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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

ありふれたアフターストーリーⅡ

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ありふれたアフターⅡ てめぇは俺が倒すっ。今日、ここで!

本日2度目の投降です。
前話が投降されていますので、まだ呼んでいない方はそちらを先にどうぞ。

「香織!」
「あ、雫ちゃん」

 先程の住宅街から少し離れた小さな公園に、血相を変えた雫が駆け込んできた。どうやらハジメも近くにいたようで、一緒に入ってくる。

「行動を起こす方だったか。それも、随分と最低な方法を取ったもんだ」

 香織の傍らで座り込んでいる人物を見て、ハジメは冷めた声音でそう言った。温みが欠片もない声音と、ストレートな言葉に、その人物はビクリッと大きな体を震わせる。

 雫は、香織に改めて連絡をくれたことの礼を言うと、その人物――不動明へ視線を移した。

「……不動さん」
「……」

 不動は俯いたままで反応しない。暗い表情に、暗い瞳。大きな体からは覇気の欠片も感じられない。何より……香織さんの顔面パンチによる鼻血の痕が酷い。傍らに転がっている砕け散ったマスクが、その凄惨さを物語る。

「……さっさと、警察にでも何にでも連絡すればいいでしょう」

 しばしの沈黙の後、ポツリと零すように、不動は呟いた。自暴自棄を感じる声音だ。諦念と、疲労も感じさせる。まるで生きるのに疲れた老人のようだ。

 確かに、不動のしたことは未遂とはいえ犯罪行為だ。不審者丸出しだ。何せ、白昼のベイ○ー様である。言い訳のしようもない。

 だが、いざ、警察を呼べと言われると、雫としては逡巡してしまう。

 そんな雫の迷いを察したように、香織が不動と雫の両方を気遣うような表情で口を開いた。

「あのね、雫ちゃん。不動さんは最初から、当てる気はなかったみたいだよ?」
「香織?」
「っ……」

 不動はハッとした表情で香織を見やり、雫もどういうことだろうと疑問顔を向ける。

「竹刀セイ――ごほんっ。竹刀がね、当たる直前でいきなり勢いを失ったの。たぶん、寸止めするつもりだったんじゃないかな。仮に当てる気だったとしても、多少痛いくらいで怪我もなかったと思う。万が一に備えて、狙った場所も肩だったしね」

 雫は、香織の言葉で不動がまだ理性を失っていないことを理解し安堵の吐息を吐いた。一方、不動の方は何故か愕然としたような表情を香織へ向け、直後、卑屈さが全面に出たような嗤い顔を浮かべた。

 ついでに、ハジメは感心するような眼差しを香織に向けている。

「問題ないと分かっていて、相手の竹刀をへし折った挙句、顔面殴打か……。香織さん、素敵っす」
「しょ、しょうがいないでしょ! だって、住宅街にベイ○―卿だよ! 誰だって動揺するよ! コフーコフーしてたもん!」
「コフーコフーは関係ないと思うが……」

 顔を真っ赤に染めて弁解する香織に、ハジメは分かっていると優しい表情を向けながら、粉砕されたマスクと、不動の鼻血に染まった顔面を一瞥し、グッとサムズアップした。

 香織さんは飛びかかった。ハジメにポカポカパンチをする。

 そんな香織を横目に見て、不動は今度こそ自嘲するような低い嗤い声を上げた。

「不動さん?」
「嗤いなさいよ、八重樫。剣道もやったことのない普通の女の子に、私の剣は完璧に見切られていたんですって。ハハハッ、本当に嗤えるわ。何もかも、全部、無駄だったのねぇ。結局のところ、持っている子は何もしなくたって、持っていない人間の上を行くんだわ」

 普通の女の子、という部分は実に否定したいところだ。場合によっては、雫より香織の方が強かったりするのだ。何せ、スペックは神の使徒なのだから。反則もいいところなのだ。

 ひとしきり嗤った後、魂が抜けたように脱力した不動は、もう一度、「さっさと警察を呼んで」と訴えた。言葉にしなくても分かる。彼女は今、折れたのだ。自分の人生に、見切りをつけてしまったのだ。

