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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

ありふれたアフターストーリーⅡ

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ありふれたアフターⅡ 光輝編 シンクレアの王都にて 前編


「ふぅ……」

 と、自然と深い息が漏れ出した。光輝は、与えられた王宮内にある客室のベッドに腰を下ろしながら、そんな自分に苦笑いを浮かべる。

 部屋の中を見渡せば、最低限置かれている家具の質はどれも悪くない。少なくとも、腰掛けたベッドはふわふわだ。ただ、質素と言えるほど飾り気はなく、ハイリヒ王国の客室に比べるとどうしても見劣りしてしまう。

 それが、この国の逼迫した現状を示しているようで、光輝は何とも言えない表情のまま、背後へ倒れ込むようにして寝転んだ。

 我知らず、再び口から「ふぅ……」と吐息が漏れる。どうやら、自覚している以上に疲労しているようだった。

 体力的な限界は全く感じないが、体の芯と頭の奥にこびりつくような重さを感じる。精神的な疲労という意味では、まさに疲労困憊という状態なのだろう。

 光輝は、窓から差し込む日差しを遮るようにして片手を掲げた。ぼんやりと己の手を見つめていると、〝あのとき〟の感触が生々しく蘇ってくる。

(っ、……殺し、たんだな、俺)

 肉を引き裂く感触。虚ろな眼差し。噴き出る血……

「うっ」

 思わず吐き気を覚えて、ベッドの上で蹲った。

(正しい、選択だったはずだ。……一刻を争ったんだ。……モアナ様達を救うために。……だから、間違っていない、はずだ……)

 言い聞かせるように、暗示にかけるように、繰り返し、がむしゃらに選び取った選択肢は〝正しかったはずだ〟と繰り返す。

――何が正しいかなんて分からないのに?

――誰よりも、自分を信じていないくせに?

 正しいはずだと心の内で叫ぶ度に、冷めた自分の声音が木霊する。それはまるで、かつて【氷雪洞窟】で相対したもう一人の自分の声音のようで、ふと冷笑する自分の姿が脳裏を過ぎった。黒い聖鎧を纏い、白髪に黒のメッシュが入った髪、そして魔物の如き赤黒い瞳……

「っ」

 バッと起き上がって頭を振る。神話決戦以来の悪い癖だ。気が付けば思考の坩堝に落ちてしまう。それも悪い思考の。

 光輝は、一度気持ちを切り替えるべく、王宮に辿り着いてからのことを思い出した。

「殺風景だったけど、謁見の間は綺麗だったなぁ」

 思わずそんな独り言が漏れるほど、正式に光輝を王宮の者達に紹介するべく通された謁見の間は、荘厳で美しかった。

 シミ一つない白亜の空間。溜息が出るほど微細で華麗な彫刻がなされた幾本もの柱。太陽の光を鏡の反射を利用して建物の奥まで取り込む構造らしく、通風口ならぬ通光口により、最奥にあるにもかかわらず謁見の間には交差する光の柱が降り注いでいた。

 そして、建物と同じ白亜の石を削り出して作られた椅子に腰掛けるモアナもまた、光の柱が交差するその奥にいることもあって、息を呑むほど美しかった。

 周りの全てが白であることから、彼女のチョコレート色の肌はとても映える。シンプルながら美しい純白の正装も、「なるほど、彼女は女王だ」と納得してしまうほど似合っていた。その上で、ただ一人有する純白の髪が、何とも神秘性を感じさせたのだ。

 周囲に側近達や戦士団、近衛部隊などがずらりと控える中、最後になって謁見の間に通された光輝は、モアナに対して戦士然とした旅装の印象しかなかったため、着飾った彼女を見て思わず足を止めてしまったほどだ。

