魔王&勇者編 このドM勇者めっ
『聞こえますか? ……聞こえてますよね? ……聞こえて……ない?』
まさか、召喚の黒幕たる〝楽園の主〟からネタ的な呼びかけを受けるとは思いもせず、ハジメと光輝は引き攣った表情で口を噤んでしまっていた。
なので、〝楽園の主〟、返事がなくてちょっと不安になっている様子。
『い、今、あなた方の脳内に直接語りかけ――』
「――こいつ! 直接脳内にっとか絶対に言わねぇからな!」
「南雲。もう言ってる」
ハジメが断固とした姿勢でツッコミを入れる。どんな言葉でも返答があったせいか、なんとなく、〝楽園の主〟からホッとしたような雰囲気を感じなくもない。
『衛機兵、突機兵、重機兵、空機兵の混成部隊が出動しています。隠れ家を用意しているので直ぐに移動してください』
ハジメはしかめっ面に、光輝も難しい表情に。二人が顔を見合わせると同時に、ジャスパー達が駆け込んできた。
「や、やっぱりあんた達にも聞こえてるのか……」
酷い困惑がジャスパーの顔に浮かんでいた。ミンディ達が不安そうに周囲を見渡していることからすると、この脳内に直接響くような声はこの場の全員に届いているようだ。
だが、その困惑も直ぐに怒りと警戒心に転換される。
「今更なんのようだ! 俺達をだましておいて!」
『……否定はしません。幾重にも謝罪しましょう。事情の説明も全て致します。ですが、今はどうか、これ以上の命を失わないためにも私の指示に従ってくださいっ』
切実で必死な声音だった。ジャスパー達を騙したことを否定せず、申し訳なさの滲む声音であった。数多の経験を経てきたハジメと光輝には、それが〝楽園の主〟の本心であると感じられた。
それは、ジャスパーも同じだったのか。モゴモゴと口を動かしているが、二の句が継げないようだった。
〝楽園の主〟が更に何かを言い募ろうとする。それを遮ったのはハジメだった。
「時間がない。楽園の主とやら、これだけ教えろ。連中に面が割れてるのは俺と天之河だけか?」
『いいえ。ジャスパーもです。地下での戦闘の際、記録を取られたのでしょう。情報は既にマザーの手に渡っており、ジャスパーの住居を検索されたに違いありません』
「間違いないか?」
『私がお二人を見つけたのも、動き出した部隊の機兵にハッキングをかけた結果です』
「そうか……やっぱりな」
ハジメは僅かに眼を細めた。一瞬、光輝に視線を向けるも、訝しむ光輝に声はかけず、ジャスパー達に言う。
「ここでお別れだ。俺と天之河はこのまま上に行く」
『待ってください! まずは隠れ家へ! 異界の戦士たるお二人を呼び込んだ事情もお話します!』
「興味ない」
あまりにばっさりと切られ〝楽園の主〟は絶句した。そんな主へ、ハジメは冷めた声音と眼差しを以て言い放った。
「これ以上、面倒に巻き込まれるのはごめんだ。それより、詫びを入れる意思があるってんなら、それこそ、この先ジャスパー一家を守ることに集中しろよ」
『それは当然、手を尽くす気ですが――』
「ちょっと待ってくれ! なんでミンディ達まで!? 禁忌を侵したのは俺だ! どうせ残り数ヶ月の寿命だったんだから投降すればいい! ミンディ達は関係ない!」
家族全員で逃げる。それ自体が、ミンディ達にもやましいことがあるという証左だ。ならば、ジャスパー一人でケリを付けるという意見は、確かに自然な判断ではある。
しかし、
「顔がばれた以上、それはもう通らない。俺達のこと、ジャスパーと楽園の主がしていたこと、尋問もせずに見逃してもらえると本気で思うのか?」
