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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

ありふれたアフターストーリーⅡ

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ありふれたアフターⅡ 何故、勇者なんだ?

一万二千も書いたのに話が進まねぇ……

 分からない。

 彼は敵なのか? 話し合いの余地は本当にないのか?

 分からない。

 モアナの言葉は真実なのか? 本当は彼等にこそ義はあるんじゃないのか?

 分からない。

 よく知らないまま、意思のある存在を斬ることが正しいのか?

 分からない。

 襲ってきた以上は敵だ。敵は倒すべきだ。その判断は正しいはずだ。……本当に?

 分からない。

 モアナ達を信じるべきだ。……本当に?

 分からない。

 自分の判断は本当に正しいのか? 信じたものは確かか? 何かを見落としてはいないか? 見るべきものから目を逸らしてはいないか? 見誤ってはいないか? 都合良く考えてはいないか?

 分からない。分からない。分からない!

『ハッ、腰抜けがっ』

 一瞬で駆け巡り、空転する思い。それを見透かしたように嘲笑う声が、光輝にハッと我を取り戻させる。

 気が付いたときには、眼前に凶爪が迫っていた。

「ッ!」
『ぬっ』

 意表を突かれても、積み重ねた経験と最高のスペックが体を動かす。凄まじい勢いで跳ね上がった聖剣が、ニエブラの爪を上方へ逸らした。

 いとも簡単に己の攻撃が逸らされたことに、ニエブラが驚愕の声を漏らす。まさか、青ざめた表情で息を乱しながら怯えるように体を震わせる青年が、これほど俊敏な反応を示すとは予想できなかったのだ。

 もっとも、動揺は一瞬。通り過ぎる瞬間に、瘴気の爪を振るう。自らの肉体を遮蔽物代りに、死角から光輝を襲わせる。

 だが、鳴り響いたのは断末魔の悲鳴でも、肉を裂く生々しい音でもなかった。

 シャァアンと、戦場には似つかわしくない金属が擦れ合う澄んだ音色が一つ。死角より放たれた瘴気の爪が、光輝の聖剣によって逸らされた音だ。瘴気の爪の動きに合わせて軌道だけを逸らしたのである。

『なにっ』

 今度こそ動揺をあらわにしたニエブラ。そんな彼の腹部に衝撃が走る。

『ごふっ!?』

 内臓を攪拌されたのかと思うような衝撃に一瞬意識が飛ぶ。上下の感覚もなく、地面に叩き付けられて意識を取り戻したニエブラは、どうにか光輝へと視線を走らせた。

 そこで片足を上げている姿を見て、ようやく自分が蹴り飛ばされたのだと理解する。

 恐るべき技量であった。初撃に対する反応速度もさることながら、死角からの攻撃に対する感知能力、全ての攻撃を防ぐではなく綺麗に逸らす技、そして完璧なカウンター。

 だが、しかし、

(なんなのだ!? あの男、一体なんなのだ!?)

 ニエブラは恐れるよりも困惑する。歴戦の戦士もかくやという凄まじい技量を有していながら、視線の先の青年は未だに怯えたような眼差しをニエブラへと向けているのだ。

 ただの蹴り一つで、ニエブラの防御力を紙くずのように突破し、直ぐには立ち上がることもままならない状況に追い込んでおきながら、一体何を怯えているのか。

 あるいは、ただの演技なのではと推測するニエブラであったが、光輝の必死に何かを押し殺している様子からは、とてもそうは思えない。

 だからこそ分からない。あるいは怨敵たる女王の近衛であるスペンサーすら凌駕しているだろう戦士の、ちぐはぐな在り方が理解できない。

(くっ、眷属ももう持たんか。ならば、優先すべきはっ)

