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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅢ
361/535

トータス旅行記⑳ ティオとの出会い~酷い事件だったね~



――生き続けろ。これから先も足掻いて足掻いて死ぬ気で生き続けろ。そうすりゃ、いつかは……今日、生き残った意味があったって、そう思える日が来るだろう


 轟々と音を立てる滝の奥。その天然の洞窟の中に、岩のように重く、鋼のように固く、大樹のように揺るぎない声が木霊した。


 北の山脈地帯、その最初の山の九合目付近だ。かつてハジメ達が、遭難者であるウィル・クデタを発見した場所である。


 過去再生で見ているのは、その当時の光景だ。


 伯爵家のお坊ちゃんで、無理を言ってベテラン冒険者達についてきて、なんの役にも立たず、なのに自分だけ生き残った。そのことに酷い罪悪感を抱き、けれど同時に、どうしようもないほど生き残ったことを喜んでしまっている。


 顔をくしゃくしゃにして、自分は醜い人間だと泣きじゃくるウィル。その胸ぐらを掴み上げたハジメの、叩き付けるような言葉だった。


 過去映像の中で、ハジメは直ぐ我に返ったようにウィルを離した。まるで、熱くなってしまった自分に恥ずかしさを覚えているみたいに、気まずそうな雰囲気を漂わせて。


「生き残った意味は、確かにあったな?」


 (しゅう)がハジメの頭をガシガシと乱暴に撫でた。まるで黒歴史を振り返っているみたいに目を逸らしていたハジメは、羞恥心も相まって愁の手をペシッと叩き落とす。


 だが、父親から視線を逸らしても、その先には待ち構えていたみたいに(すみれ)がいた。


「そんな恥ずかしがらなくていいじゃない。ほら、ウィルくんだっけ? 彼の目、ちょっと力を取り戻してるわよ」

「……半分以上八つ当たりだ。我ながら子供っぽくて見てられねぇよ」


 〝洞窟の中でたった一人生き延びた〟という点、ハジメとウィルの境遇は被っている。そのウィルが自分を恥じるような言葉を吐いたことで、ハジメ自身の生存まで間違っていると言われたような気がして、思わず先のセリフを口にしたのだ。確かに、八つ当たりと言えば八つ当たりだろう。


「そんなことないの! パパ、かっこいいの!」

「ミュウ……」


 自嘲するハジメの足に、ヒシッと抱き付いたのはミュウだった。まん丸お目々がキラキラしている。同時に、どこか優しい色合いも感じられて、本心と気遣いの両方が伝わってくるようだった。


 ハジメの顔には自然と微笑が浮かび、無意識のうちにミュウの頭を優しく撫でる。ミュウは、まるで温かいお風呂にでも入ったみたいに、気持ち良さそうに目を細めた。「みゅ~~」と可愛らしく緩んだ声も漏れる。


 そんなミュウに微笑ましそうに表情を綻ばせつつ、愛子が同意する。


「そうですね。私達も、心の底にずんっと重く響くように感じました。ハジメ君の奈落での経験が、どれほどのものか。想像しかできなかったそれが、少し実感できたような気がしたんです」


 愛子の言う通り、過去映像の中の愛子や優花達は一様に何か感じ入ったような表情を見せている。あたかも、寒さ厳しい冬の中で、小さな暖炉を前にしたかのように。再会してから冷たい面しか見せなかったハジメに人らしい熱を感じて、その熱で、自分達の中の凍えた部分が融かされていくといったような表情だった。


 実際に、奈落の底での生存競争を見てきた智一達も、先の言葉には感じるものがあったようで、ハジメに対し、どこか温かい眼差しを向けている。智一が、穏やかな声音で尋ねた。


「ハジメ君。彼は今も冒険者を?」

「すみません、今どうしているかはちょっと分かりません。最終決戦の後に、一度、両親や兄弟と一緒に挨拶に来てくれましたけど……復興関係でかなり忙しくしているようでしたから、親の手伝いをしているんじゃないですかね」


 首を傾げるハジメだったが、答えはリリアーナが教えてくれた。


「クデタ伯爵家の復興への貢献は多大です。フューレンと連携し、私財まで投げ打って尽力してくださいました。その献身に報い、現在は王国南方一帯の領土を治める辺境伯となっています」


 発言力は公爵級という大出世らしい。


 王都への魔人族の侵攻の際、少なくない上級貴族が犠牲になっている。そして、生き残った貴族の中には、それをチャンスと捉え私利私欲を肥やそうという者も少なからずいる。


 リリアーナの人を見る目は本物であるから、その見分けに問題はないが、〝信頼できる者〟の人材不足は否めない。


 そんな中、貴族としての義務と、ウィルを救ってくれた魔王陛下へ、その奥方たるリリアーナを助けることで報いたいという思いから身を削った伯爵は、リリアーナからしても強く信頼できる相手だったらしい。今や、王国の重鎮の一人とするほどに。


「必然、辺境伯の担う役目も多大になっていますから、ウィルさんも冒険者からは手を引き、家の仕事を精力的に手伝っていますわ。今はフューレンで、クデタ辺境伯代理として支援物資等に関する交渉窓口の役目を担っていますよ」

「へぇ、あの商業大都市相手の交渉担当って、そりゃすごい。並の奴なら口車に乗せられてケツの毛までむしり取られそうなもんだが」

「今はみな一丸となっていますから、フューレンもそこまで足下を見たりしませんよ。阿漕あこぎな商売をして民衆の不満が溜まって、それが誰かさんの耳に入りでもしたら……かつての裏組織みたいなことになっちゃう! と」


