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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

ありふれたアフターストーリーⅡ

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ありふれたアフターⅡ 救援の軍団



「出撃準備はどうなってるっ」

 戦装束に身を包んだモアナの怒声が、王宮の廊下に響き渡った。その焦燥する心情を表すようにカッカッと足音を鳴らして足早に進む彼女の隣にはスペンサーやドーナル、リンデンを筆頭に側近達が付き従っている。

 モアナの質問に、スペンサーが厳しい表情で答えた。

「三千は出撃可能状態です。しかし、アロースの数が足りず、近隣監視拠点からも動員していますが、予定数には少なくともあと一日は必要かと」
「ダメだ。遅すぎる。三千で構わない。即出撃するぞ」
「無茶をおっしゃいますな」

 諫めるようにスペンサーがそう言えば、モアナは立ち止まって視線を向けた。

「無茶を押し通さなくてどうする。今、この瞬間も、アークエットは滅びを迎えようとしているというのに!」

 悲痛を孕んだ声音。どんなときも泰然を心がけるモアナには珍しい。それだけ、異常で危機的な状況ということなのだが、モアナが生まれたときより傍にいたスペンサーには、それだけでないことが察せられた。

 一昨日の正午に王都を出てアークエットで向かったはずのクーネ達が、消耗しながらも必死の様子で帰還したのが今日の昼前。王都とアークエットの距離を考えると、日帰りしたとしても早すぎる帰還。おそらく一夜を休まず駆け抜けたのだろうと思われた。

 尋常ならざる様子に一体何事かと、倒れ込むようにして帰還したクーネ達に話を聞いてみれば、返ってきたのは信じ難い事態だった。

 クーネ達を休ませた後、当然、モアナは直ぐに側近達に緊急招集をかけアークエット救援の出陣準備を指示した。

 だが、出陣に当たって二つ問題があった。

 一つは敵の数が一万という大軍であること。

 もう一つは、時間との戦いであるということ。

 王都に常駐の戦力は約二万。王都民総戦力なら三万と少し。砂漠と草原の境界線や、海岸線に設けられている監視拠点を兼ねた幾つもの町に配備されている戦士団を総動員すればギリギリ十万に届くといったところ。

 戦力的には十分に見えるが、事はそう単純ではない。

 なにせ、今回の事態は完全なる異常事態。前線を無視して後方を襲撃できる手段を≪暗き者≫は手にしたというのだ。

 であるなら、王都を空けるわけにはいかない。砂漠という見晴らしのよさ、敵の早期発見が無意味となった状態では、王都にも十分な戦力を残さざるを得ない。

 加えて、アークエット陥落の前に救援に行けなければ意味がないところ、移動はどうあってもアロースによらなければならい。歩兵では確実に間に合わないのだから。

 が、そのアロースは戦士の数に比べて当然ながら少ないのだ。

 戦闘に臆さぬよう鍛えられたアロース以外にも、王都の民から徴収したものを含めて、更に極力荷物を載せず、代わりに一騎に対して複数人が騎乗する方法をとっても、とても万に届く戦士を運べるほどのアロースは確保できない。

 スペンサーの言う三千という数字でさえ、既に準備を整えているだけで素晴らしい対応なのである。

 とはいえ、三千で一万の敵に挑むなど無謀もいいところ。

 近衛隊長として諫言をしないわけにはいかない。

「陛下。しかし、現実問題として、万軍に三千で挑むわけにはいきません」
「スペンサー。確かに無茶ではあると思う。だが、何も勝算がないわけじゃない」

 再び歩き始めながらモアナが考えを口にする。

「アークエットの防壁が生きているなら、敵を蹴散らして町に入り籠城戦をすることは可能だ。順次、歩兵と監視拠点からの戦士達を合流させ、外と内部から挟撃する」

 問題だらけの作戦だ。

 確かに、籠城戦ができるなら各地から合流させた戦士団が到着するまでの間持たせることは可能だろう。王都の術士なら容易く防壁を強化・補修できるだろうし、防壁を越えてくる散発的な≪暗き者≫を討つことくらい戦士には造作もない。

