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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

ありふれたアフターストーリーⅡ

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ありふれたアフターⅡ やってきた理不尽



「……ん」

 小さな呻き声を出して、眠っていた光輝は目を開けた。

 ぼぅと天井を見るが、変わらずアークエット領主館の客室のものだ。

「……よかった」

 あるいは、あのモアナとの時間も、ロスコー達の喧噪も、実は全て夢で自分はやはり死んでいるのではという不安が少しばかりあった光輝は、そんな呟きを漏らしてホッと息を吐いた。

 周囲を見るが、部屋には誰もいない。モアナによって無残にも吹っ飛ばされた扉も元に戻っている。

 光輝は体の調子を確かめてみた。

(っ、まだ完治にはほど遠いか……。右腕と左脇腹が一番酷い。まだ骨も完全には癒着してないな。だけど細かい傷は治ってる。体力的消耗は……たぶん、四割くらいは回復した? 魔力は……治癒に回してるから、まだギリギリ二割ってところか)

 光輝は、やれやれと大きく息を吐くとベッドへ深く身を沈めた。

 窓の外を見れば少し日が傾いている。もう数時間もすれば夕方になりそうだ。最初に目覚めたときも同じような陽の光だったと記憶しているので丸一日くらいは寝ていたのだろう。

 しばらく、窓から空を眺める。

 とても静かだった。

 光輝の心も、部屋の静寂と同じように安らいでいく。

(この世界に来て、たぶん八日目かな? たった一週間程度なのに、随分と濃い時間を過ごしたなぁ。……南雲も、奈落にいたときはこんな感じだったんだろうか? いや、氷雪洞窟で見た映像からすると、もっとヤバイな。初っぱなで腕を食われてたもんな。五体満足ってだけで儲けものか)

 複雑すぎる心情を向ける相手だが、自主退学してトータスに渡ってからというもの、光輝は頻繁にハジメを思い出していた。

 アークエットに残ると決めたときもそうだ。

 どうしたって、あの男を意識せずにはいられない。

 自分の全てを変えた相手と言っても過言ではないのだ。

 どう思えばいいのか、あるいはハジメが光輝を何とも思っていない――オブラートに包まずに言うなら無関心であるように、自分も気にせずにいればいいのか。

 結論付けられなかったハジメへの感情にも、答えは出ていた。否、ずっと目を逸らしていた感情を、ようやく認められた。

(あいつは全くどうでもいいと思うんだろうけど……絶対、もう一度会って言ってやる)

 口元に小さく笑みが浮かんだ。含むところのない、不敵とすら言える笑み。今まで、光輝が浮かべることがなかったような、実に男臭い笑みだった。

「それにしても……」

 かなり腹が減っている。否、正直に言えば尋常でないくらい減っている。

 近くにいい香りのする果汁を入れた水差しが置いてあるので、おそらく水分と栄養補給はしてもらえていたのだろうが、やはり胃は固形物を求めているらしい。

 意識した途端、ぐぅぉっと胃が咆えた。

 光輝は痛みと酷い倦怠感に包まれた体をどうにか持ち上げてベッドに腰掛ける。シーツがはだけると、あらわになった光輝の体は包帯とガーゼだらけだった。

 立ち上がると同時に一瞬目まいを感じた光輝だったが、少し頭を振ってグッと堪える。想像以上に体がガタガタだと苦笑いを浮かべて、近くに置いてあった服を着込んだ。

 元の服はボロボロだったの処分でもされたのだろう。近くにはなく、置いてあったのは白を基調とした戦士の服装だった。サイズはぴったりだ。サラリとした感触が肌に心地良い。

