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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅢ
347/536

バレンタインデー企画②

お久しぶりです。

なのに、二日遅れの話題な上、急ピッチ仕上げで申し訳ないですがどうぞっ。



 薄暗い部屋の中に、ぼぅと人影が浮かび上がった。


 テーブルに両肘を突いて手を組み、口元を隠すような格好――いわゆるゲンド○ポーズで姿を見せたのは、


「……諸君、よく集まってくれた」

「ねぇ、ユエ。それ、なんのキャラなの? あと、どうしてカーテン閉め切ってるの?」


 そう、ユエ様だった。なんだか深刻な雰囲気たっぷりのユエ様だった。


 香織が空気を読まずにツッコミと疑問を放つ。気分を害したユエ様が風の拳を放つ。避ける!


「暗くてよく分からないし、もう夕方だから電気つけるよ」


 何事もなかったようにパチッとスイッチを押せば、ようやくダイニングテーブルに集まっていた者達――というより、ユエにさらわれてきた者達の姿があらわになった。


「のぅ、ユエよ。妾とレミアは、一応まだ仕事が残っておったんじゃが……というか、妾、トイレに入ってる最中だったじゃろ。問答無用すぎんか?」

「資料整理だけではありましたけど……緊急事態でしょうか?」


 ティオとレミアは服飾関係の仕事をしているのだが、仕事中にシュパッと出現したユエに、これまたシュパッと連行されたのだ。


 特に、ティオは用を足している最中だったので下半身が大変なことに……もちろん、ハァハァした。


 あと、トイレは当然の如く密室状態になっている。ファッションショーなどを行う会場のトイレだ。一般人も使うので、そのうちどうにかして開けられるだろうが、そこにはショーツが一枚、落ちていることだろう。


 ミステリーである。


「あの~、私も仕事が……学校に戻りたいんですけど……」


 同じく、愛子が苦笑いを浮かべた。教頭先生のねちっこい説教を受けている最中、彼が後ろを向いた瞬間に転移させられたので、この後が恐い。どう見ても、説教が嫌で視線が逸れた瞬間逃げ出したという状況だ。


 だが、そんな社会人達に、ユエ様は一言。


「……私と仕事、どっちが大事なの!」


 ティオ達は揃って「え~~」と呆れの声をもらした。どんだけ構ってちゃんなんだ……と。


「はいはい、ユエさんの方が大事ですから、用件を話してください」

「ユエ、貴女、地球に来てからどんどん精神的に退行してない?」

「あ、それ、私もちょっと思ってました」


 なだめるシアと、困った人を見る目の雫とリリアーナに、ユエはちょっと自覚があったのか視線を逸らした。咳払いを一つして気を取り直す。


「……諸君、来週いよいよやって来ます。今年のバレンタインデーが」


 再びゲン○ウポーズで、深刻な表情になりながら話し始めるユエ。


「……覚えているでしょうか? 去年の敗北を」

「ユエ、頭、大丈夫? 意味が分からない――あ、危ない! もうっ、いちいち攻撃してこないでよ!」


 風の拳を紙一重で回避する香織には目もくれず、ユエは話を続けた。


「……そう、あの敗北です。リュウタロウに、誰のチョコが一番欲しいかと聞かれたハジメは即答しました! ミュウであると!」


 そこで、シア達は「あ~」と声を上げた。


 去年のバレンタインでは、確かにそんなことがあった。ハジメが欲してやまないチョコは自分のチョコ以外にあり得ない! と根拠なく確信していたユエは、迷う素振りもない回答に教室で四つん這いに崩れ落ちたのだ。