禁忌を犯した者とずっと暮らしていた者達が何も知りませんでしたと言っても通らないだろう。尋問は苛烈を極めるだろうし、最終的には連帯責任――端的に言うなら見せしめにされる可能性は高い。
少なくとも、ハジメには今までの情報を鑑みてその確信があった。
そんなハジメの雰囲気から、ジャスパー達も最悪の事態を想像できたのだろう。マザーの慈悲に縋れるという楽観を捨てて、くしゃりと顔を歪める。
ジャスパーが膝から崩れ落ちた。〝楽園の主〟の言葉に乗ったあの瞬間から、家族は巻き込まれていた。顔さえ把握されていなければこのまま過ごせたかもしれないが、それもこれも結果論に過ぎない。自分はなんて浅はかだったのだろう、と後悔に体が震える。
「すまないっ、すまないミンディ! チビどもっ、本当にすまないっ」
「兄さん……」
今にも死にそうな顔色のジャスパーに、ミンディ達もまた青褪めた顔色で、しかし困ったような表情で寄り添う。
重苦しい雰囲気を、ハジメの一喝が吹き飛ばした。
「泣いてる暇はないぞ。足掻け! 生きたいと、生きてほしいと願うなら、最後の瞬間まで足掻いて足掻いて足掻き続けろ!」
あまりの怒声に、ジャスパーもミンディ達も一斉に体を跳ねさせて顔を上げる。
「時間はない。選択しろ。諦めて死ぬか。死ぬまで生き抜くか」
その、心の奥底にズシリッと響く重い言葉に、ジャスパーもミンディも思わず子供たちへ視線を向けた。諦めて死なせるか、死ぬまで守るか、と心の中に言葉を響かせながら。
そこへ、柔らかく、けれどとても強い言葉が響いた。
「……大丈夫。俺達は良い囮になります」
光輝だった。あるいは自分達より青褪め苦しそうな顔をして、無理やり表情筋を動かしたような不格好で不敵な笑みを浮かべている。
「楽園の主、まずは彼等の保護を。あなたが巻き込んだんだ。ジャスパーの家族を想う気持ちを利用して。その責任を果たさずに、聞ける言葉なんてないよ」
「馬鹿、天之河。話を聞く余地があるみたいな言い方すんな」
光輝にツッコミを入れつつ、ハジメはタクティカルベストから取り出した残り少ない爆薬を家の柱に張り付ける。
『分かりました。とにかく、ジャスパー達を安全な場所へ導きましょう』
「ああ、そうしろ。万が一、またそいつを裏切ったら――」
『裏切ったら?』
「無差別にその辺の人間を殺しまわってやるよ」
『!? な、なぜ――』
「やっぱり嫌か? お前の抱える事情からすれば、な?」
『っ、あなたはどこまで推測して――』
「問答は終わりだ」
ハジメの号令に、驚愕をあらわにしていた〝楽園の主〟は言葉を呑み込んだ。そして、ジャスパーとミンディは決然とした顔つきで、リスティ含むまだ足の遅い幼子を抱き上げる。
「天之河、壁を斬れ」
「了解だ」
リビングの壁を、そしてその奥の隣家へと続く壁を、光輝の聖剣があっさりと切り裂く。ジャスパー達はそこから出て移動しろということだろう。
「じゃあな、ジャスパー。幸運を祈る」
「あ、ああ。あんた達も……家族のもとへ帰れることを祈ってるよ」
別れの挨拶は、それだけ。視線も合わさず。
ミンディに抱っこされているリスティが、何か言いたげな様子でハジメへ手を伸ばすが、その手をミンディがそっと包み込んで引き寄せる。リスティの視線を感じてなお、ハジメは振り返ろうとはしなかった。
『……さぁ、隣家から裏へ。そのまま北西へ向かいます。機兵に見つからないルートで誘導しますから、静かに移動してください』