 籠城戦における一番のネックである食料も、アークエットが集積地であることを考えれば問題にはならない。

 だが、

「門は閉ざされていましょう。どうやって入る気です」
「術で知らせを送りタイミングよく開けてもらうなり、巨大なスロープを術で作って防壁を越えるでもいい。方法など、どうにでもなる」
「少しでも手間取れば、包囲されて殲滅されますぞ。何とも心臓に悪い賭けです。仮にそれができるとしても……それはまだ奴等が防壁の外にいる、ということが前提ですぞ? 既に陥落していた場合はどうします」
「…………その場合は、引き返す。歩兵と各地の戦士団が合流するのを待つ」

 スペンサーは「ふむ」と頷いた。そこで引くことを選択できるなら、まだ冷静であると思っていいだろう。

 だが、それも賭けであることに違いはない。目視できる範囲に近づいて、本当に引き返すことができるのか。アークエットを陥落させた後、やって来るであろう自分達を待ち伏せていないとは言い切れない。

 まして、≪暗き者≫達は脱出した者がいることを認識しているはずなのだ。

 正直なところ、スペンサーはアークエットの現状を〝絶望的〟と判断していた。碌に戦士もいない、防壁だけの後方拠点。一万の大軍に襲われて、どうして何日も持ちこたえることができようか。

 ならば、奪還は必定としても、近衛隊長たるスペンサーが考えるべきは陛下の身の安全。こちらが十分な戦力を確保できるまで出撃は控えるべきだと判断せざるを得ない。

 しかし、モアナの心情もよく分かる。スペンサーとて、守るべき民の窮地とあっては心穏やかではいられない。むしろ、今このときも蹂躙されているのかと思うと(はらわた)が煮えくり返る想いだ。

 そんなスペンサーの逡巡を見て取ったのか、モアナが重く切実な声音で言葉を重ねる。

「今、出ないわけにはいかない。違うか? スペンサー」
「……光輝殿、ですな?」
「ああ」

 やはり、とスペンサーは瞑目した。

「お前の懸念は分かっている。私が、光輝のことで逸るのではないかと、冷静さを失うのではないかと、そう思っているのだろう?」
「……ええ」

 モアナは苦笑いしながら頷く。

「確かに、私は個人的心情として光輝を助けに行きたい。あの強いくせに弱い、自分で自分を苦しめて、雁字搦めになって、それでも必死に前に進みたいのだと足掻く彼を……私は助けたい。彼の助けになってやりたい」

 不思議なほど意識を囚われた、あの不可思議な青年。たった数日の付き合いなのに、妙に記憶に残って、心を砕いている自分がいた。

「過去に何があったのだろうな? 私は彼のことをほとんど知らない。何があれば、あれほど自分を責めるんだ? あれほど自分に失望できるんだ?」

 時折、光輝が見せた八つ当たりじみた心情の吐露。そこから推測することはできるが、モアナは敢えて考えない。いつか、彼が話したいと思ってくれた時に、彼自身の口から聞いてみたいと思ったから。

「殺すことを忌避して、殺されることに怯えて、自分の判断が信じられなくて……けれど彼は、自分でも気が付いていないのかもしれないけれど、結局、傍にいる人を助けずにはいられないんだ。だって、彼は優しいから」

 あるいは、だからこそ、彼は勇者と呼ばれるのかもしれない。そんなことを思う。

「なぁ、スペンサー。きっと、本当は、最も戦いとは無縁であるべき人が死地に残ると言うとき、どんな気持ちなのだろうな?」
「……私は戦士です。分かりません。ただ……覚悟の程は分かります。敬意を示すべき、覚悟の持ち主であると思います」

