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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

ありふれたアフターストーリーⅡ

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ありふれたアフターⅡ 勇者の意味



「ぴゃぁあああああああっ!!」

 そんな奇怪な絶叫が大空に響き渡っていた。

 声の主はクーネだ。彼女の金色のツインテールが風を受けて荒ぶっている。

 怖がっているのかと思い、光輝はクーネに声をかけようとした。

 しかし、その前に、このフットワークが異様に軽く、元気が服を着て歩いているようなお姫様が、人生初の貴重な体験に萎縮するなどあり得なかったということが証明される。

「こ、ここ、光輝さまぁ! 空を飛んでますよぉ! クーネ、鳥になってます! クーネは、鳥になっていると思います!!」
「は、はしゃいでただけか……」

 後ろから抱きつく形で口元を寄せるリーリンの説明曰く、ぴゃあぴゃあ言っているのは、クーネがもっともはしゃいでいるときの癖のようなものらしい。

「光輝さま! 光輝さま! この子はいったいなんなのですか!?」

 神話の幻獣など当然知るはずのないクーネが、勇壮なグリフォンの羽毛をモフモフしながら尋ねる。振り返らず、胸元から仰ぐようにして自分を見上げてくるクーネに、光輝は小さく笑みを浮かべながら説明しようとした。

 だが、

「こいつはね――っ」
「……光輝さま、怪我が痛むのですか?」

 少し身じろぎした際に脇腹に力が入ってしまったらしい。一瞬だけ痛みで呼吸が乱れた光輝に、クーネのみならず後ろのリーリンも心配そうな表情で覗き込んでくる。

 光輝はやせ我慢して「大丈夫」と言おうとした。

 すると、そんな光輝の心情を見透かしたかのように、グリフォンが首を曲げて振り返った。

『クエェ』
「!? ……いつの間にか、そんな〝らしい〟鳴き声まで出せるようになったんだな」

 見た目、金属で出来たゴーレムとは全く分からない。それでも、最後に見たときは、確か鳴き声は出せなかったはずだ。日々進化している死神に、光輝は頬を引き攣らせる。

 直後、カシュン! と音を立てて、クーネの足の間にある背中の一部が真っ二つに裂けた。そこから更にカシュンッと音を立てて試験管が三本ほどアームに支えられて飛び出してくる。

「――」

 クーネがビシッと固まった。今まで生き物だと思っていたものが、そうではなかったのだと突きつけられて、目を見開きながら硬直する。

「これは……そうか。いざというときのために、グリムリーパーにも回復系の魔法薬を常備してあるのか。流石は南雲、抜け目がない」

 〝餞別〟という意味にはこれも含まれていたのだろうと察して、光輝は苦笑いしつつ試験管を抜き取った。クーネは未だ自分の足の間に発生している異常を凝視している。

 カシュンッと元に戻った。クーネ、ビクンッと跳ねる。見た目は既にモフモフの羽毛。おそるおそる、クーネは指を伸ばして突いてみた。

 カシュンッ。何故か開いた!

「ひぃっ!?」

 クーネは悲鳴を上げて仰け反った。その顔は、「これ生き物じゃありません!」とようやく現実を直視して怯えたような表情になっている。

 その間に、最高級の魔法薬にハジメが手を加えて、上級回復魔法レベルの効果を持った特製回復薬〝治るんですDrV2〟が、瞬く間に光輝の肉体を癒やしていった。

「っ、凄まじいな。これなら到着までの数十分で十分に回復できる」

 ああ、だからゲートじゃなくてグリムリーパーでの移動を提案してきたのかと、ハジメの細かい配慮に光輝は再び苦笑いを浮かべた。

「こ、こここ、光輝さまぁ!? この子、生き物じゃありません! 生き物じゃないと、クーネは思いますぅ!!」
「光輝さん。私達、いったい何に跨がっているんですか? 流石に、ちょっと恐怖でお尻がむずむずするんですが」

 クーネとリーリンが揃って引き攣り顔で尋ねる。

 おっかなびっくり騎乗しているスパイク達も同じ感じだ。飛ぶに任せている状態だし、振り落とされればその時点で命がない。何より、かなり速度が出ているのでしがみついているので精一杯。

