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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅢ
348/547

文化祭 前編

お久しぶりです。かなりお待たせしてすみません。

アフターのノリを忘れかけていたので、原点回帰…でもないですが帰還して最初の頃の話を書いてみました。





 これは、ハジメ達帰還者が学校に再び通い始めて間もない頃の話。


 相変わらず、登校中のユエを見た人達で人災が発生したり、誘蛾灯に誘われた蛾の如き不埒者達に殺気の弾丸を叩き込んだり、ほわほわ制服ユエさんにちょっと自分が人災被害者になりかけたりなど、愉快な学校への道を踏破したハジメが教室に入る。


 すると、


「くっ」

「ふ、ふぐっ」

「ッッ」


 クラスメイト達が一斉に顔を逸らした。机にしがみつき、体をぷるぷると震わせている。


「おい、言いたいことがあるなら言え」


 通学が再開されてからというもの、もはや毎朝の恒例と化しつつある現象にハジメからプレッシャーが放たれた。


 龍太郎が代表して答える。


「南雲のっ、制服姿が! 似合わねぇっ」


 プハッと玉井達が噴き出した。


 もはや、クラスメイトにとって〝召喚前の南雲ハジメ〟など記憶の彼方だ。


 白髪に眼帯、金属の義手に、黒いコート。大腿部には大型リボルバー。それこそ〝南雲ハジメ〟。それこそ皆の〝魔王様〟である。


 敵とあらば神さえも殺し、ついでに世界を救ってしまう男が……今更、学生服。見た目は普通の人間っぽく戻しているとはいえ、シュールすぎて毎朝笑いを堪えるのが大変なのである。


 真面目に、毎日遅刻もせず登校してくる魔王……確かにシュールだ。


 とはいえ、流石に笑いすぎである。と思ったらしい光輝が諫めの言葉を口にする。


「お、おい、皆。笑いすぎだぞ。確かに、まったく似合ってな――」


 バスンッとくぐもった銃声が響いた。弾丸自体に仕込まれた超小型宝物庫を撃鉄で破壊することで圧縮された空気を放出し、それにより、リボルバーでありながら実現したサイレントゴム弾である。


 文明社会――特にここ法治国家日本では、静かに撃つことが大切だ。周りに迷惑をかけてはいけない。


 そんな、ハジメ謹製〝気遣いの塊バレット〟であるから、光輝の頭から脳髄が飛び散ったりはしない。ただ椅子から転げ落ちるだけ。


「なんで撃った!? というか、なんで俺!?」


 光輝のもっともな抗議をサクッとスルーして、魔王様の視線が教室を睥睨する。その瞳は何よりも雄弁に物語っていた。


 すなわち、「全員、(はじ)けとく?」だ。


「……ん、ハジメ。自重自重」

「ハジメさ~ん、模範的な日本人になるんじゃなかったんです? それとも、弾丸ツッコミこそ日本の文化?」

「ハジメくん、シアが誤解しちゃうから銃はしまっちゃおう?」

「誤解以前の問題でしょうが。っていうか、香織。光輝がのたうち回ってるから回復してあげて。ほら、痛みでブリッジしてるわよ。綺麗な海老反りよ」


 説得(?)をされて、ハジメは「おっといけね。俺は日本人。善良で模範的な日本人」とリピートしながらドンナーを宝物庫に転送した。


 それからしばらくしてチャイムが響き、一時間目の授業開始が告げられる。やって来たのは数学教師だ。名を浅田一郎(32歳)。狐のような目と、しっかり撫で付けられた髪、そしてどこかねちっこい話し方が特徴である。


 教壇に立った浅田教諭に礼をして着席する中、彼の視線はユエやシアに流れる。いつものことだ。そして、その視線が最後にハジメへと向いて、狐目が更に細められ糸目になるのも、いつものことである。