 理解不能な新手よりも、倒せれば確実に敵側を瓦解させられる、あるいは怪我を負わせるだけでも動揺を誘える相手への攻撃を優先する。ならば、撤退も叶うだろうと。

 ニエブラの眼光が光輝から逸れてモアナへと向けられた。

『ウォオオオオオオオオオオンッ!!』

 鼓膜を吹き飛ばすかのような絶大な咆哮。途端、ニエブラの体から尋常でない密度・量の瘴気が噴き出す。

 まるで空間そのものを黒のインクで塗り潰したかのような猛烈な瘴気の放出は、ニエブラ自身にとっても危険な行為だ。莫大な生命力を放出するに等しいのだから。

 だが、イレギュラーが存在する戦場で、より確実に撤退するには最良の選択。それを示すように、ニエブラの放出した瘴気は幾百の強靱な爪へと変化する。

「陛下っ!」
「祈願するっ、この――」
「くっ」

 アニールが咄嗟にモアナを庇うべく飛び出し、リーリンが焦燥を浮かべながら防壁の恩恵術を行使しようとし、モアナが冷や汗を流しながら迎撃せんと覚悟を決めたその瞬間、数えるのも馬鹿らしい瘴気の爪が弾幕の如く襲いかかった。

「それだけは、させない! ――≪天絶≫!」

 黒と爪の津波を前に、光輝は瞬間移動と見紛う踏み込みで割り込んだ。

 モアナが「光輝っ」と身を案じるような声音で名前を呼ぶ。

 モアナの言葉は正しいのか。その声音を聞けば、彼女が自分をだましているだなんて思えない。自分の身が危ういときに、少し前に出会った素性の定かでない自分を案じるような人が、自分を利用しているだなんてどうして思えようか。

 だが、

(そうじゃないっ、そうじゃないんだっ。俺が信じられないのは――)

 まるで、攪拌されたミキサーの中身のようにぐちゃぐちゃな内心。それでも、守らなければという思いが光輝を動かす。

 速攻で発動できる中で、もっとも広範囲を守れる光属性の防御魔法――≪天絶≫。複数枚の輝く障壁を同時に展開できるこの魔法で、急迫する瘴気の爪の尽くを阻んでいく。

 夜闇が降りたのかと錯覚するような瘴気の中で、まるで希望の灯火のように輝く障壁が無数に飛び回る光景は幻想的ですらあった。

 確実に防ぎ、そして光輝の聖剣が打ち払う。

 スペンサー達歴戦の戦士をして息を呑むニエブラの猛攻を完璧に捌く姿は、なるほど、確かに大いなる存在が招くだけのことはある。素晴らしい戦士だ。

 瘴気が霧散していく中で誰もがそう思った。光輝の直ぐ傍にいて、今にも崩れ落ちそうな表情で必死に攻撃を防ぐその横顔を見たモアナ以外の者達は。

『おのれっ、どこまでも邪魔をっ!! っ、次こそは確実に仕留め――』
「次など与えんぞ」

 ニエブラが、光輝の脚撃の衝撃からようやく立ち直り、瘴気に紛れて撤退しようとしたそのとき、その瘴気を突き破ってスペンサーが飛び込んできた。

 咄嗟に爪を振るうニエブラだったが、流れる水のようにかわしたスペンサーの剣が、遂にニエブラの胴体を捉えた。

『ぐがっ!?』
「終わりだっ」

 裂帛の気合いが迸る。スペンサーの剣が薄い緑色の輝きを持つ風に包まれた。

 ニエブラの血風が舞う中、苦し紛れに繰り出された顎門の一撃をかわしたスペンサーの幹竹割りがその首へと吸い込まれる。

 ザンッと、スペンサーの剣が振り抜かれた。倒れ込むニエブラの巨体。そして、転がり落ちるニエブラの頭。

『かち、く……ごときがっ』

 切り離されてなお戦意を失わないニエブラは、しかし、その肉体的限界故に、最期に恨みの言葉を吐いて沈黙した。瘴気が霧散し、ニエブラの瞳から光が消える。

 ふんっと鼻を鳴らして剣を納めたスペンサーが、「状況報告!」と張りのある声をあげる。途端、結局一人も欠けることのなかった近衛達が次々と無事である旨、ニエブラの眷属を全滅させた旨、ダリオが腕の骨を折ったものの重傷というほどではない旨を伝えてくる。