 同意するようにモアナは頷いた。

「そうだ。ならば応えなければならない」

 個人的な心情はある。だが、それと同じくらい、女王としての想いがある。

「義務も義理もない無関係の男が一人、我が国民の為に身命を賭している。我等が救援に駆けつけてくれると信じて戦っている」

 スペンサーだけでなく、モアナを諫めようと考えていた側近達全員の顔色が変わっていく。

「理屈ではない。違うか?」

 寡兵では危ないから。女王の身を優先すべきだから。もはやアークエットは絶望的だから。現実問題を前に合理的であるべきだから。

 なるほど、クソ食らえだ。

「しかり。戦士の魂が腐りますな」

 スペンサーが笑いながら頷く。近衛として言うべきことは言った。その上で敬愛すべき女王から命を賜った。ならば、己の魂に従って行動するに憂いはない。自然、笑みは不敵なものへ変わる。

「三千で出る。無茶を押し通す。だが、無謀はしない。戦士達の魂は私が預かる。スペンサー、号令をかけよ!」
「御意ッ」

 モアナに最上級の敬礼を行い、スペンサーは駆けていった。

「こういうとき、戦士長の肩書きは困ったものです。スペンサーが羨ましい」
「全くです」

 ドーナル戦士長とリンデン筆頭が揃って溜息を吐いた。彼等は王都守護と後続編成のため王都に残るのだ。だが、心情としては今すぐにでも飛び出したい。

「そう言うな。お前達が残ってくれるから後顧の憂いを持たずに済む。それに、≪暗き者≫の新たな脅威は……おそらく、これからの戦いは拠点防御が意味をなさなくなる。お前達にも、存分に走り回ってもらうことになるぞ」
「ははっ、それは楽しみですな。しかし……何もない空間に突如現れる、ですか……」

 ドーナル戦士長が険しい表情で唸った。それは、その脅威的な事象そのものに対して、というより別の事柄に向けられているようだった。

 それを読み取ったモアナが苦々しい表情で頷く。

「……そんなことができるのは、〝奴〟だけだ」

 リンデンが言葉を引き継いだ。

「≪黒王≫、ですね。離れた場所に瘴気を出現させる。五年前の戦いでもありました。ですが、それはせいぜい五十メートル以内だったはず。それに瘴気を操ることはできても、他の≪暗き者≫を転移させるような能力はなかったはずですが」
「ただ傷を癒やしていただけじゃなかったということだろう」

 モアナの苦々しい表情が更に苦いものへと変わる。が、頭を振ると決然とした表情を見せ、

「これから五年前以上の戦いが始まる。今度こそ人類か≪暗き者≫か、生存の権利をどちらが勝ち取るか、それが決まる戦いになる。お前達、クーネを頼むぞ」
「……御意」
「……御心のままに」

