挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

ありふれたアフターストーリーⅡ

270/275

ありふれたアフターⅡ 異変に向けて



 シンクレア王国王都の北側には、都を囲むドーナツ状のオアシスから伸びる支流で形作られた不思議な空間があった。支流は大きく円を描いて再び本流へと合流しており、本流との間には中州ができている。

上空から見れば円の一部にできた〝たんこぶ〟と表現できそうな支流と本流の間のこの中州は、ちょっとした学校の運動場くらいある。

 実のところ、運動場という表現は的を射ていた。そこは、王都に隣接された戦士達の訓練場なのである。

 実際、勇者の召喚という前例無き事態や、奇襲を受けて女王が危うく命を落とすという非常事態に晒された翌日にあっても、訓練場にはいつもの如く戦士達が汗を流していた。

「気合いを入れろ! 腹に力を入れんか! 隊列変更、遅いぞっ。あと三秒は早くできるはずだ! やり直せ!」

 雷鳴の如き怒声をもって、隊列変更の訓練をしている戦士達に活を入れているのは戦士長のドーナルだ。

 ドーナル戦士長の声はよく響く。戦場にあって味方へよく届く指揮官特有の声だ。

 隊列変更訓練から少し離れた場所では一対一、あるいは一対多の激しい訓練も行われているのだが、彼等は自分達が怒鳴られたわけでもないのに、戦士長の怒声を耳にした途端、より厳しい表情になって更に気合いを迸らせた。

 また、よりオアシスの川に近い場所では、術師達が同じように真剣な表情で恩恵術の訓練を行っている。

「集中しなさい。一点に、というわけではありませんよ。世界に、です。地、風、熱、水気……己を取り巻く全てに集中しなさい。己は、世界から恩恵を受けているのだと、強く自覚しなさい」

 丁寧な物腰で、かつ決して大きな声音ではないのに、するりと耳に入る声音で術師達を指導しているのは、術士団の筆頭術士――リンデン・ストールだ。

 錆色の長い髪を後ろで束ねた四十代くらいの男性で、一見するととても穏やかで紳士的なナイスミドルに見える。が、スペンサーやドーナルと同じで、流石は団を預かる者というべきか。その瞳の奥に宿る熱量は、思わず息を呑むほど。

 実はこのリンデン、スペンサー率いる近衛部隊の最精鋭に抜擢されていたリーリンの実の父親だったりする。父娘揃って才能に溢れた術士なのだ。

 リンデンの視線の先では、術士達が口元で両手を組み、額に血管が浮かび上がるほどの集中を見せて一心に祈りを捧げている。同時に、彼等の体のどこかにペイントされている紋様も燦然と輝いていた。

 祈りの効果は明かで、地面からは砂を固めた無数の槍が波打つように突出したり、砂を巻き上げた旋風が風と砂の刃を放ったり、陽の光を集束しているのか光球が乱舞したり、あるいはオアシスの水が鞭となって暴れたりしている。

 戦士達にしろ、術士達にしろ、そこには確かな熱意があった。

 自分達の状況が決して楽観などできないものであると理解しながら、それでも一歩も引く気はないのだと態度で示しているような、砂漠の灼熱にも負けない確かな熱気が。

「……すごいなぁ」

 光輝のそんな漏れ出たような呟きは、戦士達の裂帛の気合いがこもった雄叫びの中に紛れて消える。

 邪魔にならない場所で見学している光輝は、その瞳に羨望とも苦痛ともとれる色を浮かべていた。

 ふと頭の中に、もはや限界でありながら〝逃げない〟と言った女王の姿が過ぎった。同時に、〝全てを見捨ててもいいから、姉だけは〟という幼くも切実な王女の声も響いている。

 《暗き者》が共存を良しとしないならば、モアナを救う道は光輝が加勢する以外にはないのだろう。

 では、《暗き者》を根絶やしにするか?

 共存の否定が彼等の総意かも分からないのに? そもそも、一人殺しただけで精神的に深いダメージを負っている自分如きに、そんなことが可能なのか? モアナ達を救えるという考え自体、傲慢というものではないのか?

 では、クーネの願う通り、モアナを連れて逃げてしまおうか。

 絶望的な状況から、〝もしかしたら〟という希望を与えてしまったのは自分の存在なのに民を見捨てる? 彼等の希望を、期待を裏切るのか? まして、それはモアナの願いに反するのに? あるいは幼いクーネを犠牲にする選択肢なのに?

 では、モアナとクーネ、そして彼女達の特に親しい人だけを連れて?

 その範囲はどこまでだ? スペンサー達だけ? それとも王宮でモアナを支える使用人達も? あるいは王都の民全て? 一番近い領地まで? 誰が助ける人の範囲を決める? ノアの箱船に乗る権利を、どうして自分如きが持てるというのか……

 ならば、全て無かったことにすべきか。

 何も見ていない、聞いていない、知ったことじゃないと無視して、帰還の方法を探す旅にでも出るか? 自分という存在など最初からいなかったのだと、モアナ達にそう思ってもらおうか?

