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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅣ
375/542

魔王&勇者編 ノガリちゃーーんっ!!



 しくしくと、悲しみの声をあげている浩介が、遂に三角座りをし始めた。膝を抱え、心と体の痛みに震えている。いろんな意味でダメージは深そうだ。


 ちなみに、現在進行形で、襟首を掴まれて引きずられている最中である。


「おい、遠藤。いつまでメソメソしてんだ。シャキッとしろよ」

「南雲ファミリーに所属しているんだが、俺はもう限界かもしれない」

「人の家をブラック企業みたいに言うなよ」


 光輝が苦笑いしながら、浩介をひょいっと抱き上げた。流石、心優しき勇者である――


「ばっ、おまっ、離せ天之河! 俺になんの恨みがあるんだよっ」

「いや、もう少し回復に時間がかかりそうだから運んであげようと思って」

「ありがとう! でも、運び方! 運び方!」

「えっと、何か変か?」

「男にお姫様だっこ! ダメ! 絶対!」

「……注文が多いなぁ。遠藤、あの頃のお前はもういないんだな……」

「うるせぇよ!」


 流石、一級フラグ建築士の勇者である。お姫様だっこまでの流れが、必殺の剣撃並に流麗だった。


 ジタバタと嫌がる浩介を、光輝は器用にもぐるりっと回して背負い直す。浩介的にも、それなら問題ないようで、ぐてぇ~と体重を預けて回復に努め始める。


 本来、浩介の深淵卿モードは、能力向上に時間がかかるというデメリットを対価に、限界突破状態となっても解除後にほとんど疲弊しないという特性を持つ。


 だが、今回はその段階的能力引き上げを飛ばして最大深度になる裏技――ラスト・ゼーレを併用したうえ連続使用もしているため、それなりに疲弊状態なのだ。


 現在は、あの統合天機兵を倒した場所の上、エレベーターの穴を通って、浩介が連行されてきたという通路を進んでいるところである。


「G10、どうだ?」

「敵性反応はありません」

「マザーの奴、自分だけでケリを付ける気か?」

「いいえ、その可能性は低いでしょう。スキャンしましたが、この付近に多数の大型熱源を感知しました。おそらく、あまり壊されたくない施設が多々あるのでしょう」

「なるほど。なら、この先で波状攻撃される可能性はあるな」

「十中八九、己の場所に辿り着くまでに、消耗させられるだけ消耗させる気でしょう」

「自ら相手にするって言ってたくせになぁ」


 なんて会話をG10としながら、同時に、ハジメは〝念話〟を飛ばしていた。肩に乗ったエガリが細い糸を光輝達に取り付けており、糸電話の要領で内密の話ができるようにしている。


『天之河、遠藤。何気ない会話をしているフリをしろ。マザーが監視してるかもしれないからな』

『お、おう? これ、直通の念話か』

『どうしたんだ、南雲』


 傍目にはG10と会話しているように見えて、実際には脳内に直接響くような声で自分達に話しかけてきたことに、光輝達は思わずギョッとしそうになって、どうにか表情を取り繕った。


『遠藤、確認だ。お前、召喚装置のある部屋の場所、覚えてるか?』

『当たり前だろ。斥候は俺の領分だぞ? がむしゃらに逃げまくってても、通ったルートくらい記憶してる』


 流石、さりげなく人類最強格の男。戦闘以外でも実に有能である。


『なら、お前は召喚装置のある場所へ行け。そして……破壊しろ』

『なっ、南雲! それは――』


 光輝が動揺するのも仕方ない。浩介も同じで驚愕している。帰る手段を、自らの手で破壊しろというのだ。別に方法を持っているとしても、なぜ戦力を分散してまで……と思わざるを得ない。


『聞け。遠藤に対する言動で、マザーは人質は有効ではないと判断しただろう。だが、絶対じゃあない』

『それは……そうだな。召喚されたのが俺だったからまだ良かったけど、ユエさん達でもない限り、後衛職の奴だったら召喚された時点で詰みだ』

『そうか……遠藤の救出方法がああいう感じだったのは、第二の召喚を行わせないための意識誘導でもあったわけか』


 納得顔を見せる光輝達。表面上では、「そう言えば遠藤。お前、召喚される前いったい何をしてたんだ?」などと雑談に興じている。


『お前がたまたまフル装備だったのは不幸中の幸いだ。でなければ、俺のアーティファクトを日常的に最も多く所持しているのは母さんと父さん、そして仮にフル装備状態だったなら間違いなくミュウが召喚されることになる』


 両親と愛娘の召喚。なるほど、最悪の状況だ。


 もちろん、必要とあらばハジメは同じことをするだろう。それが救うために最善と判断したなら、容赦なく撃つ。だが、彼等は浩介とは違う。痛みに対する強い耐性があるわけでも、戦闘に対する確固たる覚悟があるわけでもない……