 細かい傷は多いようだが、恩恵術により自己治癒力を高めることで、単純骨折くらいまでなら数分で癒やせてしまうようだ。

「勇者殿! 陛下を守っていただきありがとうございました。いやぁ、流石はフォルティーナ様に選ばれた戦士ですな。誠、見事な手腕でありました」

 スペンサーが一点の曇りもない称賛と感謝を込めた表情を光輝へ向けた。他の戦士達も同様だ。リーリンやネイサンなどは、敬意を示しながらも好奇心に満ちた眼差しを向けている。光輝の術が気になって仕方ないのだろう。

「あ、いえ、そんな大したことは……」
「ははっ。あのレベルの≪暗き者≫の命を賭けた猛攻を凌いでおいて、〝大したことは〟とは! 頼もしいですな! 勇者殿、改めて、よろしくお願い致しますぞ」

 人好きのする笑顔で握手を求めるスペンサー。光輝に対して、優れた技量を持つ戦士でありながら謙虚さも持つ好ましい青年という印象を抱いているらしい。

 だが、そんなスペンサーに対し、そして同じような表情をして集まってくる戦士達に対し、光輝は握手に応じながらも、どこか困ったような表情を返す。

「あの、できれば名前で呼んで貰えませんか? 勇者ではなく。光輝で構わないので」
「おお、それは嬉しいですな。では光輝殿と。私のことはスペンサーと呼んでいただければ」

 これまた光輝の言葉をフレンドリーさのあらわれと捉えたスペンサーがますます好意的な眼差しを向ける。初老の戦士の好感度がぐんぐんと上がっていく。リーリン達も同じようだ。

 光輝の表情はますます、まるで苦い食べ物を口いっぱいに頬張って、しかしそれを表情に出さないように必死に堪えているような、そんな表情となっている。

「光輝、私からも感謝の言葉を贈らせてくれ。その卓越した技量にも敬意を贈る。何か礼をしたいところだが……ともあれ、今襲撃を受けたようにあまりのんびりしているわけにもいかない。直ぐに出発したいと思うのだが……」
「あ、はい。異論はありません。どうやらモアナ様達がここに来ている情報が漏れていたようですしね。確かに、急いだ方がいいと思います」

 どことなく水を差すような感じでスペンサー達との会話に入ったモアナに、光輝はホッとしたように肩から力を抜いた。

 再びスペンサーを先頭に森の境に向けて一行は足早に進んでいく。

 やがて見えてきた森の境。その手前に陣取っている複数の大きな影を見て光輝の手が聖剣の柄へと伸びた。

「光輝、大丈夫だ。あれは私達の騎乗用の動物だ」
「……騎乗用、ですか? 大きなトカゲに見えますけど」
「うむ。アロースという種でな、平べったい胴体と長い首が特徴だ。走力が高く、揺れにくい。ああ見えて主食はフルーツで人懐っこいんだぞ?」

 動物を利用した移動手段といえば、馬が常識である光輝からすると、体長二メートルを越える凶悪な顔面のトカゲが騎乗用というのは少しばかり困惑してしまうところだ。

 近づくにつれ、首輪やU字型の柵のようなものや腰をかける椅子のようなものが背に取り付けられているのが見えてきた。立ったままでも、もたれるような形で座ることもできる鞍なのだろう。

 一見すると今にも「ひゃっはー! 人間だ! 食料だ! 生のまま食べちゃうぜ!」という感じで襲いかかってきそうな雰囲気なのだが、そういった装備を見る限り、確かに、この世界での移動手段のようだ。

(なるほど、魔人族が騎乗していた魔物みたいなものか……。でも、う~ん……)