 光輝は無理もないと少しクーネ達に同情しながら答える。

「実はですね、こいつは金属の体に生き物っぽい偽装を施した――殺戮兵器でして」
「サツリク?」
「ヘイキ?」

 胸元で、あるいは肩のところで、こてんっと首を傾げるクーネとリーリン。不穏な響きに、若干、言葉がカタコトになっている。

 光輝が更なる説明をしようとしたところ、前方の空に影が見えた。どうやら飛行形の≪暗き者≫がこちらに来るようだ。王都周辺領域の偵察をしていたのか、あるいは遅れてクーネ達を追ってきた部隊か。

 数はおよそ三十体。

 対してこちらはグリフォン十体。戦力は三倍差だが……

「光輝殿! 前方に――」

 併走するグリフォンに騎乗するスパイクが警告の声を発しようとした瞬間、

『クェエ!!」

 ガパリッと開いたくちばし。その奥には大口径の銃口が収まっていて……

 刹那、真紅の閃光が空を切り裂いた。ズドンズドンッと砲撃じみた音で空気を叩き、数キロ先の標的を打ち砕くそれは電磁加速式対物狙撃砲だ。

 まさか敵も、そんな距離から一秒にも満たない間に到達する攻撃を受けるとは思わなかったのだろう。緊急回避を取る暇もなく、いろんなものを飛び散らせて眼下の砂漠へ落ちていく。

 言葉もないクーネ達が見ている中、やけに分厚い立派な翼の下がカシュンと開く。釣られるようにしてクーネ達が見る。六発の棒を抱えたアームが出てきた。その棒――ミサイルがバシュッと音を鳴らし、オレンジの火線を引きながら飛び出していく。

 合計六十のミサイルが死の壁となって敵に迫る。慌てて回避し始めた≪暗き者≫達だったが、ミサイルは熱源を感知して追尾していく。軌道がクイッと曲がって自分を追って来る無数の何かを見て……遠目にも何となく伝わってくる絶望感。

――お空に、真っ赤な花が咲き乱れた

「サツリク」
「ヘイキ」

 流石クーネとリーリン。阿吽の呼吸だ。カタコトのままだし、ぷるぷると震えているが。

 光輝が遠い目をしながら言った。

「魔王の、機械仕掛けの(しもべ)。神の使徒とだってやりあえる軍勢。グリムリーパーっていうんだ」

 グリムリーパーとは? と涙目上目遣いで無言の疑問をぶつけてくるクーネに補足する。

「死神、という意味だよ」
「クーネは、あの人には逆らいません。逆らわないと、クーネは誓います」
「リーリンも誓います。誓うと、リーリンは断言します」

 動揺からか、クーネの口癖に釣られているリーリンはさておき、光輝は「それが無難です」と苦笑いを浮かべて答えた。

 やがて、光輝が体の不調をほとんど感じなくなった頃、遂に、彼等の目に王都と戦場が見えてきた。

「あぁ……」

 呻き声にも似た声をもらしたのはクーネだった。背中越しに、リーリンが身を固くしたのも伝わってくる。

 無理もない。かつて、壮麗という表現すら不足する砂漠の中の水の都は、見るも無惨な有様となっていたのだ。

 王都を囲うオアシス河の結界は、外周のほとんどを侵食されて瘴気の混じった濁りのあるものと成り果てており、既に王都民が市街地戦を繰り広げているところすらあった。

 どのような攻撃を受けたのか最奥の王宮が半壊している。

 今は、術士達が総出で結界効果を残す王宮周辺のオアシスの水を水流操作によって展開し、辛うじて〝動く防壁〟として活用している。

 王都の四方に展開した戦士団が陣地を構築して奮戦しているが、押し込まれるのは時間の問題に見えた。動く水の防壁による援護が辛うじて戦線の瓦解を防いでいる状況だ。

 戦士達の骸がそこら中に転がっている。

 何より悲壮なのが、まるで【ハルツィナ樹海】の如く、そんな王都全体を闇色の瘴気が覆っていることだろう。濃霧――とまではいかないが、人の命を蝕む瘴気が戦場の全てを覆っているのだ。