ジャスパーが子供達を先導するように壁の向こうへ消えていった。子供達も駆け足で出ていく。最後にミンディが、ハジメと光輝にそっと頭を下げて出て行った。
静かになった部屋の中で、しかし、外の喧騒が徐々に大きくなっていく。機兵の部隊が近づいてきているのだろう。下層の住民が、普段は見ない街中での部隊規模の機兵運用に何事かと混乱しているのが分かる。
「エガリ、ノガリ。適当に糸を張って発熱させておけ」
「「イ゛ィ゛……」」
どことなく元気のない返事をするエガリ&ノガリさん。隣家へ続く穴を見ていたことからすると、ジャスパー達の、あるいは子供達の行く末を憂いているのか。
確かに、安全な隠れ家に行けるとしても、その後、ずっと隠れ家で生きていくのか……など不安な要素は数知れず、未来は明るくない。
「なぁ、南雲」
「黙れ。今は行動だ。行くぞ」
「……そうだな」
大きく重い何かを呑み込むみたいに深呼吸をして、光輝は頷いた。
二人で堂々と正面の扉から出る。それなりの数の人が外に出ていて近づいてくる喧騒の方向へ不安そうな視線を投げていた。そして、直ぐ近くにいた人々は、ハジメと光輝の恰好を目にして、明らかに最下層の人間ではないとギョッとした表情になる。
その直後、上空からゴォオオオッと音が響いてきた。
「開戦は派手にいかないとな」
見上げた空には、あの飛行型の機兵――空機兵が飛来してくる光景が。
頭部にある十字型のラインにそって動いていたモノアイが中心でピタリと止まり、遠目にもハジメと光輝を認識したのが分かった。
そして、一気に加速し、これまた人が搭乗する飛行機ではありえない、慣性に喧嘩すら売ってそうな急制動を二人の上空で行い、ホバリングを開始。両手の銃口をハジメと光輝に向け――
『目標を発見。両名はただちに武装を解除し――』
「ハッ、やなこった」
神速の抜き撃ち。普通の人間では手首が粉砕されそうな炸薬量の弾丸が、轟音と共に放たれる。
照準から発砲までのプロセスが認識できないほどの早撃ちと、既存のリボルバー銃と弾丸ではあり得ない弾速は、空機兵に回避の暇を与えず、見事に頭部へヒットした。刹那、その頭部が大爆発する。
――特殊弾 バースト・ブレット
本来なら魔力衝撃波での粉砕こそ本領ではあるが、それがなくとも異世界製火薬が超圧縮された炸裂弾の爆発力は飛び散る弾頭の破片の頑強さと相まって凶悪だ。
まさに、
「汚ねぇ花火ってやつだな」
開戦の合図に相応しい。腹の底に響くような轟音と共に、爆発四散した空騎兵の欠片が降り注ぎ、放電と爆炎が空を彩る。
住民、唖然茫然。
人類を守る機兵が吹き飛んだのだ。なす術もなく、たった一撃で。
自然と、彼等の視線はその下手人――何をしたのかは分からないが、何かをして人類の守り手を粉砕したらしい凶悪犯へと向き、
「ア゛ァ゛?」
「「「「「ヒィーーーッ!?」」」」」
悲鳴の大合唱を響かせた。あちこちから「ば、化け物よぉーーーっ」「見たかっ、あの恐ろしい顔を! 人間じゃない!」「まさか、新種の侵略者!?」「逃げろぉっ、殺されるぞぉーーっ!!」「おかぁーーさぁーーん!」「どうかこの子だけはお助けをぉ!」「おぉ、マザーよ、我らを救いたまえ! あの邪悪を打ち滅ぼしたまえ!」なんて声が次々に上がる。
まさに、阿鼻叫喚の大パニック。まるで魔王の降臨でも目撃したかのよう。
「よし」
「うん、この状況で満足そうな表情ができる南雲は、やっぱり魔王だよ」
光輝の呆れたような眼差しなんて知らない。ハジメは、さっさとこの場を離れるぞと言わんばかりに背を向け、通りを一気に駆け出した。