 そんな不動を見て、雫は一度瞑目すると、小さく呟いた。

「――あんた、女だったの?」
「ッ」

 不動がびくりっと震える。雫に、揶揄されたと思ったのだ。友人を傷つけようとした仕返しをされたと思ったのだ。

 だが、次ぐ雫の言葉に、閉ざしたはずの心は、思わず反応してしまった。

「昔ね、小学生の頃、そう言われたことがあるわ」
「……八重樫が?」

 つい胡乱な眼差しになってしまうのは仕方がない。誰からも美少女と称される八重樫雫が、そんなことを言われるはずがないと。

 苦笑いを浮かべた雫は、幼少期の自分の姿と、一連の出来事について語った。

 不動は、それを鼻で嗤う。

「なに? 努力すれば今のように綺麗になれるって言いたいのかしら? それはね、元がいい人の話よ。そんな話で――」
「そうじゃないわ。これはね、容姿がどうという話じゃなくて、自分を好きかどうかという話なのよ」
「自分を、好き?」

 話が見えずますます胡乱な眼差しを向ける不動に、雫は静かに頷く。

「私は、自分が嫌いだったわ。自覚はなかったけれど、自分を押し殺して、他者のために奔走して、誰かを守る役目ばっかりで……。本当は剣術なんてやりたくないのに、もっと女の子らしくしたかったのに、泣き言も弱音も吐いて、お姫様みたいに守られて……。そんな自分が良かったのに、全部正反対」
「……」

 成りたい自分とは、理想の自分とは、何もかも正反対――その言葉に、不動は僅かに目を見開いた。それじゃあまるで、自分のようじゃないか、と。

「そんな自分でもいいんだって、間違ってなんていないんだって、そう自分に言い聞かせて、納得した振りをしていたのだけど、ある日、自分を誤魔化して、嫌い続けた代償を払う日が来たわ」
「代償?」
「死にかけたのよ」

 不動が息を呑んだ。何を馬鹿なと一笑に付すには、雫の表情にも声音にも笑える雰囲気が微塵もなかったのだ。

「本当に、笑えるくらいボッコボコにされたわ。全身切り刻まれるし、言葉でもへこまされるし、あと一瞬、彼が助けに来てくれるのが遅かったら、頭から刃物が突き出ていたわね」
「いやいやいやいや、それ一体、どんな状況なのよ!」

 当時を思い出して乾いた笑い声をあげる雫に、不動は思わずツッコミを入れた。流石に、現代人にあるまじき状況だ。嘘だと思うのだが、虚言にしてはぶっ飛びすぎているし、なにより勘が嘘ではないと訴えている。

「小学生のときは、香織に救われた。行方不明のときはハジメに救われた。他にも、私はいつも誰かに救われている。……不動さん。貴女は、私はなんでも持っていると言うけれど、何でも持っているなら、どうして私はいつも肝心なときに救われてばかりなのかしら」
「……八重樫」

 凜とした、誰もが認める完璧な女の子。そう思っていた雫の、心底情け無さそうな表情に、不動は信じられないといったような表情となる。

「持って生まれたもの、環境、そういったものに差があるのは事実なんでしょう。でも、それを活かせるかどうかは、きっと自分次第だわ。不動さんが何でも持っていると言ってくれた私は、死にかけるまでダメだった。本当に死にかけて、また救われて、それでようやく自分を肯定できたの」

 そこで一度言葉を切った雫は、呆然と自分を見つめる不動に、懐かしそうな眼差しを向ける。

「中学に上がって始めての全国大会。私と同じ一年。珍しくも上段を得意とする選手。相対して始めて分かるその技。初動はゆっくりに見えるのに、気がつけば振り下ろされている〝見えない面打ち〟」
「八重樫、貴女、覚えて……」

 雫は当時を思い出そうとしているのか、遠い目をして、しかし頭を振った。

「試合中のことはほとんど覚えていないわ。最初の面打ちを受けたときに私の頭は真っ白になって、ただ無我夢中だった。いつ、どうやって打たれるんだろう、どうやって防げばいい、どうやって見極めればいい!って。もう、貴女の剣が怖くて怖くて……」

 不動にとって初めて雫と戦った試合では、雫が自分の技の尽くを完璧に捌いていたようにしか見えなかった。まさか、当時の雫が、自分を恐れていたなど寝耳に水だ。

「試合が終わって、どうやら勝ったみたいだと理解したあと、振り返っても何が何やら……。ただ、興奮が過ぎ去ったあと、私の中に一番強く残ったのは――なんて綺麗な剣だったんだろうってことだけ」
「きれ、い?」