 その後、盛大に「ねぇ、今、どんな気持ち♪」と煽ってきた香織と体育館裏でプチ戦争したのは言うまでもない。最後はクロスカウンターで仲良くダブルノックダウンした。


 ちなみに、去年が高校最後のバレンタインデーだったので、学生組は現在、リリアーナも含めて大学生である。なので、幼稚園児であったミュウも、既に小学1年生だ。


 つまり、


「……ミュウもまた、パワーアップしている恐れがある」


 結局、チョコ自体もミュウのクォーターチョコケーキが一位だった。


 二年連続で、期待も味も、ハジメの一番を奪取されるなんて正妻の矜持が許さない! ということらしい。


「小学生相手に本気で勝ちにいってるユエは、ある意味、既に負けてるとおも――って、だから危ないってば! 乱れ撃ちはやめてよぉ!」


 マシンガンのように飛んできた風の拳を、マトリック○のエージェントの如く残像を発生させながら神速回避。香織の文句に、しかし、ユエは視線も向けない。


 ともあれ、ユエは今年のバレンタインデーでミュウに勝ちたいようだ。


「で、なんで妾達まで集めて会議しとるんじゃ? ユエは一番になりたいのじゃろ?」

「……正直、勝ち筋が見えない!」


 誕生日でも、クリスマスでも、他のイベントでも、一生懸命に皆を喜ばせようとするミュウの破壊力は神代魔法に勝るとも劣らない。


 汚れた大人にはない純真さは、ハジメのパパハートを真っ直ぐに貫くのだ! パイルバンカーのように!


 なので、ここは今年のバレンタインデーを盛り上げるためにも、嫁~ズでアイデアを出し合いたいということらしい。


「……あと、ミュウのチョコが凄く美味しかったし。私用のサクランボチョコも凄く嬉しかったし。なのに、私のチョコは至って普通……そういう意味でも敗北感がヒシヒシと。今年は逆に、ミュウを狂喜乱舞させたい」


 そういう意味でも、ミュウに勝ちたいらしい。


 確かに、お姉ちゃんズ一人一人をモチーフにしたチョコは、とても幼稚園児が作ったとは思えない出来映えで、その心のこもったチョコにシア達は揃って狂喜乱舞した。


 ユエの言うとおり、ハジメに対してだけではなく、自分達に対してもミュウの一人勝ちだったと言えよう。


「……皆はどう? 今年も、ミュウの一人勝ちでOK?」


 フッと口元に挑発的な笑みを浮かべながら問うユエに、香織達は顔を見合わせた。


 一拍。皆の顔にやる気が溢れ始める。ハジメの一位を獲得し、同時に、ミュウを狂喜乱舞させるようなチョコを用意する! 面白そうじゃないか! と。


 だが、そこで、盛り上がりに水を差すような声が……


「ね、ねぇ。話の流れは分かったんだけど……なんで私までここにいるの?」


 実は、この場にはもう一人いた。嫁~ズではない女子が。そう、大学で講義を受けていたところ、ユエ様大人バージョンにお姫様抱っこでさらわれ、教室中がざわめき、明日からどんな顔で通えばいいのよ……と頭を抱える――園部優花が。


 そんな困惑と頭痛を抱える優花へ、ユエ様アイが突き刺さる。


「……優花は要注意人物」

「なんで!?」

「……蝶のように舞い、ハチのように刺す」

「バレンタインの話よね!? 今、バレンタインの話をしてるのよね!?」


 いったいなんなんだとツッコミを入れる優花に、香織が「あ~」と納得顔を見せた。


「そうだね。優花ちゃん、実は去年のバレンタインで、最初にハジメくんにチョコを食べさせた人だもんね」

「!? あ、あれはたまたま店の新商品を試食してもらっただけで……」


 しどろもどろ。視線は回遊魚のように泳ぎまくり。


「そう言えば、最近のハジメさん、よく優花さんのお店に通ってますよね」

「園部さんのお店は美味しいですからね」

「ハジメは特にコーヒーが気に入ってるみたいだけど……」


 必然、


「……かなりの頻度でハジメと二人っきりで会う優花は、今年も一刺ししにくる可能性が大」

「一刺しって言うのやめてくれる!? 別に狙ってないし! あと、お父さんとお母さんもいるから! 二人っきりじゃないから!」

「優花って、王宮の使用人とか騎士達から、未だに人気あるんですよね……女子力とか物凄く高いですし……」

「リリィ!? なんで今それ言ったの!?」


 必死の弁解も虚しく、嫁~ズにとって優花は油断ならない相手で確定した。


 なお、ハイリヒ王国での優花人気は事実である。王国への魔人族侵攻後、ハジメ一行と光輝一行が揃って樹海へと出発した後、クラスメイト達の中心的な存在となって奔走したのは何を隠そう優花だ。