 光輝はひとまず服装を整えると、ゆっくりと扉の方へと向かった。

 扉を開けて廊下に出る。

「あ」
「あ」

 目が合った。廊下に椅子を置いて座っている――リーリンと。

 ふわんっと浮かんでくるのは接近してくる彼女の顔。そして、頬に感じた柔らかい感触。そして、その後のモアナが見せた一瞬の獣性。

 ぶるりっと体が震えた。

 あれは、あれは見覚えがある。あの目は……そうあれだ。魔王の嫁~ズが旦那を狙っているときの目だ。

 そんな馬鹿な、と光輝は頭を振った。

「光輝さま、大丈夫ですか? まだ安静にしていないとダメですよ。さぁ、お部屋に戻って横になってください」

 光輝の様子を見てまだ体調が優れないのだと思ったらしいリーリンが、心配そうに歩み寄って来てそっと光輝の体を支える。

「あ、いや、大丈夫ですよ、リーリンさん。なんだか凄く腹が空いて、何か食べ物を貰えないかと思って」

 本当に大丈夫なので、ちょっと距離を取って欲しいと思う光輝。自然に光輝の片腕を自分の肩に回す形で支えているので、リーリンの体が密着している。スレンダーな体型の彼女だか、十分に女性らしい柔らかさがある。

 しかし、リーリンの距離感は変わらない。

「分かりました。それじゃあ私が貰ってきますね。だから、光輝さまは安静にしてください。治癒術師の人達から一週間は絶対安静って言われていたじゃないですか」

 そう言って、部屋に戻ろうとするリーリン。口調は普段通りだが、何となく有無を言わせない感がある。光輝は大人しく従った。

「えっと、リーリンさんは――」
「リーリンでいいですよ。口調も丁寧にしなくていいです」
「え? でも――」
「リーリンで」
「ど、どうしていきなり――」
「リーリン」
「わ、分かりました、リーリ――」
「ました?」
「わ、分かったよ、リーリン」

 リーリンは満足そうに頷いた! 光輝は萎縮した!

 何となく雰囲気を変えたくなり、光輝は途中だった質問の続きを口にする。

「それでリーリンは、なんで部屋の前に?」
「……モアナ様のご命令です。光輝さんのお世話をするようにと」
「? だったら普通に部屋にいれば良かったんじゃ……」
「私もそう思うんですけどね。モアナ様が『間違いがあったらいけないから、光輝の意識がないときに部屋に入ったらダメ。命令違反は厳罰を以て処すからそのつもりで』って言うんですよ。なので仕方なく」
「そ、そっか。なら仕方ないな!」

 光輝の意識がないときに起きる間違いとは……

 深く追求したらダメな気がして、光輝は力強く「仕方ない!」と同意した。

 光輝は話題の転換を図る。リーリンが何故かクスリと小さく笑いながら光輝を横目に見ていたので。

「それで、そのモアナは? それにロスコーさん達は今どうしてる?」
「……お二人とも、アークエットの立て直しとか、王都との連絡とか、いろいろ忙しく動き回ってますよ」
「そうか……≪暗き者≫は、あれ以降出てないか?」
「ええ、大丈夫ですよ。さ、私は食べ物を貰ってくるので、光輝さんはとっとと寝てください。今は何より休息が大事です。本当に死にかけだったんですからね」

 そう言って光輝をベッドに押し込んだリーリンは足早に部屋を出て行こうとした。

 光輝は、町もボロボロだし、確かに大変だろうと大人しく体を休めようとした。

 そこで、ふと気が付く。

 そう、今は町の人達も外に出て、アークエットの立て直しに奔走しているはずで、この領主館にしたって文官や自警団員達が走り回っているはず。

 なのに、

(……静かすぎる?)

 耳を澄ます。物音一つしない。

「……リーリン」
「はい?」

 廊下に出ようとして振り返ったリーリンに、光輝は何気なく尋ねた。

「どうして遮音してるんだ?」
「――っ」

 リーリンがピクリッと目元を引き攣らせたのを、光輝は見逃さなかった。

「図星か。風の術かな?」
「……ええ、はい。私の恩恵術です」
「どうして? どうして遮音しているんだ?」
「光輝さんがゆっくり休めるようにです」

 確かに、それは真実なのだろう。今のリーリンに動揺の影はない。しかし、それなら、遮音の理由を聞かれたときも動揺せず答えられたはずだ。

 光輝の直感が、何かある、何かよくないことが起きていると警鐘を鳴らした。

「それなら術を解いてくれ。もう起きているんだしいいだろう? いや、みんなの様子も見たいし、やっぱり食事は自分で取りに行くよ」
「ま、待ってください、光輝さん。まだ安静が必要だと言ったじゃないですか!」