 ドーナル戦士長もリンデン筆頭も、僅かな沈黙と瞑目。モアナの覚悟と願いを噛みしめる。

 ほとんど力を失った自分よりも妹を優先せよという命令。

 娘にも等しく、同時に、立派に成長し敬愛すべき王となった彼女の覚悟を、彼等は静かに受け止めた。




 シンクレア王都のオアシス河外縁部。そこに三千の戦士達がアロースに騎乗した状態で待機していた。

 彼等の先頭に立つため、モアナも厩舎の前でスタンバイしている専用騎獣ハウムの元へやって来た。ハウムの世話係の老人が恭しく頭を下げ手綱を手渡す。

 老人に礼を述べたモアナは、ハウムの鼻頭をそっと撫でた。いつもならじゃれて来る(噛み付いてくる)ハウムも、今はジッとモアナを見つめるだけで嫌がる素振りはない。

「ハウムにも、何となく分かるのね……」

 素の口調に戻って目を細めながら呟くモアナ。額をハウムの鼻先に押しつけ瞑目する。

「あなたは私の騎獣。おそらく死ぬときは一緒。そして、そのときはもう、直ぐそこまできている。きっとね」
「ふんっ」

 鼻息荒く、それがどうしたと言わんばかりの眼光を注ぐハウム。自分こそ王の騎獣。死などおそれないと、言葉なくとも伝わる覇気。

 モアナはそんなハウムににっこり微笑んだ。そして、王の騎獣に相応しき装飾品を贈ろうと懐からリボンを――

「お姉ちゃん!」
「クーネ?」

 振り返ればクーネがいた。クーネだけでなく、スパイクやリーリン達アークエットに随行した護衛隊のメンバーが揃っている。

 何となく言わんとすることを察したモアナは、クーネが何かを言う前に口を開いた。

「ダメよ、クーネ。あなたは残りなさい」
「だけど――」
「王都に王族が一人もいないなんて、この状況で許されるはずがない。分かっているでしょう?」

 分かっている。そんなことはクーネにだって。けれど、この状況だからこそ、姉が死ぬかもしれない戦場に出て行くことを心が許さない。猛烈な不安と、足下の全てが崩れ去っていくような絶望感がクーネを襲う。

 そして、自分でも意外なことに、姉を憂うのと同じくらい強い気持ちで、一刻も早く確かめたかった。光輝の無事な姿を。

「お姉ちゃん、クーネはっ――」

 更に言い募ろうとするクーネだったが、その言葉はやはり遮られる。自分の唇に触れる、そっと差し出された姉の人差し指によって。

「クーネ、聞き分けなさい。私も、クーネも、王族である以上責務がある。クーネの想いは、お姉ちゃんとしては本当に嬉しいけれど――私は成すべきことを成すわ。この命を使い切るそのときまで」
「っ」

 いつもの優しくて甘い言葉ではなかった。〝大丈夫〟とも、〝お姉ちゃんはクーネと一緒よ〟とも言わない。

 責務を果たせ。自分はそうする。貴女もそうしろ。それは女王の言葉。優しい、クーネのお姉ちゃんでだけであれる時間は終わったのだ。

「分かるわね? クーネは私の自慢の妹なんだから」
「っ、っ…………わかり、ます。クーネは、わかりますっ」

 もしかしたら、これが今生の別れになるかもしれない。決壊しそうな涙腺を必死に押し込めて頷くクーネ。

 泣くのを堪えて歪んだ表情のクーネを、モアナは宝物を抱くように抱き締めた。クーネもまた、きつく、きつく抱き締め返す。

「王都を頼むわよ、クーネ」
「はい、おねえちゃ――陛下。ご武運を」

 最愛の妹の、自分の呼び方が変わったことに、自分でそう仕向けたにもかかわらずモアナは泣きそうな気持ちになった。

 それを悟らせないよう笑顔を浮かべるが、クーネの淡い微笑みと眼差しからすると、どうやらお見通しらしい。〝流石、私のクーネたん〟と、心の中でだけいつもの呼び方をする。

「陛下、我々は――」

 モアナとクーネとのやりとりを見て言葉を詰まらせるスパイクがおずおずと尋ねる。

「無論、残れ。スペンサーが私に同道する以上、王都における近衛のトップはスパイクだ。クーネを守るんだ」
「っ、御意に」

 本当は、背を向けたアークエットに戻りたいのだろう。唇を噛みしめながらも、自分の役目を全うすべくスパイクは敬礼を返した。

 その想いは護衛隊のメンバー全員に共通するようで、誰も彼も同じような表情をしている。

 特にリーリンは、「自分は戦うために生まれた」と豪語していた彼女の表情には、クーネを守るという役目を全うしたとはいえ、敵に背を向けたことに対する忸怩たる思いが溢れているようだった。

 それでも何も言わないのはスパイクと同じ。だから、代わりにクーネが口を開く。

「おねえちゃ――陛下。リーリンだけでも同道を許可してもらえませんか?」
「む? リーリンを?」

 クーネの進言にモアナだけでなく、リーリンも瞠目する。

「はい。リーリンは元々スペンサーの直下。不測の事態に備えて特別に護衛隊に加わったようなものです。何より、アークエットの現状をよく知る人材は念の為にもいた方がいいとクーネは思います」

 道理ではあった。何より、クーネの言葉の裏にある、護衛隊の内一人くらいは戦いに連れて行って上げて欲しいという気持ちもよく分かる。

 モアナは「ふむ」と頷くと、

「疲労の程はどうだ? アークエットからとんぼ返りで、一睡もせず帰還したんだ。アークエットの防衛にも力を貸したのだろう?」
「問題なく。陛下、どうか私に戦場を。最前線にて敵を屠る機会をお与えください」