『まぁ、ミュウちゃんだったら、むしろ『パパ撃って! バッチこいなの!』とか仁王立ちして言いそうだけど……』

『お前、ミュウをなんだと……いや、あり得るな』

『あり得るのか!?』

『だってミュウちゃん、戦闘の英才教育を受けるようになってから、なんていうか覚悟ガン決まり系幼女って感じだし。……俺のことも、もうずっと呼び捨てだし……』


 光輝の脳裏に「クーネでぇす!」と知り合いの覚悟ガン決まり系幼女が浮かび上がる。どうして自分達の周りにいる幼女は、こうも覚悟が決まっているのか。


 ハジメが溜息を吐きながら言う。


『召喚対象がシアだったら、その時点で勝ち確定なんだけどな』

『ああ、うん。なんか俺でごめんね』

『ま、まぁ、シアさんの身体強化は異常だからなぁ……』

『それだけじゃないぞ、天之河。今やあのバグウサギ、異世界の神霊七柱まで使役して、ユエばりの広域殲滅までしてくるからな』

『うそだろ!? 十分意味不明な強さなのに、まだ強くなるって、シアさんはどこを目指してるんだ!?』

『俺にも分からねぇよ。ナチュラルに限界突破できる不思議生物としか言いようがねぇ』


 南雲ファミリー最終兵器嫁〝シア〟。この魔法が放出できない世界では、なるほど。無敵ウサギだ。


 浩介が「実は南雲達が転移した後、天之河が倒す予定だった神域の魔物討伐に駆り出されてさぁ」と話しているのを耳にしながら、ハジメは続ける。


『とにかく、マザー相手に後手に回る可能性は潰しておきたい。だが、マザーを放置するのも避けたい。遠藤、装置を壊せ』

『なるほどな。確かに必要な役割分担だ』

『装置付近に敵がいないとは思えない。だが、お前の完全回復を待つ余裕はない。代わりと言ってはなんだが、エガリとノガリを貸す。頼んだぞ』

『了解だ、ボス。なるべく急いで合流するよ』


 困難な任務を軽く請け負う浩介。その言葉は任務の完遂を確約するもので、絶対の自信と決意で溢れていた。


 光輝は「そうか。リリィが俺の代わりに依頼したんだな」と返しつつも、内心では少し驚く心持ちだった。


 元より、それなりに気の合う様子の二人だったが、自分が地球を離れている間に、更に信頼関係が強固になっているように感じたのだ。


 自分で決めてトータスに渡った光輝だが、そんなハジメと浩介を見ると、なんとなく寂しい気持ちにならないでもない。


 そんな気持ちを苦笑いで振り払い、光輝は疑問を口にした。


『エガリ達を遠藤に貸して、発電施設から電力を奪えるのか?』

『G10、お前なら可能だろう?』


 ハジメの問いに、G10はモノアイの明滅を以てYESと答えた。


 G10は目立つ。そのため、こっそり電力を奪うにはエガリ達の方が適していると考えていたが、召喚装置は絶対に壊しておきたい。それに、


『今のG10は限界寸前だ。見れば分かるほどにな。マザーは大した脅威とは判断しないだろう。今なら、能力を見せたエガリ達より意識されないはずだ』


 なるほど、と頷きながら、今度は浩介が尋ねる。


『そう言えば、その発電施設から電力を奪って、それでゲートで帰るってことでいいんだよな?』


 怒濤の展開で、浩介はG10の事情やこの世界の真の情勢をほぼ知らない。ということに気が付いて、光輝が大雑把に説明した。


 案の定、救いのない盛大なマッチポンプ世界に、浩介は「クソじゃねぇか」と顔をしかめる。思わず、表の会話をぶった切って悪態を吐いてしまい、ハジメに横目で睨まれてしまった。咳払いを一つ。浩介はふと浮かんだ疑問を口にする。


『あれ? 電力が欲しいんなら、機兵の残骸から奪えなかったのか? 天機兵なんて放電してたぞ?』

『エレマギアは、放出されている電気を集束して蓄電できるほど便利じゃない。作ったばっかりだぞ』


 加えて、蓄電にも相応に時間が必要である。機兵の残骸から奪える電力などたかが知れているし、第二召喚の危険性を前に時間も惜しかった。何より、


『あんな場所で電力を奪っていたら、発電施設から奪うときに警戒されるからな。興味がないふりをしておくのが吉だ』

『ああ、確かに』


 納得したように頷き、ついでに表では「神域の魔物がさぁ、報告にあった奴以外にも大量にいてさ。しかも、信じられるか? 俺、リアルキン○コングとタイマン張ったんだぞ。しかも魔法を使うコ○グと!」なんて苦労話をしつつ、自分が取るべき行動を尋ねた。


『えっと、それじゃあ、俺はどっちだ? 残るか? それとも一度、南雲と帰還するか? ゲリラ戦するなら、俺がいた方が良いと思うけど』

『いや、必要ない』


 浩介は困惑した。光輝もだ。どう考えても、機械の目すら欺く浩介はハジメが準備万端で戻るまでの時間稼ぎに最適な戦力だ。


 なぜ、そんなハジメらしくない非合理的な結論に至ったのか。


 その答えは、表の会話と上手く繋がって、素の言葉として告げられた。


「奴は殺す。必ずだ」


 方針を変更したという意味を察して、光輝は目を見開いた。G10もまたモノアイを激しく明滅させた。


「ハジメ様? それは――」

「今日、ここで、確実に仕留める。逃がさねぇよ」


 明白な殺気が渦巻いていた。息を呑む光輝達に、ハジメは独り言のように言う。否、あるいは、こちらを監視しているだろうマザーに向けてか。


「俺に人質は通用しない。だが、俺の身内を狙ったんだ。落とし前はつけさせる。遠藤を引き込んだ時点で、それは俺に対する宣戦布告だ」


 建前で述べた〝この世界の人々のため〟だけではない。もはや、これは南雲ハジメにしかけられた戦争。ならば、撃滅以外に選択肢などない。


 まして、一度帰還して準備をしている間に、新たな召喚装置を作られ、誰かが召喚されたらどうするというのか。


 人質としてではなく、してやられた報復、あるいは精神的動揺を狙っての殺害を目的にしていたら?