 復興途中の王都の警備は大変で、騎士や兵士達も大勢の同僚を失った傷が癒えておらず、そんな時、率先して彼等の助けになったのも優花である。


 果ては、新教皇の相談役からジャグリングなどによる大道芸で民の鼓舞まで。


 嫌な顔一つせず、世間的には神の使徒という地位にありながら偉ぶった様子もなく、かといって、さっぱりした性格故に媚びるような雰囲気もない。


 なのに料理上手で、元気づけるためにクラスメイトだけでなく騎士達にも料理を振る舞い、裁縫も得意なので衣服を自分で改造して、それがちょっとした流行になったり……


 というわけで、実のところ、当時は騎士や兵士、そして使用人達からの告白が後を絶たない状況だったりしたのだ。


 香織が、ジッと優花を見つめる。


「ねぇ、優花ちゃん」

「な、何よ」

「実は、今年もこっそり食べさせようかな~とか考えてない?」


 視線がサッと逸らされた。正直者の優花ちゃんである。


「捕獲して正解だったね。流石ユエ! グッジョブ!」

「……よせやい、照れるでしょう?」


 パチンッとハイタッチを決めるユエと香織。本当に、こういう時はぴったりと息が合う。


「……さて、そういうわけで、アイデアを出し合いましょう」


 ユエの号令に、全員が思案顔になった。


「……ちなみに、去年のティオとレミアみたいな、チョコと関係ない方法は却下で」

「!?」


 レミアが目を剝いた。思い出したくない黒歴史が、彼女の胸の裡に顔を出す。呼んだ? 呼んでません!


「レミアさん……確か、セーラー服を……」

「やめてください! あの時はどうかしていたんです! ティオさんのように!」

「レミア!?」


 愛子が、後で聞いたレミアの黒歴史を思い出して口にすると、レミアは「聞きたくなぁい!」と耳を押さえてイヤイヤをした。


 娘に、「ママ、疲れてるの」と生温かい眼差しで慰められたことは、今もレミアの心に深い傷を作っている。


 同時に、そんなセーラー服姿でティオに引き摺られ、幼稚園に辿り着いてしまった後のことは……


「ぁあああああああああっ」

「レミアさんが発狂した!? ティオさんのせいですよ! レミアさんはティオさんと違って、至ってノーマルな人なんですから! さぁ、早く魂魄魔法を! ハリーッハリーッ」

「シ、シアよ。最近のお主の言葉にはキレがあるのぅ。さっき着替えたばかりなのに……んんっ」


 恍惚の表情をさらす駄竜から魂魄魔法の光がレミアへ注がれた。輝きに満たされるレミアさん。いつも〝あらあらうふふ〟と微笑み、大抵のことには動じない彼女の発狂姿は実にレアだ。