 なるほど。ミュウをオークションにかけた裏組織の連中に起きた悲劇を、フューレンの一部が汚ねぇ花火で満開になった時のことを、上層部はしっかりと覚えているらしい。


 別に、ハジメは民衆の味方というわけではないのだが、回り回って苦労するのはリリアーナだ。なら、それを見てハジメが動く……という可能性を捨てきれないのだろう。


「ふふ。まして、ウィルさんは魔王陛下が直々に助けた人ですからね。それはもう、誠意を持って、真心を込めて対応しなくてはいけませんよ。ふふふ」


 おや? なんだかリリアーナ姫の笑い方が邪悪……


「なぁ、リリィ。もしかして、ウィルの人事に関して辺境伯に口を出したり……」

「ぴゅ~ぴゅぴゅ~ぴゅ~♪」


 素敵な口笛が洞窟に木霊した。なんてベタな誤魔化し方。口笛なのにめちゃくちゃ繊細で美しい旋律なところが腹立たしい。しかも、曲がさっきの魔法少女の曲だ。なんという覚えの早さ。ちょっと口笛用にアレンジが入っているところが尚更イラッとくる。


 旦那の威光を遠慮なく利用する強かな王女様に、誰もがなんとも言えない顔になっている中、それはそれとして……と、香織が過去映像に注意を戻す。


「……むぅ。またユエと二人っきりの世界を作ってる」

「そうなんですよ、香織さん。いつでもどこでも桃色結界なんですよ。まだ三人旅だった時の私の気持ち、分かります?」

「うん、分かるよ、シア。だって、映像の中でもシア、すごい顔してるもん。こう、疎外感とか寂しさとか虚しさとか、いろいろごちゃ混ぜになったみたいな? 私が同じ立場でも、きっとこうなるよ!」

「香織さん!」

「シア!」


 なんか香織とシアの友情値が上昇していた。ヒシッと抱き合っている。無理もないと言えば無理もない。なぜなら、過去映像の中には、ハジメの手を握り締め、


――大丈夫、ハジメは間違ってない

――ユエ

――全力で生きて。生き続けて。ずっと一緒に。ね?


 なんて聖母のような慈愛の表情を向けるユエと、そんなユエを愛しげに見つめながら頬を撫でるハジメがいるのだから。


 もちろん、ユエもハジメの手に甘えるように頬ずりしている。ハート型のバブルがほわほわと漂い、空気が桃色に色づいている光景が幻視できた。映像の中なのに、なんとなく空気までスイーツのように甘く感じられる。


 そしてそんな甘ったるいシーンが、一時停止で静止画となる。犯人はもちろんユエ様。ドヤ顔だ。凄まじくドヤっている。ついでに、某見下しすぎな海賊女帝みたいに反り返って指まで差しちゃう。


 香織が神速でユエの背後に回り拘束した。阿吽の呼吸で、シアがウサミミによる首筋こちょこちょの刑を執行する。さりげなく雫と愛子とリリアーナも参戦。シアがユエの腰を持って水平に持ち上げれば、脇腹のみならず靴を脱がして足裏までこちょこちょ。


「……んっ!? んんっ!? や、やめっ、ふひっ!? ひゃわ!?」


 振りほどこうとした途端、「なんだか楽しそうなの~!」とミュウも参戦してこちょこちょ! 強引な手段に出られなくなって、ユエはあひあひっと悲鳴を上げながら涙目で悶える。


 仲良しだなぁ~みたいな目で親達がじゃれ合いを眺めている中、ふとハジメは気が付いた。妙にティオが大人しいと。


「おい、どうした、ティオ。そんな普通の竜人族みたいな顔して」

「妾、普通に竜人族なんじゃが!?」

「……ハハッ」

「なんで笑ったのじゃ!?」


 心外! と言わんばかりにプンスコしているティオに、やはり何か変だとハジメは目を眇めた。だって、「お前は竜人であって竜人じゃない。竜人(笑)だろ?」的に言ったのにハァハァしないのだ。異変である。


「で、どうしたよ?」

「……まったく、ご主人様は目聡いのぅ。まぁ、それだけ見てくれているのだと思うと、嬉しくはある――」

「大人しいティオなんて嫌でも目につく異常だろう?」

「んっふぅっ。流れる水のように自然かつ槍のように鋭い言葉に圧倒的感謝!」

「いいから、どうしたのか早く言えよ」


 やっとハァハァしてくれたティオに少しホッとしつつ促せば、ティオは一転して苦笑いを浮かべながら心情を吐き出した。


「いやなに、心配されるようなことではない。少しばかり、己の失態を恥じておっただけじゃよ」


 その言葉で、ティオの内心を察する。


 おそらく、今の過去映像でのウィルを見て、改めて考えていたのだろう。自分が操られたことで、冒険者達を殺めてしまった時のことを。


「本当に、度し難い失態じゃった」


 苦笑いの奥に、憤怒が見える。黄金の瞳の奥に、己を焼かんばかりの炎がちらついている。


 その様子にユエ達はじゃれ合いをやめ、神妙な顔付きでティオを見やった。そして、親達はハッとしたように目を見張った。


 薫子と昭子が、固くなった空気に焦ったように、ティオへフォローの言葉を向ける。


「で、でも、ティオさんは確か、操られていたのよね?」

「愛子からもそう聞いてるわ。なら――」

「お二人共、気遣いは感謝する。じゃが、人命が散ったのじゃ。仕方ないでは済まんよ」


 薫子と昭子は、きっぱりとしたティオの返答に口を噤んだ。鷲三達はティオの心情が分かるのか、静かな眼差しを向けている。


 菫と愁は顔を見合わせ、ティオに問うた。


「ウィル君やご遺族からは許しを得たんじゃなかったかい?」

「決戦の後、地球に来るまでの間に謝罪に行ったのよね? ハジメが同伴したんでしょ?」


 実のところ、ティオは既にかの冒険者達の遺族のところへ謝罪に行き、ウィルだけでなく彼等の許しも得ていた。どうやら事前にウィルから事情説明があったらしく、また決戦などでのティオの活躍もあって、ティオ本人が逆に困るほど、わだかまりなく謝罪を受け入れてくれたのだが……