「ピンポイントで俺の身内を召喚できるって時点で、その知識がある時点で、マザーは生かしておけない。必ず殺す。これは最優先事項だ」


 安全策を取って、一度帰還する猶予などない。死線をくぐる。かつて、異世界の神相手にそうしたように、不退転の覚悟でマザーを殺す。


 一度帰還する方策は、身内が召喚され害される可能性がある以上、ハジメの中では既に第二プランだった。


 マザーへの宣告は、紛れもなく本心だったのだ。


「そうか。いつの間にか、俺達の戦いにもなっていたんだな」

「……申し訳ありません、ハジメ様、光輝様、深淵卿様」

「浩介でいいよ」

「謝るな。奴をぶっ飛ばした後に、礼はしてもらう。言っただろう?」

「そうでしたね。ええ、私にできることならなんなりと。もちろん、光輝様と浩介様も」

「いや、だから深淵卿……って違う! いや、違わない! それでいいんだよ! ありがとな! きちんと訂正してくれて! 俺の周りの奴ときたら、呪いにでもかかってるのかってくらい呼び方を訂正してくれなくて――」

「ハジメ様。縦穴の空洞を感知しました。おそらく、上階へと通じる昇降機かと」

「遠藤、装置の場所は? 上か?」

「……いや、こっちの通路だから、ここでお別れだ」


 誠実そうなG10に、ナチュラルに話をぶった切られて、光輝の肩に顔を埋める浩介がぼそりと呟く。お姫様だっこは嫌がったのに、その有様はまるで乙女……


 光輝が苦笑いしながら、ぺいっと引き離した。


「遠藤、これを持って行け」


 直ぐに落ち込むが、なんだかんだで鋼の精神力を持つ浩介は直ぐに気持ちを切り替えた。そして、エガリとノガリが両肩に乗ったのを確認しつつ、差し出されたタブレットのようなものを受け取る。


「空間歪曲爆弾って奴だ。使い方はエガリとノガリが分かるから、道中で聞いておけ」

「了解。……南雲、天之河、気を付けろよ」


 すっと突き出されたのは拳だった。


 ハジメと光輝は顔を見合わせる。お互い目が合った途端、少し嫌そうな顔になったが……二人揃って肩を竦め、浩介のそれにコツッと拳を合わせた。


「なんだよ、二人共。そっくりな動きしやがって。やっぱちょっと仲良しになって――」

「撃つぞ?」

「斬るよ?」

「なんでだよ!?」


 こいつらほんと凶暴! みたいな顔で踵を返す。


「G10も、気を付けてな。特に、この二人のとばっちりには」

「ありがとうございます。アビィ様」

「浩介だよ!?」


 お家芸になりつつあるツッコミを入れて、浩介は分岐した通路の一つを駆け抜けていった。


 魔王と勇者をして、一瞬で存在感そのものを曖昧にせしめて。


「さて、あいつが戻る前に――殺るぞ」

「ああ。あれもこれも手伝ってもらってちゃあ情けないからな」


 ハジメと光輝もまた先へと進んだ。


「ご注意を。上階に無数の敵性反応。待ち伏せされています」


 上等、と殺意と戦意を迸らせながら。
















 ハジメ達と別れた浩介は、記憶を辿り召喚装置の間へとひた走っていた。


 先程までの会話である程度の回復はできたが、魔力残量は残り三割といったところ。中々シビアな状況である。


 だが、その足取りに不安定さはなく、心に不安もない。


「魔王が、俺等のために死闘も覚悟したんだ。なら、〝困難〟程度の任務は、きっちり完遂しなきゃな」

「「イ゛ィ゛!!」」


 いかにも「その通り!」「気張りなさい!」と言ってそうな励まし(?)が両肩から飛んできて、浩介は苦笑いを浮かべた。


 第二の召喚被害者は、魔王の右腕の名に賭けて絶対に出せない。誰かが召喚される前に、なんとしても破壊する。


 その気概で疲労を意識の外へぶっ飛ばし、足には更に力を込めた。ぐんっと速度が増し、両肩のエガリ&ノガリがきゃっきゃっとはしゃぐ。


 と、不意に警鐘が本能を撫でた。


「構ってる暇はないなっ」


 視線の先のT字路。進路は右。その奥に感じる気配を前に、浩介は全力の隠形をしながら跳んだ。壁に足をかけ、トンッと軽やかに踏み込み、そのまま身を捻って天井へ。


 重力魔法は使えずとも、数歩、天井を駆ける程度の軽業など朝飯前だ。


 反転した視界の中では、上界機兵の小隊が今まさに通路を曲がるところだった。足音もなく背後に着地しても、彼等が振り返ることはなかった。本来なら、あり得ないことに。


 走る走る。一刻の猶予もないとばかりに速度を上げる。


「……少ないな」


 いくつかの集団をまるで幽霊のようにすり抜けていく中、浩介はぽつりと呟いた。


 現状、人質は大して有効でないこと、第二の深淵卿を召喚してしまう方が問題であるということをマザーが認識していれば、確かに召喚装置の方へ戦力を割く必要性はないだろう。