「……ん。レミアのようになりたくなければ真面目に取り組むように。では、アイデアを! さぁ、アイデアを! 空前絶後の! 前代未聞の! バレンタインアイデアを!」


 顔を覆ったまま部屋の隅で三角座りをし、そのまま微動だにしなくなったレミアを置いて、嫁~ズ+アルファの会議は始まった。


 なお、本日のタイムリミットは、ミュウを迎えに行ったハジメが帰宅するまでである。




~~~~~~~~~~~~~~~~~




 放課後のホームルームが終わり、小学生達が学校から出てきた。


 そのまま校庭で遊ぶ子達も多いが、帰宅する子が大半だ。一刻も早く家路につき、そして遊びに出るのである。


 そんな帰宅集団の中に、妙な人だかりがあった。校庭のど真ん中を、二十人近い子供達が一塊になって下校している。


 そんな子供達は、集団の中心にいる人物へ熱心に声をかけていた。


「ねぇねぇ、ミュウちゃん。今日、家に来ない?」

「え~、うちに来てよ~」

「それよりどっか遊びに行こ! ミュウちゃん、どっか行きたいところない?」


 そう、ミュウである。南雲家の姫である。


 ほのかなエメラルド色が混じるブロンドの髪は風になびく度にキラキラと夢のように輝き、その翡翠の瞳は宝石のようで、頬は薔薇色。紛う事なき美少女だ。


 よくある話。小学校のような場所では、〝自分達と違う〟というだけで排他の対象になってしまうことも少なくない。


 だが、ミュウに関して、それは皆無だった。むしろ、人気が高すぎて、どこに行くにも大名行列状態である。


 その理由は、そもそも幼稚園で姉御していた時の友人達がそのまま一緒に上がったというのもあるし、


「きゃっ」

「みゅ! リエちゃん、大丈夫?」

「あ、ありがとぅ……」


 小学校に入っても、性格イケメンは健在だからだったりする。


 今も、集団の一番外にいた女の子が転びかけた瞬間、人の間をすり抜けるようにして飛び込み支えた。女の子の腰に手を回して「良かったの」と微笑む姿は……なるほど、主人公かよ、とツッコミが入りそうだ。


 既に、魔王とチート嫁~ズから戦闘訓練を受けている身。おまけに、異世界で濃厚すぎる経験を積んでいる身である。


 幼女といえど、その人生経験、教育環境の贅沢さから言えば、確かに、他の小学生とは一線を画すものがあるだろう。肉体的にも、精神的にも。


 頭をなでなでされたリエちゃんなど、既に顔が爆発寸前のように赤くなっている。


 なお、集団の大半は女の子である。ミュウは、男子からの人気も高いが、特に女子からの人気が凄まじいのだ。可愛いのに強く優しいミュウに、女の子達は夢中らしい。


 もっとも、集団の中に男子が皆無というわけでもなくて……


「お、おい、ミュウ! 別に、うちに来てもいいぞ! 新しいゲーム買ってもらったんだ! と、特別に、最初にやらせてやってもいい!」


 ツンツン頭の、なんともやんちゃそうな男の子だった。ぶっきらぼうに、視線も合わせず話しているが、真っ赤な顔からミュウを意識しているのは明らかだ。


 ミュウが何かを答えようと口を開きかける。が、その前に、


「レンジくん、あのね――」

「そう言えばミュウちゃん! 今年のバレンタインデーはどうするの!?」

「みゅ!? ナギサちゃん、声が大きいの……」


 耳元で声を張り上げられて、ミュウはぴょんっと飛び上がった。その隙に、他の女子がキッと男の子――レンジくんにがんを飛ばす。


 それは、とても小学生の女の子がしていい目つきではなかった。ヤクザである。幼女ヤクザの集団である!


 けれど、入学式の日に一目惚れし、初恋に思いを募らせるレンジくんは負けない! その周囲で彼の友達が尻餅を突き、あるいは泣きながら逃げ出したり、頭を抱えて震え始めたりしても、彼だけはキッと睨み返した。


 バチバチッと、レンジくんVSミュウ大好き女子達の眼光が空中衝突する!


「もちろん、今年も用意するの! 美味しいチョコを作るから期待してな! なの!」

「わっ、本当!? ミュウちゃんの一口チョコケーキ、美味しかった――」

「おい、ミュウ! どうしてもって言うなら貰ってやってもいいぞ!」


 てめぇっ、なに会話に入ってきてんだっゴラァ! ぶっ殺すぞぉっ……と言っているみたいな凶相を向けるナギサちゃん。もちろん、ミュウからは見えないよう計算された角度だ。


 ちなみに、ナギサちゃんは、おさげ髪と眼鏡が似合う普段はお淑やかな女の子である。