 直ぐに我を取り戻して指定された位置まで歩き出したが、モアナの少しはにかんだような表情からすれば、光輝が見惚れていたことには気が付いていただろう。

 年上の女性に内心を見透かされたことに何とも言えない気恥ずかしさを覚えて、光輝は頭を振りつつ、回想の焦点を別のところに当てた。

「それにしても……やっぱりみんな、期待しているんだな。――勇者に」

 暗鬱とした気持ちが湧き上がる。謁見の間にいた者達は、武官も文官も関係なく誰もが〝勇者〟という存在に期待しているようだった。

 当然といえば当然だろう。

 五年前の大規模な戦いで、シンクレア王国はモアナとクーネを除いて王族全員を失ったのだ。それだけでなく、当然、大勢の戦士も失った。

 王族の有する≪天恵術≫の力は絶大だ。シンクレア王国の切り札と言える。その切り札を出して、多大な犠牲まで払って、それで討伐ではなく撃退が精一杯だったのだ。

 それほどまでに、今代の≪黒王≫は強力だった。今は受けた傷を癒やすためにまともに動けないだろうが、代替わりしたという兆候も見られない以上、手負いであってもなお≪暗き者≫達の上に君臨できる程度には力があるのだ。

 まさに怪物。おそらく過去最大の敵。そして、十中八九、彼の≪黒王≫は更に力をつけて再び襲い来るだろう。ならば、王族を大勢失った今のシンクレア王国は、再戦となったそのとき、奴を倒すことができるのか……

 見通しは明るくない。

 そんなとき、ファルティーナのお告げと共に現れたのが異世界の勇者という存在だ。

 モアナの口から、異世界の術を使うこと、瘴気が効かないこと、そしてそれなりに名の通った≪暗き者≫を単身で打倒しモアナ達を救ったことなどが告げられれば、期待するなという方が無理がある。

 だが、そうは分かっていても……

「……重いなぁ」

 潰れてしまいそうなほどに。

 かつて、トータスに召喚されたときは、なんだって出来ると思っていた。出来ないことなんてないと思っていた。世界を救ってくれという言葉の〝重さ〟に気が付くこともなく、むしろ期待されればされるほど心は高揚した。

 今は……ただ、ただ、ひたすらに恐ろしい。

 期待を裏切ってしまう可能性が。失敗することが。また、間違えてしまうことが。

 あぁ、逃げ出したい。でも、自分と戦うと、目を逸らして逃げ出したいという己の心と、戦うと約束したから。あのとき、幼馴染みの女の子と、命がけでぶん殴りに来てくれた親友に、約束したから。

 逃げるわけには、いかないから……。

 あぁ、苦しい。

「バァーーーーーーンッ!! 王女に見えて実は王女ではないかもしれないっ、クーネでぇすっ!!」
「ひぃっ、なんなんだっ!?」

 シリアスが部屋の扉と共に吹っ飛んだ。

 思考に没頭していた光輝は不意を打たれて思わずベッドの上で飛び上がった。ついでに今まで上げたことがないような情けない悲鳴もあがる。

 そんな光輝を気にした様子もなく、倒れた扉をぎゅむぎゅむと踏みながら部屋に入ってきたクーネは、ビシッと光輝へ指を差した。ついでにウインクまでパチンッと決める。

「勇者さま! たぶん辛気くさい感じになっているだろうなぁと思ったので、クーネが来てあげました!」
「え、辛気くさい? っていうか、扉……」

 どうやって扉を吹き飛ばしたのだろうと疑問に思いつつ、チラチラとクーネに踏まれる扉と彼女を交互に見やる光輝。

 だけど、やっぱりクーネは気にしない。

「王都を案内してあげます! さぁ、行きましょう!」
「ぐ、ぐいぐい来るなぁ。というか、クーネ様。許可は取ったんですか? 勝手に外出したら、またスペンサーさんやドーナルさんに怒られますよ?」
「外出とは王都から出ることだと、クーネは思います! つまり、王都内は王宮も同然! 外出にはあたりません!」
「か、拡大解釈しすぎでしょう……」

 クーネ理論が迸る。苦笑いする光輝に、クーネは「いいから黙ってクーネについてきな!」と言いたげに手招きする。何とも男らしい。

 普段なら着いていってあげたいところではある。しかし、今はどうにも気分が優れない。

 王都の人々がどれくらい光輝のことを勇者と知っているか分からないが、戦士団やモアナと一緒にメインストリートを抜けて王宮に入ったのだ。当然、大勢の人がモアナやクーネと同じアロースに乗っていた光輝を目撃している。