 頭を垂れるリーリンの言葉に、モアナは思わず苦笑いを浮かべた。それはスパイク達も同じようで、護衛隊最年少の女の子が一番戦意旺盛とは、と苦笑いを浮かべている。

「いいだろう。リーリン、現時点を以て原隊復帰しろ。戦働きに期待するぞ」
「ありがたき幸せです。勇者様の討ち漏らしがどれほど残っていようと、私の風で切り刻んでご覧に入れます」

 スパイク達が「私達の分まで、しっかり殺しまくって来い」と声をかけている横で、クーネがモアナに言う。

「勇者さ――光輝さまに伝言をお願いできますか?」
「……ああ」
「――『クーネの許可もなく、よくも好き勝手してくれやがりましたね! 覚悟しやがれ!』と」
「ふっ、ふふふっ、わ、分かった。必ず伝えよう」

 光輝はきっと生きている。それを前提とした伝言の内容に、生きていてもきっと大変だろうと思って、モアナは堪えきれないように笑い声を上げるのだった。




 そうして、それから三十分も経たない内に、モアナ率いる戦士団はアークエットに向けて出撃した。


~~~~~~~~~~~~~


 王都を出撃して二日弱。

 やはりと言うべきか、クーネ達がアークエットを脱出してからほぼ三日が経とうとしていた。

 アロース達はよく頑張って走ったが、それでも完全武装した大の男を二人も三人も乗せながらの疾走は堪えるようで、どうしても休息は必要だった。加えて、三千という数では、たとえアロースに騎乗した状態であっても、やはり数十人に比べれば行軍速度は落ちるものだ。

 時刻は正午を幾分か過ぎた頃。光輝が召喚された日から数えれば六日目の昼過ぎといったところだ。

 普通に進んでも一日半はかかる道程を、千を超える軍団が移動したにしては十分速いというべきだろう。

 既に草原地帯に入っており、アロース達が活気づいていて速度が更に上がる。

「リーリン。確か光輝は、アークエット全体を覆う光の障壁を展開していたのだったな?」

 逸る気持ちを抑えながらモアナが尋ねた。

「はい、モアナ様。……荘厳で、神秘的で、万の敵を一切寄せ付けない。凄まじい光景でした」

 近づく戦場に瞳を戦意でギラつかせながら答えるリーリン。モアナを挟んで反対側を併走するスペンサーが頭を振って口を開く。

「ラガルに襲撃された際にも、我々を半球状の輝く障壁が包んでいました。おそらく同種の術でしょう。ラガルの全力の攻撃にもビクともしない強度でしたが……あれが町全体を覆うとは……想像すら難しい、まさに御業ですな」

 スペンサーは「信じられんお力だ」と言いたげな表情をする。

「守護の光……なら、もう間もなく遠目に見えてくるはずだ。スペンサー、周囲の警戒は?」
「抜かりなく。既に斥候を方々に放っております。そろそろ一度戻ってくる頃かと……」

 スペンサーが言い終わる前に、一騎のアロースが小さな丘を越えて姿を見せ、隊列に合流した。

 丘越えなど目立つ行為を、とつい目を眇めたスペンサーの元に、斥候としてアークエットの状況を確認してきた戦士の青年が寄ってきた。

 気を引き締める意味でも、一言叱責しておくかと考えたスペンサーだったが、斥候の瞳が困惑に揺れているのを見て言葉を止める。

「軍団長。ほ、報告します」
「むっ、その様子だと何かあったな? 聞こう」

 モアナ達も耳を傾ける中、斥候は意を決したように口を開く。

「ハッ。事前に聞いておりました光の障壁については……確認できませんでした」

 ヒュッと息を呑む音が鳴った。モアナだ。顔色が蒼白になっていく。隣のリーリンはギリリッと歯は噛みしめ、悔しげに表情を歪めた。

 光の障壁がない。それすなわち、その行使者たる者が力尽きている証。

 思わず再確認しようとしたモアナを制して、スペンサーは報告の続きを聞く。最も重要なのは、現敵戦力の程度とアークエット陥落の有無――言い換えれば、軍団の、進撃か撤退かの判断基準だ。