 何が正しいのだろう。どうすれば最善の結末へ辿り着けるのだろう。

 ああ、未だに、水の中で溺れているようだ……

 それも、あの召喚された森の泉ではなく、汚泥で満たされた沼のような……

「光輝殿。どうですかな? 訓練の様子は。何か気になる点があれば遠慮無くご指摘いただきたい」

 ぼぅと訓練を眺めながら、そんな風に暗い思考の坩堝にはまっていた光輝に、不意に声がかけられた。

 ハッと我に返った光輝が視線を転じれば、いつの間にか直ぐ隣にドーナル戦士長の姿があった。

 光輝は若干慌てた様子で答える。

「い、いえ、自分程度が指摘するようなことは何も……」
「これはまたご謙遜を。光輝殿は、かのフォルティーナ様が招いた勇者様ではありませんか。遠慮など一切無用。引いてはその助言が、いつか彼等の命を救うやもしれません」

 光輝は何となく視線を感じた。意識を向けてみれば、幾人もの戦士や術士達が、それとなく光輝とドーナルの会話を気にしているようだった。

 そこには余所者がでしゃばるのではないかという警戒心などなく、少しでも己の糧にできるものを貰えないかという、勇者に対する期待と好奇心があった。

 そう、今の光輝にとっては、息が詰まるほど重い気持ちが、そこにはあったのだ。

 ヒュッとおかしな呼気が僅かに漏れるのを自覚しながら、一呼吸置き、光輝は苦笑いを浮かべて答える。

「いえ、本当に助言できるようなことはなにも……。むしろ、皆さんの練度と熱意に当てられていたくらいです」
「おや、そうでしたか! それはそれで嬉しいことですなぁ」

 光輝の言葉に、ドーナル戦士長は本当に嬉しそうに微笑んだ。聞き耳を立てていたらしい戦士達も、勇者の称賛を得たとあってどこか誇らしげな様子を見せている。

 と、そこで、ドーナル戦士長と光輝の話を聞いていたのだろう、筆頭術士のリンデンが穏やかな声音で問いかけてきた。

「それは我々の方も同じでしょうか?」
「ええ、もちろんです。というか、そもそも恩恵術というものがまだよく分かっていない自分には助言も何もありませんし」

 専門外の自分が口を出すなど、尚更できないと苦笑いを深めながら答える光輝に、リンデン筆頭はスッと目を細めた。

「なるほど、道理ですね。しかし、娘からは、光輝さんは実に実戦的な術を、それは巧みに操っていたと聞いています。戦闘経験は豊富だとお見受けしますし、術理は異なれどそういう目線からは何かありませんか?」

 顎を片手でさすりながらそういうリンデン筆頭の瞳には、どこか好奇心が含まれているように見えた。純粋に助言を、というよりは光輝の所感や術にこそ興味があるのかもしれない。

「恩恵術は……非常に実戦的な術に思えます。実際に目にしたのは、近衛のお二人が使っていた風と地を操る術ですが、前衛との連携や展開速度、状況に合わせた術の選択は目を見張るほどでした」
「ほぅ。リーリンの腕前をそこまで評価していただけるとは、父親としては嬉しい限りですね」
「あはは……。実際に凄かったですよ。ただ……そうですね、一つ気になるとすれば、防御に特化した術というのはあるんだろうか、という点でしょうか?」
「防御に特化した、ですか?」

 ふ~むと、考えるときの癖なのか、顎をすりすりと片手で撫でながらリンデン筆頭は口を開く。

「おそらく、ネイサンが石壁を出したと思いますが……。後は、突風や熱の壁、この王都であればオアシスの水そのものが防壁となります。が、光輝さんのいう〝防御特化〟というのはそういうことではないのですね?」
「ええ。それはあくまで〝防御にも使える〟ということなので。例えば、これはリーリンさんの前でも使ったのですが、自分の使う術にはこういうのがあります――《光絶》」

 光輝が詠唱を呟き、輝く障壁が空中に出現した途端、訓練場がざわっとなった。誰もが訓練を一時中止して、というか中止させられて光のシールドを凝視している。

 初めて異世界の術を見たドーナル戦士長とリンデン筆頭が揃って目を見開く。が、次の瞬間には「おぉ! これが!」と口にしながら、興味津々といった様子で我先にと障壁へ近づいていく。

「おぉ、冷たくも熱くもない! ただの光のはずなのに堅いぞ!」
「陽の光の恩恵術に似ていますが……あれは文字通り熱を持っていますからね。本当にただの光とは……。ドーナル、ちょっと切りつけてみてくださいよ」
「任せろ」

 適当に振ったドーナル戦士長の剣が、ガキンッと音を奏でながら弾かれる。それだけで再び、今度は外野も含めて「おぉ!」と歓声が上がる。

「これならどうだ!?」

 戦士長がちょっとムキになっていらっしゃる。筆頭術士が如何にもワクワクッといった様子で見守っていらっしゃる。

 ドーナル戦士長が先程より鋭く重い斬撃を繰り出した。光輝をして、思わず見とれてしまうような美しい剣閃が宙に引かれる。今度は、光絶にピシリッと小さな亀裂が入った。

「ほぅ! 強化なしとはいえ、七割くらいは力を入れたんだがな。これで亀裂を入れるだけか! 素晴らしい防壁だな!」
「ええ、ええ! 非常に興味深い! 一体これはどういう原理なのでしょう? 光そのものが質量を持っている? いや、しかし……」