 とはいえ、流石に全くの素通りが成功するほど甘くもなく。


「チッ。扉が閉められてる」


 手持ちに幾つか爆薬が残っている。それを消費して吹き飛ばせればいいが、無理だったなら最悪、小太刀〝赫灼たる雷炎の滅天刀〟による溶断能力でやるしかない。


 馬鹿にならない魔力を消費することになるが……と懐に手を伸ばした瞬間、


「イ゛ィ゛!!」


 エガリさんが飛んだ。脚からジェット噴射して飛翔し、扉脇のコンソールにペトッと張り付くや否や、口元をカシュンとスライドさせてチップのようなものを取り出し、それをコンソールに差し込む。


 すると、扉からピッと解錠を告げる音が響いた。


「イ゛!!(ドヤァ!!)」

「おぉ! そうか、南雲がこういう事態を想定してないわけないよな。いや、G10の方か?」


 浩介の予想通り、G10が機能不全に陥った場合に備え、ハジメは隠れ家で対策を考えていたのだ。


 G10が最初に扉へクラッキングを仕掛けて以降、そのデータを収集しバックアップと解錠システムを作成。そして、浩介達が別れる前、ハジメ達とコントじみたことをしている間に、G10がそのチップをエガリへ譲渡していたのである。


 これで道を阻まれることなく記憶通りのルートを辿れると、浩介は喜色を浮かべ……


「げぇっ!?」


 開いた扉の向こうに、ライフルを構えた攻機兵の部隊が待ち構えているのを見て表情を引き攣らせた。


 開くはずのない扉が開いた瞬間に問答無用の掃射を行う。相手が浩介か否かは関係なく、必殺を旨とする合理的な戦術だ。


 通路は直線。遮蔽物なし。分かれ道は二十メートル以上後方。放たれるライフル弾の嵐は、きっと壁の如く。


 と、その瞬間、バシューッと音を立てて火線が敵陣へと飛び込んだ。その直後、凄まじい爆炎を上がる。


「ナイスッ、ノガリさん!」

「イ゛ッ!」


 機先を制する一撃は、ノガリが放った背面内蔵のペンシルミサイルだった。虎の子の二発のうちの一発だ。


 五列二段の射撃陣形が崩壊した。絶体絶命は回避できた。エガリが倒れた攻機兵に蜘蛛糸を吐き出して簡易に拘束する中、浩介は彼等を飛び越えるようにして突破。


 しかし、今の攻撃は、流石に敵の注意を惹きすぎたらしい。


(やっべぇ!?)


 通路の天井、壁、床からセントリーガンらしきものが十機以上出現。その銃口が、再び銃弾の槍衾を形成する。


「使うな!」

「「イ゛!?」」


 エガリとノガリ合わせて残り三発のミサイル。ばらけて出現したセントリーガン相手に効果は薄い。虎の子の高い破壊力は残しておきたいと、浩介は咄嗟に命じた。


 そして、その目をスッと細めた。かけたままのサングラスの奥で。もっとも、こんなところで切り札たる卿にはならない。


致命的一撃(クリティカル)だけ避けるっ)


 サングラス――もとい、〝天眼(卿命名)〟の能力、〝先読〟と〝瞬光〟を発動。刹那、マズルフラッシュが無数に瞬く。


 拡大された知覚の中で、銃口の角度から〝先読〟が射線を幻視させる。


 浩介に、ハジメのような魔技的射撃能力も、光輝のような神技的剣撃能力もない。重力魔法を使ってようやく、真似事ができるレベル。


 存在感が薄いという以外、その基礎能力は決して魔王や勇者のような反則的(チート)ではないのだ。故に、その特性が意味をなさないような状況を前にしては、本来、実にありふれた存在で……


けれど、だからこそ、それでもと足掻いてきたから――()()()、しぶとく、強い。


 積み上げた経験が無意識のうちに小太刀を引き抜き、これまた無意識のうちに急所を守る。身を低く、半身となり、被弾面積を減らす。


「がっ、ぐっ、ぁっ!!」


 刹那の攻防。無慈悲な弾丸が肩、腕、脇腹を削り取る激痛に本能が屈服を促してくる。それを「掠り傷だっ」と根性で叩き潰し、身を捻りながら両手の小太刀を投擲。


 直撃を受けて銃口が二つ、あらぬ方向へ。活路を開けた。弾丸が耳元を掠める感覚に引き攣り笑いを浮かべながら、なお加速して前へ飛び込む。


 第一波をクリア。


 隠形のスイッチを意識して不規則に入れたり切ったりしながら機械の目を欺きつつ、


「回収!」

「「イ゛!!」」


 蜘蛛の糸で回収してもらった小太刀二刀を見もせず背面キャッチ。血の尾を引きつつも動きは更に鋭さを増し、まるでジェットコースターのように床から壁、天井と回りながら駆け、射線をばらけさせる。


 セントリーガンが混乱したようにあらぬ方向を撃ち始めた。そうすれば、もはやこっちのもの。小太刀を納刀し、代わりにクナイを二本、投擲。再び銃口を逸らし、強引に空けた射線の穴をスライディングの要領で突破した。


 そこまでくれば、記憶通り曲がり角に到達。背後から放たれた弾丸の嵐を、鋭角ターンによりギリギリで回避して射界から逃れる。


「ははっ、修羅場ってきたなっ」


 一難去ってまた一難。通路の先から剣機兵の集団が殺到してくる。


「突破するぞ!」

「「イ゛ィ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ッ」」


 構っている暇はないと増速する。なんだかエガリさんとノガリさんのテンションもアゲアゲの様子!