「……アークエットは陥落か?」
「それは……その……分かりません」
「なに?」

 分からないとはどういうことか。遠目にしろ、アークエットの状況を見てきたはずだ。どれだけの規模の≪暗き者≫がアークエットを囲んでいるのか、門は既に破られているのか。何故、分からないと鷹のように細まった目が斥候を捉える。

 息を呑んだ斥候は、目撃した状況をそのまま伝えようと少し早口になりながら続きを口にする。

「門は破られているようでした! しかし、アークエット周辺には、おびただしい数の奴等の死体だけがあり、活動している固体はほとんど見受けられませんでした! 死体の数は、全方位を確認したわけではありませんが、少なくとも東側においては――」
「なんだ、はっきり言え! 数百体か?」

 仮にそうなら、≪暗き者≫の大軍は既にアークエットを陥落せしめて中に潜んでいるか、周辺の領地に進軍しているか、あるいは自分達を待ち伏せるためどこかに待機している可能性もある。

 が、そんなスペンサーの懸念を吹き飛ばすような、それこそ斥候が困惑しても仕方ない驚愕の報告がなされる。

「ハッ、確認した限り、およそ――六千ほど、かと」
「……は?」

 思わず間の抜けた声を漏らしたのはスペンサーだけではなかった。モアナ達も揃って何を言っているんだと言いたげな表情だ。

「ほ、本当です。本当に凄まじい数の死体が転がっていて、自分にも何が何だか……」
「……落ち着け。それは本当に奴等の死体だったんだな? 何らかの偽装工作の可能性
は?」
「流石に、偽物の死体を本物と見紛うことはありません。あれは確かに死した≪暗き者≫です。聞いていた通り、牛頭種、鱗竜種、奇骨種だけで……そこら中に……」

 スペンサーは「ご苦労だった」と斥候を下がらせると、モアナへと向き直った。

「いかがなさいますか、陛下」
「……光輝がやったと思うか?」
「……分かりません。にわかには信じ難い。クーネ様の報告では、光輝殿自身、自分が力尽きる方が早いとおっしゃっていたはず。現に障壁はなく、門は開けられています。正直、予想外の現状に判断がつきません。敵の何らかの罠と考えるべきかと」

 確かにその通りだ。スペンサーの懸念に頷き、モアナはしばし瞑目する。

 そうして考えがまとまったのか目を開くと、

「進軍する。敵がおらず、アークエットの門が開いているなら僥倖だ。町を確かめないわけにはいかない」
「……御意。周辺の警戒を密にしておきます」

 敵が見当たらないにもかかわらず、住民の安否を確かめもせず引くわけにはいかない。その判断にスペンサーも頷く。

 一行は警戒しつつも足を速めてアークエットへと急いだ。

 やがて見えてきたアークエットの様子に、モアナ達は息を呑んだ。

 斥候の言うとおり、おびただしい数の≪暗き者≫が東門付近に倒れている。遠目にも分かるほど、どこか欠損し、あるいは両断され、死んでいるのは明白だ。それは紛れもなく斬撃によるもの。≪暗き者≫達に不測の事態が起きたというわけではないようだ。

「進むぞ」

 モアナの号令で、軍団は死体の上を駆けていく。足の踏み場ないほどに折り重なっているのだ。

「血の跡、欠損部位の位置、倒れ方……陛下。どうやら此奴等、門の辺りで斬られた後、放り投げられたようですぞ」
「……北側も南側も綺麗なものだな」
「斥候の報告では、西側も穀倉地帯が荒れているだけで争った形跡はほとんどないようです」

 やがて門にかなり近づいたモアナ達。

 その周辺にも激しい戦闘の痕があり、そこかしこに事切れた≪暗き者≫が転がっている。

 と、そのとき、不意に喧噪が耳を突いた。

 否、喧噪というより断末魔の叫び、あるいは雄叫びというべきか。

「ッ、行くぞっ」

 門を潜る。喧噪の音は激しくなる。スペンサーの指示で分隊が町に散らばっていく中、モアナの号令で本隊は喧噪の方へと走り出す。