 おっさん二人が大変興奮していらっしゃっる。ぐいぐいっと接近してくる戦士長と筆頭術士に若干引き気味になりながらも、光輝は困ったように答えた。

「詳しい原理は自分にも……。ただ、これは魔法と呼ばれる術理でして、魔力と魔法陣、そして詠唱を元に様々な現象を起こすことができます。エネルギーの性質が違ったり、エネルギーそのものを術として顕現させる点では異なりますけど、運用方法などは結構似てると思います」
「う~む、興味深いですね。恩恵力そのものを防壁あるいは攻撃に転用する……。う~む、真似できるでしょうか? う~む――」

 リンデンが難題を前に頭を捻る研究者のような難しい表情で考え込む。一方、ドーナル戦士長は如何にも真面目な容貌を、今は子供のようにキラキラと輝かせて光輝を見つめている。

 何だか最近、おっさんや動物の好感度がやたらと上がっていく光輝。

 何となく嫌な予感を覚えつつ、視線で「どうしました?」と尋ねると、ドーナル戦士長は待ってましたと言わんばかりに提案した。

「光輝殿。模擬戦を致しましょう!」
「え? なんですって?」

 乗り気でない心が、つい難聴系主人公のようなセリフとなって現れてしまった。しかし、戦士の魂に火がついてしまったらしいドーナル戦士長は全く気にしない。

 実際に戦闘で運用される魔法というものを見てみたいという思いと、話に聞いている光輝の剣士としての腕前が気になっていると顔に出ている。同時に、剣を交えれば大抵のことは分かる、剣を交えるのが一番手っ取り早い! という心情も透けて見える。

「……どの世界にも龍太郎タイプはいるのか」
「ん? なにか言いましたか?」

 取り敢えず、殴り合えば何とかなるだろ! と豪語する親友を思い浮かべ、光輝はついボソリと呟いた。ドーナル戦士長が首を傾げている。

 気の進まない光輝は、どうにか模擬戦を回避できないかと思考を巡らせる。が、その前に思考の海から現実に帰還したらしいリンデン筆頭が、にこやかに追撃をかけた。

「確かに、他の者達にも光輝さんのことを知って貰うなら模擬戦が一番手っ取り早いでしょうね。光輝さん、お願いできますか?」
「え……はい……」

 研究者タイプだと思っていたのに、意外にも行動派だったらしいリンデン筆頭の言葉に、光輝はつい頷いてしまった。「流されてるぞ、俺!」と心の中のミニ光輝が怒声を上げているが、時既に遅し。

 わいわいと騒ぎながら瞬く間に場所が空けられる。

 相対しているのは何とドーナル戦士長とリンデン筆頭だった。

「……あの、お二人と、ですか?」
「はははっ、お気になさらず!」
「ふふふっ、どうぞ遠慮無く!」

 シンクレア王国最高戦力だろう各団のトップが相手。しかも、前衛と後衛というナイスバランス。

 おっさん二人が似た者同士の類友であることはもはや疑いがないが、同時に、光輝という存在はトップクラスが相手をすべきほどの相手であると思われていることも疑いのない事実らしい。

 光輝は自然と胃の辺りに手を置いていた。ずくずくとした痛みを感じる気がする。周囲は期待と好奇心で溢れていて、もしここで無様を晒せばどれほどの失望と嘆きが生まれるのか……

(……重い……)

 おまけに、対人戦である。模擬戦とはいえ、人殺しを経験したばかりの光輝には尚のこときつい。早くも忌避感と恐怖が襲ってきて、震えと過呼吸を抑えるのに必死だ。

「? 光輝殿? 体調が優れませんか?」

 隠していても歴戦の戦士には何となく光輝の不調が分かったらしい。ドーナル戦士長が気遣うような表情で尋ねる。

 光輝は一瞬、「その通りです」と答えて、今からでも模擬戦を辞退しようかと考えた。

(でも……模擬戦すらできないようじゃあ、俺は……。逃げるな、逃げるな俺)

 頭を振る。己の心を叱咤する。光輝は小さく笑顔を浮かべて「問題ありません」と答えた。

 ドーナル戦士長は少しい訝しんでいるようではあったが、一応、納得して剣を抜いた。リンデン筆頭が数歩後ろに下がる。

「では、いきますぞ?」
「いつでも」

 刹那、突風が吹いた。否、正確には風ではない。そう感じるほどのプレッシャーが光輝を襲ったのだ。それは紛れもなくドーナル戦士長の威圧。殺気などの負に傾く類いのプレッシャーではない。言うなれば純粋な闘気というべきか。