光輝は頬を掻きつつ追随。「来たッ、こっちに来たぞ!」「逃げろ! 人型の侵略者だぁ!」と逃げ惑う人々に、「俺、一応、勇者やるって決意したばっかりなんだけどなぁ」と、なんとも言えない表情をしつつも、前を行くハジメにならって跳躍し、建物の屋根上を霊峰へ向かって進んでいく。その人外の跳躍力に、ますます混乱は深まっていく。
下界最下層の町は、霊峰コルトランという中心部に近づくほど建物の高さが増していくという特徴がある。少しして、比較的に高い建物の屋上に着地したハジメは、今しがた出てきたジャスパー宅へ視線を向けた。魔眼石の望遠機能で見ているようだ。
「天之河。近づいてきた奴を斬れ。とりま、後ろだ」
「分かってる!」
振り返り様に抜刀一閃。そこには、いつの間にか忍び寄っていた機兵が万歳の状態でスッと斜めにずれる光景があった。
今までの機兵と異なり、また新しい機種だ。骨格だけのようなデザインはそのままだが、脚部が最初に遭遇した機兵より複雑で太い構造になっていて、何より両手にブレードが付いている。まるで某宇宙戦争映画に出てくるライ○セーバーのような輝きを放っているブレードを。
おそらく、白兵戦特化の機兵なのだろう。戦い方から推測するに、突撃する機兵で突機兵か。高性能な脚部は跳躍と機動力に長けているようで、下の道から、あるいは周囲の建物から数十体もの突機兵が忍者のように飛び跳ねて急迫してくる。
それらを、光輝は音を置き去りにする剣撃でもって切り捨てていく。
「南雲、ジャスパー達は……大丈夫だよな?」
「さぁな。楽園の主次第だろ」
酷く軽い言葉だった。けれど、光輝は特に激高することもなく、淡々と襲い来る突機兵に対処しながら言葉を続ける。まるで、ハジメに話しているというより、自分に言い聞かせているみたいに。
「俺には、あの楽園の主がそれほど悪い人には思えなかったんだ」
「……」
「だましたことを本気で悪いと思っていて、できる限りジャスパー達を助けたいと思っているって、そう感じた。きっと深い事情があるんだろうなって」
「……」
「だから、きっとジャスパー達は安全な場所に保護される。けど、その後は……どうやって生きていくんだろう。ここしか人類の住める場所はないのに。食料も水も配給されるものばかりなのに」
空機兵の編隊が飛来した。それを、ハジメもまた淡々と処理しにかかる。右のドンナーで狙い撃ち、回避を先読してシュラークで未来位置を撃ち抜く。遠距離から放たれた実弾を、僅かに身を傾ける程度の動作で回避しながらカウンターを放つ。
「やっぱり連れて行こうってか?」
冷めた声で尋ねるハジメに、光輝は首を振った。
「それは無理だ。今の俺じゃあ、いや、俺達じゃあ、十数人もの非戦闘員を連れて山頂に向かうなんてできない」
「じゃあ何が言いたい」
「……」
自分でも分からない。現実は見えていて、ジャスパー達は自分が守るなんて言えない。自分の力量や状況が、それを許さないことは理解している。
ジャスパー達がお尋ね者になったのは、所詮は彼の自業自得。彼等は助けを求めなかったし、ハジメと光輝も自分のことで精いっぱい。
分かっている。ここで別れるのが、双方にとって合理的でベターな判断だということは、分かっている。
けれど、光輝の心が、あの砂漠の国でさんざんのたうち回って定めた心が、「本当に、このままでいいのか?」と訴えてくるのだ。まるで、鋭い針で心を突き刺されているような痛みと共に。
せめて、楽園の主の真意を聞くべきではないか?
せめて、本当に安全が確保されるまで傍にいるべきではないか?