 王都へ出れば、また期待の眼差しを向けられるかもしれない。何より、今は酷く心が疲れていてゆっくり休みたかった。

 なので、「いや、俺は……」と遠慮の言葉を吐こうとした光輝だったが、

「クーネボディアタック!」
「ぐへっ!?」

 クーネたんはいつも唐突だ。繰り出されたフライングボディアタックにより、光輝はベッドの上に押し倒された。馬乗りのクーネがドヤ顔をしている。が、その直後には、スッと表情が改まった。光輝は、ジッと自分を見つめてくる翡翠の瞳に息を呑む。

「勇者さま。何もないところで、どれだけ祈ったって何もならないですよ? だから、まずは見たり、聞いたり、感じたりするべきです。クーネは、するべきだと思います」

 こんな部屋の中でうじうじしていても良い考えなんて浮かんでこない。まるで先程までの自分を見透かされたかのようで、光輝は思わず目を見開いた。

 一転、クーネはにぱっと笑うと、

「異世界のお話も聞きたいです! こっちの世界を知りながら、勇者さまの世界のことも教えてください! クーネは知りたいです!」
「あ、うん……そうですね。では、行きましょうか」

 コロコロ変わるクーネの雰囲気や表情に翻弄されっぱなしの光輝は、しかし、クーネの言うことも一理あると頷き、気分転換に王都の案内をお願いした。

 と、そのとき、

「な、なんだ!? 扉がっ。何があった!? 光輝、無事――」

 光輝を訪ねてきたらしいモアナ様が登場。

 そして、女王様――というか重度のシスコンは見た。溺愛する妹が、ベッドの上で男の上にまたがっている姿を。よく見れば――光輝の言い訳としては、飛び込んできたクーネが怪我をしないよう思わず抱き留めた、というのが本当なのだが――光輝の手は最愛の妹の腰に添えられている。

 なるほど。

「ファルティーナ様がおっしゃった。光輝を殺せと」
「うそだっ。っていうか、これは違うから! 誤解です、モアナ様!」

 どんな誤解を受けているのか瞬時に察した光輝が必死の弁解を図る。が、そういうとき空気を読まないのがクーネたんクオリティー。

「お姉ちゃん! すごいよ! 勇者さま、かっちかち!」

 是非、〝腹筋が〟など主語をつけてあげて欲しい。狙っているのか、天然なのかは分からないが、いずれにしろ、光輝はクーネをトラブルメイカーと認定した。

 もっとも、クーネに苦言を呈する余裕などありはしない。般若もかくやといった表情になったモアナ様が、常備しているらしい腰の剣を手に取り、

「天誅ぅうううううううっ」
「ひぃっ、真剣はだめぇええええっ」

 最愛の妹に〝イタズラ〟をした不届き者に襲いかかった。

 悲鳴を上げつつも、咄嗟に、光輝は片手でクーネを抱き締めながらどかしつつ、もう片方の手で極小の障壁を掌に作って剣撃を逸らした。一応、抜剣はしていないので斬られるということはないのだが、モアナの般若顔が抜き身の刃を連想させたので、光輝は必死である。

 動揺からの無茶な体勢での振り下ろしと、逸らされたことでバランスを崩したモアナが、そのまま光輝の上に倒れ込む。

 光輝は障壁を消すと、咄嗟にモアナを抱き留めた。

 そこへ、

「モアナ様!? 今、何やら大きな声が――」

 姉妹を父親の如く溺愛する最強の近衛隊長が登場。

 隊長さんは目撃した。ベッドの上で、娘同然に想う姉妹が、一人の男に両腕で抱き締められられている光景を。

「天誅ぅううううううっ」
「ひぃっ、誤解なんですぅうううううっ」

 王宮の一角に、再び勇者さまの悲痛な絶叫が木霊した。

 ちなみに、スペンサーの一撃は両足で白羽取りした。その際、倒れ込んだスペンサーが光輝の大事な部分に顔面ダイブし、光輝が痛みに悶絶している間に、両腕にモアナとクーネを、大事なところにスペンサーを抱え込んだ光輝を、駆けつけた王宮の人々が目撃して悲鳴を上げたのは言うまでもない。