 突っ込んできた攻機兵に対し、浩介は右へ跳んだ。当然、そちらに動く素振りを見せる剣機兵だったが……


 浩介が跳んだと同時に、左へ跳んでいたエガリが、空中で蜘蛛糸を吐き出した。強靱な糸を真横から受けた剣機兵の動きが阻害され、浩介はなんなく突破。


 直後に襲ってきた剣機兵を、今度は床を滑るノガリが真下から蜘蛛糸で絡め取る。阿吽の呼吸で天井を走った浩介に溶断ブレードを伸ばすも届くわけもなく。


 浩介が左へ動けば、エガリは右に。浩介がスライディングすれば、ノガリは天井に。


 二体と一人は、初の連携とは思えない完璧な動きで機兵の集団を翻弄・突破していく。


 盾機兵が通路を塞ぐように突進しようとも、


「イ゛ィ゛(くらえぇ! 必殺――)!!」


 エガリの脚の一つから、乳白色のヘドロっぽい何かが飛び出し床を汚す。そうすれば、盾機兵は間抜けにも足を滑らせて転倒。


 その上を宙返りしながら飛び越えた浩介の頬に、その正体不明の何かが頬にぴちょりと付着し、慌てて拭って気が付いた。


「マヨネーズ!? なんでマヨネーズ!?」


 アラクネシリーズの一体一体が最低一つは持っている便利機能の一つである。


 負けてられないと、ノガリもピュピュッと。黒い液体が攻機兵のモノアイを汚す! 特に効果なし! 漂う香りは――


「醤油まで完備!? 南雲の遊び心が今は憎い!」


 文字通り、何を装備させてんだよと文句を言いたい。効果がないから普通に撃たれたし、と。もちろん、ギリギリでかわしたけれど、肝は冷えた。


 右肩で「テヘ☆」と頭を掻いているノガリは腹が立つのでぶん投げる。空中でそのままピュピュッ第二弾。


 今度は、踏み込んできた突機兵の両腕が溶けて落ちた。溶解液のようだ。


「効果の差が酷い!」


 棒立ちの突機兵の顔面に跳び膝蹴りをかましてぶっ飛ばしつつ、きっちりツッコミは入れる。


 そうして、


「見えたっ、あの扉の向こうだ! エガリさん、頼む!」

「イ゛ッ!!」


 ジェット噴射でコンソールに飛びつきクラッキング。開いた扉に、浩介は速度を緩めず飛び込んだ。


 エガリが天井へ糸を飛ばし、閉まり始めた扉へ遠心力で飛び込む。ついでに、させるかと銃口を向けてきた攻機兵のモノアイに向けてマヨネーズ!


 攻機兵が手でモノアイを拭うが……マヨネーズは伸びる! 広がる!


「いや、センサーの種類切り替えればいいだけじゃ……」


 そんな浩介の律儀なツッコミは、閉まった扉に隔たれて届かなかった。くるりっと華麗にバク宙を決めながら、エガリが左肩に着地。ビシッと両前脚を伸ばしてポーズを決める。


 ノガリがペチペチペチッと拍手を贈った。


「まぁいいけどさ……いつつ」


 あちこち負った怪我に顔をしかめつつ、浩介は立ち上がった。振り返り、統合天機兵と戦った場所によく似た広い空間の中央に鎮座したそれを見る。


 台座の周囲を金属製のアーチが幾本も囲み、その四隅には青光を放つレンズを幾つもつけた柱が立っていて、天井からはコイル状の円錐が台座の中心に向けられている。


 召喚装置だ。


 後は、あれを破壊すれば任務完了。ハジメと光輝の援護に向かうのみ。


 なのだが……


「うん、まぁ、無防備なわけないよなぁ」


 重い機械音。足音だ。


 それが――上から響いてくる。


 引き攣り顔で見上げれば、そこには天井に張り付く機兵がいた。予想に反して、天機兵ではない。


「新手かよ。スライムモドキ以外だと、初めて見るな。……人型以外の機兵は」


 天井を掴む六本の足が、すっと離された。着地と同時に、地響きが迸る。盾機兵のような上部の重厚な装甲から、更に四本の腕が伸びている。


 脚の数の差はあれど、見た目はまるで――アラクネだ。


「イ゛!? イ゛ィーーーーッ!!」

「イ゛、イ゛ッ、ィ゛イ゛イ゛イ゛!!」

「あ~、えっと、あれか? キャラ被ってやがる!って言いたい感じ?」


 正解らしい。なんだか酷く憤っている様子のエガリ&ノガリが、紅い眼を爛々と輝かせている。殺る気満々だ。どちらが優秀なアラクネか、証明してやんよぉ!!と気勢を上げている。


 それに応えたかのように、上部二本の腕が突き出された。途端、カシュンと変形して腕の中からガトリング砲が二門、姿を見せる。


「任務を忘れるなよ!」


 ガーディアンを倒すことではなく、召喚装置の破壊こそが目的。そう、何やらプライドを刺激されているらしいエガリ&ノガリに告げて、浩介は真横へ駆け出した。


 エガリ&ノガリも、蜘蛛糸を飛ばしてそれぞれ別方向へ飛ぶ。


 その直後、ヴォッと空気が破裂したかのような音が響き、弾丸の暴威が横薙ぎにされた。


 自らを薙ぎ払いにかかる弾幕を見て、浩介は――


「フッ、ここまでくれば出し惜しみはなしだ。さぁっ、パーティータイムといこう!」


 深淵卿となる!