「大丈夫、レンジくんの分を忘れたりしないの」

「え!? そ、それって、俺のこと……」

「クラスの子で一人だけ貰えないとか……トラウマなの。ミュウは、そんな悲劇を生み出したりしません!」


 そんな悲しい事件は、エンドウだけで十分なの……と遠い目をするミュウ。


 そして、ちょっと勘違いしちゃってガクリッと肩を落とすレンジくんと、そんなレンジくんに某見下しすぎな海賊女帝のポーズで「ざまぁっ」するナギサちゃん達。


 ちなみに、遠藤氏の悲しい事件は去年の話ではなく、彼の小学生&中学生時代の話である。悲しみに暮れる浩介に気が付いた重吾と健太郎が、チロ○チョコを半分に割って分けてくれたことを、彼は生涯忘れない。あと、「あれ? そもそも、こんな男子クラスにいたっけ……」と困惑していた女の子の顔も。


 友情万歳!!


 という感じで話している間にも、ミュウ集団は校庭を抜け正門に辿り着いた。


 その瞬間、


「お帰り、ミュウ」

「! パパ!!」


 届いた声に、ミュウの表情は太陽の如く輝いた。かと思えば、放たれた矢のような勢いで駆け出す。


 目標は、正門近くの電柱に背を預けていたハジメだ。


 一瞬の減速もなく、それどころかコンマ一秒でも早くパパのもとへ飛び込みたいと言わんばかりに加速し、バビョンッと飛びつく。


 ハジメは、そんなミュウに苦笑いしつつ、片手でいなし空中で回転させた。勢いを殺されたミュウは、そのままポスッとハジメの腕の中に収まった。


「いい加減、その突っ込み癖は直せ」

「前向きに検討します! なの!」

「……最近、そういう言葉ばっかり覚えていくなぁ」


 咲き誇る花の如き笑顔のまま、ハジメの胸元にすりすりと頬を擦りつけるご満悦なミュウ。


 学校でも有名なミュウと、若すぎるパパのやり取りに注目が集まる中、ナギサちゃん達がハジメのもとへ駆け寄ってくる。


「ミュウのパパさん、こんにちは!」

「こ、こんにちは!」

「ミュウのお迎え?」


 ナギサちゃんを筆頭に、ミュウと特に親しい女の子達は何度か南雲家にも遊びに来ている。ハジメと顔も合わせているので、彼女達の中にパパであることを疑う者はいない。


 初めましてな子達も、それでハジメがミュウの父親だと理解したのだろう。ざわざわとざわめきが広がる。「うちのパパと全然違う……」「え、かっこいい……」みたいな声がチラホラ。


 ハジメの、異世界帰りかつ魔王な中身が醸し出す独特の雰囲気と、レミアプレゼンのお洒落な服装は、小学生達の瞳を煌めかせるには十分だったようだ。


「おう、こんにちは。ナギサちゃんに、マドカちゃんに、ヒトミちゃん。ヒトミちゃんの言う通り、お迎えだ」

「よ、用事ですか?」


 ちょっと緊張気味に、ナギサが尋ねる。ミュウも、「そういえば、どうして迎えに来たの?」と小首を傾げた。


「ああ、なんか家で話し合いをするらしくてな。俺とミュウは晩飯まで帰ったらダメらしいんだよ」

「え、ミュウとパパ、締め出されたの?」

「そうとも言う。まぁ、大方俺達へのサプライズを計画しているんじゃないか? ほら、来週はバレンタインだろ?」

「え~~~~っ、どうしてミュウを仲間外れにするの!」

「去年、お前に凹まされたからじゃねぇかな。ユエの奴、ミュウが相手だとメンタル豆腐だし」

「……なるほどなの。ユエお姉ちゃん、『……ミュウ、覚悟するがよろし! 来年は私のチョコに喜びすぎて踊り狂うことになる!』って涙目で言ってたから……」

「お前のチョコ、美味かったもんなぁ」


 頑張ったよな~と、ハジメはミュウの頭を撫でた。ミュウは、微妙な表情で去年のユエを思い出していたのだが、直ぐにふにゃ~と脱力した。


「今年も、パパには特別なチョコを用意するの!」

「おお、そうか。そりゃ楽しみだ。ミュウは菓子作りの才能がある。将来はパティシエでもいいかもなぁ」


 ものすっごく優しい表情で、親馬鹿発言をするハジメ。ミュウはミュウで、「えへへ~」と更にスリスリとすり寄る。


 なんというか、他者に入り込みづらい父娘ワールドが広がっていた。


 質問をしたはずのナギサちゃんが言葉に詰まった様子で顔を真っ赤にしている。というか、女子達は、何故かほとんどが顔を赤くしていた。


 そんな中、我慢ならねぇ! と前に出る男の子が一人。レンジくんだ!


「ミュ、ミュウ! 俺も特別なチョコ、貰ってやってもいいぞ!」


 隣の女子から「空気読めやっ」のボディブローが叩き込まれる。が、レンジくん、一瞬息を詰めただけで踏ん張る!