 余りに苛烈で、余りに鮮烈。戦士としての戦う意志を極限まで高めたようなその圧力に、光輝は知らず息を呑んだ。

 その呼吸の乱れを読んだのか。

 気が付けば、戦士長が目の前にいた。同時に幹竹割りに迫る銀閃が視界の端に映る。

 縮地のような速度のある移動ではない。余りに初動が自然で、光輝の意識が接近されていると判断してくれなかったのだ。

「ッ!?」

 おそるべき技量に動揺しつつも、光輝の体は反射的に動く。右足を引いて半身になりながら、僅かに後ろへ傾けた重心に逆らわず縮地を発動。

 目の前を剣が通り過ぎ、ついで生き物のように跳ね上がって追撃してくるのを高速のバックステップでかわす。

 と、そこへ、

「――《地の顎門》」

 祈願が響いた。距離を取った光輝の左右の足下が流動し、砂の大地が大きな口を開ける。

 大地を成形して巨大なトラバサミのようなものを出現させ、対象を拘束する恩恵術なのだろう。仮に回避できたとしても、周囲の砂を流動して作っているので足下が崩れバランスを崩す。

 地味で小規模な恩恵術だが、実に嫌らしく効果的だ。

 それを見越してか、ドーナル戦士長が突進してくる。リンデンの意図を完全に理解している。まさに阿吽の呼吸だ。

 もっとも、

「――《光刃》」
「むっ」

 まとめて切り裂いてしまえば特に問題はない。左右から閉じてくる大地の顎門を、切断力を爆発的に高める光属性・中級魔法《光刃》で真一文字に両断する。

 光を纏う幻想的とすらいえる光輝の聖剣を見てドーナル戦士長は思わず声を上げるが、そこは流石戦士長というべきか。僅かな停滞も躊躇いもなく攻撃を繰り出した。

 ガキンッと甲高い金属同士の衝突音が鳴り響く。光輝は腕にビリビリと衝撃が伝播してくるのを感じ、僅かに目元を歪めた。

 重い、一撃だった。ただの膂力以上に。

 鍔迫り合いとなった光輝とドーナル戦士長の視線が、至近距離で合う。

「……?」

 ドーナル戦士長が怪訝そうに眉を寄せる。が、それも一瞬、

「――《砂塵の剣》」

 直後発生したのは計十二本にも及ぶ高速回転する砂の円盤だった。それが包囲するように展開され、四方八方から強襲をかけてくると同時に、ドーナル戦士長は唯一の退路である自分の背後へと飛び退いていく。

 砂塵円盤の包囲は密で、とても抜け出せそうにはない。一つに対応している隙に背後から攻撃を受けることも目に見えている。

 なので、光輝は上に逃げることにした。

「――《天絶》」

 五枚の輝く障壁が出現。一枚が足場に、他が光輝の周囲を浮遊盾となって砂塵円盤の攻撃を防ぐ。

 空中に飛び出した光輝に、好都合だと他の砂塵円盤が襲いかかった。空中では動けまいという考えが透けて見える。

 もちろん、光輝はそれを回避するために《天絶》を出したので問題はない。

「おぉ! すごい!」
「飛んでる!」

 〝飛んでる〟わけではなく、あくまで〝跳んでいる〟だけなのだが、障壁を利用した空中連続跳躍による移動方法は、傍から見ると飛んでいるようにも見えるのかもしれない。観戦していた戦士や術士達が歓声を上げている。

「障壁を足場に空中移動、ですか……。なるほど、そのような使い方が……」

 リンデン筆頭もこれは盲点だったと目を見開いている。ただし、砂塵円盤の攻撃は苛烈し行いながら。

 回避したはずの砂塵円盤がフリスビーのように戻ってくる。四方より迫ったそれらの内、二つを《天絶》で防ぎつつ、二つを切り飛ばして撃墜する。

 光輝は、下方でドーナル戦士長が何やら〝誓願〟をし出したことと、砂塵円盤を操りながら更に別の恩恵術を祈願し始めたリンデンを見て「容赦なさすぎだろ!」と心の中でツッコミを入れた。

 そして、これ以上リンデンに手数で攻められる前にと、空中で片手をリンデンへと向けると、

「――《風槌》」

 爆風の魔法を放った。ドゥッという重く苦しい音と同時に、リンデンの前方が吹き飛ぶ。リンデンは光輝が腕を向けた時点で嫌な予感がしていたのか、既に退避行動に出ていたので軽く吹き飛ぶだけで済んだようだ

 その隙に、光輝は風刃を飛ばして砂塵円盤を撃墜しながら、重力加速に身を任せてドーナル戦士長へと急迫した。

「――《闘争の魂》ッ」

 誓願により恩恵力がドーナル戦士長の肉体を強化する。

 一瞬、淡く輝いたドーナル戦士長は、光輝の放った跳び蹴り(空中からの落下バージョン)を剣の腹で受け止めると、地を滑って足跡を刻みつつもしっかり耐えきった。

「ハァッ!!」
「ッ」

 裂帛の気合いと共に剣を振り抜いて光輝をはじき飛ばす。空中で体勢を立て直し着地した光輝に、ドーナル戦士長は先程までとは比べものにならない速度で肉薄した。

 繰り出された剣閃が幾重にもぶれているかのように見える。それほどの剣速なのだ。

 それを受け止め、弾き、あるいは逸らして、光輝は戦士長の怒濤の攻撃を捌いていく。

(くっ、なんて技量だっ。速度や威力はどうにかなるっ。でも、この技量は……メルドさん並だぞ!)