「それはそれ、これはこれじゃ。妾の失態で、失われなくともよい命が失われた。それは、許しを得ようが得まいが、妾が一生忘れてはならんことじゃ」


 厳粛な裁判官のように、あるいは道理を説く司祭のように、ティオは戒めの言葉を紡ぐ。


 そこには確かに、己への甘えを許さず、背負うべきものから目を逸らさない、厳格で道徳的な竜人族がいた。


 自責と自戒、そして死者への冥福を祈る心を胸に、静かに瞑目するティオ。神妙な空気が漂う中、ステテッと走り寄る小さな影が。


「……ふふ、ありがとうの。ミュウ」

「みゅ……」


 さっきはハジメに。今度はティオに。ただし、今度は言葉なく、ただ寄り添うようにして

ティオの足にしがみつくミュウ。


 ユエ達も、そして親達も、揃って冥福を祈る。しばしの間、厳かな時間が流れた。


 やがて、ハジメが静寂を破った。


「ま、悩んでるとかじゃなくて、ティオが自分で決めたことなら俺から言うことは特にないんだけどな……」

「なんじゃ?」


 自責の念に苛まれ、自縄自縛状態にならないのなら構わない。その辺り、ティオはド変態なのに誰よりもしっかりしているから、心配はない。と口にしつつも、どこか思いやるような柔らかい表情になったハジメに、ティオは小首を傾げた。


「油断はあったかもしれない。砕かれたことのない竜鱗の防御力には自信があっただろう。遠く離れた孤島からの連続飛行による疲労も大きかったに違いない」

「それは、まぁ……そうじゃな。しかし……」


 何か反論しようとして、しかし、ハジメはそれを片手で制して続けた。


「何より、運が悪かった。広大な山脈地帯の中、身を隠していたっていうのに、お前は奴と遭遇しちまった。それも、計画の準備中という絶妙なタイミングで。いったい、どんな偶然だよって話だよな」


 腕を組んで語るハジメに、誰もが注目する。ティオは、「運が悪かった」という言葉に、いかにも「理由にならん」と異論がありそうな表情だったが黙って耳を傾ける。


「ティオは、流石は竜人というべきか、その精神力は半端ない。どの大迷宮の試練でも、お前が揺らいだところを、俺は見たことがない」

「……五百年以上、生きとるからなぁ」


 そう、ティオは、ハルツィナ大迷宮の時も、氷雪洞窟の時も、精神に作用する試練にきっと誰よりも揺らがず立ち向かい、そして突破した。


「ああ、だから敢えて言う。運が悪かったんだ」

「ご主人様、それは……」

「よりにもよって、清水なんていう凄まじい天才に見つかっちまったことはな」

「天才……」


 疑問形の口調で呟いたのは鷲三だった。だが、心情はみな同じらしい。ハジメが、清水幸利を、掛け値なく天才だと称した点に、驚きと意外な気持ちを抱く。


 ハジメは、そんな周囲の雰囲気に肩を竦めた。


「だってそうだろう? このティオを、丸一日かかったとはいえ洗脳したんだぞ? これをチートレベルの天才と言わずしてなんて言うんだ?」


 それだけではない。よくよく考えずとも、六万もの魔物の大群を二週間かそこらで支配下におくなど尋常ではない。


 たとえ、六万の魔物全てではなく、その中のボス的な魔物だけだったとしても、それでも百体近い数。しかも、数百数千の群れのボスなのだから、当然強力な魔物だ。それを完璧に洗脳支配していたのだから、その凄まじさが分かるというもの。


「あるいは、清水こそ魔人族にとっては天敵だったのかもしれない。だからこそ、仲間に引き入れる話を持ちかけ、俺達に捕らえられるや否や直ぐに見切りを付けたのか……まぁ、推測に過ぎないけどな」

「ハジメ君、天敵というのはどういうことだい?」

「鷲三さん、トータスの事情は説明しましたよね? 魔人族の絶対的なアドバンテージはなんだったか覚えてますか?」

「それは……確か、フリードという将軍が魔物の軍団を……ああ、そういうことか。清水君は……彼は、もしかしたら、その魔物の軍団を奪えたかもしれないわけか……」

「ええ。未熟な段階で、あの大群の洗脳支配です。研鑽を積めば、できた可能性は十分にありますよ。そうでなくても、数に数で対抗できることは証明されたわけですし」


 ハジメの推測に、愛子が目を伏せた。


「……もし、清水君が私達の側に留まっていれば、彼は彼の望み通り勇者になれたかもしれませんね」

「どうだかな。あいつが欲しかったのは、〝自分だけが特別〟っていう環境だろう。それならどの道、その願いを叶えられるのは魔人側だけなんだし、結果は変わらなかったと思うが」

「そう、でしょうか?」

「そうだろ。クラスの連中はどいつもこいつもチートだったんだからな」


 最たる例は、光輝。勇者である彼のスペックは他の追随を許さなかった。そして、恵里。彼女は自力で、死者の魂を縛って使役する魔法〝縛魂〟を開発した。それは、魂魄魔法という神代魔法の領域に踏み込む技だ。


