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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

ありふれたアフターストーリーⅡ

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ありふれたアフターⅡ 次の世界、お願いしまぁ~す!



「天之河光輝――――勇者だ」

 光輝の宣言を聞いて、≪黒王≫が訝しそうな声音を出す。

『勇者、だと?』

 おそらくもっと具体的な、光輝の強さを裏付ける言葉を求めていたのだろう。

 確かに抽象的だよな、と光輝は内心で苦笑いしながら、今度は逆に問うた。

「≪黒王≫。人間と≪暗き者≫、双方が生きる道を俺と一緒に模索してくれないか?」
『何だと?』

 困惑――ではない。そこに含まれているのはやはり……(あざけ)りだ。

『闘争の果て、宿願に手がかかっている状況で、それを捨てろだと? ハッ』

 論外、ということは伝わった。だが、光輝は怯むことなく言葉を重ねる。

「手がかかっているだけで、貴方がそれを手に入れることはできない」
『……ほぅ。何故そう思う?』
「俺がいるからだ」

 今度は怒気。≪黒王≫から凄まじい怒気が発せられる。≪黒王≫では≪勇者≫に勝てない、お前は格下だと言われたと考えたのだ。

『愚弄するか』
「違う。決意だ」

 端的に返した言葉には無視することのできない響きがあった。

 ≪黒王≫は空を見上げる。己の瘴気は完全に光の奔流に塞き止められている。己と相対する存在が並々ならぬ力を持った存在であることの証だ。

 僅かな静寂。≪黒王≫の返答は――

「――ッ!!」

 轟音が響き渡った。

 それは、光輝が咄嗟に両手で掲げた納刀状態の聖剣と、幹竹割りに振り下ろされた大剣が奏でる衝撃の音。地を割るのではと錯覚するほどの剛剣だ。

『ほぅ、よく分かったな』

 背後から(・・・・)聞こえた声。同時に襲い来る左右からの巨大な顎門!

 咄嗟に前方へ飛び込むようにして難を逃れた光輝は、更に四方八方同時に黒い獣が襲いかかって来るのを認識した。

 咄嗟に≪天絶≫による複数枚の障壁を出して防ぎながら、光輝は問い続ける。かつてラガルにしたのと同じ問いを。

「何故だ。何故、みんな生き残れる道を取ってくれない! 貴方達が生き残れるなら、人間を家畜にする必要はないはずだ! 互いに不干渉でもいい! ただ殺し合い続ける世界に、一体何の意味がある!」
『――』

 ≪黒王≫は答えない。ただ、スリットから覗く赤い眼が嘲笑に歪んでいるのだけは分かった。光輝の願いに、本当にゴミ程の価値も見出していないのだ。

 歯がみしながら、光輝はなお言い募る。

「人間を家畜にすれば火種は必ず残る。暴力による支配じゃ必ず軋轢が生まれる。人間が再び反抗すれば、多くの≪暗き者≫が死ぬかもしれない。戦争になれば多くの命が散っていく! 貴方は王なんだろう! 未来のために、同族達のために、犠牲が生まれない道を探そうとは思わないのか!?」

 瘴気の領域がなくとも、短い距離なら空間転移できるらしい≪黒王≫の、奇襲に次ぐ奇襲。まさに大剣の嵐。そして、その一撃一撃が凄まじいほどの剛剣。並の戦士なら意識する間もなく切り捨てられるか、防御できてもそれごと叩き斬られること間違いない。

 実際、死角という死角に≪天絶≫を配置することで辛うじて防いではいるが、その≪天絶≫ごと叩き斬られて回避が間に合わず、小さな傷が次々に増えていく。

 加えて、突如虚空に現れる無数の獣に、数々の凶器。瘴気そのものが爆発したり刃となって常に死角から襲い来る。

 ≪聖絶≫による全方位防御を行う隙はない。

≪天絶≫や≪光輪≫による足止め、≪光刃≫や≪光爆≫による強引な間合いの取り方で辛うじて全てをギリギリでかわし、あるいは防いでいく。

 必死な光輝の言葉に、≪黒王≫はやはり嘲笑を以て返した。

『まったく思わんな』

 光輝の表情が悲痛に歪む。

「なぜ、なんだ……」
『戦争? 大いに結構ではないか。闘争とは、それ自体が甘美な食料のようなもの。楽しみの一つもない生に何の意味がある?』
「楽しみ、だと?」

 光輝の表情が僅かに変化した。必死さが薄れ、どこか静かな表情になっていく。

『闘争、支配、家畜共の反抗という余興。その全てが生きるに欠かせぬ〝楽しみ〟であろう?』

 理解した。してしまった。≪暗き者≫という種族の(さが)を。今度こそ本当に。

 言ってみれば泳ぎ続けなければ死ぬ類いの回遊魚と一緒だ。闘争こそが生きる糧。争わずにはいられない。征服せずにはいられない。そのためならどこまでも侵攻していく。自ら火種を撒き散らす。