「うぅ、酷い目にあった……」

 賑わう王都の商店街に、光輝のしょぼくれた声音が響いた。隣を、フードを被って顔を隠したモアナとクーネが歩いている。モアナは申し訳なさそうに、クーネはからからと快活に笑いながら。

「こら、クーネたん! 光輝に迷惑をかけたんだから、少しは反省しなさい!」

 一応、二人とも光輝に謝罪済みではあるのだが、クーネが反省しているのかは見た目からは疑わしいところ。珍しくも、モアナはメッとお叱りの言葉を放つ。

「あたふたする勇者さまが面白くてごめんなさい!」
「すごいわ、クーネたん! ちゃんとごめんなさい出来たわね!」
「いや、微妙に謝ってないっていうか、普通にディスられた気が……」

 妹にだだ甘なお姉ちゃんと、何だか色々と分かっていてやっていそうなクーネに、光輝はジト目を送った。

「さぁさぁ、勇者さま。王都の名物を食べさせてあげますよ! お姉ちゃんのお金で!」
「任せてクーネたん! お姉ちゃん、こんな時のためにお小遣いは沢山貯めてあるから!」

 意外な事実が判明。女王様の個人で使えるお金はお小遣い制だったらしい。

 謁見の間で光輝の紹介がされたとき、その場には今にも砕け散りそうなヨボヨボのお爺ちゃんがいたのだが、このお爺ちゃん、実は筆頭文官(宰相的な立場)らしく、財務関係も担っていると紹介された。

 ヨボヨボお爺ちゃんに、お小遣いを渡されてホクホク顔をしているモアナ様……

 そんな情景を思い浮かべて、光輝はなんだかほっこりした。

 だが、取り敢えず、言うべきことは言うべきだろう。

「モアナ様。クーネ様のさりげないおねだりに弱すぎやしませんか?」

 実はお腹の中が黒いかもしれない妹ちゃんにゲロ甘すぎやしませんか? と、光輝は苦笑いしながら言ってみた。

 が、反論はモアナ様ではなく、小さなギャングから飛んできた。

「? 勇者さまは八歳の女の子にお金を出して欲しいのですか? そうなのですか? 無一文で無職の勇者さま!」
「ごふっ!?」
「分かりました。お金がない大人な勇者さまに、八歳の女の子であるクーネがおごってあげます! ……一生懸命貯めたお小遣いだけど、勇者さまのために使います!」
「もういい! もう分かったから止めくださいぃ! 周囲の目が痛いんです!」

 そうですか? と不思議そうな表情で首を傾げたクーネ。光輝は思った。この幼女、絶対、分かっていてやってやがる、と。

 最近の幼女は恐ろしい。脳裏に浮かぶ魔王の娘を思い出し、また、あの父親の性質を受け継ぐ恐ろしい幼女と、この目の前のお腹の中が黒そうな幼女が仲良く手を取り合っている光景を思い浮かべてしまい、ぶるりと身震いする。なんて恐ろしい光景だろうか。まるで悪夢じゃないか。

 光輝は、さりげなく誓いを立てた。幼女は、極力刺激しないようにしよう、と。

 と、そのとき、道の先に何かを見つけたのか、クーネがそろりと駆け出した。本当に突然動くなぁと思いつつ、わたわたと追いかけるモアナの後に続く光輝。

「……あれは」

 視線の先で、クーネは巧みに人混みをすり抜けていく。それを見て、光輝は思わず感嘆の声を上げた。

 誰も足下を駆ける小さなクーネには気が付いていないようなのだ。驚くことに、どうやらクーネは人の視界や視線に乗っている意識を感じ取っているようで、それを避けることで暗殺者もびっくりな隠密行動を取れるらしい。