 コクリと頷いた雫の視線が、不動に戻ってくる。その瞳の奥に垣間見えた感情を、どう表現すべきか。羨むような、敬愛するような、それでいて怖がっているような、そんな不思議な色。

「小手先の技なんてない。二の打ちいらずの一撃必倒。ただ、まっすぐ、掲げた剣を振り下ろす。どこまでも真っ直ぐで、潔い。ひたむきさと誠意と覚悟の乗った、美しい剣」

 まさか、そんな剣を振る同い年の女の子がいるなんて思いもしなかった。

 小さいときから剣術をやって来たがために、積み上げた技術が試合での勝利を導いたが、雫はとても勝ったと喜ぶことはできなかった。試合に勝って、勝負に負けた。そんな気がしたのだ。

「それから後、全国大会に出る度に、私は貴女の姿を意識するようになった。二度目の試合で、やっぱり貴女の剣は綺麗で、でも今度は呑まれずに戦って、貴女用に練習した技が決まって、勝つことができて……会場ではできないから、こっそり抜け出した先で一人、ガッツポーズしたのよ」
「そんな、ことが……」

 独りよがりではなかった。自分が目標としていた選手は、同じように自分に勝つために研鑽していた。自分に勝ったことを、心から喜んでいた。

 その事実に、不動の視界は滲んだ。

 雫は、折れた不動の竹刀を拾うと、おもむろに脇に構えた。剣道の試合ではない、抜刀術の構え。同時に、彼女の体から重苦しい気配が噴き出る。思わず、不動の身が竦む。それは殺気が原因だ。同じ剣を振るう者でも、剣道家と剣士では決定的に違うところ。

 パッと構えを解いた雫は、苦笑いしながら語った。

「信じる信じないは貴女に任せるけど、私ね、行方不明の間に、生き物を斬ったわ」
「え? 斬った?」
「ええ。本物の剣で、斬殺したの。今も覚えてる。肉を斬る感触、噴き出た血の匂い。生きるために必要だったから、後悔はしてないわ。でも、もう私は、剣道はできない。実力的にも、剣を振るう意味的にも、私は剣士であっても、剣道家ではないの」
「剣道家ではなく、剣士……」

 雫達の噂は聞いている。にわかには信じがたい話だ。異世界で戦争をしていたなど、信じる方がどうかしている。

 だが……

 自分を見つめる雫の眼差しは、果たして〝常識〟に押し流されるような不誠実なものだろうか。不動は、そうは思わなかった。

「私はもう剣道家には戻らないけれど……見ていたいとは思うわ。貴女の、あの美しい剣を。嫌みに聞こえるかも知れないけれど、あの剣を振るう貴女も、とても綺麗だと思うから」
「……そう」

 不動は雫を見つめ返し、そして俯いた。

 何かを堪えるように拳を握り締め、小さく震えている。その拳の上に、ポタリポタリと涙が落ちた。

 どれくらいの時間が経ったのか。

 やがて顔を上げた不動の表情は、どこか憑き物が落ちたようにすっきりとしたものだった。

 不動は、その場で正座すると、真っ直ぐに雫と、そして香織に視線を合わせる。そして、ガバリッと頭を下げ、地面に額を押し当てた。

「酷いことをして、迷惑をかけて、ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」

 小さな公園に、不動の謝罪の言葉が響いた。

 雫の視線が香織へ向く。許してもいいだろうかという問いかけであることを、香織は直ぐに察して微笑みながら頷く。

 ハジメが足を上下させている。そのまま踏みつけて深く反省を促せという意味であることを、雫は直ぐに察して微笑みながら無視する。

「約束して、不動さん。剣道を続けるって。私なんかに左右されず、貴女は貴女の剣を磨くって」
「八重樫……。ええ、約束するわ。……自分を、好きになるのは時間がかかると思う。嫉妬も、逆恨みも、絶対にしないとは言い切れない。だけど、今まで自分が積み上げてきたものを捨てるようなことだけはしない。いつか自分を好きになれるよう、努力するわ」

 顔を上げた不動の澄んだ瞳を見て、雫は嬉しそうに微笑み頷いた。

 その表情を見て、不動も微笑む。不動明王もかくやという厳つい容姿なのに、すっきりとした表情で微笑むと何となく愛嬌がある。

 きっと、そう遠くない未来で、彼女は彼女自身のことを好きになれるだろう。そう確信させるような微笑みだった。

 雫の差し出した手に捕まり立ち上がる不動。香織がハンカチで不動の血を拭こうとし、不動が慌てて辞退する。おかまいなしに不動の手当をして、なんとなく和やかな雰囲気になる。

 まぁ、これで一件落着か、とハジメが暇そうにしながらそう思ったとき、

「うぅ~、いい話ねぇ! まさに青春だわ! おねぇさん、感動しちゃった!」

 突如響いた野太くも妙に艶のある声音。

 ハジメの背筋が一瞬で粟立った。本能がけたたましく警鐘を鳴らす!