 生きるための生き方が、同時に彼等の心を満たすものでもあるのだ。

 邪悪――と切って捨てられれば楽ではあった。

 光輝の、否、大多数の人間の価値観からすればそうだろう。

 だが、≪暗き者≫からすれば光輝の共存の訴えこそ、自分達の生を踏みにじらんとする邪悪に見えているのかもしれない。

 価値観が、決定的に違うのだ。

『問答は終わりか? ならば終わらせるとしよう。貴様はそれなりに楽しめたが、その光の奔流も、五年もの間、蓄え続けた我が力には及ぶまい?』

 ドゥッと大気が揺れた。吹き荒れる瘴気が≪黒王≫の後ろに猛烈な勢いで集束していく。

『この世は力が全て。強き者が全てを支配する。この身が王たる由縁を教えてやろう』

 形を成す瘴気。闇色のそれは地上五十メートルはありそうな巨人へと成っていく。腕が作られ、頭が作られ、大剣が作られ、そして全身甲冑が覆っていく。まさに、≪黒王≫の化身。瘴気がある限り滅びない最強の王の姿がそこにはあった。

『光の障壁でも出してはどうだ? それで家畜共の町を死にかけながら守ったのだろう?』

 対する光輝は、僅かに瞑目。静寂を身に纏い、泉の静謐を瞳に宿す。

 また一つ。選択した。

 覚悟と共に思い描く。かつて、現実から逃げ、その果てで与えられた力の形。あの時からずっと、何度試しても出来なかったそれを――今ならできるという確信と共に宣言した。

「いや、必要ない。お前を打倒して終わりだ――≪神威・光竜≫」

 静かな声音が響いた。

 だが、直後発生した事象は絶大にして壮絶。

 光輝の背後に巨大な光の奔流が集束した。それは瞬く間に形を成していき――現れたのは、瘴気の巨人にも匹敵する光り輝く巨竜の姿。

『貴様、どこまで――』
「……貴方は王だから、問わずにはいられなかった。≪暗き者≫達の、王の言葉が聞きたかった。あるいは、まだ道があるんじゃないかと思った。その可能性を捨てたくなかった。だけど、答えを聞いてしまった。時が来てしまった。だから――もう、お前には何もさせない。俺が、させない」
『っ、舐めるなっ』

 瘴気の巨人が大剣を振り下ろす。大気が悲鳴を上げるような圧倒的な威力。

 だが、

「――≪咆哮(ブレス)≫」

 世界が一瞬、白く染まった。

 光竜の咆哮(ブレス)が一切合切を吹き飛ばす。大気が悲鳴を上げるなんてレベルではない。大気が消し飛ぶ威力。それはまさに神威の発現。滅びの光そのもの。

 巨人の大剣は一瞬で消し飛び、ブレスを受けた上半身が耐える様子を見せる。が、それも一瞬。まるで抉り取られたかのように上半分が消し飛んだ。

 遙か遠くの大地に突き刺さったブレスは、局所的な地震を発生させた。余波だけで≪暗き者≫達も戦士達も踏ん張りきれず吹き飛ばされる。

 そんな中、流石と言うべきか。自らの切り札の一つをあっさり消し飛ばされたというのに、≪黒王≫は動揺を抑え技後硬直の隙を突くべく、転移で光輝の背後に回り込んだ。

 リンッと鈴のような音が鳴った。

『――ッ。おのれ!』
「……」

 死角を突いたはずなのに、気が付けば大剣を持つ腕を斬り飛ばされていた。

(いつ斬られた?。いや、そもそも偶然か?)