 果たして、瘴石はあとどのくらい持つのか。倒れている者達の中には、特に後方の町中で倒れている者の中には、瘴気にやられた者もいるのではないかと思われた。

 絶望の暗雲に呑み込まれかかっている王都。

 そうとしか見えない有様だった。

「モアナはっ」
「っ、お姉ちゃん……」

 光輝の言葉にクーネはハッと我に返る。戦いが終わっていないということは、モアナがまだ降伏していないということ。ならば、生きている可能性は十分にある。

 徐々に近づきながら目を皿のようにして戦場を見渡す。

 光輝達の姿に気が付いて上空を見上げる者が増える中、リーリンが叫んだ。

「光輝さま! あそこです!」

 リーリンが指を差す方向を見る。

「――っ」

 いた。モアナがいた。

 満身創痍で、ぐったりとしたまま、どす黒い全身甲冑に身を包んだ巨躯の≪暗き者≫に首を掴まれている。抵抗する力もないのかもがく様子もない。

「お姉ちゃ――」

 クーネが叫ぼうとした。が、姉を呼ぶ声は途中で止まる。理由は一つ。

「――」

 光輝に気圧されたから。

 自分のお腹に回された手の力。それがなければ気が付かなかっただろう僅かな変化。異常な変化。

――何も、感じない。

 そう、怒気を発するでも、焦燥を浮かべるでもなく、ただ静かになっていく。あれほど背中に感じていた気配が、どんどん静謐になっていく。怖いほどに。

 たまらず振り返ったクーネが見たもの。

 光輝の瞳。

 まるで、森の中の泉のようだ、とクーネは思った。

「クーネ。リーリン。グリフォンから離れないで。モアナを助けてくるよ」

 声音も静かだ。感情の読み取れない、否、感情などあるのかすら疑わしい静寂。

 ゴクリッと生唾を呑み込んだのは誰か。

 光輝は、ちょっと散歩にでも行ってくるよというような気軽さで、グリフォンから飛び降りた。

 クーネは呆然とするも、直ぐに我に返ると他の護衛隊達にも指示しつつ、グリフォンにおそるおそるお願いして下降してもらうのだった。






 全身の痛み、首にかかる圧力。

 それらに耐えながら、しかし、視線の先の耐えがたき光景に、モアナは心が壊れそうな苦痛を感じていた。

「へい、かっ。今、お助けをっ」
「ぐっ、この程度っ」

 全身血塗れのスペンサーが鬼の形相で剣を振るっている。

 片腕を失って、いつ倒れてもおかしくないリンデンが青い顔をしながら術を行使している。

 腹に大穴を空けられて、既にピクリとも動かないドーナルが倒れている。

 近衛達が、戦士団と術士団の精鋭達が、今、モアナの視線の先で身の端から削られるような(なぶ)られ方をしていた。

 けれど、モアナにはどうすることもできない。

 どうしてこうなったのだろうと、モアナは歯を食いしばりながら思う。

 戦士達に、王都の民達に、自分が想像以上に愛されていたせいだろうか?

 それとも、≪黒王≫の王家への恨みの深さを読み切れていなかったせいだろうか。

 敗北は必定。そう理解したとき、モアナは降伏の選択をした。自分の命を区切りに戦争を終わらせるのだ。

 この選択肢は、もうずっと前から考えていたことで、スペンサー、ドーナル、リンデンなど幹部クラスには既に伝えてあったことだ。

 当然、当時は猛反対にあったものだが、女王としての現実的な選択肢を考えておかなければならないと説得し続けることで、彼等も受け入れた選択肢だった。

 道連れを望んだ者達もいたが、それは≪黒王≫次第だろう。少なくとも、自ら死を望むことだけはさせなかった。

 何故か。

 決まっている。最愛の妹――クーネという希望があるからだ。

 多大な犠牲を払って陽動をしかけ、その間にオアシスの地下に作られた隠し通路を通じて脱出させた。追撃部隊も出たようだが、賢いクーネのことだ、きっと上手く身を隠してくれるはず、とモアナは信じた。