何か、他に何か、少しでもジャスパーと子供達の未来にかかる暗雲を払うような何かをできないか。
現実と願望がせめぎ合い、プレス機にもでかけられたみたいに胸が苦しくなる――
「あぁっ、うざってぇっ。このドM勇者が!」
「い、いきなりなんだよ! 俺はティオさんじゃないって言ってるだろ!」
「ティオを馬鹿にするな。救いようがないのは一緒だが、お前みたいにクソ面倒な性格はしていない! むしろあいつは清々しいドMだ!」
「ぐっ、それは……反論できないところだけど……」
歯噛みしつつ、突機兵の左右同時攻撃をリンボーダンスのようにのけぞって回避し、そのまま回転しながら円状に振るった聖剣によりまとめて足を薙ぎ払う。
建物の内部の階段を上ってきた最初の機兵――おそらく衛士的な意味で衛機兵だろう――が、頭を覗かせた瞬間、そこに通常弾のヘッドショットを決めつつ、ハジメは苛立たしそうに言葉を繰り出した。
「いつから愚痴を聞いてやるような関係になった? 俺に甘えるなよ」
「……そうだな。悪い」
確かにその通りだ。魔王と勇者は相いれない。その思想・信条を認められない。あるいは、なぜそんな生き方ができるのだと羨んでしまうほどに。
何かを振り払うように頭を振った光輝を尻目に、ハジメは衛機兵と空機兵の相手をしながらジャスパーの家を確認。そこで、家に突入する衛機兵の部隊を認めた後、タクティカルベストから取り出した端末のスイッチを押した。
その瞬間、家の柱に張り付けた爆弾が起爆。エガリ&ノガリによって張られた糸により熱源――人がいると誤認したせいかは分からないが、それなりの数が突入したため、今の一撃だけで数十体の破壊に成功したようだ。
「まぁ、まさか本当にジャスパー達が死んだとは思わないだろうが……時間稼ぎくらいはできるか?」
その呟きに、光輝は僅かに目を見開いた。そして、先程の辛辣な言葉と相まって、苦笑いを浮かべる。
そうだ、自分で言ったじゃないか、と。良い囮になると。
だから、あんなド派手な開戦の合図をして、町を大混乱に陥れ、わざわざ目立つ屋根の上を疾走し、完全包囲される危険があるのに留まって家の爆破をした。
ハジメは、己の信条を掲げたまま、〝できる限りのこと〟をしている。ジャスパー達が少しでも危険なく安全な場所へ行けるように。悩むのが性分とはいえ、〝できる限りのこと〟すらしないようでは自分に失望だ。
だから、
「南雲。電力を確保して、そのうえで余裕があったら彼等を迎えにいきたい」
「……余裕があったら?」
「そう、余裕があったら」
ジャスパー達にはなんの約束もできない。山頂へ連れてもいけない。下手な希望は与えられない。けれど、自分もできる限りのことをしたい。感情に任せて暴走はしないけれど、無茶程度は押し通したい。
禁忌を犯したのなら代償を背負うのは自業自得。確かにそうだろう。けれど、子供の未来が少しでもよくなるように力を尽くすのに、理由はいらない。誰かのために無茶する力なら持っているから。
「限界突破の特殊派生〝戦鬼〟。体がどれだけ壊れても、体内に魔力のギプスを作って死ぬまで戦える技能を覚えた。南雲は扉を開いてくれるだけでいい。道は、俺が切り開くから」
「おかしいな。俺とお前で〝余裕〟の定義が違っている気がするんだが?」
「そうか? 俺達と世間では違う、の間違いじゃないか?」
微妙に否定しにくいことを、とハジメは半眼になる。己の中の優先順位は変わらず、あくまで帰還が第一だ。
……そう、帰還さえしてしまえば万端の準備もしようと思えばできるのだから。
無関係の人間を優先するか、それとも自分達と帰りを待つ大切な人を優先するか。
結局のところ、問題はそこだけとも言える。そして、それこそが魔王と勇者の決定的な違いなのだ。
だが当然、そんなことは口に出さない。現実を見て、勇者がギリギリの選択をしたのだ。これ以上、下手に情報を与えて、勇者にもっと勇者されてはたまらない。落ち着きを得ても、結局自分の本質を変えられなかった、否、変えないという答えに至ったのが、この厄介な勇者なのだから。