 更に転移して距離をおきつつ、≪黒王≫は内心で今の一撃を考査する。初撃の時の、明らかに勘と分かる防ぎ方や、あらかじめ死角に障壁を展開しておく方法とは異なる、ピンポイントの迎撃……

 様子見も兼ねて、死角から黒獣に襲わせる。

――いつの間にか、黒獣達の首が落とされていた。

 腕と大剣を再生しつつ、全方位からの槍衾で攻撃。

――数本だけ斬り飛ばされて、たった一歩動くだけで全てを回避された。

 死角に転移。大剣の横殴り。

――シャンとい澄んだ音色と同時に大剣の軌道が逸らされ、いつの間にか袈裟斬りにされていた。

 先程までとは異なる、静かなる剣撃。ただの一度も、その過程を捉えることができない。凄まじい技だということは分かる。なのに、当の本人から何も感じない。殺意も、戦意も、憎悪も、なにも……

『貴様っ、一体何をしている!?』

 遂に動揺を隠せなくなった≪黒王≫が叫ぶ。

 同時に、近づけば斬られるというなら、まとめて粉砕すればいいと言わんばかりに、再構築した巨人に命じて、その拳を打ち落とした。

――光の巨竜に吹き飛ばされた。

 死角から襲っても尽く斬られる。範囲攻撃は背後に控える巨竜が消し飛ばす。

『ならば数だ! 数で押し潰す!』

 体長三メートルの牛頭種に似た瘴気の戦士を一気に百体、光輝を包囲する形で作り出し突撃させた。王国の戦士なら、防御を固めたとて倍の数でも簡単に吹き飛ばし、踏みにじれる突進力と膂力を有する怪物のチャージ。

 ゆらりと揺れて、二体の首が飛ぶ。

 と、認識した刹那には、三体の首が宙を舞った。

 いくら強力な瘴気の戦士達を作っても――斬られる。

 仲間を盾に突進する。まとめて斬られる。

 全身を甲冑で覆う。甲冑ごと斬られる。

 大剣を振り下ろす。大剣ごと斬られる。

 斬られる。斬られる。斬られる。斬られる。斬られる。斬られる。斬られる。斬られる。斬られる。斬られる。斬られる。斬られる。斬られる。斬られる。斬られる。斬られる。斬られる。斬られる。斬られる。斬られる。斬られる。斬られる。斬られる。

 抵抗の余地なく、頑強で痛みすら感じないはずの瘴気の戦士達が一顧だにされず斬り飛ばされていく。全て一撃。剣を振るう風切り音すらしない。

 そして、するりするりと流れるような動きで少しずつ≪黒王≫の元へ迫っていく。まるで、散歩途中のついでのような容易さで瘴気の戦士が斬り飛ばされていく。

『っ、なんなのだ。貴様、なんという眼をしている!?』

 誰が信じただろうか。あの≪黒王≫の声に、確かな〝怯み〟が含まれているなど。

 彼が恐れたのは何をしても斬られることではない。切り札である瘴気の巨人が、光の巨竜が放つ極光(ブレス)と流星群の如き光弾の嵐で手も足もでないことでもない。

 その眼だ。

 敵意がない。殺意がない。憎悪がない。必死さがない。気概がない。感情がない。およそ意志と呼べるものが何もない。

 まるで前人未踏の秘境に眠る深き泉のよう。

 どこかを見ているようで、どこも見ていないようでもある。

 薄く開いた目蓋の奥は、ただただ静謐で。

 彼の領域に足を踏み入れたが最後、過程をすっ飛ばして結果だけが訪れる。

 すなわち――斬られた、と。

 抜刀された瞬間が分からない。剣の軌跡が分からない。何も分からないまま、いつの間にか終わっている。

 あの日、モアナ達が目撃した剣撃の極地。

――技能【剣術】の最終派生 【無念有想】

 想いを胸に、無我の境地で剣を振るう。無であるが故に、その振るわれる剣は過程が著しく認識し難くなる。

 戦場において剣を交えているその時に、足下の雑草の揺れに気がつけるような、そんな普遍的な意識の仕方ができなければ余りに自然すぎることで極めて回避の難しい剣撃。

 光輝が意識を失いながらも、ただ一つ〝守らなければ〟という想いだけで戦い続けた果てに手にした剣士の頂が一つ。

 相対していながら、何も感じさせないという異常な相手に、≪黒王≫は遂に周囲の≪暗き者≫へも攻撃を命じた。

『貴様等っ、何をしいている! 奴を殺せ!』
『――ッ、ハッ』

 一瞬、王が打倒するのではないのか? という僅かな不信感が湧いて出たような表情になった≪暗き者≫が光輝に殺到する。

 だが、それは、同じく≪黒王≫と≪勇者≫の戦いを見続けていた王国の戦士達が許さなかった。

「光輝殿に手を出させるな!」
「ここが正念場です! 死地と定めて戦いなさない!」

 そう号令をかけながら真っ先に飛び出したのはスパイクとリーリン。

 率先した子供達に、スペンサーとリンデンは一瞬顔を見合わせ、何となくお互い年を取ったと言いたげな表情をすると、生き残りの戦士達を率いて光輝の援護に向かった。

「え、ええっと。死神さん! クーネのお願いを聞いてください! あの辺りの群れにドギツイ攻撃をお願いします!」
「え? クーネ? 死神さん?」

 モアナが驚いている間にも、クーネのお願いに『クェ!(合点承知だぜ、嬢ちゃん!)』と言っているっぽいグリフォン達がミサイルやら腹の下から出した小型ガトリングやらで敵を屑肉に変えていく。