 かつて対人戦のいろはを教えてくれた、今は亡き兄貴分の騎士団長。結局、傀儡とされたときでさえ、光輝は彼の剣技に追いつけなかった。

 戦士達の歓声が更に大きくなる。自分達の長が、異世界から招かれた勇者を押しているのだ。誇りと信頼が彼等の戦士としての心を高揚させる。

 だが、一方で、

(くっ、身体強化をしてなお崩せんっ。なんと堅い防御かっ。いや、恐るべきは反応速度、肉体のスペックというべきかっ)

 ドーナル戦士長も、どれだけ技を用いようとも純粋な反応速度と肉体強度で対応してくる光輝に舌を巻いていた。

 もちろん、これは模擬戦であるから、本気ではあっても全力ではない。ドーナル戦士長もまだ強化の余力を十分に残している。

 だが、それでも、一見して強化など何もしていない光輝に、強化してなお有効打を一撃も入れられないのは、一戦士としては悔しいものがある。

 しかも、

「ここっ」
「なんとっ」

 反撃の一撃がドーナル戦士長へと放たれる。胴へと迫った横薙ぎを、ドーナル戦士長は剣を盾にして防いだ。隙を作ったつもりなどなかったが、光輝はこの短時間でドーナル戦士長の剣撃に対し、僅かばかり〝慣れ〟を得たらしい。

 どよめきが起きた。ドーナル戦士長の連撃が止められたことに、戦士達が目を見開いている。

 更に光輝の反撃――

 となるはずが、そこで胴から首筋への剣撃が妙に鈍る。当然、そんな剣撃がドーナル戦士長に通じるはずもなく、逆に光輝の方がタックルを受けてしまった。

 急所への攻撃の最中にむしろ踏み込んできたことに、光輝は目を見開きつつ自ら後ろに飛んで体勢を立て直す。

「これは対処できますか? ――《憤激の大地》」

 ドーナル戦士長と距離が開いた光輝に、土石流が津波となって襲いかかった。少し距離を取れば縦横五メートルくらいの規模なのだが、近距離から展開されると視界の全てを覆う大津波だ。

「っ、ここは聖域なりて、神敵を通さずっ――《聖絶》!」

 光輝の詠唱が終わるのと土石流が光輝を呑み込むのは同時だった。

 光輝の姿が見えなくなり、辺りを砂煙が覆う。

「……ひ、筆頭。やりすぎなんじゃ」
「模擬戦であれを使うか……」

 術士達が狼狽えている。少なくとも模擬戦ではあまり使わない高威力の恩恵術らしい。当然ある程度の加減や調整はしているのだろうが、あるいは勇者様と言えど怪我の一つでもしているのでは……と、術士達が気遣わしそうな視線を向けている。

 が、その心配は無用だった。

「ほぅ、そのような障壁まで! お見事!」

 思わずリンデン筆頭が称賛の声を上げる。

 砂煙が晴れたそこには、半球状の輝く障壁内で無傷のまま立っている光輝がいた。

 砂煙が晴れると同時に《聖絶》も消える。それを見計らってドーナル戦士長が突進しようとするが、

「――天翔閃!」
「うおっ」

 光の斬撃が飛び、ドーナル戦士長の足下を吹き飛ばす。衝撃と砂の礫により、ドーナル戦士長はたたらを踏んだ。

 しばらくジッとして光の斬撃の傷痕を見つめた後、ドーナル戦士長は何とも言えない表情を見せた。そして、次の祈願をしているリンデン筆頭に向かって掌を向け制止を促した。

「……光輝殿。ここまでに致しましょうか。光輝殿の術や戦い振りはよく見せていただきました。いや、まったく見事なものですな! まさか二人がかりで責めきれないとは思いませんでしたよ!」

 快活に笑いながら剣を納めたドーナル戦士長。リンデンが大きく頷きながら祈願を止めると、戦士や術士達から一斉に歓声が上がった。

 短くも濃密で、未知の術を見ることができた見事な模擬戦に誰もが興奮しているようだ。自分達の団の長が責めきれなかったということにも随分と興奮しており、口々に光輝の戦い振りを称えるような言葉が響く。