 そうして挑んだ≪黒王≫との取引。

 土壇場でのスペンサー達の進言もあって、脅し文句も用意した。モアナの首で済まさなければ、王都の戦士全てが自害すると。モアナに付き従ったスペンサー達には、いざとなればそれを証明する覚悟もあった。

 栄養豊富な家畜が一斉に死んでしまうのだ。≪黒王≫も終戦に同意せざるを得ないだろう。

 だが、結果はこの通り。

 ≪黒王≫のシンクレア王家に対する恨みは、五年前の屈辱は、モアナ達の想定を上回って深かったのだ。

 すなわち、戦士か民かにかかわらず王都にいる者は皆殺し。

 女王であるモアナは、その光景を苦痛の中で見ていろ、というわけだ。

 憤怒したスペンサー達は撤退も降伏も頭の中から切り捨てた。現状を知った王都民まで死地をここと定めてしまった。愛すべき女王に背を向けられるものか、と。

 そうして、侵攻は勢いを増し、今やスペンサー達も命尽きる寸前。

 王となったのが兄だったなら、あるいは自分以外の誰かだったなら、もっと上手くやれたのだろうか? こんな結末にならずに済んだのだろうか。

 悔しさに、遂に涙を浮かべながら――モアナは力を振り絞って手を開いた。使えば死ぬ最後の天恵術――≪加護≫

 恩恵術≪風の剣≫をこの手に。最後の力を上乗せして、せめて一矢報いる。無駄な足掻きかもしれない。否、十中八九、無駄に終わるだろう。

 だが、絶望などしてやるものか。嘆いたまま大人しくなどしてやるものか!

 自分は戦士達の、シンクレアの女王! 自分の首に意味がないのなら、最後まで戦って死んでやる!

 モアナの気迫に気が付いたのか、≪黒王≫の視線がモアナへ向いた。ヘルメットのスリットから赤い禍々しい眼が覗いている。それが、まるでモアナの足掻きを楽しむように細められた。

「陛下っ、いけませんっ」
「モアナ様っ」

 スペンサーとリンデン、そして戦士達がモアナの最後の足掻きを見て取って悲痛な声を上げる。

 それすら、≪黒王≫には愉悦を感じる余興なのか。愉快そうな、くぐもった嗤い声が響いた。

 知ったことかと、モアナは心の中で吐き捨てた。

 心残りは……ないわけではない。否、むしろ沢山あった。死ぬのは怖いし、どれだけ助命が叶うか分からないし、きっとこれから長く続くだろう人々の厳しい道を思うと心が張り裂けそうだ。

 何より、女王のくせにと自分でも思うのだけど、本当は最後まで民と戦士達の全てを想うべきだと分かっているのだけど、それでも、今のモアナにとってもっとも強い心残りは何かと問われれば、嘘偽り無く心のままに答えるなら、それは――約束を守れないこと。

 そう、彼との約束だ。彼の話を聞くと、自分の話をすると、そう約束した。

 けれど、それはもう叶わない。

 モアナは思った。彼は怒るだろうか。それとも自分の選択を誇ってくれるだろうか。

 不思議な気持ちだった。初めて見たときから、言葉を交わしたときから、何故かとても気になった。卓越した力を持ちながら、今にも崩れ落ちそうなほど脆い彼。

 話せば話すほど、自分の中で彼の存在が大きくなっていくのが分かった。

 優しくて臆病で、強くて脆い。

 あぁ、いつの間に、こんなに惹かれていたんだろう。

 自分の気持ちに気が付いたのは、意識を失いながらも戦い続ける彼を見たときだったか。

 胸の奥を締め付けられるような感覚。

 きっとこれからも戦い続けるだろう彼が、疲れてふと力を抜いたとき、支える人間は自分でありたいと思った。

(ごめんね、光輝)

 発動した最期の≪加護≫。体の中から、搾りかすのように残った最後の大切な何かが抜けていく感覚。

 モアナは笑った。不敵に笑った。

 ≪黒王≫が、僅かに身じろぎした。嗤い声が、不愉快そうな唸り声に変わる。

「陛下っ」
「モアナ様っ」

 戦士達の悲痛な声にも、ごめんねと心の中で返す。

 スペンサー達が防御を捨ててモアナの元へ駆けようとし、≪暗き者≫達がそれを阻むように、大人しく見ていろとでも言うかのように立ち塞がる中、モアナが命を振り絞って最後の一撃を――