「そろそろ行くぞ。部隊の数が増えてる。引き付けは十分だろう」
「そうだね……ジャスパー……どうか無事で」
祈るように呟きながら、また一体、鋼鉄の兵士を斬り裂く。ハジメもまた、外壁にワイヤー付きアンカーやら、手足から飛び出したフックを利用して上ってきた衛機兵を撃ち落としながら霊峰の方へ向き直り――
その瞬間、再び声が響いた。
『異界の戦士様っ、助けてくださいっ』
「あ?」
「え?」
切羽詰まった声は、〝楽園の主〟のものだった。四方八方から寄ってくる機兵部隊に対応しつつも思わず足を止めてしまう。
『通信を探知されました! あり得ないっ、二百年も前に完全廃棄されたコードを読み取られるなんてっ……機兵がこちらに! お願いします! このままではジャスパー達がっ』
ハジメと光輝は弾かれたように全く同じタイミングで同じ方向を見た。魔眼と、かけなおした眼鏡の望遠機能が建物の隙間を縫うようにして約五百メートル先の少し開けた場所を映す。
そこに、裏路地から追い立てられたのだろうか。ジャスパー達が開けた場所の壁際に追い詰められ一塊になっている光景と、なぜか数体の衛機兵が仲間に攻撃してジャスパー達を守っている光景があった。
だが、それも一瞬のこと。動きの鈍い衛機兵は直ぐに突機兵により両断され、更に、衛機兵の放ったライフルの一発がリスティを抱くミンディに襲いかかり……
その二人を突き飛ばすようにして庇ったジャスパーが腹を撃ち抜かれて倒れ込んだ。
遠目にも泣き叫ぶようにしてミンディと子供達がジャスパーに縋りつくのが分かる。そんな中で、リスティだけがミンディ達を庇うように両手を広げて前に出る。
その幼くとも勇敢なリスティの前に、無情にも突機兵が肉薄し、一切を溶断する高熱ブレードを振りかぶって――
「なぐ――」
光輝の、焦燥にまみれた南雲と呼びかける言葉は、最後まで言い切られることはなかった。
間に合わないから? 無意味だから? 違う。
必要がなかったから。呼びかけるまでもなく、
「ぉおおおおおおおっ!!」
裂帛の気合と共に真紅のスパークが迸り、珍しくも両手でドンナーを構えたハジメが刹那のうちに引き金を引いたから。
今までの銃撃の比ではない。これぞ魔王の代名詞ともいうべき通常技にして必殺の魔弾――レールガン。電磁加速された弾丸にとって五百メートルなど目と鼻の先だ。
真紅の槍と見紛う閃光は空間そのものを貫くかのように進撃し、目標を――ブレードを今まさに振り落とさんとしていた突機兵の頭部を狙い違わずぶち抜いた。否、丸ごと消し飛ばした。
振りかぶった片腕ごと、冗談みたいに頭部を消失した突機兵。もう片方の腕の高熱ブレードが、静かに輝きを失う。命の輝きを失ったみたいに。
そうして、ぐらりっと傾き崩れ落ちた突機兵を前に、世界の時間が止まったみたいな静寂が訪れる。
住民は空を切り裂いた真紅の閃光に度肝を抜かれ、ハジメ達を襲っていた機兵部隊は、人の身でスパークを放ち、拳銃でレールガンを放ったというありうべからざる現象に警戒し、そして、リスティ達と彼女達を襲撃した機兵部隊は何が起きたのか理解できなくて。
その静寂を、荒い息を吐くハジメの怒声が吹き飛ばした。
「さっさと行け、天之河!! あと三回しか狙撃はできねぇぞ!」
「っ、三回も撃たせないさっ!!」
クラウチングスタートの姿勢で一拍。ドゴンッと屋上の床を半壊させるほどの踏み込みで飛び出した光輝。
百メートルを三秒で駆け抜けるような速度の中、自分を追い越す真紅の閃光を見る。機兵達の時間も動き出したのだろう。更にミンディ達へ襲い掛かろうとした機兵がゾッとするほど精密な狙撃によって粉砕される。
口元に笑みが浮かぶのを堪えられなかった。今のレールガン二発で、いったいどれほどの魔力を消費したのか。
相容れないやつだ。妬ましいし、羨ましいし、心底嫌いだ。
けれど、冷徹で合理的な判断力を持っていても、その判断力がどれほど〝すべきでない〟と否定しても、目の前で死に瀕している子供は見捨てなくて、子供は無条件に守られていいのだと、そんなところで合致する。