「ん? 見ない顔だな。新しいお友達か?」

「うん! オオヤマレンジくんって言うの! 走るのが速くて、お掃除の時とかよくミュウを手伝ってくれたりするの!」


 ミュウの評価に、レンジくんの顔が真っ赤に染まる。同時に、女の子達の顔が憤怒に染まる。「なに細々と好感度あげてんだ、お? そんなに掃除が好きなら一人でやってろやっ」と言ってそうな眼光だ。


 なんとなく、ハジメはいろいろ察した。パパとして、娘にまとわりつく悪い虫は看過できない。釘の一つも刺しておきたいところだ。


 たとえ、親馬鹿、過保護、智一さんのこと言えない……等々、呆れの視線をユエ達から頂戴することになったとしても。


 とはいえ、ここは下校中の学校の正面門。あまり過保護を見せると、ミュウ自身の学校生活にも影響する。


 なので、頑張って自重する!


「ミュウのパパさん! 安心してください! 害虫は、私達親衛隊がやっつけますから!」

「ナギサちゃん……ああ、ミュウを頼む」

「ちょっと待ってほしいの。ナギサちゃん、親衛隊ってなに? どうしてパパと分かり合ってるの? ミュウ、何も知らないんですけど!」


 ミュウが、知る必要のないことなんだよ……みたいな眼差しが、ナギサちゃんを筆頭に女の子達から、そしてハジメパパから注がれる。一応言っておくと、結成はミュウスキーなナギサちゃんであり、断じてハジメが子供達を煽動したわけではない。


「な、なぁ、ミュウ?」


 放置されていたレンジくん、頑張って再度、〝ミュウの特別なチョコ〟を要求してみた。


 それに対するミュウの返答は、


「無理です」

「ふぐっ」


 耐えがたい腹痛に耐えるような表情が、レンジくんの顔に浮かぶ。


「な、なんで……」

「レンジくんは特別ではないので」


 丁寧な言葉遣いが、支援魔法の如く言葉を強化。レンジくんのハートをブレイクする。


 レンジくんはぷるぷると震えた。だが、レンジくんは強いのだ。言葉のストレートパンチにもめげず、涙腺だって決壊させない。男の子だもん!


「い、いつまでも……」

「ん?」


 レンジくんの視線が、ハジメを捉えた。キッと睨みつけながら、腹に力を入れて~、


「いつまでも、ミュウの特別でいられると思うなよぉ~~~っ」


 捨て台詞を木霊させた。そのまま「ちっくしょぉおおおおっ」と雄叫びをあげながら青春の猛ダッシュをして去って行く。


「既視感がすげぇ……」

「みゅ?」


 某王国の王子も、よくレンジくんのようになる。今度、リリアーナの要望で遊びに来させる予定なので、レンジくんに会わせるのもいいかもしれない……恋敵だが、きっと良い友達になれる、はず。などとハジメは考えるのだった。


「パパ、直ぐに帰れないなら、今からどうするの?」


 ミュウの言葉で、ハジメは我を取り戻した。


「適当に、どっか遊びに行こうかと思ったんだが……」


 ハジメの視線はナギサちゃん達へ注がれた。子供同士で遊ぶ予定だったなら、親が入るのは野暮というもの。その場合はこのまま別れて、自分は自分で適当に時間を潰すつもりだ。


 ウィステリアでコーヒーを飲むのもありだろう。園部がいるなら、話し相手にもなってくれるだろうし……と考える。まさか、自分の嫁にさらわれて家に連れ込まれているとは思いもしない。


 同時に、


「いえいえ、予定なんてありませんから! ミュウちゃんと二人っきりで楽しんできてください!」

「邪魔はしません!」

「ミュウ、報告を楽しみにしてる」


 実は、ナギサちゃん達に、ミュウの将来の夢――パパのお嫁さんになる――が伝わっているなんてことも思いもしない。


 ただのパパ好きな子供という意味ではなく、どこまでも本気であり、そしてそれを理解して応援されているなどとは、まったくちっとも。


「そ、そうか? なんなら俺が付き添いしてやるから、町に遊びに行くっていうのでもいいぞ? 親御さんには俺から連絡するし」

「ミュウのパパさん、酷い!」

「ミュウの気持ちを考えてあげてください!」

「デリカシ-」

「なんでだよ!?」


 最近の小学生はわけ分からん……と、ハジメは頭を抱えた。


「ミュウちゃん! 楽しんできてね!」

「「「「ミュウちゃん、ばいば~~い」」」」

「みゅ! みんな、また明日なの~!」


 頭を抱えている間にも話は進み、ハジメは釈然としないものを感じつつもミュウと二人で時間つぶしに出発するのだった。