――トンッ



 軽い、とても軽い足音が、やけに明瞭に響き渡った。

 場所は、そう、スペンサー達を阻む、彼等と≪黒王≫との間に陣形を組む≪暗き者≫達のド真ん中。

 まるで、自分も隊列の一員であるかのように突如降って湧いた一人の人間。

 ≪暗き者≫達が硬直する。

「――≪光刃≫」

 リンッと音が鳴った。刹那、≪暗き者≫達を透過して光の円が描かれた。

 突如、空から落ちてきた人間――光輝は、周囲の≪暗き者≫達をそのままに、まるでそれが当然であるかのように間を通り抜け、そのまま≪黒王≫と対峙した。

 精鋭のはずの、≪暗き者≫達は硬直したまま。

 そして、納刀。

 同時に≪暗き者≫達が上半身と下半身に両断された状態で一斉に崩れ落ちた。その数、優に百を超える。

 ただの一撃で、最精鋭の敵を三桁斬った。

 その事実に、スペンサーを筆頭に戦士達が足を止めて呆然と目を見開く。周囲の≪暗き者≫もざわめいた。

「彼女を離してもらおう」

 静かな声音が告げた。

 それが自分に向けられたものだと少し遅れて理解した≪黒王≫は、不愉快そうな声音で『報告にあったフォルティーナの下僕か』と吐き捨てると、次の瞬間、数百の槍衾を作り出した。

 光輝の周囲、三百六十度隙間なく。

「っ、こう、き!!」

 モアナの悲痛な声が響いた。

 半球状の死の槍衾。これぞ≪黒王≫の能力が一つ。瘴気で覆われた場所は全て彼の者の領域。どこでも、どれだけの数でも、好きに武器・獣を生み出せる。

『邪魔だ。消えろ』

 短くそれだけ言い、そしてそれがまかり通ること疑わない≪黒王≫の言葉。

 羽虫を潰す程度の感慨で、槍衾の結界が内なる者を圧殺するように飛び出した。

『あ?』

 困惑の声。それは≪黒王≫から。

 理由は自分の技が凌がれたから――ではなかった。

 右腕が、軽くなったから。

「確かに、返して貰った」
『き、さまっ』

 視界の端に映るのは宙を舞う自分の腕と、いつの間にか懐にいた光輝の姿。女王は……既に相手の腕の中。槍衾は……数本が斬り飛ばされている。進路上、自分に当たるものだけを斬って強引に道を作った――

 認識できたのはそこまで。

『ゴアッ!?』

 直後、腹部に生じた強烈な衝撃が、この戦争が始まって以来泰然自若を崩さなかった≪黒王≫を完膚無きまでに吹き飛ばした。

 後方の≪暗き者≫をボーリングのピンのように吹き飛ばし、地面と水平に飛んでいった≪黒王≫は数百メートル先で砂塵を噴き上げながら着弾した。

「遍く子らに癒やしを――≪回天≫」

 光輝は飛んでいった≪黒王≫には頓着せず、複数人用回復魔法を唱える。

 モアナを含め、スペンサーを筆頭に戦士達の傷が驚くほどの速度で癒えていく。リンデンも、腕が再生するわけではなかったが血は完全に止まり、痛みも引いたようで顔色が少しよくなった。

「こう、き」
「うん。俺だよ、モアナ」

 モアナは、直前まで思い浮かべていた人の存在を確かめるように、そっと腕を伸ばして光輝の頬に添えた。

「どうして……」

 いろいろな意味が含まれた〝どうして〟。

 どうしてこの戦場に来たのか。光輝が守るべきは自分ではなく、後方の人々ではなかったのか。光輝の在り方を理解しているからこその疑問。

 あるいは、どうしてこの戦場に来てしまったのか。≪黒王≫の強さは常軌を逸している。五年前ですら壊滅の憂き目に遭ったのだ。更に強くなった≪黒王≫との戦いなど、まだ復調していないはずの光輝にして欲しくはなかった。