 香織にしてもそう。たとえ使徒の力を得なくても、そのまま回復魔法の研鑽を積んだだけで、数千人規模を一人で治療できる癒やし手になれた。


 雫も、速度だけなら勇者を上回り、斬撃能力を向上させる技能や魔法を鍛えれば、文字通り、斬れぬものなど存在しない最強最速の剣士だ。


 鈴は王都の大結界クラスの結界を自力で展開できるし、龍太郎も、ハジメが体の崩壊と再生を繰り返して魔物から奪い取った〝金剛〟を、最初から感覚だけで使える上に、そのタフネスは異常の一言だ。


 愛子は言わずもがな。某深淵卿など、トータスに来る前から異常である。


 〝自分だけが特別〟――そんな清水が望んだ環境には、どうあってもなれなかったに違いない。そして、彼の自尊心は、絶対にそれを認められなかったに違いない。


 紛れもなく、清水という少年は破格の力を持った〝脅威の存在〟だったのだ。


「話を戻すけどな、ティオ」

「うむ」

「もし、洗脳を受けたのが俺達だったなら、物理的な衝撃程度じゃあ目が覚めなかったかもしれない。それくらいの脅威に、お前は初っ端からぶち当たっちまったんだ。だから、気にしすぎるななんて言わないし、罪を背負う覚悟も尊重するが……」


 ハジメは、言葉を探すように虚空に視線を彷徨わせ、そして、困ったような表情で言った。


「お前を糾弾する権利のある人達が、お前を許したんだ。だから、少しくらい、お前もお前を許してやってもいいんじゃないか?」

「ご主人様……」


 ティオは、酷く困った顔になった。受け入れられない……と思ったからではない。言葉にできないけれど、胸の奥を締め付けられるような感覚に陥って、どんな表情をすればいいのか分からなくなったのだ。


 ハジメは、「お前って、実は周囲より自分にばっかり厳しいからなぁ」と呟きつつ言葉を重ねる。


「……神との戦争は終わった。竜人族の宿願も果たされた。だからさ、ティオ。もう少しだけ、自分に甘くなってもいいんじゃないか?」

「……そうかの?」

「ああ、俺はそう思う。それともあれか? 自分への厳しさで、内心ではセルフハァハァしてんのか? だとしたら余計なお世話だったかもしれないが……」

「セルフハァハァとはなんじゃぁ!? 快楽というものはっ、信頼する他者から与えられんと意味がなかろうが!」

「いや、知らねぇよ」


 いかにも〝激オコ!〟みたいな感じでハジメに掴みかかるティオだったが、誰も止めようとはしなかった。理由は簡単だ。ティオの表情が、なんだか砂糖菓子でも頬張ったみたいに綻んでいたから。


 その場の誰もが、犬も食わぬと言いたげな眼差しで、ポカポカとハジメを叩くティオを眺める。


 ポカポカ、ポカポカッ!


「……ん。取り敢えず、ここでの過去映像は終わり。外に出る」


 ユエの号令で外へ向かう一行。ポカポカ、ペシペシ。


「あれ? ユエ、過去再生は切らないの?」

「……ん。滝を抜けたら、直ぐに野生のティオが出現するから。過去再生はそのまま」


 香織の質問にユエが答え、雫がなるほどと頷く。ツンツン、すりすり。ペチペチッ。


「ハジメ達の気配を掴んだのかしらね? ねぇ、ティオ、その辺りのこと覚えて――」

「ええいっ、鬱陶しいわ! この駄竜が!」

「至極のビンタッ、ありがとうございますっ!!!」


 フィギュアスケーターの如き芸術的なスピンをしながら崩れ落ちる駄竜さん。物凄くアヘアヘしていらっしゃる。お手本のような恍惚の表情だ。


 と同時に、ユエがちょうど滝を割ったので外の光景が見えた。過去映像の中で、勇壮かつ凄まじい迫力を持った黒竜が睥睨している。実にラスボス感たっぷり。迸る漆黒の魔力と、映像越しでも伝わってくる強大なプレッシャー。ギロリッと向けられた竜眼と言ったら、親達が揃ってビクリッと震えてしまうほど鋭い。