~~~~~~~~~~




 夜の帳が降り始めた頃、ハジメとミュウは帰宅の途に着いていた。


「それにしても、ミュウ。お前、結構有名になってたんだな」

「知らなかったの」


 ミュウの服を見に行って、店員さんやお客に写真をせがまれたミュウ。まるで芸能人である。


 実は、レミア達の会社で子供服のファッションショーが開催されたことがあるのだが、その時、ミュウもモデルとして出たことがあるのだ。


 その時、結構な話題になったのである。実はキッズモデルとしてスカウトの話もきているのだが、今のところレミア達が全て断っている。


 そうとは知らなかったものだから、ミュウを覚えていたらしい人達に囲まれたミュウは随分と驚いたようだ。ついでに、店員さん達もパパの若さに仰天していた。


 そんな話をしているうちに自宅の明かりが見えてきた。


 今日の晩ご飯はなんだろうか……と、お腹を鳴らしながら、仲良く手を繋いで家の前に到着した二人は、


「……これならどう!? 五天龍チョコ!」

「きゃあ!? ユエの馬鹿! アイデアが出ないからって神代魔法なんか使わないでよ!」

「……アッ!? ばかおり! 分解魔法のせいで制御が!?」

「あわわわっ、大変! ――〝聖絶〟ぅ!」


 香織の怒声が響き、リリアーナの慌てた声が木霊した直後、パリンッと窓が割れて茶色い触手が五本飛び出してきた。


 よく見ると、龍だ。よく嗅ぐと、甘い臭いがする。チョコレートでできた五体の龍が、うねうねとうねりながら住宅街に飛び出そうとしている。目の部分が赤黒いことからすると、変成魔法で半魔物化しているのか……


 まるで、「食われてたまるかっ」と言わんばかりに逃げだそうとするチョコ天龍達だったが、それを、南雲家を囲むようにして出現した障壁が阻んだ。チョコブレスが障壁を甘く彩る。直後、部屋の中に引きずり戻された。


「……」

「……」


 ハジメとミュウは、無言だった。目が、とても乾いている。二人、顔を見合わせ頷くと、そろりそろりと塀に近寄った。ミュウがぴょんっと跳んで塀の上に掴まりながら顔を出し、ハジメもそっとリビングを覗いてみる。


「ええいっ、妾の等身大チョコの何がいけないんじゃ!」

「完全に18禁だからですよ! 自分にチョコ塗りたくっただけじゃないですか!」

「どう見てもハジメ専用でしょう!? ミュウちゃんに何を食べさせる気よ!」


 暴走するチョコ天龍を殴ったり斬ったりしているシアと雫の視線の先には、全裸でチョコ塗れのティオがいた。ハジメの目が死んだ。ミュウの頬が引き攣っている。


 その奥、台所から愛子が必死の形相で顔を出した。


「もうっ、皆さん! 少しは手伝ってください! っていうか、チョコ料理に何を仕込んだんですか! うごめいているんですけど! どうしてお肉が溶けるんですか!」

「ちょっとぉ~~っ。愛ちゃん先生! 先生が出現させたカカオ豆も、なんか変なんですけど!? 豆なのに野菜の水分を取り込んでます! ああっ、干からびた!? これ、本当にカカオ豆なんですか!?」