 体は大丈夫なのか。クーネはどうしたのか。アークエットは、後方の領地はどうなったのか。ありとあらゆる懸念が浮き上がり……

「大丈夫」
「あ――」

 スゥと不安が消えていった。泣くまいと必死に立てていた心の防波堤が決壊する。根拠もなく、もう大丈夫なのだと確信した。涙が溢れ出てくる。

「後は任せてくれ」
「うん……お願いっ」

 恥も外聞も、意地も配慮もない。ただ、全てを委ねて頼る言葉。女王に即位以降、決してしなかったこと。

 流石に我に返った周囲の≪暗き者≫達が、女王を奪い返そうと動き始める。が、その瞬間、降り注いだペンシルミサイルに吹き飛ばされる。

「お姉ちゃぁああああああんっ」
「クーネ!?」

 空から降ってきたのは巨大な幻獣に乗るお姫様。そしてリーリンやスパイク達護衛隊のメンバー。

 スペンサーが、とんでもない登場をした息子に「スパイクぅ!? お前、何をしとるんだ!?」と驚愕の声を上げ、戦場にもかかわらず遠い目をしたスパイクが「父上、自分でも分かりません」と答えているのが耳に入る。

 リーリンは父親の有様に一瞬息を呑んだ後、「お父さん! ナイスガッツ!」と何故かサムズアップし、リンデンは引き攣り顔で「お前は一体に何に跨がっているんだ!?」とツッコミを入れている。

 グリフォン達が周囲を牽制している中、というかグリフォンの一部が飛んでいった≪黒王≫の周辺にミサイルを撃ち込みまくって足止め(?)追い打ち(?)をしている中、光輝は、傷は癒えてもおそらく天恵術を行使したせいで死の一歩手前におり、立つことすら出来なくなっているモアナをクーネに預ける。

「クーネ。モアナを頼むよ。俺は――終わらせてくるから」
「……はい、光輝さま。貴方様の勝利を、クーネはお祈りしています」

 モアナを受け取り、ぎゅぅうううと抱き締めるクーネが、今まで見たことがないような優しく慈愛を感じさせる表情で言葉を贈った。

 そしてモアナは、

「光輝」

 そう、光輝の名前を呼んで、グイッと光輝の襟元を引っ張った。光輝が感じたのは唇への柔らかい感触。それはほんの一瞬の出来事だった。

 ハッとする光輝に、モアナは愛しげに細められた眼差しを向け、

「ここで、待ってるわ」

 光輝は柔らかく微笑むと、小さく頷いて立ち上がった。

 同時に、グリフォン達が攻撃を止める。そして、翼を器用に動かして『クェ!』と鳴きながらビシッと突き出した。まるで『時間稼ぎはしてやったぜ。後は好きにしな!』と言いながらサムズアップしているようだ。

 光輝は内心で、「こいつら本当にゴーレムだよな? 変な魂とか入ってないよな?」と思いつつ、もはや何も言うまいと頭を振り、

「彼女達の護衛と他の場所の援護を頼めるかな?」

 と、聞いてみた。

 翼で器用にも『やれやれだぜ』みたいな若干腹の立つ仕草をしたグリフォンは、三体をモアナ達の護衛に残し飛び立っていった。主にそっくりな奴等だと、光輝は思った。

 ドンッと砂埃が噴き上がり、同時に闇色の瘴気が螺旋を描いて天を衝く。王都を覆う瘴気のドームが濃さを増していく。己の領域を更に強めようというのか。

 無尽蔵とも思える瘴気を撒き散らす≪黒王≫は、瘴気を右腕に纏わせる。すると、斬り飛ばしたはずの腕が一瞬で再生した。

 更に、その手の先に巨大な剣が形作られていく。≪黒王≫の怒気が形を成したような禍々しい大剣だ。

 刻一刻と瘴気の濃度は増していき、濃霧というべき濃さになっていく。この領域内でなら、どこにでも好きに先程のように武器を作れるというのなら、王都の全てが人質に取られたようなもの。