守りたいものの優先順位も、守り方も違うけれど、誰かを守るという心は変わらない。
そして、いつだって、自分より上手く、自分より早く、誰かを救い上げるのだ。
ああ、本当に――
「むかつくくらい憧れるよっ」
ザンッと、斬る。ミンディ達に襲い掛かった突機兵をまとめて三体、両断する。心の中で、「どうだ、三回も撃たせなかったろ?」と、自分でも幼稚だと思うようなことを呟いて。
地を揺るがすような着地と同時に、ミンディ達が息を呑んだのが分かった。彼女達からすれば、光輝が瞬間移動でもしてきたみたいに見えたことだろう。
だが、大丈夫だよの一言をかける猶予は、流石に与えられなかった。ゴォッとアフターバーナーを噴かせる音と共に空機兵が飛来。刃の届かない上空からスラッグ弾のような高威力かつ大型の弾丸がドゥドゥドゥッと音を轟かせて連射されてくる。
弾速は比較的に遅い。斬ることは容易い。だが、今は後ろに守るべき人達がいて、両断しても破片が後ろに流れては意味がない。
だから、
(受け、流す……)
深く深く、内なる水底へ沈んでいくかのように集中する。高威力を小さな力で受け流す八重樫流の真骨頂を喚起する。
極限の集中が世界から色を失わせる。飛んでくる無数の弾頭が螺旋を描く様子すら捉え――聖剣の腹に掠らせるようにしてそっと軌道だけを変える。
光輝の中ではゆったりと、傍から見れば無数の剣線のみが虚空を彩る神速で、見事、放たれたスラッグ弾の全てが背後のミンディ達を避けてあらぬ場所を穿った。それどころか、何発かは別の機兵に直撃までしている。
理解不能。解析不能。そんな神業、人の身で実行不可能。
超常現象ともいうべき剣撃を前に、またも機兵の動きが止まる。上空の空機兵も、モノアイを激しく明滅させる。まるで動揺でもしているみたいに。
(空を飛ぶ敵には無能か、きっついなぁ。……さっきの休憩で少しは回復したし、残存魔力を全て注げば一回くらい〝天翔閃〟を放てるか?)
いや、放つ。南雲がレールガンを捻り出したんだ。自分だけキツいとか言ってられるか! と己を叱咤。ハジメの〝纏雷〟と光属性上級攻撃魔法である〝天翔閃〟では燃費がまるで違うのだが……
ということを、まるで訴えるように、あるいは相棒を諫めるかのように、聖剣が明滅した。
途端、光輝の頭に浮かび上がるイメージ。聖剣が「できる」と伝えてくる。
またも笑いが込み上げた。本当に、俺には過ぎた相棒だと。
圧倒的な感謝と全幅の信頼を乗せて、左手を掲げる。滞空する空機兵を照準するように。そして、右手に握った聖剣の切っ先を真っ直ぐに向けて、
「――穿て、聖剣!」
キンッと鋭く硬質な音が僅かに響いた。音の発生源は空騎兵だった。そう、頭部を五十メートルも一瞬で伸長した聖剣に貫かれた空機兵だった。
そのままスルリッと聖剣を短縮させれば、空機兵は磔から解放された罪人のように地へ落ちた。
その間にも、なお四十メートルの長さでありながら重さがほとんど変わらない聖剣で、閃光の如き斬撃を放つ。そうすれば、聖剣が元の長さに戻ると同時に、前方で固まっていた衛機兵数十体がまとめて斜めにずれて崩れ落ちた。
と、その時、左の建物を倒壊させて、新しいタイプの機兵が出現。その腕にある兵装を見て光輝の表情が引きつる。
「ガ、ガトリング!?」
まるで、全長三メートルのゴーレムのようなずんぐりした人型だった。その腕には回転する銃身を持つ兵装が取り付けられていて、よく見れば肩にはミサイルポッドらしきものまで。装甲も見るからに頑強そうだ。おそらく、重機兵という種類がこれだろう。
あんな兵装で飽和攻撃されては困ると、慌てて聖剣を伸ばして斬ろうとする光輝。だが、次の瞬間、
「邪魔だ」
そんな一言と共に、重機兵が粉砕された。同じ機械の腕――背後上空から砲弾のように跳んできたハジメの義手による〝振動破砕〟でぶん殴られて。
クレーターができるほどの威力で地面に叩きつけられた重機兵は、その兵装を一度も使うことなく、上半身を前のめりに地面に埋めて停止した。激震や衝撃波と共に砂埃が噴き上がる様は、まるで空爆の直撃でも受けたかのよう。