 一応、危険な存在ではないと納得した光輝だが、今度は別のものが気になった。

 アロースは全部で十頭いるのだが、その内、もっとも体格がよく風格もあるアロースの頭の上に、大きなリボンが取り付けられていたのだ。ピンクの。凄くピンクの。

 凶悪な面差し、ギラリと輝く眼光、グルゥと小さく漏れる唸り声、威風堂々とした雰囲気……だが、頭の上にピンクのリボン。

 なんてシュールなんだ。これがこの世界の人達の感性なのか? それとも、必要不可欠な装備なのか? いや、でもリーダーっぽいやつ以外はリボンなんてしてないし……

 光輝は混乱した。

 そんな光輝の視線を辿って何を見ているのか察したらしいモアナが、ちょっぴり自慢げに、リボンをしたアロースへと近づく。

「ふふ、どうだ? 可愛いだろう? この子が私の専用騎獣だ。名前はハウムだ。よ~しよし、ハウム~、主が帰ったぞ~。寂しかったか?」

 なでなで、すりすりとハウムの頭を撫でるモアナ。なるほど、ただの騎獣というだけでなく、確かな愛情があるようだ。ペット、もしくは相棒という位置づけなのだろう。

 お互いに信頼しあって――

「グルァッ」
「あたっ!?」

 ハウムの頭突きが炸裂した。モアナが勢いよく仰け反る。「やっぱり凶暴なのか!?」と焦る光輝だったが、アニールもスペンサー達も気にした様子もなく自分の騎獣と出発の準備をしている。

「ふふ、なんだ、やっぱり寂しかったんだな? 帰ったらたくさん構ってやるからな~――いたっ!?」

 可愛い奴め! といった雰囲気で再度ハウムに抱きつこうとしたモアナに、かかと落としならぬ顎落としで脳天直撃が炸裂する。

「……あの、大丈夫ですか?」
「あはは、問題ないよ、光輝。ハウムは昔から甘えん坊でな。私が近づくとこうして直ぐにじゃれてくるんだ」
「グルゥッ」
「いや、あの、どう見ても……」

 光輝の方へ振り返ったモアナの頭を、ハウムがパクッといった。モアナがジタバタともがいている。どう見ても捕食されているようにしか見えない。

「こ、こらハウム! 今は遊んでいる場合じゃないんだ! だから、あ、痛い! ハウム、ちょっとだけ、いや、かなり痛いから! ほら、良い子だから離し――アッ」

 ハウムの頭をペシペシとタップしてギブアップを伝えるモアナ。ハウムは何かを訴えるように、あるいは積年の恨みを晴らすかのようにモアナをカジカジとする。

 見かねた光輝が助けを求めるようにアニールを見た。アニールは溜息を吐きながら、ちょいちょいとハウムの頭の上を指差す。

 光輝は恐る恐るハウムに近づいた。

「えっと、ハウム?」
「ぐるぅ」

 光輝が視線をハウムの頭上に向ければ、ハウムは「頼む」と言いたげに頷く。モアナに歯が食い込んだ。草食動物の歯なので突き刺さったりはしないが、苦しいことに変わりはないだろう。モアナから「あぅ!?」と小さな悲鳴が上がる。

 光輝は、そっと手を伸ばし、ハウムの頭の上にあるリボンを取ってやった。

 ハウムは眼差しで光輝に感謝を伝えると、まるで唾でも吐き捨てるように、モアナを「ぺっ」した。

「うぅ、ハ、ハウムったら。本当に甘えん坊なんだから」

 暴漢に襲われたかのように崩れ落ちながら、唾液でべっちょりした顔を拭うモアナ。口調が変わっているのは、少し動揺しているからだろうか。何とも言えない表情で自分を見下ろす光輝から、恥ずかしそうに視線を逸らしている。

「じゃ、じゃあ光輝。私の後ろに乗ってくれる――ごほんっ、後ろに騎乗してもらえるかな?」
「あ、はい」

 未だべっちょりしたまま、しかし、女王の威厳を取り戻すべく口調を戻したモアナに従い、光輝はハウムの背に乗った。やはり、基本は立ち乗りらしい。

 モアナが乗り込む際、「チッ」という音がハウムの方から聞こえてきたが……まさか舌打ちではあるまい。

「ん? あれ? リボンが……」

 騎乗して気が付いたらしい。モアナは、ハウムのリボンはどこかしらん? と言った様子で周囲をキョロキョロと見渡している。リボンは光輝の手の中にある。

 ハウムが長い首を逸らして光輝を見つめた。その瞳には一見して分かるほど切実な想いが宿っていた。すなわち、「この女、どうにかしてくれ!」と。

「……さっきのでどこかにいってしまったみたいですね。モアナ様、襲撃の件もありますし、そろそろ出発した方がいいんじゃないでしょうか?」
「そ、そうだな。うむ、すまない光輝。あのリボンはハウムのお気に入りだったんだが……今は、そんなことを言っている場合じゃないな」