 少し慌てた様子のリーリンが駆け戻ってきて、ベッドから出ようとした光輝を押さえた。

 自分の肩に手を置いてベッドに戻そうとするリーリンに、光輝は真っ直ぐ視線を向ける。

「何があった?」
「いえ、なにも――」
「リーリン、教えてくれ。今、何が起きているんだ? 俺に何を隠しているんだ?」
「……」

 逆にリーリンの肩を掴み、光輝は問い詰めた。誤魔化されはしないという強い眼差しを受けて、リーリンの眉が困ったように下がっていく。

「教えたら……安静にするって約束してくれますか?」
「……つまり、知ったら俺が安静にせず飛び出すような事が起きているんだな?」
「う、裏を読むのは止めてください!」

 ぎゅっとリーリンの肩を掴む光輝の手が強くなる。絶対に逃がさないという意志が透けて見える。そうすればそうするほど、リーリンの視線はあっちへこっちへと泳ぎまくった。

「リーリンが教えてくれないなら、勝手に飛び出して誰かに聞く」
「あぁもうっ。教えますからっ、勝手な行動をしないってことだけは約束してください!」
「分かった、教えてくれ」

 ガクリッと肩を落としたリーリンは、一拍、真剣で深刻な表情で語り始めた。

「王都から知らせがありました。私達が救援に出て直ぐ、≪暗き者≫の軍勢が王都に侵攻しました。軍勢の中に≪黒王≫を確認したそうです」
「っ、復活したのか……」

 リーリンが頷いた。

「それだけでなく、アークエットに近い二つの領地でも、同じく襲撃があったそうです。戦士団を派遣すべく、もっとも近い監視拠点から戦士団を派遣するよう伝令は出しましたが、防備はこことそう変わらず危機的状況と言えます」

 二つの領地の領主は、王都に救援の知らせを送ると同時に、アークエットにも危険を知らせるため伝令を送ってきたらしい。

「ロスコー様は、再びアークエットが襲われたときに備えて防壁と地下保管庫の更なる強化など防衛準備に動かれています。モアナ様の命令で、戦士団のうち二千がここに留まっています」
「待ってくれ。〝戦士団のうち〟? まだいるってことだよな? 残りはどうしたんだ? モアナは?」

 半ば予想しつつも、光輝は自分でも不思議なほど焦燥を感じながら尋ねる。嫌な予感が、まるで白紙の上に垂らしたインクが染み渡っていくように、心の中を侵食していく。

「モアナ様は、スペンサー様を伴い、残りの戦士団を率いて既に帰還の途につかれました。≪黒王≫率いる軍勢を相手に、王が不在であるわけにはいかないと」
「っ。そう、か……」

 王都にはオアシスという最大の防御がある。その上、ドーナル戦士長やリンデン筆頭が率いる万を超える戦士達もいる。そう簡単にどうにかなるはずはない。

 それでも、嫌な予感が膨れ上がっていく。

 どうしてか、モアナの顔がチラついてしかたがない。

「なら、直ぐに追いかけよう。ここを出たのは昨日だろ? 直ぐに出れば、大して差もなく王都へ行けるはずだ」

 アークエットには戦士団が残る。他の領地も気がかりだが、戦士団が既に派遣されているというから、今最大に警戒し対応しなければならないのは≪黒王≫だ。

 そう思って、一刻も早くモアナのもとへ行こう言う光輝に、リーリンは首を振る。

「ダメです。まだ一週間は絶対安静だって言われたじゃないですか! 何のためにモアナ様が私を残したと思っているんですか!」

 遮音のような技術のいる風の恩恵術を数日に渡って(・・・・・・)行使でき、手負いの光輝なら押さえられる程度の実力者で、かつ光輝の知る人物。リーリンが適任だったのだ。

「こんな時に、あと一週間も寝ていられない!」
「あと四日だけですから!」
「……え?」

 思わず言ってしまった感じのリーリンに、光輝は呆けた表情を見せる。

「あと四日? ちょっと待ってくれ。一度目が覚めたのは昨日のことだよな?」
「……いいえ、違いますよ。あれから丸三日経っています。光輝さんはずっと眠っていたんです。それだけ体が休息を求めているんです。さっきだってふらついていたじゃないですか」