 授業が始まり、淡々と教科書の内容が進められていく。そして、やはりいつものように、妙に難しい問題の解答役にハジメが指名された。


「南雲、答えなさい」

「はい、先生」


 ブフッと複数の噴き出す音が……


 見れば、龍太郎達が机に突っ伏している。香織は顔を逸らし、雫まで下を向いてプルプルしている。


「~~~~だと思います。先生」


 プヒッ! と豚のような笑い声が響いた。信治だった。堪えきれなかったらしい。隣では良樹が震えすぎて机をガタガタさせている。


「またかっ、お前達! いったい何がおかしいっ」


 浅田教諭がおかんむりだ。今日という今日は、もう我慢ならん! といった感じで怒声をあげた。


 いつものことだが、ハジメを当てると毎回笑い声が漏れるので、まるで自分が笑われているように感じているのかもしれない。


「すみません、先生。こいつらには自分から言っておきますので」


 プパッ!! と奈々が噴いた。隣の席で妙子が腹を抱えている。優花は自分の手の甲をつねりすぎて涙目となっている。


 敦史が、笑いを堪えすぎて震えてしまっている声で内心を漏らした。


「な、南雲が敬語……やべぇくらい似合わねぇ……」


 それこそ、クラスメイト達共通の心情だった。


「教師に敬語を使うのは当たり前だろう!」

「まったくもってその通りです、先生。こいつら馬鹿なんです。自分がどうにかします。本当に申し訳ありません」


 もうやめてぇ~~っという女子達からの悲鳴じみた声が上がった。


 どうあっても、敬語のハジメというのがクラスメイト的に〝無理〟らしい。


 一応、ティオの祖父や香織達の家族には普通に敬語で話すので、見るのが初めてというわけでもないのだが、何故か、それ以外の者達へ敬語を使うとクラスメイト的に耐えられないようだ。


 これでも、結構慣れてきた方なのだが……完全に慣れるには、まだもう少し時間がかかりそうである。


 そんな、魔王の殊勝な態度というトータスなら笑いを通り越して阿鼻叫喚の大混乱が起こりそうな珍事にクラス中が震える中、浅田教諭は、「もう絶対に閉じてるよね、その目」というくらい目を細めた。


 そして、小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「南雲、大事なことを教えてやる。〝信用〟というのはな、日頃の言動が作るものなんだ」


 つまり、ハジメの日頃の言動は褒められたものではなく、故に信用ならない、と言いたいらしい。


 教育者として、生徒に「信用ならない」と言うのはどうなんだ……とツッコミを入れることは、ハジメ的にこれ以上事態を面倒にしたくないのでグッと我慢。


 善良で模範的な日本人だもの!


 その我慢のおかげか、教室がしんっと静まりかえった。見れば、クラスの半数がスタイリッシュ自殺志願者を見るような目を浅田教諭に向け、残り半数が爆発寸前の核爆弾を見るような目をハジメへ向けている。


 ハジメさん的に大変不本意! 日頃の言動のせいだろうか?


 浅田教諭は、そんなクラスの雰囲気に気が付くでもなく、嫌みったらしい口調で続けた。


「ただでさえ、お前達は帰還者などと呼ばれ、世間からは白い目で見られている。その中心にいるお前が、そんなことでは先が思いやられるな。異世界で戦っていたなどという戯言も、お前が考えたのだろう? 大人を馬鹿にするのも大概にしろ」

「すみません、肝に命じます」

「それは本心か? とてもそうは思えないな。謙虚という言葉を辞書で調べてみろ。そうすれば、お前達のような世間を騒がせる者を、受け入れてくれた学校への感謝の気持ちも少しは湧くだろう」


 この、校舎の端に設けられた〝特別教室〟は、別に学校側の厚意ではない。世間体やらなんやらの果てに行政側からお達しがあったため、仕方なく作られたものだ。


 とはいえ、別にそこを突っ込んで言い合いに発展させるような面倒を、わざわざ起こすつもりなどハジメにはない。神妙な表情でコクリと頷く。


 それに、感謝の念があるのは、あながち嘘でもないのだ。


(……ハジメ。こいつ、シメる?)