 阿鼻叫喚の≪暗き者≫達を、目を点にして見つめるモアナ。

 と、その時。

 光輝達のいる王都正面の戦場の他、全ての戦場に銀色に輝く波紋が広がった。光輝が無我の境地に入っていなければ、それはもう一人の幼馴染みが放った反則的な癒やしの光だと分かっただろう。

 戦場に動揺の風が吹いた。当然だろう。自身の負傷が軽傷も重傷も、瘴気の侵食度も関係なく瞬く間に癒えて、更には死んだはずの戦友がひょっこり目を覚まして起き上がってくるのだから。

 混乱する戦場では分からないことだが、一応、死んでから半日以内の者に限られていたのだが……それでも彼等が眼の辺りにしたのは〝奇跡〟以外のなにものでもなかった。

 ≪勇者≫が降り立った戦場で起こされた奇跡。

 戸惑いは直ぐに収まり、彼等の戦意は凄まじい勢いで上がっていく。絶望感が払拭されて、全ての戦場で≪暗き者≫を押し返すほど勢いが生まれた。

『またかっ、またあの屈辱を味わえというのかっ』

 ≪黒王≫が憤怒の声を上げる。五年前、もう少しで滅ぼせるというところで手痛いしっぺ返しを食らった。そのせいで同族達から「今なら自分が王に成れるのでは?」と幾度も襲撃されたのだ。

 勝てるかもしれない。

 そう思われることは≪黒王≫にとって何よりの屈辱だった。自分こそ最強であり、至上の強さを持つ王なのだ。それに疑いを持つ者、与える者は断じて生かしてはおけない。

 だから、屈辱に耐え、同族達の襲撃を叩き潰し、ひたすら力を蓄え、新たな能力まで生み出し満を持して進軍したというのに。

『たとえ今は引くとしても、貴様だけは殺す! 王の名に賭けてっ』

 瘴気の巨人が霧散した。と思った直後には≪黒王≫に集束する。それはまるで、光輝が≪神威≫を放つ時のよう。

「受けて立とう。多種族と生きることを選べないお前を、俺は終わらせる」

 光の巨竜が聖剣へと集束する。

『家畜共の希望よ。滅びろ!』

 放たれたのは闇色の砲撃。

 対するは、当然、

「これが俺の選択だ――≪神威≫!!」

 純白の砲撃。限界突破状態で放たれたそれは、アークエットで放たれたものの優に数倍の規模・威力を誇る、まさに滅びそのもの。

 中間地点でぶつかり合った闇と光の砲撃は凄まじい衝撃で周囲を根こそぎ吹き飛ばし、砂漠の地にクレーターを作り出していく。

 拮抗するように見えた二つの砲撃だったが、それもほんの数秒。

 聖剣が一際大きく輝く。

 そして――

 滅びの光が闇を呑み込み直進した。

『ありえな――』

 大気が鳴動し、世界が純白に染まり、音が消えた世界で、光輝はそんな言葉を聞いた気がした。

 やがて、細くなって空気に溶けるようにして消えた神威の光。

 後には何も残っていない。

 戦場に静寂が訪れた。

 少しの間に随分と数を減らした≪暗き者≫達も、傷だらけの戦士達も、誰もが黙って≪黒王≫のいた場所を見ている。

 肩で息をする光輝。既に光は纏っていない。実のところ≪限界突破・覇潰≫を、更に≪戦鬼≫で無理矢理使い続けていたので、相当体に負担がかかっている。正直な話、今にも意識を失いそうな程度には深刻に疲弊している。

 だが、そんなことは表情に出さず、光輝は己を叱咤して――

 スゥッと聖剣を頭上に掲げた。

 言葉なくとも、何より雄弁な勝利宣言。歴史上最強の≪暗き者≫――≪黒王≫を討ち取った証だった。

 一拍。

 戦場に凄まじい歓声が広がった。








 その後、≪黒王≫が滅ぼされたことで士気が下がり、更には倒したはずの戦士達が生き返って来るという異常を目の当たりにして、闘争と支配を好む≪暗き者≫達も流石に撤退を選択した。