 リーリンの苦言も、光輝には聞こえていない様子で呆然と「三日……」と呟いた。

 つまり、モアナ達は既に戦争の渦中にある。

 先程から感じていた嫌な予感が爆発でもしたように膨れ上がった。

「行かないと。助けに」
「そんな体で何が出来るって言うんですか。光輝さんは無理をすると思ったから、遮音してまで眠りを妨げないようにしたんですよ? 助力に行くにしても、まずは体を治してください!」

 道理だ。まったくもってリーリンの言うことは正しい。

 だが、それで全てが手遅れになったら……

 そう思えば、言葉では、理屈では――止まれない。

「リーリン。君だって本当は行きたいんだろう? だって、君は戦う人だ。最前線こそが君の求める場所だ。そうだろう? 俺も連れて行ってくれ」
「っ。こ、ここで何て痺れる言葉を……んんっ」

 シリアスな場面なのだが、何故かリーリンが身悶えた。栗色の長いツインテールがふりふりと荒ぶる。

「そ、そんな甘い言葉では私は靡いたりしないので、諦めてください」

 甘い要素がどこにあったのか。一瞬そう思ったが、今はそれどころではないのに光輝は無視することにした。

「そうか……なら仕方ない。やっぱり勝手に行くことにするよ」
「だ、だからそうはさせないと――」

 ベッドから〝縮地〟! 一瞬でリーリンの背後に回り込む。体が悲鳴を上げたが欠片も表情には出さない。

 トンッとリーリンの肩に手刀を当てて、「え?」と呆けるリーリンに光輝は言う。

「完治してないのは確かだけど、後衛相手にこの距離で後れを取るほどじゃあない。リーリンでは俺を押さえられないよ」
「ほ、本当に凄まじいですね」

 冷や汗を流すリーリン。ゆっくり振り返れば、そこには気圧されるほど力強い瞳がある。

 実は、出会った当初から何となく「うじうじした人だなぁ。もうちょいカラッと笑えよ」と思っていたのだが、今はあの辛いのを堪えるような笑みも、不安定な眼差しも見受けられない。

「俺は行く。良かったらリーリンもどうかな? 俺が行く場所は君が望む場所だと思うけど」
「ん、んんっ。モアナ様の命令ですから! 光輝さんから離れるわけにはいきませんし!」

 光輝の言葉が琴線に触れたのか更に身悶えるリーリンの異常を、光輝は全力でスルーすると一つ頷き部屋を出た。

 術が解けて喧噪が耳に入ってくる。やはり、どこもかしこも大騒ぎのようだ。

 やがて文官達の姿が見えると、彼等は光輝の姿を見て一様に一瞬だけギョッとした様子を見せると、直ぐに最上級の敬礼を行って廊下の脇に寄り道を空けていく。

 かつての自分なら、表面上は照れたり取り繕ったりして、でも内面では自分こそヒーローだという気持ち良さに浸っていたのだろう。だが、今は、とても静かな気持ちだった。

 通り過ぎ様に黙礼し、それに感動したような表情をする彼等を見ても、心は波立たない。むしろ、その敬意と期待を粛々と受け入れるような、そんな思いだけが胸中を満たす。

 やがて辿り着いたのは、緊急対策室にされていた部屋。扉は開けっ放しになっており、顔を覗かせると案の定、そこにはロスコーやイヴァナ達がいた。

「ロスコーさん」
「ん? おぉ、光輝殿! ……もう起き上がって大丈夫なのですか?」

 光輝に気が付いて喜色をあらわにするロスコーだったが、しかし、その後ろに付き従うように寄りそうリーリンを見て、探るような眼差しを向ける。

 どうやら、〝光輝絶対安静作戦〟はロスコー達にも周知のようだ。

「現状は聞きました。リーリンは責めないであげてください。俺が強引に聞き出したので」
「それは……確かに光輝殿に迫られては答えずにはいられませんな」

 恐縮したように頭を下げるリーリンに何やら意味深な視線を向けたロスコーは、真剣な表情になると尋ねた。

「それで、どうするおつもりか」
「もちろん、王都へ向かいます」
「状態のほどは?」
「問題なく」

 嘘だ、と誰もが分かった。一目見て顔色はまだ悪いと分かる。今朝、診断した治癒術士も、まだ骨も癒着していないし、何より衰弱状態から回復していないと言っていた。

 とても戦える状態ではない。

「貴方を止められはしないのでしょうな……最速のアロースをご用意しましょう。陛下を、王都を、どうかお願い致します。アークエットのことはご心配なく」
「ありがとうございます。きっと、また戻ってきます」

