なんですから喧嘩せず安静に……とG10が呼び掛けるも、二人は裏拳の応酬を繰り返すのみ。意外に元気だ。


「ああもうっ、お前等そんな状態で喧嘩すんなよ! 仲良しかよ!」

「誰が仲良しだ。殺すぞ、遠藤」

「誰が仲良しだって? 斬るよ、遠藤」

「やかましいわ! 大人しくしろって!」


 落ちている回復薬のアンプルをハジメの口に突っ込み、念のために残しておいた自分用の最後の回復薬を光輝の口に突っ込む。


 最上級クラスとあって効果は抜群。見るからに血は止まり、青を通り越して白に近くなっていた二人の顔色も血色を取り戻し始める。


「おい、二人共。大丈夫か? いったいどうなって――」

「お父さん!」


 ジャスパー達が辿り着いた。ハジメと光輝の状態に息を呑むが、意外に元気そうにも見えて、ジャスパーが困惑混じりではあるものの話しかける。が、それを遮るようにリスティちゃんが飛び込んできた。


「いや、誰がお父さんだ。あと傷が広がるから馬乗りはやめてくれ」

「うぅ」


 どさくさに紛れて呼んでみたらしい。傷だらけのハジメを見て、リスティちゃんの涙腺が再び緩む。さすさすとハジメの体を労るようにさする。ハジメもリスティの頭をなでなでする。


「そんなこと言ってやるなよ、ハジメお父さん」

「OK、天之河。表に出ろ。山頂から投げ落としてやるよ」

「だから喧嘩はやめろって――痛いっ。なんで俺を殴るの!? 酷い!」


 まだ座った状態だが、どうにか身を起こせるようになったハジメと光輝。間に入った浩介の頬に魔王と勇者の拳が刺さる。不用意に危険地帯に入ってはいけない。


 そんな様子に、どうやら本当に大丈夫そうだと、ジャスパー達もホッと安堵の吐息を漏らし、一拍。


「ハジメ様。光輝様。それに遠藤様も」


 静かな声音に、誰もが意識を引き寄せられた。


 ふよりふよりと浮くG10が、仄かにモノアイを光らせている。


「ありがとう、ございました……本当に、ありがとうございました……」


 ああ、と誰もが思った。G10は今、きっと、泣いていると。


 二百年の孤独な戦いが終わりを迎え、託された役目をやり遂げて、万感の想いに溺れるような心持ちなのだろうと。


 だから、ただ、感謝の言葉を伝えることしかできない。


 本当は、もっとたくさん、言いたいこと、伝えたいことがあるのに、今のG10には〝ありがとう〟しか言えないのだ。


 けれど、だからこそ、その〝ありがとう〟に宿る想いはとても深くて……


 しばらくの間、誰もが静かな空間で、無言のうちに心を交わし合った。


 そうして、ハジメと光輝がそっと拳を突き出し、浩介も同じように突き出し、G10がモノアイをピコピコと嬉しそうに明滅させて、拳代わりのケーブルを出した――


 その瞬間。


 けたたましい警報音が鳴り響いた。


「ッ、なんだ!?」

「南雲! エネルギータワーが!」

「おいおい、今度はなんだよ!」


 三者三様に声を上げる中、あれほど輝いていたエネルギータワーから光が霧散した。それどころか、鉄橋や壁にあった電灯の類いまで次々と光を失っていく。


「G10!」

「しばしお時間を!」


 G10が急いで中央のコンソールへ向かった。ケーブルを伸ばし接続。空中投影型のディスプレイが起動し、めぐるしく画面が入れ替わる。


 そして、G10の愕然とした声が漏れ出した。


「そんな馬鹿な……発電設備が機能を停止!? いえ、これは自壊プログラム!?」

「止めろっ、G10!」

「やっています! ですがっ――」


 人工の光が、全て消えた。太陽の光で暗闇に閉ざされることはないが、コルトラン自体がまるで死んだような雰囲気に包まれる。


 そんな中、ガシャリガシャリと嫌な音が。


 ハッと視線を転じれば、別の鉄橋の奥の扉から、メタリックな人形がやけにぎこちない動きで出てくるのが見えた。


 その機体には、とても見覚えがある。何せ、先程まで戦っていた相手の素体なのだから。


「言った……はずです。お前達は、決して……勝てないと」

「マ、ザー……まさか、お前は……」

「ふふ、私の……コアがここにあるなどと……誰が言いました?」


 ハジメから舌打ちが漏れた。光輝と浩介がそれぞれ武器に手をかける。ジャスパーが冷や汗を噴き出しながらも、ミンディやリスティ達を庇うように前に出た。


 だが、第二ラウンドのゴングは、どうやら持ち越しらしい。


「遠隔操作っ、しかし、接続を切るくらいならっ」

「ええ……出来損ないでも……私と同じ機械知生体。再接続、再調整の時間は……ないでしょう」


 しかし、


「コルトランは……一時放棄。真の軍勢にて……蹂躙して差し上げます。今度こそ……確実に! 私の楽園から……排除してくれるっ!!」


 直後、ぶつりっと糸が切れたみたいに、メタリックなマザーの素体は崩れ落ちた。


「G10、どうなった?」

「外部からの接続を遮断しました。しかし……」


 G10の声音には、紛れもなく絶望が宿っていた。先程までの感情が嘘だったみたいに。


「コルトランは機能の九割を喪失。発電施設も内部崩壊しました」

「……それで?」

「見せつけるかのように、情報が転送されてきました」


 重々しいG10の言葉に、ジャスパー達が生唾を呑み込む。光輝も浩介も、険しい目をG10に向けている。


 ハジメの視線に促され、言葉に詰まったG10は、一拍して、ノイズの酷い声音で告げた。


「天機兵の大軍勢がこちらに向かっています。その数、十万」


 誰もが動揺する中、ハジメは静かに問うた。奴は、マザーはどこにいるのか、と。近くにいるなら、もう一度打倒しにいくつもりで。


 けれど、それに対する答えは――絶望的だった。


「聖地です。聖地シャイア。そこが本当の、マザーの聖域です」


 


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。



※聖剣第四形態(トゲトゲの剣)

一応、エマヌエルの剣っていうのを参考にしてます。もっとスパイクが酷い感じの。健気な聖剣ちゃんがまた頑張った感じです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
そりゃそうだ クソ高慢天才AI様が自ら戦う訳ない
生き汚いのも、神気取りには必須の技能だね!
[良い点] お、おぉぉぉぉ‼ まだ大団円ではないのですね。G10の御礼の言葉にじんわりと涙腺が緩み、うるうるってなりかけていたのですが、ここでまだ斃れていなかったのが「ありふれ」スタンダードですっ! …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