(やめなさい。一応、最初から教壇に立ってくれた先生だぞ)


 たっぷりの嫌みをオブラートに包みながら話し続ける浅田教諭に、ユエが剣呑な目つきで念話してくる。あの目は、「〝神言〟してやろうか……」と考えている目だ。ハジメはメッとしてユエを諫める。


 ハジメの言葉通り、実のところ、学校再開となった後この特別教室の授業がフルでなされていたかというと、〝否〟だった。


 帰還者への恐怖・困惑・猜疑、そして行政側の強硬な姿勢に対する抗議から、授業を拒否する教師がいたり、あるいは連日の報道や保護者からのマシンガンの如き問い合わせに嫌気が差して辞職し、他校へ就職した者などがいたりしたためだ。


 無理もないとは思う。ただの失踪事件とはかけ離れているのだ。失踪時も、そして帰還時も。教師といえど聖人ではない。動揺するのは当たり前だ。


 そうであるから、ハジメ的に、多少嫌みっぽくはあっても最初から教壇に立ってくれた浅田教諭には感謝しているのである。


「それにだ、南雲。お前、女子に対して相当だらしがないようだな?」


 浅田教諭の視線が、再びユエとシアを撫でた。香織や雫にも向くが、やはり二人に戻る。特にシアだ。


 シアが居心地悪そうに身を捩った。


 浅田教諭の不純異性交遊に関する説教が始まった。


 確かに、複数の女性と関係がある以上、普通の感性からすれば糾弾の対象だ。なのでハジメは、浅田教諭の視線に訝しみつつも甘んじて耳を傾ける。が、


(ハジメさん、ハジメさん)

(ん? なんだ、シア)

(あのですね、最初から無視するつもりだったので忘れていたんですが……実は、前から浅田先生にハジメさんとのことでいろいろ言われていまして)

(なに? どういう話だ?)

(付き合っているなら別れなさい的な話ですね)


 最初は、先生として当然の注意かと思った。ハジメとユエの特別な雰囲気から、シアが遊ばれているとでも思ったなら、先生として見過ごせないだろうと。


 しかし、聞けば香織や雫は、そんな話はされていないのだという。


(それでですね、相談に乗るから生徒指導室に来なさいと、この前言われまして)

(……で?)

(その時は夕飯の当番だったので断って直ぐ帰りました。でも、その後も放課後に呼び出されることがありまして。全部、用事があると断ったんですが……)


 今日の放課後にも呼び出しを受けているらしい。それも、かなり強く言われたそうだ。


(普通に指導ということなら、まぁ、別にいいんですけど。ちょっと視線がですね……)

(もういい、分かった)


 ハジメさんの表情が、神妙なものから笑顔に変わった。


 クラスメイト達が、カウント状態に入った爆弾を見る目になる。光輝が冷や汗を滝のように流しながら「先生! 浅田先生! そろそろ授業を!」と訴えるが……


「だいたいお前は、日頃から――」

「先生、俺の生活態度が褒められたものでないことはよく分かりました」


 言葉を遮られて、浅田教諭は不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。そんな浅田教諭に、ハジメは笑顔のまま提案する。


「これを機に、改めたいと思います。ついては、是非、指導していただけないでしょうか。放課後に、生徒指導室で」

「……その必要性は」

「感じないわけがないでしょう。ええ、先生曰く、俺は相当な問題児のようです。しかし、俺にはどこをどう直せばいいのか……分かりません。どうか先生、生徒を助けると思って、是非、ご指導を」


 まるで己を悔やむように胸元を握り締め、救いを求めるような眼差しを送るハジメさん。


 生徒にこう言われて拒否するのは、他の生徒の目もある手前、実に難しい。結果、浅田教諭は「……いいだろう。今日の放課後、生徒指導室に来なさい」と言って説教を収め、授業を再開した。


(ユエ、放課後付き合ってくれ。浅田先生の内心を探る)