 ロスコーも、イヴァナも、部屋にいる他の者達もみな、とても眩しいものを見たように目を細め、恭しく頭を下げるのだった。

 その後、自警団の団員達が手早く荷物とアロースを用意し、その間に簡易の食事を詰め込むようにして腹を満たした光輝はリーリンを伴って外へ出た。

 見送りとして、ロスコーと妻のシーラ、イヴァナ達自警団員が集まる。それを見て、アークエットの民も作業の手を止めて次々と集まって来た。

 少しでも伝わって欲しいという想いのこもった感謝の言葉が光輝へ降り注ぐ。

 集まる人々の中から、一人、小さな人影が飛び出した。

「ゆうしゃさま!」
「あ、君は……」

 それは、あのとき、光輝に道を決めさるきっかけになった男の子だった。後ろから、慌てたように母親と、自警団員の服装をした男――父親が追いかけてくる。

「ありがとう、ゆうしゃさま! おとうさんを、みんなを助けてくれて! ありがとう!」
「っ――」

 今の感情を、なんと表現すればいいのか。光輝には分からなかった。

 多くの命を散らした。見える範囲にはないが、きっと防壁の外には多くの亡骸が積み重なっていることだろう。その重みは尋常ではなく、今このときも光輝を押し潰さんとしている。

 軋む体も、体全体を襲う倦怠感も、ただ怪我と衰弱のせいだけではないのだ。

 だが、それでも、

「俺こそ、ありがとう」
「え?」

 男の子だけでなく、追いついて息子を下がらせようとしていた母親と父親も揃って、そんな間の抜けた声を漏らした。

 光輝は片膝を突き、淡い笑みを浮かべながら言う。

「あのとき、君が求めてくれなかったら、俺はきっと心が死んでた。俺は、本当は情けない奴なんだ。誰かに背を押して貰わないと歩けないくらい。だから……〝助けて〟って言ってくれて、ありがとう」
「……よく、わかんないけど……ぼく、ゆうしゃさまの役に立ったの?」

 覗うように尋ねる男の子に、光輝は「ああ」と答える。

 男の子はパァッと表情を輝かせた。母親と父親は光輝の告白に驚いたような表情をしたが、直ぐに穏やかで優しい表情になると改めて感謝の言葉を口にした。

 男の子が手を振りながら両親に連れられて去って行くのを見る。

 その傍らに控えるリーリンが、楽しそうに、あるいは嬉しそうに尋ねた。

「勇者様って呼ばれても、否定しないんですね?」
「……まだ小さな子供だよ。わざわざそんなことしない」

 誤魔化すようにそっぽを向いた光輝に、リーリンはクスクスと笑い声を上げる。以前の光輝なら、そんなことは関係なく否定したはずだから。

 あの三日間の戦いが光輝の中の大切な部分に変化をもたらしたのだろう。リーリンには、本当に光輝が変わったように見えた。〝どこが〟と言われると困るが、何となく全てにおける強さが違う気がするのだ。

 頼もしい。そう思いながらリーリンは騎乗を促した。

「それじゃあロスコーさん。お世話になりました」
「それはこちらのセリフです。我等アークエットの民は、後世に至るまで貴方を忘れません。尽きることのない感謝を、受け継いでいくことでしょう」

 光輝は「ありがとう」と頷くと、リーリンと共に門を駆け抜けた。

 後ろから大歓声が響き渡る。

 それもまた、光輝の背を押しくれているようだった。





 しばらく無言で進む。借り受けたアロースは優秀なようで快速だ。三日ものロスに逸る気持ちも多少は和らぐ。

「光輝さん。体の調子は? その子は走りも安定してますし、もっと体の力を抜いて座り込んでも大丈夫ですよ」
「ああ、そうみたいだ。王都につくまでに、せめて骨だけはくっつけとかないとな」