「えっと……模擬戦、ありがとうございました」

 光輝は苦笑いを浮かべながら聖剣を納めた。唐突に始まって唐突に終わった感があるため、これで良かったのだろうかと少し首を傾げる。

 ドーナル戦士長は戦士達に同調しながら、勇者殿に負けぬよう一層精進せよと号令をかけ、ゆっくりと光輝のもとへ歩み寄ってきた。

 そして、何か迷うような、どう言葉にすべきか悩むような表情で、

「……光輝殿。光輝殿は――」

 何かを言いかけて、口を噤み、一度周囲を見渡す。そして、小声で何かを言おうと更に近づいた。

 その瞬間、

「バァーーーーーーンッ!! あなたの良き隣人っ、かもしれない! クーネでぇす!」
「ぬわっ!? 殿下っ!?」
「ひぃっ!? またクーネ様!?」

 戦士長と勇者が仲良く抱き合いながら飛び上がった。

 視線を落とせば、いつの間にか二人の足下に万歳したまま満面の笑みを浮かべる幼女がいる。本当に何という神出鬼没か。

 もっとも、クーネはその笑顔を次第に不思議そうな表情に変えると、遂には複雑そうな表情になった。どうしたのかと光輝とドーナル戦士長が首を傾げる中、クーネは、

「……クーネは偏見を持ちません。持ちませんが……勇者さまとドーナルというのはちょっと……知ってはいけないことを知ってしまった気分です」

 そう言って、上目遣いで光輝とドーナル戦士長を交互に見やる。

 そこで気が付いた。驚きのあまり、光輝とドーナル戦士長が未だ抱き合っていることに。お互いに「ギャァアアアアッ」と悲鳴を上げて飛び退く。そして、クーネになんという誤解をするのだと必死に訴えた。

「……分かってます。ええ、クーネは分かっています」

 クーネは見たことがないほど慈愛の表情を浮かべた。ドーナル戦士長が鬼の形相になった。クーネは一瞬で話題を切り替えた。

「勇者さま、戦士長、並びに筆頭術士は直ぐに王宮に戻ってください」

 どこか真剣な雰囲気で告げたクーネの言葉に、光輝は首を傾げ、ドーナル戦士長とリンデン筆頭は険しい表情となるのだった。




 王宮に戻ると直ぐにモアナの執務室へと案内された。

 執務室の中にはモアナとスペンサーの他、今にも砕け散りそうなお爺ちゃん筆頭文官のブルイット・キューブが小刻みに震えていた。目蓋もほとんど閉じているので、今にも倒れてしまいそうで気が気でない。

「おじいちゃん! 勇者さま達を連れてきました! クーネを褒めてください!」

 そう言ってあろうことか、クーネはブルイットの背中に飛びついた。

 光輝が「あっ」と声を上げる。そのままガラス細工のように砕け散ったらどうするのだと、戦慄にも似た感情が湧き上がる。

 が、飛びついたクーネを察知していたらしいブルイットがゆらりと手を振った瞬間、クーネは空中でくるんっと一回転して勢いを無くし、そのままポテッと床に足から着地してしまった。

(み、見たことがあるぞ、あれ! 南雲がミュウちゃんのタックル(抱きつき)をいなすときに使う合気の技だ!)

 今度は違う意味で戦慄する光輝。ちょっと幼女にあるまじき勢いでじゃれついてくるミュウを片手でいなすときの魔王様にそっくりな動きだったのだ。

 砕け散りそう系のお爺ちゃん筆頭文官は、実は合気の達人だったらしい。

 いつもの光景なのか、誰も気にしていない。

「クーネ様。ジィは確か、部下に呼びに行かせたはずなのですが?」

 言外に、また勝手に抜け出したなというお叱りの言葉。細くてほとんど開いてないはずの目蓋の隙間から、ジロリと剣呑な瞳が覗いている。

「事は一刻を争うかもしれません! さぁ早く本題に移りましょう! そうしましょう!」

 クーネは全力で話題を逸らした。そして、矛先を全力で姉に向けた。

 モアナはブルイットの細めの奥の瞳にビクンビクンッとしつつ、クーネの言葉に確かにと頷いて咳払いをした。

「集まってもらった理由は、先程到着したアークエット領からの使者が持ってきた書簡にある」

 そう言って開封済みの手紙をヒラヒラと見せる。

「陛下。使者はどちらに?」

 書簡を運んできたという肝心の使者がいないことにリンデン筆頭が首を傾げる。答えたのはブルイットだ。

「書簡を託し、簡単な状況説明をしたら倒れ込んでしもうたわ。どうやらほとんど休憩もなしに駆けてきたようじゃの。別室で休ませておる。二日半はかかる道程を、一日程度で走破してきたらしい」
「それはまた……」

 随分無茶な旅路に唸るリンデン筆頭。同時に表情の険しさが増す。

「つまり、アークエットで何か緊急事態が起きていると?」

 ドーナル戦士長も厳しい表情で問う。

 アークエット領は、砂漠が途切れる西の領域の内、もっともシンクレア王国に近い場所にある領だ。戦場となる王都へ食料その他の物資を運び込む上での重要拠点であり、またアークエット領自体も広い穀倉地帯を有していて重要な食糧供給地点となっている。