 そんな、まさに物語に出てくる邪竜のようなドラゴンを前に、


「ご主人様よ! おかわりを所望するっ!!」


――グルルルルルッ


 右の頬をぶたれたなら、左の頬を差し出すのが世の道理! と言わんばかりに、期待の眼差しでご褒美をねだるティオ。そして、唸り声を上げる過去のティオ。


 映像を一時停止。ユエは、後ろの皆に振り返り、一言。


「……このギャップよ」


 香織達も、菫達も、一斉にハジメの足下でお座りをしてワンワンオー♪しているティオを見た。心は一つになった。


 なんて、本当になんて残念な伝説の竜人なんだろう……と。


 なにはともあれ、と一行は洞窟を出た。滝壺を後ろに、まだ戦闘の痕で荒れ果てたままの空き地に集まる。


 引き摺ってきたティオを放り捨て、ハジメは一時停止中の過去映像を横目に口を開いた。


「さて、今からショッキング映像が流れるわけだが……」

「妾が新たな扉を開いた素晴らしき瞬間じゃな! 見てたもう! ぜひ見てたもうっ!」


 ユエとシア、そして愛子の目が異星人を見るような目になる。なぜあの瞬間の公開上映を自ら望めるの……と。


「正直、変態が変態するだけの光景だ」

「ハジメ君。誤魔化しはいけません。〝ハジメ君が一人の変態さんを生み出した光景〟です」

「……ん。さりげなく自分のせいじゃないみたいな流れに持っていくのはよくない」

「そもそも、誰が見てもハジメさんの責任案件ですよ? 罪はきちんと背負いましょう」

「ごほんっ。俺がっ、変態をっ、生み出してしまっただけの光景だっ」


 三者三様の指摘に、ハジメはちょっとやけくそ気味に言い直した。嫁~ズは、時々旦那に厳しくなる。


「で、見るか? 見ないか? 俺は、見ないことを強く推奨する」

「ここまで来て、今のティオの始まりを見ないなんてあり得ないよ!」

「そ、そうね。話には聞いてるからちょっと怖くもあるんだけど……」


 香織と雫の返事に、どうやら親達もちょっと迷いつつも頷いた。ここまで、見る必要のないハジメ達の軌跡を、重く苦いものも含めて見てきたのだ。ならば、本人が見て欲しいというショッキング映像くらい、見ないでどうするか! と、なんかちょっとよく分からないテンションになっていく。


 ハジメは溜息を一つ。ミュウへ視線を向けた。ミュウがビクッとする。上目遣いになって、おずおずとした様子で尋ねる。たかい、たか~いは嫌だけど、見たいものは見たい。


「……ダメ、ですか? なの」

「いいぞ。レミアがいいなら」


 ミュウは「え!?」となった。まさかOKが出るとは思わなかったらしい。慌てて視線を転じると、レミアママは少し迷っている様子。こちらも意外だ。変態が変態に目覚める瞬間なんて、どう考えても情操教育的に悪い。悪すぎる。なのに迷うとは……


「マ、ママ? ミュウ、見たいの。ティオお姉ちゃんとパパ達が出会った時のこと、見てみたいの」

「そ、そうね……い、いいんじゃないかしら」

「いいの!?」

「うっ……ええ、ミュウが見たいなら」


 レミアママ、いかにも苦渋の決断! といった様子。ハジメといい、レミアといい、なぜOKを出すのか……


 気になった、というか心配になって、良識人の智一がミュウに気遣うような目を向けつつ尋ねる。


「ハジメ君。本当にいいのかい? というか、どうしていいんだい?」

「いや、まぁ、ティオのことですし」


 首を傾げる智一や薫子達。ハジメは苦笑い気味に続ける。


「いや、ここで情操教育に悪いからって見ないことにあまり意味はないでしょう。ほら、今も俺に投げ捨てられてハァハァしてますし」

「あ……」

「歩く公然わいせつですからね――」

「ありがとうございますっ」

「――見ようが見まいが一緒です。身内の性癖というか、性格的なことなので、そこまで拒否らなくてもいいかと」


 レミアを見れば、困った表情ながら頷く。同じ意見らしい。ここで見てはダメ! となると、そもそもティオを見ちゃダメ! と言わなければならない。レミア的に、家族に対するそんな態度こそ情操教育的に良くない、ということのようだ。苦渋の決断だけれども。


「わぁ~~い! なの! ティオお姉ちゃんのこと見られるの!」

「うむっ、ミュウよ! 刮目して見るがよい! 妾の生き様を!!」

「かつもくするの!」


 ぴょんっと抱き付いてくるミュウを、ハァハァしながら受け止めるティオ。幼女を抱き締めながら恍惚の表情で息を荒らげる有様は、違う意味でもヤバイ。


 そうして、大丈夫かなぁ~、ミュウちゃん的にトラウマになったりしないかなぁ~、という懸念を抱きつつも、いざとなればティオという存在そのものに幻術でモザイクをかければいいと暗黙のうちに了解し合って、さぁ、覚悟はよろしいか? とユエが視線を巡らせた――その時。


「ん? この気配は……」

「え? ハジメさん、これってもしかして……」


 ハジメとシアが不意に明後日の方向へ視線を向けた。なんだろうと、他の者達も空へ視線を向けていると、空に黒点が見え始めた。それは徐々に大きくなり、やがて翼の羽ばたきも見えてくる。


「おお? あれは……じい様か!?」


 視認できた姿は、勇壮な赤竜だった。藍色の竜も、少し後ろを飛行してくる。


 そうして、空き地にバサリッと翼を打ちながら着地した二体の竜は、直後、光に包まれて人の姿を取った。


「久しいな、ハジメ君」


 赤髪で和装の美丈夫――ティオの祖父であるアドゥル・クラルスは、纏う大樹のような気配と同じ、力強くも穏やかな声音で挨拶を口にした。


「お久しぶりです、アドゥル殿。ここで会うとは驚きました。偶然……というわけではありませんよね?」

「うむ。ハイリヒの王妃殿から話を聞いてな。挨拶と提案をしに飛んできたのだ」


 威厳がありながら、見た者をほっとさせるような微笑を浮かべ、アドゥルは視線を愁達に巡らせた。


「お会いできて光栄だ。私はティオの祖父、アドゥル・クラルス。貴殿等と顔を合わせることは念願だった故、年甲斐もなく自分を抑えられず、旅にお邪魔してしまった。申し訳ない」


 そう言って軽く頭を下げるアドゥルに、呆然としていた愁達はようやく我を取り戻した。ハジメが本気で敬意を示し態度を改める、数少ない相手だ。当然、愁達も感じ取っている。自然と傅きたくなるような威厳と気品を。これが、本物の王かと息を呑んでしまう。