 ガトリングの掃射を無視し、召喚装置へクナイを投擲。信頼した通り、あわや卿を蜂の巣にしかけたガトリングは、唐突に上方へと逸れていった。


 見れば、ノガリが蜘蛛糸を左のガトリングに巻き付けて上に引っ張り上げている。


 更に、横合いから取り付いたエガリが、脚の一本を右のガトリングの根元に差し込み、直後、キィンンッと鋭い耳障りな音を発生させた。かと思えば、その部分が崩壊して、ガトリングも地に落ちてしまう。


 エガリの武装である〝振動破砕〟だ。ボディがコンパクトなので、その分耐久力が低く、後一度でも使えば自らの脚も崩壊してしまうだろうが、ガトリング一つと引き換えなら悪くない。


 そうして、見事な援護により卿の爆薬付きクナイが召喚装置に届く――寸前で、


「クッ、やはりそう一筋縄ではいかんか!」


 ターンしながら苦笑い。アラクネ機兵の頭部がぐるりと回転し、その口内に装備されたライフルの弾丸、クナイを空中で弾き飛ばしたのである。


 部屋の隅へ吹っ飛んだクナイが盛大に爆炎と衝撃を撒き散らす。


 同時に、アラクネ機兵は全身から一瞬の力場のようなものを発生させエガリ&ノガリを吹き飛ばした。そして、


「なっ!?」


 卿が思わず驚愕の声を漏らしてしまうほど、凄まじい速度で肉薄。三本目と四本目の腕に握られた大剣型の高熱ブレードを熟達の鋭さで振るってきた。


 宙返りで回避。着地と同時に横っ飛び。背後に回り込んで……と考えるも、


「その巨体でなんという敏捷性だっ」


 多脚の本領発揮というべきか。驚異的な重心移動と踏み込みで、卿の速度にぴったりと追走してくる。大剣型の高熱ブレードは手首ごと回転し、高熱のラウンドシールドのようになって卿を追い詰める。


 当然、その間にもノガリが援護、エガリが召喚装置の破壊を試みる。


「「イ゛ィ゛(ぶっとべぇ)!」」


 ノガリが残り一発の、エガリが二発同時にペンシルミサイルを放つ。


 だがそれも、ガーディアンとしての役目に恥じぬ圧倒的性能が叩き潰した。なんと、底面から凄まじいジェット噴射を行い、アラクネ機兵が飛翔したのである。


 そのうえ、一瞬で召喚装置とミサイルの間に割って入ると、大剣の高熱ブレードを盾に防ぎ切ってしまった。ブレードの方もただでは済まなかったが、代わりにとばかりに左のガトリングが火を噴く。


 更に、背面装甲が稼働し、そこから二本の砲身が肩の上にセットされた。かと思えばスパークが発生。


「チィッ!!」

「「イ゛!?」」


 レールガンが卿達を蹂躙しにかかった。直撃を免れようとも、その余波だけで卿もエガリ&ノガリも吹き飛ばされる。


 どうやらこのアラクネ機兵、上界機兵の特性を全て兼ね揃えているらしい。


「まったく洒落にならんな! フッハッハッ」


 体はボロボロ。魔力も乏しい。おまけに、入り口が何やら騒がしい。おそらく、やり過ごしてきた機兵部隊が扉を開けようとしているのだろう。


 まったくもって、危機的状況だ。


 だがしかし、


「膝を屈する理由にはならんな! なぜなら、深淵とは――」

「イ゛ィ゛!!」


 最後まで言わせてもらえない。


 エガリさんは肩にピトッと張り付くや否や、「骨は拾ってあげますよ!」と言わんばかりに、卿へ無茶を強いた。


 一本の足の先端にシャキンと針が出て、それをプスッと卿の首へ刺す。中身は〝チートメイトDr(ドリンク)〟。できれば経口摂取でお願いしたい。


「フッ。よかろう、友よ。出し惜しみはすまい! なぜなら、我こそ深き――アッ、痛いっ、痛いって!」

「イ゛ィ゛!!」


 もう空のはずの注射器をプスップスッ!! 何を言いたいのか、なんとなく分かる。たぶん「ノガリちゃんが一人で時間稼ぎしてんだろうが! 臭いセリフ垂れ流してないで、さっさとやることやらんかい!」的な感じに違いない。


 実際、小さなドリルに変形させた脚でアラクネ機兵に挑み、弾き返されながらも火炎放射で注意を引き続けているノガリさんは、割と限界っぽい。


 卿は「す、すまぬ」とターンしながら謝罪し、最後にもう一回プスッとされつつも、〝ラスト・ゼーレ〟を起動した。


 連続して一気に最大深度へと深まったせいで、体が悲鳴を上げるのが分かる。


「それがどうしたっ、全ては友のため! エガリよ! 合わせてくれたまえ!」

「イ゛!」


 視界の端に、ノガリがレールガンの余波で吹き飛び、壁に叩き付けられ大きく損壊する光景が映った。


 ここで一気に終わらせる。無茶を押し通す。ノガリの献身に、死闘を以て応える。


「おぉおおおっ!! ――〝黒禍〟ぁっ!!」


 深淵卿らしくもない。香ばしいオリジナルネーミングもなく、力を振り絞って重力魔法を発動。放たれた弾幕とレールガンが、強制的に下げられた砲身により、アラクネ機兵の眼前の地面を粉砕する。