 その証拠に、≪黒王≫は光輝の後方――モアナ達の場所へ無数の槍を作ろうと――

「出し惜しみはしない。手は出させない。いくぞ――≪限界突破・覇潰≫」

 轟ッと純白の光が天を衝いた。螺旋を描く光の柱は、一瞬で周囲の瘴気を吹き飛ばしてく。

『なに?』

 ≪黒王≫から初めて動揺の声が漏れた。天を衝く純白の奔流は瞬く間に後方の瘴気を駆逐していき、≪黒王≫の領域を人間の領域へと塗り替えていく。

『貴様っ。フォルティーナの下僕如きがこれほどのっ』

 ≪黒王≫から更に瘴気が噴き出す。

 巨大な闇が全てを呑み込もうと迫る。

 更に輝きを増す純白の光がそれを阻む。

 その光景はまるで、黒と白の巨大な砂嵐が衝突しているかのよう。遠くから見れば、あるいは空が割れているようにも見えたかもしれない。

 闇と光のせめぎ合い。誰もがここが戦場であることも忘れて、その神話のような光景に見入る。

 どれだけ瘴気を撒き散らそうと領域を取り戻せない事実に、≪黒王≫は現実を否定するかのような怒声で問うた。

『貴様はっ、貴様はいったい何者だ!?』

 今までの報告を聞いて自分の邪魔をしている者はフォルティーナが加護でも与えた戦士なのだろうと思っていた。それなら、多少は強くとも所詮は恩恵力の化身の助力を得ているに過ぎず、それを侵食できる自分の敵ではないと思っていた。

 だというのに、この現状だ。

 この光はなんだ?

 恩恵力とは異なる、感じたことのない力。絶大で、膨大で、どこか神聖ですらある純白の光。見ているだけで自分という存在が塗り潰されそうなプレッシャー。

 あってはならない者を見るような目を向けられた光輝は、≪黒王≫の質問を自分の中で反芻した。

 自分は何者か。

 答えは、ずっと前から、自分のステータスプレートに載っていた。

 この世界に来て、初めて疑問に思った。〝それ〟は、いったいどういう意味なのだろう、と。

 勇気を持つ者というのなら、この世界の人達は皆そうだ。トータスの人達だって、クラスメイトの仲間だって、皆そうだった。

 本当のところは分からない。

 でもきっと、そうきっと……

 〝それ〟は、一人を選べない者を言うのだろう。

 大勢のために、大切な人を置いていく者を言うのだろう。

 難儀な性格で、遠回りばかりして、理想を捨てられなくて、けれど時が来ればその選択をして、勝手に嘆いて、勝手にのたうち回って……

 そんな大馬鹿野郎のことを言うのだろう。

(魔王に助けられて一人を選べた今回は、きっと奇跡みたいなものだ)

 内心で、「それでも名乗るのかよ」と自分に呆れつつ、しかし、光輝は真っ直ぐに≪黒王≫を見た。

 僅かにたじろいだように見えた≪黒王≫に、

「俺が何者か――」

 いいさ、と思う。

 〝それ〟が何者かなんて、本当のところは分からないけれど。

 〝それ〟を名乗ることで誰かを支えられるなら、誰かの心が救われるなら。

 ああ、いいとも。

 名乗ってやろうじゃないか。

 覚悟なら、既にできているから。

 さぁ、聞け。

 俺は――

「天之河光輝――――勇者だ」

いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。

次回、光輝編最終話。
本当はハジメと光輝の異世界編も書きたかったんですが、予想以上に、いや、ある意味予想通りなんですが、話が長くなってしまったので、別の機会に書こうかなぁと思います。
なので、取り敢えず、光輝編は来週までということで。

あと、毎週楽しみにしてくださっている方々には、大変申し訳ないのですが…
光輝編終了後、9月いっぱいか、10月中旬あたりまで、お休みをいただこうと考えています。
書籍化作業等、いろいろ立て込みまして、ちょっと余裕なさそうなもので。

ただ、まだまだ書きたい物語があるので、再開はお約束します。
気長に待っていてもらえると嬉しいです。
これからも、ありふれをよろしくお願いします。

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