 と言っても、リーリンを筆頭に戦士達の凄まじい勢いと士気で追撃しに行ったので、果たして彼等の内どれだけの数が逃げ切れるか……

 いずれにしろ、数千に満たないことは想像でき、当初七万以上の大軍だったことを思えばまさに壊滅という有様だ。しばらく身動き取れないだろう。

 味方の士気のため、必死に意識を保っていた光輝も、グリムリーパー搭載の魔法薬をこっそり服用することでどうにか少しずつ回復している。

 それでも、即座に戦闘が行えるほどに回復するにはしばらくかかりそうで、≪限界突破・覇潰≫と≪限界突破・戦鬼≫の併用は、本当にそのまま死んでもおかしくない強烈な負担を強いるようだ。

 光輝は、ゆっくりと納刀すると、大きく息を吐いた。

 そして、ふらつく体を叱咤しながら振り返る。

 その瞬間、

「光輝さま!」
「ごふっ!?」

 小さなギャングの飛び込み頭突きが鳩尾に炸裂した。割と限界だった光輝は体をくの字に折り曲げ、そのまま押し倒されるように倒れ込んだ。

 クーネが「あれ?」といった感じで首を傾げる。光輝なら受け止めてくれると思ったのだが、意外にも簡単に吹き飛んだ。

「こ、こら! クーネ! 光輝が疲れているのは見れば分かるでしょう!」
「ご、ごめんなさい、光輝さま!」

 スペンサーに支えられてやって来たモアナが、ぽかっとクーネに拳骨を落とす。それで我に返ったクーネは、馬乗り状態から慌てて脇にどいて倒れたままの光輝を心配そうに見つめた。

 モアナも光輝の脇に座り込む。

「光輝……」
「ああ、モアナ」

 二人はじっと見つめ合った。モアナは、泣きそうで、愛しそうで、心配そうで、嬉しそうな、不可思議な微笑みを称えている。目尻に溜まった涙が、ポロリポロリと落ちていく。

「本当に、大丈夫だったわね」
「信じてなかったのか?」

 寝転んだまま冗談めかして言う光輝に、モアナは首を振る。

「信じてたわ。でも、〝大丈夫〟の中に、きちんと光輝が入っているのかっていうところは少し疑ってたの」
「……前科持ちは信用がないな」
「ふふ。……後方の領地も大丈夫なのよね?」
「ああ。憎たらしいくらい頼もしい奴等が引き受けてくれたから、絶対に大丈夫だ」

 光輝の苦笑いとその言葉に、モアナは察する。

「お迎えが……来たのね?」
「……ああ」
「帰るの?」
「そう、だね」

 モアナの表情がくしゃりと歪む。けれど、引き留めるようなことは言わず、ただ感謝と己気持ちが溢れ出さないよう堪えるように、そっと光輝の手を握り締めた。

 光輝も口を閉ざす。別れが、とても惜しい。言葉では表現できないほどに。

 この世界の行く末をもう少し見守りたい。できることなら≪暗き者≫との問題に決着がつくまで手を貸したい。そういう思いもあるが、今はただ、目の前の少し年上の女性の、この手を離したくないと思った。

 けれど、帰るというのは〝あいつ〟任せだ。迎えに来て貰って、既に助力までしてもらって、一応の決着がついて、でもまだ満足してないから都合がついたら迎えに来てくれ……などと都合の良いことを言えるわけがない。これ以上残るなら一生この世界に残る覚悟が必要だ。

 家族も、友も、仲間も、トータスでやり残したこともおいて。

 とても、難しい選択だった。安易に答えは出せなかった。だから、光輝は自然と口を閉ざしてしまう。モアナの手をきつく握り返しながら。

 至近距離で、互いに手を取り合ったまま、一心に見つめ合う女王様と勇者様。


 ……中々、絵になる。


 ここが終戦間際の戦場であることを除けば。

「……お姉ちゃんも、光輝さまも、クーネ達がいること忘れてませんか?」
「「ハッ!?」」

 パッと手を離して少しだけ距離を取る二人。クーネの眼が据わっている。

 スペンサーが何とも言えない表情で見守り、いつの間にか傍に来ていたリンデン、あの癒やしの光で一命を取り留めたらしいドーナル、そして戦士達が、微笑ましいやら目出度いやら、表情を綻ばせていた。