「クーネは頭がいいんだ。いや、察しがいい、というべきか。驚くほど人の思いや考えを読み取る。もしかして心を読む能力でもあるのではないかと思うほどにな」
「思いを察する……」

 すいすいと人混みを抜けていくクーネを見ながらモアナが言う。

「あの、人に見つからずに動き回るというもの、その応用みたいなものらしい。よく見て、聞いて、感じていれば、誰が何に意識を向けているのか分かるのだとか」
「それで戦士団の荷物に紛れ込めたのですか……」
「ああ。凄いだろう! 私のクーネたんは!」
「そ、そうですね。ある意味、凄まじいかと……」

 ドヤ顔で妹を自慢する姉。確かに内容は凄まじいのだが……

 とある果物屋の裏側に忍び込んでいくクーネを見ると、なんて才能の無駄遣い、と思わずにはいられない。

 夫婦でやっている果物屋らしく、店には色とりどりの瑞々しい青果が並んでおり、商品棚の奥ではご主人が客寄せの声を元気に張り上げていた。

 その後ろに這い寄るクーネたん。そして、

「バァーーーーーーンッ!! いつから王女だと錯覚していた!? クーネでぇすっ!!」
「ギャァアアアアッ、何事ッ!?」

 ご主人がひっくり返った。おそらく恩恵術なのだろうが、いきなり背後で爆音が鳴り響き、同時に大声を張り上げる誰かが現れたのだ。それはびっくりもするのだろう。

 尻餅をつきながら振り返ったご主人は、そこに満面の笑みを浮かべて万歳するクーネを発見して、がくりと肩を落す。小さく「またクーネ様ですか……」と困ったような表情となる。

「ジルオおじさん、クーネが来ました! ククリを三つ、くださいな!」
「毎度ありがとうございます。って言いたいところなんですが、来る度に脅かすのは勘弁してもらえませんか、クーネ様」

 どうやら、クーネはこの店の常連客で、ついでにご主人を驚かせる常習犯でもあるらしい。

「あはははっ、主人のことはどうでもいいですけどね。クーネ様。ほどほどにしないと、また戦士長様に叱られますよ」

 尻餅をついたままの旦那を放置して、手早くククリを選別する恰幅のいいご婦人。まさに、商店街のおばちゃんといった様子の彼女に、追いついたモアナが申し訳なさそうにお金を渡す。

「いつもクーネがすまない。ことのほか、この店の果物が気に入っているみたいでな」
「あら、これは陛下。今日は姉妹揃ってお出かけなんですね。まぁ、気にしないでください。なんだかんだ言って、うちの人もクーネ様がいらっしゃるのを楽しみにしているんですから」
「そう言ってもらえると助かる」

 光輝は、一歩下がって果物屋の夫婦とモアナ達のやり取りを見やる。

 クーネの登場で周囲の人も王族姉妹がいることに気が付いたようだが、彼等の表情には親しみが見て取れた。過度の敬意はなく、非常に近しい関係のように思える。だが、軽く見ているというわけでもなく、誰の目にも一見して分かる敬愛の念が見えた。

 どうやらシンクレア王国の王族と民の間の隔たりというものは非常に小さいもののようだ。

 だが、光輝が気になったのはそこではなかった。気さくで親しみのある王族なら、リリアーナ姫を知っている。光輝にとっては、それほど珍しいというものでもない。

 光輝がその気になる点をジッと見つめていると、その視線に気が付いたのかご婦人が声をかけてきた。

「おや、そちらは……もしかして今噂の勇者様ですか?」
「え? あ、はい。一応、そう呼ばれています」
「あらまぁ、でしたらククリ三つと言わず、少しはおまけしないといけませんねぇ。それはそれとして、これがどうかしましたか? 先程からずっと見ていらっしゃるようですけど」

 そう言って、ご婦人がポンッと叩いたのは、彼女が腰に帯びた剣だった。

 そう、果物屋のご婦人は帯剣していたのだ。よくよく見れば、ご主人はもちろんこと、クーネに声をかけている隣の店の店員達も、往来を行き来するほとんどの人も、みな最低限の武装をしている。