 リーリンは、大急ぎの旅をしながら骨をくっつけるとは中々すごいセリフだと思いながらも頷く。

 光輝は少ない魔力が枯渇して、今以上の倦怠感により動けなくならないよう細心の注意を払いながら、初級の回復魔法を唱えて重傷箇所の治癒を行っていく。

 自分にも治癒系統の恩恵術が使えればと歯がみしつつ、リーリンはせめて道中に敵が出たときは光輝に何もさせることなく切り刻んでやると物騒な誓いを立てた。

 そうして進むことしばし。砂漠に突入して少し経ったとき。

「ん? リーリン、前方から何か来る! あれは……」
「アロース? 方角的には王都から? あの数は……」

 砂塵を巻き上げる勢いで走る複数のアロースが確認できた。

 徐々に近づいてくるアロースを見れば、荒い息を吐き、普段はピンと伸びた長い首が垂れ下がって来ている。アロースの疲弊の証だ。

 それでも全く速度を緩めないところ、アロースを使い潰すのも辞さないほどの急ぎだということが窺える。

 向かってくる彼等も光輝達には気が付いたようだ。騎乗する一人が大手を振り、他の者が隊の中央にいる者へ指を差しながら何かを報告している。

 すると、アロースの首の陰に隠れて見えなかった小さな人影がひょこっと顔を出した。

 それだけで、それが誰か分かる。

「!? クーネ!?」

 光輝が素っ頓狂な声を出した。

 そう、こちらに向かって爆走して来ているのはクーネだったのだ。相対距離が縮まって相手の顔が判別できる距離になると、周囲にいる者達もスパイクを筆頭に護衛隊のメンバーだと分かる。

「光輝さま!」
「クーネ!」

 お互い、呼び方が変わっていたり、呼び捨てになっていたりするが気にもならないようだ。

 互いのアロースが円を描くようにドリフトしながら止まる。クーネ達のアロースは余程全力疾走を続けていたのか、今にも倒れ込みそうだ。

「クーネ、どうしてここに? アークエットに向かっていたのか?」

 クーネは、モアナから光輝の無事とアークエットの現状を聞かされていたが、それでも光輝の顔つきがまるで違っていることに一瞬息を呑んだ。

 しかし、直ぐに気を取り直すとコクリと頷いて答える。

「クーネは、クーネはまた、逃がされたのですっ」

 今にも泣きそうな顔でクーネが語るところによると、どうやら既に≪黒王≫率いる軍勢と王国軍は戦端を開いているらしい。

 アークエットや、他の物資集積地としての役割を担う近隣領地を真っ先に潰し、王都を孤立させた上で開戦する作戦だったようだ。

 あの突然≪暗き者≫が出現する現象も、≪黒王≫の新たな能力らしく、言ってみれば空間転移の能力らしい。離れれば離れるほどおおざっぱになるらしいが、相当な距離を転移させられるそうだ。

 そして、王都は現在、オアシスの防壁でどうにか戦えている状態だが、ここでも≪黒王≫の新たな能力により窮地に陥っているという。

 なんと、オアシスの特性を、少しずつではあるが≪黒王≫が無効化していっているというのだ。瘴気で侵食してただの水に変えているのだという。

 どうやらオアシスを挟むと転移が上手くいかないようで、それは幸いと言えた。かなり前から実験していたのだろう。アークエットの穀倉地帯と違って、王都は周囲が砂漠であるから痕跡は全く残らないため気づけなかった。

 既に、一部無効化され、それに動揺した戦士の一団が隙を突かれ壊滅したらしい。各地に派遣済みの戦力もあって、現状の戦力は既に一万五千を切っているという。

 敵の総力は七万。今なお、更なる後方領地への分団の転移をしているらしい。アークエットの無事はクーネが脱出する直前くらいに知らせを受けたらしく、転移させた≪暗き者≫の伝令で、既に滅ぼした一番近い領地から軍勢が向かっているという。時間的に、おそらく今日中には到着する。