(……んっ。神言が火を噴く! 洗いざらい自白させてやる)


 ノリノリのユエを見て、クラスメイト達は思った。


 放課後の生徒指導室は、魔王とその正妻の尋問室に変わるんだな、と。


 その浅田教諭の内心が、どういうものであったのかは……


 その後、彼が「ボスッ、僭越ながら本日の授業をさせていただくのでありますっ」などと軍人みたいな口調となったことから推して知るべし。


 それはそれとして。


 その後、順調に授業を消化し、四時限目の英語の授業が終了した。途端、英語教師――柳幸子先生(四十五歳)が、ダッと駆け出していく。


 別に、ハジメ達に苛められたわけではない。


 むしろ、生徒達はとても真面目だった。ハジメが敬語でも、もう笑ったりしなかった。別に、ハジメに「次に笑ったら、全員のケツにパイルバンカーするから」と真顔で言われたからではない。たとえ先生を笑っているわけでなくとも、授業中に笑うことはいけないからだ! 


 では、なぜ幸子先生は逃げるように教室を後にしたのか。


 その理由は一つ。


「やっぱ、言語理解は反則だよな」

「俺、これだけはエヒトに感謝してもいいと思う」


 信治と良樹がしみじみと語るように、〝言語理解〟のチートパワーが原因である。


 何せ、これのおかげで全員ネイティブなのだ。むしろ、幸子先生より完璧なのである!


 そんなわけで幸子先生は、授業の度に極度の緊張といたたまれなさを感じていて、毎回、逃げるように教室を後にしてしまうのだ。


「なんというか、先生達が私達の授業を拒否するのも、自業自得な気がしてきたわ……」

「古典とか漢文も普通に分かっちゃうしね……なんだか罪悪感が……」


 雫の苦笑いに、香織も困ったような表情になる。


「こういうところで異常だと思われちゃうのよね……」

「一年勉強してないのに、むしろ学力が上がってるとか、なんでだよ!って話だもんねぇ」

「でも、自重って難しいよ」


 優花が苦い表情に。奈々は幸子先生が出て行った扉を申し訳なさそうに見つめ、妙子は難しい表情だ。


 地球の生活に慣れようとしているのは、何もハジメだけではないらしい。


 ともあれ、午前中の授業は終了である。お昼休憩だ。お昼ご飯の時間である。


 普通なら、購買に昼食を買いに行く者も結構いるのだが……


 全員が、一斉に弁当を取り出した。誰も、教室を出ようとしない。


 それどころか、廊下の奥からタタタタタッと駆ける音が響いてきて、直後、バンッと勢いよく扉が開いた。かと思えば、小さな人影が飛び込むようにして教室に入ってくる。


「愛ちゃん先生、今日も教室で食べるんだ」

「そ、そうですね。なんとなく、ええ、なんとなく……」


 ちょっと視線を泳がせつつ、お弁当が入った袋を揺らすのは愛子先生だ。


 学校に通うようになってからというもの、必ずお昼にやってくる。物凄い勢いで。


 もう慣れたもので、ユエがすかさず席を譲り、自身はハジメの膝上に移動した。


 と、同時に、焦りの声が木霊する。


「や、やべぇ。弁当忘れた……」


 野村健太郎だった。ガタッと椅子を鳴らして、ショックを受けたように立ち尽くしている。弁当を忘れただけで、ガックリと肩まで落としていた。今日はお昼ご飯なしが確定したみたいな顔だ。


「健太郎、俺のを少し分けてやる」

「重吾、悪いな」

「俺のもいいよ」

「……浩介、いたのか」

「朝からな」


 重吾と浩介から弁当を分けてもらえることになって、健太郎は少し表情を和らげながら椅子に腰を落とす。


「いや、さっさと購買行けよ」


 ハジメからツッコミが飛んだ。


 学校が始まって以来、お昼の時間に限って教室を出ないクラスメイト達の奇妙さが、いい加減気になって口に出たようだ。他の生徒達に好奇の目で見られるのが嫌なだけかと思っていたのだが、それにしては頑なである。