「そんなっ、頭を上げてください。こちらこそお会いできて光栄ですん!」

「そ、そうでありますのよ!」

「お、おい、菫! 口調! 口調が変でありますぞ!」

「あなたも変でございますですのよ!」


 普通にテンパる南雲夫妻。ハジメが両手で顔を覆う。途端、アドゥルから快活な笑い声が響いた。


「ハジメ君から少し聞いていたが、どうやら本当に楽しいご両親のようだ」

「い、いやぁ、それほどでも~」

「もう、うちの子ったら何を言ってるのかしら。世界一愉快で素敵な親だなんて!」

「父さん、母さん。頼む。落ち着いてくれ」


 あせあせしながら暴走の気配を見せ始める両親に、ハジメは懇願した。もちろん、ユエ様が即座に魂魄魔法を使う。


 智一達も、アドゥルの雰囲気に呑まれて少し緊張気味だったのだが、直ぐ近くでテンパりまくった二人を見たことと、


「アドゥルお祖父ちゃんなの~~!!」

「おぉ! ミュウ! 久しいな! 少し背が伸びたか? うむ、体重も少し重くなったな」

「むぅ、アドゥルお祖父ちゃん、メッなの。レディに体重の話は〝たぶ~〟なの」

「おっと、そうだったな。すまない。私が不心得だった。ミュウはもう、立派なレディであるな」

「うふふ~なの~」


 なんて、普通の祖父と孫娘みたいな雰囲気で、ミュウを抱っこして相好を崩すアドゥルを見たことで、冷静さを取り戻したようだ。それぞれ、落ち着いた大人としての顔で口々に挨拶をかわしていく。


 大人達がアドゥルを中心に友好を深めている中、いろいろ疑問を顔に貼り付けたハジメのもとへ、リリアーナがすすっと近寄った。


「すみません、ハジメさん。お話しするのを忘れていました」

「ん? アドゥル殿のことか?」

「ええ。実は、アドゥル様と竜人の皆さんには大陸全土に渡る警備と伝達の役目を担っていただいているんです」


 なるほど。もはや誰にはばかることもなく空を自由に飛べる竜人ならば、まだまだ種族間の諍いや、地盤の固まりきらない各地における問題解決に対し誰よりも迅速に動ける。情報の伝達や共有という面でも、彼等の高潔さと信頼度の高さも考慮すれば、これほど安心して任せられる相手もいないだろう。


「なんとそうじゃったのか。そうすると、里の者達はみな、大陸に来ておるのかの?」


 ティオが寄ってきて、首を傾げる。ユエ達も集まって耳を傾ける中、答えを返したのはリリアーナではなく、アドゥルに随伴していた青年の竜人族だった。そう、ずっとハジメに厳しい目を向けている藍色の竜人――リスタスだ。


「いいえ、姫様。こちらに来ているのは先の決戦に参戦した者だけです」

「おお、リスタス! 久しいのぅ。お主、おったのか」

「……いました。最初から」


 あれ? なんだろう。こんな扱いを受けている某深淵卿がいたような……


 ちなみに、リスタス君はティオ姫が初恋の相手であり、かつ元婚約者候補でもある。知っているので、香織達から悲しみと同情の目が向けられる。


 リスタス君、同情するならまともな姫様を返してくれ! と言いたげな顔付きで、それでも説明を続行する。


「獣人族と人間族の溝が埋まりつつあるとはいえ、今は双方ともに、互いを理解し受け入れようとしている大事な時期です。我等竜人族の全員が、空を自由に飛びすぎるというのはいらぬ感情を与えかねません」

「なるほどの。確かにその通り。畏怖など抱かれては、他の獣人族にも申し訳ないしのぅ」

「はい。それに、復興で忙しい中、里の者全員の住む場所を確保していただくのも心苦しいところです。なので現在、各国の協力のもと、大陸に新たな竜人族の里を設ける場所を選定しているところなのです」

「そうか……そうなんじゃな……」


 ティオは、どこか感慨深そうに深く何度も頷いた。大陸より逃げ延びて五百年以上。ようやく、竜人族も大陸に戻ってくることができるのだ。


「候補地はいろいろ挙がっております。フェアベルゲンからも、自治区を設けるので共に、と嬉しい言葉をいただいておりますが……我等の存在は良くも悪くも強大故、選定は慎重に行っています」

「うむ。それがよいじゃろうな」

「はい。ですので、姫様。今後の竜人族の未来もかかっておりますので、ぜひ、ぜひっ里に戻ってきて――」

「よさないか、リスタス」


 前のめりで切願しようとしたリスタスだったが、その言葉はハジメにドパンッされる――前に、親達との交流が一区切りついたらしいアドゥルが、ミュウを抱っこしたまま呆れたような声で遮った。


「ぞ、族長っ、しかしっ」


 なお言い募ろうとしたリスタスを視線で黙らせ、アドゥルは言う。


「ティオ、こちらは気にするな。むしろ、楽しみにしていなさい。我等の新たな故郷がどのようなものになるか。みな、お前の幸せを祈っているし、いつか新しい故郷を披露して驚かせるのだと張り切っているのだ」

「じい様……そうか。うむ、言われんでも、妾はわがままさせてもらう。ご主人様の傍は離れんよ。さっきも、もっと自分に甘くていいと言われたばかりじゃしな」

「ほぅ。ハジメ君がそんなことを……ふふ、それは良い言葉を贈られたな」

「うむっ」


 祖父と孫の顔で、穏やかに笑い合う二人。リスタスが「ぐぬぬっ」と漫画に描いたようなぐぬぬ顔でハジメを睨む。


 それを肩を竦めてスルーしつつ、ハジメはアドゥルに改めて視線を向ける。


「それで、アドゥル殿。何か提案があるとのことでしたが……」

「ああ、そうなのだ。さっき話に出たように、我等はそれほど遠くないうちに移住することになる」

「ええ。おめでとうございます、でいいんでしょうか?」

「もちろんだとも。ありがとう。とはいえ、五百年以上過ごしてきた思い入れのある場所だ。ちょうど君達が旅行をしていると耳にしたのでな、それなら、移住する前に一度、ご家族揃って里に招待させてもらえないかと、そう思ったのだ」