 ますます気恥ずかしくなって視線を泳がせる光輝に、スペンサー達が口々に称賛と感謝の言葉を伝えてくる。王都中から大歓声が響いており、遠くから聞こえる声にも、光輝を称える言葉が多くあった。

 光輝は、帰りたいという気持ちと、残りたいという気持ちの狭間で揺れる。

 そんな光輝を見て、モアナは寂しさと、国を挙げてお礼をした後にでも快く送り出して上げたいという気持ちの狭間で揺れる。

 結果、微妙に互いをチラチラ見ながら言葉に詰まる。

「はぁ~~~~」

 そんな中、盛大な溜息を吐いたのはクーネだった。

「ああ、もう。そんなに光輝さまのことが好きなら、お姉ちゃんがついていけばいいじゃないですか。光輝さまも、もう十分ですから、お姉ちゃん連れて帰っちゃえばいいじゃないですか。もじもじもじもじと、見てるこっちが恥ずかしいです。思春期のガキじゃあるまいし!」

 幼女がそれを言うのか、というツッコミはなかった。

 モアナは頬を染めてあたふたしながら反論する。

「え、あ、いや、クーネたん? あのね、お姉ちゃんは女王だし――」
「戦争は終わりました。ここからはクーネの時代です! 死にかけの陛下なんてお払い箱です!」

 反論はさくっと封殺された。

 確かに、まだ小競り合いは続くだろうが、大規模な戦争というものはなくなった。終戦後の復興の世界には、力を使い果たし、自力で歩けないどころか寿命すらどこまであるか定かでないモアナより、予定通り、クーネが即位する方がいいに決まっている。

 何より、そんなボロボロのモアナには、残りの人生くらい自分のために生きて欲しかった。

 お払い箱と言われたモアナは、「ク、クーネたんが反抗期……」とショックを受けて項垂れる。

 見かねた光輝が躊躇いがちに言う。

「だ、だけどな、クーネ。世界を渡る術は、あいつに頼むしかないんだ。あいつは基本的に鬼畜で外道な奴だから、もしかしたらモアナと世界を渡ったが最後、今生の別れになるかもしれない――」
「ぐだぐだうるせぇです。確かに、あの人は如何にも鬼畜っぽい感じの怖い人でしたが、光輝さまは〝かもしれない〟程度で諦めるような人ではないでしょう? 頻繁に、なんて言いません。いつか、もう一度だけでも会えるならそれで十分です。それまでに、クーネはきっと、この世界を自然豊かなかつての世界に戻して見せます!」

 近くで「あぁ?」という剣呑な声と、「ダメ! ハジメくんここは抑えて!」とか「ハジメ、空気を読んでちょうだい!」という声が微かに響いたが、誰も気が付かなかった。

 光輝は、クーネの言い様と自分への絶大な信頼に目を丸くする。

「なんですか、その目は。心外です。心外だと、クーネは抗議します! ……これでも、お姉ちゃんと同じくらいにお慕いしているのですよ、光輝さま?」

 世界と天秤にかけて姉に傾くと言ったクーネの、それは何よりの信頼を示す言葉だった。

 ……モアナが少し焦った表情で「クーネたん? 何だか女の子の顔になっている気が……気のせいよね?」と呟いていたり、近くから「……光輝くん、ロリコン?」とか「光輝。また殴ってやんなきゃダメか? ロリコンは南雲だけで――ぶべっ!?」という声と衝撃音が聞こえた気がしたが、光輝はスルーした。

 クーネは、離れたモアナの手と光輝の手をもう一度繋ぎ直すと、居住まいを正し、ハッとするほど穏やかな表情で口を開いた。

「モアナ陛下。あの日より、身命を賭して我々を導いてくださったこと、心より感謝致します。ここより先の未来は、このクーネ・ディ・シェルト・シンクレアが引き受けます。どうか心安からに、ご養生ください」
「クーネ……」

 モアナが目を見開く。クーネの後ろにスペンサーやドーナル、リンデンを含め戦士達が並び、揃って恭しく跪いた。それは感謝と、もう十分だから休んで欲しいという願いの込められたものだった。

 モアナの頬を、再び涙が濡らす。今までの様々な想いが、莫大な熱量となって溢れ返る。

 クーネは、既に女王然とした雰囲気を漂わせるその眼差しを、今度は光輝に向けた。

「勇者様。人類を代表して、厚くお礼を申し上げます。貴方様の成した偉業は、敬意と感謝の念と共に深く歴史に刻まれることでしょう。我々に与えてくださった未来への道は、我々が輝かしいものにしてご覧に入れます。どうか憂いなく、貴方様の望む道をお進みください」
「……君には最初っから、驚かされっぱなしだな」