 そんなハジメの胡乱な眼差しに、健太郎はサッと視線を逸らした。


 そして、ポツリと呟く。


「……南雲から離れたくない」

「き、きめぇこといきなり言うなよ」


 ドン引きするハジメに、健太郎は「ち、違う! そういう意味じゃない!」と慌てて弁解した。


「だって、お前! また召喚とかされたらどうすんだよ! 置いていかれるのも、一人だけ召喚されるのも、俺は絶対に嫌だぞ! お昼の安全地帯は南雲の傍だ!」

「はぁ?」


 なに言ってんだ、こいつ……と阿呆を見るような目を向けるハジメだったが、周囲を見回せば、全員がササッと視線を逸らした。


「マ、マジか? あ、もしかして、愛子が昼の度に教室に来るのって」

「あ、あはは……」


 よくよく見ると、愛子の胸元のポケットに小さな魔力反応が無数にある。おそらく、種だ。愛子の力と魂魄魔法の併用で、一瞬にしてトレントモドキを作り出すための元だ。いつ不測の事態に陥ってもいいように、戦闘準備は万全! ということらしい。


「お前等……完全に昼休憩がトラウマになってんじゃねぇか」


 クラスメイト達は揃って苦笑いを浮かべた。頑として教室を出ないのは、やはり、皆の魔王様の傍から離れたくなかったかららしい。


 誤魔化すように、愛子が話題を転換した。


「そ、そうでした。皆さん、もうすぐ文化祭ですよ。別に時間を取りますけど、今のうちに何をしたいか考えておいてくださいね」


 お弁当のシャケをもきゅもきゅしつつ、鈴が「ああ」と頷く。


「他のクラスの友達が言ってたよ。もう決まってるところもあるみたいだけど……みんな、私達が何をするのか気になってるみたい」

「生徒は〝好奇心〟なんだろうけど……先生側からすると〝戦々恐々〟でしょうか?」


 雫が困ったように眉を下げながら愛子に問えば、愛子も同じような表情になりながら頷く。そして、意気込むように両手で握り拳を作ると、


「ずばり、私達の出し物のテーマは〝安心安全ダヨ! 恐くないよ! 仲良くしてね!〟です!」


 ふんすっと鼻息荒く、そう言った。帰還者に対する〝危険な子達かも〟という疑惑を晴らしましょう! ということらしい。


 そこで、信治が「はい!」と手を挙げた。


「はい、中野くん!」

「先生! 射的がいいと思います! 南雲が銃持ってるし!」

「安心安全ッ、恐くないよッ! です!」


 却下らしい。


 好印象の出し物を! と愛子は信治を睨みながら叫んだ。信治はすごすごと引き下がり菓子パンを口にした。チョココロネおいしい……


 次に、敦史が自信満々な様子でアイデアを出した。


「ここはやっぱり、王道でメイド喫茶だろ!」

「あんたがメイド姿を見たいだけでしょ」


 優花から絶対零度の視線が投擲される。だが、男子達は気勢を上げた。相川昇や仁村明人を筆頭に、信治と良樹がなんとか実現しようと声を張り上げる。が、


「……私に、ハジメ以外の人をご主人様と呼べと?」


 比喩ではなく、実際に教室が凍り付いた。窓に霜が張り、床や壁がビキビキと白く凍てついていく。


「……メイド喫茶なんて邪道だな!」

「ああまったくだ!」

「下心が透けて見えるぜ! 自重しろよ、敦史!」

「この変態がっ! 友人として恥ずかしいぜ!」

「お、お前等、なんつー掌返しだよ……」


 メイド喫茶も却下らしい。教室に雪解けが訪れた。あったか~い。


「逆に、執事喫茶とかいいんじゃないかな! かな!」


 何やら、名案を思いついた! みたいな感じで香織が強く訴える。香織のことならなんでもお見通しの雫がジト目になった。


「ハジメを執事にして、お嬢様扱いしてほしいだけでしょ」

「!? そ、そそ、そんなことないよ?」

「じゃあ、香織。光輝が執事になって、光輝に接客されるのでもいいのよね?」

「ハジメくん以外は認めない」


 香織さんは、自分の欲望にとても忠実だった。そして、光輝は「雫! なんで俺を引き合いに出した!?」と卵焼きを噴き出した後、香織の即答に遠い目となった。魂がどこかに飛んだらしい。龍太郎の肩ポンポンの優しさが染み渡る……