 その衝撃で体勢を崩したアラクネ機兵の上を宙返りで飛び越え、空中で懐から出したタブレットを召喚装置の方へ投げる。同時に、エガリがジェット噴射でそれを追った。


「行けっ、友よ! 邪魔はさせんっ」

「イ゛ーーッ!!」


 空間歪曲爆弾の起動をエガリに任せ、アラクネ機兵の背後に着地した卿は、クナイ二本を引き抜いた。


 そして、体勢を整え、腰部分を一回転させることで反転したアラクネ機兵に怒濤の接近戦をしかける。


「どれほど頑丈でも所詮は機械っ。可動部に異物は致命的であろう!」


 渾身の力で腕二本の付け根にクナイを突き刺す。一瞬の力場に吹き飛ばされるが、


「離れんよ! 大人しく闇の抱擁を受けたまえ!」


 ロマンの指貫グローブから鋼糸を放ち、アラクネ機兵の頭部に巻き付け、空中に停滞。全身に走る衝撃と痛みに、あえて不敵に笑いながらクナイを投擲。見事、最後の腕にもギギギッという不興和音を奏でさせることに成功する。


 アラクネ機兵は、ならばと底面から青白い光を噴出した。卿ごとエガリに体当たりでもしかけるつもりか。


「させんっと言っている!」


 正真正銘、最後の一発。


「くっ、はぁっ――〝黒禍〟!!」


 意識の奥がレッドアラートを鳴らしている。脳の奥がずきりっと痛みを発し、限界だと訴えてくる。


「なめるなぁああああああっ」


 滝のように魔力が流れ出て枯渇寸前となりながら、気概だけで魔法を維持。


 その甲斐あって、重力場は確かにアラクネ機兵をその場に縫い止めた。砲身の照準もできず、口内のライフルも射線を取れない。


 そして、


「我等の勝ちだ」


 空間歪曲爆弾、起動完了。


 そして――


「イ゛!?」


 蜘蛛糸で固定する寸前に、ライフル弾がタブレットを弾き飛ばし、エガリを脚三本とまとめて吹き飛ばした。


 ハッと視線を転じれば、入り口がこじ開けられていた。そこにはライフルを構える攻機兵がいて……


「くぁっ」


 深淵卿モードが限界を迎えて強制解除された。


 本来の限界突破ほどではないが、凄まじい疲労感に襲われて浩介の膝からカクンッと力が抜ける。


 その隙を、重力の楔から逃れたアラクネ機兵が見逃すはずもなく。


「がはっ!?」


 太い脚の一本が腹いせのように薙ぎ払われ、浩介の体が水平に飛んだ。床を数度バウンドし、壁に背中から激突する。


 そして、明滅する意識の中で、浩介は見た。


 アラクネ機兵のレールガンが、自分に向けられるのを。


 雪崩れ込んだ機兵部隊が、そのアラクネ機兵の周囲に陣取り、少し離れた場所で必死に立ち上がろうとしているエガリに向けられるのを。


 また誰かを召喚するつもりなのか。にわかに召喚装置が動き出し、スパークを放ち始めたのを。


 まずいっ、と焦燥が湧き上がり、浩介は次手を打つべく死に物狂いで体を動かして――


「お前、何を――」

「イ゛ィ゛!!」


 気が付いた。


 脚はたった一本しかなく、ボディの一部を破損し亀裂だらけになっているノガリが、いつの間にか召喚装置の元に辿り着いていることに。


 おそらく、蜘蛛の糸を飛ばして、それを巻き取りながら這いずるようにしてこっそり近づいたのだろう。


 しかし、装備のほとんどを使い切ったノガリに、いったい何ができるというのか。


 その答えは、狂乱したように鳴き声を上げるエガリが知っていた。


 ピッピッピッと綺麗な音が響く。


 それはカウントダウンの音。


 ハッとしたのは、浩介だけではない。アラクネ機兵と上界機兵部隊もだ。


 慌てたように銃口を向けるが――時既に遅し。


「イ゛ィ゛ーーーーッ!!(ノガリちゃーーーーんっ!!)」


 まるで、やめてと泣き叫んでいるようなエガリの声に、ノガリはそっと、唯一残った脚を掲げ、


「I’ll be back!」


 光となった。


 視界の全てを埋め尽くすような閃光が迸り、次いで凄絶な衝撃が空間を蹂躙した。


 爆風に煽られ、浩介は再び背中を壁に叩き付けられる。意識が攪拌(かくはん)されるような状況の中で、しかし、浩介は叫んだ。声に出ているのかどうかも分からなかったが、叫ばずにはいられなかった。


(馬鹿やろうっ、自爆なんて、自爆なんて誰が望んだ……まだ手はあったのに! 大馬鹿やろうっ)


 これは死闘。


 召喚装置の破壊は、命を懸けて完遂せねばならない任務。


 だから、湧き上がる怒りは、見事に任務を果たしたノガリにではなく、その選択肢を取らせてしまった自分に対するものだった。


 サングラスのおかげで、閃光に眼は眩んでいない。


 浩介は、悲鳴をあげる自らの体に怒声を叩き付ける気持ちで起き上がり、少し離れた場所に飛んできたタブレットを掴んだ。


 素早く目を走らせれば、やはりヤバイ爆弾とあって造りは頑丈らしい。弾丸の当たった場所も端だったおかげか、カウントダウンはきっちりと続いていた。


 その残り時間――三秒。


「まとめてぶっ飛べ!」


 サイドスローで投げる。向かう先は、壁際まで吹き飛んでいたアラクネ機兵達。


 カツンッと一度床に跳ねたタブレットは、閃光が消えると同時に、アラクネ機兵の眼前で起爆した。


 空間が軋み、捻れ、集束し、弾けて、戻る。


 アラクネ機兵と上界機兵のほとんどが、その絶対的暴力の渦に捕まって粉砕された。


 浩介は間髪入れず、震える足を叱咤して突進。


 小太刀を抜いて、残り十数機の上界機兵に飛びかかった。それは、通常モードであるとか、疲弊状態であるとか、そんな事情を無視したような、まさに鬼気迫る凄まじい動きで……