当然、人間にあるまじき破壊力を見せたハジメに、そして直前に光輝が行ったあり得ない剣撃に、とうとう機兵達が後退った。魂なき機械のはずの彼等が、おののいたように。理解不能の相手を前に、畏怖したように。
「エガリ、ジャスパーにありったけの回復薬をぶち込め。ノガリ、その辺の瓦礫も使って糸の結界を張れ」
肩で息をし、少し顔色も悪いハジメが、それでもビリリッと痺れるような鋭い命令を迸らせる。当然、返ってくるのは「イ゛!!」というキレのある了解の声。
同時に、ハジメはタクティカルベストから回復薬のアンプルを二本引き抜き、それを呆然としているミンディに、否、誰よりも前に出ていたリスティに投げ渡した。
あわあわっと慌てつつも、思った通りしっかりとキャッチしたリスティ。
「ジャスパーに飲ませろ。まだ間に合うかもしれない」
「あ、ぅ、ふぁい!」
ファイッ!って戦えって意味か? と一瞬思うハジメだったが、ちょっと痛そうに口元を歪めていることからすると噛んだだけだろう。ノガリが頭の上に乗ってもそれほど動じることなく、リスティは強い感情の乗った眼差しを一瞬だけハジメに向けて、直ぐに踵を返しジャスパーに飛びついた。
やっぱり、中々良い根性をしている……なんて小さな笑みを浮かべつつ、ハジメは光輝の横に並んだ。
『異界の戦士様、感謝します。どうか――』
〝楽園の主〟から大きな感謝の念が伝わる言葉が届く。しかし、それをさらっと無視して、ハジメはわらわらと集まってきた機兵部隊を睥睨した。
「南雲」
「あ?」
静かに呼びかけた光輝に、ハジメは不機嫌そうな声を返す。
「今日、この日の魔王の武勇伝は、俺がミュウちゃんに語ってあげるよ」
子供を助けるのは当たり前。だからきっと、ハジメパパは愛娘にわざわざ語って聞かせたりはしないだろう。けれど、あの子には知ってほしいと思う。
あの子にとって、南雲ハジメは無敵の魔王だから、君のパパは、かつて君にそうしたように、また小さな命を救ったよ、と。
合理性、効率、優先順位、そんな己の判断基準を超えて誰かの命を救ったのだ。なら、愛娘からの称賛と尊敬くらいご褒美に与えられたっていいはずだ。
(まぁ、そんなのとっくにカンストしてるだろうけど)
なんて、光輝が思わず笑みを浮かべて思っていると、
「……天之河」
「うん?」
「せいぜい誤射には気を付けるんだな」
「どういうこと!?」
「あと、ミュウに近づいたら誤射るからな」
「誤射る!? それ確実に狙い撃ってるよな!?」
「このドM勇者が」
「いい加減、ドM扱いするのはやめてもらおうか!」
穏やかで静かな気配だった光輝が怒気で乱れる乱れる。同時に、ハジメもまた不機嫌さMAX! みたいな有様に。
緊迫していた戦場に響き渡る空気を読まないやり取りに、機兵部隊が我に返ったように動き出した。
そして、その機先を制するように、機械の高性能センサーですら捉えられなかった神速の銃撃と斬撃が、それぞれ六体ずつ機兵を破壊する。
「とりあえず蹴散らすぞ。足を引っ張るなよ、勇者」
「そっちこそ……誤射るなよ、魔王」
機兵部隊百体以上――相対するは魔王と勇者。
下界最下層で、前代未聞の戦いが始まった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。
年末のあれこれで時間がなく、ちょっと雑な出来なのでところどころ修正するかもです。
それはそれとして、今年最後の更新となりました。ほんと、神速の如く早かったですね……ともあれ、今年も一年、本当にありがとうございました。
なろう民の皆様の訓練されたかのようなノリの良い感想には、嬉しかったり、楽しかったり、モチベーションが上がったり、とにかくお世話になりました!
書籍やアニメ関連でも様々な形で応援いただき、本当にありがとうございました。来年もまた、一緒に楽しんでいければいいなぁと心から思います。
それでは皆様、よいお年を!!
※こちらも年末年始とコタツみかんのお供にぜひ!(右は口絵です)