「そ、そういう雫ちゃんこそ!」

「な、何よ」

「ハジメくん執事にちやほやされたいくせに!」

「別にそんなこと思って――」


 チラリとハジメを見て、何かを想像し、ポッと頬を染める雫ちゃん。思っていたらしい。ハジメ執事にちやほやされたいと。


「……でも、悪くないね。魔王にお嬢様扱いされるのって。ね! 優花っち!」

「なんで私に振るの!?」


 思案顔だった奈々がニンマリ笑顔でそう言えば、全員の注目が優花に向いた。わたわたする優花の視線が、バチッとハジメと合う。


「な、何よ! やる気!?」

「お前はどこの不良だよ」


 何故かガルルルッとハジメを威嚇する優花に、教室はなんだか生温かい空気になる。


 同時に、女性陣の大半が奈々の言葉に思うところがあったようで、何やらぼぅっと視線をさまよわせる。あの〝魔王〟が、自分に優しくしてくれる……お嬢様として大切にしてくれる……


「……いい」

「いいね……」


 という声がそこかしこからちらほら。


「却下だっ! 断固却下だ! 我等の親愛なる友に多大な負担をかけるそんなアイデアは、断じて認めん!」


 信治が椅子の上に立ち上がって、血走った目で抗議した。良樹が箸をマイクのように突き出して問う。


「本音は?」

「南雲の一人勝ちじゃねぇかっ。文化祭の想い出を敗北感一色に染める気か!? ふざけんなっ、血涙流すぞ!」


 魔王執事に群がる女子達……確かに、彼女を求めて日々町をさまよう信治からすれば、断固阻止の事案だろう。敦史達も内心は同じらしい。


 妙子が、若干面倒くさそうに半笑いになりながら提案を口にする。


「もうさ、普通に喫茶店でいいんじゃない? 優花の出張ウィステリアみたいな感じで」

「ああ、そう言えば園部さんのご実家は洋食店でしたね」


 愛子の言葉に、知らなかったクラスメイト達が「へぇ」と声を上げながら再び優花に注目した。


「優花さんのおうち、お料理の店だったんですね。それは私としても興味がありますよ!」


 シアが乗り気だ。地球に来てからというもの、各国の料理を次々とレパートリーに加えている料理好きなだけはある。


「そうだな。俺も執事なんてやらされるより、園部に料理でも教わって裏方やる方が断然いいわ」

「え? そ、そう?」


 優花の視線が泳ぎだした。かと思えば、虚空に向けられる。


――二人で並んで料理をする

――ハジメに家の味を教えてあげる自分

――手の動きを直すため、そっと重ねられる手


 何故か場面が変わり、


――ウィステリアの厨房で、肩を並べる自分とハジメ

――二人でお店を切り盛りし、常連さん達に関係を冷やかされ……

――閉店後、二人で寄り添いながら、自分が入れてあげたコーヒーを飲み

――そのまま……


「優花ちゃん?」

「ハッ!?」


 抑揚のない声の主は、ハイライトの消えた目で自分を見つめる香織さん。その隣には、デフォルトのジト目が、いつもより、もぉ~~~っとジト目になっているユエ様も。


 テンパった優花ちゃんは、何故かハジメをキッと睨み付けた。


「な、南雲には絶対に教えてあげない! 裏方なんて十年早いわ!」

「なんでだよ」


 お顔が真っ赤な優花を、奈々と妙子が生温かい眼差しを向けながら良い子良い子と撫でる。


 ハジメは肩を竦め睨んでくる優花をスルーしつつ、「そもそも」と続けた。


「お前等忘れてるかもしれないけどな、この教室に集客するのは難しいかもしれないぞ?」


 〝?〟となるクラスメイト達に、ハジメは苦笑いを浮かべながら言う。


「場所だよ、場所。ここは校舎の端も端。半ば隔離されたような〝特別教室〟だぞ?」