「あ、クリスタベルさん! ごめんなさい、待ち合わせしていたのに」
「気にしないで、香織ちゃん。事前に連絡はくれていたのだし、おねぇさんは全然気にしてないわん♡」

 現実が理解できない。何故、あのブルックの服屋に巣食う怪物がここにいる? 何故、さも当然のように香織は奴と会話している? 何故、奴は地球産のフリフリワンピースを着ているんだ!?

 まるで、絵本の中の怪物が、現実世界を侵食して現れたかのような衝撃。

 いや、むしろあれは、名状し難い、冒涜的な――

「ハジメきゅ~~ん? 今、なにか失礼なこと考えなかったかしらぁ?」
「ッッ!?」

 クールになれ、クールになるんだ俺。ハジメは、必死に自分へ言い聞かせる。

「何故、あんたがこっちにいる。どうやってあの世界から這い出て来た?」
「んまっ、失礼ね! 人をいつもニコニコ這い寄る何かみたいに!」

 突然の怪物の襲来――ではなく、服屋の店長クリスタベルの出現に、目を白黒させている不動は置いて、香織が苦笑い気味に事情説明をした。

 どうやらクリスタベルは、地球の服飾関係に興味があるらしく、リリアーナにどうにかこちらの服飾関係について学べないかと相談したらしい。

 トータスの文化振興という点も考慮してOKサインを出したリリアーナは、しかし、クリスタベルを苦手としているハジメがすんなりゲートを通すだろうかと考え、取り敢えずユエに相談した。

 ユエは、むしろクリスタベルを含め漢女達とは親しい間柄だ。二つ返事で地球への招待を快諾したものの、ハジメに心労を与えるのは望むところではない。

 そこで、ハジメが忙しく、代わりにユエが定期の開門を行う時に、こっそりクリスタベルを呼んだのだ。後は、元より服飾関係の仕事をしていて、最近事務所も作ったレミアを主としてクリスタベルの生活を保障しつつ、勉強に励んで貰っているというわけである。

 取り敢えず、事情を聞いたハジメは――

「OK、死ね」

 ドンナーを早撃ちした。

「むんっ」

 クリスタベル店長は、弾丸を胸板で弾き返した!

 ちなみに、装填されていた弾丸はゴム弾です。

「激しいわねぇん♡ ハジメきゅんの愛を感じるわん!」
「やめろ! そんな目で俺を見るんじゃねぇ! というか、人と話すときは目を見て話せって習わなかったのか! てめぇ、俺を見るとき、いちいち視線を下にずらすんじゃねぇ!」

 連続して発砲! 飛び出た弾丸を、クリスタベル店長は腕をクロスして弾き返す。腕の隙間から覗く店長の視線は、ハジメの下半身をロックオンしている!

 ハジメのSAN値が削り取られた!

「何を言ってるのか分からないわねぇ――ふむ、良いしまり具合……」
「シャオラァアアアッ!!」

 ハジメさんの跳び蹴り! 受け止めたクリスタベル店長の足下が、衝撃で放射状に飛び散る。

「お、落ち着いて、ハジメくん! ここ住宅街! 直ぐに近くにお家が一杯だから! ああっ、発砲しちゃだめぇ! そ、そうだ、結界張らなきゃ!」

 香織があわあわしながら、認識阻害やら遮音やらの結界を張りつつ、自身のお尻の危機に軽く我を忘れているハジメを止めようと戦闘に突撃していく。

「あ、あの、やえ、八重樫ぃ? 貴女の彼氏が銃を――」
「あれは玩具よ」
「え、でも、凄い発砲音が――」
「玩具よ」
「コンクリートが弾けて――」
「玩具よ」
「……」