 ハウムの視線に殺意が宿った気がした。光輝には分かった。ハウムの瞳が「誰があんなもん気に入るかボケェ! いつか死なすぞ!」と訴えていることが。

 女王とその専用騎獣の関係を何となく察した光輝は――そっと、リボンを懐に入れた。世の中には、なかったことにした方がいいこともあるのだ。

 ハウムの瞳が輝いている。光輝への好感度がぐんぐん上昇しているようだ。「くるぅ♪」と、心なしか機嫌の良さそうな鳴き声を上げている。

「ふふ、一緒に走れるのが嬉しいんだな? 可愛い奴め! だが、今日はお客人がいるんだ。丁寧な走りを頼むぞ」
「グルァ!!」

 ただ返事なのか、それとも「嬉しいわけねぇだろ、ボケェ!」という否定の叫びなのか、何にしろ力強いハウムの咆哮を合図に、一行は森を出るのだった。




 森を出た直後、光輝の視界に飛び込んできたのは砂色の世界だった。見渡す限り、地平線まで砂色が続いている。背後の森が少数であるというモアナの言葉は、確かに真実だった。

「グリューエンとは……違うな」

 それが、広大な砂漠を見た光輝の感想だった。

 トータスに存在する大砂漠。赤銅色の世界。同じ熱と砂で満たされた世界。

 だが、光輝には分かった。グリューエン大砂漠と、この砂漠は決定的に異なると。上手く表現する言葉は見つからなかったが、敢えて言うなら――

「死んでる」
「……うむ。その通りだ。ここは死んだ世界だ」

 光輝の言葉を肯定したのはモアナだ。驚くほど揺れが少なく、それでいて驚くほどの速度で砂上を進むハウムの上で、U字型の柵に掴まりながら肩越しに振り返ったモアナの瞳は悲哀に満ちていた。

「ただの砂漠ではないのだよ。恩恵力を、生きるために力を、根こそぎ奪われた結果だ。かつて、百年ほど前に起きた大規模な戦争の前は、ここも緑豊かな森の中だったらしい」
「戦争……」

 百年ほど前に起きた≪暗き者≫と人類の何度目かの戦争。否、決戦。

 盟主として先頭に立ったのはシンクレア王国の当時の王だった。激戦の果て、人にも、自然にも多大な被害を出しながら、それでも彼の王は当時の≪暗き者≫の王を討つことに成功した。

「ご先祖様は、≪暗き者≫の軍勢を退けた。代償に国土の八割から自然が失われたわけだが……それでも変わらず王都の周辺だけはまだ自然が残っている。偉大な戦果だと思うよ」
「遷都はしなかったのですか?」

 この〝死んでいる〟としか表現できない砂漠を見れば分かる。とても、人が生きていける場所ではない。国土の八割が死んだのだ。王都を移し、再興を図るのは当然のように思える。

 光輝の疑問に、モアナは遠くを見つめながら口を開いた。

「≪暗き者≫の王――尋常ならざる瘴気の濃度で黒一色に見えることから、≪黒王(こくおう)≫と私達は呼んでいるのだが、そいつは、長く生き、力を蓄えた≪暗き者≫の中で最強の存在のことを言うんだ」
「黒王……」
「分かるか? 血筋ではないんだ。一度討てば、それで終わる存在ではないんだ。どんな時代にも≪黒王≫は存在する。力の大小はあれど、な」

 モアナは遠くを見つめていた視線を、広大な砂漠へと巡らせた。光輝は、モアナの言いたいことを察して呟く。

「ここは、まだ戦場なんですね。それも、最良の」
「ああ。奪える恩恵力がないからな。この砂漠の中では、身の内に蓄えた瘴気しか奴等は使えない。恩恵力を周囲から得られないという点では私達も一緒だが、それでもこれ以上強化されない、自然を破壊されないというだけで最良だ」

 だから、遷都はしない。滅びかかった国土こそ最良の戦場であるから。戦い続けるために、シンクレアの戦士達はこの不毛の大地に留まっているのだ。シンクレア王国は、幾星霜の時を経ても最前線の戦場というわけだ。