 未来への道は見えた。絶望は払拭された。後は自分達で頑張るから、この世界のために光輝を想う人達を捨てなくていい。そういうクーネの言葉に、光輝は参ったと言いたげな表情で天を仰いだ。

 そして、モアナの手をギュッと握り締めた。モアナは一瞬ビクンッと震えたが、僅かな瞑目の後、泣き顔のまま光輝の手を握り返した。

「で? 話はまとまったようだが、そこの女も連れて行くってことでいいのか?」
「うおっ!?」
「ほぁ!?」
「ひぃっ、出た!?」

 光輝とモアナの直ぐ隣に突然現れた気配と声に、二人は仲良く抱き合いながら飛び上がり、そして女王様モードになっていたクーネはツインテールを荒ぶらせながら後ろに転がった。

「な、南雲! いつからそこに!?」
「お前がそっちのちびっ子に頭突き食らってぶっ倒れた頃だな。ちなみに、全員いるぞ」

 そう言ってハジメが指パッチンした途端、ペンシル・クロスヴェルトによる隠蔽の結界が解かれ、ユエ、シア、ティオ、香織、雫、龍太郎、鈴が姿を見せた。

「後方は手分けして片した。死ぬほど感謝しろ」
「あ、ああ。ありがとう。そこは本気で感謝してるよ」

 光輝はハジメだけでなく助力してくれた他のメンバーにも、穏やかに笑いながら頭を下げた。モアナ達が視線で半ば分かっている疑問を投げかける。

「光輝、この人達は……」
「うん、紹介するよ。俺を迎えに来てくれた元の世界の……友人だ」

 ちょっと間があったのは、ハジメをそう呼んでいいものか迷ったからだ。ただ、正確に関係を話し出すといろいろ複雑すぎるので、ちょっと眼を逸らして友人枠に入れておく。

 ハジメはニヤリとした。

「どうも、勇者くんのご紹介に預かった、基本的に鬼畜で外道な南雲ハジメだ。何なら、鬼畜っぽい感じの怖い人とでも覚えておいてくれ」

 同時に、戻ってきたグリフォン達がハジメの頭上で嘶きながら旋回する。見た目凄く魔王様。

 クーネが「ひぃっ、ごめんなさい!!」と言いながら、さりげなく光輝が盾になる位置に隠れる。

 聞かれていたのかと乾いた笑い声を上げて誤魔化す光輝に、雫、香織、そして龍太郎と鈴が駆け寄った。

「うわぁ、光輝くん。中身がボロボロだよ? そっちの、えっと、モアナ様、でいいのかな? その人もちょっと酷い感じだから、再生しちゃうね」

 まず二人の元に駆け寄った香織が、神代魔法≪再生≫を使って一気に光輝とモアナ、ついでに近くにいて欠損級の怪我をしているリンデンなどの戦士達を回復させた。

 光に包まれた瞬間、逆再生のように自分の腕が復元されたリンデンが眼を見張る。光輝は香織の再生魔法のチートじみた効果を知っているので特に驚かず「ありがとう、香織」と穏やかに言えたが、モアナはそれどころではない。

「な、なな、な!?」

 動揺もあらわな様子に、よもやモアナの身に良からぬことが!? とスペンサー達の視線が険しくなって香織を捉える。

 が、彼等が行動を起こす前に、モアナに変化が起きた。

「お姉ちゃん……髪が……」

 そう、モアナの色を失った髪が、クーネとよく似た輝きを取り戻していったのだ。クーネより少し色素が薄いようで、白金(プラチナブロンド)といったところだろうか。

 モアナは自分の髪をすくい取って見つめながら、呆然と口を開いた。

「……分かる、わ。力が戻ってきた……」

 そう言って、光輝の手を胸元に祈りを捧げれば、直後、光輝は淡い白金色に包まれた。難なく、大した負担もなく発動したのは当然、天恵術≪加護≫だ。

 傍らで「こんなところかな?」と、凄く軽い感じで言っている回復チートを置いて、雫達が光輝に話しかける。

「光輝……」
「雫……」
「ふふ。良い出会いをしたみたいね。見違えたわよ?」
「……ああ。いつまでも、不肖の弟じゃあ姉に合わせる顔がないからな」

 モアナが動揺から即回復。そして新たな動揺へ。「こ、この方が光輝のお姉様!? つまり、お義姉様!?」

 雫にソウルシスターとは違う意味での義妹が出来そうだ。

「よう、光輝。また召喚されたって聞いたときはマジで驚いたぜ? まぁ、お前はどこに行っても、結局お前のまんまだったみたいだけどな。……ただし、親友がロリコンは勘弁だぜ?」
「もう、龍くん! 光輝くんに限ってそんなことあるわけないんだから、そういうこと言わないの!」
「龍太郎、鈴。……二人とも来てくれてありがとな。けど……〝龍くん〟?」