 ただの商店の人が、ただの主婦らしき人が、みな腰に剣を帯びているのだ。

 光輝は困惑気味に尋ねた。

「あの、貴女もご主人もこの店の人なんですよね? 実は戦士団に所属していて非番の日に手伝っているとかではなく」
「? ええ、ええ。私達はここでずっと商いをしておりますけども……」
「えっと、じゃあ、どうして帯剣しているんですか?」

 何故そんなことを尋ねられるのかが分からないといったご婦人の様子からすると、どうやら王都民の帯剣はごく普通のことであり、何か特殊な事情があるわけではないようだった。

「そりゃあ勇者様。ここは世界の最前線ですよ? 戦士の方々こそ戦場の専門家とはいえ、果物屋が戦っちゃあいけない理由もないし、≪暗き者≫は果物屋だからって見逃してくれるような連中じゃあないでしょう?」
「た、戦うんですか?」
「ええ、ええ、そりゃあ戦いますよ。この王都が戦場になるようなことがありゃあねぇ。もちろん、そうならないことを祈りますけども。何もせず、何も出来ず、ただ死ぬなんてまっぴらごめんですよ。なぁ~に、普段から旦那を引っぱたいているんです。≪暗き者≫の一匹や二匹、どうってことありませんよ」

 そんなことを言って、隣で情け無さそうな表情をしている旦那をペシペシ叩きながら快活に笑うご婦人。

 最前線――その意味をこれでもかと実感した。

 この王都に残っている(・・・・・)人達は、誰もがいざとなれば戦う覚悟があるのだ。王都民総戦力を覚悟して日々を過ごしているのだ。

 隣のモアナを見れば、静かな表情で視線を落としている。落ち込んでいる――というわけではないようだ。静かに、彼等の覚悟を受け止めている、そういう表情だ。

 光輝は周囲を見渡した。

 明日をも知れぬ、次の瞬間には生存の権利を賭けた殺し合いになるかもしれない。そんな覚悟を持って生きている人々。

 ポロリと、心の内がこぼれ落ちた。

「こわく、ないんですか?」

 ご婦人はキョトンとした表情になった。そして、からからと笑いながら、

「そりゃあ、怖いに決まってますよ! でもねぇ、ほら、この家のククリと、これを楽しみにしてくれているお客さんのためなら、まぁ、ちょいと頑張れるってもんです。ねぇ、あんた?」
「まぁな。俺等がククリを売ってやらなきゃ、誰が王都でククリを売るんです。頑張って戦ってる連中がククリの一つも食えないなんて、果物屋の店主として認められねぇってもんです」

 肩を竦めたご主人が、奥さんの選別したククリを軽く洗い差し出してくる。ククリは、見た目は黄色いリンゴのような果物だった。クーネが早速かじり付いている。王女はどこにいったとツッコミを入れたくなるほど豪快な食べっぷりだ。

 クスリッと笑いながらモアナも口にし、視線で光輝に「食べてみろ」と促す。

 光輝は、夫婦の言葉に心が波を立てるのを感じながら、一口、食べてみた。途端、濃厚な甘酸っぱい味が口の中に広がり、豊かな香りが鼻腔を擽った。一番近いのは、すももだろうか……だが、地球でもおいそれと食べられないような美味である。

「美味い……」
「そうでしょう、そうでしょう! クーネのオススメなので、当然だと思います。クーネは当然だと思います!」

 店主夫妻以上に、何故かクーネが凄まじいドヤ顔だ。口の周りを果汁でべっとべとにしながら。ご婦人が再びからからと笑いながら、クーネの口周りを丁寧に拭ってあげている。モアナが「め、面倒をかける」と女王様なのに恐縮している。ご主人がそんなモアナを見て微笑んでいる。

 彼等を見つめる光輝は、もう一口、ククリを口にした。これのために、これを食べたいという人達のために、果物屋の夫婦はいざとなれば戦うのだという、その言葉を噛みしめながら。