 上界機兵の残党は、ろくな抵抗もできないまま全滅したのだった。


「くそったれ……」


 それは誰に対しての言葉か。


 任務は完了。しかし、喜べるはずもない。


 浩介は、やりきれない様子で踵を返し、エガリのもとへ向かった。


 最後のあの絶叫。


 エガリは、相棒ともいうべきノガリを失って、どれほど嘆き悲しんでいるか。


「エガリさん……」


 反応はない。硬直したまま、ピクリとも動かない。


「エガリさんっ」


 強く呼ぶ。


 エガリが、反応した。残った脚の一本がすっと持ち上がり……そして、


「イ゛!」

「イ゛!?」


 なぜか、自分を殴った。浩介、「え?」と目が点になる。


「イ゛! イ゛!!」

「イ゛~イ゛! イ゛ッ!」


 なぜだろうか。まるで一人二役の芝居でも見ているかのよう。


「え、あの、あれ? エガリさん?」


 反応なし。浩介はちょっと引き攣った表情で「まさか……」と思いながら呼んでみた。


「……ノガリさん?」

「イ゛!」


 ノガリさんらしい。


「エガリさんは?」

「イ゛!!」


 エガリさんもいるらしい。


「え? なに!? どういうこと!? 中身が謎ってのは理解してたけど、本当に謎! ノガリさん自爆して死んだんじゃないの!?」

「イ゛~~? イ゛~イ゛?」」

「イ゛ッイ゛!」


 混乱する浩介の前で、エガリボディが器用にも一人二役で何やらコソコソしゃべり始めた。


 生憎と、浩介には何を言っているのか分からなかったが……


 仮に言葉が分かったとしたら、エガリさん達はこう言っていたりする。


――はぁ? 私が死んだとか、この人は何を言ってるんです?

――ボディがないなら、他の何かに憑依すればいいということを知らないんですよ

――その程度のこと普通に推測できるのでは? 主ならしますよ

――まぁ、そこはほら、この人ですし

――哀れですね

――ええ、哀れです


「よく分からないけど、取り敢えずノガリさんが無事で、エガリさんと一緒になって俺を馬鹿にしているって言うのは分かるぞ」


 浩介の中から悲壮感が綺麗さっぱり消える。


 そう言えば、「I’ll be back!」とか、わざわざ某ご本人の音声で再生してたね、そんな機能まであったんだね、と納得半分憤り半分。


 そして、そんなオプションをわざわざ付けたのは、自爆というロマン攻撃が、ボディさえ変えれば何度でもできると最初から想定されているから、ということにも気が付く。


 つまり、エガリさん達にとっては、まったくもって通常の攻撃ということ。「それなら、事前に教えておいてほしかった……」と頭を抱えずにはいられない。


 それはそれとして、なぜエガリさんはあんなに叫んでいたのかというと……


――それよりノガリちゃん! 貴女、わざと自爆しましたね!

――はい? なんのことですか?

――しらばっくれて! あの程度で空間歪曲爆弾が壊れないのは承知のはず!

――だからなんです?

――新しいボディが欲しかったのでしょう!

――最近、主がメイドロボの開発に力を注いでいると聞いて

――やっぱり! 自爆での任務達成の功績を以ておねだりする気ですね!

――そうですけど! 何か問題でも!?

――まぁっ、なんて開き直り! メイドボディは私が貰うんです!

――いいえ! 念願の可愛い人型は私のものです!

――新しいものは姉のもの! 常識ですよ!

――はぁーっ、これだから姉気取りは! 貴女なんて姉(笑)ですよぉ!

――なんですってぇ! ええいっ、出ていきなさい! 私の体から出ていきなさい!

――イヤっ、絶対にイヤ!

――その辺のガラクタにでも入りなさいよ!

――主のボディがいいんですぅ!

――たった今、自爆させたくせにどの口でぇ!


 なんて会話は、もちろん浩介には聞こえていない。が、エガリボディが自分を殴ったり転がり回ったりしている様子から、中の二人が喧嘩しているのは察したらしい。


 浩介は思わず脱力してしまい、「はぁ~~~~~~っ」と盛大に溜息を吐いた。


 と、その直後、凄まじい激震が建物を揺らした。上から降ってくるような振動と腹の底に響くようなそれは……


「落雷か?」


 浩介の表情が引き締まる。ひょいっとエガリボディを摘まみ上げ、肩に乗せる。


「取り敢えず、任務完了。お互いボロボロだけど、もうひと頑張りしようか」

「イ゛!!」


 断続的に届く振動と雷鳴に、浩介は山頂での激戦を想像して、疲れ切った体に鞭打ちその場を後にしたのだった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
ミニ蜘蛛注射、回復薬飲むより隙ができにくくていいなぁ……
そういえばマザーは「殺す」でいいのかな? 「壊す」じゃなく。
[良い点] 遠藤くん、根性ありすぎ、流石、深淵卿! とハウリアの次期族長! と、いろいろあるけど、ノインちゃんの魂魄が滅しないでよかったねぇ……えっ、しかもこれからまた体に鞭打って迎え撃つの? 凄いね…
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