「ええ? そんなはずは……ハジメくんのために、カカオ豆から仕入れたのは確かですけど、市販品ですよ? まぁ、より美味しくなるように魔法は使いましたけど……」

「魂魄魔法とかだったりしませんよね!? ああ、なんか自力で転がってますよ!?」

「そんな馬鹿なこと……あ、そういえば、ハジメくんとの妄想をしている間に使ったような……」

「きゃぁっ、なにこれ!? チョコ料理の鍋から触手みたいなものが……もういやぁっ~~~~! おうちに帰るぅ!!」


 バリンッと音が鳴った。台所の窓をぶち破って優花が転がり出てきた。その後から、なんだかドロドロした冒涜的な茶色い触手が伸びてくる。


 投擲用ナイフで迎撃! 優花はそのままアクロバティックな動きで塀を跳び越え、「南雲家は魔窟よぉおおおおっ」と叫びながら消えていった。


「みんなっ、しっかりして! もうすぐハジメくんとミュウちゃんがお腹を空かせて帰ってくるんだから! チョコで作った試作料理、仕上げるよ!」


 香織の号令が響く。触手が台所から伸びてくる。五天龍チョコがリビングで暴れる。ティオがハァハァしている。


 ミュウは静かに地面へ下りると、悲壮な顔でハジメパパを見た。


「パパ。ミュウは、先にヴァルハラで待ってます、なの」


 ミュウに、食べないという選択肢はないらしい。だって、どんな料理でもお姉ちゃん達が作ってくれたものだから。


 ただ、生き残る自信はない。覚悟を決めて敬礼する幼女の表情は美しい……


 ハジメは溜息を一つ。


「ミュウ、今日は外食にしよう」

「ハンバーグが食べたいの」


 即答だった。


「お姉ちゃん達は……どうしよう?」

「放っておこう」


 即答だった。


「パパ……ママが、部屋の隅で三角座りしてたの」

「大方、去年の黒歴史でも思い出して凹んでるんじゃねぇか?」


 大正解。


 ミュウの困った表情を受けて、ハジメは戦場と化しているリビングへアラクネさんを送り出した。レミアの傍まで気づかれることなく接近し、その足下へゲートを展開。


「ひゃぁ~~~~っ」


 転移して頭上から落ちてきたレミアを、ハジメはお姫様だっこでキャッチした。


「あ、あなた? それにミュウも?」

「ただいまなの、ママ。早速、戦域を離脱するの」

「ああ、迅速に、かつ、確実にな」


 レミアが「え? え?」となっている間に、ハジメとミュウは阿吽の呼吸でその場を後にした。


 そうして、駅前のハンバーグ専門店へと直行するのだった。


 なお、黒歴史を思い出したショックと、突然の事態に精神的余裕のなかったレミアは、店に着くまでお姫様だっこ状態のままだったのだが……


 後日、ママ友達との集まりで、


「見たわよ、レミアさん! 旦那さんにお姫様だっこされてたでしょ!」

「駅前で目立ってたわよ! もうっ、見せつけてくれちゃって!」

「ミュウちゃん、偉いわねぇ。抱っこをせがむでもなく、ママのこと微笑ましそうに見つめて……」


 と目撃情報を告げられ、また轟沈したのだった。


 あと、ユエ達もまた、疲れて帰ってきた菫お母さんの〝天灼〟級のお叱りを受けて仲良く轟沈したのだった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


申し訳ないですが、更新復活というわけではありません。

流石に二ヶ月更新なしは嫌だなぁと、なんとか投稿しましたが、時間がない状況は依然終わらず。

ちょっといつ定期更新を再開できるか明言できない状況です。

なので、しばらくは不定期更新(更新日自体は土曜日の18時で固定)にさせていただきたく。

よろしくお願い致します!


なお、ガルドコミックの方も更新してます。

本編、零、日常、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
魔窟や………近づいてはいけない魔窟なんや………!
ミュウちゃんが小学生に上がったって事は、学校によってはプールの授業があるわけで、海人族の能力を遺憾なく発揮して25m世界新記録とか叩き出しそう……しかも無呼吸で
[一言] 最新話で優花の進路先がハジメと同じ大学に変更されたから、すかさず訂正しましたね。抜け目ない。
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