「もちろん、未だ自然の残っている場所にも国民を移している。各地の領主に自治を任せる形でな。主な食料その他諸々の生産はそちらに任せている」
「この砂漠を迂回する形で、各領地が狙われることは?」

 光輝の疑問に、モアナは首を振って答えた。

 曰く、≪暗き者≫は東の地を支配しており、各領地はこの大砂漠を挟んで西に分布している。北は海が広がっており、砂漠と同様に視界を妨げるものがないので、各地に常駐させている監視部隊が必ず気が付く。

 南には山脈地帯が広がっていて、その向こうにはシンクレア王国と同様、残っている大国が戦線を構築しているため何かあれば直ぐに知らせが届く。

 故に、シンクレア王国に気が付かれずに、≪暗き者≫達が西の各領地へ侵攻することはできないのだ。

 文字通り、砂漠とシンクレア王国王都は、最後の砦であって最前線の戦場というわけだ。

「……敬服します」
「ありがとう」

 全ての戦士達に。そして、彼等を率いる若き女王に。胸元に手を当ててそう言った光輝に、モアナは嬉しそうに笑って頷いた。

 しばらくの間、沈黙が続く。光輝は聞かされた戦士達に想いを馳せるように、口元を真一文字に引き結んで視線を下げている。

 モアナは、そんな光輝を肩越しにチラチラと視線を向けつつ、何度か迷うような素振りを見せてから口を開いた。

「光輝。聞いてもいいだろうか?」
「? なんですか?」

 顔を上げた光輝へ、モアナは言葉を選ぶように視線を彷徨わせる。

「その、だな……君は、何故、勇者なんだ?」
「え?」

 光輝の胸にスッと冷たい何かが入り込んだ気がした。お前がそれを名乗るのはおこがましいのではないか? そう言われた気がした。ニエブラとの戦いで露呈しかけた光輝の弱みを、見透かされた気がしたのだ。

 動揺し、顔色を悪くする光輝を見て、モアナは慌てたように言葉を重ねた。

「あ、いや、違うんだ。別に揶揄しているとかそういうわけじゃない。ただ不思議な呼び方だと疑問に思っただけなんだ」
「不思議、ですか?」

 どうやら自分の想像した意図とは異なるようだと分かり、光輝は強ばった表情から力を抜いて首を傾げる。

「ああ。不思議だと思う。フォルティーナ様から勇者を招くと聞いとき、私はいまいちどういう人物なのか、よく分からなかった。だってそうだろう? 勇者――そのままの意味なら、それは〝勇気のある者〟という意味だ」

 視線で、認識に相違はないか尋ねるモアナに、光輝は頷く。

「それなら、私は胸を張って言える。我が国の戦士は、一人残らず〝勇者〟である、と」
「あ……」

 意表を突かれたように光輝は小さな声を漏らした。モアナは振り返り、光輝を真っ直ぐに見つめる。

「光輝が、もし何か偉業を為した者で、だからこそフォルティーナ様に選ばれたというのなら……それは〝英雄〟というべきなんじゃないか?」
「それは……」
「ああ、いや、別に光輝を困らせたいわけじゃないんだ。ただ不思議だっただけで」

 光輝の困惑を察して、「変なことを聞いた、すまない」と視線を前方に戻したモアナ。

 だが、光輝の中では、モアナの言葉がこびりついてしまった。頭の中に疑問が溢れる。

 勇者とは、一体なんなのか。

(今思えば、勇者ってなんなんだ? 俺の天職だからそう名乗った。でも、だけど、勇者――勇気のある者……それは性質であって、天賦の才を示す〝職業〟とは言えないんじゃないか?)

 思い出す。仲間達の天職を。

 治癒師。格闘家。剣士。結界術師……

 そう、誰も彼も、現実の職業に結びつく天職だった。〝勇者〟だけが毛色を異にしている。それは確かに、適性職の表記というより自分の性質を表記したようなものだ。言うなれば、天職が〝悲観者〟〝楽観者〟あるいは、〝善者〟〝悪者〟と表記されるのと変わらない。

 人々を率いて、巨大な敵と戦う者というなら、それこそ〝指揮官〟だとか、〝王〟などでも良かったはずだ。

(トータスでは、〝勇者〟が職業として認識されていた? だけど、それなら〝偉業をなす者〟として、モアナ様の言うとおり〝英雄〟でもよかったはずだ。どうして、〝勇気のある者〟なんだ? 俺は一体……)

 自分は、何故、勇者などという天職を得たのか。

 トータスでの出来事を思い返せば、その性質についてすら自分で自分に疑問を抱く。

 肝心なときに動けなかったことが何度あった? 選ぶこともできなくて失敗したことが何度あった? 思うままに行動して、仲間を何度巻き込んだ?