 そのアークエット領から緊急の使者が来るというのは嫌な予感しかしない。

 モアナが書簡の内容を口にする。

「ロスコーの報告によれば、穀倉地帯の一部が枯れ果てたらしい」
「っ、それは、しかし……」

 つい、あり得ないと口にしそうになったドーナル戦士長は慌てて口を噤む。

 この世界で〝枯れ果てた〟という現象を耳にすると、どうしても瘴気の存在を連想してしまう。

 しかし、西の自然豊かな領域に《暗き者》が侵攻する術はないはずなのだ。そのための砂漠地帯と王都であり、北の海と南の山脈地帯に配備している監視部隊なのだから。

 恩恵術を用いた風の伝令方法は迅速で、未だ異常がモアナのところへ届いていない以上、《暗き者》が侵入を果たしたとは考え難い。

 だが、現に作物が枯れるという現象が起きている以上、安易に可能性を切り捨てるのは愚の骨頂だ。

 モアナよりアークエット領を任されている領主ロスコーの手紙にも、《暗き者》の存在は確認されていないと報告されている。

 ドーナル戦士長が口を噤んだのを見て、モアナは続きを口にした。

「何が原因かは分からない。だが、少し前から作物の成長が遅いという傾向はあったようでな、その旨は報告を受けている。土地の地力が減っているのかもしれないと、ブルイットと相談して、季節の変わる頃にはクーネを派遣しようと思っていたんだが……」

 作物を育てすぎて地力が減ったというレベルの話ではなくなった、ということだ。

「早急に対応すると共に、原因を究明しなければならない。アークエットの穀倉地帯がダメになるのも看過できない問題だが、それ以上に、その原因がアークエットそのものを失わせるような事態になれば目も当てられん」

 言ってみれば、前線基地が食料庫を失うに等しい。もちろん、保険をかけて他にも王都を支える食料供給の中継地点的役割を担える領は複数ある。

 仮にアークエットが潰れても王都が傾くようなことはない。

 ない、が。それでも最大効率を誇る領が潰れる痛手は、王都を揺らがすくらいはするのだ。その〝揺らぎ〟は確かな隙となる。

 何より、守るべき背後の者達を放っておく理由など微塵もない。

「よって、クーネ」
「はい、お姉ちゃん。クーネが行って枯れた土地を再生させればいいんですよね? ついでに原因も探ってきます!」
「ああ頼む、クーネた――ごほんっ、クーネ。アークエットを助けてやってくれ」

 任せろと言わんばかりに、腰に手を当ててむんっと胸を張るクーネ。でれっと相好を崩しかけたモアナは咳払いで女王モードを維持すると、視線をドーナル戦士長達へと巡らせる。

「ことは緊急を要する。あり得ないと言いたいところだが、もしかしたら少数の《暗き者》が我等の背後に潜伏している可能性もある」
「各地の監視部隊と隣接する各領にも、アークエットの情報を共有する他、こちらから確認の人員を送っておいた方がええじゃろう」

 ブルイットの補足にドーナル戦士長とリンデル筆頭は揃って頷いた。つまり、戦士団と術士団から各地に派遣する人員を選抜しろというわけだ。

「殿下の護衛はどうします? 近衛から?」

 ドーナル戦士長の質問に、スペンサー隊長が頷いた。

「ああ、近衛から出す。陛下が泉に行く情報が漏れていた以上、私はおいそれと陛下の傍を離れるわけにはいかないが、代わりに副隊長とリーリンを筆頭に護衛部隊を編成する」

 近衛部隊副隊長の名はスパイク・ハイム。スペンサー隊長の直弟子であり、養子でもある。才能豊かで、まだ二十代前半でありながら剣技においてはスペンサーに迫るものがあるという有能な近衛だ。

 そして、リーリンは言わずもがな。筆頭術士を父に持ち、僅か十六歳にして近衛の最精鋭に選ばれる英傑だ。前衛と後衛の筆頭をこの二人に任せ、精鋭の近衛の戦士で護衛隊を編制すれば、それなりの安心感がある。

 もっとも、先のモアナが襲撃された件を考えると、まだ不安はあるわけで……

「加えて、だ。光輝。これは私の個人的な頼みなんだが……クーネの護衛隊に参加してはくれないか?」
「え? 自分が、ですか?」

 思わず自分を指差して驚く光輝に、モアナはコクリと頷いた。

「おそらく、土地の恩恵力になんらかの異常が出ているのであって《暗き者》が入り込んでいるということはないだろう。仮にそうであっても少数のはずだ。護衛部隊だけでも対処はできると踏んでいる」
「ではなぜ……」
「その少数の《暗き者》がこちらの予期しない能力を持っていたり、特別強い固体だった場合に、光輝の戦闘能力、異世界の魔法、そして何より〝瘴気の影響をほとんど受けない〟という光輝の特性は非常に心強い。もちろん、王都の守りの中に比べれば危険ではあるだろうから、光輝の意思を優先するが……どうだろうか?」

 姉が妹を想っての願いだ。多少の危険はどこにいたって存在する。光輝としては何とも断りにくいし、断る理由も特にない。ただ、何となく勇者として期待されている自分が王都から離れることが正しいのか、そこが引っかかる。

 もっと言えば、せっかく招いた勇者を外に出すことによる戦士達や王都の民への影響を考えないはずがないのに、それでも妹を優先したモアナの判断に微妙な違和感を覚える。

 どの選択肢が正しい……?