 見るも無惨に破壊された家々。耕されたように荒れるストリート。そして事切れた無数の≪暗き者≫達。

 だが、人間の死体はまだ一つも見ていない。

「モアナ様! この先は地下保管庫です! あの大倉庫の向こう側です!」
「分かっている!」

 リーリンの報告に頷くモアナ。喧噪はどんどん大きくなり、事切れた≪暗き者≫も多くなっていく。町の中だけでも千を超えるのではという数だ。

「前方! 敵影あり! 先陣、突撃せよ!」

 東門から続く通りを曲がった途端、無数の≪暗き者≫が姿を現した。もっとも、彼等はモアナ達を迎え撃つべく待ち構えていたわけではなかったようだ。

 通りが埋まるほど、あるいは建物の屋根にもはびこっている彼等は、全員が一つの方向を向いていて、モアナ達が姿を見せると同時にようやく気が付くという有様だったのだ。

 それに疑問を覚えつつも、目の前に敵がいて躊躇う必要は皆無。

 背後を突かれた彼等を蹴散らし、スペンサーの指示で屋根に登った部隊が屋根上の敵と戦闘を繰り広げる。

 限定空間では大部隊を運用するのは難しい。本隊は更に細分化して、まるで無数の溝に水が染み渡っていくように路地・ストリートへと広がっていく。

 ≪暗き者≫達も応戦するが、憤怒に駆られる戦士達の勢いは凄まじく、次々と蹴散らされていく。救援の軍団は前へ前へと進んでいく。

 道は迷わない。

 数千の≪暗き者≫達が密集している方向へ突き進めいいだけなのだから。

 そうしてモアナ達が進むことしばらく。

 やがて、喧噪の中心、屋根が崩壊しつつも壁はまだ健在の大きな建物――大倉庫の向こう側に抜けたモアナ達は、それを目撃した。

 周囲のほとんどの建物が倒壊し、瓦礫の山となった場所。

 大きな広場状態となっているそこには、円状に包囲網を形成している何百という≪暗き者≫と、その周囲に同じくらいの事切れた≪暗き者≫がいた。



 そして、その中心に、彼がいた。



 四方八方を敵に囲まれ、間断なく襲いかかられて……

 無事な箇所を探す方が難しい。それくらい文字通り満身創痍となって……

 けれど、彼の足下には金属製の頑丈そうな扉があって……

――あぁ

 と、それは誰が漏らした吐息か。

 不退転。

 その言葉を体現した姿に、戦士達の魂が揺さぶられる。

 と、モアナ達の存在に、目の前の敵だけに集中していた≪暗き者≫達がようやく気が付いた。

 一瞬の硬直。

 先に動いたのは魂を揺さぶられた女王陛下。

「ッ、咆えろっ、戦士達よ! 撃滅せよっ! 彼を――光輝を救え!!」

――ォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!

 戦士達の魂の雄叫びがアークエットを揺るがした。
いつもお読み頂ありがとうございます
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。

中途半端な感じですみません。前回の予告話にギリギリじゃねぇか、むしろ届いてねぇよというお叱りが来そうですが、字数的に分けさせていただこうかと思いまして、ごめんなさい(汗
大体予定通りに行かない白米を許して

あと、奴の降臨について、リリアーナのセリフの日数を2,3日ほど延長しようかと思ってます。
心待ちにしてくださっている方には申し訳ないんですけど、ここはやっぱり光輝に最後までやらせてあげたいので。

追伸
コミックガルドにて、「ありふれた日常で世界最強」というスピンオフの連載が始まりました。
オーバーラップ様のHPから見れますので、よろしければ見に行ってみてください。
目がマジなユエが、白米的にはツボだったw
+注意+
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