 何故、こんな自分が〝勇者〟なんだ?

――君は、何故、勇者なんだ?

「……分かりません。分からないんです、俺には」

 絞り出したような、今にも消えてしまいそうな、そんな声音。

 それが、先程の自分の質問に対する答えなのだと理解したモアナは、再び振り返った。そして、俯く光輝を覗き込むと、ジッと見つめ、

「そっか。……いつか、分かるといいわね。ううん、きっと分かるときが来るわ」
「……どうして、そう思うんだ?」

 男口調が崩れたモアナに、光輝もまた無意識の内に素の口調で疑問を返した。

 モアナは微笑んだ。まるで慈しむように。

「だって、貴方は足掻いているじゃない。答えを見つけようと頑張っているじゃない。世界は、そういう人を踏みにじるほど冷たくないわ」
「……そうかな?」
「そうよ」

 絶えず足掻く者に、世界はきっと微笑んでくれる。そう信じる言葉を口にしたのは、滅びかかった世界で一心に戦い続ける女王の言葉。光輝には、ともて重く、ハッとするほど美しい言葉に思えた。

 見つめ合う二人。併走するアニールとリーリンの猫のような好奇の目。そして、振り返って無機質な眼差しを向けているスペンサーの目。

「んんっ」
「ごほんっ、えほんっ」

 咳払いなのか何なのかよく分からないことをして、モアナと光輝はそっと距離を取る。

 アニールとリーリンの口元が「むふぅ~」といった感じに歪んでいる。乙女センサーが反応でもしているのだろうか。

「お、王都までは後どれくらいですか?」
「う、うむ。このペースなら夕刻には到着できるだろう」

 誤魔化すように先程も耳にしたはずの情報を尋ねた光輝に、モアナもまた誤魔化すように答えた。

 何とも微妙な空気の中、進むことしばらく。小高い砂丘があちこちに見え始めた。

 と、そのとき、森の中での焼き直しというべきか。不意に、光輝が何かに反応して頭上を見上げた。

「光輝?」

 モアナが光輝に尋ねつつ、拳を上げて部隊に停止を命じる。

 直後、

「っ、何か落ちてきます! 退避を!」
「前進! 駆け抜け――」

 光輝の警告に直ぐさま応えるモアナだったが、自由落下してくる複数の物体が包囲するように墜落する方が早かった。

 ズドンッズドンッと地響きのような轟音を立てて墜落したのは、濃密な瘴気を纏うトカゲのような生き物。防具らしきものを装備していることと、骨格からして二足歩行を主としているように見える。見た目は、RPGでいうところのリザードマンと言ったところか。

「っ、鱗竜種!? 一体何が!?」

 モアナの混乱する声が響いた。無理もない。これが奇襲であったなら、直ぐさま陣形構築の指示を出し迎撃準備をすればいい。そこに迷いなどあるはずもなく、ニエブラとその眷属を相手にしたときのように一瞬で行動を終えるだろう。

 だが、空から落ちてきた鱗竜種と呼ばれたリザードマン達――六体は、既に瀕死の状態だったのだ。当然、その原因は墜落の際の衝撃だ。およそ、戦闘には向いていなさそうな厚みのある防具と、瘴気による衝撃緩和がなければ即死していたかもしれない。

 奇襲をかけて、登場と同時に全滅しかかっている。モアナ達にはそうとしか見えなかった。

 その動揺につけ込むことこそが、奇襲の目的とは知らず。

「「「ギィイイイイアアアアアアアアッ」」」
「「「グェエエエエエエエエエエッ」」」

 絶叫が迸った。それは痛みに苦しむが故の悲鳴ではない。ニエブラと同じだ。生命を賭けた瘴気の放出。六体のリザードマンから、先程のニエブラに匹敵するほどの瘴気が噴き出した。