「なるほど……」


 確かに、遙か北の海に浮かぶ孤島の隠れ里での暮らしを見られるのは、もうこれが最後のチャンスかもしれない。であるなら、この招待は実に貴重でありがたい申し出だ。


 予定にない行き先だが、どうする? と視線で問うハジメ。


「妾としては、ぜひ訪れてほしいところじゃ」


 そんなティオのお願いも相まって、一行の心は直ぐに決まる。もちろん、答えはイエスだ。


「というわけで、アドゥル殿。お世話になります」

「良かった。里の者達も喜ぶだろう」


 ミュウを受け取りながら、握手を交わす二人。


 ハジメの表情に見える敬意に、愁が「あれ? 俺、ハジメからあんな顔を向けられたこと……」と呟き、智一が「それ、前にも聞いたぞ。っていうか、アドゥルさんと張り合うなよ、南雲愁。人としての格が違うんだから」と返して、二人、静かに取っ組み合いを始める中、アドゥルが言葉を続ける。


「それで、先程、愁殿から少し聞いたのだが、何やらティオと出会った時の戦いを見る予定だったとか?」

「え? あ~、はい、そう、ですね。はい……」


 ぶわっとハジメの額に汗が噴き出した。


「それはいい。ぜひ、私にも見せてもらいたい。里の者がついぞ砕けなかったティオの黒鱗。それを打ち破れたからこそ、ティオはハジメ君に感銘を受けたのだろう。少々、その、変わった感覚を身につけてしまったようだが……」


 まぁ、無理もない。それほど衝撃的だったのだろう。と、にこやかに語るアドゥルさん。


 ハジメが横目で「おい、ティオ! お前、もしかしてケツパイルの件、話してないのか!?」と聞けば、ティオも「魔王城での戦いしか、記録映像は見せておらん! だって、あの時は切迫しておったし! ケツパイル見せたら、流石にまずいと思ったんじゃ!」と視線で返す。実に賢明な判断だった。そして、そのツケが今、回ってきた。


「ど、どうする、ティオ。一応、お前の敗北の記録だし? 敬愛する祖父には見せたくないんじゃないか?」


 ハジメさん、必死のフォロー! なんとなく事情を察したユエ達がサムズアップ。


 だがしかし、


「う、うむ。そうじゃな。流石に恥ずかしいというか……最初から妾がこんな感じだと認識してくれておる義母上(ははうえ)殿達とは違い、里の者は未だに敬愛の念を持ってくれておるし……」


 やはり、最初から変態だという認識で接している地球組とは異なり、生まれた時からずっと、高潔で聡明な王家の末裔としての側面だけを見てきた彼等に、ケツパイルで目覚めたというのはちょっと……


 と口にしつつも、ティオさん、クネクネし出す。


「じゃがっ、そんな同胞達に、敢えて見せつけて蔑みの目で見られたいという欲求も抑えがたいっ。ああっ、この相反する願望っ。ご主人様よ! 妾、どうすればいい!?」

「土に還ればいいんじゃね?」


 ティオは、どこまでいっても所詮ティオだった。


 己を抱き締めてクネクネうねうねしているティオを放置し、微笑ましそうに眺めている器のでかいアドゥルさんと、引き攣った表情のリスタスに向けて、ハジメは上映前の警告を発した。


「アドゥル殿。世の中には、知らない方がいいこともあると思います」

「ふむ? 至言ではあるな。しかし、孫娘の敗北にいちいち目くじらを立てるほど、私は狭量ではないつもりだ」

「たとえ、どんな負け方でも?」

「ティオは操られていたのだろう? そこにあったのは純粋な生存競争だったはずだ。ならば、どのような手を使っていようと卑怯卑劣だと罵るようなことはない」


 なんてできた人なのだろう。変態化したティオでも、「ちょっと変わった趣味を持っただけ」と動じずに受け入れちゃう人は伊達ではない。


 そんな聖人みたいなアドゥルの揺らがぬ瞳と、全てを受け入れるような包容力ある微笑を見て、ハジメは「あ、これ無理だ。適当に意識誘導とかできねぇ」と諦めの境地に。


 ハジメはユエに視線を転じ、過去再生を再開させた。


 そうして始まった激闘。


 ティオのブレスを、大盾で受け止めるシーンには誰もが息を呑む。リスタスなどは、ティオのブレスが受け止められたことに顎が外れんばかりの驚愕顔を見せている。


 その後も、銃撃と、それを跳ね返す黒鱗。重力魔法を食らっていながら、シアの鉄槌をかわし反撃に出るティオの強靱さに感嘆の声が上がったり、ハジメの怒濤の攻撃――シュラーゲンによる真正面からのブレス破りや、防御力の弱い場所へのピンポイント射撃の嵐――に悲鳴じみた声が上がったりした。


 凄まじい戦いだった。ティオの勇壮でタフな戦いも、ハジメのアーティファクトによる暴威も、まるで神話に語り継がれそうな戦いで……


 感想を言い合う余裕もなく、誰もが見入る。アドゥルだけは、ティオとハジメの馴れ初めとも言える戦いに穏やかな微笑を浮かべたまま、まったく動じた様子はなかったが……


 その時は来た。


――ケツから死ね。駄竜が


 ズボッとな!