 妙に距離が近い二人。そして変わっている呼び方。訝しむ光輝だったが説明がされる前に、ハジメが、少し離れた場所に揃って着陸したグリムリーパーを回収しに向かいながら尋ねた。

「で、どうすんだ。帰るのか、帰らねぇのか」
「……」

 光輝は立ち上がり、クーネ達を見る。クーネもスペンサー達も「せめて何かお礼をするまでは滞在して欲しい」と言いつつ、帰ることは否定しない。

 モアナを見る。

「どうやら私、お役目ごめんになったみたい。貴方に着いて行っても……いいかしら?」
「……うん。モアナがそれを望んでくれるなら」

 光輝は微笑みながら頷き、そんな自分とモアナを見てニヤニヤしている幼馴染み達と、意外にも興味深そうにしているユエ達を極力意識しないようにしながら、ハジメの元へ向かった。

 グリムリーパーを宝物庫に仕舞うハジメの背中に、モアナを連れて帰りたい旨と、「もしまたこの世界へのゲートを開いて欲しいと言ったら、おいくらほどかかりますか?」的なことを尋ねようとする。

「なぁ、南雲。モアナと――」

 その瞬間だった。

 妙な気配に気が付いてハジメが振り返るのと同時に、光輝の頭上で空間が渦巻いたのは。それはまるでブラックホールのように一瞬で光輝を捉え吸い寄せようとする!

「ま、まさか、これ……」

 強烈な力が光輝を狙い打ち。足下の砂は全く吸引されている様子もないのに、輝きながら激しく渦巻いていく空間の穴は、まるで「次、お願いしまぁ~す!」と言っているかのようにグイグイッと光輝を引き寄せる。

 光輝はハジメを見た。

 流石に驚いているらしいハジメも光輝を見た。

 ハジメがサムズアップした。それを見て、ハジメも同じ考えだと光輝は確信した。

 すなわち、「これ召喚だ……」と。

 ふわりと光輝の足が浮きかけた瞬間、いろんな感情が爆発した光輝は……

「も、もうっ、嫌だぁあああああああああああーーーッ!!!」

 〝無念有想〟及び〝限界突破〟発動! 著しく認識の難しい、意識の狭間に潜り込むような歩法でハジメに飛びついた。

「ちょっ、おまっ――」

 ふわりと浮き上がる勇者と魔王。そのまま掃除機に吸われる埃の如く上空へと舞い上がった二人は、

「てめぇっ、この野郎! 離しやがれぇっ、クソ勇者ぁあああああああっ」
「絶対にお前を離さないぞっ、魔王ぉおおおおおおっ」

 仲良くお空の向こう側へと消えていった。

 後に残された者達は、いつも冷静なユエや雫も含めてポカンとした後、一斉に、

「「「「「えぇ~~~~~~?」」」」」

 如何にも「このタイミングで、それはないわ~」と言いたげな声を上げるのだった。




 その後、クリスタルキーはハジメが持っているので、大人しくシンクレアで待つことになったユエ達の元に、ハジメが帰って来たのは一週間ほど経ってからだった。

 そして、何があったのかを話すと共に、光輝は女神と一緒にちょいと世界を救ってるという話を聞き、更に女神が光輝を気に入ってなぁという話を聞いて、モアナの瞳からハイライトが消えた。

 光輝が戻って来た時、修羅場になったのは言うまでもない。
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。

光輝編、これにて一時終幕でございます。
魔王と勇者のタッグ戦も、いつか書いてみたいなぁと思っています。

さて、先週予告させていただいた通り、少しお休みをいただきます。
最低でも10月中頃には再開したいなぁと思っていますので、そのときはまた「ありふれ」をお願い致します。

追伸
ガルドコミックで、ありふれた日常の最新話が更新されています。
今回も面白い! そして森みさき先生の絵がかわいいです。
オーバーラップ様のHPから行けますので、是非、見に行ってみてください。

追伸2
一応、ヒストリア=ガーデン(ガーデンシリーズの外伝)の一つを書かせていただいたのですが、
それも公開されています。オーバーラップ様のHPから行けます。
お暇つぶしの一助に、よろしければどうぞ。
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