 悩む光輝だったが、不意にドーナル戦士長が口を開いた。

「僭越ながら陛下。光輝殿が少し迷っているようですので申し上げたいのですが」
「……構わない」
「では。……陛下は光輝殿のためを思って、この王都から一度離れさせようとお考えですか?」
「……」

 ドーナル戦士長の指摘に、モアナはつい口を噤んだ。光輝は「え?」と驚いたようにモアナを見やる。

「先程、模擬戦をさせていただいたことを踏まえて私の意見を言わせていただくなら、確かに、光輝殿は一度、王都を離れた方がいいかもしれません」
「なっ。ド、ドーナルさん。俺、何か不快にさせるようなことを?」
「いえ、そうではありませんよ、光輝殿。むしろ、申し訳ないが故の理由です」

 何が言いたいのだと首を傾げる光輝。視界の端に移るモアナの表情からは、どうやらドーナル戦士長が言いたいことと同じ考えを持っているようだと分かる。

 困惑する光輝に、ドーナル戦士長は告げた。

「光輝殿は……戦いというものに強い拒否感を持っていらっしゃる。違いますかな?」
「っ、それは……」

 内心を言い当てられ、光輝は言葉に詰まった。

「最初は、模擬戦故に寸止めをしようとして、加減が上手くできないのかとも思いましたが、途中で気がつきました。光輝殿は心から相手に武器を振るうことを……拒否されている」

 一瞬言葉が濁ったのは、おそらく、本当はこう言いたかったからだ。すなわち拒否ではなく「怯えている」と。

「ですが、既に勇者の存在は王都に広がっており、戦士達においては周知されております。否応なく、光輝殿への期待は高まる。……我が国の現状をご存知である光輝殿にとって、さぞかし重いでしょうな」
「そんな……ことは……」

 ないとは言えなかった。実際、恥も外聞もなく逃げ出したいくらいだった。

「陛下も気が付いておいでのようです。故に、一度、否応なく期待が高まってしまう王都を離れ、殿下の護衛という皆が納得する理由があるこの機に、後方の安全な領地を見て回ってはどうか、と思うわけです。おそらく、陛下も同じお考えなのではないでしょうか?」

 光輝がモアナを見た。

 モアナも光輝を見て、困ったように眉を下げた。その表情が何より雄弁に物語っていた。ドーナル戦士長の言葉が正解である、と。

「ク、クーネは反対です。勇者さまは大切な人なんですから、守りの堅い王都にいて安全に過ごしてもらうべきです」

 いざとなれば姉を連れて逃げてもらうことが望みのクーネは、光輝がモアナから離れることが嫌らしい。「これは嫌な流れだ!」と言わんばかりに、もっともらしい建前で王都に残そうとする。

 そんなクーネに、モアナは女王としてではなく、姉の顔で語りかけた。

「クーネ。分かっているだろう? 光輝はこの世界に対し、何の義務も義理も持ってはいない。なのに王都にいては、どうしてそれを求める声が届いてしまう。クーネが昨夜、光輝とお話をしたのは、クーネ自身も、そんなことないよって伝えるためだったんだろう?」
「そ、そうですけど……」

 腹黒幼女なクーネだが、なんだかんだで姉には勝てないらしい。言葉を探すように視線を彷徨わせるが遂には「しょうがない」と溜息を吐いた。

「なに、本気で駆ければ一日の距離だ。そう深刻に受け止めず、光輝はせっかくやってきたこの世界の、本当に素晴らしい自然豊かな領地を見学してくればいい。むしろこれは気遣いというより私からのお願いだ。光輝、是非、私達の国を見ていってくれ。砂漠と王都だけしか知って貰えないなんて、女王として示しがつかん」

 そんなことを言って、モアナは悪戯っぽい笑みを見せる。

 〝頼み〟何て言うが、どう見ても気遣いだ。ここまで心を砕いてもらって、なお王都に残ってうじうじと答えのない疑問に頭を悩ますのは光輝としても本意ではなかった。

 何より、

「見もせず、聞きもせず、感じもしないで、答えは見つからないか……」

 昨日、王都の案内をされる前にクーネに言われた言葉を思い返して、光輝は決心する。

「分かりました。護衛隊に参加します。……この世界の他の場所や人達を、もっと見てこようと思います」
「ああ、是非、そうしてくれ。光輝がどんな風に感じたのか、どんな結論に至るのか、そのときが来たら教えて欲しい」
「はい、モアナ様。……いろいろ、すみません。それと、皆さんも、ありがとうございます」

 光輝の礼の言葉に、室内の者達は小さく笑うのだった。




 その三時間後。凄まじい速さで進められた準備のおかげで、クーネと彼女の護衛隊、及び光輝は、一路、異変が起きているアークエット領に向かって出発するのだった。
いつもお読み頂ありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。

ようやく、次回より物語りが動き始めます。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