 今は、オアシスの無効化と、分団派遣に力を注ぎ、≪黒王≫は直接戦うことは控えていることから辛うじて王都陥落という最悪は免れているが……

 分団を転移されたことで、派遣した戦士団は戻って来れず援軍は望めない。

 それどころか目の前で転移させられることで、否応なく守るべき後方の民が襲われているという事実を突きつけられ、戦士達は絶望と焦燥で精彩を欠き始め……

「これで≪黒王≫まで動き出したら……もう王都はっ、お姉ちゃんはっ」

 王都に見切りをつけたモアナは、多大な犠牲を払ってでもクーネを脱出させた。光輝の元へ行け、と。

 拒否したクーネだが、モアナの指示でスパイクに昏倒させられ気が付けばアロースの上だったという。

 自分が生きるべきなのは理解している。けれど、どうしても離れたくなかった。ただ姉を愛してるから、というのはもちろんある。

 だが、それ以上に、クーネが危惧していること。

「お姉ちゃんは死ぬ気ですっ。自分の命で戦争を終わらせて、民の助命を乞う気です!」

 光輝はハッとした。

 胸の内で膨れ上がっていた焦燥感の正体が分かった。

 クーネと同じだったのだ。

 趨勢は決まった。ならモアナはどうするか。決まっている。

 ≪暗き者≫は何も人類を滅ぼしたいわけではないのだ。家畜として飼うのが最終の目標なのだ。

 絶望を与えるため、反抗心を叩き潰すため、王都を含め十やそこらの町を潰すことは躊躇わない。が、相手が降伏するならわざわざ殺す必要もない。

 今、殺されないなら、人類が再び立ち上がるチャンスは消えない。

 クーネを旗頭に、少数でも反抗の火種が逃げ延びたなら希望は消えない。

 今、これ以上の命を消さないために、自分の命を代価とする。

 ほとんど力を失っている自分が、最期にできる命の使い方。

 十分にあり得た。否、確信した。モアナは、その道を選ぶ。

「うぁ……」

 光輝から呻き声が漏れた。

 焦燥から? モアナを失う恐怖から?

 否。

「光輝さま! お姉ちゃんを助けて! お願いしますっ。なんでもしますっ、お願いです! お姉ちゃんを助けてっ」

 あのときと同じ、救いを求める懇願の声。

 だから、絶望する。

 なぜなら、光輝はそれを選べないのだから。

「俺は……」
「光輝、さま?」

 モアナが命を捧げれば、家畜確保のため王都の民のほとんどが今すぐ命は取られないだろう。なにせ、後方領地の民に比べ、恩恵力が豊富で戦えるほどだからこそ王都にいるのだ。≪暗き者≫からすれば、是非とも繁殖させて安定供給したい種別なのだ。

 逆に言えば、今、襲撃を受けているだろう近隣領地、そして今日中に再び襲われるアークエットは、女王が降伏し戦争が終結したという知らせが届く前に滅ぶ。

 故に、今、本当に助けを必要としているのは――王都ではなく後方の領地。

 加えて、話に聞いた通り転移が≪黒王≫にしかできず、転移先の様子が足で返ってくる伝令役によるものしかないのなら、今なら分団を各個撃破して戦力を削ぐこともできるはず。そうすれば、少しでも多くの各地の領民を一箇所に集めて守り易くできる……かもしれない。

 故に、救うべきは〝大切な人〟ではなく、〝顔も知らない大勢〟

 どっちも救うのが理想。

 けれど、現実はいつだってクソッタレで。

 どちらかしか救えないなら、天之河光輝という人間は――

「ごめん……ごめんっ、クーネ。ごめんっ」
「……」

 それで悟ってしまった。クーネもまた、光輝という人間がどういう人か。

 結局、姉と一緒なのだ。自分や、自分の大切な人より、大勢を取らずにはいられない、そういう人間なのだ。

 クーネの表情が絶望に染まっていく。

 どうして、自分が大切に思う人は、もっと利己的になってくれないのだろう。

 どうして、自分が大切に思う人は、いなくなっていくのだろう。

 幼いクーネの面差しから、感情の色が抜け落ちていく。それでも、光輝の答えをどうにか呑み込もうと、不格好な微笑みを浮かべて返事をしようとして、でも言葉にならなくて……