「馬鹿なっ、自殺する気か!?」
「陛下、脱出を! リーリン、風を!」

 モアナが驚愕の声を漏らし、スペンサーが怒声を上げる。

 六体のリザードマンは明らかにニエブラより格が低い。にもかわらずニエブラに匹敵する瘴気を撒き散らせたのは、文字通り命と引き替えにしたからだ。

 まさに特攻。自爆技による空からの奇襲とは予想できなかった。

 爆発したかのように一瞬で周囲一帯を黒染めにした瘴気は、脱出する時間も、リーリンに風を起こさせる時間も、そして光輝に対応させる時間すらも与えなかった。

 全てが黒に呑まれて消える。

 少し離れた場所から見れば、まるで黒炎の竜巻が発生しているように見えただろう。モアナ達がいるのはその中心だ。

 そこへ、空から一体の翼竜が降りてきた。その背には、一際体の大きい鱗竜種がいる。金属製の防具を装備し、手には長大な槍を持っていた。

『ニエブラをたきつけた甲斐があったようだな。女王が有する瘴石と言えど、奴の瘴気と眷属六体の捨て身の瘴気には耐えられまい』

 ゲッゲッゲッと奇怪な嗤い声を上げる鱗竜種。

 どうやら、モアナ達が少数で王都を出た情報を掴んだのも、それをニエブラに流したのも、全てこの鱗竜種の策略だったようだ。

 全ては、モアナ達の生命線たる瘴石の許容量をオーバーさせるため。そして、動けなくなったモアナ達に楽々と止めを刺すため。

『これで我も王の――』

 悠然と佇み、瘴気がモアナ達を完全に蝕むのを愉悦に浸りながら眺める鱗竜種だったが、突如響いた声と発生した事象に己の言葉を呑み込んだ。

「ここは聖域なりて、神敵を通さず――《聖絶》!!」

 轟ッと純白の光が噴き上がった。黒炎と見紛う瘴気の嵐を内側から破裂させるが如く、煌めく光が半球状に膨れ上がった。

 その内側には僅かな瘴気も存在せず、閃光と共に吹き飛んだ瘴気が宙に溶けるようにして霧散していく。

『な、なんだ?』

 動揺を隠せない鱗竜種の視線の先、輝く障壁の向こう側には倒れ伏す近衛達とアロース達、そして女王の姿があった。

 だが、ただ一人、あれだけの瘴気の中にいて何の影響も受けていないように見える人物が、ぐったりとしているモアナを抱き留めている。

『貴様っ、一体何者だ! 何故、あれほどの瘴気を浴びて平然としている!』

 混乱からどうにか立ち直った鱗竜種が、長大な槍を構えて怒声を上げる。

 モアナをそっとハウムに寄りかからせる形で寝かせた光輝は、鱗竜種の怒声を無視して何かを呟いた。すると、光の粒子のようなものがモアナを含め全ての者に降りかかり優しい光で包み込んだ。

 それを見届け――光輝は、聖剣を抜きながら鱗竜種へと視線を向けた。

 鱗竜種が、ニエブラと同じような反応を見せる。

 色を失う顔。震える体。乱れる呼気。

 だが、もう凌いでいる内に誰かが片付けてくれるなんてことはない。

 逃げれば、モアナ達は死ぬ。

 時間をかけても、やはり死ぬ。

 選ばなければ、死ぬのだ。

 選択の時が、やって来た。
いつもお読み頂ありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。

鬱々した話が続きすみません。
次回には光輝の抱える根本的な問題が明らかになります。
できれば、来週は連続投稿できたらなぁと思っています。
大きく物語が動くところまでは、白米的にも一気にやってしまいたいわけです。そのあとはやっぱり無双ですね。
とはいえ、光輝が成長する上で大事な部分ではあるので、手抜きはしないよう心がけます。

光輝編はなぁ~という意見もちらほらあったので、読んでくれる人結構減るかなぁと思っていたのですが、PV数とか見ると意外に落ちてない。なろう民の優しさに白米はおかゆになりそうです。
ありがと~
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