 雫の彼氏が持っているのは玩具の銃。ファイナルアンサー。

 ついでに、蹴りで地面が砕け散ったり、空中を踏んで飛び回ったりしているようにも見えるが、

「ただのマジックと曲芸よ。私の彼氏、将来はマジシャンでサーカスの人になるのよ」

 いくら何でも無理がある。と思った明ちゃんだが、笑顔でジッと自分を見つめながら力説する雫が何となく怖かったので頷いた。

 きっと、それが正解なのだ。

 たとえ、その彼氏さんを、雫の友人が、伸縮式特殊警棒の二刀流と、姿がかき消えるような速度で鎮圧したとしても。それも、きっとマジックとか曲芸なのだ。きっと。

 ハジメを抱き締めて、クリスタベル店長のねっとりした視線から庇う香織が、「いい加減にしないと、怒りますよ」と言えば、流石のクリスタベル店長もハジメを諦めたようで踵を返した。

 口から「うぼぉぁ」という奇怪な声を漏らして、正気度不足に喘ぐハジメを抱擁しつつ、満更でもないようになでなでしている香織を尻目に、クリスタベル店長は、呆然としている明ちゃんの前にやって来た。

 極太の眉、腕、胸板、胴、足。何もかも巨大で、かつ、こゆ~~い顔。どう見ても筋肉ギガ盛りの男なのだが、身に纏うのはふりふりワンピース。三つ編みの髪にはピンクのリボン!

 相変わらず、いろんな意味で凶悪な店長は、その視線を明ちゃんに注ぐ。

 一拍。何かに納得したように頷いたクリスタベル店長は、きらめく瞳を明ちゃんへと向けた。

「貴女、剣の美しさを鍛えるのはいいけれど、女の美しさを鍛えるのはいいのかしらん?」
「え? えっと?」

 明ちゃんは困惑している!

「美しさを求めるのは人として当たり前のことよん。おねぇさんなら、貴女をもっと輝かせてあげられるわ!!」

 丸太のような手足。分厚い胸板。服越しでも分かる腹筋……。でもフリフリワンピ&リボン。

 この人は、何を言っているのだろう。不動さんは更に混乱した。

 だが、クリスタベル店長は止まらない。くねくねした触手じみた動きからの……

「そう!」

 フロントダブルバイセプス! か~ら~の~

「私の!」

 モストマスキュラー! か~ら~の~

「ようにね!」

 サイドチェストッ!! 

 クリスタベル店長は輝いている!

「あ、結構です」

 明ちゃんはそそくさと帰る準備をする。律儀に「改めてお詫びに行くわ」と雫に言って公園から出ようとする。その肩がガッされた。

「大丈夫よ、怖くないわ」
「いえ、あなたが怖いです」
「大丈夫よん☆ おねぇさんに任せない! おねぇさんの名はクリスタベル! 全ての漢女と乙女の味方よ!」
「あ、いえ、本当に、私はもうこのままでもいいので――って、あっ、担がないで! 何この人っ、凄い力なんですけど!? どこに行くの!? 助けてぇ! 誰かぁ、八重樫ぃ! 助けてぇ!!」
「香織ちゃぁん! 雫ちゃぁん! 後のことはよろしくねぇん! それとハジメちゃぁん! また会いましょうねぇ!!」

 ハッと気がついたときには、明ちゃんの姿もクリスタベル店長の姿もなかった。




 一週間後の日曜日。

 音信不通だったクリスタベルから連絡が来た。拉致していた不動明を返すというのだ。

「生きて、いたか……」と、この一週間、張り詰めていたハジメが明ちゃんの生存能力に敬意を示すような表情で呟くのを尻目に、雫と香織は「行きたくない」と駄々を捏ねるハジメを引きずりながら、当事者ということもあって、あの小さな公園に向かっていた。

 ちなみに、明ちゃんの家と学校には雫と香織が対応した。対応の方法は、魔王謹製のアーティファクトによる強引な暗示である。「染まっちゃったね」と、寂しそうな笑顔で頷き合う香織と雫の姿があったとかなかったとか。

 そんなわけでやってきた公園。人影はなく、公園には妙に緊張しているハジメの他、雫と香織しかいない。

「不動さん、大丈夫かなぁ」
「まぁ、いきなり連れて行って学校も休むというのは正直どうかと思うけれど……クリスタベルさんのことだから、悪いことにはならないでしょう」
「そう、だね。ちょっと強引なところはあるけど、クリスタベルさんは善意の人だしね」
「会う度に視線が俺の下半身に行くのにか?」