 それを見た光輝の深い部分からひび割れるような音がした。息がしづらい。目まいがする。胸が張り裂けそうだ。

 けれど、見捨てられない。たった一人と大勢なら、大勢を見捨てられない。

 夢想はする。けれど、それに囚われて立ち止まることはない。そう決めたから。

 光輝は、まずはアークエットを守り、それから後方の領地を一つでも多く救う――その旨をスパイクやリーリンに視線で伝える。

 彼等は少し瞑目したあと、静かにその結論を受け入れたようだ。忸怩たる思いがあるのは、ギリッと噛みしめられた口元があらわしている。

 と、そのとき、そんな光輝の決断すら嘲笑うかのような事態が、砂塵を巻き上げながら遠目に見えた。

「ふざ、ふざけるなっ、ふざけるなよっ! なんなんだよ!」

 思わず悪態を吐く光輝。

 その視線の先には、おそらくクーネを追撃してきたのだろう≪暗き者≫の群れがいた。おおよそ千程度だろうか。

 今の光輝達を押し潰すには十分な数。

「そんなにっ、そんなに俺が気に食わないかっ。モアナをっ、優しいあの人を見捨ててまで救うと決めたのにっ、それすら否定する気かっ!! ふざけるなぁっ」

 まるで世界が悪意を以て牙を剥いているようだ。

 光輝の憤怒の雄叫びは、まさに世界、あるいは運命というべきものに向けられたもの。

「託されたんだ。あの人の最愛をっ。この子を奪えると思うなよ!!」
「光輝さま……」

 今までただの一度も見せたことのない光輝の激昂。

 クーネ達が瞠目しているのも気にせず、ザッザッと臆することなく前に出て背に庇う。

 戦える体じゃない。とにかく今は一か八か逃げよう。リーリンがそう言おうと口を開き駆ける。

 だが、その言葉は呑み込まれた。

 光輝を中心に渦巻いていく光の奔流を見て。それは、限界を超える証。

「この子だけは、奪わせない」

 ただでさえ少ない魔力。しかし、一時的に増強される魔力なら、高威力の魔法の連発で殲滅できる可能性がある。討ち漏らしくらいなら、リーリン達がどうにかしてくれる。

 戦った後は立つことすらままならなくなるだろうが……

 あまりの理不尽の前に、光輝は後の自分ことなど考えられなかった。必要ならばまた、塵芥になるまで戦ってやる! その戦意だけが高まっていく。

 そうして、光輝は、

「いくぞ――≪限界とっ――」

 理不尽を、無茶無謀で押し通そうと、体が壊れかねないトリガーを引こうとして……

 ひゅ~~~という間の抜けたような音と、直後、迫る軍勢に何かが降り注ぎ、ついでこの世の終わりのような凄まじい爆炎と衝撃が全てを吹き飛ばすという理不尽な光景を目の当たりにした。

「え?」

 限界突破の詠唱も中断し、ぽかんっと口を開けて呆ける光輝。

 背後で同じようにクーネ達がぽかんっとしている中、何気なく空を見上げて――

 流星群を見た。

 ただし、隕石ではなく、ミサイルの。

 オレンジの火線を引いてパシュゥウウッという音と共に飛んでいく。

 そして着弾。

 混乱し、逃げ惑う≪暗き者≫達がただの肉塊へと早変わりしていく。

「は、はははっ。やっぱりお前は、理不尽すぎるよ」

 歓喜と、安堵と、そして少しの恨み節を乗せて、光輝は彼の名を呼んだ。

「なぁ、南雲?」

 ズンッと音を立てて空から降ってきた魔王様――ハジメは、巨大な兵器を肩に担ぎつつ「ふん」と不機嫌そうに鼻を鳴らしたのだった。
いつもお読み頂ありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。

ギ、ギリギリ出せました。
ちょびっとじゃねぇか!というツッコミは甘んじて受ける所存です。
次回は魔王と勇者の対話かな…

追伸
ガルドコミックで漫画版と「ありふれた日常」の最新話が更新されております!
日常はコメディなだけあってシアが光る光るw
なにより絵にされたハウリア男性陣が…エグい
ご興味があれば是非、オーバーラップ様のHPへ見に行ってみてください!


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