――アッーーーーー!!!? なのじゃああああっーーーーー!!!


 ぶっとい杭が、姫のケツに突き刺さった。抜いてたもぉ~と悲しげな声が木霊する。


 誰も、何も言わなかった。まさに、絶句である。過去映像は流れ続けるのに、現実世界だけ時が止まったかのよう。


 よく見れば、薫子と昭子が半ば気絶している。霧乃は「あらまぁ」と言いたげに口元を押さえ、菫は天を仰いでいる。やはり、想像を遥かに超える衝撃映像だったらしい。


 見ていられなかったのか、レミアは顔を真っ赤にしつつ、自分のお尻を押さえながら目を背けている。というか、ユエ達も含め、女性陣は全員がお尻を押さえて頬を染めている。ミュウは、ただひたすらぽかんっと口を開いて見ていた。まるで、未知との遭遇なの! みたいな顔だ。


「て、照れるのぅ~」

「普通は照れるところじゃねぇんだけどな」


 駄竜が照れくさそうにモジモジしていらっしゃる。まるで、ロマンチックなキスシーンでもお披露目しているみたいに。


 その後も、ことあるごとに刺さったままのパイルを乱打&グリグリされて悲鳴を上げ、しかし、その悲鳴に少しずつ艶が含まれていき、男性陣も居たたまれなくなって視線を逸らしていく中、とうとうティオが竜化を解いた。


 そこには、もはや誰もが敬愛するティオ姫はいなかった。いたのは、ただケツパイルされて新たな扉を開き、恍惚の表情でハァハァしている変態だけだった。


 映像の中で、下山が始まる。ティオは姫なのに足を掴まれてぞんざいに引き摺られていく。それにまた、酷く気持ち悪い変態顔でアヘアヘしている――と、その瞬間、


「こんな……こんな変態が俺達の姫なわけがないんだぁああああああああっ!!」


 リスタス君、一瞬で竜化し空の彼方へ飛んでいった。彼の目尻からこぼれ落ちた涙が、キラキラと落ちてくる。彼の青春と初恋が、雨となって降り注いでいるようだった。


「ティ、ティオお姉ちゃん。お尻、大丈夫、なの?」


 恐る恐る、ティオに近づくミュウ。ショッキングな映像に未だ呆然としながらも、ケツパイルが人にしてはいけない所業だということだけは理解したのだろう。


 ティオお姉ちゃんのお尻は、もしかして現在も大変な状況なのでは? と心配して、小さな手でさすりさすり。


 ティオは、ミュウの優しさにジ~ンッと来たように表情を綻ばせた。


「うむ。大丈夫じゃよ、ミュウ。最初は脳天を突き抜けるような痛みじゃったが、慣れればそれがまた得も言われぬ快楽に――」

「ティオさん? それ以上一言でもミュウに語ったら、私、ちょっと本気になります」

「ふわっ!? しょ、承知したのじゃ、レミアよ……」


 笑っていないあらあらうふふ顔のレミアママの背後に、何か揺らめくものが! 高波を背に、とても言葉では表現できない名状し難く冒涜的な存在がいる! ような気がする!


 最強の黒竜は、娘を想う母の怒りを前にあっさり敗北。美しい正座をした。視線は、決してレミアママに合わせない。だらだらと大量の汗を流す。


 それを横目に、ユエが過去映像を消した。なんとも言えない空気が漂う中、ハジメはそっとアドゥルを盗み見た。


 アドゥルは、微笑を浮かべていた。穏やかですらある雰囲気で、ただじっと先程まで過去のティオがいた場所を見つめている。


 驚いた。いかなアドゥルとて、怒りなり失望なり負の感情を見せるか、少なくとも眉をひそめるくらいのことはすると思っていたのに、相も変わらず、その表情に浮かんでいるのは全てを受け止めるような慈愛の表情なのだから。


「あの、アドゥル殿……」


 どんな言葉をかけるべきか。ハジメは逡巡しながらもアドゥルに近づき、そして、気が付く。あれ? これってもしかして……と。


「アドゥル殿。大丈夫ですか――」


 思わず、その肩に手を置いた瞬間だった。


 アドゥルさんは、直立不動&笑顔のまま、真後ろに倒れ込んだ。どうやら、いつの間にか現実に耐えきれなくなって、というか孫娘のあれこれに耐えきれなくなって、意識をぶっ飛ばしていたらしい。


 ドシャッと豪快に倒れ、けれど、やっぱり微笑を浮かべたままピクリッとも動かないアドゥルに、場が凍り付く。


 一拍。


「じ、じいさまぁーーーーーーーっ!?」


 ティオの絶叫が、広い北の山脈地帯に木霊したのだった。


 その後、魂魄魔法の大量照射を浴びてどうにか復活したアドゥル。彼の案内に従って、ハジメ達もフェルニルで竜人の里へと向かったのだが……


 道中、名状し難い凄まじい空気だったことは、言うまでもない。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


これにて、トータス旅行記はひとまず区切りとさせていただきます。

それと、来週はちょっとお休みをいただこうかと思っています。

ようやく執筆作業が終わったもので、ちょっとリフレッシュしたいなぁと(汗。

すみませんが、よろしくお願いします!








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― 新着の感想 ―
これわひどいw
あーあ、見てはいけないものを見たばかりに。
[気になる点] 今更穿り返すべきか迷いましたが >――ケツから死ね。駄竜が web版ではこのセリフ吐いてないですね
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