 冴え冴えとした月が天頂に輝く夜。

 陽が落ちるまでクーネに連れ回された光輝は、客室のベランダで手すりにもたれながら、ぐったりと月を眺めていた。王都は、地球の都会と異なり、すっかり明るさを沈めてひっそりとしている。

 冷たくも神秘的な月がオアシスに反射して双子月のように見える光景は、中々の絶景だ。キラキラと輝く水面も幻想的で美しい。

 光輝は何となしに水面のゆらめく月に視線を落としながら、クーネのお転婆振りと、チョロ姉でだだ甘なモアナを思い出し、口元に小さな笑みを浮かべた。

 あの果物屋でククリを食べた後のことを思い出す。

 次に案内されたのは王都一番の武器屋だった。

 店の裏口から「バァーーーーーーンッ!! 王女の定義を調べ直してこい! クーネでぇすっ!!」と登場し、同い年くらいの男の子が「ギャァアアアアッ、またクーネ様が出たぁっ!?」とひっくり返った……

 その次に訪れたオアシス川の渡し船屋では、わざわざ水中から「ザバァーーーーーーンッ!! 王宮の穀潰しだって? 否定はできない! クーネでぇすっ!!」と飛び出し、「ギャァアアアアッ、いつもなんで水中から!?」と叫びながら渡し船屋のおっちゃんがひっくり返って川の中に落ちた……

 でもいつものことなのか、「勘弁してくださいよ」と笑いながら普通に船に戻り、恩恵術でクーネ共々服を乾かして……

 実は完全包囲しながら光輝達を尾行していたスペンサー率いる近衛隊と、ドーナル率いる戦士団の背後に回り、「バァーーーーーーンッ!! いつまでも王女だと思うなよ! クーネでぇすっ!!」と出現し、「ギャァアアアアッ、殿下!? なんで、殿下がそこに!?」と近衛と戦士達の自信を粉々に打ち砕いたり……

 出現三秒で混沌をもたらす者とはよく言ったものである。

 だが、そんな破天荒でお転婆なクーネを、光輝はもう、ただの悪戯好きの女の子と思わなかった。

「見て、聞いて、感じるため、だったんだろうな……」

 おそらく、今日出会って直接言葉を交わした人達は、クーネが選別し、もっとも光輝に影響を与え得る言葉を持つ者達だったのではないだろうか。

 でなければ、ほんの少し言葉を交わしただけなのに、今、これほど光輝の心が揺らいでいるはずがない。

「みんな……生き生きしてたなぁ」

 出会った人達は、誰も彼も、自分の生き方に自信を持っていた。自分を誇っていた。

 どうすれば、彼等のように自分に自信が持てるのか。誇れるのか……信じられるのか。

「この世界で、求められるままに戦えば……分かるのか?」

 でも、それじゃあ、トータスに召喚されたときと何が違うのか……

 光輝は頭を振った。また思考の坩堝にはまりそうだった。召喚され、初めての殺しを経験し、この世界の事情や生きる人々の話を聞いて……心が疲れ切っている。

 今日はもう休もう。そう決めて、光輝は踵を返した。

「こんばんは、クーネです」
「ひぃいいいいいっ!? いつの間に!?」

 にっこり微笑みながら、いつの間にか直ぐ後ろにいたクーネたん。光輝の絶叫が木霊した。


いつもお読み頂ありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。

話が進まないなぁという感想は甘んじて受ける所存っす。
ただ、光輝が変わるために、より多くの出会いや経験を積んで欲しいと思うところ、
この王都での話はあまりダイジェストして飛ばしたくないなぁという……
精神面での話を書く場合、どうしても長くなるんですよね……
というわけで、読み手としては少々つまらない展開が続きますが、光輝編に限っての展開だとご容赦願えればと思います。
まぁ、「帰還者達の集い」にある通り、一週間後にはあの方が登場してしまいますので、光輝に残された時間もあと一週間という……

しかし、クーネ目立つなぁ……当初はこんなはずじゃなかったんだけどなぁ。
書いてると何故か、頭の中に「この世界がゲームだと~」のポイズン○んがね……
白米のプロットはいつも即死するんだ……

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