 ハジメの言葉はスルーされた。ハジメは静かに天を仰いだ。空はこんなにも青い。

 待ち合わせ時間の十分ほど前になって、その巨体が姿を現した。クリスタベル店長だ。相変わらずフリフリだ。そして手足は凶器だ。

 傍らに人の姿はない。どうやら一人のようだ。

「あらん? 待たせちゃったかしらぁ?」
「いえ、私達も今来たところなので……それより、クリスタベルさん。不動さんは?」

 代表して雫が尋ねる。

「まぁまぁ、そう焦らないの。彼女のかいぞ――ごほんっ、美容は上手くいったわん♡ 改心のできね! やっぱり、女も男も自分が美しいと思う姿になる努力をすれば、叶うものよぉ! そのお手伝いができて、私も光栄だったわぁ!」

 今、改造って言いかけなかったか? と思いつつも、口を挟む前に、クリスタベル店長は、自分の後ろに手を回した。そして、誰かを引っ張り出す。どうやら、クリスタベル店長の巨体に隠れていただけで、その後ろにいたようだ。

 そうして、出てきた人物は――

「「「だれ?」」」
「う、ひ、ひさしぶりっていうほどでもないかしらね。家のこととか、学校のこととか、いろいろ面倒をかけたみたいで……その、ありがとう」

 高い身長に、バツグンのスタイル。腰まで届く姫カットの髪。整った顔には、どこか恥じらいの色が見える。

 本当に誰だろう? 否、本当は分かっている。ただ、現実を認めたくないだけだ。この異常事態、怪奇現象を!

 姫カットの女の子は、固まる雫達に、現実を突きつけた!

「あの、私、不動明よ?」

 そういうことらしい。

 一体、何があったら、あの不動明王もかくやという彼女が、こんな大和撫子のような姿になるのか……

 取り敢えず、呆然としている雫と香織は置いておいて、ハジメは――

「やっぱり、てめぇは生かしちゃおけねぇ!」

 発砲した。

「むんっ」

 クリスタベル店長は、胸筋で全て弾き返した!

「なんだあれは!? もう、美容とかそういう問題じゃねぇだろ! 骨格が変わってんじゃねぇか! いったい、何しやがった! 変成魔法か!? 変成魔法なのか!?」
「企業秘密よん♡ 私ともっとふか~い関係になったら、教えてあ・げ・る♡」

 クリスタベル店長渾身のウインクと投げキッス!

 ハジメの額にピキリと青筋が浮かんだ。くるりとガンスピンしてリロード。

「今、確信したぜ。あんたはこっちの世界においちゃおけねぇ。放っておいたら、あんたの魔改造を受けた連中がはびこることになる。この世界が、俺の故郷が、侵食されちまう!」
「あら、人を台所の黒いあんちくしょうみたいに! 失礼ねぇ。それで? ハジメきゅんは、どうするのかしらん?」
「決まってる」

 ハジメはドンナーを額に当て、誓いを立てるように叫んだ。

「てめぇは俺が倒すっ。今日、ここで!」
「ふふ、ふははははっ! できるものなら、やってみなさぁい! 我が漢女魂は、不滅よぉ!」

 魔王様は、まるで勇者様のようなことを言って、服屋の店長さんに突撃するのだった。

 戦いの結果は……ハジメが、削り取れたSAN値を回復するため、雫に膝枕されていたことで推して知るべしである。取り敢えず、うなされるハジメを撫でる雫は、とても幸せそうだった。



 ちなみに、不動明ちゃんだが、その後、美少女剣士として剣道界で名を馳せたとか。彼女の変化に対する周囲の反応については、彼女のようなビフォアフターを当てにして服屋の店長が求められないように、ハジメがあれこれフォローしたとかしてないとか……

いつもお読み頂ありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。

精神的成長でコンプレックスを乗り越える、という話にするつもりが、いつの間にかファンタジーと物理で肉体改造して解決するという話になってた。
白米のプロットはいつだって息をしていないんだ……

ところで、活動報告にも載せましたが、コミック版ありふれたが更新されております。
どこから見ても可愛いユエを是非堪能していただきたく、よければオーバーラップ様のHPコミックガルドに見に行ってみてください。
よろしくお願いします。
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