 全員が「あっ」となった。実際その通りで、ここに来る場合は何かの〝ついで〟ということがあり得ない。どこかの通り道ということがない端っこなのだ。


「そんな場所で、しかもあるのは帰還者の出し物だけだなんて、出し物そっちのけで好奇心を満たしたい奴しか来ないと思うけどな」


 逆に、それを理由に殺到する可能性もあるが、突き当たりのこの教室でそんなことになれば混乱は確実だ。


 特に、帰還者がいるからといって、今年の文化祭に限って一般人の入場を制限するということもない。


 制限することで、逆にマスコミや保護者が騒ぐことを恐れての措置だ。やはり、隠さなければならない問題を、帰還者達は抱えているのではないか!? と。


「た、確かに、そうですね……」


 ハジメの指摘に、愛子は難しそうな表情になった。


 その後も、お昼時間いっぱいを使って意見交換がなされたが決まらず、更には放課後や、後日、本来の文化祭の出し物を決める時間もいっぱいいっぱい使って、ようやくハジメ達のクラスの出し物は決まった。


 文化祭委員に選ばれた――というか、楽しそうという理由で自ら立候補したシアが、委員会の集まりに出席。


 その美貌と、誰にでも分け隔てなく天真爛漫に接する人柄で、委員会の生徒達の心を鷲掴みにしつつ、順番に各クラスの出し物が報告されていき、いよいよシアの番になった。


「で、ではシアさん。貴女のクラスの出し物を教えてください」


 委員長の男子生徒が、ちょっと上擦った声でシアに尋ねる。「はいです!」と満面の笑みを浮かべるシアに、委員長の顔が真っ赤に染まる。一部、女子生徒が陶然とした顔になる。


 そうして誰もが、シア自身と、帰還者クラスの出し物に注目する中、シアが発表した出し物のタイトルは、


――サウスクラウドサーカス ~種も仕掛けもございません~


 だった。


 文化祭委員会の担当を自ら買って出た教頭先生が、白眼を剝いた。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


ようやく零3巻の執筆が一段落つきました。

なので、次は一ヶ月近くもお待たせすることはないと思います。

まだ書くものが多々あるので断言できないですが……たぶん大丈夫。

また一緒に楽しんでもらえると嬉しいです。


※浅田先生は、ありふれたアフター街中デートその2で、ちょろっと話が出たあの人です。

※光輝くんはまだ地球にいます。数ヶ月後くらいにトータスへ行く感じです。


※ガルドにてコミックが更新(2/25日分)されています。

・ありふれ本編 30話 

 な、なんかめっちゃラスボス感の漂うドラゴンが…パイルが楽しみですね!

・ありふれ日常 34話 

 ゴキ達がかわいい。

・ありふれ零  11話

 零の香織枠はスーシャですね。暗黒な目が素晴らし。


※零3巻、3月25日発売予定です。

挿絵(By みてみん)

駄メイルお姉さんをたくさん見られます。あと、組織・解放者の全容とか、原作9巻で攻略中である氷雪洞窟の創設者ヴァンちゃんとか、魔王とか出ます。

是非お手に取っていただければと!

オーバーラップ様のHPにも発表されていますので、よろしければチェックしてみてください。




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― 新着の感想 ―
シアに色目を使ってた、と。 気持ちは解らないでもないが、教師は駄目だろう?
トータス写真展とかでも良かったのではないだろうか……
[一言] サウス、、、クラウドかぁ、、、うん 安全どこいった?ベガスか? (最近この言い回し気に入ってる)
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